第87話 夢破れた者達

 アキラは車の運転席に座ってアルファと雑談して暇を潰しながら、レビン達の相談が終わるのを待っている。


 あの場から生き延びた高揚感が落ち着いてくると、アキラの中に愚痴の元が湧き出てくる。


『……それにしても、勿体もったいなかったというか、残念だったな。あの遺跡にはまだまだ遺物が残っているはずだ。遺跡の機能が回復する前にもっとしっかり探索していれば、一体どれだけの金になったことやら』


 アルファがアキラをなだめるように微笑ほほえんで話す。


『未調査の遺跡なのだから、そういうこともあるわ。リオンズテイル社の端末設置場所の情報はまだまだ残っているから、次の遺跡に期待して、気を切り替えましょう』


『そうだな……。はあ……』


 今回の探索は一応黒字で終わったが、未調査の遺跡から莫大ばくだいな富を得るという夢はかなえられなかった。あの遺跡にまだまだ大量に残っているであろう旧世界の遺物のことが頭にぎって、アキラはそう簡単には気を切り替えられなかった。




 レビン達はアキラの車から少し離れた場所に座って相談を続けていた。その一人が暗い表情で頭を抱えながらレビンに尋ねる。


「……で、どうするんだ?」


 レビンが似たような表情で答える。


「それを相談して決めようとしているんだろうが。お前も何か良い案を出せよ」


「そんなこといっても、200万オーラムだぞ? 払えるか? 第一、買ったのはお前じゃねえか。なんで俺まで付き合わされるんだ?」


 レビンが不機嫌そうに答える。


「俺の所為だって言いたいのか? あの階段でへばったまま、モンスターに食われた方が良かったのかよ」


「そういう意味じゃねえよ」


「じゃあどういう意味だ?」


 レビン達が非常に険悪な雰囲気になる。しかしアキラがチラッとレビン達を見ると慌てて大人しくなる。別の男がつぶやく。


「本当に、どうするんだよ……」


 レビン達は頭を抱え続けた。


 レビン達の相談事とは、アキラに支払わなければならない200万オーラムの支払い方法だ。誰が、何時、どのような方法で支払うのか。それが決まったら教えてくれ。レビン達はアキラにそう言われていた。


 レビン達は5人いるので、一人頭40万オーラム支払えば清算できる。払えない額ではない。しかし払ってしまえば明日から素手でモンスターと戦わなければならなくなる。今回の遺物収集のために既にかなりの費用を使ってしまった。弾薬費も確保しなければならない。レビン達にも生活がある。余分な金などないのだ。


 ある男が諦めたような表情で案を出す。


「……遺物を売って何とかするしかないだろう」


 別の男が怪訝けげんそうに反論する。


「遺物は緊急依頼の報酬としてあいつらに渡しただろう?」


「報酬として渡したのは、あの扉の奥にあった遺物だ。どうせ皆、他の場所で見つけた遺物を隠し持ってるんだろう? 全員出せば、200万オーラムにはならなくても、ある程度の額にはなるんじゃないか?」


 レビン達が顔を見合わせる。全員心当たりはしっかりあるようだ。レビンが諦めて隠し持っていた遺物を出すと、他の男も観念して手持ちの遺物を場に出した。


 一番出し渋っていた男も諦めたように隠し持っていた遺物を出す。それを見たレビンの表情がゆがむ。場に出された遺物は衣服だった。


 レビンが慌てて話す。


「おい、これは衣服類の遺物じゃねえか」


「いや、これは別の場所で見つけたやつだって」


「それをあいつが信じると思うのか? 絶対疑うだろうが。それは戻せ。後で売って皆で分けるからな」


 衣服類の遺物を出した男がもう一度遺物をしまい込む。レビンが場に残った遺物を見てうなる。


「……正直、微妙だな。でもまあ、まずはこれで交渉するしかないか」


 レビンは諦めてアキラのもとに向かった。




 レビンから話を聞き終えたアキラが、疑問に思ったことを尋ねる。


「扉の奥にあった一番状態の良かった遺物でも300万オーラム程度なんだろ? 残りの遺物が200万オーラムになるのか?」


「可能性はあるだろう? 取りあえず都市に戻ろうぜ。ここにいても、業者に遺物を売ることも鑑定をしてもらうこともできない。だろう?」


 都市でも治安の悪い所は悪い。スラム街などでは遺跡から戻ってきたハンターの遺物を狙う強盗が出ても不思議ではない。それでも、間違いなく荒野よりは安全だ。そこには一定の秩序があるのだ。


 都市の中に入ってしまえば、たとえレビン達に全く金がなく、アキラに1オーラムも支払えないとしても、アキラが逆上してレビン達をいきなり撃ち殺すようなことはないだろう。言い換えれば、都市の外、荒野ではその限りではない。そう考えていたレビンは何とか理由をつけて早く都市に戻りたかった。


 アキラはレビンがそんなことを考えているとは知らない。レビン達が分散して逃げ出したら追うのが面倒だ。アキラがこの場にとどまっているのは、その程度の理由だった。


 アキラが少し思案した後でレビンに話す。


「ここで遺物の売却や鑑定ができれば良いんだな?」


 アキラが情報端末を取り出してカツラギと連絡を取る。カツラギ宛てに通話要求を投げるとすぐにつながった。


「アキラか。お前から俺にかけてくるとは珍しいな。もうけ話か?」


「それはカツラギの商才次第だ」


「ならもうけ話だ。で、用件は何だ?」


「旧世界の遺跡から遺物を収集して戻ってきたんだ。こっちまで遺物を買い取りに来られないか?」


「構わねえが、俺を呼びつけるような遺物がちゃんとあるんだろうな?」


「ほぼ未調査の旧世界の遺跡から戻ってきたんだ。その遺跡の地下街から取ってきた遺物だ。結構良い遺物だと思うぞ。それにここまで買取りに来たら、その遺跡の場所ぐらいは教えてやるよ」


「了解だ。そっちの位置情報を送ってくれ。……良し。今から行く。ちょっと待ってろ」


 カツラギとの通話が切れる。アキラがレビンに話す。


「ちょっと待ってろってさ」


「わ、分かった」


 レビンの顔が引きつり、顔色が明確に悪くなった。アキラが買い取り業者を呼びつけることができるほどのハンターだとは想定外だったからだ。


 しばらく待つとカツラギが自前のトレーラーでやって来た。移動店舗の強みである。


 アキラがカツラギに売る遺物を地面に並べて待っていた。カツラギがまずはアキラが集めてきた旧世界の遺物の査定を始める。査定を済ませてアキラに買取り額を提示する。


「そうだな、800万オーラムでどうだ?」


「分かった。その額でいい」


「良し。すぐに振り込むからな。……それで、あっちの遺物は何だ? 売らないのか?」


 カツラギがそう言ってアキラの車の後部座席に積まれている遺物を指差した。


「あれはカツラギが買い取らない種類の遺物だ。この前教えてもらっただろう?」


「それでも俺に見せて査定ぐらいしたらどうだ? 俺とお前の付き合いだ。衣服とかでもある程度の量があるのなら、俺が新しく買い取りルートを構築しても良いぞ? まあ、新しい買取りルートの構築にはいろいろ手間が掛かるし、間に絡む問屋が増えるからある程度安い額にはなるがな」


「大丈夫だ。別の買取りルートを見つけたからな。カツラギが買わないやつはそっちに持って行くよ」


「……そうか。分かった」


 カツラギは愛想良く笑って答え、内心舌打ちした。以前アキラにした遺物売却の説明には、虚偽ではない程度に意図的に安価に評価した内容が一部混ざっていた。それは主に衣服類の遺物に関する説明だ。初回は買い取らず、次に恩に着せる形で買い取ることで、安く遺物を手に入れようとしていたのだ。


 アキラは戦闘面の実力はかなりのものだ。だが遺物売却の手腕や伝はないに等しい。そう判断していたカツラギは、意図的に衣服類の遺物に関する説明をゆがませていた。その手の遺物は換金が難しいと誤解を招くような表現を使い、その換金の手間を自分が補うことでアキラに恩を売り、安く遺物を手に入れようとしていた。


 しかしアキラは自力で何とかしたらしい。カツラギはアキラの評価を少々変更した。


 カツラギはもうけ損ねたことを残念に思ったが、それをいつまでも気にしてはいられない。気持ちを切り替えて商売を継続することにする。


「金も入ったんだ。俺もトレーラーで来たんだし、何か買っていけよ」


 アキラがレビン達を指差す。


「その前に、あいつらの遺物を査定してくれ」


「アキラの連れか? あいつらと一緒に遺跡に行ってきたのか?」


「そういう訳じゃないが、同じ遺跡にいたハンターなのは確かだ」


「それは期待できそうだ」


 カツラギは笑ってレビン達の所へ向かった。アキラは暇潰しを兼ねてカツラギの商品を見るためにトレーラーの中に入っていった。


 レビン達の遺物の査定を終えたカツラギが、不満げな表情でレビンに評価額を告げる。


「まあ、50万オーラムってところだな」


「50万!? 幾ら何でもその額はねえだろう!?」


 カツラギが出した評価額を聞いたレビン達がひどく慌て始めた。


 カツラギはレビン達がアキラと同じ遺跡に行ったハンター達だと聞いてかなり期待していた。しかしレビン達の装備はアキラのものと比べると貧弱で、持ち帰った遺物も期待外れなものだった。遺物には汚れや破損がひどいものもある。レビン達が高ランクのハンターにも思えない。それがカツラギが出した評価額を辛口にさせた可能性はあるだろう。


 カツラギは不機嫌な表情を隠さずにレビンに話す。愛想笑いを浮かべるのも面倒らしい。


「俺が買い取る場合の額だ。だがハンターオフィスの買い取り所に持ち込んでも、その程度か少し下がる額だと思うぞ? 嫌なら売るな。無理に買い取る気はねえよ。じゃあな」


 カツラギはそう言ってアキラの所に戻ろうとする。それをレビンが慌てて止める。


「待ってくれ! 今の金額をあいつに教える気か!? それは待ってくれ!」


 カツラギが出した評価額はアキラへの支払額の半分にすら達していない。レビンはアキラがその額を聞いた時の反応を恐れて必死にカツラギを引き留めた。


 カツラギもようやくレビン達の態度を不思議に思い、怪訝けげんそうな表情を浮かべていた。


 そのカツラギが急に愛想良く笑い始めた。優しい声でレビン達に尋ねる。


「何があったんだ? まあ、俺に事情を話してみろよ。俺もあいつとはちょっとした付き合いだ。力になれるかもしれないぜ?」


 もうけ話になりそうだ。カツラギは自身の内心を正しく表した笑みを隠しきれなかった。


 詳しい事情を聞き終えたカツラギがレビン達に同情を示す表情と口調で話しかける。


「大変だったんだな。俺もハンター相手に商売をやってるんだ。そういうつらさは良く分かる。助かって良かったな。それに俺もハンターに稼いでもらわないと商売上がったりだ。協力するぜ」


 レビンは感謝と不安の入り交じった表情を浮かべる。


「そ、そうか。それで、何とかできるのか?」


「そこはいろいろ何とかするつもりだ。ただ、あのアキラってやつはちょっと扱いの難しいやつでな。あいつと交渉するのはとても大変なんだ。そこは理解してほしい。知っているかもしれないが、アキラはかなり強いハンターだ。戦闘能力も高い。それとは別に、あいつは武闘派でね。スラム街のある徒党の用心棒のようなこともやっていて、殺しに躊躇ちゅうちょがない。聞いた話だが、その徒党とは敵対している別の徒党のやつが、随分調子に乗った交渉をアキラとしたことがあったらしい。アキラはそいつを殺してその死体を持って、敵対している徒党の拠点に堂々と乗り込んだってさ」


「……イ、イカレてる」


 カツラギの話を聞いたレビンが、アキラに対する率直な感想を漏らした。


 実際の内容とレビンの認識には大きな差異がある。カツラギはそれに気付いているが、訂正せずに話を進める。


「そうだろう? だからさ、俺もそんなやつ相手に、支払額を減らしてほしいだの、支払いを待ってほしいだの、そんなことは言いたくないんだ。それはお前達も分かってくれるよな?」


「じゃ、じゃあどうすれば……」


「だからここは俺に全部任せてくれ。残念ながらお前達にいろいろ不利益な交渉になるかもしれない。それはぎりぎりの交渉の結果だと思って我慢してくれ。俺も頑張ってみる。俺への見返りは、そうだな、お前達が稼げるようになったら、俺の店でいろいろ買ってくれればそれで良い。どうだ? 勿論もちろん自分達で何とかするって言うなら止めはしないが、……正直、お勧めしないぞ?」


 カツラギがレビン達に選択を迫る。選択の余地があったかどうかは別だ。


 レビン達は諦めと一縷いちるの希望を抱いてカツラギの提案に乗った。




 アキラはカツラギのトレーラーの中で商品を見ていた。大部分は銃器などのハンター向けの装備品だが、それ以外の商品も置いてあった。


 アキラが棚の商品を手に取る。


『旧世界の遺物の保存袋か。買っておこう』


 棚には衣類用、精密機械用、防水、防弾、帯電防止、耐衝撃、いろいろな種類の保存袋が並んでいる。使い捨てのものもあれば、再利用可能なものもある。値段も様々だ。


『いろいろ種類があるんだな。アルファはどれが良いと思う?』


『私にもよく分からないわ。かさ張るものでもないし、適当にいろいろ買っていったら?』


『そうするか』


 アキラは適当に選んだ保存袋を買物籠に詰め込んでいく。


 アキラが別の商品を手に取る。


『防水スプレーか。……お使いの銃器をさびから守ります。期間限定、今なら耐衝撃剤が添付されています。……こういうのは銃の整備道具としてシズカさんの所で買っているから要らないな』


 アキラは商品を棚に戻した。


 アキラが別の商品を手に取る。


情報収集妨害煙幕ジャミングスモークか。……ユズモ社汎用A28タイプ。お使いの情報収集機器との相性は、下記の成分表を基に情報収集機器の販売メーカーにお問い合わせください。……こういうのはあれば便利か?』


『アキラの情報収集機器を介した私の索敵能力まで低下する恐れがあるから、余りお勧めしないわ』


『なら要らないな』


 アキラは商品を棚に戻した。


 アキラがいろいろな商品を見ていると、カツラギがトレーラーの中に入ってきた。


 カツラギが愛想良く笑いながら買物中のアキラに話しかける。


「おっ! やっと俺の商品を買う気になったか? いろいろ買っていってくれよ? どれもお勧めだぜ」


「あいつらの遺物の査定は終わったのか?」


「ああ。それといろいろ事情も聞いてきた。ちょっとそこで待ってろ」


 カツラギは奥から回復薬を持って戻ってくる。以前アキラに売った回復薬と同じものだ。


「ほら。要は使った分の補填がしたいだけだろう? これでいいか?」


 アキラが不思議そうにカツラギを見る。確かに同じ回復薬が手に入るのならばアキラも文句はない。


「俺はそれで良いけど、何をたくらんでるんだ?」


「人聞きの悪いことを言うなよ。単なる販促の一環だ。あいつらに俺の店の客になってもらうためのな。俺だってただでやるわけじゃない。代金はあいつらからしっかり取るよ」


「ああ、そういうことか。分かった」


「良し。これであいつらの債権は俺が引き取ったわけだ。だからアキラはこれ以上あいつらに関わるなよ? 何があったか知らんが、お前のことを随分怖がってたぞ?」


「……まあ、遺跡でいろいろあったんだ」


 アキラにも心当たりがないわけではない。よく知らない自分達より強いハンターを怖がっても不思議はないし、エレナは初めレビン達を置き去りにしようとしたし、アキラはそれに同意していたのだ。怖がられても仕方がないだろう。アキラはそう答えて深くは気にしなかった。


「そうか? 俺には関係ないし、どうでも良いか。ああ、買物の途中だったな。良し。俺がいろいろ説明しようじゃないか。商品について聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ。おっ! 旧世界の遺物の保存袋か。それなら俺のお勧めはこれだ」


 カツラギが愛想良くアキラの接客を続けていく。アキラをできるだけ長くトレーラーの中にとどめて、アキラとの交渉が難航していると見せかけるために。


 アキラは30分ほどで買物を終えた。予想以上に結構いろいろ買ってしまった。無駄なものは買っていないと信じたい。アキラは買った商品が入った袋を見ながらそう思った。


 カツラギがトレーラーから出たアキラを見送る。


「アキラはそのまま帰って良いぞ。あいつらのことは、俺がちゃんと都市まで送っていくから心配するな。いろいろ売りつけるついでにな。遺跡の場所はあいつらに聞くよ」


「そうか? 分かった。じゃあな」


 アキラはそのまま車に乗り込んで都市に戻っていった。


 カツラギはさっきまで和やかに笑っていた表情を少し深刻なものに変えてからレビン達のもとに向かう。


 レビンが自分達の所に来たカツラギに聞く。


「ど、どうなったんだ?」


 カツラギが深刻そうに答える。


「……交渉は、成立した。紆余曲折うよきょくせつはあったが、最終的に俺が一時的に立て替えることになった。お前らの方からアキラに近付かなければ、アキラの方からお前らに何かをすることはないはずだ。多分な」


「そ、そうか。助かった」


 レビン達が安堵あんどの息を吐く。当面の危機は去ったと思ったのだ。


 そのレビン達にカツラギが済まなそうに話す。


「……それで、その、お前達の処遇なんだが、それぞれ40万オーラムの借金を背負ってもらうことになる。その所為でいろいろ悪影響が出るかもしれないが、それは理解してくれ。利息とかの相談はこれからするとして、他にもいろいろ制限がある。済まないが我慢してくれ」


「……借金か」


 レビン達の表情が再びゆがんだ。借金を返せないハンターの末路は大体ろくでもないものと決まっている。レビン達はそこに一歩近付いてしまった。


「言うまでもないが、ちゃんと返せよ? 返済が滞る場合は、……残念だがアキラに取立てを頼むことになる。俺もそんなことはしたくない。したくないが、俺にも商売上の信用ってものがあるんだ」


 同情に近い表情を浮かべているカツラギを見て、レビン達の表情が更に悪くなる。


「それじゃあ、いろいろ手続きをするから俺のトレーラーまで来てくれ」


 先導するカツラギの後に、レビン達は重い足取りで続いていく。


 レビン達を案内するカツラギは、ほくそ笑んでいた。




 アキラが前回の遺跡探索を終えてから数日った。


 クガマヤマ都市の繁華街にあるハンター向けの酒場で、一人の男がテーブル席に座っていた。6人分のグラスに酒ががれているが、座っているのはその男だけだ。レビン達に遺跡の情報を売ったのはこの男だった。


 アキラが発見したあの遺跡はヨノズカ駅遺跡と命名された。遺跡内部の駅の名前らしい。あるハンターが駅のホームに書かれていた駅の名前を発見して、それがそのまま遺跡の名前として定着したのだ。


 エレナが遺跡の情報を広範囲に売ったために、遺跡の情報は爆発的に広まった。しかし遺跡の情報の広まり具合に比べて、ヨノズカ駅遺跡に向かうハンターは少数となった。エレナが遺跡で遭遇したモンスターの情報を含め、クズスハラ街遺跡の奥に生息しているモンスターが地下鉄の地下トンネルを通ってヨノズカ駅遺跡にいる可能性を示したからだ。


 クズスハラ街遺跡の仮設基地の防衛を請け負っていたハンターが逃げ帰ったという話は、クズスハラ街遺跡の奥に生息するモンスターの実力を知らない者にも、ヨノズカ駅遺跡の難易度を分かりやすく伝えることになった。そのために実力不足のハンターがヨノズカ駅遺跡を敬遠するようになったのだ。


 他のハンターをヨノズカ駅遺跡に向かわせないための欺瞞ぎまん情報だと考えた者もいた。しかし大抵はヨノズカ駅遺跡に向かったハンターの生還率を下げる結果に終わった。


 ヨノズカ駅遺跡には旧世界の遺物がまだ大量に残っているようで、腕に覚えのあるハンターが今日もヨノズカ駅遺跡に向かっている。生きて帰ってこられるかどうかは、そのハンターの運と実力次第だろう。


 男は一人で静かに酒を飲みながら、酔っ払って大声でヨノズカ駅遺跡について話しているハンター達の雑談を聞いていた。


 男はアキラを見つけてヨノズカ駅遺跡を探し出したハンター達の唯一の生き残りだ。ヨノズカ駅遺跡の機能を再稼働させたのも彼らだった。遺跡の機能は彼らが駅のホームに来た時に勝手に動き出した。そしてトンネルを通ってきたモンスター達に襲われ、彼だけが生き残った。彼の仲間は全員その時に死んでしまった。


 男がヨノズカ駅遺跡の情報を広めたのは、復讐ふくしゅうのようなものだ。多数のハンターを遺跡に向かわせれば、仲間を殺したモンスターを彼らが殺してくれるだろう。その程度の考えだった。


 遺跡の位置情報を安値で広めたので、男が手に入れた金は僅かだ。未調査の遺跡を見つけ出して大金を得るという男の夢は破れた。そして気心の知れた仲間を全て失った。


 遺跡の情報を売って手に入れた僅かな金で少々高めの酒を飲みながら、男はいつまでも死んだ仲間達のことを思い返していた。




 アキラが再び荒野へ出向こうとしている。もう一度ヨノズカ駅遺跡に行こうとは思わない。だからといって未発見の遺跡の探索を止める気もない。再び別の未発見の遺跡を見つけるために、リオンズテイル社の端末設置場所を目指して出発しようとしていた。


 アキラが車庫から意気揚々と車を動かそうとした時、助手席に座っていたアルファが話す。


『アキラ。ハンターオフィスから通知が来たわ』


『通知?』


 アキラが情報端末を取り出して通知を確認する。


『賞金首速報。新規賞金首認定モンスターのお知らせ……?』


 アキラが怪訝けげんな表情で詳細を確認する。


 ハンターオフィスが通常の討伐依頼とは別の扱いで、特別に高額の討伐報酬、賞金を特定のモンスターに掛ける場合がある。都市の周辺などに場違いなほど強いモンスターが存在して、それが都市の経済活動に悪影響を与える場合などだ。それらのモンスターは賞金首と呼ばれる。


 通知は戦闘能力の乏しいハンターがそのような強力なモンスターに迂闊うかつに手を出して、無駄に死なないようにするための注意喚起でもある。危険な荒野に出かけて、危険な旧世界の遺跡から貴重な旧世界の遺物を持ち帰ってくるハンター達に、無駄に死なれては統企連も困るのだ。


 そして実力のあるハンター達が、自分の実力を誇示して名を売る絶好の機会でもある。賞金首の討伐情報は、討伐したハンターの名前と一緒に公表されるのだ。高額の報酬が手に入り、ハンターランクが上がり、ハンター稼業の履歴にはくが付き、名声まで手に入る。東部では新しい賞金首が出るたびに、腕に自信の有る多くのハンターが賞金首の討伐に乗り出すのだ。


 新たに賞金首に認定されたモンスターは4体だ。ハンターオフィスの賞金首情報の掲載場所には、賞金首の姿と名前、そして賞金が大きく表示されている。賞金首の出現場所は、非常に大まかな場所しか掲載されていなかった。そしてその場所には、アキラ達が前回探索したヨノズカ駅遺跡の周辺が含まれていた。


 アキラが表情を険しくする。その脳裏に浮かんでいるのは、あの巨大な暴食ワニの亜種だ。


『アルファ。この賞金首ってさ……』


『多分1体はあれでしょうね。4体いるってことは、他にも外に出た個体がいたんでしょうね。恐らく通路に交戦の跡はあったけど死体がなかったのは、外に出た個体が途中で食べていったのでしょうね。通路にあの痕跡を残したモンスターが遺跡の外に出て、他のモンスターやハンターを襲った可能性が高いわ』


 戦闘の痕跡が残っているのにもかかわらず、倒されたモンスターやハンターの姿が不自然なまでに残っていなかったあの通路だ。あの通路の痕跡は、アキラの予想通り捕食により急激に成長する種類のモンスターだったのかもしれない。通路に残っていた他のモンスター達の残骸を食べて成長し、そして周辺にいる比較的弱いモンスター達を捕食して更に成長したのかもしれない。賞金首に認定されるほど、巨大に、強力に。


 アキラは黙って車を降りた。アルファが尋ねる。


『今日は止めておくの?』


『ああ。このまま荒野に出発して、不運にもその賞金首達と遭遇する、なんてのは嫌だからな』


 アルファが軽く笑いを堪えながら話す。


『そうね。アキラの運の悪さを甘く見ないためにも、今日は止めておきますか』


 アキラは少し表情をむくれさせたが、黙って家の中に戻っていった。


 その後、アキラは室内での訓練と勉強にその日を費やした。

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