第119話 トガミの決意

 アキラ達がミハゾノ街遺跡の市街区画を進んでいく。車を運転しながら周囲の光景を見ていたアキラは、周辺が昨日より綺麗きれいになっていることに気が付いた。路上に散らばっていた瓦礫がれきや機械系モンスターの残骸が片付けられていて、最低でも道の脇にけられていた。


 アキラが不思議そうにつぶやく。


「道が掃除されているけど、誰が掃除したんだ?」


 キャロルがアキラのつぶやきに答える。


「多分ミハゾノ街遺跡の市街区画の制圧を進めているハンターオフィスの部隊よ。前線に物資等を運搬しやすいように通り道を掃除したんでしょう」


「ああ、そういえば、そんなことをしているんだっけ。その部隊が市街区画の制圧を終えたら、こういった救出依頼はなくなるのか」


「制圧の程度によるわ。恐らくだけど、ハンターオフィスの部隊は市街区画の地上部の間引きをある程度済ませた時点で撤退するはずよ。遺跡の地上部にモンスターがあふれて、ハンターオフィスの出張所の維持すら困難な状況を改善する。そしてミハゾノ街遺跡のモンスターが荒野に出て行くかどうかを確認する。それ以上のことはしないと思うわ」


「そう判断する理由を聞いても良いか?」


「そうね。遺跡を完全に制圧して統企連や近場の都市の管理遺跡にするには、ミハゾノ街遺跡は広すぎるわ。遺跡の至る所にどこからともなく現れるモンスターを警戒し続けるのも非常に大変。統企連が本気を出せば可能でしょうけど、維持費と収益の採算が合うとは思えないわ」


 言い換えれば黒字を見込めるのならばそれを実行する。実際に統企連はクズスハラ街遺跡を攻略するためにクガマヤマ都市を建設した。


 キャロルが話を続ける。


「ミハゾノ街遺跡のモンスターが周辺の荒野にあふれ出た場合でも、近場の都市に致命的な被害が出る可能性が十分低いなら放置する。逆にその可能性が高いなら都市の防衛隊を派遣する必要がある。どちらにしても今この遺跡に派遣されている部隊は、状況の確認を済ませたら一度撤退するでしょうね」


 アキラが覚えているだけでもクガマヤマ都市はモンスターの襲撃を3度受けている。それが誰かが都市の被害を見誤った結果なのかどうかはアキラには分からない。3度の襲撃でクガマヤマ都市の防壁の内側に被害は出ていないのだ。下位区画の被害など、特にスラム街の被害など、織り込み済みだったのかもしれない。


 アキラはキャロルの話を興味深そうに聞いていた。


 キャロルの判断はその下地になる大量の情報を精査した結果だ。アキラはそれらの情報を持ち合わせていない。それらの情報を得る術も持ち合わせていない。そしてキャロルにはその両方があるのだ。


 そのことに関してアキラがキャロルに僅かな尊敬の念を抱く。キャロルはアキラのその僅かな変化に目敏めざとく気付いた。


 アキラはある程度のハンター歴があるものなら普通に気が付くようなことに感嘆と興味を示している。ハンターとしての実力を戦闘能力から換算すれば、少々異常なほどにハンターとしての基本的な情報に疎い。それはアルファのサポートの恩恵で瞬く間に力を得た弊害でもある。


 キャロルが思案する。


(アキラがあの戦闘能力とは不釣合いなほどにハンターの一般的な知識に疎い理由は気になるところだけど、取りあえずその理由を探るのは後回しね。今はまず……)


 キャロルは何げないように装ってアキラに微笑ほほえみながら話す。


「アキラって、ハンター稼業についてあんまり調べない方でしょう? 話題になっている遺跡の話とか、値上がりしている遺物の種類とか、流行はやりの装備とか、最近のハンターの動向とか」


「……そうだけど」


 言い訳をするならば、アキラはついこの前まで自分の名前の読み書きすらできなかったのだ。ハンターとしての一般常識以前に、東部に住む人間の一般常識すら怪しい状態だった。アキラもその手の情報に興味はあるが、日々の勉強と訓練の所為で、そちらの情報収集に費やす余裕がないのが現状だった。


「それなら私がいろいろ教えてあげるわ。アキラも少しぐらいそういうことを知っておいた方が良いわ」


 アキラがひねくれた返事を返す。


「もうキャロルに1000万オーラム支払うことになっているんだ。追加分なんか出さないぞ」


 キャロルが苦笑しながら答える。


「その程度の情報で金なんか取らないわ。雑談の元ネタとしてどうかなって思っただけよ」


「……そういうことなら教えてくれ」


 アキラは少し躊躇ちゅうちょしたものの、確かに興味のある話なので話を聞くことにした。


「分かったわ。まずは、そうね、ミハゾノ街遺跡にいるんだから、この遺跡についていろいろ教えてあげるわ」


 キャロルはミハゾノ街遺跡について機嫌良く話し始めた。


 アキラはキャロルの話を興味深く聞いている。キャロルはここがアキラの好感度の稼ぎ時だろうと考えて、楽しげに微笑ほほえみながらアキラと話を続けている。


 キャロルは自慢の美貌と肉体で誘った時よりも食いつきの良いアキラの様子に複雑な感情を覚えた。だが取りあえずそれを脇に置いて、アキラとの仲を深める為に興味を持たれそうな話題を楽しそうに話し続けた。




 トガミが装甲兵員輸送車の車内の長椅子に座っている。微妙に死臭の残っている車内で、真剣な表情で思案を続けている。


 トガミはかなり高性能な装備で身を固めている。全てドランカムからの貸出品だが、購入すれば1億オーラムを軽く超える装備品ばかりだ。銃も、強化服も、情報収集機器も、回復薬などの消耗品も、ドランカムの若手に支給されている中では最高の品ばかりだ。ミズハという幹部を後ろ盾にしているカツヤですらここまで高性能な装備を与えられてはいない。


 トガミは表向きシカラベをリーダーとする極少人数のチームで賞金首の討伐を成功させたことになっている。ドランカムの幹部には裏の事情を知っている者もいるが、表向きそうなっている以上、その報酬もそれに合わさなければならない。その結果、トガミは非常に高性能な装備の貸し出し許可を得たのだ。


 以前のトガミならばドランカムがようやく自分の実力を認めたのだと歓喜しただろう。あるいは認めるのが遅いと愚痴すらこぼしていたかもしれない。


 以前のトガミは自分が周囲から過小評価されていると確信していた。周囲の基準、つまりドランカムの若手ハンター達の中の実力者。それは今でも変わらない。だからこそトガミは反カツヤ派のまとめ役として期待されていたのだ。その確信がトガミに過剰な自信を与え、良くも悪くも尊大な態度を取らせていた。


 しかしあの賞金首討伐戦が全てを変えてしまった。今のトガミにかつての自信はない。その自信は打ち砕かれてしまった。与えられた高性能な装備も、自分が身の程を超えた装備を身に着けて調子に乗ることを期待しての、ただの当て付けなのではないかと疑ってしまうほどだ。


 賞金首討伐後のトガミは、過去の自分が全てただの虚飾でしかなかったのかと悩み続けていた。誰かに相談することもできずに悩み続けていた。過去の自分の輝かしい活躍と、タンクランチュラ戦での無様な自分を交互に思い返し、どちらも自分の実力とは認めきれずに悩み続けていた。


 トガミは悩んだ末に自分の実力を納得できる形で確認できる機会を待つことにした。確認できる機会とは何なのか。その内容を考えながら待ち続けた。


 ドランカムに所属している他の若手ハンターと一緒に行動しても確認はできない。暗にトガミをハンターランクが高いだけの勘違い野郎だと指摘したシカラベの言葉が頭にこびり付いているからだ。


 トガミはしばらく時間を置いて冷静さを取り戻した後に、シカラベの話は調子に乗っている相手へのただの悪口の類いだと気付いた。だがそれに気付いても完全には払拭できなかった。それは一部だが、話の内容に同意してしまった証拠だ。


 シカラベに同行して自分も遜色のない活躍ができれば、結果を残せれば、それが自己評価であっても、自分の実力をもう一度認められるようになるだろう。トガミは悩んだ末にそう結論付けた。


 トガミは本来ならドランカムがミハゾノ街遺跡に派遣している部隊に加わる予定だった。だがトガミの要望で急遽きゅうきょシカラベに同行することになった。表向きはたった4人でタンクランチュラを倒したハンターの一人なのだ。その程度の我がままは通った。


 トガミは自分の実力を納得できる形で再確認するために、覚悟を決めてエレナ達のチームに加わったのだ。自分に言い聞かせるようにトガミがつぶやく。


「俺はこの依頼で俺自身を見極める。その結果、俺が弱い勘違い野郎ならそれでも構わない。鍛え直すだけだ。俺が弱い勘違い野郎で有り続けることだけは、御免だ」


 トガミは改めて決意した。


 トガミがチームの人員を改めて確認する。チームの隊員はシカラベ、トガミ、アキラ、エレナ、サラ、キャロルの6人だ。全員を思い浮かべた後に、少し困惑気味に表情をゆがめた。


(アキラと再会したのは好都合だ。もう一度あいつの実力を確かめる良い機会だ。……あのどう見ても男を誘っている格好のハンターを連れてきたのがアキラって、どういうことなんだ?)


 トガミはアキラを見て結構驚いたが、それ以上にアキラの隣にいるキャロルの姿に驚いていた。トガミの女性への慣れはごく普通のものだ。強化服に隠された妖艶な肉体の造形を容易に想像させるキャロルのひど蠱惑こわく的な格好は、トガミや同世代の男性には余りにも刺激的だ。


(ハーレム部隊なんて陰口を言われているカツヤだって、取り巻きにあんな格好をさせたりはしてないぞ? ……そういう趣味なのか?)


 英雄色を好むというが、アキラにしろカツヤにしろ、ハンターとして並外れて秀でている者にはそういう側面があるのだろうか。自分の認識を大きく狂わせた人物の想像すらしていなかった一面を垣間かいま見て、トガミは別方向の思案を深めてうなっていた。




 アキラがトガミからわれのない中傷を受けていた頃、ミハゾノ街遺跡の市街区画を進んでいたアキラ達は、道を塞いでいる一団と遭遇した。ミハゾノ街遺跡の市街区画の制圧を進めているハンターオフィスの部隊だ。


 道路には巻き取り口の付いた縦長の物体が設置されており、そこから薄い金属が横に引き延ばされていた。力場装甲フォースフィールドアーマーを備えた簡易防壁の設置装置だ。持ち運びが容易たやすく軽い砲弾程度なら容易たやすはじき返す防御力があり、荒野や遺跡内部で簡易拠点を作成する時などにも使用される機材だ。


 簡易防壁の周辺には重装強化服を装備した人員や、大型の機銃を搭載した車両の姿も見える。この場には並の機械系モンスターの群れなど一瞬で木っ端微塵みじんにできる火力が備わっていた。


 エレナが車をめてこの場の防衛をしている担当者と交渉する。現場の担当者が部下に指示を出して簡易防壁の一部を解除させた。道を塞いでいた薄い金属が巻き取られて通行可能になった。


 担当者がエレナに忠告する。


「気を付けろよ。ちょっと前に結構デカいやつが襲ってきたんだ。小型のやつもちょくちょく襲ってくる。救出依頼を引き受けたハンターなんだから腕に覚えはあるんだろうが、以前のミハゾノ街遺跡の感覚で進むと死ぬぞ」


 担当者はそう言ってアキラ達が進もうとしている方向を指差した。その方向には大型の機械系モンスターの残骸が転がっていた。残骸には破壊された大砲やミサイルポッドが混じっている。相当強力なモンスターだったのだろう。


「ありがとう。気を付けるわ」


 エレナは男に礼を言って車を発進させた。シカラベとアキラの車もその後に続く。アキラの車が簡易防壁を通り抜けると、すぐに簡易防壁が閉じられた。


 アキラは運転席から簡易防壁を抜けた先の光景を見る。道路の至る所に転がっている機械系モンスター達の残骸や瓦礫がれきが、簡易防壁の内側と外側の明確な差を表していた。


 アキラが周囲を見ながら話す。


「昨日よりも機械系モンスターの残骸の量が増えているな。内側のモンスターが減って安全になった分だけ、外側がより危険になったか?」


 助手席のキャロルが周囲の様子を確認しながら答える。


「既にこれだけの量のモンスターが破壊されたわけだから、それだけ安全になったとも言えるんじゃない?」


「減った分だけ補充されたら同じだけどな。これだけの量の残骸が散らばってるんだ。倒された分だけどこかから補充されてるんじゃないか?」


「旧世界の清掃機械が遺跡に散らばったままの残骸を人知れず回収して、新しいモンスターを生み出す材料にしているって話は聞いたことがあるけど、残骸のまま転がっている間は新しいモンスターの材料にならないし、そう簡単に追加分が補充されるとは思えないわ」


「残骸を追加分の材料として回収する必要がないぐらいに、大量の機械系モンスターの在庫があるのかもしれない。ミハゾノ街遺跡には工場区画ってのがあるんだろう? 倉庫とかあるんじゃないか?」


 キャロルの楽観的な意見に対して、アキラが悲観的な意見を返していく。キャロルはそんなアキラを少し不思議そうにいぶかしみながら見ていた。アキラがそのキャロルの視線と態度に気付く。


「……なんだよ」


「アキラはそうやって状況を油断なく、どちらかと言えば悲観的に捉えるくせに、結構無計画に行動するのよね。エレナ達と合流する指針も無しにミハゾノ街遺跡に向かった上に、セランタルビルではモンスターに追われている最中に私と別行動を取ろうともしたわ。アキラに物事を悲観的に捉える癖があるなら、もう少し思慮深く行動しても良さそうなのに。そう思っただけよ」


 キャロルの指摘を受けて、アキラが言葉に詰まって黙った。


 アキラが状況を悲観的に捉えるのは、自分は不運だと理解して、あるいは思い込んでいるからだ。


 運悪くハンター崩れの強盗に遭い、運悪くモンスターの群れの襲撃に巻き込まれ、運悪く遺物強奪犯と戦闘する事態にもなった。そもそも運に恵まれているのならスラム街で生活などしていなかった。アキラはそう考えていた。


 実際にはアキラは自身がそう無意識に思い込んでいるほどに不運ではない。そもそも本当に不運ならば、アルファと出会って、そのサポートによる恩恵を受けるなどという、特大の幸運などなかっただろう。


 偶然訪れたシズカの店でいろいろ世話を焼いてもらった。遺跡でエレナやサラと出会い、後日2人の助けによりモンスターの群れの襲撃から辛うじて生き延びた。それらの出来事も運良く起きたことである。アキラにも幸運はしっかり訪れているのだ。


 悪く言えばアキラがひねくれているだけだ。あるいはアルファとの出会いで全ての幸運を使い切ったという話を信じているだけかもしれない。


 また、アキラはキャロルの指摘ほど無計画に行動しているわけではない。少なくともアキラ本人はそう思っている。アキラの中にある様々な優先順位の結果、キャロルからはそう見える行動を取ることになった。アキラとしてはそれだけの話だ。


 しかしアキラはその優先順位の根拠を口に出せなかった。アルファのことやらエレナ達のことやらが含まれているからだ。代わりに適当に誤魔化ごまかすように答える。


「まあ、俺にもいろいろあるんだ。それに、旧世界の遺跡を油断なく進むのは良いことだろう?」


 キャロルはアキラが何か言いたくないことを適当に誤魔化ごまかしていることぐらい簡単に把握できた。しかし下手な追及は心証を悪くすると考えて、適当に話を合わせることにした。


「それには同意するわ。ただ、状況を悲観しすぎて、その所為で過度に警戒して、精神をり減らした状態で敵と遭遇したら大変だから、悲観し過ぎるのは良くない。私が言いたいのはそういうことよ」


「ああ。そういうことか。分かった。大丈夫だ」


 アキラはキャロルの言葉にあっさり納得してうなずいた。アキラの表情にはキャロルの追及を逃れたという安堵あんどの色が僅かに浮かんでいた。


 キャロルがアキラの表情を見ながら思案する。


(……セランタルビルであんなことがあった翌日だっていうのに、アキラがエレナ達と合流するためにミハゾノ街遺跡まで来たのはなぜかしらね。単に友人の身を案じて? あるいはアキラがひそかにおもっている相手だから? それとも実は年の離れた恋人だったりするのかしら? そうだとしても……)


 キャロルがつぶやく。


「……公言する気がないのなら、遠慮する必要はないわね」


「何か言ったか?」


「ん? 何でもないわ」


 キャロルは楽しげに笑ってそう答えた。




 アキラ達がミハゾノ街遺跡の市街区画、ハンターオフィスの部隊が制圧している簡易防壁の外側を進んでいく。


 封鎖の外側の状況は昨日よりひどい。道には都市仕様の車なら通行すら困難なほどにいろいろと散乱していた。荒野仕様の車両のおかげで進行不能にはなっていないが限度はある。アキラ達は移動速度を落として進んでいく。


 移動速度が少々遅めなことを除けば、アキラ達は順調に遺跡の市街区画を進んでいた。移動中の敵襲も一度しかなかった。それも小型の機械系モンスターが数体出ただけだ。大して強くもなく楽に粉砕できた。


 アキラがアルファに尋ねる。


『封鎖の外側なのに特に襲撃もなく進んでいるな。アルファ。周辺にモンスターはいないんだよな?』


 アルファがあっさりアキラの言葉を否定する。


『いるわよ』


 アキラが少し驚きながら尋ねる。


『いるのか? いるなら教えてくれ。どこだ?』


 アキラが辺りを見渡す。しかし周囲にそれらしい様子はない。


 アルファが笑って答える。


『周囲一帯に、一定の間隔を空けて点在しているわ。襲いかかってくる様子はないから安心しなさい』


 アルファがアキラの視界を拡張する。アキラの視界に機械系モンスター達の姿が遮蔽物を透過して映し出される。建物で隔てられた向こう側。建物の奥。道端の残骸の中。様々な場所に隠れていた。アルファの指摘通りアキラ達を襲う気はないようだ。モンスター達は動かずにじっとしていた。


 アキラが怪訝けげんな表情を浮かべる。


『あいつらは何で襲ってこないんだ?』


『いろいろ理由は考えられるわ。直接戦闘能力が低い偵察機で、私達の情報を味方に送信している。車両相手だと勝算が低いと判断したため襲撃を控えている。援軍を呼び寄せている途中で、一定の戦力がそろうのを待っている。多分そんなところよ』


『安全、なんだな?』


『襲ってこない。襲ってきても問題なく撃退できる。そういう意味ならね。モンスターは基本的に全て危険よ。だからモンスターなんて呼ばれるのよ』


『いや、まあ、そうだけどさ』


 どこか釈然としないものを覚えながらも、その理由は分からない。アルファも問題なく撃退できると言っているのだ。過度に注意を払う必要はないだろう。アキラはそれ以上気にするのを止めた。




 アキラ達の索敵機器の索敵範囲外に一機の大型多脚戦車が存在していた。機体に損傷はあるが十分な戦闘能力を保持している。その損傷はハンターオフィスが派遣した人型兵器との交戦によるものだ。つまりモンスターであり、敵だ。


 敵の機体に搭載されている索敵装置がアキラ達を捉えた。周囲に展開している索敵機から送信される映像には移動中のアキラの車両が映っている。甲S101式と呼ばれる大型多脚戦車は、同類の敵、つまり戦車や人型兵器の撃破を主任務にする機体だ。


 甲S101式の制御装置が認識している目標の映像には、アキラの車両とアキラとキャロルが映っている。アルファは映っていない。


 甲S101式が大砲の照準をアキラに合わせる。都市防衛用の人型兵器を破壊する威力の大砲だ。弾速も速く、威力も高く、効果範囲も広い。直撃すればアキラの車両など一撃で大破だ。乗員もただでは済まない。


 大砲から砲弾が発射される直前、甲S101式の制御装置内の映像にアルファが現れる。アルファは自分の横に何らかの紋章を表示すると、それを指差しながら黙って首を横に振る。


 甲S101式はその紋章を認識すると、アキラ達への攻撃を中止した。そして次の敵を発見するまで待機状態に戻った。




 アキラ達が目的地に到着する。目的地はミハゾノ街遺跡の市街区画にある3階建てのビルだ。ビルの側に車をめて、全員車から降りて集まっていた。


 情報端末を操作しながら表情をしかめていたエレナが、首を軽く横に振ってアキラ達に結果を告げる。


「……駄目ね。反応無し。短距離通信の応答どころか、発信の痕跡すらないわ」


 エレナは救出対象との連絡を試みていたのだが、残念ながら失敗に終わっていた。


 シカラベが状況を把握しながらエレナに尋ねる。


「救出対象が全滅していたとしても、情報端末の通信反応ぐらい有っても良さそうだが……、過剰火力のモンスターに襲われて、装備ごと木っ端微塵みじんにでもされたか? 場所はここで間違いないんだな?」


「依頼元の情報を信じる限り、間違いなくここよ」


 アキラ達はビルの出入り口からビルの中を見る。ビルの内部は光が差して居らず非常に暗い。出入り口を封鎖していた形跡もない。


 救出対象の人物がここにいる場合、ビルの内部の部屋のどこかで立て籠もっている可能性が高い。逆に救出対象の居場所の情報が間違っていて誰もいない可能性も十分有る。


 アキラ達は各自いろいろと思案しながらビルの奥をのぞき込んでいる。昨日ビルの内部から大量の機械系モンスターが湧いて出てきた光景を見ているのだ。そのため救出対象を捜索するためにビルの中に入って探索するのは気が進まなかった。


 しかしこのまま帰るわけにもいかない。エレナ達は仲介業者から救出依頼を受けてこの場に来たのだ。事前の情報を基にしっかり仕事を果たしたという実績のためにも、たとえ救出対象が既にこの場にいないとしても、指定された場所をそれなりに捜索して、そこには誰もいなかったという記録が必要だ。


 ビル内部に機械系モンスターが山ほどいる様子でもあれば手遅れだったとでも言い訳できるが、軽く調査ぐらいはできそうな状況である以上、確認せずに帰るわけにはいかない。


 エレナが軽くめ息を吐いてから、表情を真剣なものに変えて指示を出す。


「仕方がない。内部を捜索しましょう。私、サラ、アキラ、キャロルの4人で内部を捜索する。シカラベ達はこの場の警戒をお願い。何かあったらすぐに知らせて。1時間っても私達が帰還せず、私達と連絡も取れない場合は、シカラベ達は帰還して私達の救出依頼を出して」


 シカラベが軽くうなずいて答える。


「了解だ。その場合、救出依頼を出す先はこっちで決めて良いか?」


「私達の依頼の依頼元はアルハイン保険だから、状況報告を兼ねてまずは一応そこに出しておいて。それ以上の判断は任せるわ」


 シカラベが少し不敵に笑って答える。


「分かった。エレナ達の救出依頼に気前の良い報酬を提示して、俺がその依頼を受けるってのは有りか?」


 エレナが余裕の笑みを浮かべながら答える。


勿論もちろんよ。シカラベが勝手に決めた報酬額を、私が素直に払うと思っているならね」


 シカラベとエレナの軽いり取りを、サラとキャロルは軽く笑って見ていた。


 アキラは2人のり取りを少し興味深そうな表情で見ていた。その軽いり取りの裏には、緊急時の対応に関する膨大な知識や暗黙の常識がある。アキラにはそれらの前提知識がよく分からない。まだまだハンターとしての経験が足りていないのだ。アルファのサポートの恩恵でアキラの戦闘能力は格段に向上したが、ハンター稼業の経験は地道に増やすしかないのだ。


 トガミはどこか不服そうな表情を浮かべていた。自分もビル内の探索に加わりたかったからだ。恐らくこの場を警戒していても何も起こらない。だからこそシカラベもエレナが他の火力をビルの内部の捜索に振り分けることに対して文句を言わないのだ。トガミはそう判断していた。


 トガミは自身の実力を見極める為にシカラベに同行している。勿論もちろんビルの内部でも何も起こらない可能性はある。しかしビルの外で見張りをするよりは自分の実力を確認する機会は多いだろう。たとえモンスターとの遭遇などが一切なかったとしても、危険な遺跡での動き方を見るだけでも、それを自分の動きと比較するだけでも意味がある。


 トガミは少し迷った後で、緊張気味な態度でエレナに頼む。


「あの、俺もそっちに加わりたいんだけど、駄目か?」


 エレナは少し意外そうな表情でトガミを見た後で、視線をシカラベに移した。


 シカラベが代わりに答える。


「駄目だ」


 交渉の余地など全く感じさせない簡潔な言葉だった。


 不満げな表情のトガミに、シカラベが軽い苛立いらだちと嘲りを混ぜた口調で話す。


「お前がエレナ達の足を引っ張ったら、その責任は俺が取るんだ。お前みたいな足手まといを勝手に付いていかせるか」


「……分かりました」


 トガミは不服そうな表情を残しながらも、そう答えた。


 シカラベが意外そうな表情を浮かべる。み付くように反論してくると思っていたからだ。自身の予想と比べるとはるかに素直に従ったトガミの様子に、シカラベが意気をがれる。


「ま、まあ、分かればいい」


 指示通りに周囲の警戒を始めたトガミを見て、シカラベが首をかしげていた。


 内部探索用の装備を整えたアキラ達が警戒しながらビルの中に入っていく。少々強めの照明でビルの内部を照らしながら進んでいく。照明から放たれる強い光が日の差さないビル内の暗闇をき消して、僅かな隙間を通って奥へと伸びていく。救出対象がその光からアキラ達を見つけやすいように、エレナが意図的に照明を強くしているのだ。


 ビル内には戦闘の痕跡が至る所に存在していた。床や壁には弾痕が無数に存在し、機械系モンスターの残骸が辺りに散らばっている。ハンターの死体や血痕はなかった。彼らと交戦したハンター達は無事にこの場を脱したようだ。


 アキラが警戒しながら周囲を確認しつつアルファに尋ねる。


『アルファ。モンスターや救出対象は見つからないか?』


『私の索敵の範囲内には確認できないわ』


『そうか。そんなに大きなビルじゃないし、アルファが探しても見つからないなら、やっぱりもうここにはいないのかもな』


 アルファの索敵能力が異常なまでに高性能で広範囲であることはアキラも理解している。敵も救出対象もいないと知ったアキラが無意識に少し気を緩めた。


 アキラが気を緩めたことは、エレナ達にすぐに気付かれた。普通なら警戒するべき場所で急に気を緩めたアキラをとがめるべきなのだろう。しかし3人は全員アキラの不自然なほどの索敵能力を知っているため、アキラを注意したりはしなかった。


 サラがエレナに尋ねる。


「エレナ。何か見つかった?」


「いいえ。私の情報収集機器にもこれといった反応はないわ」


 エレナの情報収集機器もアキラの態度を裏付けていた。やはりこの辺りには救出対象のハンターもモンスターもいないようだ。


 エレナとサラはアキラが旧領域接続者だと気付いている。しかしそれに気付いているために、アキラが時折見せる不思議な何かを、辻褄つじつまの合わない何かを、例えば異常な索敵能力などの根拠を、旧領域接続者の能力だと判断して疑問に思わなくなっていた。裏にアルファのような存在がいるとは全く考えられなかった。


 サラは今一度アキラの姿を見て、アキラの現在の装備を確認する。駆け出しのハンターでは手の届かない価格の強化服。そしてその強化服の身体能力がなければ持ち運びすら難しい重量の大型の銃。それらはアキラが優秀なハンターであることの証明だ。


(私達と出会った頃のアキラは、武器はAAH突撃銃ぐらいしか持っていなかったし、強化服でも防護服でもないただの服しか着ていなかった。それがこの短期間でもうここまで装備をそろえている。しかも索敵はエレナ並みで戦闘能力も問題なし。……この調子だと私達の実力なんかアキラはあっという間に追い抜きそうね。私達がアキラにハンターの先輩として振る舞える時間も、後どれだけ残っているやら)


 アキラが自分達を頼りになる先輩扱いしてくれるのは後どれぐらいだろうか。サラはそんなことを考えて僅かな寂しさを感じながら軽く苦笑した。


 キャロルはアキラが警戒を緩めたことに対するサラとエレナの反応を確認して思案する。


(アキラが急に警戒を緩めても、2人は自然な態度を取り続けている。むしろ2人もそれで周囲への警戒を下げている。エレナが装備している情報収集機器を確認する限り、2人が周囲への警戒を理由なくおろそかにする人間とは思えない。……2人はアキラの索敵能力の理由を知っている? それともアキラとの付き合いの長さによる信頼? いつものことだと慣れるほどに同様の経験をしたため?)


 キャロルはアキラの異常な索敵能力を知っても、それを旧領域接続者とは結びつけない。旧領域に接続できることと、索敵能力の向上は無関係であることを知っているからだ。全くの無関係ではないかもしれないが、少なくともあの異常な索敵能力の根拠にはならない。キャロルはそれを知っていた。


 だからキャロルはアキラの索敵を一流のハンターになり得る才能の片鱗へんりんと判断して、アキラが旧領域接続者だとは思わなかった。


(……いろいろ聞いてみたいけど、この場で聞くのは止めた方が良いわね)


 キャロルがこの場でエレナ達にそれらを尋ねれば、当然アキラの耳にも入る。何が藪蛇やぶへびになるか分からない。いろいろ聞く場合は、最低でもアキラのいない状況で聞く必要がある。それもできる限り自然に、素朴な疑問を尋ねるようにする必要がある。


 その問いに対するエレナ達の反応から、アキラに直接尋ねて良い話題かどうかもある程度把握できるはずだ。キャロルは内心の好奇心を落ち着かせながら、素知らぬ顔を浮かべた。


 しばらくビル内を探索したが、ここには誰もいなかった、という結果しか得られなかった。エレナが探索の打ち切りを宣言する。アキラ達はシカラベ達のもとへ戻っていった。

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