第82話 行儀の良いハンター

 シェリルは騒ぐ部下達を辛うじて押さえていた。


 突然の閃光せんこうと爆音。倒れているデイル達。交戦を始めるアキラとギューバ。近付いてくるモンスター。シェリル達が混乱する要素は山ほどある。


 シェリルは毅然きぜんとした態度を崩さずに、強引に部下達を黙らせることで場を落ち着かせていた。しかしそれもいつまで持つかは分からない。断続的な銃声が続いている。それは戦闘が継続中であることをシェリル達に伝えている。シェリルの部下達の限界が近付いてきている。


 シェリルは周囲を見渡してアキラを探し続ける。そしてついに自分達の方へ走って向かっているアキラの姿を見つけた。怪我けがをしている様子もない。


 シェリルが安心して息を吐く。


「アキラが戻ってくるわ。事情を聞いてくるから待っていて」


 シェリルが部下達にそう言うと、部下達もすぐにアキラの方を見る。アキラの無事な姿を見て、彼らも何とか落ち着きを取り戻した。


 シェリルが荷台から降りてアキラのもとへ向かおうとする。その途中でセブラがよろよろと立ち上がり彷徨さまようようにふらふらしていた。


 シェリルはアキラを探す過程でそのセブラの様子にも気付いていたが、全く気にしていなかった。セブラの生死などシェリルにはどうでも良いことだからだ。


 アキラはシェリル達の無事を確認するとまずは安心する。後はデイル達がモンスターを倒し終えるのを待つだけだ。


 デイル達に加勢することも考えたが、念のためこのままシェリル達の護衛を優先することにする。アキラが車から降りなければ、この面倒な事態は発生しなかったかもしれない。念には念を入れた方が良いだろう。アキラはそう判断した。


 シェリルがアキラの方へ向かっている。その近くにはふらついているセブラがいる。まだスタングレネードの影響から立ち直っていないのだろうと、アキラは大して気にしなかった。そして、その判断は誤りだった。


 シェリルがセブラの横を通り過ぎようとした瞬間、セブラはシェリルの腕をつかんで引き寄せると、持っていた銃をシェリルに突きつけた。


「動くんじゃねえ!」


 セブラは必死の形相でアキラに怒鳴りつけた。




 セブラは既にスタングレネードの影響からほとんど回復していた。彼の動きを鈍らせていたものは、混乱と困惑と恐怖だ。


 セブラはギューバと取引をしてシェリル達を裏切っていた。ギューバと一緒にアキラ達を殺して、遺物と装備を奪って山分けにする予定だったのだ。ギューバがデイル達の車を銃撃したことも、モンスターをおびき寄せるために何らかの装置を設置していたことも、アキラ達を殺す機会をうかがっていたことも、セブラは知っていた。


 セブラはスタングレネードの衝撃で気絶していたが、比較的早く意識を取り戻していた。地面に倒れたまま、非常に混乱しながらも辺りの状況を少しずつ把握しようとしていた。


 しかしセブラが把握できたことは、ごく僅かな予想程度のことでしかない。銃声が聞こえる。多分誰かが何かと戦っているのだろう。アキラ達の死体はない。だからアキラ達は生きている。恐らくギューバがアキラ達と戦っている。セブラが把握できたのはそれぐらいだ。


 そしてセブラはアキラが一人で戻ってくる姿を見た。それを見たセブラが顔をゆがめる。恐らくギューバは殺された。しかしセブラにとって重要なのはギューバの生死ではない。セブラがシェリル達を裏切っていたことを、アキラ達を殺そうとしていたことを、アキラに知られたかどうかだ。


 アキラがセブラをチラッと見たのは、単にセブラの様子を確認するためだ。しかしセブラには、自分の裏切りをギューバから聞き出したアキラが、自分を殺そうとしているようにしか見えなかった。


 セブラは狼狽ろうばいし、死の恐怖におびえる。そのセブラの視界の中にシェリルの姿が映る。もうセブラには他の手段が思いつけなかった。セブラは反射的にシェリルの腕をつかんだ。


 自分の行動の意味も考えられずに。




 セブラがシェリルを人質にとってアキラと対峙たいじしている。セブラの表情は恐怖にゆがんでいる。銃を持つ腕が震えており、非常に危なっかしい。


 シェリルがセブラに敵意を込めた強い口調で話す。


「こんなことをしてこの後どうなるか分かっているんでしょうね?」


「うるせえ! 黙れ! 黙ってろ!」


 セブラは大声で叫び、銃口を強くシェリルに押しつけた。


 アキラがシェリルを落ち着かせるように話す。


「シェリル。そいつを刺激するな。危ないからな。静かに、落ち着いて、口を閉じて、余計なこともするな。いいな?」


 シェリルは不意を突いて暴れようかとも考えていたが、アキラにそう言われたので指示通りに大人しくして口を閉ざす。


 セブラはシェリルの微妙な態度の変化を感じ取り、緊張で引きつっている顔に僅かに笑みを浮かべた。


「そ、そうだ! 黙ってろ! 大人しくしてろ!」


 セブラは自身の優位を感じ取り、僅かだが余裕を取り戻した。だがその余裕はすぐに消し飛ぶ。生まれた余裕が状況を再確認させる。銃を持ったアキラと対峙たいじしているという絶望的な状況を。


 セブラの視線がアキラの持つ銃にそそがれる。セブラがアキラをにらみ付けて叫ぶ。


「銃を捨てろ! すぐにだ!」


 アキラはセブラをじっと見ながら少し考える。アキラに注目され、セブラがたじろぐ。セブラの緊張が高まっていく。


 セブラの緊張が決壊する直前、銃が地面に落ちる音がした。アキラが銃を捨てたのだ。


 アキラは銃を捨てないだろう。アルファはそう考えていた。予想外の行動にアルファが驚きの表情でアキラを見る。


『ちょっとアキラ!?』


 アキラはアルファの問いに答えず、黙ってセブラに意識を集中させていた。


 銃を捨てたアキラを見てシェリルが驚きの表情を浮かべている。アキラは銃を捨てないだろう。シェリルはそう考えていた。アキラはそこまで自分を大切には思っていない。シェリルはそう思っていた。


 自分を見捨てずに、敵の前で銃を捨てるという危険を冒してまで、アキラは自分を助けようとしている。シェリルは泣き出しそうなほどの強い喜びを覚えた。自分が足を引っ張った所為で、アキラに銃を捨てるほどの危険な真似まねをさせている。シェリルは泣き出しそうなほどの強い悲しみを覚えた。


 様々な感情がシェリルの中からあふれ出し、シェリルの目から涙がこぼれ頬を伝う。


 セブラが銃を捨てたアキラを見て下卑た笑みを浮かべる。アキラが大人しく言うことに従った。それがセブラに再び余裕を与え、自分は相手より優位であると判断させる。じっと自分を見ているアキラの姿が、すべもなく立ち尽くしているようにさえ見えた。


 セブラにはそのままシェリルを人質にして逃げるという選択もあった。しかしセブラの中にあるアキラへの恐れやねたみ、人質を取っているという優位性が、より攻撃的な選択をセブラに選ばせる。


 今、アキラに銃はない。今ならアキラを殺せる。そう思い込んだセブラは、シェリルに向けていた銃口をアキラの方へ向け、わらって引き金を引いた。


 発射された弾丸を、アキラはあっさりかわした。


 アキラは自分を撃とうとするセブラの動きをしっかりと捉えていた。意識を集中させ、体感時間のゆがみを感じながら、ゆっくりと動くセブラの動作を把握していた。セブラが自分に向ける銃口の向きから弾丸の射線を、引き金に掛かる指とセブラの表情の変化から発射のタイミングを、アキラはほぼ正確に読み取っていた。


 アキラは体感時間の歪みを意識して作り出すことで、セブラの銃撃を余裕を持ってかわしたのだ。


 セブラの銃口がシェリルから外れている間に、アキラが素早くセブラとの距離を詰める。右手でシェリルをつかんでセブラから引きはがし、左手でセブラの銃をつかみ、右脚でセブラを蹴り飛ばした。


 セブラはアキラが銃弾を避けたことに唖然あぜんとする暇もなく、腹部に食らった蹴りの衝撃で吹き飛ばされていた。


 我に返ったシェリルがいつの間にかアキラに右腕で抱き締められていることに気付いた。助かったことを、助けられたことを理解したシェリルは、そのままアキラに強く抱き付いた。


 セブラは我に返るどころではない。突然の状況の変化にセブラは混乱し続け、腹部の激痛がそれに拍車をかけていた。腹部を手で押さえて、地面の上をのたうち回っていた。


 アキラは左手にあるセブラから奪った銃を見ていたが、興味をなくした目でその銃を放り投げる。セブラが使っていた銃はギューバが渡した物だ。どんな細工が施されているか分からない。その銃を使う気にはなれなかった。アキラはシェリルを抱き付かせたまま少し戻って自分の銃を拾った。


 アキラがセブラに銃を向ける。仰向あおむけのセブラとアキラの目が合う。セブラの表情をひどゆがませていた原因が、強化服で蹴られた腹部の激痛から死の恐怖に変わる。アキラはそれを見ても特に表情を変えず、そのまま引き金を引こうとして、それを中断した。


 アキラは自分に抱き付いているシェリルに尋ねる。


「一応シェリルの部下か。シェリル、どうする?」


「殺して」


 アキラの問いにシェリルが即答した。微塵みじん躊躇ちゅうちょもない言葉だった。シェリルにとって、セブラを生かしておくことは、もう害悪以外の何物でもない。シェリルを人質に取り、アキラに銃を向けた。前者はも角、後者は絶対に許容できない。アキラが助けるとでも言い出さない限りは。


 アキラが再びセブラを見る。セブラを見るアキラの目に、セブラに対する怒気や敵意は薄かった。それでもセブラは自分はもう助からないと悟ってしまった。


 セブラの脳裏に様々な思いが駆け巡る。セブラとアキラの差。少し前まで同じような生活を送っていたはずの二人の差。今では全く違う存在となったセブラとアキラの差。セブラは泣き言に近い思いの丈を吐き出す。


「くそぉ……、お前はちょっと運が良かっただけじゃねえか! ……俺とお前の、何が違うってんだよ!?」


 引き金を引こうとしていたアキラの指が止まる。短い沈黙の後、アキラがセブラの問いに答える。


「自分で答えを言ってるじゃないか。そうだよ。運だ。お前は、運が悪かったな」


 それだけ言ってアキラは引き金を引いた。銃弾がセブラの胴を貫き、数秒でセブラは息絶えた。


 アキラが無念そうな表情を浮かべているセブラの死体を見て思う。アルファに出会わなければ自分も同じように死んでいただろうか。その問いをアキラはすぐに否定した。誰かに撃ち殺されるとしても、それはきっと別の理由だ。そう考えて。


 しばらくしてモンスターを倒し終えたデイル達が戻ってきた。アキラが自分に抱き付いたままのシェリルを引き剥がす。シェリルも大人しくアキラから離れる。


 警戒を緩めていないアキラ。涙の跡を残しているシェリル。セブラの死体。この場にギューバの姿がないこと。デイル達がそれらを見て表情を険しくさせる。


 デイル達が銃を下ろしてアキラに近付く。デイルがもう一度辺りを見渡してからアキラに話す。


「まずは状況を把握したい。構わないか」


「ああ」


 アキラ達はデイル達と話してお互いの情報と認識を合わせた。状況の確認を終えたデイルがつぶやく。


「あの野郎、ふざけた真似まねしやがって。しかし、奇襲されたがわが言うのも何だが、あいつ、よく俺達全員を相手に戦う気になったな。奇襲に失敗したらどうなるかとか、全く考えなかったのか? そんなに奇襲に自信があったのか?」


 デイルがギューバへの怒りを顔に出しながら不思議がる。デイルは旧世界の遺跡でギューバと行動を共にしている。ギューバの実力もある程度把握しているつもりだ。デイルの感覚では、ギューバはそこまで強いハンターではなかった。


 コルベがデイルの問いに答える。


「……多分、借金の所為だな」


「借金? あいつ借金があったのか?」


「ああ。結構デカい額の借金があったみたいだ。今回の遺物収集が、その返済の当てだったらしい」


 デイルが嫌そうな表情を浮かべる。


「まさか、返済の当てがなくなったから自棄やけになったのか? 俺らの遺物とシェリル達の遺物を強奪して売り払って、借金返済に回すか、高飛びの旅費に充てるとか、そんなところか。あいつが遺跡の中を索敵も怠って先を急ごうとしていたのは、それだけ必死に遺物を探していたからってことか……」


 デイルは得た情報の辻褄つじつまを自分なりに合わせてみる。全てはただの予想だ。ギューバは既に死んでいるため、本当のところは分からない。


 アキラが口を挟む。


辻褄つじつま合わせは後でゆっくりやってくれ。そろそろ出発しよう」


 車に戻ろうとするアキラ達をコルベが呼び止める。


「あ、待ってくれ。ちょっと良いか? ……その、少し言いづらいんだが」


「何だ?」


「できればギューバの死体を持ち帰りたい。ああ、死体袋を用意してあるから、車を汚したりはしない。……駄目か?」


 コルベがアキラ達にそう頼んだ。アキラ達の機嫌を損ねる頼みであることはコルベも分かっているんだろう。現にシェリルとデイルの表情が露骨に不機嫌に変わっている。


 デイルがコルベに向かって嫌そうに話す。


「ほっとけよ。すぐにモンスターに食われて跡形もなくこの世から消えるさ。当然の死に様だろ?」


「あんなやつでもそれなりに付き合いはあってな。それに俺がモンスターに食われかけたこともあって、そういうのはちょっと……な」


 死体を放置するのがとがめるのなら穴でも掘って埋めれば良い。アキラはわざわざ死体を持ち帰る理由が気になり、その素朴な疑問をコルベに尋ねる。


「あいつの死体を持って帰ってどうする気なんだ? 身内でも探して渡すのか?」


「いや、ハンターオフィスに引き渡す。ハンターオフィスの登録情報に、死亡時の連絡先が記載されていれば連絡ぐらいは行くだろう。身内の連絡先が登録されていればな。死体の処理とかは、ハンターオフィスが粛々と実行するさ。念のために言っておくと、行方不明のハンターを減らすためにも、同行者のハンターの遺体をハンターオフィスに引き渡すことは、ハンターオフィスも推奨しているんだぞ?」


 それはハンターの倫理観を向上させるために統企連が行っている努力の一つでもある。そして行方不明と死亡を区別できた方が、いろいろと事務手続きが楽になるという都合もある。行方不明のハンターは大抵死んでいるのだが、だからといって勝手に死亡扱いにするわけにも行かないのだ。それなりの手順を踏み期間を置く必要がある。死亡しているという明確な証拠があれば、つまり死体があればその辺の手続きをいろいろと簡略化できるのだ。


 コルベが苦笑いを浮かべて続ける。


「まあ、推奨であって強制ではない。でも推奨はしている。実利的な話をすると、そういう行儀の良い行動を心掛けるとハンターオフィスの覚えが良くなるのさ。真っ当な企業は雇うハンターの人格も評価に入れるから注意しろってことさ。特に、連れのハンターが他のハンターを襲いました、なんてことがあった場合に同類扱いされずに済む。少なくとも、同類と見なされる可能性は減るってわけだ。日頃の行いってやつだな」


 コルベの説明を聞いたデイルがうなる。デイルにも十分関係のある話だ。コルベがアキラ達に向けて話を続ける。


「そっちの心情も理解できる。だから、見返りって訳じゃないが、俺達が集めた旧世界の遺物の、俺とギューバの分はシェリル達に進呈しよう。売ればそこそこの金になるはずだ」


 シェリルが口を挟む。コルベ達にとってのそこそこの金は、シェリル達には十分大金だからだ。


よろしいんですか?」


「ああ。そもそも俺はいろいろやらかしているからな。やかたでは足を引っ張る。護衛を買って出れば連れが味方を襲う。襲った当事者の死体の運搬を、襲われたがわの人間に頼んでいる。怒ってこの場に取り残されても不思議じゃない。だからまあ、その金で怒りを抑えてくれって話さ」


 コルベがそう言ってデイルをチラッと見る。デイルがたじろぎ、観念したように話す。


「……分かったよ。ある意味俺も同罪だ。俺の分の遺物もやるよ」


 シェリルが確認を取る。


「本当によろしいんですか?」


「ああ。俺も置き去りにされるのは御免だからな」


 デイルは苦笑しながらそう答えた。


 シェリルがアキラの意思を確認するためにアキラを見る。アキラが答える。


「良いんじゃないか? もらえる物はもらっておけ」


 アキラが構わないのならばシェリルに異存はない。シェリルは軽く頭を下げて了承の意を告げる。


「分かりました。そう言うことでしたら、有り難く頂きます」


「悪いな。よし。すぐに済ませる。少し待っていてくれ」


 コルベがそう答えて一人でギューバの死体の回収に向かった。


 ギューバの死体の積込みを終えたアキラ達は、すぐにクガマヤマ都市へ向けて出発した。


 アキラ達が去った後には、一匹のモンスターの死体と、セブラの死体だけが取り残されていた。




 いろいろ面倒事があったものの、アキラ達はクガマヤマ都市まで戻ってきた。無事に戻ってきたとするかどうかは、各々の解釈によるだろう。


 アキラはクガマヤマ都市の外れに車をめた。スラム街と荒野の境目辺りだ。そこでデイル達とは軽い挨拶を済ませて別れた。コルベがギューバの死体が入った死体袋を担いで去っていく。デイルもそのまま都市の下位区画に向かって去っていった。


 シェリルは部下達と一緒に一度拠点に戻った。そして拠点に残っていた部下達に、荷台に積まれている遺物を拠点まで運び出すように指示を出していた。


 アキラは運転席に座ってシェリルの部下達が荷台から拠点へ遺物を運び終えるのを待っていた。


『ねえ、アキラ』


『何だ?』


 アキラが助手席に座るアルファの方を見る。アルファは水着姿のままだ。相変わらず周辺の光景と不一致な格好だが、そろそろアキラも慣れ始めているので別段表情を変えたりはしない。少なくともアルファが別の格好に変わるまでは。


 アルファが何もないことのようにアキラに尋ねる。しかしアルファには重要な質問だ。


『シェリルを助けた時のことだけれど、どうして銃を捨てたの?』


 クズスハラ街遺跡の地下街でレイナが人質に取られた時、アキラは銃を捨てなかった。レイナとシェリルは違うと言われればそれまでだ。しかしアルファの目的のためにも、アルファにはアキラに死なれては困るのだ。


 自分の命と引き替えにしてでも助けようとする誰かがアキラにいる場合、アルファは何らかの対処をしなくてはならない。


 アキラが少し得意げに答える。


『問題なく避けられる。そう確信したからだ。いや、違う。それを確認したかったからだな。ギューバと戦っていた時にもあったけど、あの時間が圧縮される感覚を意識して再現できたのは、あのセブラの攻撃を避けた時が初めてだ。アルファと訓練している時は、やっぱり攻撃を食らっても絶対に死なないってどこかで理解しているから、上手うまくできなかったんだろうな。でも一度できたんだ。これからはもっと精度を上げられると思う』


『失敗したらどうする気だったの?』


『その時はアルファが無理矢理やり強化服を操作したりして、何とかしたんじゃないか? ギューバに後ろから攻撃された時もやっていただろう? ……もしかして、そんなことはできない状態だったのか?』


 アキラの表情が少し固まる。もしそうならばアキラは結構命懸けだったことになる。表情を引きつらせているアキラにアルファが答える。


『その点は大丈夫よ。確かにアキラの言うとおり、私がアキラを無理矢理やり動かして銃撃を避けさせる寸前だったわ。その前にアキラが自分で動いたけれどね。それはそれとして、アキラの説明はセブラの攻撃を避けられる理由であって、銃を捨てる理由ではないと思うのだけれど?』


 アキラが少し不思議そうにして答える。


『その方が安全に殺せるだろう?』


 その後にアキラが何かに気付いたように補足する。


『ああ、銃を捨てても殺されない確信はあったよ。だから銃を捨てたんだ。それで安全に助けられるなら助けるさ。あの地下街の時とは状況が違う。確信がなかったらあんな真似まねはしない』


 アキラには死ぬ気など欠片かけらもなかった。アルファはそれを理解した。懸念事項を確認して解決したアルファがいつものように微笑ほほえんで話す。


『自殺手前の無謀な行動ではないのなら構わないわ。分かっていると思うけれど、アキラに死なれると困るのよ。私がアキラを助けるのは、私からの依頼の報酬の前払い分。つまりアキラへの貸しよ。アキラが依頼を達成する前に死んだりして、貸しを踏み倒させる気はないからね』


『分かってるって。今回いろいろあったけど、その分強くなったはずだし、それでアルファの依頼も達成しやすくなったはずだ。それで勘弁してくれ』


 アキラとアルファは互いに冗談交じりにそう話していた。


 アキラがアルファと雑談を続けている間に、シェリルの部下達が車の荷台から持ち帰った遺物を運び出している。


 少々大きめの遺物も有るため、遺物を運ぶシェリル達の姿はそれなりに目立っている。しかしハンターの車の荷台から運び出されていることもあって、シェリル達を襲う者はいなかった。


 その遺物を奪うことはそのハンターへの敵対行為だからだ。そのような理由もあって、シェリル達は他のスラム街の徒党の縄張りを通っても、安全に遺物を運搬していた。


 アキラがギューバとの戦いを思い出してアルファに話す。


『それにしても、あれがスタングレネードで良かった。普通の手榴しゅりゅう弾なら危なかったな。いや、スタングレネードでも十分危なかったけど』


『単に持っていなかったのか、あるいは多分自分が巻き込まれる事を考えて渡せなかったのでしょうね。おかげで助かったけれどね。雨上がりだったことも幸いしたわ』


『雨上がりなのが何の関係があるんだ?』


『正確には、雨上がりで色無しの霧の影響が強かったためね。色無しの霧には非常に強い光や音を著しく減衰させる効果もあるのよ。スタングレネードの威力は普段より下がっていたはずよ。色無しの霧が濃い場合に、索敵が困難になる理由の一つでもあるわ。例を挙げると、アキラはDVTSミニガンで大量に発砲していたけれど、あんまりうるさく感じなかったでしょう? もし色無しの霧の影響が完全にゼロなら、物すごい音になっていたはずよ』


『なるほど。ん? でも雨が降る前も使っていたけど、そんなにうるさくなかったぞ?』


『色無しの霧は東部全域に常に存在しているわ。濃度の差はあるけれどね』


『そうなのか。ああ、それで人間はモンスターに見つからずに済んでるんだっけ』


『そういうことよ』


 アキラはアルファからそんなハンター向けの雑学を聞いて暇を潰していた。


 しばらくしてシェリル達による遺物の運び出しが終わる。アキラは家に戻るために車を動かそうとして、あることに気付いた。


『そういえば、コルベは死体がモンスターに食われたらどうこうとか言ってギューバの死体を持ち帰ったけど、その割にはセブラの死体は放置してたな。別れた方向もハンターオフィスのある方向じゃなかったし、何でだ?』


『知り合いでもないし、ハンターでもない人間の扱いなんてそんなものよ。それにアキラの言っているハンターオフィスって、あの一番大きなやつでしょ? 小さな支店は他にもいろんな場所にあるわ』


『そうか? そうだな』


 別に大したことではない。アキラはそれで納得して、それ以上は気にせずに家に帰った。




 コルベはアキラ達と別れた後、一人で都市の外れに移動していた。コルベはそこで人を待っていた。


 コルベが連絡を入れてから30分ほどで待ち人が車でやってくる。都市内部の移動用の小型車だ。車はコルベの近くで停車した。


 車から男が降りてくる。コルベが地面に置いている死体袋を顎で指す。男は死体袋のファスナーを開けて、中身がギューバの死体であることを確認する。そしてコルベの方を見て軽く笑う。


「確かにギューバだ。お疲れさん」


「確認が済んだのなら、報酬を振り込むように早く連絡しろ」


「分かってるって。ちょっと待ってろ」


 男は情報端末を取り出してどこかに連絡を入れる。コルベがその男に不機嫌そうに話す。


「こういう仕事はこれっきりにしてくれ」


「そう言うなよ。死んだこいつとは違って、俺達はあんたを有能なハンターだと思ってる。信用も含めてな。俺達がそういうハンターを確保するのは大変なんだ。割に合う報酬は支払ってるだろう?」


「今回は割に合わない仕事だった。追加報酬を要求しないだけ善良だと思ってほしいね」


「報酬が不服か? その辺の話はボスとしてくれ。俺みたいな下っ端に言われてもな。……おっ、振り込んだってさ。確認してくれ」


 男が自分の情報端末に届いたメッセージを見てコルベに伝えた。コルベは自分の情報端末を操作して、自分の口座への入金を確認する。


 男が地面の死体袋を持ち上げて車のトランクに詰め込む。


「ハンター稼業は大変なんだろうけど、俺達みたいな取立て屋も大変なんだぜ。こうやって貸した相手の死体を確保したりな」


 男はギューバが金を借りていた金融業者の取立て屋だ。そしてギューバ達は知らなかったが、コルベはギューバの監視役だった。ギューバを見張り、生死を問わず確保するのがコルベの仕事だ。生きていれば借金返済のために強制労働を課すために、死んでいればいち早く私有財産を回収するためにだ。


 ハンターオフィスが管理する預金口座の中身など、行方不明の状態では取り立てが難しい財産は多い。そのような財産を取り立てるのに最も効果的な方法は、本人を連れてくることである。生死は問わない。取立て屋が債務者を殺して連れてきたなどと誤解されないように、死亡時に同行していた人物を連れて行くことが望ましい。その人物が高い信用を持つ行儀の良いハンターなどであれば、手続きも速やかに行われる。


 ギューバの財産は高飛び用に確保していた金も含めてしっかり回収されるだろう。


 コルベが不機嫌そうに笑いながら話す。


「取立ての苦労は知ってるよ。俺に取立てに来たやつは、とても気の毒なことになったからな」


「おお、怖い。随分機嫌が悪いな。まあ、その辺の話は車内で聞くよ。乗ってくれ」


 取立て屋とコルベが車に乗り込む。車は都市の中へ消えていった。

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