第218話 巨額、或いは端金
仮設基地で事態の調査依頼を受けたエレナ達は後方連絡線を通って大規模遺跡探索区域の近くまで行くと、それ以上奥に進むのは止めて、まずはその場での情報収集を開始した。既に通信障害の領域内だ。この場で何らかの情報を得てもそれを仮設基地に送信は出来ない。通信障害領域の外まで一度戻る必要がある。その手間を考えて、後方連絡線から離れずに、出来る限りの調査を先に行うことにしたのだ。
エレナが車載の情報収集機器で様々な調査をしている間、サラは見張りとして辺りの様子を探っていた。一見周囲に異常は感じられない。大規模な戦闘の気配も無く、都市の部隊が突如連絡を絶った場所とは思えない静けさだ。
「通信障害を除けば特に異常無しって感じね。エレナ。そっちはどう?」
エレナが操作の手を止めて首を横に振る。その顔はかなり険しい。
「駄目。どうしても
サラも親友の様子から事態の深刻さを理解して表情を険しくする。
「ちょっと様子を確認するだけって依頼内容からは大分逸脱しているわね。エレナ。人型兵器の部隊が最後に送ってきた映像の場所まで行って状況を確認してくれば報酬割り増しって話だけど、どうする?」
「正直、気が進まないわ。通信障害だけならまだしも、ここに来るまでに誰とも擦れ違わなかったでしょう? これほどの異常事態なのだから、大規模遺跡探索の部隊も人員を割いて仮設基地と直接連絡を取ろうとするはずよ。そしてその人員は後方連絡線を経由するはずだから、その人員と擦れ違っても不思議は無いわ。でも擦れ違わなかった」
「あの人型兵器は飛べるタイプだから、後方連絡線を経由せずに直接仮設基地に向かったんじゃないの?」
「
少し慎重になりすぎて奥に進むのを
これで全く反応無しなら
「サラ。一応警戒して。近付いてくる反応が1、いや2よ。近場と遠距離。遠距離の方はかなり速いわ」
「了解」
サラが戦車砲並みに巨大な銃と、それに比べれば小型の大型銃を構える。どちらも人型兵器との連絡が途絶えたことを考慮した火力重視の武装だ。危なくなったら即撤退の方針で、作戦継続時間を多少捨ててでも威力を重視している。
近い方の反応は
「エレナ。貸出端末とかの識別コードとかは確認できない?」
「できないわ。
エレナが車を移動させて反応との距離を取る。モンスターの可能性も十分にあるので奇襲を受けるわけにはいかない。サラも警戒を高める。その間も反応は更に接近し続けている。しかも加速していた。
サラが反応の方向に銃口を向けて敵襲に備える中、
「アキラ!?」
アキラはバイクで
「あ、危なかった」
「随分と
「好きでやってるわけじゃない!」
「またまた、冗談でしょう? あれだけのことをやっておいて、説得力無いわよ?」
「本心だ!」
アキラが何とか呼吸を整えていると、エレナが車をアキラの
「アキラ。奇遇ね」
「エレナさん? サラさんも。どうしてここに? 大規模遺跡探索には参加していないんじゃ……」
「直接参加はしていなかったけど、不測の事態の予備戦力として仮設基地に待機はしていたのよ。そうしたら探索部隊との通信が途絶えたから、様子を見てくるように頼まれたの。アキラは遺跡探索の帰り、で良いのかしら?」
「あ、はい。そんなところです」
「何があったのか聞いても良い?」
「えっとですね、いや、俺にも何が何だか分からないことだらけで……」
エレナはアキラの様子から無事なのは確かだと判断して安心すると軽く笑う。
「取り
「はい。お願いします」
アキラもエレナ達の様子からこの辺りは安全なのだろうと判断して
「あっちの人にもそう伝えないとね。通信障害で連絡が取れないから、ここで待っていれば良い? それとも何か連絡手段があるの?」
「えっ?」
アキラがすぐに振り返り、エレナの指差した先を確認する。
エレナ達はその機体を何らかの事情でアキラと合流した都市部隊のものだと判断していた。だがアキラ達はそうは捉えなかった。
「……ネリア」
「多分ね。仮設基地に直接戻るのなら方向がずれてるわ」
ザルモが追ってきた。狙いは自分。このままではエレナ達を巻き込む。後方連絡線の途中に設置されている防衛地点までは遠い。後方連絡線の延長作業は中断されているが整備は続いているので、途中に遮蔽物は
「エレナさん! そいつを連れて先に戻ってください!」
アキラはエレナがネリアを慌てて受け止めている間にバイクを反転させると、先ほど飛び越えてきた
「ちょっとアキラ!?」
エレナが慌てて呼び止めるが、アキラは振り返りもせずにバイクで
高速で接近していた機体が武装の一つである巨大な砲を構える。その口径に見合う巨大な砲弾が
エレナは急いで車を急発進させてそれらの
機体はエレナ達に気付くと迷ったように僅かに動きを止めたが、その
エレナ達は驚きと混乱で次の行動を取れないでいた。ネリアはアキラの行動に意外そうな表情を浮かべていたが、それは取り
「誰だか知らないけど、急いで仮設基地に戻ってもらえない?」
エレナが少し厳しい視線をネリアに送る。
「
「その質疑応答、この場に
「場合によってはね。聞いて判断するわ」
エレナ達はネリアに鋭い視線を送っているが、ネリアは余裕の態度を保っていた。
「何にせよ、車両でも徒歩でもアキラの支援は出来ないと思うわよ? 追い付けないからね」
それでエレナも決断した。アキラを置いていくことに
「……サラ! 戻るわよ!」
サラも険しい顔でエレナの決断を受け入れる。
「……分かったわ! 急いで!」
エレナが車を急発進させて後方連絡線を進もうとするとネリアが口を挟む。
「索敵機器ぐらい積んでいると思うけど、迷彩持ち対応の機器なら調査範囲と精度を最大出力にしてちょうだい」
エレナが疑念の視線を送る。それを実行すると高出力の反響定位の
「理由は?」
「弊害以上に、高度な迷彩持ちを警戒したいから。私もアキラもここでいろいろあったの。信じろとは言わないけれど、アキラが私を
エレナは少し迷ったが、索敵機器の設定を指示通りに変更した。そしてその結果を確認して
「通すけれど、帰さない。そういう布陣か。面倒ね」
通信障害後に仮設基地へ連絡を取りに行った者達は、この飛行型機械系モンスター達により通信障害圏内で撃破されていた。人型兵器部隊の応戦によりそれなりに数を減らしていたが、まだまだ残っている。飛行可能な人型兵器を阻止する
「……サラ。突っ切るわよ。良い?」
険しい表情のエレナに、サラが笑って返す。
「判断はエレナに任せているわ。気にせずに行って」
「……ありがとう」
「どう致しまして」
エレナも笑って返して意気を高めた。その後に再び顔を少し険しくする。
「しかし、ちょっと火力が足りないかしらね? サラ、何機までいけそう?」
「頑張ってみるけど、やってみないと何とも言えないわ」
車載の武装とサラの装備だけでは厳しい。エレナが手段を模索しているとネリアが再び口を挟む。
「何なら、私が運転を代わりましょうか?」
判断に迷っているエレナに、ネリアが笑って続ける。
「アキラは任せてくれたわよ?」
「……分かったわ。汎用端子で良い? それとも無線?」
「この通信障害だからね。一応汎用端子でお願いするわ」
「……全く、本当に何があったのよ」
「いろいろあったのよ」
エレナはネリアのアキラに対する妙な気安さに思うところはあったが、今はそれどころではないと割り切った。車の制御装置から汎用端子を引っ張ってネリアに
「ちょっと待って。端子を
「私の方でやっておいたわ」
エレナはまるで車の制御装置を乗っ取ったようなネリアの手腕に驚きながらも、今は好都合だと判断した。ネリアに運転を完全に任せて、自身は大型の銃を持ってサラの横に立つ。
「火力優先の備えが大当たりだったけど、当たってほしくなかったわ」
苦笑を浮かべるエレナに、サラが明るい声で笑って返す。
「何が起こるか分からないハンター稼業。備えが当たったのなら上出来よ」
「まあ、そういうことにしておくわ」
エレナ達は軽く笑い合った後、意気を
ネリアが間延びした声とともに車を急加速させる。
「突っ込むわよー。攻撃まで3、2、1、ゼロ」
緊張感に欠ける声とは対照的に、攻撃の合図は絶妙な距離で出されていた。先手を取ったエレナ達が空を飛ぶ肉眼では見えない機械系モンスターに一斉に砲火を放つ。サラが撃ち出した巨大な弾丸が、機械系モンスターを
残りの敵が不可視の状態で無数の銃弾を放つ。舗装済みの地面が途端に穴だらけに変わっていく。降り注ぐ銃弾をネリアが巧みな運転で回避していく。
後方連絡線の防衛地点までは車で急げばすぐの距離だ。だが砲火を
アキラは遺跡の中をバイクで必死に逃げ回っていた。バイクに積んだ弾薬の量など高が知れている。ザルモの機体と
代わりに大型車両に比べて格段に小回りが利く。その利点を活かし、人型兵器では通れない狭い路地を通ったり、バイクのままビルの中に入ったりしてザルモの攻撃から逃れていた。
今も無理
「どうしようかなー」
アキラは面倒そうな表情で頭を抱えていた。徒歩で人型兵器から逃げ切れるとは思えない。移動速度も索敵範囲も相手が圧倒的に勝っている。今のところはバイクを使用して何とか逃げ続けているが、そのエネルギーもいずれ尽きる。いろいろと手詰まりだった。
取り
服用している回復薬には戦闘続行状態を維持する効能の一部として意識を保つ効果も含まれている。その効果が切れれば即座に
そのまま
「またかよ!」
アキラは舌打ちしてバイクを起動させると、そのまま一気に駆けだした。そして事前に切れ目を入れておいた壁に激突し、勢いのままに突き破ってビルから脱出する。そして器用に着地すると、タイヤでしっかりと地面を
倒壊したビルから立ち上る煙の中からザルモの機体が現れる。ビルを倒壊させたのはザルモだ。アキラを見失い、近くにいるが見付からないと判断した場合に、周辺のビルの中に潜んでいると考えて、ビルを倒壊させて
ザルモはビルから出てきたアキラを高性能な索敵機器で捕捉すると、予想通りだと
「いやがったな!
機体の大型ミサイルポッドからミサイルが次々に飛び出す。それぞれが大きく異なった弾道で宙を飛び、アキラに異なった角度で襲いかかる。
アキラはバイクで疾走しながらSSB複合銃を真上に構えると、無数の誘導徹甲
しかしミサイルを撃ち落とすには威力が足りていない。
アキラがその
機体が大型の砲を構える。それに気付いたアキラがSSB複合銃を機体に向けて、大量の
次々に着弾した弾丸が衝撃変換光で機体を包み込む。だがザルモはそれを高出力の
アキラは自分の銃撃で相手の体勢を全く崩せていないことに気付くと、銃撃を即座に中止して回避行動に移る。周囲を見渡し、近くのビルの中にバイクごと飛び込んだ。
アキラを狙った砲弾が僅かに遅れてビルに直撃し、壁を粉砕して内部に到達した直後に爆発する。密閉空間での爆発がビルの一部を内側から吹き飛ばし、旧世界製の強固なビルを半壊させた。
アキラはその爆風を背で受けながらビル内の通路を疾走し、そのままビルの逆側から脱出する。砲撃の威力の大半を頑丈なビルの構造で軽減させたが、防御コートの耐久をごっそり削られていた。道路に出ると周囲を見渡して次の隠れ場所や盾代わりのビルなどを探しながら、防御コートのエネルギーパックを交換する。その間もバイクは出来るだけ加速させ続ける。
「クソッ!
アキラは今まで他者に何度も
その巨額を費やして殺しても割に合うほどに自分の命は高値になった。スラム街の無力な子供が、それほどまでに成り上がった。アキラはそう思いながらも全く喜べなかった。
これならば多少
どこかの誰かが巨額を投じてまで自分を
「その程度の
割に合わない。その判断を見誤ったのは自分ではなく相手の方だ。その結果を押し付ける
ザルモはアキラを殺せないことに
機体の変更後の装備は頑丈な大型車の撃破を優先して威力重視の内容になっていた。多少外れても周辺を吹き飛ばして車両を横転させ、その後に確実に破壊する。その意図で命中率を破壊範囲で補う武装を詰め込んでいた。
しかし今のアキラは小回りの利くバイクで逃げている。現在の武装では、直角に曲がって路地に逃げ込むアキラを正確に狙うのは困難だ。頑丈な旧世界製の建物も、アキラを一帯ごと吹き飛ばすのを困難にしていた。
まるでこちらの武装に合わせて移動手段を切り替えたようなアキラに、ザルモは不気味さまで覚えていた。
「……落ち着け。相手は逃げ回ることしか出来ない。俺の方が圧倒的に有利だ」
そう自身に言い聞かせるように
威力重視の装備は非常に重く、飛行し続けているだけで機体のエネルギーをかなりの早さで消費する。残存エネルギーさえ十分ならいつでも上空に退避できる。ザルモは万一の事態に備えたエネルギー節約の
反転したアキラがザルモを目指す。その視界の先には地上で次々とミサイルを発射する敵機体の姿がある。多くのミサイルは上空から弧を描いて目標を狙っている。だが一部は地面すれすれの高さを飛び、遺跡の道路を通って直接アキラを目指していた。
アキラがこのまま前に進めば前方のミサイルとの直撃は免れない。直撃すれば間違いなく即死だ。だがアキラは
アキラが前方にSSB複合銃を向けて誘導徹甲
ミサイルは目標に直接命中しなくとも殺傷範囲で爆発する。組み込まれている情報収集機器で敵の位置を捕捉し、追尾し、事前に設定された有効範囲に入ると起爆する仕組みだ。本来は機体からの指示でも爆発するが、現在その機能は通信障害の
アキラは誘導徹甲
アキラの横を通り過ぎたミサイルが軌道修正に失敗して近くの
逃走一択だったアキラが急に自分の方へ向かってきたことに、ザルモが僅かに動揺を示す。それにより、僅かに反応が遅れる。ミサイルに正面から飛び込むアキラの自殺
そこでザルモが
アキラはバイクの加速を維持したまま地面の
アキラの狙いは後続のミサイルを自分に当てることだ。ザルモは
「
機体が機敏な動きで宙を舞い、飛び込んでくるバイクを避ける。続けて殺到するミサイルも何とか
ザルモの機体も爆風を浴びて吹き飛ばされ、空中で体勢を大きく崩していた。それを何とか立て直して、視線を爆破地点へ向ける。空中を漂う爆煙の量がミサイルの威力の
「
勝利の実感がザルモの緊張を緩めていた。その緩んだ分だけ、次の光景がザルモに衝撃を与える。歓喜の表情が一瞬で凍り付く。機体のカメラ越しにアキラが銃口をザルモに突き付けていた。
アキラは機体と交差した瞬間、バイクから飛び降りて機体に飛び移っていた。そして両足の接地機能で機体に貼り付き、振り落とされないように強化服の身体能力で機体の一部を片手でしっかりと
もう片方の手でSSB複合銃を握り、銃口を機体に押し付けて引き金を引く。無数の
半狂乱のザルモがアキラを振り落とそうと機体を
両足が離れて片腕だけで
アキラはその直前に辛うじてビルの側面に飛び移っていた。ビルに激突して落下していく機体をビルの側面に貼り付きながら見ていると、機体は空中で体勢を立て直し、どこかよろよろとした不安定な挙動ではあるが、その健在ぶりを見せ付けていた。
アキラが心底嫌そうな顔を浮かべる。
「あれでも倒せないのかよ……。頑丈にも程があるだろう……」
このまま貼り付いていても良い的だ。そう考えたアキラは
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