第217話 踏み込む者達
大型車両の屋根の上はそれなりに広い。だが銃を使用して殺し合う場としては狭すぎる。それぞれが逆方向の端にいても十分に至近距離だ。その非常に狭い場所で、アキラ、カツヤ、ティオルが自分以外を敵と
遺跡を駆け巡る車の上から流れ弾が辺りに飛び散り、3人分の派手な砲火が多くのモンスターを呼び寄せる。流れ弾が周囲の建物に着弾し、そこに隠れていたハンター達が自分達への攻撃と誤解して応戦する。一時的に沈静化していた周囲の状況に次々と火が付き、弾幕が飛び交い、戦火が燃え移り燃え盛る。アキラ達は移動経路に火種を
アキラがカツヤとティオルを屋根から追い払おうと両手のSSB複合銃で
予備の弾薬類を積んでいる車両はアキラの生命線でもある。だがティオルにもカツヤにも車体への攻撃を優先する余裕などなく、アキラにも車体を気遣う余裕など無かった。
カツヤが素早く後方に飛び
アキラは大きく
アキラはティオルの位置を情報収集機器の反応で大まかに
ビルの側面に横殴りの弾幕が降り注ぐ。その雨の中をティオルは
アキラとティオルがそのまま重力に
砲弾が車両に直撃し、爆発で車体を大きく揺らす。アキラは車体の狭い側面を横に走って砲弾を
その
敵を蹴落とす
敵の頭部に銃口を向ける。蹴りを放ち体勢を崩させる。身を
その攻防にモンスターまで加わった。大型の獣が車上に飛び上がりアキラ達に食い付こうとする。ビルの側面から足の生えた機銃がアキラ達を銃撃する。アキラ達は正解の選択がより困難になる中、自分達は自分達で殺し合いながら、屋根に上がってきた獣の頭部を銃撃で吹き飛ばし、ビルの側面に貼り付いている歩行銃座を撃ち落とし、モンスターの攻撃を敵に押し付ける。
アキラが頭部を失った獣の胴体をティオルに向けて蹴飛ばす。ティオルがそれを更にビルの側面に蹴飛ばして、そこにいた機械系モンスターを押し潰す。カツヤがその
攻防の中で生まれる無数の選択肢がそれぞれの命を握っている。だが脱落者は出ていない。足場にしている車はかなりの速度を出しており、周囲の景色は高速で流れ続けている。しかし激しい攻防の中で意識を研ぎ澄まし、更に速く死地を駆けている3人の目には、流れる景色など止まって見えた。
アキラはその世界の速度に体感時間の操作で何とか追い付いていた。激しい頭痛と鈍る意識が、脳への負荷が限界に近いと伝えている。
同時に、体を一度
この不快感は回復薬の効果が切れた時に極限に達する。その瞬間、負傷と激痛の両方がアキラの心身を殺しに掛かる。
アキラは体内に残っている回復薬の残量を、度重なる経験からこの不快感の強弱で何となく把握できるようになっていた。そしてそれは、その残量も体の負担も限界に近いと教えていた。
(強い! こいつらを殺しきるまで俺は持つのか!? ……いや、殺しきる! 1秒でも早く殺せば良いだけだ! もっと踏み込め! 俺が死ぬ前に、お前らが死ね!)
弱気を、自身が死ぬ可能性を、その考えで険しく
(分かるぞ! 無理をしているな? 必死になっているな? つまり、それだけ追い込まれているってことだ!)
ティオルが巨人と化して戦った時もアキラは必死だった。だがその時のアキラからは、ある種の余裕が感じられた。それはアルファのサポートに対する信頼であり、悪く表現すれば結果に対する保険、アルファならきっと何とかしてくれる、という甘えだった。同時に、アルファのサポートを受けた上で全力を出しても駄目だったのなら、きっと初めからどうしようもなかったのだ、という諦観でもあった。それがアキラの態度に
今のアキラからそれらは感じられない。自身の足で死地を駆け、死に物狂いで勝機を
(あの時とは違う! これなら殺せる! 殺しきれる! あと少しだけ踏み込めば良い! くたばりやがれ!)
ティオルが更なる力を、アキラを殺しきる力を求めた。その為に自身の意識の立ち位置に更に踏み込んだ。人としての意識を、システムの
今のティオルの体は本体と呼ぶべき元々の体ではない。本体は巨人と化し、倒され、破壊されてしまった。その後は都市の防衛隊が巨大な死体から僅かなサンプルの採取を済ませた後、その死体を餌にするモンスターの繁殖を抑える
今の体は残っていた遠隔操作端末をヤツバヤシがツバキとの取り引きで改造したものだ。元々はツバキが他の個体と一緒に操作する予定だったのだが、自動人形の体で広範囲に行動可能になる
再活性化したティオルはツバキから今度こそ成果を出すように求められた。十分な成果を出せば報酬としてヤツバヤシから
大規模遺跡探索が始まった後、ティオルがカツヤのチームを襲ったのは偶然だ。明確に狙ったのではない。大勢のハンター達の誰かとしか認識していなかった。カツヤを明確な目標と定めたのは、カツヤがこの大規模遺跡探索を成功させればシェリルが手に入るようなことを、少なくともティオルがそう判断してしまう内容を偶然口に出し、それをティオルに偶然聞かれてしまったからだった。
積み重なった偶然は、更にティオルをアキラと遭遇させた。加えてカツヤにアキラを自分の仲間だと誤解させるのにも成功し、アキラ達を本格的に潰し合わせる考えも浮かばせた。そしてそれは成功した。
運が自分に味方している。そう思ってしまうほどにティオルは状況に熱狂していた。アキラ達を殺せばシェリルが手に入る。そのような短慮が浮かび、それを信じてしまうほどに浮かれていた。それはティオルの
更に踏み込んだ者達が勢いを増して互角に戦う中、踏み込めなかったカツヤは劣勢を強いられていた。
(つ、強い! クソッ! 調子の悪い時にこんな連中と戦うことになるなんて!)
カツヤは自覚の無い補正が失われている現在の状態を、普段より少し調子が悪い程度にしか考えていなかった。そこらのモンスターなら元々の実力でも有り余る才能だけで問題なく撃破できる
何度も繰り返していたはずの状況に、切り抜けてきたはずの
(通信障害の発生と同時に強化服の動きが大分鈍くなった! 何でだ!? 総合支援強化服の支援部分は通信を介しているから仕方無いとしても、強化服としての基本性能まで落ちるのは変だろう!? どうなってるんだ!?)
無意識に苦境の理由を探してしまい、余計な思考に意識を割いてしまった分だけ、カツヤの動きが僅かに鈍る。だがそれはこの状況下では致命的な
ここでアキラの決断の遅れがカツヤの命を
アキラはゆっくりとした世界の中でカツヤに銃を向けながら相手の動きに注視していた。そして相手が自分の動きに気付いた上で、回避行動を捨てて防御態勢を取ったことに気付く。
その程度のことに気付かない相手ではない。その思考に至った瞬間、アキラは全力で回避行動を取った。
一瞬遅れて、膨大な弾丸が車の屋根の上を駆け抜けていく。アキラはそれを辛うじて回避した。だがティオルは避けきれず全身に弾丸を浴び着弾の衝撃で吹き飛ばされた。そのまま地面に
銃撃したのはカツヤの仲間達だ。車を何とか反転させて急いで後を追い、
弾幕の一部がカツヤにも当たっていたが、カツヤは無傷だ。アキラが車体の輸送部の端に身を隠しながら推察する。
(低威力の通常弾? 味方に当たっても問題ない弾丸を使った
アキラはほぼ正しい推察を導き出すと、その前提条件に思い至って表情を険しくする。
(通信障害は続いている。カツヤも仲間も、事前に一切打ち合わせずに合図も送らずにあれをやって成功させたのか? 連携の練度が異常だぞ!?)
カツヤが仲間達と合流しようと後方に大きく飛ぶ。アキラは空中のカツヤを撃ち落とそうとしたが、カツヤの仲間達による
(だから、タイミングが完璧すぎるぞ!? 総合支援強化服の支援ってやつか!? この状況下でも使えるのか!?)
アキラは無駄な思考を続けようとしている自分に気付くと、その思考を無理
「ネリア! あいつらに追い付かれた! 逃げ切れるか!?」
「頑張ってみるけど、無理かもね。この車両の耐久もそろそろ限界だし、車載の機銃の残弾も少ないし、あっちの方が速くて小回りも利くわ。それに、何が何でも逃がさないって感じで追われている人がこの車に乗っている訳だしね。やっぱり無理っぽいわね」
車体の限界は近い。高性能な装甲タイルを山ほど貼り付けていたとはいえ、既にその大半を
この車は荒野仕様の大型車で、遺物の輸送を目的にしている分だけ高出力だ。その出力を活かしてかなりの速度を出せる。だが設計思想を戦闘面に大きく偏らせている戦闘車両に比べれば機動性に欠けている。カツヤ達の車両はその戦闘車両だ。単純な機動性の勝負では勝ち目は無い。
車載装備の残弾量にも大きな差がある。加えてアキラの車は進行方向を塞ぐモンスターを排除する
逃げ切れない。高確率で死ぬ。言い換えればそうなる内容を、ネリアは楽しげな様子で返した。冗談で言っているのではない。
アキラが非常に険しい表情を浮かべる。ネリアの態度の理由はアキラにも分かったが、同じように割り切ることも楽しむことも出来ないからだ。
「取りあえず、出来る限り時間を稼いでくれ」
「分かったわ」
車体後方からは着弾音が絶え間なく響いている。それでもネリアは平然と笑っていた。アキラはそこに妙な頼もしさを覚えながら急いで作業を進める。消費した弾薬とエネルギーパックの再装填や回復薬の服用などを素早く行い、いろいろ消耗した状態を整え直す。その作業の中、アキラの視界の片隅に、車内に
カツヤが仲間の車両に飛び移ると、この通信障害下でも通信可能な距離に入ったことで部隊と通信が回復した。すると途端に通信でユミナの怒鳴り声が届く。
「カツヤ! また1人で飛び出して何やってるの!?
「わ、悪かったって! つい、な」
「つい、でやることじゃないでしょうが!」
続いてアイリの少し真面目な声が届く。
「カツヤ。昔はそれで助けられた人も多かったから
「……そうだな。さっきは危なかったし、助かったよ」
「ん」
カツヤはユミナ達と話して落ち着きを取り戻した。それでも意気は落ちていない。
「よし! 行くぞ!」
カツヤの号令で部隊の攻撃が更に苛烈になる。銃弾の嵐がアキラの車両を襲い、無数の
本来のユミナならここで撤退を勧めていた。仲間の
本来のアイリならここで疑念を抱いていた。アキラが本当にティオルの仲間なのかは不明なのだ。不明確なのであれば無駄に敵を増やす必要は無い。疑わしきは死を。その判断で片付けるには、アキラは強すぎる。本当にティオルの仲間だったとしても、今のカツヤなら後で組織の力で潰すことも十分に可能なはずだ。そう考えてカツヤに提案ぐらいはしていた。
しかし今のユミナ達にそれらの思考は浮かばない。カツヤから送信されている印象に押し流されて、その判断を当然だと思って疑いすらしていない。部隊全体が一つの意思で動いているようにも思える高度な連携、その代償に思考の多様性が失われていた。多数決なのにも
アキラの車両がカツヤ達の攻撃を受け続けて
カツヤ達がアキラの車両を慎重に取り囲み、外から内部を念入りに銃撃する。多数の銃弾が車体を貫通していく。内部からの反撃はない。それで敵の無力化を確信すると、車両の扉を破壊して高度な連携で内部を制圧した。その先頭に立っていたカツヤが
「……いない!? そんな馬鹿な!?」
車内に残っていた者は、ティオルに投げ込まれた仲間の死体だけだった。
アキラが険しい表情を浮かべながらバイクでビルの側面を駆けている。
「大損害だ……。ちくしょう」
バイクには遺物収集用のリュックサックが取り付けられている。その中にはネリアが入っていた。顔と腕の一部を外に出して楽しげに笑っている。
「まあ、命あっての物種よ。助かって良かったじゃない」
「その命を
車に固執しては逃げ切れない。アキラはそう判断すると、高い金を出して買った車の廃棄を決断した。そしてバイクに可能な限りの物を詰め込むと、ネリアを連れて脱出を試みた。
ネリアの卓越した運転で車体をカツヤ達の視界から外した一瞬を
車には既にかなり消費していたとはいえ、予備の弾薬などがまだ大分残っていた。それらも車と一緒に全て失った。命の方が大事だと分かっているが、それでも思わず頭を抱えたくなる損害額に、アキラは表情を大いに
「それで、どうしてこんな場所を走っているの?」
「車では追えない場所を通らないと、また追い付かれるかもしれないだろう」
ネリアが軽く吹き出す。
「なるほどね。確かにその通りだわ」
ネリアもアキラの言葉を否定する気は無い。だがそこからビルの側面をバイクで走り続ける思考に至るのはどうかとも思っていた。それを当然のように答えたアキラの態度は、ネリアを大いに楽しませていた。
「それにしても、私をこんなのに詰め込むなんてね。女の体の扱いは苦手な方なの?」
「うるさいな! ちゃんと入ってろ! 落ちても拾いに行ったりしないからな!」
バイクの制御装置はアルファの改造で格段に性能を上げており、アキラの
だが運転しているアキラまで地面走行時と同じとはいかない。下ではなく横方向から感じる重力に少し引き
「はいはい。今の私はまさにお荷物だからね。大人しくしているわ」
アキラ達は戦闘区域からの離脱を目指して、車両では到底不可能な、バイクでも本来は無理な道無き道を進んでいった。
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