第244話 アキラの扱い

 シュテリアーナはクガマビル上階の一流レストランだ。提供する料理はどれも素材から調理法までこだわった絶品であり、都市下位区画の高級店程度とはメニューに並ぶ価格の桁が違っている。そして口にした者にその金を支払っても後悔などさせない美味を提供している。調度品も食事の体験に確かな付加価値を与える一級品ばかりであり、落ち着きながらも品のある高級感を漂わせている。


 当然ながらそれらの環境を維持するためには多額の経費を必要とする。その店を支える客層も相応に裕福な者ばかりだ。防壁外の感覚では狂気の沙汰と思ってしまうほどの大金を平然と支払える者達を顧客としている。


 そしてその店の個室ともなると料金も更に跳ね上がり、その顧客達であっても下手をすると予約すら一苦労となる。企業の上層部が密談に使用することもあり、個室の使用履歴は企業の重役達すら有り難がるはくとなる場所だ。


 アキラはその個室に招かれていた。少し広めの部屋には見事な調度品が品良く配置されており、大きめのテーブルには輝くような質感を放つ白いテーブルクロスが掛けられている。その上にはそこに存在するのに相応ふさわしい料理が並べられていた。


 そしてテーブルの向かいにはキバヤシが座っていて、非常に上機嫌な様子で笑っていた。


「しかし、お前は本当に俺を飽きさせないやつだな」


 アキラも美味おいしい料理のお陰で上機嫌ではあったが、キバヤシの笑いように少し不服そうな態度を見せていた。


「俺だって好き好んであんな目に遭ってる訳じゃない」


「分かってる。だからこそ俺はお前を気に入ってるんだ」


 楽しげに笑うキバヤシを見て、アキラは軽くめ息を吐いた。


 都市間輸送車両がクガマヤマ都市に到着した後、アキラは他の負傷者達と一緒に防壁内の病院に輸送された。そしてそのまま坂下の管理下で軽い軟禁状態に置かれると、治療を受けながら職員に車両での出来事を根掘り葉掘り尋ねられた。


 坂下重工所属の旧領域接続者をさらいに来た者と戦ったのだから仕方無いだろう。アキラはそう思って普通に答えていた。他の乗員にも一律に同様の取り調べを行っていると聞かされたので特に疑問にも思わなかった。


 なおこの取り調べは襲撃よりもシロウの脱走の調査が主目的だった。だが坂下としてはシロウの脱走を宣伝する訳にもいかないので伏せられていた。但し既にそれを知っている関係者に対しては更に厳しい取り調べが行われていた。


 1週間ほどの治療と調査を終えたアキラは、今度は退院と同時にキバヤシに呼び出された。そしてこの場で今回の出来事について聞き出されていた。


 キバヤシはアキラから話を聞いて爆笑し続けていた。それはアキラが軽くへそを曲げるほどだった。


 アキラが非常に美味おいしい料理の数々で機嫌を保ちながらも、少し顔をしかめて本題を催促する。


「もう良いだろう。そろそろ本題に入ってくれ。何か話があるんだろう?」


 キバヤシも一通り話を聞いて満足したところだった。軽く息を整えて笑いを抑えると気を切り替える。


「そうだな。十分楽しませてもらったし、そろそろ俺の用事に移るか。アキラ。お前に良い話と悪い話がある」


 アキラが少し嫌そうにも見える怪訝けげんな顔を浮かべる。


「それ、実際には悪い話ともっと悪い話で、片方の話を聞いた後に、良い話の方は? って聞いたら、今のが良い話だって言うやつじゃないだろうな?」


 妙な疑い深さを見せるアキラに、キバヤシが楽しげに笑って返す。


「安心しろ。本当に良い話と悪い話だ。じゃあ良い話の方から話そう。前から頼まれていた装備の確保が済んだぞ」


 アキラが軽い驚きと共に思わず顔を綻ばせる。


「おっ? そうなのか!」


「ああ。非常に強力な装備を確保できた。最前線地域の武装で、銃も強化服も、本来ならハンターランク100以上でないと購入に制限が入る装備だ」


 アキラは予想以上に強力な装備が手に入ったことに喜んだ。だがその後に不思議そうに聞き返す。


すごいな! ……あれ? でもそうすると俺には買えないんじゃ……」


「本来はそうなんだが、そこは坂下重工が手を回した。あの騒ぎの報酬、いや、迷惑料か? 入院中にちょっと話しただろう? あれだ」


 エルデの撃退の件は輸送車両の護衛依頼とは別枠で管理されている。厳密には、アキラが輸送車両の護衛依頼の最中に、ヒカルの要請で持ち場を放棄して勝手にやったことだと扱われている。事前の契約に照らし合わせれば無報酬として片付けられる恐れもあった。


 もっとも坂下重工もそのような真似まねはしない。あの状況で坂下重工側に付いた者に無報酬では沽券こけんに関わるからだ。ただ、後付けで輸送車両の護衛依頼に混ぜるとしてもその担当者であるヒカルも軟禁状態だったので、その管理作業はキバヤシに回されていた。


 キバヤシは入院中のアキラと連絡を取り、その件の交渉を済ませた。その結果、エルデ達の撃退に対する報酬はアキラが前から頼んでいた装備調達の方にぎ込まれることになった。そのお陰で調達資金も権限も十分なものになり最前線地域の武装の確保に成功したのだ。


 アキラはその時の話を思い出して納得したように軽くうなずいた。


「そうだったのか。ひどい目に遭ったけど、苦労した甲斐かいがあったな。それで、その装備はいつ頃届くんだ?」


 アキラは期待した顔を浮かべていた。だがキバヤシがそこで表情を意味深なものに変える。


「さっきも言った通り、良い話と悪い話がある。良い話はこれで終わりだ。良い話だっただろう? 次は、悪い話だ」


 アキラが僅かにたじろぐ。


「な、何だよ」


「その装備を最前線付近からここまで運んでくる訳だが、到着の目処めどが全く立っていない」


「……そりゃ、あんな東から運んでくるんだ。時間は掛かるんじゃないか?」


 アキラも都市間輸送の大変さは身に染みて理解している。脅かされた割には案外普通のことを言われたと思って少々拍子抜けだった。だがキバヤシが更に続ける。


「その前提の上で到着の目処めどが立たないんだ。明日か、来月か、半年後か、来年か、それすらも分からない。そういう感覚で不明なんだ」


 アキラも流石さすがに嫌そうに顔をしかめた。


「えー、なんだよ、それ」


「いろいろあってな、流通の各種許可とかが非常に面倒なことになっている。強力な装備の輸送等には輸送業者間での物資引き渡しとかの手続きも大変だ。その面倒な手続きが、そのいろいろの兼ね合いで更に面倒になってるんだ」


「……それ、装備の調達に坂下重工が手を回したのなら、そっちの方も何とかならなかったのか?」


「それを決めるのは坂下重工だからな。俺に言われても困る。まあ、装備購入の口添えと資金援助ぐらいは簡単でも、輸送の手配まで調えるのは大変なんだろう。何しろ下手をするとお前の装備運搬のためだけに長距離都市間輸送の線を1本増やせってことになるからな」


「ああ、確かにそれは無理だな」


 ツェゲルト都市への移動でもあれだけ大変だったのだ。物資を最前線からここまで運ぶのにどれだけの費用が掛かるのか。アキラはそれを想像しようとして失敗した。それでも途方もない額が掛かることだけは想像できた。無理だということに納得しつつ、残念そうにめ息を吐く。


「それで、そのいろいろって、何なんだ?」


「悪いが、それもいろいろとしか言えない」


「えー」


 アキラも流石さすがに不服そうな態度を見せた。するとキバヤシがどこか楽しげに笑う。


「まあ俺もお前がそれで納得するとは思っていない。だからお前がそのいろいろの具体的な内容についてどうしても知りたいって言うのなら、手を貸しても良い。但しそのためにはハンターオフィスを介した機密保持契約が必要だ。破ると非常に大変な目に遭うやつだ。どうする? それを分かった上で情報開示を希望するなら、その手続きは俺がやってやるぞ? 俺とお前の仲だからな」


「……そんなに大変な話なのか?」


「まあな。ちなみにこの個室じゃなければ、この提案すら出来ないぐらいに大変な内容だ。だから受けるにしろ受けないにしろ、このことを吹聴ふいちょうなんかするなよ?」


 アキラが嫌そうな顔で首を横に振る。


「分かった。頼まない。知らない方が良さそうだしな」


「そうか? 遠慮しなくても良いんだぞ?」


「嫌だ。それ、下手に知ったら絶対面倒な事になるやつだろう」


「まあ、上からそれを知っている人間だと判断されて、監視ぐらいは付くかもな」


「勘弁してくれ……」


 そこでアキラが表情に懐疑を出す。


「一応聞くぞ。今日態々わざわざ個室を用意したのは、俺にそれを教えやすくするためじゃないだろうな?」


 キバヤシが芝居がかった態度でわざとらしく目をらす。


「何を言ってるんだ。要求されたらその事情をちゃんと素早く速やかに説明できるようにと、都市の職員として高ランクハンターに気を遣っただけだよ」


「どうだか」


 キバヤシがいぶかしむアキラに視線を戻して楽しげに笑う。


「俺もお前相手に変な小細工をする気は無いよ。態々わざわざそんなことをしなくとも、お前は勝手に俺を楽しませてくれる男だ。だからお前を気に入ってるんだ。次の騒ぎも楽しみに待ってるぞ?」


 アキラが露骨に嫌そうな顔を浮かべる。


「勘弁してくれ。少なくとも、時間は掛かっても待っていれば装備は届くんだ。その間は大人しくしてる。キバヤシを楽しませるような真似まねは起こさない」


 そう宣言したアキラに対し、キバヤシが楽しげに軽く首を横に振ってみせる。


「無駄だと思うけどな。お前は絶対に俺を楽しませる。その騒ぎに巻き込まれるのか、自分から起こすのかは分からないけどな。今までもそうだったし、今回もそうだった。お前はそういうやつだ。だろう?」


 アキラは返事をしないで顔をしかめたまま食事を再開した。キバヤシも楽しげに食事を続けた。


 まだまだ残っている料理は、アキラの機嫌を回復させるのに十分な味と量だった。だが機嫌を完全に回復させるのに、以前よりも多くの料理を必要とした。


 ある程度機嫌を戻したアキラが何となく尋ねる。


「なあ、装備が届く目処めどが立たないって話だけど、ハンターとの約束事として目処めどが立たないってのは分かったけどさ、簡単な予想も無理なのか? キバヤシの何の保証も無い予想とかでも良い」


「俺の予想か。悪いがそれも難しい。あと、俺も詳細を知っている訳じゃない。流通の規制内容を知っているだけで、その規制が実施された理由については箝口かんこう令が敷かれている。まあ理由の推測ぐらいは出来るが、そこから規制解除の時期を推測するのは無理だな」


「そうなのか。理由の推測も話せないのか?」


「そうだな……」


 キバヤシが軽く思案する。そして少し真面目な顔で首を横に振る。


「……駄目だ。話せない。下手に話すと、その推測があっていた場合に、何でそれを知っているんだと無駄に疑われる恐れがある。お前も推測するのは勝手だが、その内容を下手に誰かに話すのはめた方が良いぞ。ぎりぎり言えるのはこれぐらいだな」


「そうか」


 そこでアキラは妙な引っかかりを覚えた。


『アルファ。キバヤシの言っていたことだけどさ』


 アルファが先に念を押す。


『私の推測を話しても良いけれど、アキラに知らない振りが出来ないのなら、私も知らない方が良いと思うわよ?』


『分かった。めておく』


『そうしなさい』


 それでアキラは気を切り替えて食事を続けた。一方キバヤシは思考を刺激されてもう少し推察を続ける。


(……あの規制内容から考えて、坂下重工所属の旧領域接続者とやらが逃げたんだろうな。もしさらわれたのなら規制の内容が緩すぎる。どこに逃げた? 坂下の管理下から逃れただけで、クガマヤマ都市の近くにいるのか? 坂下もそれをつかんでいるのか? ハンターには正確な身元が不明なやつも多い。ここにはそこら中からそのハンターが集まっている。経歴を詐称して紛れ込むにはもってこいの環境だ)


 キバヤシが意味有り気にアキラを見る。アキラが少し怪訝けげんな顔を返す。


「何だよ」


「何でも無い」


 ここでその旧領域接続者とアキラが接触すれば、きっとまた何かが起こる。キバヤシはそう考えて、今後の騒ぎを期待して楽しげに笑った。




 アキラがキバヤシと個室で食事をしていた頃、ヒカルは同じシュテリアーナの広間の席に座っていた。隣にはシズカが、向かいには機領とTOSONトーソンの営業が座っている。


 都市に戻った後のヒカルはアキラと同等に軟禁状態にあったが、その間も仕事自体はしっかりやっていた。大流通の管理側との報酬交渉を済ませて、アキラからの頼みである大幅の黒字は確保した。ただ、アキラへの報酬はハンターランクの上昇と金で支払われるのだが、その配分は意図的に調整中の扱いにしていた。


 アキラは強力な装備を求めている。だが高性能な装備には販売元がハンターランクによる制限を掛けている製品も多い。しかし大抵は販売元による自粛であり、当人のハンターランクが不足していても販売元の許可さえあれば購入は可能だ。


 可能ならば金やハンターランクよりも再調達する装備の性能を優先してほしい。ヒカルはアキラからそう頼まれていた。そこでアキラと付き合いのある機領とTOSONトーソンの営業に連絡して、アキラの報酬の調整に巻き込むことにした。企業が高ランクハンターとの付き合いを望むのも、より高性能で高額な製品の購入を期待してのこと。ハンターランクによる購入制限緩和の交渉は十分可能だろう。ヒカルはそう判断しており、実際に有意義な交渉となっていた。


 ヒカルにとって意外だったのは、機領とTOSONトーソンの営業からシズカの同席を求められたことだ。


 ヒカルの感覚では、たかが個人店舗の店主など態々わざわざ同席させる必要はない。しかし営業からの強い要望もあり、一応アキラに連絡を取った。するとアキラから、シズカの同意を前提にした上で失礼の無いように頼む、というシズカにかなり気を遣った返事が返ってきた。ヒカルはそれをかなり意外に思いながらも、シズカとも調整を済ませて交渉に参加してもらった。


 交渉の席でヒカルは機領とTOSONトーソンの営業がシズカに非常に気を使っている様子を見た。アキラのシズカに対する信頼が非常に厚く、アキラの装備調達にシズカの意見が非常に強く影響すると知ってからは、ヒカルもそれを不思議には思わなかった。だがアキラの意外な面を見たとは思っていた。


 交渉中に輸送車両での出来事を聞かれたヒカルは、守秘義務に触れない程度の内容に抑えて答えた。アキラの活躍の話を聞いて、シズカは少し心配そうな様子を見せていた。機領とTOSONトーソンの営業は自社製品の宣伝に使用できないかと、オペレータ時のデータの提供を求めてきた。その態度の違いもヒカルには少し新鮮なものだった。ハンター相手の商売人としては営業達の態度が普通であり、それはハンター側も同じ。そう考えていたからだ。


 その後、ヒカル達の交渉は十分有意義な内容で終わった。機領とTOSONトーソンの営業が交渉で決まった装備の調達を進めるために先に帰った後、ヒカルとシズカはそのまま残ってアキラの話などをしていた。


 アキラがシズカの店に初めて来店した時の話を聞いたヒカルがかなり意外そうな顔を浮かべる。


「そんなに弱そうっていうか、普通の子供だったんですか?」


 シズカがその時の事を思い出して、懐かしむように軽く苦笑する。


「ええ。こう言っては悪いけど、ハンターとして見込みがあるようには全く見えなかったわ。すぐに死んでしまうような、そういう印象しか持てなかった。私は勘が良い方なんだけど、初見の印象から感じたその後の推測をあそこまで盛大に外したのは初めてよ」


 ヒカルが関心を示して軽くうなずく。実は自分が知らないだけで、アキラは都市のエージェントなのではないかと結構疑っていた。だがシズカの反応から本当にスラム街出身の子供だと知って少し驚いていた。


(アキラが言っていた、昔は弱かったってのも本当だったのね。うーん。意外)


 そこでシズカが少し真面目な顔で尋ねる。


「私からも少し聞きたいんだけど、貴方あなたは都市の職員としてアキラをどう思っているの?」


「都市の職員として、ですか?」


「ええ」


 ヒカルが少し真面目な顔で答える。


「申し訳ございませんが、都市側の意見を代弁するのであれば、非常に扱いの難しい人物だと答えざるを得ません。中位区画への立ち入りも、輸送車両への搭乗も、一時的で限定的な許可しか出せない人物です。アキラに助けてもらった身でこう言うのも何ですが、それを根拠にして、防壁の内側の基準で十分に善良なハンターであると人格を保証することは出来ません。それが職員としての、私の返事です」


 ヒカルはアキラと懇意にしている人物に対して話すには少々手厳しい内容だと自分でも思いながらも、少しすまなそうな顔をしながらも、都市側の人間としてしっかりと答えた。怒らせたかと思いながらシズカの様子をうかがう。


 だがヒカルの予想に反して、シズカはどこか安心したように笑った。


「それで良いと思うわ」


 ヒカルが意外そうな顔を浮かべる。


「怒らないんですか? 結構ひどいことを言ったつもりだったんですけど」


貴方あなた個人としては、アキラに悪い印象は持っていないようだからね」


「……まあ、助けてもらいましたから。……それこそ命懸けで」


 シズカがヒカルの様子を少し微笑ほほえましそうに見た後に、諭すように続ける。


「残念だけどアキラには危うい面が多すぎるわ。アキラと付き合いのある私だって、悪い子ではない、とは無条件では言えないぐらいにね。あ、性格が悪いって意味じゃないの。ただ別の意味で質が悪いというか、変にズレているっていうか、極端に走りやすいっていうか、そういうところがあるのよ」


「ああ、確かにそれは分かる気がします」


「アキラはスラム街で相当苦労したみたいで、多分その所為せいなのだと思うわ。変な誤解や勘違い、物事の受け取り方とかで、敵を増やすこともあるのでしょうね。だから、アキラを非常に扱いの難しい人物だと分かった上で、ちゃんと対応できる人が都市の職員にいるのは、アキラにとっても良いことよ。……本音を言えば、私としてもアキラにはもうちょっと、こう、人と合わせるってことを覚えてほしいところだけどね」


 そう言ってシズカは軽く苦笑した。ヒカルも軽く苦笑気味に笑って返す。


「短い付き合いの私から見ても、アキラは人付き合いが苦手な方に見えますからね。一応ですけど、都市の人物評価欄に私からも注意するように書き込んでおきます。他の職員もそれを見れば、何かあってもアキラに喧嘩けんかを売るような真似まねはしないと思います。しっかり書いておきます」


 シズカが笑って告げる。


「その何かあった時には、貴方あなたが対応してくれれば良いんじゃない?」


 ヒカルが僅かにたじろぐ。アキラへの感情は別として今回のような騒ぎはもう御免であり、もうアキラと関わるつもりは全く無かった。


「あー、その、私は広域経営部の者ですから、今回の依頼を最後に、多分もうアキラと関わることは無いと思います」


「そう? 残念ね」


 シズカは特に残念そうには見えない笑顔でそう答えた。自身の勘については黙っていた。




 ヒカル達はクガマビル1階のロビーまで戻り、そこでアキラ達と合流した。


 シズカがアキラを少し強めにたしなめる。


「アキラ。ヒカルさんから聞いたけど、また随分と無茶むちゃをしたようね」


 アキラがたじろぎながら笑ってごまかそうとする。


「いや、それは、あれは俺の所為せいではなくてですね、確かに大変だったんですけど、あの状況を予想しろっていうのは無理がありますって」


「また装備をほとんど全部失ったのよね? 無事に残った装備はバイクだけって、それはどうなの?」


流石さすがに向こうの製品は、もっと東側で使われているだけあって頑丈でした。折角せっかくの機会だからと、安全のために高い金を出して買った甲斐かいがありました」


「つまり、そこまで頑丈なバイクではなかったら、バイクも壊れていたのね?」


 アキラがごまかすように軽く笑いながら、ヒカルに助けを求めるような視線を向ける。ヒカルが苦笑して口を挟む。


「シズカさん。アキラに助けを求めた私の所為せいでもありますので、それぐらいで」


「そう? 仕方無いわね」


 シズカが追及を止めると、アキラが安堵あんどしたように軽く笑った。ヒカルはそのアキラの様子を少し興味深く見ていた。怒られながらも、叱られながらも、心配してもらっていることをどこか喜んでいる雰囲気を感じられる様子は、その手の経験が著しく欠如している子供のようにも見える。少なくとも、そこに3桁の人を殺して平然としている人間の姿は無い。


 だがアキラがそれだけの者を殺した人物であることに間違いは無い。輸送車両でも自分を盾にしたエルデに対し、躊躇ちゅうちょ無く銃口を向けた見切りや非情さを当然とする感覚の持ち主だ。それはヒカルも分かっていた。


(良い意味でも、悪い意味でも、アキラをよく分かっている人に対応してほしいってのは、そういうことなんでしょうね。……でもまあ、だから私にって言われても困るんだけど)


 ヒカルは無意識に浮かべていた苦笑いを愛想の良い笑顔に戻すと、アキラの前に立つ。


「アキラ。報酬の件も片付いたし、取りえずこれで一区切り。私が頼んだ依頼は全部終わったわ。お疲れ様」


「そうか。ヒカルもお疲れ様」


「私からアキラに依頼を出すことはもうないと思うけど、縁があったらまた会いましょう。これからも頑張って。でも無茶むちゃは慎んだ方が良いと思うわ」


「分かってるよ。……いや、本当に、分かってるんだけどな」


 苦笑を返してきたアキラに、ヒカルも軽く笑って返した。


 アキラはシズカを送って帰っていった。ヒカルがアキラ達を見送って一息いていると、キバヤシが非常に楽しそうに声を掛けてくる。


「いやー、ヒカル、大流通関連依頼の完遂、お疲れ様だ。実に素晴らしい成果だった」


 手放しで褒めてくるキバヤシの態度に、ヒカルが喜びよりも不安を覚える。


「あ、ありがとう御座います」


「お前の技量を見誤っていたことを謝らないといけないな。すまなかった。おびと言っては何だが、お前の以前の要望を、俺の権限で出来る限り通そうじゃないか。それで勘弁してくれ」


 ヒカルはその意味が分からずに怪訝けげんな顔を浮かべた。だが持ち前の有能さですぐに意味を理解すると途端に焦りだした。


 アキラのような高ランクハンターの担当を、自分にも任せてほしい。ヒカルはキバヤシにそう要望し、自分がその仕事を請け負えるだけの実力を持っていると認めさせるために、今回ある意味でその能力試験として大流通関連の依頼の管理をやっていたのだ。そしてその意味では、その時の自身が望んだ成果を超えた大成功を収めた。


 それは文字通り死ぬほど厄介な高ランクハンターとの付き合いが今後も山ほど増え続けることを意味する。以前に自分が熱望した通りに。


 ヒカルが必死になってかつての願いを取り下げる。


「いえいえいえ! 私には手に余る案件でした! 今回の件で身の程を知りましたので、その要望は全部取り下げます!」


 キバヤシが分かった上で、下手に出るように続ける。


「遠慮するなって。ここまでの成果を上げた上で、その謙遜。いやー、実に素晴らしい。俺からも上に強く推薦させてもらうよ。有能な若手が成り上がるのは組織の活性化にもつながるからな。ヒカルの実力に懐疑的な幹部達も今回の成果を見ればてのひらを返すだろう。これで出世街道まっしぐらだな。おめでとう」


 ヒカルが顔色を悪くして叫ぶように答える。


めてください! 本当に、めてください! 振りじゃないですよ!?」


「そう言うなよ。大丈夫。お前なら出来るって」


「そういう話じゃありません!」


 その後、ヒカルは自身の有能さを振り絞ってキバヤシを説得し、要望の取り下げを認めさせた。それで安堵あんどしたヒカルを見て、キバヤシは表面上は少し残念そうにしながらも、内心ではとても楽しげに笑っていた。

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