第235話 ツェゲルト都市

 翌日の早朝。アキラは日出ひので前に輸送車両の屋根に上がっていた。警備としてではない。朝日を見に来たのだ。


 屋根の上は相変わらず強風が吹き荒れている。強化服を着用しているアキラには問題ない。だが一緒に上がってきたヒカルには大問題だ。


「離さないでよ!? 絶対に離さないでよ!?」


「分かってるって」


 アキラはヒカルをしっかりと抱き締めている。ヒカルもアキラにしっかりと抱き付いている。その光景は少し遠目から見ればまるで恋人同士の抱擁にも見える。だが若干あきれ気味のアキラの表情と、恐怖で若干顔を引きらせているヒカルの表情が、2人がそのような関係ではないことを明確に示していた。


「一緒じゃないと許可を出さないって言うから連れてきたけどさ、そんなに怖いのなら、やっぱり車内に戻れば良いんじゃないか?」


「良いでしょう!? 私も見てみたかったの!」


 当初アキラは自分だけで屋根に上がるつもりだった。だがアキラからめ事の契機を可能な限り遠ざけたいヒカルは、アキラを出来る限り部屋から出したくなかった。しかしアキラの頼みを無下に断って機嫌を損ねるのも避けたかった。


 そこで自分も付き添うことを条件に許可を出したのだ。自分も朝日を見てみたいというのは、アキラの単独行動を防ぐ口実だ。だが日出ひのでの光景に興味があったのも事実だ。既に輸送車両が目的地の都市の防衛圏内に入ったことで、戦闘が発生する危険はほとんど無いというのも、ヒカルの興味を後押しした。


 部屋でアキラの戦闘記録を主観視点で見ていた時も怖いとは思った。だがその対象はモンスターや高速移動による視界の変化などであり、その所為せいで戦闘が無ければ屋根に上がっても大丈夫だろうと思ってしまった。


 しかし実際に屋根に上がってみると、強風の風圧や車両の揺れを体感するだけで、想像以上に怖かった。恥じらう余裕もなくアキラに必死に抱き付いているのはその所為せいだ。それでも戻ると言い出さないのは、どこか意地っ張りな部分もあるヒカルの性分と、自身をしっかり抱き締めるアキラの力強さに安心感を覚えたからだ。そのどちらかが欠けていれば、流石さすがに戻っていた。


 アキラはそのヒカルの様子に、そこまで日出ひのでが見たいのかと少し不思議に思った。だが自分も以前に日出ひのでの光景を見て感銘を受けたことを思い出し、そういうものかと考え直してそれ以上深くは気にしなかった。


 やがて日が昇る。地平の先から広がる光が夜をき消していく光景は、その光が夜の闇からあらわにさせる姿が荒野の遠景であっても、旧世界の頃と変わらずに人を惹き付けるものがあった。


 アキラがその光景を、態々わざわざ屋根に上がった甲斐かいはあった、と思いながら眺めていると、ヒカルの様子の変化に気付く。ヒカルは屋根にいることすら忘れて体の震えを止めるほどに、日出ひのでの光景に見入っていた。アキラはそれを少し意外に思いながらも、邪魔をしないようにヒカルを抱き締めたまま黙っていた。


 日が昇り続けて地平から離れると、代わり映えのない早朝の光景となる。感動が治まり我に返ったヒカルが、自分を意外そうな表情で見ているアキラに気付く。途端に気恥ずかしくなり、僅かに顔を赤くしながらごまかすように口を開く。


「い、良い景色だったわね。アキラが態々わざわざ早起きして、屋根に上がってまで見に行こうとするのも分かるわ」


「まあ、そうだな」


「ア、アキラは日出ひのでってよく見るの? ハンター稼業でしょっちゅう荒野に出てるんでしょう?」


「いや、しょっちゅうは見ないな。俺も流石さすが日出ひのでを見るためだけに荒野に出たりはしないし、ハンター稼業は大抵昼間にやってるからな。ハンター稼業の都合で日出ひのでの時間帯に偶然荒野に出た時ぐらいだ」


「そ、そう」


「ヒカルは?」


「わ、私?」


「随分熱心に見てたようだけど、そういう機会ってないのか? まあ、防壁の内側じゃ無理か」


「あー、無理とは言わないけど難しいわ。中位区画でも高層ビルの上階とか、例えばクガマビルの最上階とかなら、外の景色を防壁の上から見られるんだけど、そういう場所って大抵は上層部の人間とかしか入れない制限区域だから、私の地位じゃ、ちょっとね」


「そうなのか。壁の内側でもいろいろあるんだな」


 ヒカルは軽い雑談である程度落ち着きを取り戻したものの、異性と抱き締め合っている状況ではそれにも限度がある。軽く思案して状況を切り上げる理由を探すとすぐに見付かった。輸送車両の進行方向に、山のように巨大なドームの遠景が見えていた。


「アキラ。日出ひのでも見たし、もう戻りましょう。それにツェゲルトドームも見えてきたわ。あの中に入ったら、車両の屋根の上でもツェゲルト都市の中位区画よ。それに車両の中もツェゲルト都市の中位区画に一部準じた扱いになるわ。面倒事にならないように、早めに部屋に戻りましょう」


 ヒカルはアキラを少しかして一緒に車内に戻った。車内に戻るまではアキラに抱き締められたままで、屋根の上にいる恐怖が慣れで薄まった分だけ、落ち着きを取り戻すのに時間が掛かった。




 ツェゲルト都市は都市全体を巨大なドームで囲っている。地上部はクガマヤマ都市と同様の防壁構造だが、その上は正多面体の半球構造になっている。天井は細い枠組みと透明な素材を組み合わせた外観で、空の景色をはっきりと見ることが出来る。そのおかげでドーム内部にもかかわらず、閉塞感は全く無い。ドーム内に建ち並ぶ高層ビルの屋上からでも天井までには大分距離があり、広々とした空間を確保していた。


 ヒカルはそのツェゲルト都市の中を自動運転の小型車両に1人で乗って進んでいた。アキラはいない。輸送車両の部屋に残している。


 アキラ達が乗る輸送車両はここで一日掛けて物資の積み卸しを行い、再びクガマヤマ都市に戻る予定となっている。つまり、輸送車両のハンター達には一日き時間が出来ていた。大抵の者は車外に出て休暇を過ごす。だがアキラは諸事情で外出を禁止されていた。


 アキラの中位区画入区許可はクガマヤマ都市のもので、しかも仮のものだ。その権限でツェゲルト都市の中位区画に立ち入るのは問題があったのだ。その問題をヒカルの交渉能力で解決するのは不可能ではない。だがヒカルが自分からめ事の契機となり兼ねない許可を出す訳がなく、むしろそれを口実にしてアキラを部屋に閉じ込めようとした。


 しかしアキラは何とかならないかとヒカルに食い下がる。ヒカルもアキラの機嫌を損ねたくはない。だがアキラを車外に出したくもない。出来れば部屋からすら出したくない。そこで妥協点を探るために理由を尋ねると、折角せっかくかなり東の都市に来たのだから、この辺りで活動するハンター向けの車両等を見てみたいということだった。


 その結果、ヒカルはアキラに部屋から絶対に出ないように頼んだ上で、アキラの代わりにハンター向け車両の販売店に向かうことになった。


 ツェゲルト都市は東部でも東側、最前線に大分近い位置にある。ヒカルは広域経営部所属の職員として他都市の職員と交渉することもあるが、大抵は通信で済ましており、実際に他都市まで足を運ぶことはまれだ。その際もどちらかといえばクガマヤマ都市より西側に位置する都市の場合が多い。通信にしろ、現地に向かうにしろ、ツェゲルト都市ほど東に位置する都市に関わることはなかった。


 そのクガマヤマ都市とはまた違う都市の光景を少し興味深く眺めていると、自分よりも強い関心を示しているアキラの声が聞こえた。今は輸送車両の屋根の時とは逆に、アキラがヒカルを介して周辺の映像を見ていた。ヒカルが掛けている眼鏡型の機器から送られてくるツェゲルト都市の映像は、アキラの興味を十分に引くものだった。


 クガマヤマ都市の中位区画では聞けなかったその声に、ヒカルが若干の不満を覚える。


「アキラ。ここの光景、そんなに珍しい?」


「珍しいっていうか、おおっ、って感じはするな」


「そう? 私にはクガマヤマ都市の中位区画とそこまで違うって感じはしないけど」


「そうか? まあ、防壁の内側に住んでるヒカルにとってはそうなのかもな。でもほら、あれ、空中をバイクっぽいのとか、自動車っぽいのとか、いろいろ飛んでるだろう? ああいう光景はクガマヤマ都市にはなかったじゃないか」


「ここは都市全体をドームで覆っているから飛行許可を出しているだけよ。クガマヤマ都市でも、内部に大きな空間が必要な大型施設の屋内とかなら、似たようなものは飛んでるわ」


「あんなにいろいろビュンビュン飛んでるけど、大丈夫なのかな? 空中でぶつかったりしないのかな?」


「多分自動運転か、あるいは最低でも半自動で、都市の交通管制にシステムレベルで従ってるのよ。だから余程のことがない限り衝突事故とかは起こらないはずよ。同様のことは、アキラがクガマヤマ都市の中位区画で乗った自動運転車両でもやってるのよ?」


「一番おおっとくるのはやっぱりドームだな。あれ、多分すごく強力な力場装甲フォースフィールドアーマーが張ってあるんだろうな。まあ、あんな馬鹿デカい虫が群れでそこらを飛んでるんだ。この辺に都市を造るんなら、それぐらいの防衛装置は要るんだろうな」


「クガマヤマ都市だって……」


 ヒカルが思わず続けようとして、言葉を止める。だが少し遅く、アキラの意外そうな声が返ってくる。


「えっ? クガマヤマ都市にもあるのか? あんなドームが?」


 ヒカルが僅かに悩んでから続ける。


「……防壁の機能には、非常事態時に、似たようなことを可能にするものもあるの。飽くまでも緊急時の機能。エネルギーの消費が激しすぎるから、普段は使ってないわ」


「へー。すごいんだな」


 かなり感心しているアキラの声にヒカルは軽い満足感を覚えつつ、内心で言い訳する。


(……大丈夫。知ってる人は知ってること。アキラのハンターランクなら教えても問題ない内容……の、はず。機密の漏洩ろうえいには当たらないわ)


 そう思いながらも、念のためくぎを刺す。


「……まあ、知ってる人も少ないし、公言することでもないし、それほどの機能が備わっているって知ると、それで安心するよりも、それほどの機能が必要になるほど危険な場所なんだって不安になる人もいるから、黙っててね?」


「分かった」


 ヒカルは内心で胸をで下ろし、以降は雑談を無関係な内容に誘導した。




 ツェゲルト都市周辺で活動するハンターは当然高ランクの者ばかりだ。当然、彼らを客にする店舗も相応のものになる。ヒカルが選んだ販売店はハンターランク50未満入店お断りの大型店だが、この辺りで活動しているハンターがその制限に引っかかることは基本的にない。他所の都市から背伸びをしてきた経済的にも実力的にも見合わないハンターや、観光目的でここまで来ただけで商談にならない者を、互いのために事前に除外しているだけだ。なお、条件に満たない者でも、条件を満たす者が付き添えばその限りではない。


 アキラの代理として来店予約を取り付けたヒカルは、アキラのハンターランクとクガマヤマ都市職員としての立場の両方のおかげで、一応問題なく入店を許された。自動運転車両が店の前に着くと、出迎えた店員が店内に案内する。


 屋内の大型展示会場のような店舗の中には、荒野仕様のバイクや車両の他に戦車や人型兵器までが展示されている。店員はヒカルと一緒にそれらを見て回りながら、簡単な商品説明を続けていた。実際の客であるアキラがヒカルの眼鏡型の機器を介して展示品を見ていると聞かされているが、代理人を立てている以上、まずはヒカルに対しての接客を続けていく。そして大まかな要望を尋ねながら、本当の客への対応も考える。


「ヒカル様。アキラ様はバイクを御要望とのことですが、御予算の目安を伺っても?」


「はい。えっと……、あ、うん、そうなの。分かったわ。性能等を考慮して考えると言っています。まずはいろいろ勧めてほしいと」


かしこまりました。では当店売れ筋の商品を順に紹介しながら、御要望の性能等をお伺いしましょう」


 単純に予算の幅を知られたくないだけか、背伸びしても資金不足なのか、店員はそれらを思案しながら愛想良く笑った。


 数台のバイクの紹介を終えて、その間にヒカルを介して性能の要望等も聞き終えた後、店員が白いバイクの前に立つ。


「では、次はこちらなど如何いかがでしょうか。シルフィードA3。両輪の力場装甲フォースフィールドアーマー機能の応用により、空中での両輪接地を可能とした製品です。まさに空中を飛行ではなく走行可能なキワモノではありますが、飛行装置を取り付けた車種よりはお値段も控えめで、エネルギー消費も抑えめです。確かに本格的な飛行機能持ちの車種と比較しますと、空中での機動性に難ありの製品ではありますが、地上走行を基本とするならば十分な機能かと。空中を走行するという利点を生かした特有の機動性も、使いこなせば十分な利点となります。車体の力場装甲フォースフィールドアーマーの性能も高く、エネルギー消費は多いですが、展開式の力場装甲フォースフィールドアーマーの生成も可能です。オプションにて、武装固定用のアームを車両向け武装から個人兵装対応の汎用アームに変更可能です。この点もお客様の御要望に適しているかと。個人的には、お手持ちの銃などを使い回すのではなく、車両用の武装の搭載をお勧め致しますが。細かな製品スペックとオプション品のカスタマイズについては、こちらで御確認ください」


 店員はヒカルを介してアキラに製品情報を送った。そしてそのまま相手の反応を待ちながら、裏でいろいろ推測する。


(車載の武装を削って購入費用を下げるのは、典型的な金無しの選択なんだけどな。まあ、ここまで辿たどり着けたハンターなんだ。今日のところは冷やかし客で、今後に期待か?)


 期待薄で待っていると、ヒカルからカスタマイズ内容での支払額を尋ねられる。その内容を確認した店員は少し驚いた。初期武装無し、個人兵装対応の汎用アームへの変更、という部分では支払額を下げているが、車載の索敵機器やエネルギー容量の部分ではより高性能なオプション品を選択しており、全体では支払額の総額をむしろ上げていた。


「……この構成内容ですと、最短日時での、可能ならば即時の引き渡しを御希望ですので、その特急整備代金を含めまして、……端数切り捨てで30億オーラムとなります」


「さ、30億!?」


 予想外の高額にヒカルが思わず口に出し、その反応に店員が内心で苦笑する。


(30億程度の話にその反応では、この辺りではやっていけないぞ? まあこの反応だと、クガマヤマ都市の職員でも末端の方か。それなら仕方無い。さて、ハンターの方はどうかな?)


 値踏みを続ける店員の前で、ヒカルはアキラと確認を取っている。驚きの表情を戻す間もなく店員に告げる。


「あ、し、支払うそうです」


「御購入ありがとう御座います。では、支払手続が済み次第、車両のカスタマイズを含めた納品作業に入らせていただきます。支払方法の交渉につきましては、代理人であるヒカル様とこれから進めるということでよろしいでしょうか?」


「あ、いえ、一括で今すぐ支払うそうです」


 店員も表情に僅かな驚きを見せる。


「一括で、今すぐに、で御座いますか。こちらとしては有り難い話ですが、本当にそれでよろしいのですか?」


 明日生きているかどうかも怪しいハンター稼業。よってハンターには分割払いやローンなど有り得ない。一括払いが全てだ。それがハンターの支払いの基本ではあるのだが、高ランクハンターとなると少々事情が異なってくる。それだけ高ランクならそう簡単には死なないだろう、という判断のもとに一括払い以外の選択肢も通るようになるのだ。


 金に特にシビアな金融業者が長期的な支払能力を認めたというのは、ハンターにとっては信用と実力の証拠でもある。そのため、ローン等が可能になるとそちらの支払い方法をえて好んで利用する者もいる。店側から提示しないと怒り出す者さえいる。


 また、30億オーラムの即時一括払いを実行するには、本人の財布に相応の余裕がなければ普通は難しい。ハンター稼業に不測の事態は付き物。それに備えた余力を残しておくのが常識的な判断だ。


 その常識から判断すると、アキラの判断は店員を十分に驚かせるものだった。店員が内心の驚きを表にほとんど出さなかったのは、店の格に合わせた社員教育のたまものだ。


 店員にくぎを刺されたこともあり、ヒカルも一応再度確認を取る。


「アキラ。本当に良いの? 30億よ? 3000万でも3億でもないのよ? ……いや、確かに私も、最近の依頼でアキラに支払われた報酬の総額ぐらいは把握してるけど、それとこれとは話が別でしょう? ……本当に良いのね? 確認取ったからね? ……ん、そう、そうなの。分かったわ」


 ヒカルも確認さえ取れれば、後は自分の仕事と気を切り替える。真面目で有能な部分を表に出して店員に告げる。


「間違いないそうです。こちら側の手続きは私が請け負っております。始めましょう」


かしこまりました」


 店員も態度を改めて支払手続を始める。作業は不備無く手早く進み、アキラの口座から30億オーラムが引き落とされ、すぐにバイクの調整作業が始められた。


「商品を出来る限り早くお渡し出来るよう、迅速に作業を進めさせていただきます。作業終了まで、お掛けになってお待ちください。商品の引き渡し方法は如何いかがいたしましょうか。ここで、ヒカル様に、ということでよろしいですか?」


「あー、実は、引き渡し方法に御相談がありまして……」


 ヒカルは店員にバイクと自身を一緒に輸送車両まで護送するように頼んだ。店員もヒカルの意図を正確に読み取る。要は品をアキラに引き渡すまで、ヒカル自身の責任を可能な限り介在させたくないのだ。何しろ30億オーラムの品物だ。何かあったら、ごめんなさいでは済まない。そして店にとっては30億オーラムの商談を成功させた後の話だ。その程度のことはアフターサービスの範疇はんちゅうだった。


かしこまりました。商品はヒカル様と御一緒に、当店の護衛を付けて、輸送車両内のアキラ様まで運ばせていただきます」


「ありがとう御座います」


「いえいえ、これも何かの縁。こちらこそ、今後とも当店をよろしくお願い致します」


 あからさまに安堵あんどしているヒカルの姿を見て、店員は内心の苦笑を抑えていた。


 その後、店員はバイクの汎用アームをアキラの装備用に調整するという名目で、ヒカルからアキラの装備を聞き出していた。加えて支払時に使用したハンターコードからアキラの情報を引き出す。ハンターオフィス側から情報を得られなくとも、自分達の業界側からハンターの情報はそれなりに手に入る。有能なハンターは優良顧客でもある。自社で囲い込むために情報を制限しているところもあるが、協力できるところは協力しているので、業界に関わっていればそれなりの情報は流れてくる。


(装備を機領とTOSONトーソンの製品で固めているのか。両社と何か契約でもしているのか? バイクの車載武装を買わなかったのは、車載武装とはいえ他社製品を買うと排他契約に触れるからか? 有り得るな。上に報告して機領かTOSONトーソンとの取引でその制限を外せば、今後の商談に役立つ可能性が……)


 アキラの情報は知らない間にいろいろな場所に流れている。もっともそれを有効に活用できるかどうかは別だ。


「さて、ヒカル様。バイクの調整完了までしばらく時間が御座います。その間に、よろしければ汎用アームで対応可能な他のオプション品を御紹介したいのですが、如何いかがでしょうか?」


 このキワモノバイクを買う者ならば、他のキワモノにも興味を持つかもしれない。そう考えた店員が商売半分、面白半分で他のオプション品をアキラに勧めていく。そして実際にアキラは興味を持ち、その幾つかを購入した。面白い客だと、店員はアキラの名前を覚えた。


 その後ヒカルはバイクの調整作業が終わるまで店内で待機となる。今は暇潰しを兼ねて情報端末で日頃の雑務を片付けていた。都市の業務情報をアキラに見せる訳にはいかないので、何かあれば連絡を、と告げて通信は切っていたのだが、しばらくするとアキラから通信要求が来る。


「アキラ。何かあったの?」


「部屋のインターホンが来客を告げてるんだけど、出た方が良いか?」


 落ち着いていたヒカルが途端に態度を変える。


「出ないで! 私が出る! 私がこっちからつなげて対応するから、アキラは出ないで!」


「わ、分かった。じゃあ頼んだ」


 アキラがヒカルの気迫に若干引きながら苦笑する。ヒカルが自分を誰かと会わせたくないのは分かっているので、一応確認を取ったのは正解だった。そう思いながら後の対応を任せた。


 ヒカルはすぐに雑務を中断すると、少し焦りながら情報端末を操作してアキラの部屋のインターホンと接続した。輸送車両にアキラの知り合いは乗っていない。警備部の者ならまずは自分に連絡が来る。一体誰だと、厄介事の気配を感じながら、インターホンのカメラで相手を確認する。来客はメルシアだった。


(あの時のハンター? 一体何の用?)


 ヒカルは怪訝けげんに思いながらも、すぐに輸送車両の警備通信を介してメルシアに通信要求を送った。




 メルシアがアキラの部屋の前で軽く思案している。


(出ない、か。外出中の表記はないけど、居留守? どうしようかしら……)


 次の対処を考えようとしていると、ヒカルの通信要求が届く。それを受けると、メルシアの拡張視界にヒカルの姿が現れた。


「初めまして。この部屋のハンターのオペレーターを務めておりますヒカルと申します。御用件をお伺いします」


「ああ、貴方あなたがあのオペレーター? 初めまして。メルシアよ。私のところのハンターが世話になったようだから、礼を言っておこうと思って」


「左様で御座いますか。ありがとう御座います。伝言承りました。私の方から確かにお伝え致します」


「ん? 自分で直接言うから大丈夫よ? 中にいるんでしょう? 開けてくれない?」


「いえ、お気遣い無く」


「……自分で直接礼を言うのが筋だと思うんだけど」


「誠に申し訳御座いません。諸事情により、直接の接触は控えさせていただいております。御容赦を」


 大したことではないと気安い様子を見せるメルシアに対して、ヒカルは丁寧に頭を下げて断った。その後、お互いに愛想の良い笑顔を向け合う。そこに流れる沈黙が、どちらにも退く気が無いことを示していた。


 メルシアが笑みを深めて先に動く。


「……こういう言い方は好きじゃないんだけど、それ、私のハンターランクを分かった上で言ってるの?」


 メルシアのハンターランクは75だ。つまり、いろいろと相応の我がままが通る人物だ。有望な若手職員として扱われているヒカルではあるが、クガマヤマ都市全体から考えればまだまだ木っ端職員にすぎない。ヒカル程度の者がどうこう出来る相手ではない。


「存じております。ですが、対象のハンターは現在クガマヤマ都市広域経営部と契約中であり、その作戦行動の最中であります。幾らメルシア様とはいえ、一言二言の礼を告げるためだけに、その作戦行動に横やりを入れるのは如何いかがなものかと」


 だがヒカルはそれを分かった上で拒否した。メルシアから少々不興を買ったとしても、メルシアとアキラがめるよりははるかに良い。ランク75のハンターからの恫喝どうかつもってしても、その判断は覆らなかった。


 愛想良く微笑ほほえみながらも緊張をにじませているヒカルの返答に、メルシアはそれをかなり意外に思い、結構驚いた。そして態度を緩める。


「そういうことなら仕方無いわね。分かったわ。変なことを言ってごめんなさい。それじゃあ、部下を助けてくれてありがとうって、伝えておいてもらえる?」


「御理解に感謝致します。伝言、承りました。責任を持ってお伝え致します」


よろしくね」


 丁寧に頭を下げるヒカルの姿がメルシアの拡張視界から消える。その後、メルシアがその場から離れながらタツカワに通信をつなぐ。


「私よー。そっちどうなったー?」


「特に何も、だ。警備側にはお前が戻ってくるまで返事は待っとけって言ってあるからな」


「了解。じゃあ、今から戻るわ」


「ああ。で、そっちのハンターはどんな感じだったんだ?」


「会えなかったわ」


 その気軽な返事に、タツカワの意外そうな声が返ってくる。


「……お前が退くなんて珍しいな。何があったんだ?」


「その辺の話は後でね。じゃあ、そっちで」


 通信を切ったメルシアは、どことなく楽しげな顔を浮かべていた。




 メルシアとの交渉を終えたヒカルが盛大にめ息を吐く。


「何でハンターランク75が態々わざわざ会いに来るのよ……。普通そんなのないでしょう。……そういう変な機会に恵まれる件も含めて、キバヤシさんのお気に入りってことなのかしらね。……本当、勘弁して」


 ヒカルは扱いの難しい高ランクハンター達への対応に今一度悩んだ後、気を切り替えてアキラにメルシアの伝言を伝えた。そして、その程度のことに自分が態々わざわざ介入したことを不思議がっていたアキラを、適当にごまかした。

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