第73話 遺物売却のノウハウ

 アキラが地下に続く階段を降りていく。階段を少し降りただけで日が差し込む場所ではなくなり暗闇の領域となる。


 アキラは銃に取り付けた照明で先を照らして進んでいく。その光もどこまでも続いていそうな階段の先には届かない。奥は闇のままだ。


 その状況でアルファが指示を出す。


『アキラ。照明を消して』


 アキラは少し躊躇ちゅうちょしたが、言われたとおりに照明を消した。光源を失った一帯が一瞬で闇に包まれる。自分の体も見えない闇の中に、アルファの姿だけがくっきりと見えていた。


 一帯を塗りつぶす闇の中、白銀に輝くアルファが右手を上げる。するとアキラを中心にした周辺の光景が、強い照明に照らされたかのように色づいた。近くの壁の細かなひび割れや変色までもはっきり認識出来るほど、周囲をしっかり確認できる。


 アキラの視界は照明もないのに昼間のような明るさだ。確かにこれならば照明は不要だろう。アキラが感嘆の声を出す。


すごいな」


『情報収集機器で取得した地形情報と、肉眼では識別できない微細な光で照らされている周囲の光景を複合させて、私が補正を掛けてアキラの視界に拡張表示させたわ。これではっきり見えるでしょう?』


「ああ。ばっちりだ。奥の方が暗いのは本当に僅かな光もないからか?」


 階段はアキラの想像以上に深く、その奥は暗闇のままだ。


『情報収集機器の精度の限界や、情報解析の優先度の所為ね。そういった理由でアキラから遠い場所ほど暗くなるわ。気になるなら銃の照準器越しに確認しなさい。照準器から出る微弱な光がその場所を照らして、私が照準器と連動している情報収集機器経由で映像を解析して、アキラにも見えるようにするわ』


 アキラは言われたとおりに銃の照準器越しに階段の奥をのぞいた。階段の切れ目と続く通路の床が見えた。


「暗所への射撃もばっちりか。至れり尽くせりだな」


『当然よ。私のサポートなのよ?』


 アルファが得意げに笑う。心強いことこの上ないアルファのサポートだが、アキラは低確率でそれを失う可能性もある場所を進んでいるのだ。


 アキラはその万一の事態を想像して、気を引き締めて先に進んだ。


 アキラの感覚で地下4階ぐらいまで階段を降りると、その先は長い通路だった。通路の天井には照明らしき器具が取り付けられているが、当然点灯などしていない。本来なら真っ暗闇の中、アキラは銃を構えながら通路の奥へ進んでいく。


 通路はかなり綺麗きれいな状態だ。床に多少ちりほこりが積もっているだけで、瓦礫がれきが散乱しているような光景は見られない。白骨死体もなく、機械系モンスターの残骸や、生物系モンスターの死骸等も見られない。


 これで床にほこりすらないのなら、旧世界の清掃機械が今も稼動している可能性もある。しかし床に積もったほこりがそれを否定している。足跡のようなものも見当たらない。本当に未発見の旧世界の遺跡である可能性が高くなってきた。


 しかも遺跡自体が既に稼動停止しているならば、警備機械などに襲われずに安全に探索できる可能性もある。床に積もったままのほこりは、この辺りをモンスターなどが徘徊はいかいしていないことも意味する。遺跡の安全性は更に高まったと言える。


「順調だな。これで後は旧世界の遺物がたっぷり残っていれば、大当たりの遺跡ってことになるんだけど」


『この辺りはただの通路のようね。この先に旧世界の商店街とか倉庫とかが有れば、文句なく大当たりなんでしょうけれど、ただの連絡通路の可能性もあるわ。その場合はロッカーでもあれば良いわね』


 アキラは長い通路を更に奥に進んでいく。すると通路の横に何らかの商店らしきものを見つけた。


 商店は通路の壁に埋め込まれている構造で、ガラスのような透明な壁が通路と商店を分けているように見える。アキラが駆け寄って商店の中を見る。商店の内装は高級店を思わせる作りで、多くの高級そうな商品が、高額で売れそうな旧世界の遺物が陳列されていた。アキラにはどれも非常に高い価値がある遺物に見えた。


 アキラが興奮を隠しきれずにアルファを見る。


「や、やった! アルファ! 遺物だ! 旧世界の遺物がこんなにたくさんある! 持って帰ろう! 全部持って帰ろう!」


『アキラ。落ち着いて』


「入り口、入り口はどこだ! 入り口がないぞ!?」


 アキラが慌てながら入り口を探す。しかしどんなに探しても入り口らしきものはなかった。ガラスは頑丈そうには見えない。強化服の力で蹴破れば破壊可能に見える。


 今にもガラスを蹴破って中に入ろうとしかねないアキラに、アルファが少し言いにくそうに告げる。


『落ち着いて。残念だけれど、それを持ち帰るのは無理よ』


「……えっ?」


 アキラが怪訝けげんそうにアルファを見る。アルファが少し苦笑気味に話す。


『アキラにも分かりやすく表示するから、そのまま落ち着いて見てなさい』


 アルファがアキラの視界を操作する。するとアキラの目の前にあったはずの商店の中の光景から奥行きが失われ、一瞬でのっぺりとした平面に変わった。


「……あれ?」


『地形情報を優先化させて、擬似的な立体視を無効化させたわ』


 アキラは改めて商店の光景を写し出していた何かを見る。そして自分の知識の中から該当する物体の名称をひねり出した。


「ポスター?」


『旧世界の技術で作成された当時の広告でしょうね』


 ようやくアキラの理解が現実に追いついてきた。つまり、そこに店舗など存在しないのだ。アキラの前に存在しているのは、現実と見誤るほど高度な立体視の機能を持つポスターが貼られたただの壁だ。


 アキラは落胆して崩れ落ちるのを何とか堪えた。


「これを剥がして持って帰るというのはどうだろう」


『壁と一体化しているから無理よ』


「……ぬか喜びしただけか」


 アキラは盛大にめ息を吐き、気落ちしながら更に奥に進んでいった。


 アキラの心情を反映して少々重い足取りだった歩みが時間経過で回復した頃、アキラは通路を抜けて広間に着いた。広間には別の場所につながっているであろう通路の他に、幾つかの商店と自動改札口らしきものが存在している。


 商店を発見したアキラは問いかけるようにアルファを見る。


『大丈夫。今度は本物よ』


「良し!」


 アキラは笑って商店に向かう。動力がないために動かない自動ドアを、強化服の力で強引に動かして商店の中に入った。


 然程さほど広くない店内には多種多様な商品と、その残骸が陳列されていた。経年劣化でちりの塊の手前までボロボロになっている物もあれば、不自然なほどに傷もなく品質を保っている物もある。後者は今では旧世界の遺物と呼ばれ、現在では再現不可能な高度な技術の結晶として高値で取引されるのだ。


 アキラは背負っていたリュックサックから別の空のリュックサックを取り出した。そして空のリュックサックの方に原形を保っている遺物を次々と入れていく。


 何らかの小型の電子機器。包丁などの刃物。筆記用具らしき物。不自然なほどに変色していないノート類。下着と思われる物。箱は変色しているが中身は無事な回復薬。洗剤らしき液体の詰まった容器。ハンカチ。調理器具。電卓らしき物。洋服類。アクセサリー類。玩具がんぐらしき物。アキラは様々なものをリュックサックに詰めていく。


 アキラが余りにも関連性のない品々を見てアルファに尋ねる。


「……なあアルファ。ここは一体何屋なんだ?」


『多分日用雑貨店よ』


「調理器具や上着が日用雑貨なのか? よく分からない電子機器も? 旧世界ってのは本当によく分からない世界だな。旧世界の商店ってのはこういうのが普通なのか?」


『技術レベルが違えば文化も変わってくるわ。アキラの常識で考えてはいけないわね』


「そういうものか。まあ、遺物が高値で売れさえすれば関係ないな」


 今の世界でさえ、都市の防壁の内と外では文化も生活も常識も異なるのだ。アキラは店の品ぞろえに関して、それ以上気にしないことにした。


 リュックサックはすぐに遺物で満杯になった。これなら売却額は相当な金額になっても良いだろう。アキラは顔を緩めさせた。


「遺物も手に入ったし、今日はこれで戻ろうと思う。アルファはどう思う? もう少し先に進んだ方が良いと思うか?」


『アキラがそう思うなら帰っても良いと思うわ。厄介ごとが起きる前に切り上げるのも大切な判断よ』


「じゃあ戻ろう。モンスターとの交戦も無し。今のところは大当たりの遺跡だったな」


『気を緩めては駄目よ? 生きて帰るまでは油断はできないし、遺物を売り払って金に換えるまでは大当たりの遺跡と判断するのは早計よ』


「分かってるよ。良し、帰ろう!」


 アキラは意気揚々と来た道を戻り始めた。アルファが機嫌良く歩いているアキラを見て思案する。今日は上手うまく行きすぎていると。


 アキラは恐らく未発見である旧世界の遺跡を見つけ出し、モンスターとの遭遇もなく、旧世界の遺物を手に入れてクガマヤマ都市に戻ろうとしている。


 アキラは運が悪い。少なくとも何らかの厄介ごとに関わる可能性が非常に高い。ここまで都合が良いと、その揺り戻しが心配だ。何の根拠もない話だが、アルファはそう判断していた。


 アルファの予想に反して、アキラはモンスターとの遭遇もなくあっさりクガマヤマ都市に戻ることができた。途中の荒野でハンターらしき者達が乗る車とすれ違ったが、念のために彼らと大きく距離を取ると、別段何事もなく逆方向の荒野へ消えていった。


 都市に戻ったアキラはそのまま家に戻った。既に今からカツラギを探して遺物を売りに行くにしては遅い時刻だったからだ。遺物を売りに行くのは明日にして、今日はゆっくり休むことにした。


 アキラが湯船にかり1日の疲れを癒やしている。それなりの量の遺物を取得できたこともあって、アキラの機嫌はかなり良かった。


「幾らぐらいで売れるかな。結構状態の良いやつもあったし、高値になっても良いはずだ。そう思うだろ?」


 アキラが一緒に湯船にかっているアルファに同意を求めた。


 アルファの一糸纏わぬ魅力的な肢体の姿は、湯気と波打つ水面の乱反射によってなまめかしく揺らいでいる。アルファが誇る膨大な演算能力を、無駄に利用した結果だ。はっきり見えない方が良いと考える者にとっては有意義な使い方かもしれない。


 その魅力的なアルファの姿も、旧世界の遺物をかなり持ち帰って上機嫌なアキラの心を揺らがせることはなかった。アキラは今日も類いまれな目の保養を浪費し続けていた。


 アルファはアキラが無意識に算出している遺物の買取り価格が、その期待によって徐々に高額になっていることに気付いていた。アキラを落ち着かせるために少し否定的に答える。


『過度に期待するのは禁物よ。クズスハラ街遺跡で私が選んだ遺物を売った時と同じように考えるのは多分間違いよ。売れないとは言わないけれどね』


「……そうなのか?」


『カツラギの旧世界の遺物に対する目利きや、遺物の種類の需要も買取り額に大きく関わってくるわ。期待しすぎると、後でがっかりするかもしれないわよ?』


「ふーん。まあ、明日分かることか」


 アキラの中で膨れあがっていた遺物の買取額に対する期待は、アルファの説明である程度は落ち着きを取り戻して少しだけ小さくなった。




 翌日、アキラは早速カツラギに遺物を売りにいった。カツラギが遺物の査定を済ませて買取り額を提示する。


「220万オーラムだな」


 提示額を聞いたアキラが微妙な表情を浮かべる。大金であることに間違いはない。しかしアキラが期待していた買取り額よりはかなり低い。


 カツラギが商人の笑顔を浮かべて話す。


「買取り額に不満があるって顔だな。だがこの前のように、すぐにハンターオフィスの買い取り所に持って行くと言い出さない程度には納得もしている。そうだろ?」


「……まあな」


 昨日アルファがくぎを刺していなければ、アキラはもっと高値の買取り額を期待していたはずだ。アルファからこの場で買取り額への指摘が出ていればアキラの態度も違っただろうが、それもない。買取り額を聞いて、そんなものか、と思いはした。しかし完全に納得できる金額でもないのだ。


 カツラギはアキラの不満を見抜くと、そこから自身の利益につながる話を考え出す。


「俺はお前とはこれからも仲良くやっていくつもりだ。だからお前が不満を募らせて遺物の販売先を他所に変えるのは困る。そこでだ。お前には遺物売却に関するノウハウがかなり足りていないようだから、良い機会だから俺が教えてやろう。どうせあれだろ? 普段は討伐中心で、遺物探索は余りやってないんだろ? 売却慣れしているなら、俺の所には持ち込まない遺物もたくさんあったからな」


「想像に任せる」


「まあ違ったとしても聞いておけって。聞いて損はない話だぞ?」


 自分にとって都合のいい話をどこまで混ぜるか。カツラギはそう思案しながらアキラに遺物売却の知識を話し始めた。


 旧世界の遺物はそのどれもが高値で売れるわけではない。そして誰に売っても同じ値段で売れるわけでもない。


 ハンターオフィスの買い取り所では統企連が望む遺物を高額で買い取る傾向が強い。統企連が最も望むものは旧世界の異常なまでに高度な科学技術であり、その技術の入手元である旧世界の遺物だ。


 東部の大企業は旧世界の技術を入手するために、旧世界の遺物を東部全域から収集している。集められた遺物は企業直下の研究施設に輸送され、多くの有能な科学者や技術者達によって解析される。その研究成果が企業の技術力を向上させ、より安価で高性能な商品の製造を可能にさせるのだ。


 統企連が経営するハンターオフィスの買い取り所で買い取られた遺物は、その遺物から得られる可能性がある技術的な内容で選別される。そして技術的により貴重な遺物ほど統企連の母体である五大企業や関連する大企業に流れていく。そのため大企業と中小企業の技術格差はなかなか縮まらない。


 中小企業がそのような技術的に貴重な旧世界の遺物を手に入れるには、別の入手ルートが必要になる。つまりカツラギ達のような個人商人を経由して買うのだ。


 カツラギはアキラが持ち込んだ遺物の中から何らかの電子機器らしき物を手に取ると、それをアキラに見せながら話す。


「この類いの遺物を俺みたいな所に持ち込むのは大正解だ。どの企業もこの類いの遺物にはえている。手に入りにくい企業なら尚更なおさらだ。高値で売れるから、俺も高値で買い取るわけだ。まあ、ある程度量をそろえてから売りに行くがな。足りない時は知り合いのトレーダー達で持ち寄って量をそろえることもある」


 遺物は企業の技術解析のためだけに使われるわけではない。当たり前だがそのまま使用される遺物も多い。


 現行技術でも同等の性能の物は製造可能だが、製造費用が売り物にならないほど高額になる物。本来の製造目的とは別の使い方をされる物。旧世界の遺物というブランドが付加価値となる物。そのような遺物は対応する取扱業者へ流れ、品質を確認され、見栄え良く装飾され、時には別の物へ加工され、商品として流通するのだ。


 カツラギはアキラが持ち込んだ遺物から、調理器具を手にとってアキラに見せながら話す。


「こういう遺物を俺に持ち込むのも、まあ正解だ。俺が販売ルートを持っている類いの遺物なら、それなりに高値で買う。俺にそのルートがなかったとしても、付き合いのある商人に流せばそこそこの値で売れるからそれなりの値で買い取る。勿論もちろん、特定の種類の遺物のみを扱う専門の買い取り所を探して個別に売った方が高く売れるが、面倒ならよろず買い取り所扱いで俺に売ってもいい。その分買取り額は下がるがな」


 ハンターは様々な旧世界の遺物を持ち帰って金に換えようとする。しかし扱いに困る遺物も多々存在する。旧世界の遺跡から持ってきたのだから高値で売れるはずだ。そう思い込んだハンターが何でもかんでも持ち帰るからだ。近場の店で買えば済むような物、態々わざわざ旧世界の遺跡まで出向いて取ってくる必要など無い物もハンターは買い取り所に持ち込むのだ。


 しかしそういった遺物でもまれに高値で取引される場合がある。収集家が求める古美術品などとして扱われるのだ。


 カツラギはアキラが持ち込んだ遺物から、アクセサリー類と未開封のトランプを手にとって、アキラに見せながら話す。


「こういう遺物を俺に持ち込むのは、不正解だ。この遺物が好事家に高値で売れる可能性がないとは言わないが、俺にその判断をできるだけの目利きはない。美術品とかの目利きと同じだ。俺には分からん。だから買い取る場合は捨て値未満の額で買い取ることになる。正直な話、これからお前が持ち込んでくる遺物がこんなのばかりなら、買取りそのものを拒否する」


「カツラギはそういう遺物はどうするんだ?」


「そうだな。適当に倉庫にぶち込んでおいて、たまに来る目利き自慢や好事家の代理人のやつらに見せるな。たまにだが、良い値で買い取ってくれる場合があるんだ。その後はある程度まったら荒野に捨てて、それで仕舞しまいだ」


「……えっと、それは大丈夫なのか?」


「捨場所に気を付けているってこともあるが、今のところ文句を言われたことはないな。スラム街に近い荒野に捨てると1ヶ月持たずに消えるな。多分スラム街の住人が拾ってるんだろう。荒野に捨てても、やっぱりいつの間にか消えてるんだ。これには諸説あって、旧世界の清掃機械が今も稼動していてひそかに掃除をしているとか、モンスターが食ってるとかいろいろ言われている。俺は後者の説を支持するね。荒野には戦車を食うモンスターまでいるんだ。別に不思議じゃない」


 アキラはカツラギの話を興味深く聞いていた。アキラの表情から買取り額に対しての不満が大きく軽減されたことに、カツラギは大いに手応えを感じた。


「買取りに関する話はこれで終わりだ。それでだ。俺の事情も理解してもらったところで提案がある。200万オーラム分だけ俺に売るってのはどうだ? 残りの分、つまり俺が高値を付けなかった遺物はアキラの好きにすれば良い。ハンターオフィスの買い取り所に持ち込んでも良いし、別の買取り業者に持ち込んでも良い。お互い納得できる提案だと俺は思うぞ?」


 アキラは少し迷った後、カツラギの提案を受け入れることにした。


「分かった。そうしてくれ」


「良し。取引成立だ」


 カツラギはうれしそうに笑って200万オーラムをアキラの口座に振り込んだ。カツラギのたくらみが実るかどうかは分からないが、その布石は置けたようだ。




 アキラは売れ残った遺物を持って家に戻った。そして持ち帰った遺物を床に並べて確認する。


 カツラギが自分の所に持ち込むのは不正解だと説明した遺物は全て残っている。そのほかにも細々とした物が残っていた。布系の遺物、下着やハンカチなども全て残っていたことは、アキラとしては少し意外だった。


 アキラが目視で確認する限りでは品質に問題はないように見える。しっかり密封されている服や下着は痛みもなく新品同様に見える。恐らくカツラギはその類いの遺物を売却する販路がないのだろう。アキラはそう判断した。


「カツラギの所には布系の遺物を持ち込んでも無駄だな」


『それ以外にもいろいろ残っているけれど、どうするの?』


「どうしようか……。取りあえず空き部屋を倉庫代わりにして突っ込んでおこう。何か良い案が浮かぶかもしれない」


 アキラは問題を先送りにすることにした。この問題を放置するとアキラの家の中が売り先のない遺物であふれかえるかもしれないが、当面は問題ないはずだ。


 アキラは空き部屋に売れ残りの遺物を詰め込んだ。空き部屋の空間にはまだまだ余裕がある。十分な空き空間はアキラにこの問題に対する猶予を与えた。


 アキラは部屋を出ようとして、あることをふと思いつく。そしてリュックサックに布系の遺物とアクセサリー系の遺物を詰め込んだ。


 アルファがアキラを見て不思議そうにしている。


『どうしたの? やっぱり売り先を探すの?』


「いや、違う。贈呈品にはちょうど良いとおもってな」


 アキラは再び外出する準備を済ませると、遺物を詰めたリュックを持って外に出た。




 シェリルが拠点の空き部屋で徒党の子供達に読み書きを教えている。アキラに頼まれたことでもあり、シェリルは優しく熱心に丁寧に読み書きを教えていた。そのため徒党の者達からの評判は非常に良かった。


 大人になってからスラム街に流れ着いた者とは異なり、子供の頃からスラム街にいる者には読み書きが不十分な者も多い。その技術が生きるために非常に役立つことを理解するだけの知識だけは持っているが、しかしその技術を得る機会が全くない者も多い。ボスであるシェリルからの指示であることも含めて、皆一生懸命に授業を受けていた。


 部下の一人が部屋の中に入ってきて、シェリルにアキラの来訪を伝える。


「ボス。アキラさんが来ました」


「分かったわ。アリシア。続きはお願いね」


「分かりました」


 シェリルが教師役の続きをアリシアに頼んで勉強用の部屋から出て行く。そのシェリルの姿を数名の少年が残念そうな表情で見ていた。


 シェリルの容姿と徒党での地位などもあり、徒党内でのシェリルの人気は高いのだ。シェリルに取り入るために熱心に勉強して仕事に精を出す者も増えていた。


 ナーシャは他の子供達と一緒に読み書きの勉強を受けていた。新入りであるナーシャが人数規制のある読み書きの勉強に加わっているのは、ひとえにナーシャのお土産の効能だ。アルナから渡された9万オーラム全額を渡したわけではないが、その一部であっても多少の融通と贔屓ひいきが許される額なのだ。


 実際にシェリルの徒党に入ったナーシャは、数日とはいえ徒党での生活を体験して、シェリルの徒党を高く評価していた。


 えない程度の食事は出るし、簡易な自衛程度はできる銃器も保持している。隣接する他の縄張りの人間からちょっかいを出されることもない。付き合いのある武器商人の伝で金を稼ぐ手段もある。スリの元締をしているようなこともなく、商店の倉庫に盗みに入ったり襲撃したりすることもない。


 ナーシャはもうしばらくの間様子を見るつもりだが、このまま問題がなければ何とかしてアルナをシェリルの徒党に加えたいと思っている。そのためにもより深く徒党の内情を調べるつもりだった。


 ナーシャはかなり機嫌良く部屋を出て行くシェリルを見て、近くにいた同僚に尋ねる。


「ねえ、ボスが随分機嫌が良く出て行ったけど、理由を知ってる?」


「理由って、そりゃアキラが、おっと、アキラさんが来たからだろう? ああ、お前新入りか」


 徒党の人間なら予想の付くことを聞かれて、尋ねられた少年はナーシャが新入りだとすぐに気付いた。


「ナーシャよ。よろしく。で、どういうことなの?」


「アキラさんはボスの恋人で、ボスがすごい入れ込んでいる相手だ。俺らの徒党の後ろ盾でもある。結構強いハンターらしい」


「あー、言いたくないけど、実は結構たかられたりしているの?」


 ハンター崩れに限らず高い戦力の持ち主がスラム街の徒党に護衛や後ろ盾として関わることは多い。


 小さな縄張りの徒党ならば、そのまま徒党のボスの座を乗っ取り好き放題にする者もいる。大規模な縄張りの徒党ならば、旧世界の遺跡に行くよりは安全だとして護衛や抗争時の兵力として高値で雇われ続ける者もいる。どちらにしろ、彼らに支払われる様々な報酬は徒党の他の人間が負担することになるのだ。


 ナーシャはアキラもその類いの人間なのだろうかと考えて尋ねたのだが、少年は首を横に振る。


「逆だ。むしろ俺らがたかってる感じだ。俺らの縄張りが他の縄張りの連中に奪われないでいるのも、あいつが俺らの後ろ盾になっているからだし、俺らと付き合いのある武器商人もあいつの伝だ。他にはそうだな、俺らが拠点にしているこの建物、結構良い建物だろう?」


「ええ、部屋数も多いし風呂も付いてるしね」


「だからいろんな所から狙われてるんだ。この建物を縄張りごと明け渡せって、別のデカい縄張りの徒党のやつが脅しにきたこともある。確かシジマってやつの所だ。知ってるか?」


 アルナが入っても大丈夫そうな徒党を調べていた時の知識で、ナーシャもシジマの徒党のことは知っている。それなりに広い縄張りの徒党で、人員も装備もシェリルの徒党を大幅に超えている所だ。ナーシャの知識が確かなら、シェリル達程度の規模では、諦めて渡すしかない相手のはずだ。


「知ってるわ。良く無事だったわね。大丈夫だったの?」


 少年は表情を険しくさせて答える。


「どうなんだろうな。あいつはその時に自分を脅したやつを殺して、その死体を持ってボスと一緒に相手の拠点に乗り込んで、相手のボスと話を付けてきたよ」


 ナーシャが絶句している。少年が気持ちは分かると言いたげにうなずく。


「一応、相手の徒党と友好的な関係になった、ことになっている。時々向こうの人間がアキラ……さんが死んでないか確認しに来るんだよ。アキラさんもハンターだからいつ死んでも不思議はないからな。アキラさんが死んだら、あいつら、絶対またここを奪いに来るんだろうな」


 アリシアの視線が厳しくなってきたため、少年はこの場での無駄話を切り上げた。


 我に返ったナーシャも慌てて姿勢を正す。


(随分ぶっ飛んだやつが後ろ盾になっているのね。この徒党もどこまでも都合が良いわけではないか。話の続きも気になるし、アルナのためにも、もう少し内情を調べないとね。アルナもいつまでも隠れているわけにはいかないでしょうし……)


 アリシアにこれ以上にらまれないように、ナーシャも勉強を再開した。

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