第186話 ネリアの機体

 後方連絡線は両端の廃ビル等を防壁に改装して防衛力を強化している。その防壁に配置されていた兵士達が窓枠から見える外の様子を唖然あぜんとして見ていた。先ほどまで比較的小型のモンスターに必死になって撃ち続けていた銃も今は沈黙している。弾切れではなく、撃つ必要がなくなったのだ。


 兵士達の視線の先にはモンスターの群れの死体が大量に転がっている。その量と質の所為で兵士達はかなり押されていたのだが、それらはつい先ほど現れた男があっさりと殲滅せんめつした。


 兵士達は敵の全滅に歓声を上げる前に、男の異常な戦闘能力に驚愕きょうがくしていた。群れの大半も、その群れを率いていた大型モンスターも、ほぼその男だけで倒しきったからだ。


「な、何なんだあいつ……」


「友軍信号は出ているが、俺達とは装備が違う。ハンターか?」


「いや、雇われハンターの識別信号じゃない。でも仮設基地の戦闘要員でもないな。どこの部隊のやつだ?」


「分からん。基地から連絡も来ていない……まあ、味方なら有り難い。今のうちに体勢を立て直すぞ!」


 指揮者の指示で兵士達が慌ただしく動き出した。


 大型モンスターの死体の上で男が仲間と無線で通信を取っている。それはその通信機がこの雨の影響下でも問題なく通信可能な一級品であることを示している。他の装備も同様の一級品であり、実力もそれ相応に高い。男がこの短時間でモンスターの死体の山を築けた理由だ。


「こっちは片付いたぞ。そっちは?」


「こっちも粗方終わった」


「そうか。ちょっと聞きたいんだけどさ。そっちの敵って、統率とかどんな感じだった?」


「ん? 普通に群れていただけだな。特に統率なんかなかったと思う。そっちは違うのか?」


「統率って程じゃないんだが、逃げずに攻撃するって程度の最低限の統率はあった。だが大型を倒した途端それがなくなった。これは勘だが、大型は群れのボスって言うより指令機だ。群れには機械系も生物系も混ざっていた。遺跡のモンスターに種族を超えて一定の強制力を持つ指令を出せる個体なんだろう。真っ先に大型を潰した訳じゃないから確信って程じゃないんだけどな」


「うーん。主任は今回の襲撃は遺跡の防衛システムとは無関係だと言っていたが、その手の指令機がいるとすると、それも怪しくなってきたな。了解した。主任に伝えておく。皆にも注意するように伝えておこう。じゃあな」


 通信を切った後で男がつぶやく。


「……大型が全部指令機だとすれば、それらを統べる上位指令機も存在する可能性が高い。今回の襲撃、もしかしてそいつを潰すまで終わらないのか? ……雑魚しかいない任地で半分休暇だと思っていたのに、面倒臭いな」


 ヤナギサワ直属部隊の男は面倒めんどそうにめ息を吐いた。




 アキラは多脚戦車型モンスターの射線を廃ビルなどの障害物で塞ぎながら接近しようとしていたが、その途中で別のモンスターと遭遇したことで急遽きゅうきょ取りめとなった。今は瓦礫がれきの上をバイクで駆けて敵と一定の距離を保ちながら、敵の巨体へSSB複合銃を乱射し続けている。


 新たな敵は巨大なおおかみに似た外見をしている。頭部だけでも小さな家屋並みに大きく、それでいて全体の大きさに不釣合いを感じない巨大さだ。毛皮に覆われていても筋肉質だと分かる強靭きょうじんな四肢で、瓦礫がれきや半壊した建物を踏み潰しながらアキラを追っている。


 バイクから発射された無数の小型ミサイルが巨狼に直撃する。その巨体を爆煙が包み込む。太い毛や細かな肉片が飛び散っていく。だが表面の肉が少々飛び散った程度で致命傷にはほど遠い。巨狼が爆煙から飛び出して、筋肉の一部をき出しにしながらアキラを追う。


 アキラは険しい表情で引き金を引き続けていた。そして弾切れに気付いて弾倉を交換しようとすると、アルファから指摘を受ける。


『アキラ。アンチ力場装甲フォースフィールドアーマー弾は効果が薄いから使わないで』


『そうなのか? ……まて、じゃああいつは、あんな頑丈なのに力場装甲フォースフィールドアーマーを使ってないのか!?』


『少なくともアキラの防御コートや戦車の装甲板のような力場装甲フォースフィールドアーマーは展開していないわ』


『単純に頑丈なだけか! 無茶苦茶むちゃくちゃだな!』


 アキラはSSB複合銃の弾倉を強化徹甲弾に変えて銃撃を再開した。巨狼の頭部に強化徹甲弾が連続して撃ち込まれる。巨狼が苦痛による激怒の咆哮ほうこうを上げた。だがひるむどころか更に突進の速度を上げ、血まみれの顔で大口を開け、血まみれの牙を誇示しながら無尽蔵の戦意を見せ付けた。


 逆にアキラの表情に僅かなひるみが混ざった。アキラがそのひるみを消し去るように表情をしかめる。


『どういう生命力をしてるんだよ。アルファ。何とかならないか? ほら、タンクランチュラの時みたいにミサイルを一点に集中させるとかできないか? 小型ミサイルはアルファが誘導しているんだろう?』


『残念だけれど無理よ。そもそも完全な誘導式でもないし、自動誘導調整の精度も雨の影響で下がっているしね。全弾命中させているだけでも称賛してほしいぐらいなのよ?』


『雨の所為で無理なのか! とっととんでくれ! せめてもっと弱くなってくれ!』


 アキラが雨天をのろい始める。すると先ほどまで一時的に弱まっていた雨が強さを増し始めた。微妙な苦笑いを浮かべるアキラにアルファが苦笑を向ける。


『アキラ』


『俺の所為じゃないぞ』


『分かっているわ。そろそろ弾薬を補給しないと危険だって言いたかっただけよ』


『……了解』


 バイクが急加速して巨狼との距離を引き剥がす。そして廃ビルの谷間に隠れていたトラックと併走する。アキラはそのままバイクからトラックに飛び乗り、小型ミサイルの大型弾倉をバイク後部のアームに近づけた。アームが空になった弾倉を投げ捨てて新しい弾倉をつかみ、小型ミサイルの補給を済ませた。


 アキラがSSB複合銃用の弾倉補給を手早く済ませて再びバイクに飛び乗る。トラックがアキラから別れて遺跡の路地に消えていく。


 トラックに移った巨狼の視線を、アキラは猛烈な銃撃で無理矢理やり引き戻した。巨狼を挑発するようバイクの速度を落とし、憎悪をあおるように徹甲弾を巨狼の顔面に浴びせ続ける。


 巨狼がただでさえ凶悪な顔を鮮血と憎悪で彩りながらアキラに向けて加速する。その加速を生み出す巨大な四肢で足下を蹴るたびに、その衝撃で大量の瓦礫がれきが飛び散っていく。


 そろそろバイクの速度を上げた方が良いのではないか。アキラは急激に距離を詰めてくる巨狼を見てそう思ったが、バイクはまだゆっくりと進んでいた。アキラが怪訝けげんな顔をアルファに向ける。


『アルファ?』


『今度はもう少し距離を詰めるわ。敵に遠距離攻撃手段がないのは十分確認したし、あの生命力の持ち主を殺しきるにはもっと近距離で撃たないと駄目そうだからね。アキラにはもう少し覚悟を決めてもらうわ』


 アキラがその提案に理解を示しながらも、表情を少し険しくする。


『……覚悟は俺の担当だから文句を言うつもりはないけど、ちゃんと距離を取ってくれよ? 過合成スネークの時みたいにわれるのは御免だからな』


『確かに、内部から攻撃すれば確実ね。そっちの方が良いかしら?』


『嫌だ! あいつはどう見ても獲物を丸みにするタイプじゃないだろう! 絶対食い千切られる!』


『そういう意味ではないわ。来るわよ』


 既に至近距離まで近付いていた巨狼が大口を開けてアキラを食い殺そうとする。その瞬間、アキラは覚悟を決めてバイクから勢いよく巨狼の方向へ跳躍した。


 極度の集中が引き起こした圧縮された体感時間、そのゆっくりとした世界の中で、アキラは巨狼が嬉々ききとして獲物を食い千切ろうと顎門あぎとを閉じる光景を見ていた。


 だがその顎門あぎとが再び限界まで開かれる。一瞬だけ強化服の身体能力を限界まで上げたアキラが、その顎門あぎとに痛烈な蹴りを放って無理矢理やり開かせたのだ。


 アキラは蹴り足に激痛を覚えながら蹴りの反動で宙に浮いていた。そのアキラの横を無数のミサイルが駆け抜けていく。大量のミサイルがそのまま巨狼の大口から体内に侵入し、同時に爆発した。


 威力の逃げ場のない体内での爆発は、巨狼の異常なまでに強靭きょうじんな身体を破壊するのに十分だった。爆炎と衝撃の一部が口から漏れ、その風圧で口元にいたアキラが吹き飛ばされる。アキラはアルファの補助のおかげもあって地面に難なく着地した。


 アキラが巨大な敵を見上げている中、息絶えた巨狼が轟音ごうおんを立てて崩れ落ちた。


『よし。結構あっさり倒せたわね。もっと早くやれば良かったかしら』


 何でもないことのようにそう微笑ほほえむアルファを見て、アキラが慌てて異議を申し立てる。


『嫌だ! 弾薬を山ほど消費してでも、次は遠距離から倒すからな!』


『そう? 分かったわ。でも弾薬の消耗具合によっては、絶対にやらないとは言えないわ。敵の数も多いしね。そこは我慢して』


『少量の弾薬で敵を倒せるように照準補整とかできないのか? もう俺の自力がどうこうとか言っている場合じゃないだろう?』


『既にやっているわ。でもこの雨だからね。どうしても命中精度は落ちるのよ』


『くそっ! 早くんでくれ!』


 アキラが再び空を見上げる。微妙に雨量が上昇した。アルファが少し楽しげな苦笑を浮かべる。


『アキラ。流石さすがにこれ以上雨量を上げるのは止めてほしいわ』


『……俺の所為じゃない』


 アキラは少し引きった顔で半信半疑になっていたが、遺跡の奥側からの気配に気付いて余計な思考を振り払った。気配の方を注視すると、視界を遮る分厚い雨の奥から別の巨狼が駆けてきていた。


『またか!』


 アキラがバイクにまたがり急いで距離を取ろうとするが、アルファがそれをバイクの操作を乗っ取って止めた。


『アキラ。ちょっと待って。あの方向から別の友軍反応が出ているわ』


『誰か追われているのか?』


 味方の援護も仕事の内。駆け付けるべきか。アキラはそう思って僅かに迷った。だがその迷いは無駄になる。


『いえ、逆のようね』


『逆?』


 次の瞬間、アキラに大分近付いていた巨狼の首が巨大な青白い光刃に切り落とされた。頭部を失った胴体がその勢いのまま轟音ごうおんを立てて転倒する。頭部もその勢いのまま地面を転がっていき、アキラの近くまで転がってようやく停止した。


 アキラが軽く唖然あぜんとしながらその頭部を見ていると、その頭部が光刃に両断されて左右に分かれていく。その頭部の背後に光刃の持ち主である黒い人型兵器が立っている。


 アキラが思わず警戒を高める。その黒い機体に見覚えがあったのだ。


『アルファ。あれって……』


『エゾントファミリーの拠点で戦った人型兵器と同一の機体か、同機種の別機かは不明よ。友軍信号はあの機体から出ているわ』


『味方、……で、良いんだよな?』


『多分ね』


 アキラは心情的に警戒を捨てきれないでいた。すると黒い機体の光刃が輝きを消す。更に刃が折り畳まれて短く小さくなっていく。機体はほぼ柄だけになったブレードを仕舞しまって戦意がないことを示した後、アキラに気安そうに軽く手を振った。


 アキラが機体の意外な行動に戸惑っていると、機体の背面が開いて操縦者が外に出てくる。操縦者の見覚えのある顔を見た途端、アキラの顔が引きった。


「お、お前は……」


「久しぶりね。アキラ」


 操縦者はネリアだった。


 ネリアが機体から飛び降りてアキラの前に着地する。アキラが思わずSSB複合銃をネリアに向けた。それでもネリアは余裕の笑みを保っていた。


「あら、味方にそんなものを向けちゃ駄目よ?」


「……それを信じるとでも?」


「信じるも何もそれが事実よ。こんな状況で味方を撃ったら都市への裏切りも同然。大変なことになるわよ? まあ、それはそれで面白いけど」


 ネリアは平然と笑っている。絶対に撃てないと判断しての余裕、ではないことぐらいアキラにも分かった。


『アキラ。依頼を放棄してクガマヤマ都市を敵に回して他の都市に逃げるつもりがないのなら、銃を下ろして。殺すなとは言わないけれど、殺すにしても後にして』


 アキラが僅かな躊躇ちゅうちょを見せた後に銃を下ろす。


「何でお前がこんな場所にいるんだ?」


 険しい表情で鋭い視線を向けているアキラとは逆に、ネリアは表情と視線に相手への好感を示していた。


「仕事でモンスターを狩っているからよ。アキラもそうでしょう?」


「仕事? 都市の管理下で強制労働をしているって聞いたぞ?」


「そうよ。今もその強制労働に精を出しているの」


「……あの人型兵器に乗り込んでか?」


「ええ。気付いていると思うけど、以前アキラが戦った機体よ」


 アキラの頭には無数の疑問が浮かんでいた。だが自分の反応を楽しむように笑っているネリアを見て、アキラはそれらの疑問を一度全て棚上げした。


「それで、何の用だ?」


「ん? アキラを見掛けたから声でも掛けておこうと思って」


「そうか。それなら用は済んだな。消えてくれ」


「つれないわね。再会を喜びましょうよ」


「喜ぶ要素は欠片かけらもないな」


 アキラは吐き捨てるようにそう言い残すと、バイクを反転させてその場から離れていく。するとネリアは楽しげに笑って黒い機体に戻り、そのまま機体の出力を生かしてアキラの後を追い始めた。


 アキラの腕に付いている仮設基地からの貸出端末がネリアの通話要求を短距離通信で勝手に受け入れる。


「そんなに急いで離れなくても良いじゃない。ちょっとぐらい話しましょうよ」


「……どうやってつないだ? 俺は操作してないぞ?」


「こっちで勝手につないだわ。私の端末の方が権限が高いからそれぐらいは簡単なのよ。その手の操作も得意だしね。あ、言っておくけど、この通信は仮設基地との緊急通信の経路を一部通しているから、無理矢理やり切ろうとしても無駄よ」


 アキラが端末に伸ばそうとしていた手を止めて表情を険しくした。


「そんな顔をしなくても良いじゃない」


「何で俺の顔が分かる」


「鎌を掛けただけよ。そんな顔をしていたの? ひどいわ」


 ネリアの揶揄からかうような楽しげな声を聞いて、アキラは表情を更にしかめた。


「……何でついてくるんだよ」


「この雨でも短距離通信が可能な距離を保っているだけよ」


「そうか」


 アキラがバイクを加速させてネリアを引き剥がしに掛かる。瓦礫がれきが散らばっている上に大雨で摩擦が減っている路面の上を、アルファの運転技術と垂直の道すら進むバイクの性能に期待して遠慮なく速度を上げた。雨粒をはじき飛ばし、瓦礫がれきを飛び越え、僅かな操作の失敗で転倒しかねない路面を駆けていく。


 だが黒い機体の性能とネリアの操縦技術の総合値はその上を行った。両脚の移動装置で路面を滑るように移動しながら細かな瓦礫がれきを避け、一時的に推進装置の出力を上げて宙を飛んで大きな瓦礫がれきを飛び越えていく。機体の操作を少しでも誤れば瓦礫がれきやビルなどの障害物に激突し兼ねない道幅で、激突すれば大破は免れない危険な速度を出していた。


 アキラは引き剥がすどころかすぐに追い付かれそうなネリアの機体の速度に驚きを隠せなかった。アルファが意識が後方に偏っているアキラを少し真面目に注意する。


『アキラ。前に集中して。敵よ』


『……悪い!』


 アキラは意識をすぐに切り替えた。前方には2体の大型モンスターがアキラを待ち構えていた。前に倒し損ねた多脚戦車型と人型兵器の上半身を生やした獣型の新手だ。大型の砲と機銃とは思えない口径の銃口を構えてアキラに狙いを定めようとしている。


 アキラがバイクを傾かせて急停止させながらSSB複合銃を敵に向け、引き金を引こうとする。そのアキラの頭上をネリアの機体が追い越した。


 黒い機体が雨を裂きながら大型モンスター達との距離を急激に詰めていく。巨大な砲弾を難なく避けながら、無数の銃弾を容易たやすかわしながら、両手でブレードを握り光刃を展開させていく。そして敵との距離を詰め終えた瞬間、その光刃で大型モンスターの身体を両断した。


 その真っ二つになった体が崩れ落ちるよりも早く、光刃が周辺の瓦礫がれきや雨ごと大型モンスターを更に切り裂いていく。機体が攻撃を止め、光刃もその発光を止めた時、既に肉片と機械部品の固まりに成り果てていた大型モンスターがばらばらになって崩れ落ちた。


 その光景を見ていたアキラは表情を驚きで満たしていた。


『……あの2体を一瞬で、……あの機体、あんなに強かったのか!?』


 アルファのサポートがあったとはいえ、前に一度何とか対処した機体なのだ。戦闘になっても何とかなるだろう。無意識にそう思っていたアキラのおごりを、完全に消し飛ばした光景だった。


 アルファが少し険しい表情で補足を入れる。


『同じ機体と言っても、機体の整備状況も操縦者の腕前もあの時とは全く違うわ。前に逃げ帰った経験から判断しては駄目よ。外見以外別物と考えて』


『ああ。もう分かってる。あの時は飛ばなかったしな。それだけでも別物だ。……戦ったら、勝てるか?』


『難しい、とだけ答えておくわ』


『そうか』


 敵対すれば致命的になり兼ねない。アキラもそう理解する。その手の敵との交戦はアキラにとってある意味でいつも通りの出来事だ。だができれば避けたい事態であることに違いはない。


 アキラが顔をしかめている間に、黒い機体がアキラの近くまで戻ってきた。端末からまたネリアの声が出る。


「待っていてくれたの? うれしいわ」


「追われるのが面倒になっただけだ。俺と話してないでとっとと仕事に戻れよ。俺だって忙しいんだ。お前と雑談している場合じゃないんだ」


「それなんだけど、しばらく手を組まない? アキラの仕事もその辺をうろちょろしている大型の駆除なんでしょう? 私も似たようなものなのよ」


 アキラが黒い機体の顔を思わずにらみ付ける。


「断る。第一俺がそれを受けるとでも思ってるのか? 俺に何をしたのかもう忘れたってのか?」


「覚えてるわ。でもね、私、過去は振り返らない主義なの」


「お前の主義なんか知るか」


「強情ね。良いじゃない。昨日の敵は今日の友って言うでしょう?」


「そんなもの、手を組む理由にはならねえよ。それ、今日の友は明日の敵ってことだろうが」


「その通りよ。分かってるじゃない。重要なのは今日、今現在味方だってことだけよ。今現在、私とアキラは同じ仕事を請け負っている味方同士。問題ないわ」


「あのな……」


 更に言い返そうとしたアキラの言葉を、ネリアの声が、とても楽しげだが同時にどこか底冷えするような声が遮って続ける。


「そう。全く問題ないわ。昨日は敵だったから殺し合って、今日は味方だから助け合った。そして明日、また敵になったら、また殺し合いましょう?」


 アキラはネリアの本気を感じ取り僅かに気圧けおされた。そしてその論理を当然、正当、絶対とする人格を、その人格を生み出した背景を無意識に想像し、口を閉じた。


 既に一度銃を向けて、それを見過ごされている。加えて半ば意地を張って共闘を拒み続ければ、今日、今現在も味方ではなくなりかねない。この場でネリアと殺し合うよりはましだ。アキラはそう判断して妥協した。


「……分かった。協力しよう。ただし、そっちの指揮下に入ったわけじゃない。同行するし、援護もするが、基本的に勝手に動くからな」


「良いわ。それじゃあ、一緒に楽しみましょうか。適当に合わせてちょうだい。私も適当に合わせるから」


 黒い機体が軽く手を振って先行していく。アキラは少ししかめていた表情を、気を切り替えるように振り払ってから後に続いた。


 アルファが少し不思議そうにも意外そうにも見える表情をアキラに向ける。


『アキラ。良かったの?』


『……戦力の増強自体は歓迎するべきなんだ。それに、大型モンスターだけでも手に余るってのに、あいつの相手までしてたまるか』


『そう』


『そうだよ』


 アルファは楽しげに微笑ほほえんでいる。アキラは少し不貞腐ふてくされたような様子でアルファから目をらした。答えた言葉は所詮は言い訳であり、妥協を補完するためのもの。それを気付かれたことへの反応だ。


 カツヤから共闘を申し込まれた時には全く妥協せずに断った。だが今は妥協して受け入れた。場に適した柔軟性を得たのか、決意を鈍らせる打算を得たのか、アキラはそれを決めきれないでいた。だがそれを微笑ほほえましいものとして見ているようなアルファの態度に、思考を少し後者に偏らせた。




 仮設基地周辺に降り注ぐ豪雨が大型モンスター達と基地の部隊との交戦音を遮っている頃、雨に紛れて基地の駐車場に近付く人影があった。人影は子供のような背丈で、どこかいびつな強化服を着用しているように見える。


 人影は駐車場にめてあるヤツバヤシ移動診療所に近付くと、大型装甲兵員輸送車を改造した診療所の扉を乱暴にたたく。中から返事は返ってこない。だが人影は扉をたたくのを止めなかった。扉をたたき続ける派手な音がしばらく響き続けた後、車内のヤツバヤシが根負けしたように外部スピーカーで面倒めんどそうに答える。


「今日は休診だって書いてあるだろう。基地の診療所に行け」


 人影はそれでも扉をたたき続けた。


「しつこいな。怪我けがをしないうちに帰れ。医者だから怪我けが人を出したりしないだろうと思っているのなら大間違いだ」


 ヤツバヤシの口調に脅しが混ざった。だが人影はそれでも扉を強くたたき続けた。すると装甲兵員輸送車の屋根に設置してあるアーム式の銃座が動き始める。そして照準器を兼ねたカメラと銃口を人影に向けた。


「最後の警告だ。帰れ」


 人影が扉をたたくのを止める。そして首だけ動かしてカメラをじっと見詰めた。


 外部スピーカーから僅かな驚きの声が漏れた。銃が屋根に戻り、頑丈な扉が開き始める。扉の前まで出迎えたヤツバヤシが人影を見てとても楽しそうに笑う。


「顔を出せとは言ったが、本当に来るとは思わなかったよ」


「歓迎するって言ったんだ。歓迎してもらうぞ」


勿論もちろんだ。さあ、入ってくれ。ティオル君」


 ヤツバヤシがティオルを手招きしながら車の奥に戻っていく。ティオルが非常に険しい顔で車内に入っていく。豪雨や外の戦闘などの所為もあり、基地の人員でティオルの来訪に気付いた者はいなかった。

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