第117話 救出後の後始末

 エレナが状況の悪化から救出作業の切り上げを決断して、険しい表情でシカラベに連絡する。


「シカラベ! 今すぐ切り上げて撤退して! 脱出するわ!」


「了解」


 エレナからの通信を聞いたシカラベが事情を問わずに即答した。状況を聞く時間すら惜しいことを理解したからだ。


 シカラベが作業中のハンター達に向けて叫ぶ。


「今すぐ脱出する! 乗っていないやつは置いていく! 急げ!」


 シカラベが床に横たわっている男をつかむ。シカラベに投げ飛ばされた男だ。誰も彼を運ばなかったので今までずっと横たわっていた。気絶させた上に置き去りにするのもどうかと思ったのだろう。


 急に作業の打ち切りを宣言されたハンターが慌てて話す。


「ちょっと待ってくれ! まだ遺物の積み込みが……」


 シカラベは文句を言うハンターを無視して車へ走っていく。そしてつかんでいた男を車内に投げ込み、運転席に素早く移動する。


 遺物を運んでいたハンター達は未練たっぷりの目で遺物を見た後で、邪魔になる遺物を置いて急いで車に走っていく。シカラベは彼らを本気で置いていく。それが分かったからだ。


 残りのハンターが車に乗り込む前に後部の扉が閉まり始め、車が動き始める。ハンター達は必死の形相で車に駆け込んだ。


 シカラベが装甲兵員輸送車を急発進させる。銃弾が降り注いでいる中を敷地の外に続く門へ向けて全速力で走らせる。門は積み上がった機械系モンスター達の残骸で半分ほど塞がれていたが、車両で勢いよく体当たりして強引に残骸を突き破った。


 エレナ達もアキラ達もすぐにシカラベの後に続く。ビルの側面を降りてきた機械系モンスター達が地面に広がっていき、その一部がアキラ達を追いかけようとする。しかしアキラ達の方が十分速い。群れの先頭にいる少々早い機体を数体破壊すると、残りの機体は破壊された個体が障害物となって更に速度を落としたので、すぐに引き離せた。


 ビルからある程度離れたところで、アルファがアキラに微笑ほほえみながら話す。


『もう大丈夫よ。お疲れ様』


 アキラが安心して一息入れた。当面の危機は去ったようだ。ゆっくりと移動して運転席に座る。


『なあ、アルファ。あのビルの中も昨日のセランタルビルみたいに、機械系モンスター達がぎっしり詰まっていたのか?』


『私にもビルの内部の状況までは分からないわ。でもあの様子なら、その可能性は高いでしょうね』


『そんなに大量に一体どこから湧いて出てきたんだ?』


『いろいろ理由は考えられるけれど、そうね、近くの工場の倉庫にでも大量に在庫があって、それを一斉に放出して、その上で大量生産でもしたのかもね。機械系モンスターには同型同系統のものが多かったわ』


『何で急にそんなことになったんだ?』


『さあ? それが分かれば最低でも100億オーラム手に入るわね。アキラにその気があるなら、後でその件について調べてみる?』


 アルファが不敵に笑いながらアキラに提案した。アキラが嫌そうな表情で答える。


『……止めておく』


『それが賢明よ』


 キャロルもアキラの弛緩しかんした態度を見て緊張と警戒を解いた。助手席に戻って余裕の笑みを浮かべながらアキラに話しかける。


「なかなか刺激的な状況だったわね。あの量はちょっと参ったわ」


「昨日よりはましだ。車で逃げられるからな」


「それもそうね。私も昨日みたいな状況はごめんだわ」


 アキラ達は雑談をする余裕を見せながらミハゾノ街遺跡を進んでいく。アキラ達に負傷者はない。ハンター達も問題なく救出できた。後はこのままハンターオフィスの出張所に到着すれば、おおむね満足できる結果になるだろう。行きに破壊した機械系モンスター達の残骸が散らばる帰り道を、その残骸を踏み潰しながら進んでいった。


 救出したハンター達をハンターオフィスの出張所まで送り届ける途中で、アキラが車内に置いている情報端末を見る。その情報端末には短距離通信で送信された緊急依頼が届いたことを示す表示が出ていた。


 アキラは事前にエレナからその手の通信を全て無視するように指示されている。物事には優先順位がある。事前に救援の契約を済ませており、救出時の報酬が保証されている方が優先される。それだけのことだ。彼らがすぐ近くで籠城していたとしても、一々停車して助けにいく義理も義務も余裕もない。


 受信した緊急依頼はエレナが一応ハンターオフィスへ転送している。運が良ければ誰かがその緊急依頼を受けて助かるかもしれない。既に依頼者が死んでいる可能性が有り、報酬が支払われる保証もない依頼を引き受けるハンターがいるかどうかは別の話だ。


 だからアキラは通知の内容を確認しようとはしない。ただ少し気になった。それだけだ。


 アルファがアキラの様子に気付いて話す。


『気になるなら通知を消しておく?』


『そうだな。頼む』


 アキラがそう答えると情報端末の表示が消えた。アルファが消したのだ。


 アキラは内心に湧いた僅かな思いから気をらすように話す。


『それにしても、結構取り残されているんだな』


『多分屋内に逃げ込めば比較的安全だと判断したハンターが大勢いたんでしょうね。頑丈な部屋に逃げ込めたハンターがそのまま立て籠もっているんでしょう。自力での帰還を諦めるなら悪い手ではないわ。昨日のセランタルビルの時も、頑丈な部屋に逃げ込めたハンターは生きているかもね』


『いや、そうだとしても、あの状況から脱出するの無理だろう』


『さっきも言った通り、自力での帰還を諦めるなら、の話よ』


『……ビル内の状況が改善すれば、まだ望みはあるか』


 あの機械の群れが帰還する条件などアキラには分からない。アキラ達がビルから脱出した後にいなくなったかもしれない。今もビル内を徘徊はいかいしているかもしれない。


 確かめに行くつもりもないので、アキラはそれ以上考えるのを止めた。




 アキラ達は何事もなくハンターオフィスの出張所まで帰還できた。帰り道でモンスターの散発的な襲撃を受けたものの、問題なく対処できる程度の規模だった。行きで大半の機械系モンスター達を撃破したためか、あるいは別のハンターを襲っている最中だったのだろう。


 アキラ達がハンターオフィスの出張所の前に車をめる。アキラ、キャロル、エレナ、サラの4人が装甲兵員輸送車の後部の扉の前に立つ。扉はまだ閉まったままだ。


 アキラはすぐに扉が開くものと思っていたが、扉は閉まったままで開く気配がない。そのことを不思議がっていると、武装した集団がアキラ達に近付いてくる。彼らの隊長らしき男が、手に持っている情報端末とエレナを見比べた後にエレナに話しかける。


「C32地点の救出依頼を引き受けたハンターだな? 顧客はその車両の中か?」


「そうよ。後は任せても良いかしら?」


「了解した。後は任せてもらおう」


「シカラベ。開けてちょうだい」


 エレナがシカラベに連絡を入れると、装甲兵員輸送車の後部の扉がゆっくりと開き始めた。


 助け出されたハンター達は扉の外の光景を見て、出張所の近くまで戻ってきたことを実感して改めて安堵あんどの表情を浮かべる。しかし一部のハンターは表情を険しくさせ、暗い表情で項垂うなだれ、切羽詰まった表情を浮かべていた。


 隊長らしき男が開ききった扉の前に立って車両の中のハンター達に話しかける。


「アルハイン保険の者です。今から皆様を治療と諸手続きのために簡易診療所まで御案内いたします。係員の指示に従って同行をお願いいたします。自力での移動が困難な方は、近くの係員にお申し付けください」


 車内のハンター達がゆっくりとした足取りで車から降りて先導する係員の後に付いていく。自力で歩く者、他のハンターに肩を貸してもらう者、係員に担架で運ばれていく者など様々だ。


 そして歩いているハンター達の中に、思い詰めた表情で周囲の様子を気にしている男がいた。男は過度の緊張のためか荒い呼吸をしていた。銃を握る手も僅かに震えていた。そして周囲の人間、特にアルハイン保険の人間との距離を気にしていた。


 男の前にいる別のハンターが近くにいた係員に尋ねている。


「知り合いと連絡を取りたいんだけど、ここでもつながらないんだ。何とかならないか?」


「相手の状況にもよりますが、単純に通信回線の問題でしたら、簡易診療所の中なら比較的つながりやすいかと。アルハイン保険の回線が使用できますから」


 係員の意識は彼が応対しているハンターに向けられている。周囲を気にしていた男は、最も近くにいる係員の意識が今は自分に向けられていないと判断する。それで男は覚悟を決めてしまった。男がその場から必死の形相で全力で走り出した。


 しかしこの場から逃げだそうとした男は、男の死角で警戒していたアルハイン保険の部隊員にあっさり捕らえられた。部隊員が男を地面に押し倒し、うつぶせの状態にして完全に動きを封じる。強く地面に押しつけられて苦悶くもんの表情を浮かべている男から武器が奪われる。更に両手足を拘束具で拘束される。男はほんの数秒で完全に無力化された。


 周囲の者達の視線が部隊員と拘束された男に集まる。アルハイン保険の職員が他のハンター達に向けて笑顔で話す。


「要らぬ誤解を招く行動はくれぐれも御遠慮願います。アルハイン保険との諸手続きが終了するまで、事前の相談なく不用意に離れないようお願いいたします。くれぐれも御注意ください」


 アキラは少し驚きながらその光景を見ていた。しかしエレナ達は想定の範囲内だったのか、全く驚いていない。この辺りはハンターとしての経験の差なのだろう。


 程なくして装甲兵員輸送車にいた全てのハンターがアルハイン保険の部隊員に引き渡された。


 エレナがアルハイン保険の社員と依頼の諸手続きをしている。装甲兵員輸送車の中からシカラベがアキラを呼ぶ。


「アキラ。連中の忘れ物が車内に残っていないか、お前も見ておいてくれ」


「分かった。忘れ物が見つかったらどうすれば良いんだ?」


「旧世界の遺物や装備品とかは、そのまま車の外に運んでくれ。腕やら脚やらが残っていたら、死体袋にまとめて入れて外に出してくれ。予備の袋は椅子の下だ」


 アキラの表情が僅かに引きる。想定外のものを忘れ物の例として聞いたからだ。


「……分かった」


「頼んだぞ」


 アキラは情報収集機器を活用して念入りに車内を調べた。銃が2ちょう、椅子の下に置き忘れられていた。幸いにも、腕や脚を忘れていった者はいなかった。


 程なくしてアキラ達は依頼の後処理を終えた。アルハイン保険の部隊長がエレナに話す。


「お疲れさん。良かったら別の依頼も引き受けないか? 実はC47地点の救出依頼を受けたハンターが消息不明なんだ。C32地点の救出依頼を完遂した実績があるってことで、今なら多少報酬を優遇するぞ?」


「私宛ての依頼のリストに入れておいて。検討はしておくわ」


「そうか。まあ、気が向いたら頼む」


 部隊長はそれだけ言って部下達と一緒に帰っていった。


 アキラ達は邪魔にならないように移動すると車から降りて再び集まった。エレナが皆に次の予定を話し始める。


「取りあえず弾薬等の補給も兼ねて、また1時間休憩にしましょう。各自しっかり補給を済ませておくこと。それと、今回の依頼の皆の感触を教えてちょうだい。この依頼を決めた私が言うのも何だけど、想定した難易度を超えていたわ。だから次はもう少し易しめの依頼を受けるつもりよ」


 アキラが同感の意を表情に出して答える。


「確かに少々厳しい箇所も有りましたので、その方が良いと思います」


 シカラベが少し険しい表情で答える。


「作戦行動の予定時間を切り上げる必要が生じたんだ。俺を含めて状況認識が甘かったわけだ。多少報酬が下がったとしても、余裕を持って行動できる難易度の依頼にしてくれ」


 サラが少し嫌そうな表情で答える。


「あのビルから湧いて出てきた機械系モンスターの量を考えると、救援対象がビルの奥で立て籠もっている場合の避難路の確保も考え物だわ。ビルの内部であの量のモンスターを相手にするのはちょっと避けたいわね」


 キャロルが苦笑しながら答える。


「それが大きめのビルなら、その時点でビル内部への突入は捨てた方が良いかもね。ビルの中で追い立てられるのはもう御免だわ」


 エレナはこの場にいるハンター達を結構稼ぎの良い者達だと判断している。その手の人間は報酬額を下げた依頼を受けると自尊心に響く懸念がある。だがこの反応なら安全を少々強めに考慮しても良いだろう。エレナはそう判断した。


「分かったわ。次は結構慎重に易しめの依頼を選ぶことにするわね」


 アキラがキャロルの様子を軽く確認する。キャロルは運用費用が結構かさむ強化服を使用している。安めの報酬の依頼が続くと利益に響くかもしれない。キャロルがそれを不満に思うかもしれない。そう考えたのだ。


 しかしキャロルの様子からそのようなものは感じられなかった。アキラは安心してキャロルから注意をらした。


 キャロルはアキラが自分の様子をうかがっていたことに気付いていた。だが比較的安価な依頼が続くことに不満がないのも事実で、不満がないように装う必要もなかった。キャロルの興味はアキラへ向いており、その程度の小銭を惜しむ気持ちなどない。




 アキラが補給屋で購入した装甲タイルを車体に貼り付けている。手作業だ。結構面倒な作業だ。しかし手を抜けばそれだけ死にやすくなるのだ。アキラは丁寧に作業を続けていく。


 装甲タイルは想像以上に消費されていた。一部車体がむき出しになっている箇所を見つけて、アキラが表情を険しくする。


『随分剥ぎ取られていたんだな』


 アルファが平然と答える。


『あれだけ攻撃を食らえば当然よ。その攻撃をじかに食らいたくなければ、しっかり補強しておきなさい』


『そうだな。結構高いのを買ったけど、その分だけ安全になったはずだし、必要経費だな』


 装甲タイルにも善ししがある。当たり前だが高性能な製品ほど値段が高い。そして高性能な商品ほど費用対効果が悪化していく。アキラはアルファの勧めでかなり高額な装甲タイルを購入した。補給屋で販売されていた装甲タイルの中では2番目に高額な商品だ。なお最も高額な装甲タイルは地域の相場とは桁違いに高い値段が付けられていた。


 キャロルはアキラを手伝って車に装甲タイルを貼り付けている。キャロルがアキラに尋ねる。


「アキラ。これが終わったらどうするの?」


「特に考えていない。集合時間まで適当に暇を潰すつもりだ」


「そう。それなら……」


「そうだな。柔軟体操でもするか」


 軽い食事にでも誘おうとしたキャロルの言葉は、アキラのどこかずれた発言に遮られた。キャロルが困惑気味の声を出す。


「えっ?」


「こっちはもうすぐ終わる。キャロルの方は?」


「……私の方もすぐに終わるわ」


 キャロルが困惑の表情のまま答えた。


 作業を終えたアキラが本当に柔軟体操を始める。キャロルは少し唖然あぜんとしながらアキラを見ている。アキラは痛みで少し表情をゆがめながらゆっくりと体を伸ばしている。キャロルがアキラに尋ねる。


「柔軟体操をする理由を聞いてもいい?」


「関節の可動域を広げて体を柔らかくすると、健康にも身体能力の向上にもいろいろ役に立つって聞いたからだ。俺はちょっと体が固いんだ。後は強化服の操作の訓練も兼ねている」


「……そ、そう」


 キャロルが知りたかったのは柔軟体操の有用性ではなく、何故なぜ、今、それを始めたのかだ。少なくともキャロルの経験では、休憩時間に隣に自分がいるのに柔軟体操を始める男性はいなかった。だが多分思いつきか何かなのだろうと考えて、深く聞くのは止めた。


 アキラは思いつきで行動することもあるようだ。そして類いまれな才を持つ者が常人とは少しずれた思考をすることは珍しいことではない。アキラにもその類いの気質きしつが有るのかもしれない。キャロルはそう判断した。


 別に実害が出ているわけでもないのだ。その手のことを一々気にしていたらアキラとは付き合えないのだろう。キャロルはそう考えて気にしないことにした。


 アキラは状況の不利を覆すために無茶むちゃな体勢で銃を撃つことも多い。関節の可動域を意図的に無視して強化服の操作で強制的に手足を動かし、筋繊維を引き千切りながら照準を敵に向けて引き金を引き、反動で四肢が更にねじれ骨がきしむ。その損傷を回復薬で治療しながら戦闘を続行するのだ。


 その負荷を軽減するためにも体の柔軟性の向上は重要だ。思いつきでの行動かもしれないが、アキラは別に無駄なことをしているわけではない。


 キャロルがもう少し詳しく尋ねていれば、その辺りの認識のずれがもう少し縮まったかもしれない。しかしアキラはキャロルから少々奇異な部分がある人物として認識され始めているので、その機会は失われてしまった。


 その奇異さがアルファの存在を誤魔化ごまかす可能性を考慮すれば、多少変人扱いされることに目をつぶれば、アキラにもアルファにも好都合かもしれない。


 キャロルが気を切り替えて、前屈をして体を伸ばしているアキラに話しかける。


「私、体の柔軟性には自信が有る方なの。見てみる?」


 アキラが前屈を止めてキャロルを見る。キャロルはアキラの視線が自分に移ったことを確認すると、得意げな笑顔を浮かべながら右脚を大きく上げて片足で立つ。大きくまたを広げて両脚がほぼ直線になる体勢を維持したまま、片足でバランスを取って立っている。


 キャロルは自身の肉体を美しく魅力的に蠱惑こわく的に魅せる技術にけている。そのキャロルが着用している強化服は男性の視線を強く意識したデザインだ。右腕を右脚に絡めて片足立ちの体勢を維持しながら微笑ほほえむキャロルによって、体の各部位が美しくも悩ましく強調されている。


 アキラはそのキャロルを見て、軽い驚きと感嘆の混じった声を出す。


「おおっ! すごいな」


 アキラの驚きと称賛は、純粋にキャロルが自分では絶対に取れない姿勢を維持していることへのものだ。残念ながらキャロルが求める肉体美に対するものではない。それでも自身の肉体への称賛には違いないので、キャロルは素直にアキラからの称賛を受け取ることにした。


 キャロルが普通の姿勢に戻してアキラに話す。


「ありがとう。大したものでしょう?」


「どうすればそこまで体が柔らかくなるんだ?」


「毎日地道に柔軟を続けるしかないんじゃない? 私の場合はナノマシンによる身体強化の一環でもあるけどね」


「そうなのか。……でも確かにキャロルぐらい体が柔らかい人が使用していた強化服を、そのデータを残したままで他の人が使用したら、大変なことになりそうだな」


 アキラは以前シカラベから聞いた話を思い出して、少しだけ表情をゆがめた。キャロルはアキラの反応が少し気になって尋ねる。


「アキラ、それは何の話?」


「ああ、前にシカラベから聞いたんだ。他人のデータが残ったままの強化服を着て動いたら、靱帯じんたいが千切れた人の話だ」


 アキラはシカラベから聞いた話をキャロルに話した。話を聞いたキャロルは納得した表情を浮かべて、その話に付け加える。


「それはまだましな話ね。強化服を着るサイボーグだって珍しくないわ。サイボーグの関節の可動域は、普通の人間とは異なっていることも多いの。以前の強化服の持ち主がそういうサイボーグだった場合、普通の人間がそのデータを残したまま動いたりすると、下手をすると腕や脚が逆に曲がってへし折れるわね。場合によってはそのまま千切れるわ」


 アキラはその光景を自分に置き換えて想像してしまった。両手足の関節が逆に曲がりろくに身動きも取れずに旧世界の遺跡の中をう姿は、想像するだけでも怖いものがある。


「そ、それは怖いな」


 アキラが思わず声に出した。キャロルが軽く笑いながら話す。


「強化服に限った話ではないけど、そういう目に遭いたくなければ、装備品はできるだけ信用のある店で買った方が良いわ。裏ルートなんて言葉でだまされて変なものをつかまされたりしないように注意しなさい」


 アキラが少し思案する。


(装備品はシズカさんの店で買ったやつだから大丈夫だ。回復薬はカツラギから買っているけど、俺に変なものを売りつけたらどうなるかぐらいは考えているはずだ。大丈夫だろう。……多分)


「まあ、大丈夫だと思う」


「そう。その辺に不安があるなら私のお勧めの店でも紹介しようと思ったけど、大丈夫そうね」


「ああ、大丈夫だ」


 アキラは気を取り直して柔軟体操を続ける。自分の前にいるアルファの体勢を真似まねて体を伸ばす。アルファは地面に座って両脚を開き、胸を地面に押しつけながらアキラを見ている。アキラは少しつらそうな表情で似た体勢を取ろうとしているが、アルファのような柔軟な体勢は取れておらず少々不格好だ。


 アルファがアキラに微笑ほほえみかける。


『手伝いましょうか?』


『止めてくれ』


 アキラが嫌そうに答えた。アルファが強化服を操作すればもう少し体を伸ばせるだろう。しかし先ほどのキャロルの話を聞いた後なので少々尻込みしてしまう。


『大丈夫よ。アキラが着ている強化服は、構造上関節が逆に曲がることはないわ』


『それを聞いて俺が安心するとでも思っているのか? 自分でやるよ』


 アキラはアルファを信用しているが、それとこれとは話は別だ。強化服の操作の訓練を兼ねて、自力で柔軟体操を続ける。


 内側の生身の腕の動作と、外側の強化服の腕の操作を、意識して個別に行いながら動きを一致させる。もろい内部への被害を抑えながら、強力な外部を効率よく動作させるために、両方の動きをり合わせて最善の動きに近づけていく。柔軟体操程度の動きでも今のアキラには難しい。訓練あるのみだ。


 集合時間が近づいてきてエレナ達が来るまで、アキラはそのまま柔軟体操を続けていた。


 エレナ達と合流した後は雑談をしながらシカラベの到着を待つ。アキラは雑談の中でエレナから前回の依頼の内容について少し詳しいことを聞いていた。帰ってきたらアルハイン保険の部隊が待っていたこと。急に逃げだそうとした男がいたこと。それらのことが少し気になっていたので聞いてみたのだ。


 エレナは自身の推察を交えてアキラに説明した。前回の救出依頼はココレンスというハンターがアルハイン保険と契約した救援保険を元にしていた。定期的な連絡が途絶えた場合、若しくは救出要請を受けた場合、救出部隊を派遣して安全な場所まで輸送するという保険契約だ。


 アルハイン保険の調査により推定された大まかな居場所に到着した後は、ココレンスの情報端末を頼りにして彼らの居場所を探していた。運良くココレンスの情報端末と通話がつながったが、エレナは相手の状況を聞いていろいろ疑念を抱いた。


 エレナが事前に得ていた情報では救出対象は8名だ。しかし生存者の人数だけでも10名を超え、死者を含めると20名を超えていた。そこまでなら途中で他のハンター達と合流して立て籠もっていただけだとも解釈できる。だが通話先の相手からそのことに対する説明はなかった。


 更に相手の態度や話の内容から、通話先の相手が本当にココレンス本人かどうかを疑い始めたエレナは、相手が別人であると仮定して、そう偽る理由を推察した。


 楽観的に考えれば、精神的に追い詰められていた状況下で、本人が近くに居らず、すぐに本人だと名乗らなければ助けに来ないと考えてしまい、咄嗟とっさに本人だと答えてしまった可能性もある。その程度のことならば特に問題はない。普通に助けて戻れば済む話だ。


 しかし悲観的に考えた場合、エレナ達にとって非常に悪い状況の可能性もあるのだ。既にココレンス達は全員死亡している。しかもモンスターに襲われたのではなく、他の人間に殺されて所持品を奪われてしまっている。ビルに立て籠もっているのは奪ったがわの人間で、救出依頼の費用をココレンスに押しつけようとしている。あるいはエレナ達を襲って車を奪い、それで脱出しようとしている。推察だが、どれも大問題だ。


 警戒が必要だが状況的にその真偽を確かめる時間も余裕もない。一度に連れ帰る人数としては多すぎるが、安全の為に半分置いていくなどと言ったら暴動が起きる。エレナはその確認と対処を全てアルハイン保険側に押しつけることにした。


「本来なら救出後にハンター証を見せてもらうぐらいのことはするのだけど、下手に刺激しないようにそれも止めておいたわ。私達が引き受けた依頼は、自力での帰還が困難な人の救出。それ以外は私達の仕事ではないってことで、アルハイン保険側の了承も取れたしね」


 アキラが納得したようにうなずきながら答える。


「単純に助けに行けば良いってものでもないんですね」


「そういうことよ。救出する相手が善人だって保証はないわ。それに普通の人だって切羽詰まれば判断を誤ることもある。緊急依頼で絶対支払えない報酬額を提示してしまったりね。到底支払えない額の費用を請求された場合、その人は多額の借金を背負うことになる。そういう人物が安全な場所に着いた途端に思い切って逃げ出すことは十分あり得るわ。その場合、最悪助けた相手と交戦する羽目になるわね。アキラも注意しなさい」


「分かりました」


 アキラは深くうなずいた。エレナとサラはハンターの先輩として、後輩であるアキラにハンターの心構えを教授できたことに満足した。

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