第248話 一晩100億オーラム
アキラ達がキャンピングカーの
キャロルはその片方の男に見覚えがあった。副業で客としていたババロドだ。そこからもう片方の男も推測する。キャロルの推測通り、ヴィオラの話に出ていたゼロスという男だった。
ゼロスがアキラ達の装備等を軽く確認してから尋ねる。
「お前がキャロルか?」
キャロルが余裕の笑みを返す。
「そうよ」
「
「うーん、
キャロルは相手の用件を分かった上で、
「実はババロドがお前に
「あら、そうだったの? 知らなかったわ。大変ね。それで、まさか、だからって、その金を返せとでも言いに来たの?」
「場合によってはな」
「本気で言ってるの? 私は彼から代金を受け取っただけ。
「まあ、普通はそうなんだがな。言ったろ? 場合によっては、って」
「へー。どんな場合?」
そこまでは、キャロルとゼロスは軽い感じでの探り合いを続けていた。だがここでゼロスが態度を変える。空間そのものを
「お前が初めから俺のチームに損害を与えるつもりでババロドを利用していた場合だ」
キャロルの表情はまだ笑顔のままだ。しかし先程より余裕は減っていた。僅かだが冷や汗も流している。
ゼロスがキャロルへの脅しを兼ねてババロドの首に手を掛ける。
「こいつがチームの資金に手を付けたって言ってもな、少額ならこいつを絞れば済む話だ。ちょっと額が多くても、もっと絞れば済むだけだ。そこまでは、チーム内の話だ」
キャロルに向けられているゼロスの視線が鋭さを増す。ババロドの首を握る力も強める。ババロドの顔が恐怖で
「だが、こいつがチームの機密情報を外に漏らしたとなると話は別だ。その情報を受け取った者も疑う必要が出てくる。お前がこいつから俺達の情報を買ったことは、こいつが口を割ったから分かってる」
ゼロスのキャロルへ向ける表情が
「答えてもらう。その情報を手に入れて何をするつもりだった?」
キャロルは高ランクハンターの威圧を、自身の精神力と副業関連のごたごたへの慣れで何とか乗り切った。営業用の愛想の良い笑顔のまま、軽く答える。
「特に、何も」
「返答を拒否する、と、解釈したぞ?」
ゼロスがキャロルに向ける態度が危険域に近付く。既に臨戦に近い領域だ。アキラも警戒を高めている。既に体感時間の操作を始めており、事態が始まっても即時に反応できる体勢を取っている。
だがキャロルは
「違うわ。本当にそのままの意味よ」
「どういう意味だ?」
「確かに彼から
そこでキャロルが表情を非常に真面目なものに変える。
「仕事をした以上、その代金はきっちり支払ってもらう。金が無いのなら、別のもので支払ってもらう。金に困ってないからって、仕事の代金を下げる気は無い。仕事の価値を自分から下げる気は無い。
チームを率いて仲間とハンター稼業という命賭けをしている以上、リーダーとして命を賭けるに足る仕事をしていると仲間に示す
「まあ、な」
「そういうことよ。料金に見合うものが手に入れば何だって良いのよ。金でも、物でも、人でも、情報でも、何だって良いの。手に入れた後の使い道なんか全く無かったとしてもね。今回は
ゼロスはキャロルの言い分に理解を示した。気配が緩み、臨戦態勢では無くなる。それでアキラも警戒を緩めた。
だがそれでキャロルへの疑いが全て晴れた訳ではない。ゼロスが思案を続けながら、視線を軽くアキラに向ける。
「俺のチームの敵だと疑われた割には随分強気な態度だが、そいつがその強気の理由か?」
キャロルが表情を笑顔に戻す。
「まあ、半分ぐらいはね」
「残りの半分は?」
「アキラがいなくても、私の対応は変わらないってことよ。この手のトラブルは結構あるからね。同じように対処するわ」
「へー。じゃあ、その対処方法について聞いておこうか」
「
「……。成る程」
ゼロスが改めて思案する。キャロルの話と態度から、自身のチームの敵かどうかを判定する。そして横にいるアキラの戦力を想定して判断材料に加算する。そして結論を出すと、気安い様子で笑った。
「OK! 分かった! こっちの誤解っぽいな!」
そして軽い調子でキャロルに謝る。
「いやー、悪かった。俺もチームのリーダーとして皆の安全を考えると、いろいろ疑い深くないとやっていけないんだ。すまない。ごめん」
キャロルも内心はかなり
「良いのよ。気にしないで。よくあることだから、慣れてるわ。それで、どう? 予約を入れておく?」
「いや、遠慮しておくよ。さっきも言った事情で金欠なんだ」
「初めは安くしておくわよ?」
「いやいや、そういう気の緩みが浪費の原因なんだ。気を引き締めておかないとな」
表向きは荒事に慣れた者達の気安い
ゼロスがそのババロドに軽い調子で告げる。
「聞いてたな? そういうことだ。だから取り立ては自分でやれ」
ババロドがあからさまな
「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺だけでか?」
「そうだ。チームの敵ならチームで対処するが、違ったみたいだしな。だから俺は手伝わねえ。まあ、邪魔はしないから、頑張りな」
そしてゼロスが自分は無関係だと言うように数歩下がった。
キャロル達と一人で
ゼロスは取り立てと言ったが、それはババロドがチームの金に手を付けてキャロルに支払った副業の代金を取り戻すことだ。そしてキャロルをチームの敵と判断していれば、ババロドと一緒にキャロルを潰してついでに金も取り戻していた。
しかしチームの敵では無い以上、ゼロスの取り立て先はババロドでありキャロルは無関係だ。そしてババロドが返済の
キャロルもその程度のことには気付いている。商売用の笑みを浮かべながら対処方法を思案していた。そして笑みを保ちながらも面倒そうな顔を浮かべる。
「ちょっと、本気? 情けないにも程があるんじゃない?」
「悪いな。こっちもヤバいんだ。お前にはたっぷり払っただろう。後で返す。だから今は返せ」
支払った金をどの程度取り戻せるかで、ゼロスからどの程度刻まれるかが決まる。追い詰められているババロドに恥を気にする余裕はない。加えて今までキャロルに支払った額を思い返して顔を
「……第一、高すぎるんだ。最後の額だってあんまりだ! 一晩100億オーラムって、そりゃねえだろう!?」
相手の出方を警戒しながら話を聞いていたアキラが、予想外の額に吹き出した。キャロルはそのアキラの反応を見て楽しげに笑った後、余裕を取り戻した顔でババロドに言い返す。
「女の体の価値は高値を付ければ幾らでも上がるのよ。それに支払いを無理強いしたつもりはないわ。
「……それでもだ!」
ババロドがキャロルに一歩近付く。話を打ち切り、実力行使に出ようとしている。キャロルがそれを見て対処方法に交戦の選択肢を混ぜた。そして決断しようとするが、その間にアキラがキャロルの前に出た。
「キャロル。取り
キャロルが少し迷ったような素振りを見せてから、笑って答える。
「うーん。まあ、良いか。それでお願い。あ、無理にとは言わないけど、出来れば殺さずに、余り傷付けずに、穏便に倒してちょうだい」
「穏便に倒す理由は?」
「その方が金になるから。彼にはアキラを護衛として働かせた分の代金を支払ってもらわないといけないからね」
「了解だ」
アキラが銃ではなく、ブレードを抜いてババロドと
そのブレードの、金色の線の装飾が施された黒い刃の部分は、アキラのCA31R強化服のオプション品だ。だが持ち手の部分はシオリから
刀の刀身は以前のクズスハラ街遺跡での戦闘で崩壊した。
一応、
そこでアキラは強化服のオプション品にブレードの類いがあったことを思い出すと、機領の営業にその汎用ブレードを使い回せないか尋ねてみた。
規格が異なるのでそのままでは使用できないが、柄の方を少々改造すれば可能だ。その回答を聞いたアキラは戦闘で無理をした分の修理と点検も兼ねて丁度良い機会だと考えて機領に改造を依頼した。
機領製の汎用ブレードに合わせて柄と
ブレードを構えるアキラを見て、ババロドも構えを取る。両腕が地面に届きそうな程に伸びていき、関節が消える。その両腕を持ち上げて、軽く前方に配置する。自在に動く
対モンスター戦で銃器の類いを使用しないハンターは少数派だ。必然的に銃器不使用の近接戦闘の機会も減っていく。それでも基本技術としてその手の戦闘技術を学ぶ者はそれなりにいる。ハンター同士で節度を持って交戦する場合などに、その技術を披露する機会があるからだ。
その手の技術を身に付けておけば、ちょっとしたいざこざの時などに互いに交戦相手を限定しやすく、銃弾を撃ち合って戦闘の余波を周囲に
アキラはキャロルの要望を受けて、ババロドは護衛を多少痛め付けてキャロルの意気を
アキラ達が
ババロドの手刀がアキラを襲う。既に
手刀は
アキラは素早く身を横に振って手刀を回避する。
だがババロドの防護服の耐刃性能、高速で引き戻される腕の動き、腕の絶妙な
ババロドが腕を引き戻す。縮む腕の先にある手刀、その親指が横に伸ばされていた。硬質化した指が腕を引き戻す動きでアキラを背後から襲う。だがアキラは素早く身を
そのアキラに向けて、ババロドの左腕が
そこでアキラはブレードを勢い良く振るってババロドの左腕を
その時ババロドは既に一度引き戻した右腕で再度突きを放っていた。次の攻撃までの間隔は
だがアキラはそれも同様に
両腕を大きく
そこでババロドが笑みを浮かべる。ババロドの一連の動きは誘いだった。
相手は宙で動きが制限されている。
ババロドの読み通り、アキラはそれを回避できなかった。だがそこからの勝利の確信は覆された。
両手で握っていたブレードから、アキラが空中で手を離す。そして自由になった両腕で目標を見もせずに左右に正確に突きを放ち、高速で自身に向かってきた手刀を同時に迎撃した。その突きは新調した強化服の身体能力を
ババロドの思考が
ブレードの刃先は、ババロドの眼前で止まった。
アキラもババロドも相手を殺す気は無く、ある意味でどちらも手を抜いていた。だがこの数秒に満たない攻防は、本気で殺し合ったとしても勝敗は覆らなかったことを、どちらにもしっかりと理解させた。
戦意を喪失したババロドが姿勢制御機能を切る。固定化が切れた体が、崩れた体勢のまま地面に横たわった。
「……俺の負けだ。クソッ!」
そして苦々しくも諦めの
「こんな護衛を雇ってたのかよ! どうせ、俺が払った金で雇ったんだろう! 幾らだ! 幾らで雇われた!?」
これだけの実力者なら、護衛料も相当高額になるはず。仮に自分が勝っていたとしても、その支払いの
アキラがブレードを
「1日100万オーラムだ」
ババロドが驚きと不満を顔に出し、
「ちょっと待て! お前、そんな安値で雇われてるんじゃねえ! 負けた俺が馬鹿みてえじゃねえか!」
「そう言われてもな」
知ったことではないという様子のアキラの横から、
「一応、さっきの代金に加えて護衛期間の間は私を好きなだけ抱いて良いことになってるのよ」
キャロルの体を知るババロドにとって、その言葉は十分な説得力を持っていた。十分な納得と共に思わず叫ぶ。
「そういうことかよ! ちくしょう!」
逆に納得できなかったアキラは
「それでキャロル、こいつはどうするんだ?」
取り
キャロルが笑って答える。
「ん? ちょっと待ってて。多分そろそろ来る頃だと思うから」
「来るって何が?」
「大丈夫よ。相手の増援とかじゃないわ。安心して。あ、来た」
荒野の向こう、キャロルが指を差す方向から1台の装甲兵員輸送車が近付いてきていた。車両はアキラ達の近くで
最後にヴィオラが降りて来た。ヴィオラは場の光景を見ただけで状況を正確に把握すると、楽しげな様子でキャロルの
「随分簡単に片づいたみたいね」
キャロルが余裕の笑顔に意図を載せて返す。
「まあね。雇った護衛が
「まさか。偶然よ」
キャロルはヴィオラにアキラを雇ったことは話していない。しかし交渉代行を持ち掛けられた時、それを断った後にその手の確認が無かったことと、本当にタイミング良くここに来たことから、かなり近い精度で把握はされていたと判断した。その把握が確定情報に
そのキャロルの様子にも、ヴィオラはいつものように笑っていた。
「キャロル。私もここまで足を運んだんだし、この後の交渉はいつものように私に任せない?」
「そうね。頼んだわ」
「あら、あっさりね。そんなにあっさりならあの時に承諾してくれれば良かったのに」
少し
「あの時と今では、条件が大違いでしょう?」
ゼロス達との交渉が、ババロドの件も含めてキャロル達の勝ちで終わった今と、全てが未定だったあの時とでは、ヴィオラの介入の程度がまるで違ってくる。それは交渉に必要な労力であり、ヴィオラの手腕によって変化する状況でもある。
キャロルはヴィオラの友人として、質の悪い者同士として馬が合うところも多い。だが今は交渉の結果として事態をヴィオラ好みにややこしくしてもらうのは避けたかった。だからあの時は身の危険を多少考慮してでも、ヴィオラの介入の程度を下げておきたかった。
ヴィオラに自身の状況をどの程度把握されているのか。キャロルはそれを半分探りながら、分かっているように笑う。
「だから、交渉代はちゃんと減らしてもらうわ。じゃあ、後は
キャロルがキャンピングカーに戻っていく。アキラが少し迷ってババロドの様子を見る。ババロドはレビンから拘束具らしい物を取り付けられている途中だった。既に戦意は無く、抵抗する様子も見せずに大人しくしている。
戻っていくキャロル達の後ろ姿を見ながら、ヴィオラはいつものように楽しげに笑っていた。
キャンピングカーに戻った後、アキラは詳しい状況を改めて説明してもらった。そこでかなり気になっていたことを
「なあキャロル。あいつが言ってた一晩100億オーラムって、本当なのか?」
「ん? 本当よ」
キャロルの余りに当然という態度での返事を聞いて、アキラが思わず軽く引く。
「そ、そうなのか。……いや、でも、100億って、払えるのか?」
「無理だったから代わりに100億オーラム相当の機密情報を私に売ったのよ。その前にも何度か別の情報で、ね。それがバレたからチームのリーダーが
「いや、まあ、そうなんだろうけどさ……。一体どんな情報を売ればそんな額になるんだよ……」
「確かに情報の価値っていうのには曖昧なところが有るわ。例えば彼らに敵対する者がいて、それを知れば彼らを致命的な状況に陥らせることが出来るとするわね? そして資金が十分にあると仮定した上で、その情報を得る
「うーん。そう言われても、100億だし……。100億相当であって、俺の感覚では
理解できないことを理解しようとアキラが
キャロルがアキラの心情を察して誘うように笑う。
「理解できないのならアキラも一度体験してみれば良いのよ。どう? 一晩100億オーラムの体を味わってみない?」
アキラが少し引き
「遠慮しとく」
「つれないわね。大丈夫。アキラから金なんか取らないわ。少なくとも、護衛の期間中はね」
「嫌だ。一度試しにとか、
「彼にとって、それだけ魅力的な経験だった。それだけよ。アキラはこの無料期間中に存分に味わって慣れてしまえば彼のようにはならないと思うけどね。私もアキラの実力を認めているからこそ、本来ならそれだけのお金を
「断る」
「本当に、つれないわね」
軽い警戒まで見せているアキラに向けてキャロルは楽しげに笑った。
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