第182話 ヤツバヤシ移動診療所

 翌日。アキラが仮設基地の食堂でキバヤシに少し不満そうな顔を向けていた。


「なあ、今回の依頼、そろそろ終わっても良いんじゃないか?」


「相変わらずだな。ランク上げ用の依頼の切り上げを自分から言い出すハンターなんてお前ぐらいだぞ?」


「知るかよ」


 キバヤシが軽く苦笑する。交渉用の駆け引きではなく本心で言っていることを面白がりながら、目の前の少年を激戦地に飛ばせばもっと面白いことを期待できそうだと思いながら、一応自分の仕事の範疇はんちゅうなだめに入る。


「様子を見に顔を合わせるたびに言われているが、何度も言っているように俺にそれを決定する権限はない。まあ、本人が気乗りしていないことは上にちゃんと伝えているよ。それを上が考慮しているかどうかは知らねえけどな」


 アキラがめ息を吐く。キバヤシはその様子すら楽しんでいた。


「さて、先に伝えたように今日はお前と軽い交渉事がある。お前が半分自棄やけになって購入している所為で膨れあがった消耗品代の話だ」


 アキラが表情を一気に厳しいものに変える。


「絶対払わないからな。そこを一部でも負担しろって言うのなら依頼そのものを切り上げてくれ」


「俺が言うのも何だが、その条件の所為で遺物の買取額や汎用討伐の撃破報酬を大分割り引かれているのはお前も知っているだろう? 一部負担とかにした方が結局は手取りも増えると思うぞ? それで良いのか?」


「払わない」


 アキラは断固たる意思を示している。キバヤシはアキラの態度を見て一部自己負担での説得を諦めた。


「分かった。ランク調整用の依頼で一度そう契約したとはいえ、個人の費用にしては少々額が高すぎることを少し指摘されてな。その辺の対処をしたかっただけだ。一部自己負担が手っ取り早いんだが、そんなに嫌なら別の方法にしよう。1つ目の案だ。これからしばらく自由行動ではなくこっちの指示に従って動いてくれ。これには部隊行動も含まれる」


「何をさせる気だ?」


「まだ決めていない。まあ遺跡内で哨戒しょうかいや討伐や警備や制圧とかをすることになるはずだ。要は個人での消費としてはちょっと高すぎるお前の消耗品代を、部隊や作戦での経費に混ぜて誤魔化ごまかそうってだけだ。悪いが前にも言った通り依頼そのものは断れないんだ。これぐらいは妥協してくれ」


「2つ目の案は?」


「活動区域を制限させてもらう。高額な弾薬費でも文句の出ない場所にな。具体的には、現在整備中の大通りの先、後方連絡線確保の前線辺りだな。あの辺は人型兵器を配備して前線を維持しているんだが、人型兵器に勝ったお前なら何とかなるだろう。個人的には第2案がお勧めだ」


 キバヤシが期待に満ちた笑顔を浮かべるのと対照的に、アキラは表情を嫌そうに引きらせた。


「……3番目の案は?」


「ない。良い案があるのならそっちから提示してくれ」


「……1番目で頼む」


「了解だ。じゃあ、俺は早速その手続きをしてくる。調整が済み次第お前の端末に指示が出るから、後はその指示に従ってくれ」


 キバヤシが立ち去り際に、め息を吐いているアキラに笑って言い残す。


「第2案に変えたくなったらいつでも言ってくれ」


「気が向いたらな」


 キバヤシは吐き捨てるようなアキラの返事を聞きながら上機嫌で帰っていった。


 アルファが気乗りしない表情のアキラを見て笑っている。


『私としても、お勧めは第2案よ?』


『何でだ?』


『今後のアキラの成長のためにも、強敵との実戦経験は多い方が良いからよ』


『……勘弁してくれ』


 アキラは今回の依頼をエゾントファミリーの拠点で黒い機体と戦った映像の所為だと考えている。アキラとしてはあれはあくまでまぐれであり、偶然の産物だと評価してほしいのだ。アルファのサポートを存分に得た状態を自分の実力の基準にしてほしくはなかった。


 アキラも修練に手を抜くつもりはない。だがアルファのサポートがなければ生き残れない死地に好き好んで向かうつもりもない。今回の依頼も自分の実力を客観的に判断するためにも、アルファのサポートを受けていない状態での実力、自力での実力相応のハンターランクまで上がればそれで良いと考えている。それを狂わせる要素は避けておきたいのが本音だった。


 今まで何度も起きた不測の事態は、アキラの事情など全く考慮しない。アキラにはその自覚がまだまだ足りていなかった。




 アキラがクズスハラ街遺跡の中をバイクで移動している。日を置いて再び仮設基地に来た直後に端末に届いた指示には、診療所の防衛という簡潔な内容とその場所が記載されていた。指定された場所は遺跡の中だった。


 地下街の時のように廃ビルの中に仮設の診療所を作成したのだろう。アキラも初めはそう思っていた。だが端末の地図に表示されている診療所の位置は道路の上で、しかも現場についてもそれらしいものがない。怪訝けげんに思いながら場所を再確認すると、診療所の反応が地図の上を移動していた。アキラは移動し続けているその反応を追っていた。


 アキラが途中で遭遇したモンスター達を撃破しながらようやく反応の位置に追い付くと、大分前線寄りの道路の上に白い大型車両がまっていた。かなり大型の装甲兵員輸送車で、後方の扉が大きく開けられている。バイクから降りて中を見ると、ヤツバヤシがベッドに横たわっているハンターを治療していた。


「軽傷ならちょっと待ってろ。重傷でも待ってろ。割り込みが要るぐらいに急患なら、治療費割増しで受け付けてるぞ」


「いや、俺は依頼で診療所の防衛に来たんだけど、ここで良いんだよな?」


 怪しげな器具を持つヤツバヤシが治療の手を止めて顔をアキラの方に向ける。そしてどこか胡散うさん臭い笑顔を見せた。


「お前か。ヤツバヤシ移動診療所クズスハラ街遺跡支店へようこそ」


 ハンターの治療が終わり、ヤツバヤシが血まみれの服をハンターの男に渡す。


「終わったぞ。そのままベッドで寝ていても良いが、ベッド代は別途分単位で請求するからな」


「……分単位かよ。いてるんだから良いじゃねえか」


「駄目だ。急患時には邪魔なやつを退かす手間だって惜しいんだぞ? それでも寝たければ相応の金を出してもらわないとな」


「……分かったよ」


 男は負傷による疲労から緩慢な動作でベッドから降りると、血まみれの服を着て車外に降りていき、近くで腰を落として休息を取り始めた。


 アキラが不思議そうにヤツバヤシに尋ねる。


「あいつを仮設基地まで運んだりしないのか?」


「本人がそれを希望して、俺がそれを受け付ければな。当然別料金だ。言っておくが、勝手に運んだりするなよ? いや、絶対にするなって訳じゃないが、その場合は運搬費をお前が負担したことになる。気を付けないと後で請求が来るぞ」


「俺が運んで、その運搬費を俺が支払うのか?」


 強めの困惑を表に出しているアキラに、ヤツバヤシが当然のように答える。


「そうだ。診療所防衛依頼の一環としてやったことになるからな。それに防衛要員が怪我けが人を運んでいる間は、その分だけ診療所の防衛が手薄になるんだ。多少の割増しぐらい当然だろう?」


 アキラはあきれとも納得とも思える表情を浮かべている。


「随分面倒臭いんだな」


「世の中そんなものだ」


 ヤツバヤシは治療器具の整備をしながら割り切った様子を見せていた。




 アキラ達の仕事は主に移動診療所の周辺の警備だ。ただしヤツバヤシが患者のいない時に応援要請の反応を見付けると診療所をその近くに移動させるため、通常の警備とは大分異なっていた。応援要請が来る程度にモンスターの多い区域に診療所ごと入っていき、診療所を守りながら周辺の敵を排除しつつ、負傷者がいれば診療所まで連れてくるのだ。


 アキラは運悪くモンスターの群れと交戦する羽目になったハンター達を救出すると、負傷者をヤツバヤシの前まで運んだ。重傷で自力での移動も困難だが、事前に緊急時でも意識をたもてる処置をしていたのか、男の意識ははっきりしていた。


 その男が出血で血の気の引いた顔で、別の意味でも血の気の引いた顔でヤツバヤシに文句を言っている。


「おいおいおい! 流石さすがにこの治療費はねえだろう!? 荒野料金だからってこれはねえよ!」


 ヤツバヤシがすごむ男に笑って返す。


「荒野料金かつ遺跡内料金だからな。危険手当ってやつでその分割増しになってるんだよ。無理にとは言わない。嫌なら仮設基地の診療所まで自力で行くって手もあるぞ?」


「あ、足下見やがって……」


 男は死地から命辛々逃げ出してきたのだ。治療も受けずに自力で仮設基地まで戻る気力などない。しかし高額の治療費で財産を吹っ飛ばしてしまえば今後のハンター稼業に差し支えが出る。


 命に代えられない。だがその後の貧窮は、借金地獄は、時に死に勝る。それを知っている男が悩んでいると、ヤツバヤシが少し優しげな、しかしどことなく胡散うさん臭い笑みで、緑色の液体の入った容器を取り出した。


「まあ、気持ちは分かる。だが高額な治療薬を使えば治療費も高額になるんだ。そこでだ! 俺が作成したこの治療薬で代用すれば、同様の効果で治療費は10分の1にまで下がるぞ! こっちを使わないか?」


 男が僅かに発光している緑色の液体を見て顔を引きらせる。だが治療費9割引きという破格の安さが、今後のハンター稼業への影響を、特に資金面への影響を著しく軽減させることに間違いはない。曲がり形にも仮設基地関連の依頼に絡める医者なのだ。やぶ医者ではない。男は迷った末に決断した。


「……全額払うから普通に治療してくれ」


 ヤツバヤシが少し下手に出る。


「……俺の治療薬を使うのなら、仮設基地までの輸送費を俺が負担しても良いぞ?」


「いいから、普通に治療してくれ」


 ヤツバヤシが軽く舌打ちして通常の治療の準備を始める。そしてアキラに軽く愚痴を吐く。


「全く、どいつもこいつも。お前も使ったけど全く問題なかっただろう? 大丈夫だよな?」


「いや、俺に同意を求められても」


「お前もか。折角せっかく安価で高性能な薬を開発したっていうのに、迷信まがいの拒否感で使用を忌諱きいしたら無意味だろう。本当に世の中ままならないな」


 嘆きながら負傷者の治療を続けているヤツバヤシを見て、アキラはその意見に一定の理解を示しながらも、発光する緑色の液体を体内に入れるのを躊躇ためらう男の気持ちも分かるので、それ以上の言葉を避けた。




 ヤツバヤシ移動診療所の場所は仮設基地で貸し出されている端末で確認できる。そのため診療所周辺には、仮設基地の診療所に運んでは間に合わない重傷者の他にも、少々手強てごわいモンスターに襲われた者達が追加戦力を求めて逃げ込んでくることもある。場合によってはモンスターも一緒に連れてくる。アキラ達防衛要員は途中で何度か人員を交換しながらそれらに対処していた。


 ヤツバヤシは治療を求める負傷者がいる限りは、それらの者達が追加で来る気配がある限りは、むやみに診療所の場所を変更しない。そして診療所はしばらく同じ場所にとどまっていた。車両内部からヤツバヤシと負傷者の治療費を巡る言い争いが漏れ続けていた。


 アキラが少し不思議そうにしている。


『アルファ。診療所の場所をしばらく移していないけど、どうしてだと思う?』


『この辺りはもう前線に大分近いわ。モンスターもその分だけ強力で、怪我けが人が出る可能性も高くなるから、これ以上移動する必要もないと思っているのかもね』


『それなら初めからここに来れば良かったのに』


『私に聞かれても困るわ。気になるなら本人に聞いてきなさい』


 それもそうだ。アキラはそう思いながらも態々わざわざ聞きに行こうと思うほどの興味もなかったので、そのまま周囲の警備を続けた。そして日も暮れ始めた頃に一応ヤツバヤシから許可を取って本日のハンター稼業を終えた。




 アキラはゆっくり風呂にかって疲れを癒やしながら、今日の戦闘を思い返していた。


『何というか、消耗品代が高すぎるってのが問題で自由行動から外されたのに、あれだとむしろ消費が加速してもっと高くなる気がするんだけど、良いのかな?』


 アキラが今日消費した弾薬は以前よりむしろ増えていた。ヤツバヤシが診療所ごと危険地域に突入していた所為で、アキラが自由に行動している時より敵と遭遇する機会が増えたからだ。


 アルファは浴槽のふちに座って脚を組みながら、足先で湯を弄ぶように足指を動かしていた。


『気にすることはないわ。診療所の防衛を指定したのはキバヤシ側なのだからね。それに、あれはただの口実かもしれないしね』


『口実?』


『そう。アキラをより高難度な地域で動かすための口実。上から高額の消耗品代を問題視されたことは事実だったのかもしれないわ。でもまだそこまで大きな問題ではなかったのかもしれない。でも口実には十分。キバヤシの意図はアキラを第2案、前線での活動に近づけたかっただけかもね。診療所の場所も結構前線よりの位置で、最近のアキラの活動場所よりは激戦区に近いわ。アキラの無理無茶むちゃ無謀を期待して、理由を付けて前線に近づけようとしているだけかもしれないわ』


『そうだとしたら、られたってことか……』


 アルファが組んでいた脚を少し大きな動きで戻した。アキラの視線が視界内で大きく動いたものに無意識に移る。アルファはそのままアキラに見上げられながら浴槽のふちに立った。


 アルファは不思議そうにしているアキラに軽く微笑ほほえむと、高飛び込みのように綺麗きれいな姿勢で跳躍して空中で一回転する。そして裸体を一直線に伸ばして湯船に溶け込むように飛び込んだ。


 アルファが非常に深いプールの底から戻ってきたように少し間を空けてからアキラの横に上がってくる。アキラはアルファの一連の動作に見れるような美しさを感じはしたが、感想としてはあきれの方が大きかった。


『何がやりたかったんだ? 俺の風呂場はプールじゃないし、底もそんなに深くないぞ?』


『最近私の裸体に向けるアキラの態度というか評価というか注目というか、そういうものが大分下がっている気がしたから、別方向の美しさでも付け加えてみようと思って。どうだった?』


『どうでもいい』


『この美貌と裸体に対して相変わらず辛辣な評価ね。全く、アキラは本当に贅沢ぜいたく者だわ』


 アルファはあきれを強めたアキラに楽しげな笑顔を向けた。その裏で、まだ早い、とある事情に対して評価を下した。


 アルファが風呂に飛び込んだ時、アキラは着水するアルファを避けるように、直撃時の危険を回避するために、無意識に反射的に体を動かしていた。そしてその動きには、本人の反応によるもの以外のものがごく僅かに混ざっていた。




 ヤツバヤシが仮設基地の駐車場にまっている移動診療所の中でデータ解析作業を続けている。


 このデータは都市が後方連絡路関連の依頼で討伐実績などを計算するために使用するものだ。都市によって遺跡内に設置された無数の情報収集機器。ハンターに貸し出されている端末。車両などに積まれている索敵装置。それらが取得した膨大な量の生データだ。


 ヤツバヤシは自身の伝を使用してそのデータの読み取り許可を得ていた。そしてそのデータからティオルの痕跡を追っていた。スラム街の診療所まで届く通信機が壊れたとしても、埋め込んだナノマシンが発する微量な波のようなものを検知するのは、ヤツバヤシの技術をもってすれば非常に困難ではあるが不可能ではなかった。最近多発している人型モンスターによる被害状況なども合わせて綿密に調査と計算を続けていた。


 ヤツバヤシが移動診療所を開設している本当の目的は、疑われずにティオルを探し出すことだ。応援要請が多発する場所に駆け付けているのも、多額の治療費を請求しているのも、それを誤魔化ごまかすためのものだ。


 ヤツバヤシがその解析結果を鋭い目で見ている。


「……恐らくこの線の向こう側を基準にしている。……すると、ここか?」


 表示装置に表示されている遺跡内の地図には、ティオルの痕跡らしいものと一緒に大きな線が記されていた。後方連絡路として利用されている大通りにある十字路、その分岐の一方の先を遮るように線が引かれている。


 その分岐の先は都市側には未知の領域であり、その更に先にはツバキハラビルが存在していた。




 アキラが再びヤツバヤシの移動診療所の防衛作業に向かっている。遺跡の中をバイクで移動しながら、診療所の場所を端末で確認して僅かに顔をしかめる。


『結構奥だな。ここの十字路を曲がった先か』


 アルファが少し挑発的な微笑ほほえみを浮かべて前方を指差す。


『真っぐ進めば後方連絡路確保の前線よ。ちょっと寄り道して少し様子を見てみる?』


『嫌だ』


『顔をしかめるほど診療所の防衛が嫌なら、少し覚悟を決めて前線で成果を稼ぐのも悪くないと思うわよ? 高価な弾丸を採算度外視で乱射できる機会もいつまで続くか分からないしね。今のうちに奥部の難度の感触をつかんでおくのも良いと思うわ』


『嫌だ。人型兵器を配備して前線を維持している場所になんて、ちょっと寄り道していく場所じゃない。無理はしないってシズカさんとも約束したしな』


『そう。まあ、無理にとは言わないわ』


 アルファはアキラに軽い死地への寄り道を勧めたことを気にした様子もなく微笑ほほえんでいた。


 アキラが軽くめ息を吐く。


(多分雑魚ばっかりと戦っていないで、多少苦戦するぐらいには強い敵と戦ってもっと強くなれって催促してるんだろうな。前に俺の実力を確認する良い機会だとか言っていたしな。……アルファが求める基準にはまだまだ遠いか。自力であの機械系モンスターを撃破しろとか言っていたしな)


 研鑽けんさんに手を抜いているつもりはない。しかし手足が千切れるような訓練も御免だ。だからと言って、瀬戸際の実戦を進んで飛び込んで死をくぐり抜けたいとも思わない。それが最短で強くなる道だと示されても、人型兵器と同格のようなモンスターと戦うのは気が進まない。アルファの依頼を達成するために、約束を守るために、努力を欠かしていないと思ってはいるが、限度というものはあるのだ。


 アキラは複雑な胸中を苦笑ににじませながら十字路を曲がって先に進んだ。


 アキラは気付いていない。アキラの不運を軽んじていないと告げたアルファが、それでも前線方面での戦闘を勧めた理由は別にある。


 そして、この場で多少無理強いしてでもアキラが診療所方面へ進むのを止めなかった時点で、アルファはアキラの不運をまだまだ軽んじていた。




 診療所に到着したアキラが周囲を見て少し驚いている。診療所の周囲には多数のハンターの姿が見える。しかし怪我けが人を運んできた者達のようには見えない。だが診療所の防衛にしても少々多い。


 そのハンター達の中にはエレナ達の姿もあった。アキラがエレナ達に気付くと、エレナ達もアキラに気付いて笑って軽く手を振った。


 周囲のハンター達はこの道に沿った地域の調査部隊だった。アキラはエレナからその話を聞いて少し意外そうな表情を浮かべている。


「後方連絡路の確保って、ひたすら遺跡の奥を目指して進んでいると思っていたんですけど、ちょっと違うんですね」


「アキラの考えも間違ってはいないわ。でも都市が遺跡奥部に続く道を整えるのは、そもそも奥部にある旧世界の遺物や施設を手に入れるためなの。だからある程度道が伸びたらその周辺の調査をして、どの程度稼げそうなのかをざっとでも調べておくのよ。事前情報全く無しでは二の足を踏むハンターも多いから、その呼び水のための調査でもあるわ。高難度でも稼げそうだと言う調査結果が出れば、都市側も更なる予算を計上しやすくなるし、稼ぐために活動地域をもっと東側に移したハンターを呼び込みやすくなるからね」


 当然だがその調査に向かう者は事前情報無しの危険区域に入らなければならない。サラの胸が防護服からはち切れんばかりに豊満になっているのは、その危険への対処のためでもある。予備のナノマシンを限界まで詰め込んでいるのだ。サラはその自慢の胸をアキラの視界に押し出しながら少し楽しげに微笑ほほえんでいた。相手の視線の動きぐらいは分かるのだ。


「アキラも別口で調査に参加しに来たと思っていたんだけど、違うみたいね。偶然ここに来ただけなら、良かったら一緒にどう? 調査自体はエレナの仕事だから、私と一緒にエレナを護衛するのがアキラの仕事になるけれど、注意深く進むつもりだし、何かあればすぐに撤退するつもりだから、安全な割には結構稼げるわよ?」


 アキラが少し申し訳なさそうな態度を見せる。


「……すみません。誘っていただいたのはうれしいんですけど、俺は診療所の防衛要員としてきたのでちょっと無理です」


「あれ? アキラの依頼ってその辺は結構好き勝手にできるとか言ってなかったっけ?」


「キバヤシって依頼の交渉相手と話したんですが、俺が弾薬を使いすぎた所為で、消耗品代を別の作戦の経費に混ぜて誤魔化ごまかす必要が出てきたとか。それで今は診療所の防衛要員です」


「そうなの? 残念ね。まあ、ランク上げとはいえ、弾薬費無料にも限度はあるってことか」


 残念そうなサラの隣で、エレナが少し思案する。


「……少し交渉すれば調査部隊側の経費に移せそうな気もするけれど、まあ今すぐには無理ね。残念だけどここは諦めましょうか。そろそろ調査範囲の調整とかの話があるから私達はもう行くわ。アキラも頑張ってね」


「はい。あ、調査中に何かあったら連絡してください。診療所の周辺の応援要請に駆け付けるのも俺の仕事の内ですから」


「その時はお願いね。じゃあね」


「アキラ。またね」


 アキラは軽く手を振って去っていくエレナ達を少し機嫌の良い様子で見送った。


 アルファは普段と変わらない微笑ほほえみの裏で懸念を抱いていた。アルファにとってアキラの優先順を左右する要素がこの場にいるのは望ましくない。特に、この少々微妙な場所では尚更なおさらに。


『アキラ。エレナ達の様子を勝手に見に行くとかは止めてちょうだいね』


『ん? 分かった』


『……随分聞き分けが良いわね?』


『先に受けた依頼をないがしろにする気はない。さっきもちゃんと断っただろう?』


『それは良いことだわ』


 アルファはうれしそうに微笑ほほえんだ。それがアキラの本心であると理解しているからだ。しかし同時に、その本心が何をどこまで保証するか未知数であることも理解していた。口に出した約束が常に守られるのならば、アルファはここまで試行を続けてなどいない。


 その後、アキラが警戒は怠らずに、だが少し暇そうな様子で診療所周辺の警備を続けていた。調査部隊が周囲のモンスターを倒しながら調査範囲を進めているおかげで、診療所周辺まで近寄ってくるモンスターが減少している。そのため診療所の周囲をバイクで移動しながら情報収集機器で索敵を続けてもモンスターの反応はほとんどなかった。


 ここまで楽な状態が続くとアルファから再び前線行きを催促され兼ねない。又は今後の訓練が非常に厳しくなり兼ねない。アキラはそのような別方向の不安を少し抱きながら警備を続けていた。

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