第183話 少年型の群れ

 ヤツバヤシが診療所に運ばれてきたハンターの男に高額な治療費を吹っ掛けている。


 男は頭部に緊急時の生命維持処置を済ませていたおかげで、ハンター基準でひどい重傷ではあるが意識はしっかりとしていた。高額な治療費に顔を青ざめさせる程度には判断力も保っていた。何とか治療費をまけてもらえるように頼んでみたのだが、ヤツバヤシの態度は変わらなかった。


「駄目だ。払えねえなら治療は無しだ。入金が先だ」


「そ、そこを何とか頼む!」


「しつこいな。その様子なら仮設基地まで運んでも死にはしないだろう。仲間に運んでもらってそっちの診療所で治療を受けてこい。死にはしねえさ。まあ、その怪我けがだと処置後は義体かサイボーグだろうがな」


「それが嫌で、今のうちに治療すれば間に合うって言うから頼んでるんだろう!?」


 基本的に義体への換装処置をしなければならないほどの重傷者を再生治療で治すと、義体の性能にもよるが義体の代金より高額になる。また好き好んでサイボーグになる者ばかりではない。幾ら戦闘能力が急激に増すと言っても生身には生身の良さがある。男は生身のままでいたかった。


 付き添いの仲間達が口を挟む。


「なあ、何とかならねえか?」


「代わりに金を出せば一瞬で解決するぞ?」


無茶むちゃ言うな。俺達にだってそんな金はねえよ。保険も利かないんだろう?」


「悪いな。ヤツバヤシ診療所は零細の個人営業でね。その手の保険とは提携していない。ハンターオフィスがハンターの治療費を一時的に肩代わりする制度も使えない。あの制度、零細だと申請を通すのが難しいんだ」


 仲間の男達が頭を抱えてめ息を吐く。負傷した男を見捨てられない程度には情を持っているが、助ける手段を持ち合わせていないのも事実だ。


 それに男を仮設基地の診療所で治療させれば死にはしないのだ。義体者になって義体換装処置の代金の借金を抱えて生きていく。それもハンターとしては仕方がないのではないか。その思いが仲間達の何が何でも男を救うという気持ちを若干落としていたのも事実だった。


 ヤツバヤシが内心を隠しながら男達に提案する。


「まあ、仲間を助けたい気持ちは分かる。それに俺も医者だ。一度無償奉仕をしてしまうと話が広がって後で大変なことになるってだけで、別に助けたくないって訳じゃない。だからちょっとした提案をしよう。こいつの治療費の代わりに仕事を引き受けないか?」


「仕事? 何の仕事だ?」


「要はちょっとした応援要請や緊急依頼のようなものだ。他言厳禁でな」


 ヤツバヤシが少し胡散うさん臭い笑顔で詳細を説明する。指定された場所に行ってハンターを助けて戻ってくる。要はそれだけの話なのだが、いろいろと裏がありそうな気配が漂っていた。


「何で他言厳禁なんだ? それに端末でその位置を調べてみたが、その付近から応援要請は出ていないし、誰かがいる反応もないぞ?」


 ヤツバヤシがいぶかしむ男の問いに笑みを浮かべる。


「ああ、それは対象者がハンターオフィスに履歴を残したくないからだ。応援要請や緊急依頼を出したことを知られたくないやつが救助対象ってことだよ。単純な下らない名誉を守るためっていう理由以外にも、緊急依頼を出した履歴をむやみに増やすと、保険料が値上がりするって理由もあるんだろうけどな。治療履歴もそうだ。治療を俺に頼めば、その履歴を残さないことも可能って訳だ。保険は利かないけどな。あとはまあ、徒党内や仲間内での評価とかだろうな。俺は苦戦なんかしていない。偶然通りかかったハンター達が頼みもしないのに手助けしていっただけだ。そういう建前がいるってことだ」


「お前はそういうやつからの救援依頼を裏で受けているってことか。でも1回助けに行っただけで治療費相殺ってのは、ちょっと話がうま過ぎるぞ?」


「馬鹿言うな。1回で済むわけねえだろうが。治療費を相殺するほど稼ぐまで何度も行くんだよ」


「……そういうことか」


 男達はそれで納得した。そしてヤツバヤシに軽い非難の視線を向ける。自分達を安く使おうとしていること。新たな怪我けが人を連れてくれば更に治療費を稼げること。ヤツバヤシの意図をそう判断した結果だ。


「依頼を受けるなら、治療は先にすぐにやってやる。治療費分稼ぐまで先延ばし、なんてことはしない。優しいだろう? まあ、別に無理強いはしねえよ」


 ヤツバヤシが解釈によっては譲歩とも呼べないことを告げると、負傷した男が仲間達に必死に懇願を始めた。仲間達は軽い舌打ちを混ぜてヤツバヤシの提案を受け入れた。




 エレナ達が遺跡内の調査を進めている。自前の情報収集機器で周囲の情報を収集しながら、都市側から配布された設置式の小型情報端末を設置して回るのが主な作業だ。それを車両で通行可能な場所から行っていた。ビルの外観や散らばっている瓦礫がれきの量や素材、外で遭遇したモンスターの量や種類などの情報だけでも、稼げそうな遺跡の判断基準には十分だ。


 調査部隊員が調査範囲を建物の中まで広げるかどうかは各自の判断に任されている。調査中に遺物収集にいそしんでも良い。高額な遺物が発見されれば遺跡の価値を高める良い判断材料となるので、上も調査部隊が調査をおろそかにする可能性を考慮した上で遺物収集を止めたりはしない。勿論もちろん、建物内部からの生還率も有益な情報となることを考慮した上での判断だ。


 エレナが車を徐行させながら周辺の調査を続けている。サラはエレナの護衛をしながら、たっぷり遺物の残っていそうな周辺の建物を物欲しげな顔で見ていた。


「エレナ。ちょっとぐらい中を見ていかない?」


「駄目。調査は車で通行可能な場所で行う。遺物を探しに建物の中に入ったりはしない。初めにそう決めたでしょう?」


「それはそうだけど」


「気持ちは分かるけど、駄目よ。建物の中を調べて戻ってきた時に、車が無事に残っている可能性が十分高いと判断するまでは駄目。ここは未調査地域でその辺の判断材料が少ないって言うか、私達がそれを調べている最中でしょう」


 個人、又は少数で行動するハンターが、建物内などを探索する際に車を置いていくことは多い。だが戻ってきた時に車が無事かどうかは結構賭けになる。エレナ達も過去にその賭けに負けて車を何度か失っていた。


 もっとも人数を増やして車に何人か残しておけば問題解決とはならない。人数を増やせば分け前も減る。居残り側がモンスターに襲撃された時に探索側を置いて逃げ出す可能性もある。賭けの内容に多少の変化が出るだけだ。


 ハンターにできることは様々な手段で可能な限り期待値を上げることだけだ。個人の実力。組織の統率力。同行者との信頼関係。裏切った場合の利害の大きさ。それらを見極めなければ、夢破れて荒野に飲み込まれて消えたハンターとして生涯を終えることになる。


 サラはまだ遺物収集への未練を残していた。エレナがその様子を見て別の説得材料を持ち出す。


「ここで私達が醜態を演じて応援要請とかを出したら、多分アキラは駆け付けてくれると思うわ。私達のハンターの先輩としての威厳とか信頼とかを消費してね。まあ、それもまだ残っているかどうかも結構怪しいけど」


 サラは一度表情をゆがめた後に、観念したようにめ息を吐いた。


「分かったわ。私だってもう少し頼れる先輩でいたい。ここは我慢します」


 エレナが急に聞き分けの良くなったサラに苦笑を浮かべる。


「親友からの助言の方にも、その調子でもうちょっと耳を傾けてほしいわ」


「それはあれよ。一心同体の相手からだと、自分から自分への小言になるから、聞き流しやすくなったり、我がままも言いやすくなったりするのよ」


「そう? それなら自己への問いかけってことで、これからも何度でも言ってあげるわ」


 エレナとサラが軽く笑い合う。そして気を取り直して安全に調査を続けた。


 しばらくした後、調査を続けていたエレナが急に車をめていぶかしむような様子を見せる。


「エレナ。どうかしたの?」


「具体的に何かがあったってわけじゃないの。ただ、収集データを確認していたら変なものを見付けたのよ。索敵反応に人間ぐらいの大きさの反応がちらほら見付かったの」


「他の調査員とか、偶然この辺に探索に来たハンターとかじゃないの?」


「その可能性もあるわ。ただ、ちょっと気になってね」


 収集データには恐らくモンスターである反応も多数存在していた。エレナはそれらの反応の位置と人間ほどの大きさの位置に無意識な疑念を抱いていた。人とモンスターの反応ならば、戦闘が発生しても不思議はない距離だったのだ。


 もっとも戦闘が発生しなかったとしても不思議はない。相手が近い距離にいても、縄張りや警備区画に入ってこないハンターを無視するモンスターは多い。ハンターも見付けたモンスターと全て戦う訳ではない。敵との戦闘を避ける理由は幾らでもある。


 ただ、エレナの頭には最近うわさに上がっている人型モンスターの話が浮かんでいた。両方ともモンスターの反応だから戦闘が発生していないのではないか。エレナの才はその根拠も確証も薄い判断結果を、嫌な予感として本人に伝えていた。


 エレナは少し迷った後、車を再度進行させた。ただし進行方向を大きく切り替えた。


「サラ。調査場所をちょっと変えるわ。調査領域や情報精度にむらが出て報酬がちょっと下がるかもしれないけど、悪いけど諦めて」


「良いわよ。その辺の判断はエレナに任せているしね。安全にやりましょう」


 サラは全く気にせずに笑って答えた。エレナは自分の判断を信頼してくれているサラの態度に、険しくしていた表情を少しうれしそうに緩めた。




 ソノダというハンターがいらついた様子で愚痴を吐く。


「また外れじゃねえか」


 ソノダは仲間の治療費のためにヤツバヤシの依頼を請け負ったハンター達の一人だ。記録に残したくない応援要請の場所に駆け付けたのだが、そこに該当の人物はおらず戦闘の跡もなかった。既に数回同じことが繰り返されていた。


 ソノダが情報端末でヤツバヤシに連絡を取って文句を言うと、軽い態度で返事が返ってくる。


「ハンターオフィスを通さない緊急依頼もどきだからな。しかも依頼元は不明で俺にも分からない。だからその手の悪戯いたずらや嫌がらせや営業妨害も多いんだ。まあ、文句は場所を送ってくる仲介役のやつに俺から言っておくから、そっちは引き続き頑張ってくれ。安心しろ。全部外れだったとしても、治療費の請求なんかしねえよ。次の場所を送る」


 通話が切れて次の目的地が送られてくる。ソノダは舌打ちして情報端末をしまった。


「全く、人をこんな奥まで派遣して気楽なもんだ。次行くぞ! 次だ!」


「分かった。……ん? ちょっと待て。あっちに人っぽい反応がある」


「何だ。そっちに逃げただけか? 行くぞ」


 ソノダが仲間と一緒にその反応の場所を目指す。反応は近くの建物の1階から出ていた。慎重に警戒しながら反応の場所に近付くと、出入口付近のホールの暗がりに少年が立っていた。


「あいつか? おい、大丈夫か? 敵は? ここに逃げ込んだのか? お前だけか?」


 少年がソノダに反応を示す。しかしそれは言葉の内容に対しての反応ではなかった。


「該当区画は封鎖中です。緊急時治安維持条例により、治安維持システムは不法侵入者への殺傷権を得ています。直ちに個人識別情報を……」


 ソノダが即座に銃を少年に向けて引き金を引いた。無数の銃弾を浴びた少年が着弾の衝撃で壁まで押されていく。ソノダの仲間達も反射的に応援に入る。少年の頭が吹き飛び四肢が千切れて飛んだ。


 ソノダがすぐに撤退を指示する。


「脱出だ! すぐに戻るぞ!」


「お、おい。お前が撃ったから加勢したが、良かったのか?」


「気付いてねえのか! あれは救出対象じゃねえ! 襲ったがわだ! 急ぐぞ!」


 ソノダ達が建物の外に急ぐ。その間にも暗がりから声が響く。


「……提示を確認できませんでした。即時拘束への抵抗は鎮圧基準の更なる引き上げを……」


「すぐに車に乗り込め! 一度診療所まで撤退だ! 何かやばいぞ!」


 ソノダは仲間達に激しく指示しながら全力で撤退を促した。


 少年の千切れ飛んだ手足が床に転がっている。腕は肘から先が大型の銃に変わっていた。義手に銃を仕込んだ形状ではなく、生身の腕の先に強引に銃器を移植したようないびつさがあった。胴体は一見防護服を着ているような外観だが、着ているのでなく、鋼のうろこが無数に生えてそう見えるだけだった。


 そして暗がりから出てきた別の少年が、床の銃を、倒された少年の腕を拾ってソノダ達の後を追った。




 アキラが診療所の警備を暇そうに続けていると、端末に応援要請の通知が届いた。要請の場所は調査部隊が調査をしている辺りの更に先だ。アキラは少し考えてから、バイクをその方向へ全力で走らせた。


 アルファが怪訝けげんそうな顔を見せる。


『エレナ達から来たわけでもないのに態々わざわざ助けに行くの?』


『近場の応援要請の引受けも仕事の内だろう? まあ確かに、診療所の近辺って考えると、ちょっと遠いけどさ』


 アルファは僅かに険しい顔のままだ。アキラが少し意外に思いながらも誤魔化ごまかすように続ける。


『……まあ、確かに、応援要請が出るってことは結構面倒なモンスターの群れでも出たのかもしれないし、それにエレナさん達が巻き込まれていたり、救出を手助けしていたりしたら、俺も手を貸そうとちょっと思ったのは認める。でもそれぐらい別に良いだろう? この辺はモンスターも全然出ないし、診療所の周りをぐるぐる回り続けているより確実に成果を稼げるんだ』


『不用意に奥に進まないこと。良いわね?』


『ん? 分かった』


 強くなるために実戦経験を積む意味でも、応援要請を積極的に受けた方が自分にもアルファにも都合が良いのではないか。アキラはそう不思議に思いながらも、下手なことを言ってアルファの機嫌を損ねないように、黙って先を急いだ。


 アキラがバイクを全力で走らせる。アルファのサポートも躊躇ためらわずに使用する。自力で運転したら大幅に遅れて手遅れになったという結果はアキラも流石さすがに避けたいからだ。道に散らばっている細かい瓦礫がれきなどをアルファの絶妙な運転技術で器用に避けながら速度を落とさずに現場に急行する。


 しばらく進むと前方にモンスターの反応が多数出現する。アキラが視界の先を注視すると、その一部がアルファのサポートで拡大表示される。そして非常に小さく見えていたモンスターの姿をしっかり確認した途端、表情を嫌そうにゆがめた。大型のウェポンドッグの群れが道を封鎖していたのだ。


『あれが応援要請の理由か。あれから逃げるならまだしも、あれに突っ込むのはちょっと御免だぞ』


『それなら引き返す?』


『それもちょっとな』


 アキラが僅かに悩んでいると、視界の先の横道から一台の車が勢いよく飛び出していた。車の後部、半分だけ開けられた後部扉から大量の銃弾が吐き出され続けており、横道の先にいる敵から必死に逃げてきたことが分かる。


 車は通りに飛び出すとすぐにアキラ側へ進行方向を変えた。急激な方向転換で大きく体勢を崩しながらも、卓越した運転技術で何とか体勢を立て直しながら、後方へ弾丸をき散らしながら、全速力を出している。


『要請を出したのはあれか。あの群れに飛び込まずに済みそうで何よりだ』


『さっさと助けて一緒に戻りましょう。それで、無理はどれぐらいするの?』


 アキラが挑発気味に微笑ほほえむアルファに苦笑を返す。


『必要に応じて、で頼む』


『分かったわ』


 バイクが乗り手への配慮を急激に欠けさせて、少々無茶むちゃな挙動で加速しながら進行方向をずらす。一瞬遅れて無数の砲弾が一帯に降り注いだ。着弾の衝撃が地面を激しく揺らし路面に大穴を開け、爆風と爆煙を一帯にき散らしていく。


 砲弾が降り注ぐ中、アキラがSSB複合銃をウェポンドッグ達に向ける。そして消耗品代の苦情が来るほど高額高威力な弾丸を連射し続ける。同時にバイクのA4WM自動擲弾銃から無数の小型ミサイルを発射した。


 弾幕が宙を貫きウェポンドッグ達の前衛に直撃する。距離による減衰をものともせずに巨大な体躯たいくを引き裂き続ける。砲台の生えた強靱きょうじんな肉体をただの肉の盾に変えた上で、更にその盾を千切り飛ばして群れの防御を弱めていく。


 砲撃を続ける後衛のウェポンドッグ達に小型ミサイルが降り注ぐ。小型ミサイルのそれぞれがアルファの操作によって的確に砲口に飛び込んでいく。そして砲の内部で敵の生体爆薬の誘爆と一緒に敵の身体を内部から破壊し飛び散らせていく。


 車と擦れ違ったアキラがバイクを急停車させながら進行方向を反転し、すぐさま急加速する。垂直の壁ですら接地を保つ機能が路面の一部を削り取りながら車体の安定を維持し続ける。強い慣性が掛かった体を強化服で強引に押さえ込みながら、銃撃の反動でバイクに更なる加速を与えつつ、大量の銃弾を敵に浴びせ続けた。


 車に追いつこうとしているアキラに情報端末の短距離通信が届く。相手はソノダで、後部扉から軽く手を振っていた。


「応援に来たハンターで良いんだよな? 助かった」


「無事で何よりだ。実はウェポンドッグの群れを見た時は引き返そうかと思ったけど、良いタイミングで出てきたな」


「危ねえな。あの砲撃の量から考えて、そっちで連中をある程度間引いてくれなければやばかった。結構ぎりぎりだったか。変な連中に追われた時は俺達の運も尽きたかと思ったが、まだまだ残っていたようだな」


「変な連中? ウェポンドッグの群れに襲われて応援要請を出したんじゃないのか?」


「いや、俺達を襲ったのは……」


 そこでアキラが車の側面を見て怪訝けげんそうな顔を浮かべる。


「ちょっと待て。車の側面に誰か貼り付いてるぞ? 仲間を車内に入れる暇もなかったのか?」


「何だと!?」


 ソノダは車の後部扉から身を乗り出して側面を確認すると躊躇ちゅうちょなく銃撃した。着弾の衝撃で車に貼り付いていた少年が引き剥がされる。そして道路に高速でたたき付けられて転がっていった。アキラがそれを見て驚きの表情を浮かべる。


「ちょっと待て!? 何やってるんだ!?」


「あれは仲間じゃない! 敵だ! 俺達は連中に襲われて応援要請を出したんだ! 恐らくこの遺跡を警備している自動人形の類い……」


 車の屋根から大きな着地音が響いた。着地の衝撃で車の装甲が大きく削られる。そこには移動中の車に上から飛び乗った別の少年が、ティオルと同じ顔の少年が立っていた。


「警告します。治安維持への抵抗は即時拘束への……」


 少年がどこか意識に欠けている事務的な言葉を止めた。そして無表情だった顔に僅かな意思が浮かぶ。それは敵意だった。そして車の屋根から跳躍してアキラに飛びかかった。


 アキラが驚きながらも少年を銃撃する。少年は着弾の衝撃で大きくはじかれて地面にたたき付けられた。だがすぐに起き上がってアキラを追って走り始めた。


 アキラが追ってくる少年を見て半ば唖然あぜんとしている。そして大型ウェポンドッグにも十分有効だった銃弾を至近距離で被弾したのにもかかわらず、立ち上がって追ってくるほどの頑丈さから類似のものを連想する。


『……前にビルで戦った人形達の同類か? あいつら、ビルの外に出てくるんだ』


『アキラ。考察は後にして戦闘に集中して。まだまだ終わっていないわ。追加が来るわよ』


 アキラがSSB複合銃を上に向けて厳しい表情を浮かべる。道の両側のビルからティオルに似た顔の少年達が無数に飛び出していた。一見普通の四肢の個体。銃を手に持つ個体。腕自体が銃になっている個体。表面が剥がれて内部を露出させた義体のような個体。腕が3本以上ある個体。様々な形状のものが次々にアキラに襲いかかろうとしていた。


 アキラは圧縮した体感時間の中でアルファが指定した優先順位に従って照準を定めると次々に銃撃していく。撃ち落とされた個体の結果は同一ではなかった。一部は被弾箇所を四散させて機械部品の残骸を周囲にき散らした。一部ははじき飛ばされて地面に激突した後に動かなくなった。そして特に頑丈な個体は地面にたたき付けられた後も起き上がってアキラを追って走り始めた。


 ソノダ達の車はかなりひどい路面でも走行可能な荒野仕様だが、それでも細かな瓦礫がれきが散らばる地面を高速で走るのは困難だ。加えて焦って運転を誤り車を横転させてしまえば状況は致命的に悪化する。その所為で車の速度は大分遅い。人間離れした身体能力で追ってくる少年達の移動速度よりも遅い。


 ソノダ達は追いかけてくる少年達を後部扉から必死に銃撃していた。しかし少しずつ少年達との距離が狭まり、追ってくる少年達の数も増え始めていた。


 少年達が近くのビルからアキラを目指して飛び降りながら、手に持つ銃や腕型の銃を空中で構えてアキラを狙う。アルファがバイクを機敏な挙動で動かし続けて敵の照準を狂わせていく。常に激しく動き続けるバイクという最悪に近い足場の上で、アキラは限界まで意識を集中してSSB複合銃を連射し続ける。拡張された視界に表示されている優先順位に従って照準を合わせ、並のモンスターなら木っ端微塵みじんになる弾幕を敵に浴びせ続ける。


 撃ち続けられる強力な弾丸が敵の五体を粉砕し、肉片や機械部品を一帯に飛び散らせていく。強靱きょうじんな個体は着弾の衝撃により空中で体勢を崩した後に地面にたたき付けられ、一部は起き上がってアキラを追い始めた。


 バイクの後部からは無数の小型ミサイルが発射されている。一部は空中の少年を迎撃し、一部は後方から追ってくる少年達に飛びかかった。空中で、後方で、無数の爆発が起こり、爆風がアキラにも襲いかかる。アキラはその風圧で吹き飛ばされそうな体を強化服の身体能力で何とか押さえていた。


 ソノダ達を援護していたアキラが嫌なことに気付いて顔をゆがめる。


『なあアルファ。もしかしてなんだけどさ、あいつらは俺を優先して、いや、俺だけを狙ってないか?』


『その確認のために一人で残りたいという案なら却下よ』


『俺だって嫌だ』


『アキラに彼らを置いて一人で先に逃げるつもりがないのなら、今は車を優先的に狙われていないのは好都合とでも考えておきなさい』


『そうだな。了解だ』


 アキラは気を切り替えて余計な思考を追いやった。


 バイクから再び無数の小型ミサイルが上空に発射された。小型ミサイルの群れが空中に大きく弧を描き、車の後を追う少年達に襲いかかる。銃を持つ個体が統率された動きで銃口を小型ミサイルに向けて一斉に銃撃する。小型ミサイルの一部が迎撃されて空中で爆発した。


 それでも残りの小型ミサイルが少年達を吹き飛ばした。アキラはその光景を見て僅かに顔を緩めたが、すぐにまた険しい顔に戻した。吹き飛ばされた少年達の一部が起き上がってアキラの追跡を続行したのだ。


『それなりに減ったけど、まだまだ残ってるな』


『アキラ。残念だけれど小型ミサイルは今ので終わりよ』


『あれだけ持ってきたのにもう使い切ったのか。消耗品代が一部でも自費だったら恐ろしいことになってたな』


 アキラはバイクからDVTSミニガンを取り外して小型ミサイル用の大容量の自動給弾装置に取り替えていた。その残弾を使い切ったのだ。弾薬費は桁違いの額になっていた。


 アキラがSSB複合銃を背後に向けて連射する。高額高性能高威力の弾丸がミニガン並みの連射速度で消費され続けていく。空になった弾倉を取り替えて更に連射し続ける。後でキバヤシに山ほど苦情が来ようが知ったことではないと開き直り、手持ちの弾薬を使い切る勢いで撃ち続ける。


 それでも勢いを弱めているようには思えない敵の様子に、減り続ける残弾に、アキラは少しずつ焦りを強めていた。その状況の中で、アルファがアキラには聞き捨てならないことを口に出す。


『取りえず山場は抜けたわね。私は少し席を外すから、ここから先はまた自力で頑張ってちょうだい。バイクの運転を返すわ』


 アキラが僅かに体勢が崩れたバイクを慌てて自力で運転する。


『ちょっと待て!? 席を外すって何だ!?』


『ちょっとした所用よ。すぐに戻るわ』


『所用って何だ!? いや、それよりも、ここで、今か!?』


 アルファが非常に慌てているアキラに微笑ほほえみかけながら前方を指差す。


『大丈夫よ。山場は抜けたって言ったでしょう?』


 そう言い残してアルファは姿を消してしまった。アキラが慌てながら前方を見る。そこにはかなりの速度でこちらに向かってきているヤツバヤシ移動診療所の姿があった。診療所の防衛を引き受けている他のハンター達や、調査を一時中断していた調査部隊の姿も見える。


 装甲兵員輸送車を改造した移動診療所の武装が砲火を上げる。随伴のハンター達も攻撃を開始する。アキラは移動診療所と擦れ違った後、エレナ達の姿を見付けてバイクを近くに移動させた。


 エレナがアキラに気付いて軽く笑う。


「アキラ。随分大変だったようね。大丈夫?」


「え、あ、はい」


 サラがアキラの様子を気遣う。


「ソノダってハンターから物すごく切羽詰まった応戦要請が出続けていたけど、アキラが助けてきたのよね? 本当に大丈夫? 怪我けがはない? 疲れたのなら後ろで休んでいて」


「あ、いえ、怪我けがとかは大丈夫です。確かに結構疲れましたけど、まだ動けます」


「そう。無理はしないでね。折角せっかく近くにいるんだから、頼れるところは頼ってちょうだい」


 サラがそう言って優しく微笑ほほえみかけると、アキラは少し気恥ずかしそうな様子を見せた。


「あー、それなら、弾薬がちょっと心もとないので、念のため近くで戦っていても良いですか?」


 エレナが笑って快諾する。


勿論もちろんよ。久しぶりに一緒に戦いましょうか。私の情報収集機器と連携するなら調整するからこっちに来て」


「はい。お願いします」


 アキラが少しうれしそうに笑う。そして調整を済ませてエレナ達と一緒に戦った。


 診療所の防衛を引き受けた者達も、未調査領域の調査に参加した者達も、モンスターの群れに飛び込むヤツバヤシの行動や未調査領域の危険性を知っていたため弾薬を十分に用意していた。そして実力の方もその危険度を承知で依頼を受けるほど高かった。


 アキラ達を追いかけてきた個体達は、その後にやってきたウェポンドッグ達の一部と一緒に、念入りにじっくりとたたき潰された。

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