第74話 遺跡探索のお土産

 シェリルに自室に案内されたアキラは、取りあえず自分に抱き付こうとするシェリルを制止した。そして残念そうにしているシェリルと向かい合って座った。


 シェリルが気を取り直して微笑ほほえんで尋ねる。


「今日はどのような御用ですか? 何か頼み事があるのでしたら何でも言ってください」


「いや、そういうことじゃない。新しい装備で旧世界の遺跡に潜ってきた。顔を見せるついでに、その土産を渡しに来ただけだ。俺のバイクを預かってもらっていたことや、この前泊めてもらったことの礼とでも思ってくれ」


 アキラがリュックサックから持ってきた遺物を取り出してシェリルの前に並べる。シェリルが並べられた遺物を、女性向けの服や下着、ハンカチやアクセサリー類を見て目を丸くする。シェリルにはどれも非常に高価な品々に見えた。


「ほ、本当に頂いてもよろしいんですか?」


「ハンカチとアクセサリー類は一点ずつ選んでくれ。他のは全部やるよ」


 シェリルはアキラの話から目の前に並べられている品々が旧世界の遺物だと理解した。スラム街の住人にとっては間違いなく高級品だ。シェリルにもこれらの品々の具体的な価値までは分からないが、自分の金では絶対に手に入らない高級品であることだけは理解できた。


 アキラにとってはカツラギが買い取りもしなかったものであり、安物の遺物という認識だ。2人の遺物に対する評価は正反対なもので、お互いに相手の反応に少し驚いていた。


 シェリルは真剣な表情でハンカチとアクセサリーを選んでいる。そこまで悩むなら一層の事全部あげてしまおうかとアキラが思い始めた時、シェリルがようやく決断した。


「ではこれとこれを頂きます」


「分かった。一応旧世界の遺物だ。誰かに見せる時のはったりぐらいにはなるだろう。上手うまく使ってくれ」


 アキラはシェリルが選ばなかったハンカチとアクセサリー類をリュックサックに再びしまい始める。


 シェリルは少し浮かれながらアキラからもらった物を再確認している。その中には女性用の下着も混ざっている。品と色気を兼ね備えた大人向けのデザインの下着だ。


 もしかしてこの下着を身に着けた自分の姿を見たいということだろうか。シェリルはそんなことを考えて少し期待を込めた目でアキラの様子を確認した。そしてアキラの態度を見て、一瞬でその考えを取り消した。


(……女性用で、自分では使えないからあげた。その程度の理由ですね)


 シェリルの予想はおおむね正しい。スラム街では真面まともな衣服にも困るだろうから、服をあげても迷惑にはならないだろう。家の倉庫で眠らせておくよりはましだ。アキラの認識はその程度だ。


 荷物を詰め込み終わったアキラが立ち上がってリュックサックを背負う。


「用は済んだし、今日は帰るよ」


「もう帰るんですか? もう少しゆっくりしていっても……」


 シェリルが驚いてアキラを引き留めようとする。折角せっかくアキラが来たというのにろくに抱き付いてもいない。できればもっと長くアキラにいてほしい。可能ならばこのまま泊まっていってほしい。


 シェリルはアキラを引き留める理由を思案するが、それを思いつく前にアキラが答える。


「悪いな。他の所にも顔を出す予定なんだ。その内にまた来る。何かあったら連絡してくれ」


「そうですか。残念ですが分かりました。いろいろ頂いてしまって本当にありがとう御座います。すごうれしかったです」


 シェリルは笑顔でアキラに礼を言った。徒党の男性陣に対しては効果抜群の花咲くような笑顔だが、やはりアキラに対しては非常に効果が薄い。アキラの人間不信気味な対人観のためである。


「……まあ、そこまで喜ばれるんなら、また何か持ってくるよ」


 アキラは表情を変えずにそう答えた。僅かながら効果があったのかもしれない。


 シェリルはアキラを拠点の外まで見送った後で自室に戻ってきた。そしてベッドに横になって先ほどのアキラとのり取りを反芻はんすうする。


 シェリルはアキラからもらったペンダントを指先から垂らして眺める。アキラからの贈物はシェリルもとてもうれしいのだが、どこかもやもやしたものがシェリルの心に残っていた。シェリルがその理由を考える。


 ペンダントを選んだのがアキラではなくシェリル自身だからか。シェリルとアキラの関係を示す対人交渉用の道具の意味合いが強いからか。アキラがはったりなどという言葉を使っていたのはそのためか。


 シェリルはこの思考を続けるのは良くないと判断して、それ以上そのことについて考えるのを止めた。寝そべったままアキラからもらった他の品々を見る。旧世界製の衣服と下着が目に入った。


(……着替えれば気分転換になるかな)


 シェリルはベッドから起き上がって服を脱ぎ始めた。アキラからもらった物の中には女性用の下着もあるので、下着も脱いで裸になる。そして旧世界の遺物の下着を、密封された包みから取り出す。その下着の手触りは、今までシェリルが使用していた物とは雲泥の差があるほどの心地いものだった。


流石さすがは旧世界の遺物って所ね。買ったら幾らになるのかしら?)


 シェリルがその下着を身に着けようとした時、ドアがノックされ、シェリルの返事を待たずにドアが開けられる。


「シェリル。アキラは……」


 そう言いながらドアを開けたエリオとシェリルの目が合う。エリオは慌ててドアを勢いよく閉めた。


 非常に不味まずいことをした自覚のあるエリオは、自身の内心を非常に良く反映させた表情を浮かべる。恐怖である。


 ドアの向こうからシェリルの声がする。


「エリオ」


「違うんだ! 新入りが増えてきたから一度アキラに会わせた方が良いかなって思って、その確認に来ただけなんだ! わざとじゃない!」


「アキラなら用事があるから帰ったわ。そんなことより、エリオ」


 シェリルは一度そこで区切る。エリオは脂汗を流してドアを見ている。


「次はないわ」


 普段と変わらない口調が逆に怖い。エリオは二度と確認無しでドアを開けないことを誓った。




 シズカが自分の店でエレナ達と話している。エレナとサラの近況を聞いていたところだった。


「そう。じゃあエレナ達が受けていた地下街の依頼は終わったのね」


 サラが顔をほころばせて答える。


「ええ。これでやっと遺物探索に戻れるわ」


 サラの表情は明るくどこか清々としたもので、その口調は解放感にあふれていた。


 シズカがそのサラの様子を見て少し不思議そうに尋ねる。


「そんなに地下街の依頼を続けるのが不満だったの? 2人から聞いた話だと、モンスターとの戦闘も無難に済ませたし、稼ぎも随分良かったみたいだけど」


 シズカの疑問に、エレナが苦笑気味に笑って答える。


「違うのよ。サラの不満の原因はそっちじゃないわ。ほら、契約で発見した遺物は全部都市に所有権があるから、どれだけ遺物を見つけても指をくわえて黙って見ているしかなかったのよ。目の前の旧世界の遺物を物欲しそうに見て、後ろ髪を引かれる思いで離れていくサラの様子を何度も見たわ」


 エレナがそう言って楽しげに笑うと、それを聞いたシズカもその光景を想像して含み笑いを押さえた。


 サラが少しむっとしてエレナに話す。


「遺物絡みの愚痴はエレナもこぼしていたじゃない」


勿論もちろん我慢していたのは私もサラと同じよ。私は違うなんて言ってないでしょう?」


 エレナはあっさりそう答えた。サラは少しふて腐れた。


 シズカ達がそのような雑談をしているとアキラが店に入ってきた。シズカ達はすぐにアキラに気付いた。アキラもすぐにそれに気付いてカウンターまで来る。


 エレナがアキラを見て微笑ほほえみながら話す。


しばらくぶりね。アキラ。シズカから結構無茶むちゃをしたって聞いたけど、元気そうで何よりだわ」


 アキラが笑って答える。


「エレナさん。サラさん。しばらくぶりです」


 サラがアキラの怪我けがの様子を確認しながら話す。


「アキラが急に地下街の依頼から外れたから心配していたけど、見た感じ平気そうね。まあ何があったかは聞かないわ。言えないんでしょう?」


「すみません。助かります」


 サラ達はある程度アキラの事情を察してくれていた。アキラにとっては有り難いことだ。


 シズカがアキラとサラ達のり取りを微笑ほほえましく思いながら話す。


「それで今日はどんな御用? 新装備ではしゃぎ過ぎて、もう弾薬補給が必要になったの?」


「いえ、旧世界の遺跡からそこそこの遺物を持ち帰ったので、皆さんのお土産にしようかと思いまして。普段お世話になっているお礼に良かったらどうぞ」


 アキラがリュックサックから旧世界の遺物であるハンカチとアクセサリーを取り出してカウンターに並べた。


 シズカ達が並べられた品々をしげしげと見る。3人とも職業柄旧世界の遺物と関わることが多いので、遺物の目利きはアキラより高い。


 エレナが軽く確認を済ませた後でアキラに尋ねる。


「結構良い品に見えるけど、本当にもらって良いの?」


「構いません。高値が付いた遺物を売り払った残り物みたいなものなので、気にしないでください」


「そうなの? そういうことなら遠慮なく」


 サラが目を付けていたハンカチとアクセサリーをささっと選び手に取った。エレナとシズカが含み笑いを漏らす。


「シズカさん。銃の改造部品をみせてもらっても構いませんか?」


「分かったわ。エレナ、遺物にえてるサラから私の分を守っておいて」


「了解よ」


「……そこまでえてないわよ」


 エレナが楽しげに、サラが苦笑して答えた。シズカは笑いながら改造部品を取りに店の奥に向かった。


 アキラはエレナ達と雑談しながら銃の改造部品を選んでいる。アキラが持ってきたハンカチとアクセサリーは人数分以上ある。3人で適当に分けてください、とアキラが言ったので、エレナ達はアキラの相談に乗りながらそれらの分配の相談も続けている。


 アキラは改造部品の装弾数拡張弾倉を購入すると、支払を済ませてリュックサックにしまう。


 分配の済んだアクセサリーを手に絡めて機嫌良さそうに微笑ほほえんでいたサラがアキラに話す。


「良い物をもらったし、何か返さないとね。アキラは何か知りたいこととかある? 今ならハンター稼業の機密的なことでも口を滑らすかもよ?」


 機嫌良く気前良く話そうとするサラに、エレナがくぎを指す。


「ちょっとサラ。変なことまで話さないでよ?」


「分かってるって。線引きはしっかりするわ。で、何かある?」


 サラの態度から察するに、アキラが何か聞かないとサラは引かないだろう。アキラは少し考えて尋ねる。


「それなら遺物の良い売却方法を教えてください」


 アキラがそう尋ねると、サラとエレナが意外そうな表情を浮かべた。サラがアキラの質問の意図を確認するように話す。


「おっと、随分踏み込んでくるわね。ハンターオフィスの買い取り所に丸投げするよりも高く売れる方法ってことよね? 正直な話、私はその辺のことはエレナに任せっきりだから詳しくないんだけど……」


 サラがエレナをチラッと見て、エレナの様子を確認する。


 旧世界の遺物をいかに高値で売り抜けるか。その知識は遺物収集を主なハンター稼業とする探索系ハンターの重要な技能である。買い取るがわも無限に予算があるわけではない。需要と供給や流行はやり廃りで遺物の買取り価格は大きく異なってくる。他のハンター達を出し抜く裏のノウハウなどもあり、経験から蓄積されたその手の知識をそう易々やすやすと話すハンターはいない。


 そのような背景を考慮すると、アキラの発言は少々図々ずうずうしいものだ。エレナが不機嫌になっても不思議はない。サラはそれを心配していた。


 しかしエレナはアキラの質問の意図にすぐに気付いた。エレナがアキラに確認する。


「アキラ。それって普通のハンターなら知っていそうな、常識的なことを知りたいってことで良いのよね?」


「はい。商店の跡で見つけた遺物を適当に持って帰って売ろうとしたら、そんな物買い取れるか的な扱いになった遺物があったので」


 つまりアキラは遺物売却に関して素人未満の状態なのだ。エレナ達がゲームのルールを理解して、その上で定石を知り、駆け引きの腕を磨いているとしたら、アキラはそのルールすら知らない状態だ。その程度の知識ならばエレナ達も秘匿する気は全くない。


 エレナが微笑ほほえんでアキラに話す。


「その程度のことなら構わないわ。まずアキラが見つけた遺物について教えてもらってもいい?」


 アキラは見つけた遺物の内容を思い出してエレナに話す。アルファに聞けば正確な内容を教えてもらえるだろうが、見つけた遺物の内容を誤差なく全部知っているというのも不自然だろうと考えて、自力で思い出した分だけエレナ達に話した。


 アキラが女性用の下着も見つけたことを話すと、サラが意外なほどの食いつきを見せる。


「女性用の下着があったの!? どれぐらいあったの? まだ持ってる?」


「す、すみません。そんなになかったし、もう持ってないです」


 サラの勢いにアキラが軽く気圧けおされながら答えた。サラが残念がる。


「残念ね。物すご図々ずうずうしいことを言うと、できればそっちの方を贈ってほしかったわ」


 アキラが少し困ったように表情を固めて答える。


「……俺がサラさん達に女性用の下着をプレゼントするんですか? そんな高難度なことを俺に求められても……、ちょっとそれは……」


 アキラにそんな度胸はない。


 サラが不敵に挑発的な笑みをアキラに向けて少し揶揄からかうように話す。


「贈ってくれれば、それを身に着けた私の下着姿を見せてあげるわよ?」


 サラの言動は冗談半分だ。つまり残り半分は本気だ。


 エレナが少しあきれながらサラを止める。


「サラ。アキラが困ってるでしょう? その手の遺物は自分で見つけなさい。御免なさいね、アキラ。サラは今、ちょっとした事情があって下着にえてるのよ」


えてるって……、ちょっとエレナ、変な表現しないでよ」


 サラが不服そうにエレナに話した。そしてアキラが微妙な表情を浮かべているのに気付いて、釈明するように少し慌てて話す。


「アキラ、違うのよ? いや、事情があるのは事実だけど、変な話じゃないわ。本当よ?」


 サラは言い訳するかのように、聞かれてもいないのにその事情を話し始めた。


 サラはナノマシンによる身体強化拡張者だ。そのためサラの体つきは保有しているナノマシンの残量や使用状況などによってかなり変化する。特に予備のナノマシンの保有場所となっているサラの胸は、その大きさが短時間で大きく変化することもある。


 そのため通常の伸縮性の下着では、ある時は胸を過度に圧迫するほど非常に体に深く食い込み、ある時にはずり落ちるほど緩くなることもある。またサラが着用している下着とナノマシンとの相性や、ナノマシンの補助機能も持つ防護服との相性によっては、サラが少し動き回っただけで、下着に穴が開くほどボロボロになることもある。


 別人並みに変化する体つきに対応できるほど伸縮性に富み、身体強化拡張者の運動や強靱きょうじんな素材の摩擦に耐えるほど頑丈な下着がサラには必要なのだ。そのような普通の下着には求められない要求を満たした下着の価格は当然割高になる。加えて着心地やデザイン性などを希望すると更に値段は上昇する上に、販売されている種類も量も限られてくる。


 旧世界の遺物である旧世界の技術で作成された下着は、そのような開発者への嫌がらせのような要求全てをあっさり満たすことが多い。サラが旧世界の遺物の女性用の下着を求めるのはそのためだ。旧世界の遺跡で発見された全ての女性用下着がそうだとは言わないが、その確率はかなり高いのだ。


 勿論もちろん旧世界の遺物でなくとも、同程度の性能の下着も販売されている。しかし使用される素材も技術も非常に高度なため値段も高価になるのだ。


 他のハンター達が買い取り所に持ち込んだ遺物を買うことも可能だが、普通の下着としても高品質な上に旧世界の遺物というブランドが加わるため、生活水準の高い普通の人までがその下着の購入者に加わり、販売価格はやはり高価になるのだ。


 サラはそのような事情から、旧世界の遺跡で女性用の下着を見つけた時は売らずに自分で使用していた。少しずつめてそれなりの枚数の予備を確保していた。だが最近のサラ達は都市絡みの依頼を受けて旧世界の遺跡に行く機会が全くなく、更に徒歩での移動やモンスターとの戦闘回数も多かった。


 そのためサラの下着の消耗頻度はかなり上昇しており、残りの下着の数は既に危険域に達していたのだ。最悪の場合、このままではサラは下着無しの生活を送らなければならない。


 サラは少々大げさにアキラに自身の事情を伝えた。少なくとも冗談で言っているわけではないことはアキラに伝わった。


「そういうことなら、今度見つけた時は売らずに持ってきます」


 アキラがそう答えると、サラがうれしそうに笑う。


「助かるわ。すご際疾きわどいデザインの下着でも気にせず持ってきてね。ちゃんと着て見せてあげるから」


 サラがアキラを揶揄からかうように誘うようにそう話すと、シズカが少しあきれながら口を挟む。


「馬鹿なことを言ってないでちゃんと買い取りなさい。アキラ。下着にかかわらず衣類系の遺物は私の所に持ち込んでも良いわ。銃の整備とか汚れやすい作業で、丈夫で汚れにくい服の需要は高いから、私が相場で買い取るわよ。サラには私が利益をしっかり上乗せした価格で売ってあげるから」


 サラが少し焦りながら尋ねる。


「と、友達価格よね?」


「大丈夫よ。私の店の常連予定者から、遺物を口先でかすめ取ろうとした分だけしっかり上乗せしてあげるわ」


 そう言ってシズカはサラに少し力強く微笑ほほえんだ。サラの表情が少しだけ引きつり、アキラとエレナがそれを笑って見ていた。


 サラが気を取り直してアキラに聞く。


「要は自分で見つければ良いだけの話なのよ。どこの遺跡で見つけたか聞いても良い?」


「えっと、説明しにくい場所でして……、どう言えば良いんだ?」


 アキラは遺跡の場所を説明しようとして、分かりやすい説明の方法を思い浮かべられずに戸惑う。


『アルファ。どういうふうに説明すれば良いと思う?』


『遺跡の場所を正確に教える気なら、道順ではなくて遺跡の座標を教えれば良いわ』


『ああ、そうか』


『……本当に教える気なの?』


『えっ? 何か不味まずいのか?』


 アキラの戸惑いを、エレナは別の意味に捉える。


「近場の遺跡の名前を全部覚えろとは言わないけど、探索した遺跡の名前ぐらいは覚えておいた方が良いわよ。売り先に遺物の出所を説明できると買取り額が上がることもあるからね」


 クガマヤマ都市から徒歩で行ける遺跡はクズスハラ街遺跡ぐらいだが、車を使えば行ける遺跡は数多くある。アキラが全ての遺跡の名称を覚えられなくても不思議はないだろう。エレナはそう考えて、遺物売却の基礎知識の一つとしてアキラにそう話した。


 しかしアキラは軽く首を横に振ってから答える。


「近場の遺跡の名前ならちゃんと覚えました。それで遺跡の場所ですけど……」


「アキラ。ストップ」


 遺跡の場所を話そうとするアキラに、エレナが真剣な表情で割り込んで止めた。


 アキラが怪訝けげんな表情を浮かべる。エレナとサラは店内を見渡して他のハンターの存在を確認する。偶然ではあるが、その時店内にいたのはアキラ達だけだった。エレナは安堵あんどの息を吐く。そしてエレナがシズカに話す。


「シズカ。場所を変えて良い?」


「良いわよ。遺物売却の基礎知識として、その辺のこともアキラに教えておいて」


 シズカもいろいろ察していた。状況について行けていないのはアキラだけだ。


 エレナが困惑気味のアキラに話す。


「アキラ、続きは別の場所で……、そうね、長くなると思うし、私達の家で話しましょう。予定とか大丈夫?」


「え、あ、はい。大丈夫です」


「じゃあ行きましょう。シズカ、またね」


 エレナとサラが歩き出す。シズカはまだ困惑気味のアキラを軽く手を振って見送った。




 アキラはそのままエレナ達の家まで付いていった。詳しいことは後で話すと説明されたので、エレナ達の部屋で椅子に座ってエレナ達が着替え終えるのを待っていた。


 アキラは改めてエレナ達の家の中を見ていた。部屋の数や置かれている家具などから判断して、アキラの家とは格段に良い家であることがすぐに分かる。


『あんまりきょろきょろしない方が良いと思うわ』


『それもそうだな』


 アルファに注意されたので、アキラは大人しく待つことにする。しばらくするとエレナ達が着替えて戻ってきた。


 3人分のコーヒーを入れてきたエレナがコーヒーをそれぞれの前に置く。そしてソファーに座った後でサラの格好を見て軽くとがめる。


「サラ。客がいるんだからもう少し格好を気にしなさいよ」


「良いじゃない。家の中でぐらい楽な格好をさせてよ。少しぐらい見られても私は気にしないわ」


 サラは股下まで隠れる白い長袖のシャツを着ている。かなりゆったりとした作りのシャツからは肌が多めに見えている。そしてズボンやスカートの類いは履いていなかった。


「サラじゃなくてアキラが気にするのよ」


「そう?」


 エレナとサラが正反対な内容に対する同意を求めてアキラを見る。エレナもサラも自分の意見に同意してくれることをアキラに期待している表情をしている。その期待に押されながらアキラは何とか答える。


「俺も家では楽な格好をしていますし、ここはサラさん達の家ですし、サラさんが気にしないのであれば俺は構いません」


 サラが得意げな表情を浮かべる。エレナは渋々引き下がった。そのエレナを見ながらサラが笑って話す。


「大丈夫だって。ちゃんと下は着けているわ」


 つまり上は着けていない。そしてサラが穿いているショーツは、身に着けるのに少々勇気の要る蠱惑こわく的なデザインの品だ。サラがその下着を身に着けているのは、保持している下着の数や種類が危険域に達しているためだ。


 アルファはアキラの視界を拡張する過程で、アキラの視線などは正確に把握している。つまりアキラがどこを見ているかアキラ以上に知っている。


 服のサイズの不一致のために隠れきれていないサラの胸の谷間の肌や、大きく動けば下着が見えそうなサラの下腹部に視線を向けないようにアキラが努力していることも知っている。加えてその努力が時折報われていないことも知っている。


 それらの情報を踏まえて、アルファがアキラに尋ねる。


『やっぱりアキラは着エロ派? 全裸だと逆に萎えるタイプ?』


『黙ってろ』


 アキラは照れ隠しも含めて強めの口調で答えた。


 エレナが気を取り直して本題に入る。


「さて、話の続きだけど、アキラが探索してきた遺跡は多分未調査の遺跡よね?」


 誰かに発見されて、多くのハンターに知れ渡った旧世界の遺跡には、大抵早い時期に自然と名前が付く。その遺跡を見つけたハンターが適当に付けた名前が広まったり、遺跡探索の過程で見つかった地名などが名称になることが多い。


 アキラは近場の遺跡の名前を覚えたと言った。つまりアキラが探索した遺跡は比較的最近発見された遺跡か、新しく発見された遺跡ということになる。


 新しく発見された旧世界の遺跡の情報は、基本的にどんなに隠そうとしても、よほど高度な隠蔽処理をしなければ、比較的短時間で他のハンター達に知れ渡ってしまうものだ。そしてエレナ達が最近新しい遺跡が見つかったという話を聞いていない以上、アキラが自力で見つけた遺跡である可能性が高いのだ。エレナはほぼ確信を持ってアキラに尋ねていた。


「多分そうです。広範囲に広がっている遺跡の、別の入り口かもしれませんが」


 普通にそう答えたアキラに、エレナが少しとがめるように話す。


「あのねアキラ、そういう情報を誰かに話すのは危険よ? 未調査の旧世界の遺跡の情報。その価値はアキラも分かっているでしょう?」


 しかしアキラは態度を変えずに答える。


「いや、俺も誰彼構わずに話す気はないですよ。エレナさん達にはいろいろ世話になっているので構わないかと思っただけです。一度俺が潜った後でもありますし」


 アキラは情報の価値を理解した上でエレナ達にその情報を渡そうとしている。エレナとサラはかなりうれしく思ったが、エレナはまずはその気持ちを抑えて話を続ける。


「それは有り難いけど、それ以外にも理由はあるわ。公共の場所でその類いの情報を握っていると判断されるようなことを口にするのは危険なのよ。シズカの店もそうよ? 他の客が隠れて聞き耳を立てていても不思議はないわ」


「分かりました。気を付けます」


 エレナはアキラの返事を聞いて、アキラの認識が少々甘いと感じた。だから真剣な表情で続けて話す。


「未調査の遺跡の情報を知っていることがバレると、他のハンターに絡まれる程度の認識なら改めなさい。遺跡の種類によっては最悪企業が絡んでくるわ。単純に旧世界の遺物を求めるだけではなく、遺跡を占拠して施設を掌握、再稼働させるために、武力行使を含めたあらゆる方法を使ってくる。くれぐれも注意しなさい」


「分かりました」


 アキラは真剣な表情でうなずいた。エレナの指摘通り、アキラは他のハンターに絡まれる程度に考えていた。アキラも統企連に加盟しているような大企業を敵に回したくはない。しっかりと認識を改めた。


 アキラの認識が改められたことを感じ取り、エレナも真剣な表情を崩して微笑ほほえんだ。

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