第120話 面倒事

 戻ってきたアキラ達から話を聞いて状況を把握したシカラベが、少し落胆気味な表情で軽くめ息を吐く。指定の場所を捜索した実績により一応依頼を達成したことになる。だが救出対象を連れ帰った場合に比べれば微々たる額だ。


 シカラベとしては組織のしがらみで足手まといを連れていく羽目になり、その上で初回の依頼からかんばしくない結果に終わったことになる。内心に湧いた徒労感をめ息とともに吐き出してから話す。


「最初の依頼から空振りか。幸先さいさきが悪いな。それで、次はどうするんだ?」


 エレナが答える。


「弾薬等の消耗も少ないし、このまま次の依頼場所に向かうつもりよ。私達がいない間にシカラベ達の方で予想外の消耗が有ったのなら戻る必要があるけど」


 シカラベがトガミをちらっと見る。どうせすぐにごちゃごちゃ言い出すだろう。そう思っていたのだが、その予想に反してトガミは真面目に周囲の警戒を続けていた。


 エレナ達が戻ってくるまでトガミの随分な変わり様をずっといぶかしんでいたのだが、結局何事もなく終わった。シカラベが少し調子を狂わされている様子で答える。


「問題ない。こっちは突っ立っているだけで終わった」


 エレナはシカラベの表情を見て、何もなかった、とは思えなかったが、依頼の続行に支障はないと判断する。


「そう。それならすぐに次の目的地に向かいましょう」


「……ん? ちょっと待ってくれ。ハンターオフィスから通知が来た。確認する」


 シカラベの情報端末宛てにハンターオフィスから通知が届いていた。それに気付いたシカラベが情報端末を取り出して通知内容を確認しようとする。


 ほぼ同時にトガミにもハンターオフィスから通知が届く。少し遅れてエレナとサラにも通知が届く。サラが情報端末を取り出して通知の内容を確認しようとしながらアキラに話す。


「私達にもオフィスから通知が来たみたいね。アキラ。私達も内容を確認したいからちょっと待っていてね」


「分かりました」


 通知を受けた者達が各自の情報端末で内容を確認している。その表情が少しずつ変化していく。


 エレナとサラは面倒事に巻き込まれたという表情を浮かべている。トガミはどことなく降って湧いた好機に意気揚々と臨むような覚悟と決意の表情を浮かべている。そしてシカラベは、焦りを含む非常に不機嫌な表情を浮かべていた。


 エレナとサラが何やら相談を始める。シカラベは情報端末で誰かに通話をつなぎ、不機嫌な口調で誰かと何らかの交渉を始める。トガミは黙ってシカラベの交渉が終わるのを待っている。


 エレナ宛てに通話要求が届く。エレナはサラと相談するのを止めて険しい表情で通話要求を受けると、その誰かと不機嫌な様子で話し始めた。


 アキラが僅かに表情を険しくさせながらアルファに尋ねる。


『アルファ。何が起こっているか分かるか?』


『分からないわ。取りあえず、好ましい事態ではないように見えるけれどね』


『だよなぁ……』


 アキラが様子をうかがっていると、エレナが珍しく苛立いらだち始めた。


「……詳しい話は後で。……そうよ。……私達が今どこにいるかぐらいそっちも把握しているんでしょ!? いつ状況が変わってモンスターの群れに襲われてもおかしくないのよ!? 移動時間ぐらい待ちなさい! 私達を殺す気!?」


 エレナが通話を切ってシカラベに指示を出す。


「シカラベ。一度戻るわ」


 シカラベは話しながらエレナに視線を移すと、軽くうなずいて了解の意思を伝える。そして情報端末越しに誰かと話しながら、手でトガミに車に乗り込むように指示を出して、話を続けながら車に戻っていった。


 不機嫌を隠していない表情のエレナが、少し驚いた表情を浮かべて自分を見ているアキラに気付いた。エレナは気を落ち着かせるように軽く呼吸した後で、アキラに少し申し訳なさそうに話す。


「アキラ。御免なさい。説明は後で良いかしら。今からハンターオフィスの出張所まで戻るわ。その後で」


「構いません。急いで戻った方が良いですか?」


「大丈夫よ。焦らず普通に戻りましょう。……そこまでする義理もないわ」


 エレナは最後につぶやくような小声でそう付け加えて自分の車に戻っていく。サラが苦笑しながらエレナの後に続いた。


 アキラは何となくキャロルを見る。キャロルの表情は余裕と落ち着きを保っている。状況に追いついていないアキラと異なり、何となく事態を把握しているのかもしれない。


 アキラがキャロルに尋ねる。


「キャロルはシカラベ達やエレナさん達に届いた通知の内容について何か知っていたりするのか?」


「知らないわ。でも全く見当が付かないってわけでもないけどね。一応昨日もミハゾノ街遺跡関連の情報収集をして、私もある程度の情報はつかんでいるわ」


「どんな内容なんだ?」


「下手に推測するより後で当事者に聞いた方が早いわ。そんなことより、ほら、そろそろ急がないと置いていかれるわよ?」


「おっと」


 キャロルにかされてアキラは急いで車に戻った。キャロルもすぐに後に続いた。


 キャロルがアキラの様子を見て思案する。


(普通なら、ハンターがアキラぐらいの実力を身に着ければ、その過程である程度のハンター稼業の情報収集能力が身につくものなのよね。でもアキラは、そっちの方面の実力はほとんど素人か。……そっちの方面から付け込めるかしら?)


 キャロルは昨日と今日のアキラの様子から、アキラがエレナとサラを魅力的な異性としてしっかり認識していることに気付いていた。


 色気より食い気。アキラはキャロルにそう言っていたが、アキラも色気にまるで興味がないわけではない。それを確認できただけでもキャロルにとっては十分な収穫だ。


 キャロルはそれを踏まえて、アキラがしっかり異性として認識している女性であるエレナとサラを自身と比較していた。2人とも十分魅力的に見えるが、自分に負けている箇所があるとは思わない。むしろ大金を費やして自身の肉体を磨き上げているので、少なくとも異性からの評価に関しては勝っていると考えている。


 勿論そのような評価には個人の趣味が大きく関わってくる。しかしあれほどの態度の差を生み出すほどに、自分とエレナ達に明確で絶対的な差があるとは思えない。アキラに極めて幅の狭い特異な嗜好しこうでもあれば別だが、少なくともキャロルは自身の経験からアキラにそのようなものが有るとは思えなかった。


 アキラが女性を異性として強く認識するには恐らく何らかの条件がある。キャロルはそう判断していた。そのような何かがなければ、アキラがあそこまで自分に対して無反応なのは不自然だ。キャロルにそう判断させたのは、キャロルの自らの美貌と身体に対する自信の表れでもある。


 しかしキャロルにはその何かが分からない。ならばそれを探る手段か、別の付け込む手段を用意する必要がある。アキラのハンターとしての戦闘能力は申し分ない。その反面、ハンターとしての知識はかなりお粗末だ。キャロルがその辺りの知識を提供することで、アキラとの仲をより深められるだろう。より仲を深めれば、アキラが異性を意識する条件も探りやすくなるはずだ。キャロルはそう考えた。


(ま、焦る必要なんかないわ。ゆっくりやりましょう)


 車の運転をしているアキラの隣で、キャロルは今後の展望を思案しながらニヤッと笑った。




 アキラ達はミハゾノ街遺跡のハンターオフィスの出張所の近くまで何事もなく帰還した。モンスターとの交戦も一度もなかった。機械系モンスター達の反応はあったが、全てアキラ達を素通りさせた。増援を呼び寄せて帰り道に襲ってくるかもしれない。そう考えて警戒していたアキラは少々拍子抜けだった。


 アキラ達が車から降りると、到着を待っていたらしいハンターオフィスの職員やドランカムの人員がすぐにアキラ達に気が付いた。それに気付いたエレナが少し不機嫌気味なめ息を吐く。


 エレナがこれからすることは彼らとの交渉だ。しかも彼らがここで待っていたことを考えると、エレナがアキラ達に状況を説明する時間も無いようだ。


 エレナがキャロルを見て彼女の交渉能力を思い出す。少し考えてアキラに尋ねる。


「アキラ。キャロルを少し借りても良いかしら? この後ちょっとした、いえ、面倒な交渉があるのよ」


「俺は構いませんが……」


 アキラはそう言ってキャロルの様子をうかがう。案内役として雇ったはずなのに、戦闘に参加させ、面倒な交渉にまで参加させる。アキラの感覚では、何となくだが当初の仕事の範疇はんちゅうを超えている気がする。嫌がっても不思議はない。


 しかしキャロルがあっさり答える。


「良いわよ」


 アキラがかなり意外そうに尋ねる。


「良いのか?」


「ええ。アキラに雇われているわけだしね。その程度なら気軽に言ってちょうだい」


 アキラが軽く頭を下げて礼を言う。


「そうか。……ありがとう」


「良いのよ。気にしないで」


 キャロルは何でもないような素振りで微笑ほほえみながら、アキラの微妙な態度の違いを感じ取っていた。


 エレナがアキラとサラに指示を出す。


「それじゃあ、私達はちょっと別行動を取るわね。サラ。アキラに状況の説明をしておいて」


「分かったわ。そっちの方はお願いね」


 エレナとキャロルとシカラベがハンターオフィスの出張所の中に向かう。シカラベが去り際にトガミに指示を出す。


「トガミ! お前は俺の車をドランカムの簡易拠点まで運んでおけ! その後は向こうで指示を受けろ!」


 トガミが慌てて答える。


「ちょっと待て! 俺の扱いはどうなっているんだ!?」


「知るか!」


 シカラベは不機嫌に声を荒らげて話を打ち切った。トガミは不服そうに表情をゆがめたが、渋々と車に乗り込むとシカラベの指示通りに車を移動させていった。


 アキラとサラも車を邪魔にならない場所まで移動させる。アキラが車から降りて伸びをしていると、サラがアキラの隣に来る。


 アキラがサラに尋ねる。


「それで、何があったんですか? エレナさんもシカラベも結構機嫌が悪くなっていましたけど」


 サラが少し言いづらそうに話す。


「ちょっといろいろあってね。と言っても、シカラベの方の事情は私にも分からないけど。ただ、その原因の元となった内容は、私達と同じでしょうけどね」


「ハンターオフィスからの通知ですよね?」


「そう。内容自体はハンターオフィスからたまに来るちょっとした厄介ごと、その程度の話なんだけど、まあ、いろいろあるのよ。あ、その通知の内容なんだけど……」


「話しにくい内容なら無理には聞きません」


「ああ、大丈夫。通知の内容自体は大したことじゃないの。エレナにも説明しておくように頼まれたし、むしろしっかり聞いてちょうだい」


「分かりました」


「それで、その内容なんだけれど、要は今回のミハゾノ街遺跡の異変に関する調査の協力要請なのよ」


 サラがアキラにハンターオフィスからの通知の内容の説明を始めた。話を聞いているアキラの表情が険しくなっていく。


「……セランタルビルへの部隊派遣、ですか」


「そう。名目はいろいろよ。詳しい内容までは分からないけどね。今回のミハゾノ街遺跡の異変の原因を調査するためとか、ビルに取り残されている人員の救出だとか、今回の件を契機にビル全体を制圧するとか、確定情報なのか誰かの推察なのか情報が錯綜さくそうしているらしいけど、部隊の派遣そのものは決定しているらしいわ。結構大規模な部隊になるみたいね」


 アキラがセランタルビル内での戦闘を思い出して険しい表情を浮かべる。


「その、えっと、断るのは難しいんですか?」


「まあ、強制って訳じゃないんだけど、難しいわ」


 クガマヤマ都市は派遣部隊の質を高めるために、そして顧客である防壁内の住人を納得させるために、賞金首討伐を成功させたハンター達に依頼を出していた。


 少し前のクズスハラ街遺跡からのモンスター襲撃。そして今回のミハゾノ街遺跡の異変。不安を覚えた住人は多いようだ。しかし事態の解決のために都市の防衛隊を派遣するわけにはいかない。万一の事態に備えた都市の防衛力を維持するためにも、顧客の不安をあおらないためにも難しい。


 賞金首討伐は防壁の内側の人間にも多少話題になっていた。賞金が懸かるほど強力なモンスターを撃破した優秀なハンターを派遣するという話は、顧客の不安を和らげるのに役立つのだろう。更に部隊の質の向上も見込める。都市側としては一石二鳥だ。


 そのため、部隊への参加依頼は強制ではないものの、半強制、下手に断ると面倒事に発展する性質を持っていたのだ。都市側も顧客に賞金首を討伐したハンターでさえ断るほど事態が悪化しているとは言いにくいのだろう。依頼を出したハンター達にかなり強い文言で参加を促していた。


 都市に目を付けられているなどという評判が広まれば、その都市で経済活動をしている様々な企業もその評判を基に対処せざるを得ない。最悪の場合、遺物の売却や弾薬の補充すらままならなくなり、別の都市への移住を検討しなければならなくなる。


 それらの不利益を許容して覚悟を決めて断るハンターはまれだ。大抵は相応の報酬を提示されて依頼を引き受ける。都市側も断られる可能性がそれほど高いのならそもそも依頼を出さない。有能なハンターが都市から出て行くのは都市側にも痛手だからだ。


 サラはそれらの事情を、アキラが知らなそうな背景等も含めていろいろ説明した。


「まあ、そういう訳で、エレナは結構面倒な依頼の交渉をしているのよ」


 アキラはサラの説明を聞いてある程度納得したが、一部疑問に思ったことをサラに尋ねる。


「そうだったんですか。……でも、エレナさんがあそこまで機嫌を悪くするなんて、提示された報酬がそんなにひどい内容だったんですか?」


 サラが少し口籠もりながら答える。


「……それは、あれよ。いや、報酬は相応の額だったわ。エレナもいろいろ交渉してもっと好条件にするでしょうから、その点の不満は私にはないし、エレナにもないと思うわ。……ただ、その、あれよ。ほら、私達が受けていた依頼に横から割り込まれる形になったわけだし、しかもそれは非常に断りにくい性質の依頼で、更にいつモンスターに襲われるか分からない危険な遺跡の中でその交渉が始まったわけでしょう? そういうのが積もって、エレナもちょっと平静を欠いたのだと思うわ」


「そういわれれば、確かにそうですね」


 エレナも人間だ。機嫌を悪くすることもあるだろう。他の依頼を受けている最中に別の依頼に横から割り込まれると、その後の予定も狂うし準備もままならないかもしれない。少し驚くほどにエレナが声を荒らげさせたのも、部隊のリーダーとしての責任感からかもしれない。アキラはそう思ってそれで納得した。


 サラはアキラが納得した様子を見せたことで、安心しつつも蒸し返される前に話題を別のものに変える。


「そういえば、アキラには通知が届いていなかったわね。シカラベと一緒に賞金首討伐に参加したんじゃなかったの?」


 今度はアキラが少し口籠もりながら答える。


「あ、えっと、ですね、守秘義務のようなものがありますので」


「それなら無理には聞かないわ。少し気になっただけだしね。アキラが活躍したのならどんな内容だったのか、ちょっと聞きたかっただけよ」


「大したことはしていません。報酬も割に合ったかどうかは微妙でした」


 その程度なら問題ないだろう。アキラはそう考えてそれだけ答えた。


 サラは黙って少しだけ何かを考えているような表情を浮かべていたが、何かに気付いたような表情を浮かべた後、軽く笑いながらアキラに話す。


「ああ、シカラベからハンターオフィスを介さない依頼を受けて、火力の底上げのために賞金首討伐の補助要員として雇われたのね。それでシカラベに同行して賞金首の討伐に成功したのね」


 アキラが吹き出した。サラにそのものずばりを言い当てられたからだ。驚きの表情でサラを見ると、サラが楽しげに笑っていた。驚きながらサラに尋ねる。


「……あれだけで、分かるものなんですか?」


 サラは楽しそうにアキラの問いに答える。


「報酬が微妙だってことは、最低でも報酬は支払われたってこと。つまりアキラは依頼を受けたってこと。シカラベがあの時にアキラに頼む依頼は、賞金首討伐に関連する依頼だけ。ハンターオフィスからアキラに今回の依頼が届いていないってことは、その時の依頼はハンター間のものでハンターオフィスを介していない。シカラベがわざわざアキラを雇ったのなら、最低限の戦力になることは期待していたはず。だから単純な輸送要員等としてアキラを雇ったわけではない。大したことはしていないってことは、賞金首討伐の主力はシカラベ達。アキラはシカラベ達の補助として、おとりをしたり賞金首相手でも通用する使い捨ての武器で攻撃したりしていた。報酬が微妙だったってことは、少なくとも極端に低い額ではなかったはず。シカラベも賞金首討伐に成功しないとそれだけの報酬を払ったりはしないはず。だからアキラが一緒にいる時に賞金首討伐に成功した。……正解かどうかは言っちゃ駄目よ? 多分守秘義務に引っかかるわ」


 アキラが少し項垂うなだれて答える。


「……もう黙っていることにします」


「アキラの車、シズカから買った車とは別の車種に見えるけど、若しかしてそれがシカラベからの報酬なの? 私も車の相場に詳しいわけじゃないけど、結構高いやつよね。それをもらっても微妙な報酬ってことは、アキラ、相当苦労したみたいね」


「黙秘します」


「アキラは正直者ね」


 少しねたような態度を取るアキラを見て、サラが楽しげに軽く笑った。


 サラが気を取り直して再び話題を変える。


「ごめんなさい。悪かったわ。ところで、一応言っておくけれど、都市からの依頼を断れないのは私とエレナであって、アキラは関係ないわ。そもそもアキラには依頼が来ていないのだしね。セランタルビルで大変な目に遭ったんでしょう? だから気乗りしないのなら無理に私達に付き合う必要なんかないわよ? 当初の予定、私達がアキラを誘った時の予定とは随分違う状況になっているしね」


 アキラが表情を戻してすぐに答える。


「いえ、サラさん達さえよければこの後も同行させてもらおうと思っています」


 確かにサラとエレナが考える当初の予定とは大分状況が変わってきている。しかしアキラが考える当初の予定からは全く変わっていない。アキラは初めからエレナ達を助けるためにミハゾノ街遺跡まで来たのだ。


 サラが念を押すように聞き返す。


「私としては大歓迎だけど、本当に良いの?」


「はい」


 サラは少しだけ表情を真剣なものに変えてアキラに尋ねる。


「……それはもうかりそうだから? 確かに危険だけど、それだけ稼げそうだから?」


「えっ? ああ、はい。そんな感じです。もっと良い装備も欲しいし、まだまだ金に困っているので」


 アキラは一瞬不意を突かれたような表情をしたものの、すぐにサラに合わせてそう答えた。


 サラは少し間を開けた後、笑って答える。


「……そう。分かったわ。でも、無理はしちゃ駄目よ?」


「分かりました」


 アキラは素直に答えた。


 サラはアキラの返事を聞きながら思う。


(……うそが下手ね。いや、誤魔化ごまかすのが下手なのかしら?)


 やはりアキラは金のために自分達の誘いに乗ったわけではない。サラはそう確信した。


 そして恐らくアキラは自分達を助けるためにここにいる。それはサラの予想、願望に近いものにすぎないが、それを否定する材料も今のところはない。


 アキラは自分達を助けるために、自身が死にかけた場所に平然と同行しようとしている。サラはそれをうれしく思う反面、自身への苛立いらだちや不甲斐ふがいなさも僅かに感じていた。それでもうれしさの方が勝っているため、サラは負の感情を表に出したりはしなかった。


 この感情は成長の糧にする。サラはそう決めて微笑ほほえんでいた。




 エレナ達が交渉を終えて戻ってくるまで、アキラはサラと雑談を続けて暇を潰していた。


 アキラがサラに尋ねる。


「エレナさん達の交渉って、どれぐらい掛かると思いますか?」


「交渉の難航具合にもよるから、私にもちょっと分からないわ。でも交渉に時間を割きすぎて部隊の派遣が遅れるのは都市側も嫌がるでしょうから、最悪でも午前中には終わると思うわ。その結果、交渉が決裂したとしてもね」


「決裂って、基本的に断れない依頼なんですよね?」


「基本的にはね。言い換えれば、例外も限度も存在するの。提示された条件にどうしても妥協できない点があるのなら、私達の活動拠点を別の都市に移してでも断るわ。極端な例を挙げれば、はした金で捨て駒同然の任務を押しつけられるとかね。まあ、エレナがしっかり交渉するから、よほどのことがない限りそんな事態にはならないでしょうけど」


 エレナが相手をしている者達はそのような交渉の手練てだれなのだろう。自分ならばあっさり丸め込まれ、瞬く間に言質を取られてしまい、ひどい条件の依頼を受けざるを得なくなってしまうのだろう。アキラがそう思い、神妙な表情でつぶやく。


「……大変なんですね」


「だからこそ、そういう面倒な交渉とかを本人に代わって行う代理人を雇うハンターも多いのよ。私達の場合はエレナが引き受けてくれているから大丈夫だけど。アキラは……、そういう交渉とか苦手そうだし、代理人を雇ってみるのも良いかもしれないわね」


「うーん。まあ、考えてみます」


 今のところ、自分は代理人を必要とするほどの面倒な交渉ごとが発生するようなハンターではない。しかしいずれは必要になるかもしれない。アキラはそう考えて取りあえず代理人を雇うという手段があることを覚えておくことにした。


 実際は、既にアキラはその手の面倒事を引き起こす人物になっている。本人がそう認識していないのは、殺し合いを含める不利益を無意識に許容しているからだ。最悪、殺し合ってもかまわない。その見切りを付ける地点がスラム街の路地裏並みに低いだけだ。


 普通は事を穏便に済ませるために妥協点を探り合うのだ。アキラはその手間を放棄しているだけだ。相手は常に自分を命も含めて軽んじる。相手が自分のために譲歩し、妥協することはない。その認識が頭にこびり付いている。アキラが一部の例外に対して過度に甘いのは、その辺の認識も関わっているのだろう。


 アキラはスラム街の路地裏から脱出したが、アキラの認識だけは今もまだスラム街の路地裏を彷徨さまよっている。敵の死体を積み上げること以外、身を守る方法を知らないあの頃と同じように。


 その認識のずれがアキラに更なる厄介ごとを運んでいるのだが、アキラはそれを不運で片付けてしまっている。ある意味で自業自得だ。


 サラがハンターオフィスの出張所の方向を見る。エレナ達はそこで交渉を続けている。エレナからの連絡はまだない。交渉が難航している証拠だ。


(……やっぱり、相当めているんでしょうね)


 める理由をしっかり理解しているサラは、面倒な交渉を続けているであろうエレナの姿を想像して小さなめ息を吐いた。

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