第187話 憎悪の巨人

 ヤツバヤシはティオルを移動診療所の中に招き入れた後、車内に添え付けた機材でコーヒーを入れた。両手に持ったカップの片方をティオルに差し出す。


「コーヒーしかないんだが、良いかな?」


 ティオルが渋い顔を浮かべる。


「……要らない」


「お、紅茶派か?」


「この体じゃ飲み食いできねえんだよ」


 ティオルが吐き捨てるようにそう答えると、ヤツバヤシが表情に好奇を強く出した。


「すると、その体は完全な遠隔操縦端末か。どこかにいる本体から操縦しているわけだ。本体の方も結構近くまで来ているな」


 ティオルが驚きをあらわにして思わずヤツバヤシに強い視線を向ける。


「……分かるのか!?」


「医者だからな」


 ティオルは余裕の態度を見せるヤツバヤシに強い警戒を向けた。だがその警戒心以上に、ある種の期待を抱いていた。


「それで、ティオル君。今日はどんな御用かな?」


復讐ふくしゅうに来た、と言ったらどうするつもりだ?」


「それはそれで。しかし老婆心ながら忠告しよう。それはお勧めしない。それに処置の途中で勝手に抜け出したのはティオル君の方だ。その所為で何らかの不具合が発生したとしても、俺に責任があるとは思わないな。そもそも、その事態も含めての取引だっただろう?」


 自分がすごんでも欠片かけらも動じないヤツバヤシの態度を見て、ティオルが軽く舌打ちする。


「……俺の用件が復讐ふくしゅうになるかどうかはこの後次第だ。あんたともう一度取引がしたい。俺を治療してくれ。……治療だ。治験でも実験でもない! 治療だからな!」


 ティオルは興奮して声を荒らげた後、荒い呼吸を繰り返している。ヤツバヤシはそのティオルを見て楽しげに興味深そうに笑っていた。


「治療か。良いだろう。症状も把握していない状況で完治を断言はできないが、最善を尽くすと約束しよう。もっとも、その治療費を支払える場合に限っての話だがな。それで、治療費は? 先に言っておくが、実験でも治験でもなく治療なんだ。前払いだぞ?」


 ティオルが憎々しい目つきでヤツバヤシをにらみ付ける。


「……調子に乗るなよ? 今の俺ならお前なんか簡単に殺せるんだ」


 ティオルが左腕をゆっくりとヤツバヤシの方へ向けた。だがヤツバヤシは欠片かけらも動じていない。


「一方的に要求を突きつけて取引だとほざくガキがすごんでも滑稽なだけだぞ?」


「俺がどうやってお前の部屋から脱出したか知らないのか?」


「監視カメラの映像なら何度も興味深く見せてもらったよ。貴重なデータになった。その上で、それで脅しになると欠片かけらでも思っているのなら、考え直した方が良い。まあ試すのは勝手だが、試した時点で君はもう俺の患者ではなくなる。今までのような甘い応対をするとは思うなよ?」


 ヤツバヤシがティオルに向ける視線に含まれるものの割合が変わっていく。患者と実験動物、その比率が後者に偏り始める。この場でティオルが暴れても問題なく対処できる。ヤツバヤシはそう態度で示していた。


 ティオルはヤツバヤシの態度をはったりではないかと疑いはしたが、結局舌打ちして腕を下ろした。


「……金はねえ。報酬は、まず俺の体だ。構造とか、ナノマシンとか、そう言うのを適当に調べろよ。後は情報だ。今の俺はいろいろ知ってるんだ。答えてやる」


「興味深い内容だが、治療費に相当するかどうかは分からないな。そもそも治療の内容も不明だから治療費も算出できない。遠隔操作端末とはいえ元気そうに見える。治療って、具体的に何を求めているんだ?」


 ティオルが一度押し黙る。そして口調に重苦しい感情を乗せて答える。


「……人間に、戻りたい」


 ヤツバヤシが非常に深刻そうなティオルの態度を見ていぶかしむ。


「要領を得ないが、体組織の変異を引き起こしているナノマシンを除去しろってことか? 何にせよ、まずは診察をしないとよく分からん。本体でここまで来い。その遠隔操作端末を診ても仕方ないだろう」


「いろいろ事情があって本体はここまで来られない。だから本体の場所まで案内する。今から一緒に来てくれ」


「あのな、外の状況を分かってるのか? 荒野側も遺跡側も大型モンスターが彷徨うろついてるんだ。事態が収拾するまで仮設基地から出る気はねえよ」


「大丈夫だ。あんたは襲わないように指示を出す」


 ヤツバヤシが自然にそう答えたティオルの態度に驚きいぶかしむ。


「……この襲撃を指示しているのは、ティオル君なのか?」


 ティオルが表情を大きくしかめる。


「……言えない」


「その態度はそうだと答えているようなものだと思うが」


「…………言えない」


 ヤツバヤシがティオルを凝視ししながら真面目な表情で考え込む。そして急に非常に楽しげに笑いだした。


「なるほど。何らかのシステム上の制限を受けているな? その制約の所為で、そうだ、とは答えられない訳か。非常に興味深いが、それだと君が知っている情報を俺に答えるのは無理なんじゃないか? 治療の報酬にはならないと思うがな」


「襲撃が成功すれば、俺に掛かっている制限の大半を解除する。あいつとそう約束したから大丈夫なはずだ」


「あいつとは誰だ? 仮設基地の襲撃を頼んでいることから考えると、遺跡の管理人格か?」


 ティオルが表情に苦悶くもんにじませ始める。


「………………言えない。止めてくれ。言えないって答えるだけでも結構つらいんだ」


つらい? つまりシステムの制約に逆らうと、苦痛や不快感を覚えるわけだな。だがそれは規則に逆らえない管理人格では不可能な行為でも、ティオル君ならある程度可能だということだ。管理人格が自身の権限を越えて活動するために、ティオル君を利用しているのか?」


「……………………い加減にしろ! つらいって言ってるだろう!?」


 ティオルが怒鳴り息を荒らげた。その目からは憎悪がにじみ出ていた。だがそれでヤツバヤシの驚喜の程度が増す。


「質問を認識して、回答を思い浮かべた時点で駄目なのか? あれは迂闊うかつな発言として別判定だから口に出せたのか? 随分中途半端なシステムだが、その中途半端さが権限を越えた行動を可能にしている要因なのか? 恐らく偶発的に構築されたシステムだな? その苦痛を何らかの方法で迂回うかい、分離、無効化させれば、利点のみを生かした状態に……」


 ティオルが表情を苦悶くもんと憎悪で大きくゆがませながら、震え続ける左腕をヤツバヤシに向ける。利害を計算できない半狂乱に近い状態だ。


 ヤツバヤシが相手の精神状態に気付いて慌ててなだめに入る。


「分かった! もう質問しない! 続きはティオル君の制限とやらが解除されてからにしよう! 治療が進めばそれも解除されるはずだ! ……だから、落ち着いてくれ」


 ティオルが荒い息を続けながらゆっくりと腕を下ろす。


「……取引は、成立だな?」


「ああ。変則的ではあるが、十分な治療費が見込めそうだからな。取引成立だ。俺が責任を持ってティオル君の治療を受け持とう。安心してくれ」


「……それなら、これから案内する」


「分かった。助手席に座ってくれ。あっちだ」


 ティオルがどこかよろよろと助手席の方へ進んでいく。ヤツバヤシはそれを見て胸をで下ろし、焦りが混ざっていた表情を楽しげな胡散うさん臭いものに戻した。


(……大分情緒不安定だな。単純に余裕がないだけか。システムの影響下にある弊害なのか。じっくり調べたいところだが、まあ、まずは取引を優先させるか)


 ヤツバヤシが運転席に座って意気揚々と声を出す。


「さあ出発だ! 取りあえずは仮設基地を出て遺跡側に出れば良いのかな?」


「ああ。……情報端末系の端子とかあるか?」


「車載のやつで良いか?」


つながるなら何でも良い」


 ヤツバヤシが端子を渡すと、ティオルはそれを自身のこめかみに、接続口などない皮膚に強引に突き刺した。端子が皮膚を突き破り、傷口から血が垂れる。


 車載の表示装置に周辺の立体地図が現れる。そこには現在地と目的地、さらには周辺にいる大型モンスターの位置まで表示されていた。


 ヤツバヤシが楽しげに笑い出す。


「便利だな。だが言ってくれれば無線もあったぞ?」


「有線の方が通信規約を乗っ取りやすいんだ」


「規約のレベルで乗っ取るのか。怖いな。自前の車なんだ。壊さないでくれよ?」


「……気を付けるよ」


 ヤツバヤシはティオルの不機嫌そうな様子に苦笑しながら移動診療所を発車させた。




 一時的な協力関係を築いたアキラとネリアが大型モンスターを狩り続けている。その連携は人型兵器とバイクという組合せにもかかわらず、急場で組んだとは思えないほどに高度で的確なものだった。時にはどちらかがおとりとなり、時には挟撃し、銃撃で、斬撃で、大型モンスターを容易たやすく撃破していく。


 アキラが黒い機体の挙動を間近で見て改めてその戦闘能力に舌を巻く。強力な火器であふれている東部では、本来なら図体ずうたいだけの巨体などただの的でしかない。だが大型モンスターはその弱点を補って余りある強靭きょうじん性、俊敏性、生命力をもって、小型の群れを上回る脅威となっている。その大型を両手の光刃で容易たやすく両断する黒い機体は、一応は味方であってもアキラが顔を険しくさせるのに十分な理由になっていた。


 ネリアがアキラの動きを近くで見て軽く驚嘆している。動きの指示など互いに全くしていないのにもかかわらず、アキラの援護は的確で高精度だ。俊敏な敵の脚を狙って動きを鈍らせ、遠距離攻撃持ちの武装を破壊して接近を容易に変え、強靭きょうじんな敵に銃撃を繰り返して自分に意識を引きつけ、自力で倒せる敵はあっさり片付ける。ネリアが最短で敵を撃破できるように、その道筋をほぼ完璧に舗装していた。


 相手の力量にネリアは称賛を、アキラは畏怖を覚えながら、続々と出現する大型達を撃破し続けていた。


 アキラの端末からネリアの楽しげな声がする。


「本当に良い調子。私達の相性はバッチリね。どう? こんなに相性が良いんだし、やっぱり付き合いましょうよ」


「嫌だ。殺す相手を口説くようなやつと付き合ってたまるか」


「今は味方なんだから大丈夫よ。殺す気なんかないわ」


「そういう問題じゃねえよ」


「我がままねえ」


「何がだ!」


 端末を介して楽しげな声を送るネリアに、アキラが少し苛立いらだった声を返している。雑談の内容に互いへの指示などは全く含まれていない。だがそれでもアキラ達の連携は非常に高い水準を保っていた。


「先に言っておくが、俺は弾薬が尽きかけたら早めに離脱するからな。その後は一人で頑張ってくれ」


「ブレードの類いを持っていないのなら貸すわよ?」


「連中相手に近接武器で戦う気はない! 第一何でそっちは近接武器しか持ってないんだ? 人型兵器だって銃は使えるだろう。何で銃を使わないんだ? 機体の制限か何かなのか?」


「銃って、趣味じゃないのよ。なんかしっくりこないのよね」


「趣味!? そんな下らない理由なのか!?」


「あら、その手の感覚はとても大切なのよ? 馬鹿にする人も多いけど、みんな私より先に死んでいったわ。先入観にとらわれて自分に適した武器を手放して、あっさりとね」


 アキラはネリアの何かを懐かしむようなどことなく感傷的な声を聞いて、僅かに苛立いらだちを忘れた。そこには真理か狂信かの判断を迷わせる妙な説得力があった。


「……まあいいや。それにしても多い。倒しても倒しても切りがない。一体いつになったら終わるんだか」


「誰かが群れのボスを倒せば統率が崩れて終わるかもしれないけど、その後に残党が大人しく帰ってくれるかどうかは分からないわ」


「統率? ボス? そんなのがいるのか?」


「後方連絡線の奥の方では、大型が小型の群れを率いて襲っているらしいわ。その大型は指令機のようなもので、更に上位の個体が今回の襲撃を指揮している可能性があるって話よ。まあ、他の部隊員の予想で確証はないらしいけどね。それっぽいやつを見付けたら一応優先して倒せって連絡があったのよ」


「俺の方にはそんな連絡は来てないぞ?」


「部隊内の雑談のような連絡だからね。仮設基地からの指示じゃないのよ」


 そういう重要な情報なら、何らかの経路でハンター達に伝えられても不思議はないだろう。アキラはそうも思ったが、ネリアのような人物が所属している部隊を隔離している所為だとも思って、深く気にするのを止めた。代わりに意識をその指令機の話に移す。


「……指令機のボスか。もっと巨大な大型でもいるのか?」


「いたとしても、遺跡の奥か、遺跡を抜けて都市に向かった連中に混ざっていると思うから、外周部辺りにいる私達には関係ないと思うけどね」


 アキラ達が戦闘と雑談を続けている内に雨は大分弱まっていた。その影響から完全に脱した訳ではないが、索敵機器等への精度は既に大分回復していた。


 アキラ達の中で最も索敵に優れた存在であるアルファが、廃ビルの影に隠れていた大型の存在を察知する。だがアルファはそれをアキラに伝えなかった。それが面倒事を避ける最良の手段だと判断したのだ。代わりに別の話をアキラに振りながら雨雲を見上げる。


『アキラ。雨が大分弱くなってきたわ』


 アキラが釣られて空を見上げる。


『そうだな。……って、俺がこうするとまた雨が強くなるんじゃ……』


 アキラは苦笑いを浮かべていた。だが雨が更に弱まり始めたのを見て機嫌を良くする。


『おっ! 今度はみ始めたな!』


『そのようね』


 アルファは静かな表情でそれを見上げていた。揶揄からかい混じりの軽口が返ってくると思っていたアキラが少しだけ不思議そうにしている。


『……えっと、雨がむと何かまずいのか?』


 アルファが意味深な微笑ほほえみをアキラに向ける。


『もっと早くんでくれれば広範囲な索敵も可能になって、あの黒い機体と鉢合わせることもなかったのに。そう思っただけよ。どうしてアキラはこう間が悪いのかしらね』


『俺に言われてもな。まあ、んできたんだ。良いじゃないか』


 空にはまだ分厚い雲が浮かんでいるが雨はもうんでいた。アキラはそれを喜んだが、アルファは全く喜ばなかった。




 ヤツバヤシが大型装甲兵員輸送車を改造した移動診療所で遺跡の中を進んでいる。途中で何度か大型モンスターと遭遇したが、それらはヤツバヤシの車を完全に無視していた。


 ヤツバヤシが楽しげに笑いながら助手席のティオルに視線を向ける。


(本当に襲ってこないな。うそや妄想の可能性も考えていたが、少なくともこれでティオル君がモンスターの指揮系統に関わっているのは確定か。モンスターに襲われずに遺跡探索が可能。仮にそれがクズスハラ街遺跡限定だったとしても、発覚すれば都市が買える金が動くが、自覚はないんだろうな)


 ティオルがヤツバヤシの視線に気付いていぶかしむ。


「何だよ」


「何でもない。モンスターに襲われずに遺跡内部を移動できる利便性に感嘆しているだけだ」


「……俺の指揮下の大型は大丈夫だが、他のは普通に襲ってくる。それぐらいは何とかしてくれ」


「了解だ。なに、外周部の小物程度ならこの車の武装で蹴散らせるから大丈夫だ」


「そうか。手に負えないなら言ってくれ。近くのやつに対処させる」


「それはどうも。至れり尽くせりだな」


 ヤツバヤシはそう軽く答えながら裏でいろいろと考えていた。


(とすると、ティオルの権限はクズスハラ街遺跡全体ではなくその特定区画限定か? 区画の警備システム系のモンスターはその担当区域が生息地になる。該当のモンスターがその区域内から外に出ることは基本的にはない。坂下重工がクズスハラ街遺跡の近場にクガマヤマ都市を建設できたのも、そのモンスターの縄張り意識、移動困難性を根拠にしている。……それが揺らぐと、下手をすると都市の存亡に関わるんだが……)


 ティオルがヤツバヤシの意味深な視線に気付いて顔をゆがめる。


「だから、さっきから何なんだよ」


「何でもない。医者としても科学者としてもティオル君の存在がとても興味深いだけだよ。気に障ったのなら悪かった」


 ティオルはそれで納得して、不快そうに舌打ちした。


 ヤツバヤシの車両が目的地の近くに到着する。半壊した高層ビルの谷間だ。


「そろそろ到着するが、ティオルの本体はあの廃ビルの中か?」


「違う」


「目的地はあのビルの辺りを示しているぞ?」


「違う。ビルの中じゃない。外だ」


「大分んできたとはいえ、この雨の中わざわざ外で待っていなくても……」


「入れないんだ」


 ティオルが廃ビルの辺りを指差す。ヤツバヤシはその先を目で追って、少し見上げて、廃ビルの谷間にあるものを見て、胡散うさん臭い笑顔を少し引きらせた。


「確認するぞ? あれが、ティオル君の本体なんだな? あの中に本体がいるとかじゃないんだな?」


「そうだ」


「……なるほど。本体で診療所に来られないわけだ。診察が大変そうだ」


「取引だ。治してもらうぞ」


「完治の定義が難しそうだな。取りあえず治療の方針としては、全身の再生治療の方向で進めていくか……」


 ヤツバヤシが車両を廃ビルの谷間に動かしていると、助手席のティオルの様子が急変した。わなわなと震え始め、表情に憎悪をにじませ、焦点の合っていない目で何かを見ていた。


「おい、どうした?」


 怪訝けげんに思ったヤツバヤシがそう声を掛けた途端、ティオルが突如崩れ落ちた。ティオルを介して表示されていた立体地図も同時に消えた。


「これは、遠隔操縦端末の操作を切ったのか? 一体何が……」


 ヤツバヤシが事態の把握に意識を奪われて周囲への警戒をおろそかにする。次の瞬間、廃ビルの谷間から出た巨大な脚がヤツバヤシの車両を蹴飛ばした。大型装甲兵員輸送車の重量にもかかわらず、車体はその衝撃で吹き飛ばされ横転した。


 雨はもう完全にんでいた。




 アキラとネリアが情報収集機器に突如として現れた巨大な反応にほぼ同時に気付いた。意識を反応の方向に向けると、廃ビルの谷間から大型の車両が何かに蹴飛ばされたように飛び出してくる。そして続いて車両を蹴飛ばした存在が姿を現した。


 それは重装強化服を着用した巨人のように見える大型モンスターだった。その巨大な体躯たいくはネリアの機体を小型機や小柄な子供と錯覚させるほどに大きい。そしてその巨体に準じた巨大な武装を身に着けていた。左腕は戦艦の主砲を思わせる口径の機銃と一体化しており、給弾ベルトが大型弾倉を想像させる背中の機械につながっていた。右手には柄のような円筒形の物体を握っていた。


 アキラが呆気あっけに取られている間に、アルファがバイクから小型ミサイルを全弾発射させる。無数のミサイルが宙を飛び、アルファの誘導で敵を半包囲する軌道を描く。そして飛距離を調整してほぼ同時に着弾するように巨人に一斉に襲いかかる。


 巨人の右手の柄から発光する液体金属が重力を無視して伸びていく。僅かな時間で液体金属は戦艦を両断できそうな程の光刃を形作った。巨人はその光刃を構え、殺到するミサイルの群れに向けてぎ払った。


 刃がミサイルに触れた瞬間、無数のミサイルが一斉に爆発した。アキラのバイクに搭載可能なミサイルを一度に全て使い切った大爆発が巨人を包み込んだ。


 アキラが自分のところにまで届いた爆風に強化服の身体能力であらがいながら、爆煙に包まれた敵の様子を注視する。


「やったか!?」


 アキラはそう口に出しながらも、あれ程の爆発なら倒したはずだと無意識に思っていた。だが爆煙が晴れた後に、効果など全くないと言わんばかりに立っている巨人を見て、表情を驚きで大きくゆがめる。


「無傷!? 冗談だろう!?」


 アルファが冷静に、しかし状況の悪さを少し険しい表情に映し出して補足する。


『あのぎ払いでミサイルの弾道と爆破タイミングがずれて、効果的な爆発を大分軽減させられたわ。加えて全身に強力な力場装甲フォースフィールドアーマーを展開しているのよ。残念ながら敵のダメージは軽微のようね』


『あの重装強化服みたいな装甲のおかげか。あんなデカい体のサイズの品がよくあったな。特注品か?』


『そうかもしれないわね』


 苦笑しながら言った自身の冗談にアルファがかなり真面目な様子で答えたため、アキラが怪訝けげんな顔を浮かべる。


『……特注品なのか?』


『敵の構造を調べてみたのだけれど、少なくとも皮膚を硬質化装甲化して力場装甲フォースフィールドアーマーを展開しているのではないわ。内部とは分離している別の構造になっているのよ。つまりあれは、アキラが強化服を着ているように、内部の何かが外部の何かを着ているのよ』


『そこらのモンスターとは大分違うってことか』


 アキラが巨人への警戒を高める。そして巨人と視線が合ったのを感じた瞬間、巨人が大口を開けてえた。人型兵器の頭部のような顔が上下に裂け、牙だらけの裂け目の中から何らかの言語のようにも聞こえる声を出したのだ。


 アキラにはその言語の意味など全く分からない。だがそこに込められている憎悪と殺意から、その意味を何となく理解した。


『何が何でも絶対に殺してやる。何となくだけど、そう言っているような気がする。アルファ。俺、あいつに何かしたかな?』


『ついさっきミサイルを大量に撃ち込んだわ』


『そうだけどさ、そうじゃなくて、それとは無関係に物すごく恨まれている気がする』


『私に聞かれても分からないわ。取りあえず、和解は不可能という意見には賛成よ。だからその手の考察は後回しにして。まずは離脱よ。覚悟を決めなさい』


 アキラも巨人の動きを見て余計な思考を切り捨てた。巨人が左腕の砲をアキラに向けていた。アキラのバイクが慣性による乗り手への負担を完全に無視した挙動で急発進する。同時に、巨人の機銃から巨大な口径に見合った大型の弾丸が連続して発射された。


 1発でビルを倒壊させる弾丸が遺跡の建物を次々に吹き飛ばしていく。半壊したビルが一瞬で同量の瓦礫がれきと化し、衝撃で空中に吹き飛ばされて瓦礫がれきの雨となる。


 アルファがその土砂降りを、高度な探知能力で瓦礫がれきの雨粒の位置を把握し、軌道を計算し、僅かな隙間をバイクの全速力でくぐっていく。アキラは極度に集中し、体感時間をできる限り圧縮すると、瓦礫がれきの雨を必死に避けながら、邪魔な瓦礫がれきを殴り飛ばし蹴り飛ばして、降り注ぐ瓦礫がれきで塞がった進行方向の隙間をじ開け続けていた。


 その間にも連続して撃ち続けられる巨大な弾丸が、アキラの周囲を通過して空中の瓦礫がれきを更に細かく砕きながら吹き飛ばしていく。避けきれない破片がアキラとバイクに激突し、強化服と防護コートとバイクの力場装甲フォースフィールドアーマーの耐久を削っていく。激突の衝撃でアキラとバイクの体勢が崩れ、それを立て直すために更にアルファが無茶むちゃな挙動をバイクとアキラの両方に強いる。


『アキラ! 絶対に振り落とされないで! 落ちたら瓦礫がれきの山の下に埋まるわよ!』


『分かってる!』


 進行方向にある身をかがめても避けきれない瓦礫がれきを殴り飛ばして空間を力尽くで広げる。殴った反動でバイクから振り落とされないように、強化服の出力を限界まで上げて体をバイクに固定する。自身の身体能力を超えた挙動を強化服の操作で補った結果、動きに追随しきれない分が強烈な負荷となって身体を締め上げていく。


 回復薬の鎮痛作用により痛みは軽減されている。だがアキラはそれでも治療と損傷を繰り返しながら徐々に体が壊れていく怖気の混ざった感覚を覚えていた。そして、全身から伝わってくるその不快感を無視しながら、次の1秒を生き延びるために全力を尽くし続けていた。




 ヤツバヤシは横転した車から何とか脱出した後、車載の索敵機器と連動している双眼鏡で巨人、ティオルの本体の様子を確認していた。巨人は地響きを立てて走りながらアキラがいるであろう方向に機銃を乱射し続け、そのままヤツバヤシから離れていく。


「……ティオル君。診察の予定を変更するのなら、事前に知らせてほしいんだけどな」


 巨人の戦闘能力は遺跡の地形すら変えかねないほどに強力だ。しかしそれが自身とは別方向にしか向いていないのならば、ヤツバヤシには平然と事態を観察しながら冗談を言う余裕があった。


 ヤツバヤシが横転している車に視線を向ける。ティオルの遠隔操作端末は助手席から転げ落ちたままだ。動く気配はない。


(恐らくあの遠隔操作端末の操作可能距離には限度があり、そこまで長くない。だからある程度の距離まで俺のいる仮設基地に近付く必要があった。本体はある程度の迷彩機能も持っているんだろう。その迷彩機能に加えて雨と戦闘に紛れて仮設基地に接近して、何らかの方法で俺を見付けて、治療の交渉をして、ここまで連れてきて、……それを全部台無しにした? 分からん)


 ヤツバヤシが首をかしげる。辻褄つじつまが合うようにいろいろと思案してみるが、納得できる理由は浮かばなかった。


 ティオルが遠隔操作端末の接続を切ったのは、本体と遠隔操作端末の両方を操作する余裕がなかったからだ。別の場所にいる複数の自分から送られてくる知覚を同時に処理する。それはシステム側の意識の時には可能だったが、人としての意識を取り戻した後は複雑すぎて混乱を産むだけだった。


 そしてヤツバヤシの案内を中止してでもアキラの殺害を優先させた理由は、自身の意識を再度システム側に取り込まれないようにするための強烈な自意識と、それを支える憎悪にあった。


 ティオルは自身の境遇を、自身をその境遇に導いた全てを、八つ当たりや逆恨みも含めて強く憎んでいた。その対象にはヤツバヤシも含まれていたが、それは自分を治療する人間として、現在の境遇から救い出す要素として何とか我慢できていた。


 だがアキラに対しては我慢できなかった。シェリルへのおもい、その障害への悪感情、それらが複雑に混ざり合ってアキラへの憎悪を膨れ上がらせていた。さらにはそれらの感情を我慢してしまえば再びシステム側に取り込まれてしまうのではないかという恐怖が、ティオルの最後のたがを外していた。


 ティオルはその所為で、雨が上がって本体の索敵能力が広がってアキラの存在を認識した瞬間、意識の全てをアキラの殺害に傾けてしまったのだ。


 ヤツバヤシはしばらく考え続けていたが、途中でそれ以上の思考を無駄と判断して打ち切った。


(……まあ良いか。遠隔操作端末の方を確保しておけば後で連絡が来るかもしれない。巻き込まれたくないし、ここは帰ろう)


 ヤツバヤシが横転した車の横に立ち、両手を車に掛けて力を込める。すると車がゆっくりと動き始める。かなりつらそうな表情でそのまま車体を一人で支えると、そのまま横転した大型装甲兵員輸送車を元に戻した。


 ヤツバヤシは自身の肉体を自身の医療技術を応用して拡張した身体強化拡張者だ。突然暴れ出すこともあるハンター達への対処のためでもあり、自身の実験の成果を自身で試した結果でもある。ティオルを移動診療所の中に入れたのも、砲撃可能な腕を突きつけられても余裕を保っていたのも、問題なく対応できると判断してのことだ。


 ヤツバヤシは運転席に戻りティオルの遠隔操作端末を助手席に戻した。そして人形の額を小突いて胡散うさん臭い笑顔を向ける。


「ティオル君。治療費の支払いが滞ると、扱いが治療ではなく、また治験や実験になってしまうぞ?」


 人形は何も答えなかった。

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