第86話 脱出

 アキラ達が長い通路を走っている。アキラ達の体力はまだ十分余裕が残っている。しかしレビン達は荒い呼吸を繰り返しており、体力の限界が近付いていた。


 レビンがアキラ達を呼び止める。


「ちょっと、ちょっと待ってくれ。そろそろ限界だ。せめて、もう少しペースを落としてくれ」


 エレナが非情に言い切る。


「嫌よ。これ以上遅れるなら置いていくわ。遅れた分だけより危険になるんだから、死にたくないなら頑張りなさい。これでもかなりペースを落としているのよ?」


「どういう体力をしてるんだよ。あれか? 強化服ってやつか? こっちは生身で普通の防護服なんだ。手加減してくれ」


「そんな装備で、よくほぼ未調査の遺跡に潜ろうなんて考えたわね。自殺願望でもあるの?」


 少々余裕がないためか、エレナの口調は少し厳しめだ。しかし間違ったことは言っていない。


 レビンがアキラを見る。自分より年下のハンターがしっかり強化服を着用している姿を見て、レビンは愚痴るようにアキラに尋ねる。


「だから未調査の遺跡の遺物で一発当てて、良い装備を買うためにここに来たんだよ。お前だって高値の遺物を売った金で強化服を買ったんだろう?」


「まあそうだけど。その時は強化服の代金を支払うために、めた金とか遺物とかほぼ使い切ったんだ。おかげで風呂無しの部屋にしか泊まれなくなって、結構大変だったな」


 アキラはその時のことをしみじみと思い出した。今のアキラの装備からは考えられない生活だ。


 少し予想外のことを聞かされたレビンが誤魔化ごまかすように言う。


「そ、そうか」


 エレナが少しきつい口調で話す。


「どうせ酒や女にぎ込んで、ろくに金をめてもいないんでしょう。ハンター稼業が明日生きているかも分からない危険な稼業だからって、浪費して毎日無一文になっていれば、良い装備なんか買えないわよ?」


 エレナに図星を突かれたレビンがうなる。似たような状況であるレビンの仲間達も項垂うなだれている。いろいろと思う所があるのだろう。


 アキラがレビンに尋ねる。


「回復薬とか持ってないのか?」


「全員籠城中に使い切ったよ。無傷であそこに入ったわけじゃないからな」


「なら俺のを売ろうか? まだ予備はあるからな」


「そうか。悪いな。幾らだ?」


「1箱200万オーラムだ」


「高いな! 何だその値段は! どんだけ上乗せする気だよ!?」


 レビンは回復薬の余りの値段に叫んだ。レビン達がよく使っている回復薬の値段とは桁が違う金額だ。


 アキラは普通に答える。


「俺がその回復薬を買った時の値段だ。上乗せは1オーラムもしていない。それにこういう回復薬がぎりぎりの状況での生死を分けるんだ。確かに高いけど、俺の命よりは安い。そっちの命より高いかどうかは、そっちで決めてくれ。で、どうする?」


「……無理だ」


「そうか。まあ、無理強いはしない」


 レビン達は気力を振り絞ってアキラ達の後を追う。都市に戻ったら筋肉痛は避けられない体を酷使して、長い長い通路を走っていく。


 金を稼ぐための金がない。レビン達はそんな状況を長く続けている。稼いだ金で装備を整えて、更に大きな金を稼ぐ。それを実践している自分よりも若いハンターを見てレビンは決意した。


 酒も女も断って、強化服を買おう。レビンは固く決意した。その決意が明日以降も続いているかどうかは分からないが、少なくともこの場では、固く決意した。




 アキラ達が地上に続く階段まで辿たどり着く。


 急にエレナが振り返って通路の奥を凝視する。そして表情を真剣なものに変える。アキラとサラも振り返って通路の奥を見る。


 辛うじてアキラ達に追いついたレビンが、急に雰囲気を変えたアキラ達を見て、不安そうな表情を浮かべて荒い息で尋ねる。


「おい、何かあったのか?」


 エレナが状況を説明する。


「死にたくなかったら死に物狂いで階段を駆け上がりなさい。モンスターが追ってきているわ」


「……は?」


 しかしレビンの反応は鈍かった。レビン本人の力量。精神的にも肉体的にもまりにまった疲労。事態を把握したくない願望。積み重なった様々な要因がレビンの認識と判断と動作を鈍らせていた。


 エレナが怒鳴りつける。


「突っ立ってないで早く行きなさい! 死にたいの!?」


 通路の奥から音が聞こえてくる。獣のうなり声。機械の駆動音。大量の何かが迫ってきている音だ。


 その音がレビン達の耳に届く。ようやく状況を理解したレビン達は、もっと早くするべきだった行動を取り始める。おびえの混ざった表情を浮かべながら、死に物狂いで階段を駆け上がった。


 サラがA4WM自動擲弾銃を構え、無数の擲弾を通路の奥に向けて発射する。通路の奥から響く無数の爆発音が一時的にモンスター達の音をき消した。だがモンスター達の音はすぐに元に戻り、更にどんどん近付いてきていた。


 エレナがサラに指示を出す。


「サラ、足止めは任せるわ。私達は地上の様子を確かめて移動の準備をしておくから、サラも無理をせずに早めに引いて。レビン達に合わせるとサラの撤退が遅れそうなら、あの連中は見捨てなさい」


 レビン達から緊急依頼を受けてはいるが、そのためにサラを死なせる気などエレナには欠片かけらもない。助けられるなら助けるが、それが難しいなら見捨てる。それだけだ。


「了解。無理はしないわ。そっちも気を付けて」


 サラは笑って返事をした。サラは邪魔な荷物をエレナとアキラに渡す。それを受け取ったアキラとエレナはすぐに階段を駆け上がった。


 アキラは先に行ったはずのレビン達の姿を見る。既にレビン達の疲労は気力でどうこうできる状態ではない。モンスターから逃れるために足を止めてはいないが、その歩みは非常に遅い。


 アキラがレビン達に向けて叫ぶ。


「回復薬はどうする!」


 返答の猶予はアキラがレビン達の横を通り過ぎるまでだ。つまり数秒だ。


 レビンはアキラを見て叫ぶように答える。


「畜生! 寄こせ!」


 アキラはレビン達の横に回復薬を落として、そのままエレナと一緒に地上まで駆け上がった。


 レビンは残る気力と体力を振り絞って回復薬の箱を開ける。そして箱の中のカプセル薬を取り出して急いで頬張った。


 回復薬が実際に効き始めるよりも早く、1箱200万オーラムもするのだから効いて当然だという思い込みがレビンの気力を回復させる。そして高価な回復薬なだけはあり、即効性の回復効果がレビンの体力を素早く回復させた。


「……効くな! 流石さすが1箱200万オーラム!」


 レビンはぐに仲間の口に残りの回復薬を詰め込んでいく。レビンの仲間達もすぐに回復した。気力と体力を取り戻したレビン達は、今までとは別人のような動きで階段を駆け上がった。


 アキラとエレナが階段を駆け上がって遺跡から脱出した。アキラ達はすぐに地上の様子を確認する。遺跡の出入口周辺にモンスターの反応はない。アキラとエレナは自分の車に飛び乗って、すぐにここから離れる準備を始める。


 アキラとエレナはそれぞれの車を、サラ達が遺跡から出る邪魔にならないぎりぎりの場所まで近づける。そしてサラ達が出てくるのを待つ。


 アキラが階段の奥をのぞき込む。レビン達はもう少しでここに来る距離まで来ていた。レビン達はモンスターに追われているという恐怖と、もう少しで地上に出ることができる喜びが混じった表情をしている。


 アキラの表情が一気に険しくなる。アキラは運転席から飛び降りて再び階段を駆け下りた。レビン達の背後に、サラの姿がなかったのだ。


 サラは階段を登りながら、迫りくるモンスター達を攻撃し続けていた。サラの歩みはかなり遅い。その動きには明確な負傷の痕跡がある。何かの破片が当たったのか、頭部の出血がサラの顔を赤く染めている。


 サラが負傷した原因は幾つかある。モンスターが地下街で交戦したものより強かったこと。モンスターに遠距離攻撃を持つものがいたこと。そのモンスターが他のモンスターの被害など気にせずにサラを攻撃したこと。近くに身を隠せる遮蔽物がないこと。モンスターの攻撃に対するサラの回避と迎撃が間に合わなかったこと。そして、サラの撤退が少し遅れたこと。


 サラはいつも通りに戦っていたつもりだった。しかし本当にいつも通りに戦っていたのなら、撤退が遅れるような失敗はしないはずだと思い直した。エレナからもレビン達を見捨ててでも早めに撤退するよう指示されていた。いつものサラなら、もっと早く撤退していたはずなのだ。


 ではなぜサラの撤退が遅れたのか。サラはその理由にすぐに気が付いた。


(……ああ、そうか。私はアキラに良いところを見せたかったのね)


 サラが自嘲の笑みを浮かべた。先輩のハンターとして、アキラに良いところを見せたかったのだ。レビン達のような足手まといがいてもモンスターの足止めを問題なく成功させ、アキラにすごいと思ってほしかったのだ。自分達をすごいハンターだと思っているアキラの期待に応えたかったのだ。


 それがサラの判断を僅かに狂わせた。より完璧な成果を求めて、より危険な行動をサラに取らせたのだ。サラは欲張ってしまった。


 この状況で狼狽ろうばいもせずに戦意も戦力も失わずに戦闘を継続していること自体が、サラの有能さを十分証明している。サラも死ぬ気はない。最後まで生存を諦める気はない。ある程度、ほんの数分の時間さえあれば、サラの体内のナノマシンが、負傷を普通に動ける程度まで治すだろう。


 しかし戦闘を続行している限りその回復速度は鈍くなる。強力な重火器の反動を押さえるだけでも、サラの体力は消費され続け、負傷を悪化させるのだ。


 しかしサラが重い武器を捨てて階段を駆け上がったとしても、今の負傷状態ではモンスターに追いつかれてしまう。サラは攻撃を続けながら遅い回復を待つしかなかった。攻撃の手を緩めれば大量のモンスターが倒れたモンスターを踏み潰しながら一気に近付いてくる。だが弾薬は無限にあるわけではないのだ。


 サラの有能なハンターの経験と判断が、このままでは不味まずいと告げている。同時にその経験と判断が、他に手段はないと告げている。サラは歯を食いしばり、必死に戦い続けた。


 階段を駆け下りているアキラが、サラの姿とその先のモンスターの姿を捉える。アキラは止まらずにモンスター達に向けてCWH対物突撃銃を構えた。


『アルファ!』


『任せなさい!』


 アキラは躊躇ちゅうちょなくアルファに助けを求めた。アキラの視界にアルファの姿が現れて、アキラの呼びかけに答えた。同時にアキラにアルファのサポートが加わった。


 アキラが引き金を引く。CWH対物突撃銃から専用弾が発射される。アルファのサポートにより神懸かり的な射撃能力を得た弾丸が最大効率で放たれる。戦車との戦闘にも用いられる強力な専用弾が、先頭にいるモンスターを貫通してその背後の複数のモンスターまでまとめて一度に破壊した。


 アキラは続けて銃撃する。階段を駆け上がってくるモンスター達が最大効率で倒されていく。アルファのサポートにより、放たれた銃弾はモンスターの急所に的確に着弾する。頑丈なモンスターが崩れ落ち、後続のモンスターの進路を妨害する。階段で将棋倒しになったモンスターが後続を巻き込んで転倒する。


 先頭のモンスター達の被害は甚大だ。しかし後続のモンスター達は全く気にせずに前進し続けている。


 アキラが装備している銃はCWH対物突撃銃だけだ。素早い移動の邪魔になるものは車に置いてきた。DVTSミニガンも置いてきて、火力の低下を抑えるために、CWH対物突撃銃の弾を専用弾に変えている。そのため今のアキラはかなり身軽になっていた。


 サラの状態を確認したアルファがアキラに指示を出す。


『負傷しているけど命に別状はない。抱えて駆け上がりなさい。その方がここでモンスターを迎撃して彼女の回復を待つより早いわ』


 アキラが銃の反動すら利用して急停止する。そして左手でサラを抱きかかえるようにしてすぐに階段を駆け上る。階段を駆け上がりながら、振り向きもせずにモンスター達に銃撃を続ける。全く狙っておらず適当に後方に撃っているように見えるが、アルファがしっかり狙っているため弾丸はしっかりモンスターに命中していた。


 サラは驚きながらもアキラが救援に来たことは理解した。そして下手に動くとアキラの動きの邪魔になることも理解して、大人しくそのままアキラに抱きかかえられるように運ばれた。


 エレナは地上でアキラ達が戻ってくるのを待っていた。アキラがサラの救援に向かったのはエレナにもすぐに分かったが、エレナまで救援に向かうわけにはいかない。エレナはここでサラ達が戻ってきたらすぐに出発できるように待機するのが最善だと判断していた。今のところ周辺にモンスターの姿はないが、いつ現れても不思議はないのだ。警戒を怠ることはできない。


 サラ達はなかなか戻ってこない。正確には、エレナには一分一秒が非常に遅く感じられているだけで、そう長い時間はっていない。しかしそれでも、エレナの表情は焦りの色を濃くしていく。


 エレナの焦りはレビン達にも伝わる。レビン達は全員エレナの車に乗っている。アキラの車には運転手がいないからだ。


 エレナの車に乗り込んだレビン達は安堵あんどの表情を浮かべていた。しかしサラ達を待って出発しようとしないエレナを見て、レビン達が再び不安を募らせていく。


 レビン達の一人が、不安そうな表情でエレナを見ながらつぶやくように言う。


「……な、なあ。このままだと不味まずいんじゃ……」


「黙れ」


 エレナは冷酷な表情で、その男に敵意すら込めて、そう一言だけ言った。エレナの静かな言葉には、有無を言わせない迫力があった。男はおびえながら慌ててエレナから視線を外した。


 次の瞬間、アキラがサラを抱えて遺跡から飛び出してくる。アキラはそのまま自分の車に飛び乗る。その直後、アキラの車が勝手に動き出した。


 エレナもすぐに車を動かす。車が急発進した反動で大きく体勢を崩したレビン達が慌てて車にしがみついた。


 アキラ達の車が勢いよく遺跡の入り口から離れていく。その後すぐに地下に続く階段からアキラ達を追っていたモンスターが湧き出てくる。比較的小型の、階段の幅よりは小さいモンスター達だ。


 アキラが急いでいたためにサラを少々乱暴に後部座席に乗せる。車の運転自体は既にアルファが行っている。そして運転席に座ろうとするアキラをアルファが止める。


『アキラ。運転は私がするわ。アキラはあっちの対処をして』


『あっち?』


 アキラがアルファに指示された方向を、地下の遺跡に続く階段の辺りを見る。次の瞬間、階段から大量のモンスターが無理矢理やり外に押し出されたように湧き出した。


 更に巨大な何かが飛び出てくる。階段を通り抜ける限界の大きさのモンスターが、大口を開けて他のモンスターを捕食しながら飛び出てきた。


 それは長い巨大な蛇のようにも見えるが、巨大な鱗は捕食した様々なモンスターを乱暴に混ぜて造ったようなモザイクだ。へし折れた砲身のようなものまで混ざっている。うろこの一部が剥がれているのは、その巨体で強引に階段を上ってきたからだろう。


 そこらの小物とは格の違う巨大なモンスターを見て驚愕したアキラが大口を開けて固まった。


 巨大なモンスターは階段から飛び出した勢いで体を高く上げていた。その勢いがなくなると巨体が重力に従って地面に落ちるように落ちて轟音を立てる。近くにいた小物のモンスターが巻き添えになった。


 その轟音でアキラが我に返る。我に返ったアキラが思わず叫ぶ。


「何だあれ!?」


 アルファが答える。


『恐らく暴食ワニの亜種かしらね。通路のモンスターは、アキラ達を追ってきたというより、あれから逃げてきたのでしょうね』


『暴食ワニ!? 暴食ワニって、あんなのだったか!?』


『亜種って言ったでしょう? 元々捕食したものによって形状を変えるモンスターで、細長い通路を通ってきたから、形状をそれに合わせたのかもね。驚いていないで早く攻撃しなさい。あれを狙うのではなくて、近くにいるモンスターを倒すのよ。あれの餌がこっちに逃げてきたら、アキラ達まで巻き添えになって餌になるわ。運転は私がするから急ぎなさい』


 アキラが慌てて車の後部に移動する。そしてDVTSミニガンとCWH対物突撃銃を構えて、アキラ達を追ってきているというより、巨大な捕食者から逃げている他のモンスターに狙いを定めて引き金を引く。


 サラもすぐに攻撃に加わる。アキラとサラが自分達と同じ方向に逃げようとしているモンスターの群れに銃弾と榴弾を浴びせ続ける。銃弾を食らい、爆発で吹き飛ばされたモンスターが次々と倒れていく。


 アキラ達の攻撃で動きを鈍らせたモンスターを、巨大な捕食者が一みにしていく。実に旺盛な食欲だ。比較的小型なモンスターを生物系であろうとも機械系であろうとも見境無く捕食していく。しかし近くの餌を優先して捕食しているため、かなりの勢いで離れていくアキラ達への興味は薄いようだ。


 エレナもかなりの速度で車を走らせている。アキラ達の後ろにいては攻撃の邪魔になるからだ。アキラの車の速度に合わせるため、エレナはかなり荒れた運転をしていた。


 レビン達はエレナの車から振り下ろされないように、必死にしがみついていた。レビン達が車から落ちたとしてもエレナが車を止めるとは思えない。間違いなく見捨てていくだろう。車から落ちれば巨大なモンスターの餌となるのは確実だ。焦りと恐怖で表情を歪ませて叫びながら必死になってしがみついていた。


 アキラ達がモンスターを迎撃しながら遺跡のある瓦礫がれき地帯を抜ける。そのまま車を走らせて、巨大な捕食者の姿が小さくなり、瓦礫地帯が肉眼では見えなくなった頃、ようやくモンスターの群れから逃げることができた。


 アキラとサラが顔を見合わせる。そして互いを見ながら疲労で倒れ込み、安堵あんどやら何やらのよく分からない理由で、非常に楽しげに声を上げて笑い合った。




 アキラ達がクガマヤマ都市へ向けて順調に車を走らせている。遺跡から湧き出てきたモンスターの群れから逃れてからはモンスターとの遭遇もなかった。


 アキラ、エレナ、サラの三人はエレナ達の車に乗っている。レビン達はアキラの車に乗っている。安全を確認した後に乗り換えたのだ。


 エレナがサラを心配して尋ねる。


「サラ、本当に大丈夫なの?」


「大丈夫よ。あの程度の怪我けがで死んだりはしないわ。もう大分治ってきているしね」


 サラは余裕を感じさせる笑顔で返事をした。事実サラの負傷は戦闘に影響を与えない程度まで回復している。都市への帰り道でモンスターに遭遇しても問題なく戦える。


 エレナはサラの顔に血が滴っていたのを見て、サラの容態をかなり心配していた。


「なら良いけど。全く、心配させないでよ。ちょっと体が頑丈だからって無茶むちゃしすぎよ。無理はしないようにって、ちゃんと言ったでしょう?」


 サラはナノマシン投与による身体強化拡張者だ。サラの体は常人とは比べものにならないほど頑丈だ。それでも不死身ではない。死ぬ時は死ぬのだ。


「ごめん。謝るわ。最近いろいろ上手うまく行っていたから、少し調子に乗っていたのかもね。これからはもう少し慎重に行動するわ」


 サラは笑いながらそう答えてエレナに謝った。サラの笑顔には普段の明るさが少々足りておらず、必要以上に気落ちしないように無理に笑っている雰囲気さえあった。


 エレナはサラの様子を見て、それ以上そのことについて話すのは止めにした。反省し、生き残っているのならば、それを次の機会に生かせば良い。不要な叱責は今後の動きを鈍らせるだけだ。


 サラは自分が気落ち気味であることを自覚して、気持ちを切り替えるように明るく笑う。そしてアキラに礼を言う。


「アキラ、ありがとう。おかげで助かったわ」


 エレナもわざと明るめの声で言う。


「私からも礼を言っておくわ。アキラ、ありがとう。助かったわ」


 アキラは少し慌てながら答える。


「いえ、俺の方こそ何かすみません。予想以上に危険な遺跡に連れてきてしまったみたいで。最後にあんなのまで出てくるし、本当に全員無事で良かったです」


 どことなく責任を感じているようなアキラの態度に、エレナは笑って答える。


「それはアキラの所為ではないわ。調査が不十分な遺跡に危険は付きもの。私もサラもその危険を承知であの遺跡に向かったのよ」


 サラがエレナの意見に同意する。


「そうよ。アキラが気に病むことじゃないわ」


「それに、こんなことを言うのも何だけど、地下街の遺物収集を終えた時にさっさと帰っていれば、何の問題もなかったのよね。……私達って、旧世界の遺跡で出会うハンターとの相性が悪いのかしら?」


 エレナは冗談でそう言ったのだが、自分で言って少し真剣に考えてしまった。サラとアキラも過去の出来事から心当たりを見つけ出し、少しうなってしまう。


 アキラは何となく良くない思考に流されている気がして、強引に相反する出来事を思い出して反論の種にする。


「あー、その、俺がエレナさんとサラさんに初めて会ったのは旧世界の遺跡でしたので、必ずしもそうではないかと思います。俺は、ですけど」


 アキラは柄にもないことを言っていると自覚して、少し照れていた。


「そ、そうよね。考えすぎよね」


「た、確かにそうね」


 アキラの照れが移ったのか、エレナとサラも少し上擦った口調で答えた。妙な気恥ずかしさがアキラ達の間に流れた。


 一人だけ照れとは無縁のアルファが、楽しげに笑いながら話す。


『そうよね。アキラが私と出会ったのも旧世界の遺跡だし、そんなことはないわね』


『……そうだけど、アルファはハンターじゃないだろう?』


 アルファが不満げな表情で話す。


『ちょっと、そこは同意してくれても良いでしょう? 相性の話よ。何よ、私との相性に何か文句でもあるの?』


『ないです。大変助かっております』


よろしい』


 アルファと話してアキラは冷静さを取り戻した。さっきまであった照れもどこかへ消えてしまった。


 エレナが照れ隠しを兼ねて少々強引に話題を変える。


「さて、私は都市に戻ったらハンターオフィスで緊急依頼の後処理とかいろいろすることがあるから、今のうちに決めておかなければならないことを決めておきましょう。まず私が案を出すから、嫌なら言ってちょうだい」


「分かりました」


「まず報酬の分配方法だけど、遺物を全部売り払ってその代金を三等分にするって形にすると、サラが折角せっかく集めた遺物まで売ることになってサラが泣いてしまうから、各自で集めた遺物を各自好きにするって方法にしたいわ。良いかしら?」


 そうしなければ、サラは自分で売った女性用の下着の遺物を、自分で買い戻さなければならなくなる。当然売った相手の利益が上乗せされるため、売った時より高くだ。


「俺はそれで構いません。でもその場合、レビン達からもらう分の遺物はどうします?」


「どうしましょうか。サラ、何か良い案はない? 案がない場合は全部売り払って三等分だからね」


「えっと、下着とかは私が相場で買い取ってから売り払うってのはどう?」


「その相場は誰がどうやって調べるの? その相場は適正な額なの? 買い取り価格で買うの? 販売価格で買うの?」


 別にエレナはサラを責めているわけではない。一部だけ方式を変えるとその調整が大変だというだけだ。


 できれば下着を手に入れておきたいサラが案を出す。


「……何とか遺物を三等分するってのは?」


「分配した遺物の価値が均等になるように、どうやって分けるの? 遺物の目利きって大変なのよ? その目利き、誰がやるの? 三人で相談して分け合っても良いけど、遺恨なくちゃんと分けられるの?」


「業者に遺物を鑑定してもらうとか……」


「どの業者に鑑定してもらうの? その鑑定料は誰が払うの? 鑑定した結果、遺物の価値がすごい偏っていて、均等な価値で分けられなくなったらどうするの?」


 エレナはサラの案にいろいろ指摘を繰り返している。アキラは別に分け方にこだわりはない。エレナとサラが決めた方法ならそれに従うつもりだ。


 アキラが他人ひと事のようにつぶやく。


『大変だな』


『少なくともエレナは、アキラに教えるためにわざといろいろ細かく指摘してめているのよ。もし今後アキラが知り合いでもない他のハンターと遺物収集に行くことになったら、こういう交渉をしないといけないのよ?』


『ああ、そうか』


 アルファにそう教えられて、アキラは単純に面倒だと思った。ハンターの中にはそのような面倒事に対処するために、代理人を雇う者もいる。アキラはその気持ちがよく分かった気がした。


 アキラは適当に思いついた案を言ってみることにする。


「元々緊急依頼の報酬の300万オーラムの代わりです。この中の誰かが遺物を300万オーラムで買うってのはどうでしょうか? それを分ければ比較的公平になると思います。希望者がいなければ俺が買いますよ。言い出した本人ですし、遺物を売り払う練習にもなりますので」


 アキラの案を聞いてサラが答える。


「それなら私が買うわ。元々その遺物を欲しがっていたのは私だからね。後でアキラの口座に振り込んでおくわ。アキラもそれで良い?」


「はい。お願いします」


 エレナが次の相談事に話を進める。


「遺物の件はこれで終わりね。次はあの旧世界の遺跡の情報についての話になるわ。私はあの遺跡の情報を売るつもりよ。その情報料から今回使った弾薬費を引いて、残りを三等分するってことにしたいわ。勿論もちろんアキラが嫌なら売るのは止めておく。アキラ、どうする?」


「構いません。お願いします」


「アキラは本当にそれで良いの? 遺跡の場所とか内部構造とか生息しているモンスターとかの情報が、思いっきり広まるのよ? 地下街の奥とかに、まだまだ遺物がたっぷり残っているかもしれないわ。後悔しない?」


「大丈夫です。正直な話、あんなのが出る遺跡にもう一度行きたいとは思いません」


 嫌そうな表情でそう話すアキラを見て、エレナとサラも苦笑する。


 エレナが苦笑しながらもどこか楽しげに話す。


「まあ、アレの情報も高値で売るとしましょう。しかしあんなのまで出てくるとはね。やっぱり未調査の遺跡は大変だわ」


 サラも笑って話す。


「確かにアレはね。まさかあんなにデカいのが出るとは。通路に詰まってくれれば助かったのに」


 三人で笑い合った後、エレナが話を締めくくる。


「分かったわ。今回の遺跡の情報は私が責任を持って売り払うわ。アキラは後で今回の弾薬費を私の情報端末に送ってちょうだい」


「分かりました」


「これで面倒な話はおしまい。後は、都市に戻るまで何事もないことを祈りましょうか」


 エレナの祈りが通じたのか、アキラ達は何事もなく都市に戻ることができた。正確には、アキラ、エレナ、サラの3人は、何事もなく都市に戻ることができた。




 アキラ達はクガマヤマ都市まであと少しといった距離の荒野で車をめた。エレナ達はレビン達から報酬の遺物を受け取り、アキラと別れの挨拶を済ませて先に都市に戻っていった。エレナ達には緊急依頼の後手続きや遺跡の情報の売買など、いろいろとすることがあるようだ。


 荒野にはアキラとレビン達が取り残されている。アキラがレビン達を一度車から降ろす。運転席に座ったままのアキラに、レビンが怪訝けげんそうな表情で尋ねる。


「おい。何の真似まねだ。ここから都市まで歩けってか?」


「いや、ちゃんと都市まで送るよ。都市まで送る依頼だしな」


「じゃあ何で降ろしたんだ?」


「確認しておきたいことがあるんだ。その確認が終わったら都市まで送る」


「……確認? 何をだ?」


 レビンは表情を更に怪訝けげんそうにしてアキラに尋ねた。しかし実際にはレビンも仲間達も、アキラが確認したいことの内容は容易に想像できた。そしてその想像は見事的中した。


 アキラが何でもないようなことを聞くように尋ねる。


「回復薬の代金。200万オーラム。どうやって払うんだ?」


 レビン達が一斉に目をらした。

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