第81話 誤った情報の結果
アキラ達が車でクガマヤマ都市を目指して荒野を疾走している。
運転しているのはギューバだ。助手席にアキラが座り、後部座席にデイルとコルベが座っている。戦闘要員の行動を邪魔しないように、シェリルは部下と一緒に荷台に座っていた。
運転手を申し出たのはギューバだ。
車体の揺れは穏やかとは言えないものだ。周囲には少々
この場所を通る選択したのは車を運転しているギューバだ。アキラがギューバに尋ねる。
「なあ、何でこんな場所を通るんだ?」
「
「……まあ、そうだけどさ」
ギューバの説明自体は納得できるものだが、アキラはどこか釈然としなかった。
アキラがアルファに尋ねる。
『なあアルファ。さっきのモンスターの群れの話なんだけど……』
『そうね。考える時間ができたのだから、少し考えてみましょうか』
『あれ、やっぱりちょっとおかしいよな? 幾ら俺の運が悪いからって、偶然集まってくる量じゃなかったぞ?』
『偶然ではないとしたら、例えば意図的にあの量のモンスターを集めようとする場合は、荒野を走り回って集めて回るか、敵寄せ機を一度に大量に使用しないと駄目ね』
『敵寄せ機?』
『そういう道具があるのよ。特定の場所にモンスターを
アキラがデイル達に尋ねる。
「なあ、敵寄せ機って持っていたりするか?」
心当たりのあるデイルが答える。
「持っているというか、持っていたぞ。何でそんなことを聞く……、ああ、あのモンスターの群れか」
「持っていたのか?」
「全部あの車の中に置きっぱなしだ。手元にはない。あってもあの状況で使うわけないだろう?」
「……だよな」
「……待てよ? 都市に戻ろうとする車がモンスターに襲われて、その衝撃で偶然敵寄せ機が起動して、しかも移動中にそこらに落としながら荒野に向かって、敵寄せ機の効果範囲が線を描いて、周辺のモンスターをあの場に
デイルはそう言って笑い飛ばした。
アキラは荒野の方へ顔を向けて黙っていた。心当たりがあるからだ。つまり、アキラだ。
平静を装うアキラの表情を見て、アルファが笑いを堪えている。アキラが少し不機嫌そうに話す。
『……なんだよ』
『怒らないでよ。仮にそうだとしても、何とかなったでしょう? つまり、今のアキラにとっては大したことではなかったのよ。成長したわね?』
『そういうことにしておく』
アキラは黙って座っている。ギューバも黙って運転している。デイルが急に黙りだした二人を見て少し不思議そうにしていたが、大して気にしなかった。
アキラのCWH対物突撃銃とDVTSミニガンは、行きと同じように車に設置されている。今のアキラの装備はAAH突撃銃とA2D突撃銃だ。
ギューバがアキラの装備をチラッと見ると、何でもないことのようにアキラに話す。
「なあ、その銃を荷台のやつに渡せないか?」
「何でだ?」
「またモンスターの群れに襲われた時に銃を使えるやつが多い方が良いだろう?」
「自分のを渡せよ」
「渡したぞ? 俺の予備の装備はあのセブラってやつに貸した。アキラには後ろのデカい銃があるから、そのAAH突撃銃とかはなくても大丈夫だろ?」
アキラが荷台にいるセブラを確認する。確かにセブラは銃や
アキラがギューバに答える。
「嫌だ」
「何でだ?」
「俺の武器だからだ。それにまたモンスターの群れに襲われたとしても、俺が持っていた方が役に立つ」
「……そうか。まあ、無理強いはしないさ」
ギューバは何でもないようにそう答えた。
一行はヒガラカ住宅街遺跡を出てから一度もモンスターに遭遇していない。アキラはこのまま何事もなくクガマヤマ都市まで到着することを願っていた。しかしその願いはあっさり打ち砕かれる。
『アキラ。モンスターよ』
『……そう
アキラがアルファの指差す方向を見ると、一体のモンスターがアキラ達の方へ向かってきていた。モンスターとの距離は肉眼で十分認識できるほど近い。
『近いな』
『雨の、色無しの霧の影響が残っているから、発見が遅れるのは仕方ないわ』
荒野の一点を凝視しているアキラの姿を見て、デイル達もモンスターの存在に気付いた。
ギューバが車を
「おい、何で車を
「この揺れなら撃っても当たらないだろ? 降りてしっかり狙って撃った方が良い」
ギューバがそう答えて車から降りる。デイルとコルベは一度顔を見合わせた後で、ギューバに続いて車を降りた。
アキラは念のため車に残っていた。そのアキラをギューバが観察するようにじっと見ていた。
ギューバが視線をアキラから荷台の方に移す。アキラが荷台を見ると、荷台からセブラが降りてギューバ達に加わろうとしていた。アキラが口を挟む。
「おい、そいつも戦わせる気か?」
ギューバが笑って答える。
「その
アキラが少し考える。
『アルファ。他にモンスターの気配は?』
『ないわ。発見したらすぐに教えるわ』
アキラが車から降りる。セブラを援護するためにではない。セブラが余計なことをして状況を悪化させるのを防止するためだ。そして速やかにモンスターを倒して早くここから出発するためだ。
ハンターが4人もいるのだ。一匹のモンスターを倒すために、車に設置しているCWH対物突撃銃とDVTSミニガンまで持って行く必要はないだろう。アキラはそう判断してそれらを車に置いていった。
コルベが銃を構えてモンスターに狙いを定めている。セブラは黙って立っている。デイルはセブラを足手
アキラはモンスターの方を見ており、コルベが手こずりそうならばすぐに攻撃に加わるつもりでいた。
敵を倒して車に戻るだけ。全員がそう同じように考えていた。敵とは何か、という決定的な認識の違いを除いて。
ギューバはアキラ達に注意を払っていた。機会を
ギューバが突然その場から飛び
アキラが
様々な要因から辛うじて気絶を免れていたが、
『……な、何が……アルファ?』
『アキラ! 立ちなさい! 今すぐによ!』
アルファが強く叫んでいる。それは状況がアキラにとって致命的であることを意味する。ならばアキラは立たなければならない。立たなければならない理由など後回しにして、今すぐに立ち上がらなければならない。アルファの指示に速やかに従うことが、状況を改善させる最善の手段であることをアキラは理解している。
うつぶせで倒れていたアキラが、ゆっくりと、混濁している意識の中で可能な限り急いで立ち上がろうとする。しかし少し
アキラの前には、ふらつきながらも立ち上がり、アキラへ銃口を向けているギューバの姿があった。
引き金を引こうとするギューバの指の動きが遅い。殺意を込めてアキラを見るギューバの、視線の僅かな動きまで認識できる。時間感覚の矛盾、濃密な体感時間の圧縮を、アキラは明確に感じ取っていた。
『避けて!』
アルファの指示を待つまでもなく、アキラはその場から飛び
ギューバが引き金を引く。無数の弾丸が、アキラが直前までいた空間を通り抜けて背後の
アキラは飛び
それでもギューバはアキラが反撃してきたことに驚き、急いでその場から飛び
アキラが表情を険しくする。まだ意識はしっかり戻っていない。
『……アルファ、悪い、
『もうやっているわ。今のアキラの状態で、可能な限り精度を上げようとはしているのよ』
『……それで外したのか? さっきの衝撃で、強化服に、不具合でも出たのか?』
『違うわ。今の私はアキラの強化服を操作する
『……分かった。回復するまで……、回復? 回復薬はどこだっけ? 車の中? リュックサックの中? どこかに落とした? あれ、どこだ?』
『アキラ。落ち着きなさい。指示は私が出すわ。まずは移動よ』
『……分かった』
アキラはアルファの指示に従って、その場から移動した。
ギューバは
「くそっ! あの状況、あの状態から攻撃を
セブラから話を聞いて、荷台の遺物を手に入れると決めてから、ギューバはアキラ達を殺す気だった。
デイル達のレンタル車を銃撃して、自動帰還機能を起動させたのはギューバだ。雨が
アキラ達がモンスターの群れと交戦したのは、ギューバが設置した敵寄せ機の所為だ。ギューバはデイル達の車から敵寄せ機を運び出して、時限起動で
アキラ達がモンスター達に殺された場合は後で遺物を回収する。アキラ達が勝利したとしても負傷者が出る可能性は高く、最低でも相当量の弾薬を消費する。少なくともギューバがアキラ達を襲う時に有利になる。結果として負傷者なしで終わったが、ギューバはデイルとコルベが予想以上に奮闘したのだろうと判断していた。
ギューバはセブラを計画に巻き込み、セブラに分け前を与えることで協力を約束させた。そしてセブラを信用させるために予備の装備を渡した。ギューバはその装備の中に遠隔起動が可能なスタングレネードを紛れ込ませていた。
ギューバが運転手を買って出たのは、アキラ達と戦いやすい状況を選ぶためだ。ギューバが荷台にいるシェリル達に銃を渡すように提案したのは、アキラの装備を減らすためであり、強力な武器であるCWH対物突撃銃とDVTSミニガンの残弾具合を確認する
ギューバはできれば自分だけ離れた状態でスタングレネードを起動したかったのだが、雨上がりの影響で遠隔操作に支障が出ている可能性があり、十分に離れられなかった。しかし都合の良いことに、アキラもデイル達も足手
その結果がこれだ。ギューバはアキラを殺せず、
ギューバが険しい表情で
「あのガキの話を
ギューバはアキラ達にスタングレネードの影響が残っている間に勝たなくてはならない。通常の状態での3対1では、ギューバに勝ち目はないのだ。
ギューバは覚悟を決めて、
アキラは
モンスターはアキラ達にかなり近い距離まで近付いてきている。モンスターを荷台にいるシェリル達に近づけるわけにはいかない。アキラが身を乗り出してモンスターに向けて銃を構える。だが視界が
アキラの銃からモンスターの周辺に無数の銃弾がばらまかれる。銃弾がモンスターに当たることはなかったが威嚇には十分だった。被弾を嫌がったモンスターがアキラ達から距離を取り、遮蔽物の影に隠れる。
アキラが舌打ちする。それなりの数の銃弾は撃ったのだから、偶然でも良いので当たってほしいという希望は
そしてモンスターは被弾を気にせずに襲いかかってくるほど強くはないが、そのまま逃げていくほど弱くもない。もしかしたら見かけ倒しのモンスターかもしれない。そのアキラの希望もやはり
強力なモンスターなら、そもそもギューバも行動に移さなかっただろう。強力なモンスターの場合は、仮にギューバがアキラ達を殺せても、その後にギューバ一人でそのモンスターを倒さなければならなくなる。その場合、ギューバが行動に移るなら全員でモンスターを倒した後になる。アキラ達には運の悪いことに、ギューバが行動を決断するぎりぎりの強さのモンスターが襲いかかってきたのだ。
『右に飛んで!』
アルファがアキラに叫び、同時にアキラの強化服を操作する。アキラは強化服の動きに逆らわず、アルファの指示通りに右に飛ぶ。その一瞬後に銃弾がアキラの横を
ギューバが続けてアキラを狙って乱射する。アキラは強化服の身体能力で不格好ながらも素早く転げるように銃弾を回避して遮蔽物に飛び込んだ。
ギューバが表情を非常に険しくさせる。今の攻撃を回避されるとは思わなかったからだ。ギューバの経験では、会心の
ギューバの顔が僅かにアキラへの恐怖で
「避けられた!? 背後からの狙撃だぞ!? 狙撃の射線とタイミングを読まれた? あり得ない! 仮に何らかの方法で、情報収集機器とかで俺の位置を把握して射線を予測されたとしても、狙撃のタイミングまで分かってたまるか! 偶然だ!」
アキラが
アキラの無様な銃撃を見て、ギューバが自分に言い聞かせるように口に出す。
「あの攻撃を見ろ。俺の位置も
ギューバは自らに強く言い聞かせた。しかししっかり被ったはずの強気の仮面は既に一部がひび割れていた。
「コルベ達より早く、あのガキだけが立ち上がったのも、ただの偶然だ。起き上がった直後に俺の攻撃を
ギューバは偶然であると思いたかった。理由は分からないが必然的に避けられた。そう判断できないことが、ギューバのハンターとしての限界でもあった。
アキラは身を潜めて体調の回復を待っていた。少しずつ回復しているが、十分戦えるほどまで回復するには今
『アキラ。あれ』
アルファがそう言って指を差す。アキラがその方向を見ると、デイルとコルベがよろよろと立ち上がろうとしていた。それを見たアキラがデイル達に向かって叫ぶ。
「ギューバが俺達を殺そうとしている! モンスターも近くにいる! 俺の敵じゃないならモンスターの方を倒してくれ! 俺はギューバを殺す!」
デイル達は困惑の表情で辺りを見渡していた。聴覚が回復しておらずアキラの声が聞こえていないのか、単に状況の理解が追いついていないのか、それとも
デイル達がアキラに気付く。アキラがモンスターの潜んでいる方向を指差す。それを見たコルベはすぐにその方向へ銃を構えた。デイルも慌てて同じ方向へ銃を構える。コルベが慎重にモンスターを探しに行く。デイルもその後に続いた。
『モンスターの方は彼らが何とかしてくれそうね』
アキラが軽く息を吐く。
『……よし。あいつらとは戦わずに済みそうだな。これで少し楽になった。それで、あいつはどこにいる?』
『あっちよ』
アキラがアルファの指差す方向を見る。拡張表示されたアキラの視界に、
『……今更だけど、これ
『あらゆる手段で得た情報を、高度に分析解析演算した結果よ。今は特にあいつの周辺の情報の収集解析を優先させて精度を高めているわ』
『情報収集機器で集めた情報か?』
『いろいろよ。
『俺がそんなに
『情報を取得することと、それを解析して活用することは別よ。必要のない情報を気にしないことは大切なことでもあるしね。もしアキラが自分の五感で得た情報を全て厳密に解析しようとしたら、その余りの情報量の負荷で脳死は確実ね』
『アルファにはそれができる訳か』
『そういうことよ。ただごく
『勘か。俺のよく当たる嫌な予感もその類いかな。それを磨く機会はたっぷりあったしな』
アキラがいろいろな心当たりを思い出して自嘲した。
『よく外れる良い予感の方は、今後その予感が不要になるぐらいに、私が良い目にあわせてあげるから我慢しなさい』
『例えば?』
『そうね。まずは、今も私がこうやってアキラのサポートをしていること。これが一番ね。いろいろ良い目にあっているでしょう? 危険な遺跡から生還したり、高い遺物を手に入れたり、知識や戦闘技量を手に入れたりね』
『そうだな。助かってる』
『後は、この私の素晴らしい美貌と身体を、膨大な演算能力から生み出された芸術的なまでに魅力
アルファが肢体を見せつけるように軽くポーズを取る。アキラがそのアルファを少し見て、何とも言えない表情を浮かべる。
『えー、あー、そ、そうだな。うん』
アキラは
『ちょっと、随分微妙な反応ね。私の体の何が気に入らないっていうのよ』
『いや、そんなことはないぞ? 気のせいだって』
アキラは分かり
アルファが気を取り直したように楽しげに
『さて、無駄話ができるぐらいに回復したのなら、そろそろ反撃に移りましょうか?』
『ああ、大分回復した。行こう。反撃だ』
アキラはスタングレネードの影響から回復した。強化服はアルファのサポートを完全に取り戻している。ここからはいつも通りだ。アキラは表情を鋭くさせて、意識を防衛から反撃へ切り替えた。
アキラが遮蔽物にしていた
ギューバは近くにある半壊した壁の裏に隠れている。アキラがギューバを銃撃するためには、右、左、上のいずれかの方向から半壊した壁を回り込む必要がある。そう考えたアキラが走りながらアルファに尋ねる。
『アルファ。右、左、上の、どのルートで行けば良いんだ?』
『もっと安全なルートで行きましょう。真っ
『真っ
アキラが装備しているのはAAH突撃銃だ。弾倉の銃弾も通常弾だ。車に設置してあるCWH対物突撃銃でなければ、壁を貫通させてギューバを直接銃撃するのは難しい。
『問題ないわ』
アルファは笑ってそう言い切った。
ギューバが足音など気配や安値の情報収集機器の反応などからアキラの接近に気付く。表情を
「どこからだ!? どこから来る!?」
ギューバは中途半端な大きさで荒野に残っている壁に身を隠している。その壁から身を乗り出してアキラを攻撃することはできなかった。壁から身を乗り出した瞬間、銃弾を浴びて死ぬ気がしたのだ。
アキラの気配がギューバの壁の反対側まで近付いてきた。強化服の身体能力ならば、ギューバが隠れている壁を飛び越えることは難しいことではない。
アキラが壁を乗り越えて襲ってくる。そうと判断したギューバが銃口を壁の上に向けて銃を構える。
ギューバが意識を壁の上に集中させる。壁の上から何が飛びだしてこようが、視界に入った瞬間に撃つつもりだった。
次の瞬間、ギューバの目の前の壁が蹴破られた。
アキラは壁の手前まで来ると、強化服の身体能力を十全に生かした強烈な蹴りを壁に
壁の破片を浴びたギューバが大きく体勢を崩す。反射的に引き金を引き、銃弾を見当違いの場所に飛び散らせる。ギューバはそのまま地面に
突然の予想外の事態にギューバは混乱していた。その混乱は壁の穴の向こうから自分に銃を向けるアキラの姿を見た瞬間に消え
アキラは
(……こいつ、
絶命するまでの僅かな時間、死の実感が引き起こした体感時間の矛盾の中で、ギューバはセブラへの
アキラが血
『死んだかな?』
『生身だし、死んでいるわね』
『良し。戻ろう』
アルファの判断という確証も得た。ギューバへの興味をなくしたアキラは、そのまま走ってシェリル達がいる車へ向かった。
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