第108話 色気より食い気

 アキラ達の乗っている輸送機がセランタルビルの離着陸場から出発してしばらった。死地から解放されたことによるキャロルの興奮も大分収まっていた。放っておくとこのままずっと抱き締められそうなので、アキラはキャロルの腕が緩んだところで少し強引にキャロルから離れた。


 キャロルがアキラの様子を確認する。アキラの表情は不機嫌なものではない。機嫌の良い悪いで判定するなら、良い部類に入るだろう。しかし美人の豊満な胸に顔を埋めていた割には、性的な興奮のようなものは見受けられなかった。


 キャロルはハンター稼業の副業として多くのハンターの相手をしている。本業と副業の両方の利点のために身体をナノマシンで強化拡張した身体強化拡張者で、美貌と身体能力の向上のために、並の強化服なら数着買える金額を自身の体にぎ込んでいる。


 副業で相手をした男性の人生をその魅惑の身体で狂わせた経験もあり、キャロルは自分の体に結構自信を持っていた。しかし異性への性的な関心という意味で、アキラのキャロルに対する興味は非常に薄い。キャロルはアキラの表情からそれを把握して妙な敗北感を覚えた。


 キャロルがその内心を表に出さずに笑ってアキラに話す。


「あら、つれないわね。もう少し楽しんでいて良いのよ? その先でも構わないわ。前にも言ったとおり、代金は不要よ?」


「遠慮しておく。そもそも抱き付いてきたのはキャロルの方だ。俺じゃない。そして俺はまだ仕事中だ。キャロルの護衛の最中だろう。雇っているがわが仕事の邪魔をするなよ」


「真面目なのね」


「不真面目なやつに護衛をしてほしいのか?」


「ごもっとも。了解。大人しくしているわ」


 これ以上ごねるとアキラの機嫌を損ねそうなので、キャロルは大人しく引き下がった。


 キャロルから離れたアキラは小窓から輸送機の外の光景を興味深そうに眺めている。空を飛ぶ輸送機からの眺めはアキラには十分な娯楽だった。


 キャロルはアキラの様子を見ている。目を輝かせて外の景色を見ているアキラは見た目よりも幼く見えた。セランタルビルであれほどの実力を見せたハンターにはとても思えない。


(こうして見ていると、普通の子供ね。それでも女性に興味のないとしには見えないんだけど)


 キャロルの胸元は大胆に開けられたままだ。アキラの気が変わることを期待して、指摘されるまで意図的に開いたままにしていた。ボディースーツのファスナーの隙間から覗かせる柔肌の胸の谷間は、健康的な男性の視線を大いに集めるものだ。


 しかしアキラの視線は輸送機の外の景色にそそがれ続けている。今のアキラにはそちらの方が重要らしい。


 また妙な敗北感を覚えたキャロルが少しだけとげのある口調でアキラに尋ねる。


「外の景色がそんなに楽しい?」


「楽しい」


 アキラはあっさり答えた。ほぼ即答だった。迷いのない答えだった。


 キャロルが更に少しだけ険を強めた口調でつぶやくように話す。


「……そう」


 アキラはキャロルから僅かな威圧感を覚えて返答を間違えたことに気付いた。アキラの横でアルファが笑いを堪えている。取りあえずアキラは誤魔化ごまかすように話題の転換を図る。


「ミハゾノ街遺跡の工場区画の離着陸場に向かっているんだよな。どれぐらいで到着するんだ?」


「15分ぐらいよ」


「……何か随分遅い気がする。旧世界製の輸送機なんだろう? もっとこう、物すごいスピードであっという間に到着しても良い気がするけど」


「それはいろいろ怖いし危険だから、可能だとしても止めてほしいわ」


 キャロルの返答を不思議に思ったアキラが、視線をキャロルの方に戻して尋ねる。


「何でだ? その方がすぐに着いて便利だろ?」


 キャロルも少し不思議そうにした後で、すぐにその理由に気付いて答える。


「あーそうか。アキラは知らないのね。アキラはハンターの乗り物って聞いて、何を思い浮かべる?」


「車とか戦車とかだな。もっと東側だと人型兵器に乗っているハンターもいるんだっけ?」


「それ、全部地上の乗り物よね。戦闘機とか、戦闘ヘリを使用するハンターがいても良いと思わない? ハンター以外にも都市の防衛隊や企業の実行部隊の武装として戦闘機や戦闘ヘリが配備されても良いと思わない? 都市間の物資の輸送は車や列車で行われているわ。輸送機を使っても良いと思わない? でも全然使われていないわ。何でだと思う?」


「……そう言われると確かにそうだな。何でだ?」


 アキラは納得できる理由を思いつけなかった。


 キャロルが少々得意げにその理由をアキラに説明する。


「モンスターに襲われるからよ。より高く、より速く移動するほどに、より多く、より強いモンスターにね」


 キャロルはアキラの視線が自分の方に戻ってきたことを無意識に喜びながら、東部で航空機が余り使用されない理由をアキラに説明し始めた。


 東部には多種多様なモンスターが様々な場所に生息している。生息場所によってその強さも様々だが、大まかな目安が二つある。


 一つは場所の東西によるもの。東部のモンスターは東部の東側へ、未到達領域との境である最前線に近付くほど強くなり、東部の西側へ、中央部統治国家連合の国境に近付くほど弱くなる。


 もう一つは場所の高度によるもの。モンスターは空にも当たり前に生息しており、より上空に生息しているモンスターほど強力なのだ。


 モンスターとの遭遇率を上げる要因にもいろいろあるが、それにも大まかな目安がある。より大きく、より速く、より高く移動するほどに、より強力なモンスターと遭遇する確率が上がるのだ。


 つまり東部の空を高速で移動すると、非常に強力なモンスターとの遭遇率を致命的に上昇させることになるのだ。時には場違いなまでに強力なモンスターを上空から引き寄せることもある。そのため都市の周辺では航空機の類いの使用が禁止されている場合もある。無許可で使用した場合、強力なモンスターを都市に引き寄せようとしていると判断され、都市の防衛隊などに問答無用で撃ち落とされることもある。


 それらの事情から東部の移動には主に地上の乗り物が使用されるのだ。なお航空機の製作自体は技術的に何の問題もない。過去に統企連所属の企業と国連所属の国家の戦争があったが、両陣営とも普通に戦闘機を使用していた。


 キャロルの話を興味深そうに聞いていたアキラが、自分達が乗っている輸送機をその説明に当てはめてみる。


「あれ? そうするとこの輸送機も結構危ないんじゃないか?」


「だから高性能な迷彩機能を搭載して、意図的に飛行速度を落としているんでしょうね。本当はアキラが言ったとおり、もっとすごい速さであっという間に目的地に到着することもできるんだと思うわ。強力なモンスターと遭遇する確率を無視すればね」


「そういうことか」


 アキラは納得してうなずいた。


 キャロルは自分の話を興味深そうに聞くアキラを見てかなり機嫌を良くしていた。アキラの視線を窓の外に戻さないように、興味を引けそうな話を続ける。


「そういえば、アキラは知ってる? 旧世界の遺跡があるのは地上や地下だけじゃないの。空にもあるのよ」


「空? 遺跡が空に浮かんでるのか?」


「旧世界の浮遊要塞とか、巨大な航空機とか、いろいろあるらしいわ。たまに荒野に晴天なのに巨大な影が地上にあって、空を見上げても何もない場合は、迷彩機能を持つ巨大な何かが飛んでいるって話よ。東部の色無しの霧は、旧世界の時代からずっと空を飛んでいる何かがき散らしているって話もあるわ。急激に色無しの霧が濃くなった時は、その何かが上空を通過しているんだって説もあるわ」


「……そうか。何とかしてそこまで行けたら、すごい遺物とかがいろいろありそうだな」


「空の遺跡を探しているハンターは結構多いみたいよ。統企連がスポンサーになっているって話も聞くわ。地上の遺跡探索とは別物の難易度のようだけど、調査隊には高ランクのハンターが多数参加しているとか。……やっぱり、ロマンみたいなものがあるのかしらね」


 キャロルは少し感慨深い表情で話した。キャロルが副業で相手をしたハンターの中に、空の遺跡を見つけ出すのが夢だと語っていた者がいた。そのハンターの相手を最後にした時、彼はコネで調査隊に加われたことをうれしそうに語っていた。それからキャロルはそのハンターと再会していない。恐らく死んだのだろう。


 アキラは空を飛ぶ遺跡という言葉に少し心引かれるものを感じながらも、現実を優先させた。


「ロマンか。分かるような分からないような。俺にはロマンで遺跡に行けるほどの余裕はないからな」


「アキラも大きくなれば分かるかもね」


「そうかな?」


「そうよ」


 不思議そうに首をかしげるアキラに、キャロルは笑ってそう答えた。


 アキラ達がハンター稼業の雑談を続けている間に輸送機が目的地に到着した。準備を済ませて貨物室の扉の前で待っていると扉が自動的に開く。


 キャロルが開きっぱなしだったファスナーを思い出したように首元まで戻してから輸送機を降りる。アキラもその後に続いた。


 アキラ達が降りると再び輸送機の扉が閉まる。輸送機は至近距離で目を凝らさなければ全く分からない状態に戻る。誰かがアキラ達を見ていれば、何もない場所から突然その場に現れたように見えただろう。


 ミハゾノ街遺跡の工場区画には多くの工場やその倉庫などが建ち並んでいる。基本的に廃墟はいきょになっているが、一部は今も稼動しているらしい。警備の機械系モンスターが徘徊はいかいしている危険な場所だ。


 アキラ達がいる離着陸場の周辺は基本的に何もない。ひび割れた路面が広がっているだけだ。他の輸送機が存在しているかもしれないが、そうだとしてもアキラ達には分からなかった。


 キャロルが一度伸びをしてからアキラに話す。


「それじゃあ、ハンターオフィスの出張所まで護衛をお願いね?」


「分かってる。……どっちだ?」


 アキラがここに来たのは初めてだ。そのため今のアキラは迷子の手前だ。幸い離着陸場は荒野と遺跡の境目のような場所なので、その境に沿って歩いていけばいずれ到着するだろう。


「こっちよ」


 キャロルは苦笑して進行方向を指差した。


 アキラ達はキャロルの案内で遺跡と荒野の境目を進んでいく。途中でキャロルがアキラに尋ねる。


「アキラはこの後どうするつもりなの? 遺物収集を続けるつもり?」


「いや、今日はもう切り上げて休むつもりだ。流石さすがに疲れた。今から遺物を探す気力はない。だから護衛の延長とかはしないからな」


「大丈夫よ。私も今日はもう切り上げるつもりだから。つまり、この後アキラは暇なのよね?」


「……暇って言うか、ゆっくり休むんだよ。疲れたからな」


「一緒に休まない?」


 キャロルが妖艶に笑いながらそう話した。流石さすがにアキラも誘われていることぐらいは分かった。


「嫌だ。俺は休むんだ」


「良いじゃない。一緒に死線を潜った仲でしょう? アキラに護衛を依頼したとはいえ、命を救ってもらった恩もあるしね。恩を返させてよ」


「一応依頼の報酬はしっかり受け取ったし、旧世界の遺物も補填ほてんしてくれるって言うし、追加報酬を要求するつもりはない。まあ、それでも気になるなら飯でもおごってくれ。ただ飯は大歓迎だ」


 キャロルが苦笑いにあきれと不満を混ぜた表情で、僅かに意地を張った口調で話す。


「私の命を救ってもらった恩をその程度のことで済ませるのは、私の沽券こけんに関わるんだけど」


「その程度では済まない額の高い食事をおごってくれ。1回の食事代が100万オーラムする店とかでも俺は構わないぞ。自腹で行く気は全くしないが、おごってもらえるなら大歓迎だ。言っただろう? 色気より食い気の年頃だって」


 キャロルがどこか楽しげな苦笑を浮かべながら答える。


「……全く。仕方ないわね。出張所の建物の中にある食堂で良ければおごってあげる」


「良いのか? 言ってみるもんだな」


「恩は早めに返すことにしているの。アキラが食い気より色気の年頃に成長するまで待っていられないわ」


「良し。そうと決まったら早く行こう」


「急ぐのは構わないけど、護衛の方はしっかり頼むわよ?」


勿論もちろんだ」


 アキラは機嫌良くミハゾノ街遺跡のハンターオフィスの出張所への足を速める。


 キャロルは年相応の子供らしい様子を見せるアキラを見て軽く笑いながらその後に続いた。




 ミハゾノ街遺跡の外周部にあるハンターオフィスの出張所には、この遺跡で活動するハンター達を相手にした食堂がある。ハンター達が装備品である重火器を持ち込んだまま食事を取る食堂であり、高級店とはとても呼べない作りの店だ。


 しかしこの食堂にはその店の外装に反するような高額な料理も用意されていた。食事代の総額が優に10万オーラムを超える高額の食事だ。それらは確かに美味なのだが、荒野料金、遺跡価格であり、都市での食事代と比べるとかなり割増しされた値段設定だ。ここまでの輸送費等も経費に含まれているので不当に高いわけではないが、高いものは高いのだ。


 食堂は簡単な間仕切りで3カ所に分割されていた。そしてこの食堂を利用するハンター達は慣例として食事の代金で座る場所を大まかに決めていた。食事代が1000オーラム、1万オーラム、10万オーラム程度になるハンター達で分けられていた。別に規則でも強制でもないのだが、座る場所を間違えると少し居心地が悪い。その程度の話だ。図太い神経の持ち主なら何の問題もない。


 食事の代金とハンターの稼ぎとハンターの実力は大体比例している。そのため近くに座っているハンターは、似たような実力であることが多い。この食堂の常連のハンターであれば、名前は知らなくとも顔は知っているハンターがいることも珍しくない。近くに座っているハンターと何となく雑談でもして気が合えば、新しいチームができることもあるのだ。


 そのため、高額な食事代を支払うハンターがいる場所に新顔のハンターが座っていれば、少し目立つこともあるのだ。そして今日、その新顔の姿があった。アキラだ。


 テーブルに座るアキラの前には、この席に座るのに相応ふさわしい高額な料理が数多く並んでいる。アキラはそれを満面の笑みで、時折感嘆の声を出しながら食べていた。アキラの機嫌は非常に良かった。


 アキラの向かいにはキャロルが座っている。キャロルの前にも数は少ないが同価格帯の料理が並んでいた。


 キャロルが両手の上に顎をのせてアキラに尋ねる。


美味おいしい?」


美味おいしい」


 アキラは機嫌良く深くうなずいて答えた。キャロルも満足そうに微笑ほほえむ。


「それは良かったわ。私の沽券こけんたもてそうね」


 しばらく食事を続けているアキラの姿を見ていたキャロルも、目の前の料理に手を付ける。


(それにしても、アキラはこういう時は普通の子供ね。あれだけの戦闘技術を持つハンターだとはとても思えないわ)


 キャロルの観察眼は正しい。事実アキラはそこまで強いハンターではない。全てはアルファのサポートの恩恵だ。アキラが自力で、そして自分の支払いでこの場に座れるようになるにはまだまだ多くの修練が必要だ。


「それにしても、アキラは随分食べるのね。支払いは気にしなくて良いけど、残したりしたら駄目よ?」


「大丈夫。最近食が進むんだ。これぐらいなら残したりしない」


 アキラは余裕を持って答えた。同時にキャロルに指摘されて少し疑問にも思う。


『でも確かに、随分多めに食べられるようになっていたのは最近なんだよな』


 アルファが口を挟む。


『多分、アキラの体が成長期に摂取できなかった分を取り戻そうとしているんでしょうね』


『どういう意味だ?』


『アキラはスラム街の生活が長くて、常時栄養失調気味だったからね。しっかり成長できなかった期間が長かったはずよ。その分の成長の遅れを取り戻すために、大量に食事を必要としているのだと思うわ』


『そういうのって、大量に食べれば片付くような問題なのか?』


『大量に食べれば片付くような問題になるように、処置を受けたのだと思うわ。ほら、アキラは前に6000万オーラムを払って病院で治療を受けたでしょう? 成長の遅れを不健康な状態だと判断して、健康な状態にするための治療の一環として、その手の処置もしたのでしょうね。治療費のかさ上げのためにね』


 食事を続けていたアキラの手が止まる。


『……別に変なことをされたわけじゃないよな? 大丈夫、だよな?』


『確かに健康になっているから大丈夫よ。それに本来怪我けがや疲労はしっかり食べてしっかり休まないとそう簡単には治らないものなの。回復薬でいろいろ誤魔化ごまかすのも限界があるわ。健康になるための処置である以上、悪影響はないはずよ。アキラが食事代に困るほど稼げなくなれば別だけどね』


『そうか。なら大丈夫か。高い治療費を取られたんだ。そういう効果があっても良いよな』


 アキラは安心して食事を再開する。キャロルが一度食事を止めたアキラを見て不思議そうに尋ねる。


「アキラ、どうかしたの?」


「何でもない」


「そう。ああ、食べながらで良いから聞いてほしいことがあるんだけど、良い?」


「何だ? 頼み事の類いで、はいと答えないとこの料理を下げられるのでなければ何でも言ってくれ」


 キャロルは軽く笑って話す。


「大丈夫よ。確かに頼み事だけど、断られたからってその料理を下げたりはしないわ」


 アキラが再び食事の手を止める。アキラはキャロルの態度から何かを感じ取り、食事の手を止めたままキャロルを少し真面目な表情で見る。


「話って何だ?」


「食べながらで構わないわよ?」


「食べながら聞く話かどうか確認したらな。で、話って何だ?」


 アキラの表情は上機嫌の範疇はんちゅうだ。しかしそこには確かな警戒の色が含まれていた。被害妄想に近い懐疑の目。誰も彼もが自分を害そうとしていると思い込んでいる人間の目。その目の暗い輝きが、僅かだがアキラの目に現れている。


 それがアキラのほんの僅かな思いが目に現れたものなのか、隠しきれない負の感情がにじみ出てきたものなのか、キャロルには分からなかった。


(……これ、言葉を間違えると危ないわね)


 キャロルは真面目な表情に意図的に切り替えてから話す。


「単刀直入に言うわ。アキラ。私と組まない?」


 アキラはしばらく黙ってキャロルを見ながら考え込んでいる。言葉の意味を、言葉の裏を、無数の解釈を当てはめて探っている。それはキャロルにも分かった。


 しばらくして、アキラがいろいろ確認するように尋ねる。


「……えっと、それはハンター活動のチームを組まないかって誘いか?」


「そうよ」


「悪いけど、断る」


 アキラはそれだけ答えて食事に戻った。アキラから警戒が消えており、場の空気が弛緩しかんしたものに戻る。


 キャロルは相手の警戒が消えたことを安堵あんどしながらも、断られたことに残念そうに微笑ほほえむ。


「そう。残念ね。無理強いして組んでも軋轢あつれきの元になるだけだし、無理に誘うのは止めておくわ。断った理由ぐらい聞いてもいい?」


「単純に1人で活動するのが性に合ってるだけだ。俺はいろいろと行き当たりばったりで行動することもあるし、思い立ったら吉日みたいな考えで動くことも多いんだ。誰かと組んで行動すると、そういうことができなくなるからな。今日ミハゾノ街遺跡に来たのも、それを決めたのは今日の午前中、別の場所に寄った時に思いついたからだ。誰かと組んで動くと、そういうのがちょっと、な」


 普通のハンターが旧世界の遺跡に向かう場合、事前に向かう遺跡を決めて、その遺跡に見合った準備を整えてから出発するものだ。チームで行動するならば、採算分岐点の確認や報酬の分配方法などいろいろ決めておくことも増える。チームの誰かが急な体調悪化などに見舞われた場合、遺跡探索を取りやめる必要なども出てくる。


 アキラはアルファと相談して行動を修正したりもするが、その理由を話すわけにはいかない。アキラが誰かと長期間組んで行動すれば、突然予定を気紛きまぐれに強行に変更する非常に扱いにくい人物だと判断されるだろう。


 キャロルはアキラの話から、アキラの判断基準を推察する。


(アキラは集団行動の利点より欠点を重視するタイプか。下手をすると、誰かが近くにいることを心強いと思うより、危険だと考えてしまうタイプ。セランタルビルでもあの状況で脱出路を知っているであろう私と別行動を取っても良いと本気で考えていた。恐らくアキラは、私が裏口を知られた口封じにアキラを殺す可能性を、十分あり得るものと判断していた。でも護衛を頼んだらしっかり身をていしてまもってくれた。……ゆがんでいるというか、どういう判断基準の持ち主なのかしら?)


 キャロルは少々人格のねじ曲がった人物と夜を共にした経験も多く、その手の人物の扱いにもそれなりにけている。しかしアキラのねじ曲がり具合はキャロルの経験とは少々ずれているように感じられた。新手のタイプへの扱い方を探るために、キャロルが愛想よく微笑ほほえみながら尋ねる。


「アキラはそういうタイプなのね。まあ私も1人で活動することは多いし、その気持ちが分からないわけじゃないわ。でもずっと1人でハンター稼業をしているの?」


「いや、単純にチームとして活動していないだけだ。他のハンターと一緒に遺物収集に行くこともあるし、集団行動前提の依頼を受けたりもしている。キャロルは違うのか?」


「私? 私はいろいろよ。誰かとチームを組むこともあるし、既存のチームに混ざることもあるわ。今は1人で活動しているけどね。前に所属していたチームはいろいろあって解散しちゃったのよ」


 キャロルはどこか他人ひと事のようにそう話した。なお、そのハンターチームが解散した原因はキャロルだ。キャロルの副業にのめり込んでしまった複数の男が、キャロルを買う金のためにいろいろとらかしたのだ。


 装備代や弾薬費までぎ込んでしまい、チームの戦力として足手まといになった者もいた。報酬の分配で他の男とめる回数を増やした者もいた。最終的にチームはかなり険悪な状態になり、探索中の遺跡の中で空中分解したのだ。


 キャロルはチームを意図的にそのような状態に誘導したわけではない。ただしそれを食い止めようともしなかった。全ては自己責任だ。キャロルはそう考えている。


「次のチームを探すにしても、誰でも良いってわけではないしね。私の副業目当てで誘うハンターもいるわ。それ自体は別に良いのよ。ただ、同じチームだから安くしろだのただにしろだの、そういうふざけたことを言う馬鹿と組むのは御免よ。そんなろくでもない連中と組むのは、本業でも副業でも御免だわ」


「いろいろ大変なんだな。おっ、これもなかなか美味うまいな」


 アキラはキャロルの話を一応ちゃんと聞いている。しかしその意識は目の前の美食の方に偏っていた。


 キャロルは暗にアキラの実力を高く評価しているからこそ誘っているのだと言葉と表情で伝えているのだが、胃と舌に意識を割いているアキラにどこまで伝わったかどうかは微妙だった。


 キャロルが若干諦めの混ざった微笑ほほえみを浮かべながらつぶやく。


「……子供ねえ」


 アキラが機嫌良く料理を口に運びながら答える。


「ん? 子供だよ。見れば分かるだろう。ん、こっちもなかなか……」


「……そうなのよねえ」


 アキラがもう少し成長していれば、色気と食い気の優先比率がもう少し狭まっていれば、結果は変わっていたかもしれない。キャロルはそう考えながら残念そうにつぶやいていた。

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