第244話 アキラの扱い
シュテリアーナはクガマビル上階の一流レストランだ。提供する料理はどれも素材から調理法まで
当然ながらそれらの環境を維持する
そしてその店の個室ともなると料金も更に跳ね上がり、その顧客達であっても下手をすると予約すら一苦労となる。企業の上層部が密談に使用することもあり、個室の使用履歴は企業の重役達すら有り難がる
アキラはその個室に招かれていた。少し広めの部屋には見事な調度品が品良く配置されており、大きめのテーブルには輝くような質感を放つ白いテーブルクロスが掛けられている。その上にはそこに存在するのに
そしてテーブルの向かいにはキバヤシが座っていて、非常に上機嫌な様子で笑っていた。
「しかし、お前は本当に俺を飽きさせないやつだな」
アキラも
「俺だって好き好んであんな目に遭ってる訳じゃない」
「分かってる。だからこそ俺はお前を気に入ってるんだ」
楽しげに笑うキバヤシを見て、アキラは軽く
都市間輸送車両がクガマヤマ都市に到着した後、アキラは他の負傷者達と一緒に防壁内の病院に輸送された。そしてそのまま坂下の管理下で軽い軟禁状態に置かれると、治療を受けながら職員に車両での出来事を根掘り葉掘り尋ねられた。
坂下重工所属の旧領域接続者を
1週間ほどの治療と調査を終えたアキラは、今度は退院と同時にキバヤシに呼び出された。そしてこの場で今回の出来事について聞き出されていた。
キバヤシはアキラから話を聞いて爆笑し続けていた。それはアキラが軽く
アキラが非常に
「もう良いだろう。そろそろ本題に入ってくれ。何か話があるんだろう?」
キバヤシも一通り話を聞いて満足したところだった。軽く息を整えて笑いを抑えると気を切り替える。
「そうだな。十分楽しませてもらったし、そろそろ俺の用事に移るか。アキラ。お前に良い話と悪い話がある」
アキラが少し嫌そうにも見える
「それ、実際には悪い話ともっと悪い話で、片方の話を聞いた後に、良い話の方は? って聞いたら、今のが良い話だって言うやつじゃないだろうな?」
妙な疑い深さを見せるアキラに、キバヤシが楽しげに笑って返す。
「安心しろ。本当に良い話と悪い話だ。じゃあ良い話の方から話そう。前から頼まれていた装備の確保が済んだぞ」
アキラが軽い驚きと共に思わず顔を綻ばせる。
「おっ? そうなのか!」
「ああ。非常に強力な装備を確保できた。最前線地域の武装で、銃も強化服も、本来ならハンターランク100以上でないと購入に制限が入る装備だ」
アキラは予想以上に強力な装備が手に入ったことに喜んだ。だがその後に不思議そうに聞き返す。
「
「本来はそうなんだが、そこは坂下重工が手を回した。あの騒ぎの報酬、いや、迷惑料か? 入院中にちょっと話しただろう? あれだ」
エルデの撃退の件は輸送車両の護衛依頼とは別枠で管理されている。厳密には、アキラが輸送車両の護衛依頼の最中に、ヒカルの要請で持ち場を放棄して勝手にやったことだと扱われている。事前の契約に照らし合わせれば無報酬として片付けられる恐れもあった。
キバヤシは入院中のアキラと連絡を取り、その件の交渉を済ませた。その結果、エルデ達の撃退に対する報酬はアキラが前から頼んでいた装備調達の方に
アキラはその時の話を思い出して納得したように軽く
「そうだったのか。
アキラは期待した顔を浮かべていた。だがキバヤシがそこで表情を意味深なものに変える。
「さっきも言った通り、良い話と悪い話がある。良い話はこれで終わりだ。良い話だっただろう? 次は、悪い話だ」
アキラが僅かにたじろぐ。
「な、何だよ」
「その装備を最前線付近からここまで運んでくる訳だが、到着の
「……そりゃ、あんな東から運んでくるんだ。時間は掛かるんじゃないか?」
アキラも都市間輸送の大変さは身に染みて理解している。脅かされた割には案外普通のことを言われたと思って少々拍子抜けだった。だがキバヤシが更に続ける。
「その前提の上で到着の
アキラも
「えー、なんだよ、それ」
「いろいろあってな、流通の各種許可とかが非常に面倒なことになっている。強力な装備の輸送等には輸送業者間での物資引き渡しとかの手続きも大変だ。その面倒な手続きが、そのいろいろの兼ね合いで更に面倒になってるんだ」
「……それ、装備の調達に坂下重工が手を回したのなら、そっちの方も何とかならなかったのか?」
「それを決めるのは坂下重工だからな。俺に言われても困る。まあ、装備購入の口添えと資金援助ぐらいは簡単でも、輸送の手配まで調えるのは大変なんだろう。何しろ下手をするとお前の装備運搬の
「ああ、確かにそれは無理だな」
ツェゲルト都市への移動でもあれだけ大変だったのだ。物資を最前線からここまで運ぶのにどれだけの費用が掛かるのか。アキラはそれを想像しようとして失敗した。それでも途方もない額が掛かることだけは想像できた。無理だということに納得しつつ、残念そうに
「それで、そのいろいろって、何なんだ?」
「悪いが、それもいろいろとしか言えない」
「えー」
アキラも
「まあ俺もお前がそれで納得するとは思っていない。だからお前がそのいろいろの具体的な内容についてどうしても知りたいって言うのなら、手を貸しても良い。但しその
「……そんなに大変な話なのか?」
「まあな。
アキラが嫌そうな顔で首を横に振る。
「分かった。頼まない。知らない方が良さそうだしな」
「そうか? 遠慮しなくても良いんだぞ?」
「嫌だ。それ、下手に知ったら絶対面倒な事になるやつだろう」
「まあ、上からそれを知っている人間だと判断されて、監視ぐらいは付くかもな」
「勘弁してくれ……」
そこでアキラが表情に懐疑を出す。
「一応聞くぞ。今日
キバヤシが芝居がかった態度で
「何を言ってるんだ。要求されたらその事情をちゃんと素早く速やかに説明できるようにと、都市の職員として高ランクハンターに気を遣っただけだよ」
「どうだか」
キバヤシが
「俺もお前相手に変な小細工をする気は無いよ。
アキラが露骨に嫌そうな顔を浮かべる。
「勘弁してくれ。少なくとも、時間は掛かっても待っていれば装備は届くんだ。その間は大人しくしてる。キバヤシを楽しませるような
そう宣言したアキラに対し、キバヤシが楽しげに軽く首を横に振ってみせる。
「無駄だと思うけどな。お前は絶対に俺を楽しませる。その騒ぎに巻き込まれるのか、自分から起こすのかは分からないけどな。今までもそうだったし、今回もそうだった。お前はそういうやつだ。だろう?」
アキラは返事をしないで顔を
まだまだ残っている料理は、アキラの機嫌を回復させるのに十分な味と量だった。だが機嫌を完全に回復させるのに、以前よりも多くの料理を必要とした。
ある程度機嫌を戻したアキラが何となく尋ねる。
「なあ、装備が届く
「俺の予想か。悪いがそれも難しい。あと、俺も詳細を知っている訳じゃない。流通の規制内容を知っているだけで、その規制が実施された理由については
「そうなのか。理由の推測も話せないのか?」
「そうだな……」
キバヤシが軽く思案する。そして少し真面目な顔で首を横に振る。
「……駄目だ。話せない。下手に話すと、その推測があっていた場合に、何でそれを知っているんだと無駄に疑われる恐れがある。お前も推測するのは勝手だが、その内容を下手に誰かに話すのは
「そうか」
そこでアキラは妙な引っかかりを覚えた。
『アルファ。キバヤシの言っていたことだけどさ』
アルファが先に念を押す。
『私の推測を話しても良いけれど、アキラに知らない振りが出来ないのなら、私も知らない方が良いと思うわよ?』
『分かった。
『そうしなさい』
それでアキラは気を切り替えて食事を続けた。一方キバヤシは思考を刺激されてもう少し推察を続ける。
(……あの規制内容から考えて、坂下重工所属の旧領域接続者とやらが逃げたんだろうな。もし
キバヤシが意味有り気にアキラを見る。アキラが少し
「何だよ」
「何でも無い」
ここでその旧領域接続者とアキラが接触すれば、きっとまた何かが起こる。キバヤシはそう考えて、今後の騒ぎを期待して楽しげに笑った。
アキラがキバヤシと個室で食事をしていた頃、ヒカルは同じシュテリアーナの広間の席に座っていた。隣にはシズカが、向かいには機領と
都市に戻った後のヒカルはアキラと同等に軟禁状態にあったが、その間も仕事自体はしっかりやっていた。大流通の管理側との報酬交渉を済ませて、アキラからの頼みである大幅の黒字は確保した。ただ、アキラへの報酬はハンターランクの上昇と金で支払われるのだが、その配分は意図的に調整中の扱いにしていた。
アキラは強力な装備を求めている。だが高性能な装備には販売元がハンターランクによる制限を掛けている製品も多い。しかし大抵は販売元による自粛であり、当人のハンターランクが不足していても販売元の許可さえあれば購入は可能だ。
可能ならば金やハンターランクよりも再調達する装備の性能を優先してほしい。ヒカルはアキラからそう頼まれていた。そこでアキラと付き合いのある機領と
ヒカルにとって意外だったのは、機領と
ヒカルの感覚では、たかが個人店舗の店主など
交渉の席でヒカルは機領と
交渉中に輸送車両での出来事を聞かれたヒカルは、守秘義務に触れない程度の内容に抑えて答えた。アキラの活躍の話を聞いて、シズカは少し心配そうな様子を見せていた。機領と
その後、ヒカル達の交渉は十分有意義な内容で終わった。機領と
アキラがシズカの店に初めて来店した時の話を聞いたヒカルがかなり意外そうな顔を浮かべる。
「そんなに弱そうっていうか、普通の子供だったんですか?」
シズカがその時の事を思い出して、懐かしむように軽く苦笑する。
「ええ。こう言っては悪いけど、ハンターとして見込みがあるようには全く見えなかったわ。すぐに死んでしまうような、そういう印象しか持てなかった。私は勘が良い方なんだけど、初見の印象から感じたその後の推測をあそこまで盛大に外したのは初めてよ」
ヒカルが関心を示して軽く
(アキラが言っていた、昔は弱かったってのも本当だったのね。うーん。意外)
そこでシズカが少し真面目な顔で尋ねる。
「私からも少し聞きたいんだけど、
「都市の職員として、ですか?」
「ええ」
ヒカルが少し真面目な顔で答える。
「申し訳ございませんが、都市側の意見を代弁するのであれば、非常に扱いの難しい人物だと答えざるを得ません。中位区画への立ち入りも、輸送車両への搭乗も、一時的で限定的な許可しか出せない人物です。アキラに助けてもらった身でこう言うのも何ですが、それを根拠にして、防壁の内側の基準で十分に善良なハンターであると人格を保証することは出来ません。それが職員としての、私の返事です」
ヒカルはアキラと懇意にしている人物に対して話すには少々手厳しい内容だと自分でも思いながらも、少しすまなそうな顔をしながらも、都市側の人間としてしっかりと答えた。怒らせたかと思いながらシズカの様子を
だがヒカルの予想に反して、シズカはどこか安心したように笑った。
「それで良いと思うわ」
ヒカルが意外そうな顔を浮かべる。
「怒らないんですか? 結構
「
「……まあ、助けてもらいましたから。……それこそ命懸けで」
シズカがヒカルの様子を少し
「残念だけどアキラには危うい面が多すぎるわ。アキラと付き合いのある私だって、悪い子ではない、とは無条件では言えないぐらいにね。あ、性格が悪いって意味じゃないの。ただ別の意味で質が悪いというか、変にズレているっていうか、極端に走りやすいっていうか、そういうところがあるのよ」
「ああ、確かにそれは分かる気がします」
「アキラはスラム街で相当苦労したみたいで、多分その
そう言ってシズカは軽く苦笑した。ヒカルも軽く苦笑気味に笑って返す。
「短い付き合いの私から見ても、アキラは人付き合いが苦手な方に見えますからね。一応ですけど、都市の人物評価欄に私からも注意するように書き込んでおきます。他の職員もそれを見れば、何かあってもアキラに
シズカが笑って告げる。
「その何かあった時には、
ヒカルが僅かにたじろぐ。アキラへの感情は別として今回のような騒ぎはもう御免であり、もうアキラと関わるつもりは全く無かった。
「あー、その、私は広域経営部の者ですから、今回の依頼を最後に、多分もうアキラと関わることは無いと思います」
「そう? 残念ね」
シズカは特に残念そうには見えない笑顔でそう答えた。自身の勘については黙っていた。
ヒカル達はクガマビル1階のロビーまで戻り、そこでアキラ達と合流した。
シズカがアキラを少し強めに
「アキラ。ヒカルさんから聞いたけど、また随分と
アキラがたじろぎながら笑ってごまかそうとする。
「いや、それは、あれは俺の
「また装備を
「
「つまり、そこまで頑丈なバイクではなかったら、バイクも壊れていたのね?」
アキラがごまかすように軽く笑いながら、ヒカルに助けを求めるような視線を向ける。ヒカルが苦笑して口を挟む。
「シズカさん。アキラに助けを求めた私の
「そう? 仕方無いわね」
シズカが追及を止めると、アキラが
だがアキラがそれだけの者を殺した人物であることに間違いは無い。輸送車両でも自分を盾にしたエルデに対し、
(良い意味でも、悪い意味でも、アキラをよく分かっている人に対応してほしいってのは、そういうことなんでしょうね。……でもまあ、だから私にって言われても困るんだけど)
ヒカルは無意識に浮かべていた苦笑いを愛想の良い笑顔に戻すと、アキラの前に立つ。
「アキラ。報酬の件も片付いたし、取り
「そうか。ヒカルもお疲れ様」
「私からアキラに依頼を出すことはもうないと思うけど、縁があったらまた会いましょう。これからも頑張って。でも
「分かってるよ。……いや、本当に、分かってるんだけどな」
苦笑を返してきたアキラに、ヒカルも軽く笑って返した。
アキラはシズカを送って帰っていった。ヒカルがアキラ達を見送って一息
「いやー、ヒカル、大流通関連依頼の完遂、お疲れ様だ。実に素晴らしい成果だった」
手放しで褒めてくるキバヤシの態度に、ヒカルが喜びよりも不安を覚える。
「あ、ありがとう御座います」
「お前の技量を見誤っていたことを謝らないといけないな。すまなかった。お
ヒカルはその意味が分からずに
アキラのような高ランクハンターの担当を、自分にも任せてほしい。ヒカルはキバヤシにそう要望し、自分がその仕事を請け負えるだけの実力を持っていると認めさせる
それは文字通り死ぬほど厄介な高ランクハンターとの付き合いが今後も山ほど増え続けることを意味する。以前に自分が熱望した通りに。
ヒカルが必死になってかつての願いを取り下げる。
「いえいえいえ! 私には手に余る案件でした! 今回の件で身の程を知りましたので、その要望は全部取り下げます!」
キバヤシが分かった上で、下手に出るように続ける。
「遠慮するなって。ここまでの成果を上げた上で、その謙遜。いやー、実に素晴らしい。俺からも上に強く推薦させてもらうよ。有能な若手が成り上がるのは組織の活性化にも
ヒカルが顔色を悪くして叫ぶように答える。
「
「そう言うなよ。大丈夫。お前なら出来るって」
「そういう話じゃありません!」
その後、ヒカルは自身の有能さを振り絞ってキバヤシを説得し、要望の取り下げを認めさせた。それで
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