第61話 幸運、或いは不運の結末

 アキラが再びネリアの頭部を狙って引き金を引く。銃弾はネリアのそばに着弾して、その衝撃でネリアを少し吹き飛ばした。


『……まだ駄目か!』


 アルファがアキラを落ち着かせようと微笑ほほえみながら話す。


『落ち着いて。焦ったら当たるものも当たらないわ』


『アルファのサポートで何とかならないか?』


『強化服がダメージで不安定な状態なのよ。これ以上私の操作介入を増やすと強化服の挙動に異常が出て、下手をするとアキラの両腕が砕けかねないけれど、それでも良いかしら?』


『止めてくれ』


 既にアルファの姿は元に戻っている。アルファはいつものようにアキラのそばに立っている。


 なおネリアはもうアルファの姿を認識していない。アキラの攻撃でクズスハラ街遺跡のマップに接続する機器を破壊されたからだ。アルファはそれを把握していた。


 アキラが再び銃を構えてネリアを狙った時、ネリアが笑いながらアキラに聞こえるように話す。


「私を殺すと貴方あなたも死ぬわよ」


 アキラは構わず引き金を引いた。着弾の衝撃でネリアがまた少し吹き飛ばされた。ネリアが話を続ける。


「私の仲間が私を裏切って貴方あなたごと殺そうとしているわ。重装強化服を自動操縦にしてビルの中に突入させてね。あいつの強化服には敵を道連れにするための自爆装置が組み込まれているの。逃げても無駄よ。貴方あなたを殺すまでどこまでも追うわ。殺傷圏内に入ったらすぐに自爆するわ。恐らくこのビルを吹き飛ばすぐらいの威力はあるわ。最低でもこのビルは確実に倒壊するわ」


 アキラは構わずネリアに近付いて銃撃する。ネリアの上半身の残っている部分に命中する。首だけになったネリアが衝撃で飛んでいく。


「自爆を止めるには強化服の制御装置を破壊するか、制御装置に介入して停止させるしかないわ。あれの装甲を貫いて胴体部分のどこかにある制御装置を破壊するのは困難よ。私なら強化服の制御装置に侵入して機能を停止させられるわ。私は既に介入を始めていて、重装強化服の自爆を阻止し続けているところよ。私を殺したらすぐに自爆するわ」


 アキラは構わずネリアに近付いて銃撃する。弾頭は頭部だけになったネリアの耳にかすって床に着弾した。その衝撃でネリアがまた吹き飛ばされた。


「そう。まあ好きにして。決めるのは貴方あなたよ。口説いた相手と一緒に死ぬのも悪くないわ」


 そう言ってネリアは微笑ほほえんだ。アキラを口説いていた時と同じ笑みを浮かべていた。


 アキラはネリアに近付いて髪をつかんで持ち上げると、ネリアとしっかり目を合わせてにらみ付けながら尋ねる。


「証拠は?」


「ないわ」


 アキラが問う。助かりたいためのうそではないのか。本当のことを言っている証拠はあるのか。


 ネリアが答えた。そんなものは一切ない。自分の言葉を信じないなら好きにすれば良い。


 本当なのかうそなのか、アキラには分からなかった。迷っているアキラにアルファが険しい表情で指示を出す。


『アキラ。まずは移動よ。今すぐ』


 アキラはアルファの指示に従って、ネリアの頭部をつかんだまま急いでその場から走り出した。


 ビルが揺れる。揺れの発信源ではケインの重装強化服がビルの内部に強引に入り込もうとしていた。


 自動操縦で動いている巨大な重装強化服が、機体の損傷など全く気にせずに、ビルの側面から、ケインの攻撃でもろくなっている部分から、巨大な身体を無理矢理やり押し込んでいる。


 重装強化服の頭や腕が壁や天井にめり込んでいる。機体は装備している重火器で邪魔な天井や壁を破壊しながらビルの奥に進もうとしている。残存エネルギーなど全く気にせずに、出力を安全基準など無視して限界まで高めて、驚異的な力でアキラのもとに進もうとしている。


 アキラの位置を正確に把握しているわけではない。しかし色無しの霧が晴れて機能を回復した情報収集機器により、大体合っているという精度でなら位置は分かるのだ。


 巨大な機体が装備している全ての火器をアキラの方向へ乱射している。巨大な銃から発射される巨大な銃弾がビルの壁を粉砕し続けている。ビルの内壁は外壁ほど頑丈ではない。粉砕された天井や壁が瓦礫がれきとなって辺りに飛び散っていく。自動操縦で動く機体は残弾など考慮していない。機体の内部に格納されている予備の弾薬を使い切るまで撃ち続けるのだ。


 アキラはいち早くその場から逃げ出して、ケインの重装強化服の攻撃から逃れた。アキラが逃げながらネリアに尋ねる。


「何であそこまでして俺を殺そうとするんだ? それともあれはお前の仲間がここから逃げるためのただの時間稼ぎか?」


「違うわ。貴方あなたを殺さないと遺物が運べないからよ」


「遺物の運搬と俺の命にどういう関係があるんだ?」


貴方あなたが殺したヤジマって男が、死後報復依頼プログラムに貴方あなたを登録したのよ。その所為で貴方あなたを殺さないと遺物を積み込んだ輸送車両が動かないのよ」


 アキラは自分が殺したヤジマの言動を思い出した。ヤジマは殺されても仲間がかたきを取ってくれると言っていたが、あれは単なる脅しではなかったのだ。


 アキラの表情が嫌そうにゆがむ。


「……何て迷惑な。そんなプログラムがあるのかよ」


「あるのよ。そんな理由でもなければ、わざわざ貴方あなたを殺しに来たりはしないわ。疑いが晴れたのなら取引をしましょう。私がケインの重装強化服を止めるから、代わりに私を助けて」


「このまま逃げれば良い。あいつがビルの内部に挟まっている間にビルの外に出れば十分逃げ切れる」


「それは無理だと判断したからこのビルに逃げ込んだんじゃないの?」


「……お前があの重装強化服の制御を乗っ取れるなら、制御を掌握した後にあの重装強化服を操作して俺を攻撃しない保証は? 俺を殺せば遺物が手に入るんだろ?」


「それは私を信じてもらうしかないわ。ここまでズタボロにやられたのよ? もう貴方あなたと戦うのは御免よ。私の仲間も貴方あなたと戦うのを恐れて逃げ出したわ。大金になる大量の遺物を諦めてね。私も貴方あなたも助かるんだから悪くない取引だと思うけど? ああ、貴方あなたが私と付き合うって条件を付け加えるのは自重してあげるわ。脅して恋人を作る趣味はないからね」


 ネリアは首だけになっても余裕の笑みを浮かべていた。アキラが表情を引きつらせる。


『アルファ。この話、本当だと思うか? アルファは相手のうそがある程度分かるんだろう?』


 アルファが軽く首を横に振って応える。


『残念だけれど、前にも言った通り義体者の表情からうそを見分けるのは困難なの。だから、分からないとしか言えないわ』


 アキラは悩む。ネリアの提案を受け入れた場合、ここまで追い詰めた相手を逃す上に反撃される恐れがある。しかしビルの外に逃げ出しても生き残れる保証はない。ケインの機体にあっさり追いつかれて殺される可能性は十分ある。


『……賭けて頼んでみるか、賭けて逃げるか……』


 迷っているアキラに、アルファが別の選択肢を付け加える。


『選択肢はもう一つあるわよ? 賭けて戦う』


『でも戦えば自爆されるんじゃないのか?』


『まず、相手に本当に自爆機能があるかどうかは不明よ。本当に搭載されていたとしても、彼女が本当にその爆発を押さえている保証はないわ。その場合、まだ爆発していないってことは、爆発だけの殺傷圏内はかなり狭く設定されているかもしれない。相手と十分距離を取れば爆発しない可能性もあるわ。自爆方法も内部に爆発物が積んであるのかもしれないし、機体の残存エネルギーを変換させるのかもしれない。後者なら機体のエネルギーは力場装甲フォースフィールドアーマーの維持にも使用されているはずよ。CWH対物突撃銃の専用弾で攻撃し続ければ、力場装甲フォースフィールドアーマーの維持で残存エネルギーを使い切る可能性もあるわ。爆発の規模を押さえる効果もあるかもしれない。上手うまく行けば、制御装置も一緒に破壊できるかもしれないわね』


 アルファは確証があって話しているわけではない。アルファの話は可能性を示しているだけだ。しかし選択肢が増えたことに違いはない。


『頼むか、逃げるか、戦うかの3択か』


『私にできるのは選択肢の提示までね。どれも運の絡む要素だらけで、お勧めのものはないわ。アキラが選びなさい。どの選択肢でも全力でサポートするから』


『分かった』


 アキラは頭部だけになっているネリアを床に投げ捨てた。


 首だけになっているネリアがアキラを見ている。アキラがネリアに自分の選択を話す。


「お前に頼むのはもう少し足掻あがいてからにする。そこで待ってろ」


 アキラはそれだけ言って走り出した。戦うために。


 頭部だけのネリアが去っていくアキラの姿を見ている。ネリアは笑っていた。




 ケインの重装強化服は自動操縦で動いているが、余り賢い動作はしていない。攻撃対象もビル内にいる誰か、あるいは何かという不明確なものだ。情報収集機器で探知したそれらしいものを攻撃しているだけだ。明確にアキラを識別して攻撃しているわけではないのだ。搭載されている情報収集機器で人型の存在を探しだし、対象をひたすら攻撃し続けているだけなのだ。


 機体は対象との間に遮蔽物があっても迂回うかいなどはせずに、遮るものを腕や銃撃などで破壊して進んでいた。4本の腕が持つ重火器の内、既に2ちょうが弾薬を使い切っており、ただの鈍器と化していた。


 アルファが拡張したアキラの視界には、少し離れた場所で暴れ回っている重装強化服の姿が写し出されている。既に弾切れの銃もあることぐらいはアキラにも分かった。


『これ、黙って待っていれば、残弾全部撃ち尽くすんじゃないか?』


『残弾がなくなった瞬間に自爆、とかしなければ良いけれどね。このビルが崩れたら大変よ?』


『あり得そうだな。仕方ない。行くか』


 暴れ回る重装強化服の攻撃でビルの壁には幾つか穴が開いている。アキラはその穴から壁越しに重装強化服を銃撃した。


 CWH対物突撃銃の専用弾が重装強化服の胴体部分に直撃する。巨大な機体が狭いビル内を瓦礫がれきに挟まりながら移動しているのだ。その動きは遅い。アキラの体調は最悪だが、動きの鈍い巨大な的に当てることぐらいはできた。


 機体の力場装甲フォースフィールドアーマーがCWH対物突撃銃の専用弾の衝撃を防ぎ、轟音ごうおんと衝撃変換光を辺りにき散らしている。機体がアキラに反撃しようとするが、腕や銃が瓦礫がれきなどに引っかかり素早く反撃することができない。アキラは難なく身をかわすことができた。


 アキラは銃撃と移動を繰り返し、相手にCWH対物突撃銃の専用弾をたたき込み続ける。機体は巨大な銃弾を辺りに飛び散らして反撃を続ける。壁が崩れ、天井が崩れ、銃弾が飛び交っていく。


 アキラが一方的に攻撃しているようにも見えるが、相手の攻撃を一撃でも食らえばアキラは終わりだ。一方、ケインの重装強化服は何度直撃を食らっても、たじろぎもせず反撃を続けてくる。そしてアキラが身を隠せる場所は、重装強化服の攻撃で砕かれていき少しずつ減っていく。アキラは自分が優位に立っているなど欠片かけらも感じていなかった。


 専用弾の直撃を食らった重装強化服の着弾音が変わった。力場装甲フォースフィールドアーマーが破られて専用弾が内部に到達したのだ。目に見えて重装強化服の動きが悪くなった。


 アキラはその機会を逃さずに、連続して銃弾を重装強化服の胴体部分にたたきこむ。銃弾が重装強化服の制御装置を損傷させる。壊れた制御装置は異常な命令を重装強化服の各部位に送信した。その結果、機体はまるで激痛にもだえ苦しむようにめちゃくちゃな動きで暴れ回り続けた。


 アキラが更に銃撃を続ける。巨大な重装強化服がついに動作を停止した。


 アキラは弾倉を交換しながら注意深く重装強化服を確認する。重装強化服に動く気配はない。


『勝った……か?』


『多分ね。大丈夫でしょう。少なくともアキラの脅威ではなくなったわ』


『良し!』


 アキラが歓喜する。死地から脱した歓声であり、予想外の大物を倒した喜びだった。


『アキラ。まだ全部終わったわけではないわ。全てを済ませるまで、気を抜いては駄目よ?』


『分かっている。行こう』


 アキラははっきりそう答えて、全てを済ませるために走り出した。




 ネリアはただ待ち続けていた。ネリアにできることは策の結果を待つだけだ。


 そして、ネリアの知覚範囲にその結果がやって来た。


 アキラがネリアのところに戻ってくる。ネリアがアキラを笑って迎える。


「お帰りなさい。どうやらケインの重装強化服を倒したようね。そんな状態で大したものだわ」


 ネリアが言う通り、アキラはもうボロボロだ。アキラの肉体も強化服も銃も限界ぎりぎりだ。それでもアキラは生き残り、この場に立っていた。


 アキラはこの期に及んで余裕の笑みを浮かべるネリアを見て怪訝けげんに思い、自分なりの答えを出した。


「余裕だな。死ぬのは怖くないってか?」


「怖くはないわ。嫌だとは思うけどね」


「そうか。俺も嫌だ」


「気が合うわね。やっぱり私と付き合わない?」


「お断りだ。俺には殺す相手を口説く趣味はないし、死人と付き合う気もない」


 アキラはきっぱり断った。そしてネリアに向けてCWH対物突撃銃を構える。この距離なら外すことはない。後は引き金を引くだけだ。今のアキラでもそれぐらいはできる。アキラは勝利を確信していた。


 しかしネリアはそれでも笑っていた。


「それなら大丈夫よ」


 アキラが怪訝けげんな表情で尋ねる。


「……何が、大丈夫なんだ?」


 ネリアが答えるよりも先に、アルファがアキラを止める。


『アキラ! 絶対に動かないで!』


 アキラがアルファの指示通り動きを止めた。引き金を引く指も止めた。次の瞬間、握っていたCWH対物突撃銃をはじき飛ばされた。


 突然のことに驚いているアキラの周囲に男が現れた。誰もいなかった場所に、少なくともアキラはそう認識していた場所に、男は突然現れていた。男は銃を構えていた。アキラのCWH対物突撃銃を銃撃してはじき飛ばしたのはこの男だ。


 アキラが唖然あぜんとしている間に、他の男達が同じように次々と現れる。


『アルファ! こいつら、どこから出てきたんだ!? どこにもいなかったよな!?』


『ついさっき入ってきたのよ。全員迷彩装備だったからアキラには気づけなかったのよ』


『め、迷彩装備って……』


『熱光学迷彩や流体制御迷彩、遮音消波迷彩などを組み合わせて、敵の索敵から逃れる装備のことで……』


『いや、そういうことを聞いているんじゃなくて……』


 アキラが知りたかったことを男の一人が話す。


「動くな! 我々はクガマヤマ都市防衛隊である! 大人しく投降せよ! 我々の指示に従わない場合、都市への敵対行為と判断する可能性が生じる! これは即時駆除対象の認定を含む!」


 男達はクガマヤマ都市の防衛隊の兵士達だった。更に追加の兵士達が現れてアキラ達を取り囲む。


 地下街攻略本部から仮設基地への連絡は、アキラ以外にも複数の人員で行われていた。アキラは連絡に失敗したが、他の人員は無事に仮設基地に到着していた。事態を重く見た仮設基地の指揮官は、虎の子の防衛隊を直ちに派遣することを決定した。


 防衛隊は速やかに地下街攻略本部及びその周辺の捜索に向かう。その移動中に防衛隊の人員が、戦闘中と考えられる爆音や爆煙に気付いたのだ。それらはケインがアキラ達のいるビルに攻撃した時のものだ。遺物襲撃犯がモンスターと交戦している可能性を考えて、防衛隊の一部が現地に確認に向かったのだ。


 そこで防衛隊員が見たのは、ネリアにCWH対物突撃銃を向けるアキラの姿だった。


 アキラが自分を取り囲む防衛隊の姿を見てめ息を吐く。装備も練度も明確にアキラより上の人員で構成された集団であることは間違いない。彼らは油断なくアキラに銃を向けている。アキラが僅かでも不審な動きを見せれば、アキラの命は容易たやすく消し飛ぶだろう。


『前にもこんなことがあった気がする』


『奇遇ね。私もよ』


 アキラが一度はヤジマを追い詰めた時のことだ。あの時は即座に撃つのが正解だった。あの選択の誤りは、アキラとシオリが殺し合う結果を招いた。だからといって、今のアキラがその時に正解だった選択肢を選ぶわけには行かない。


 アキラは両手を挙げてネリアが何かを言う前に叫ぶ。先にネリアに余計なことを言われて事態がややこしくなるのは御免だからだ。


「俺はアキラ! 地下街攻略に雇われたハンターだ! 仮設基地への連絡の途中で遺物襲撃犯に襲われて交戦していた! 確認してくれ!」


「拘束しろ! 抵抗した場合射殺を許可する! 地下街で多数のハンターが犠牲になり死者も出ている! 警戒を怠るな!」


「俺は違うって……」


 数名の防衛隊員が無抵抗のアキラを取り押さえる。アキラは大人しく拘束された。アキラの両手足に頑丈なかせがはめられる。そのままアキラは引きずられながら防衛隊に連行されていく。


 アキラは自分の緊張が完全に切れたことを自覚した。結果はどうであれ、事は済んだのだ。アキラは身体的にも精神的にも非常に疲労していた。一度緩んだアキラの意識は、そのままアキラを休ませようとする極度の疲労に抵抗する術を持たなかった。


 アキラの両目がゆっくり閉じていく。アルファがアキラの意識が消える前に声を掛ける。


『大丈夫よ。ゆっくり休みなさい』


 アルファはアキラを安心させるように優しく微笑ほほえんだ。危険はない。アキラにそう伝える微笑ほほえみだった。


『……そうか。……お休み』


 アキラは安心してそのまま意識を失った。急に崩れ落ちたアキラを防衛隊員が慌てて支える。


「対象が意識を喪失しました!」


「バイタルサインを確認し、適切に処理せよ! 遺物強奪犯の可能性が高い! 全てを聞き出すまで絶対に死なせるな! 地下街攻略本部の医療班に連絡し、待機させておけ! 部隊を2班に分ける! A班は対象を地下街攻略本部まで輸送し、医療班に引き渡せ! B班はビル内を捜索! 他の遺物強奪犯がいる可能性が高い! 遭遇した場合は可能なら生かして連行しろ! 無理なら殺せ!」


 隊長の指示に従って部隊員は速やかに行動を開始した。


 ネリアもアキラと同じ扱いで防衛隊に拘束されていた。ネリアは首だけだったが、外部との通信を遮断する機器を取り付けられていた。


 身動きの取れないネリアだったが、運ばれていくアキラの姿が偶然視界に入った。


(言ったでしょう? 大丈夫だって)


 ネリアがほくそ笑む。防衛隊が到着するまで時間を稼げば生き残りの目はある。ネリアはそう考えて、それを実行し、生き残った。


 ネリアの運が彼女を生かした。あるいはアキラの運がネリアを生かした。




 ケインはクズスハラ街遺跡の外れまで来ていた。そこには数名の男達がいてケインを待っていた。全員程度の差はあれど生身ではない者達だ。


 男達がケインに敬礼する。代表の男がケインに話す。


「同志! お疲れ様です!」


 ケインが答える。


「お疲れだ。同志。状況を」


「はっ! 配備済みだった者達は全て撤収させました。連中に紛れ込ませていた者達も離脱に成功したと報告を受けております」


「そうか。では我々も脱出だ。念のためクガマヤマ都市には帰還せずに他の都市に向かう。行くぞ」


「連中を始末せずともよろしいので?」


 連中とは、ケインの仲間だった遺物強奪犯達のことだ。彼らは今も輸送車両でケインとネリアの帰りを待っているだろう。そしてもう彼らはケインの仲間ではない。


「ああ。どうせ都市の防衛隊が片付けるだろう。我々の手で連中を始末すると、我々の存在が露見しやすくなる。私はも角、他の同志は存在を把握されると活動に支障が出るからな」


「承知しました。出発だ!」


 ケインが男達と一緒にその場から離れていく。移動中に男の一人がケインに尋ねる。


「同志。直前まで計画は順調との報告を受けていましたが、頓挫した理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」


「直接の原因はヤジマという男が殺されたからだ。彼は移動の要だった。そして彼の死から派生した不都合な要因への対処が困難になったため、残念だが計画を中止せざるを得なくなった」


「その男の死は避けられないものだったのですか?」


「当初の予定では問題なかった。彼は旧世界の遺物を我々のところに運び込むまで生きている予定だった。……同志。彼の死を予測できなかった私の無能が計画の失敗を招いたと言いたいのなら、甘んじて受けよう」


「い、いえ、同志の能力ですら対応が困難な、突発的な事態が発生したものと認識しております。誤解を招く表現を謝罪、訂正いたします」


 男はケインの機嫌を損ねたと判断して、それ以上ケインに質問するのを止めた。


 ケインが移動しながら思案する。


(それにしても、何故なぜ失敗した? クガマヤマ都市の長期戦略部に潜り込んでいる同志からの情報では、ヤジマやネリアに勝てるようなハンターはあの辺りにはいないはずだった。ネリアはドランカムの若手ハンターに都市のエージェントが紛れ込んでいる可能性を口にしていた。ドランカムの若手ハンターに派閥が生まれているという情報があったな。その派閥は非常に優秀な若手ハンターを中心にしているとか。勢力を拡大しているドランカムを内部から制御するために、都市がエージェントを潜り込ませていたのか? 我々はそのエージェントと偶然交戦しただけなのか? ……都市のエージェントならあの実力も納得だ。調べてみるか)


 ケインが男に尋ねる。


「同志。以前に、ドランカムの若手ハンター達に大規模な派閥が形成されているという話を聞いたが、その中心人物の名前に心当たりはないか? 対象が若手ということもあり簡単なプロパガンダで我々に引き込めるのではないか、と立案されていたはずだ」


「存じています。……確か対象の名前は、カツヤ、だったはずです。関連資料が必要でしょうか?」


「不要だ。後で自分で閲覧し、精査する。必要なら後で指示を出す」


「承知しました」


 男は再びケインの機嫌を損ねないように余計なことを言わなかった。そのためケインの誤解をこの場で解く機会は失われた。


 ケイン達はそのままクズスハラ街遺跡を脱出し、そのまま荒野へ消えていった。




 ネリアが独房に入っている。独房はクガマヤマ都市が管理する施設の中にあり、サイボーグなどを収監するための設備が整えられている。独房にはテーブルがあり、ネリアはその上に固定されていた。生首のままで。


 頭部だけとなっているネリアの首からは様々な接続端子が伸びていた。大半は生命維持のためのものだ。外部との通信が遮断されているため、ネリアは非常に暇だった。


 その独房に男が入ってくる。男がネリアに愛想良く笑って話す。


「えっと、ネリアさん、だったかな? 私はヤナギサワだ。御機嫌如何いかがかな?」


 ネリアが笑って答える。


「余り良いとは言えないわね。暇なのよ。検閲フィルタリング有りで構わないから、外につないでもらえないかしら?」


 ヤナギサワが笑って首を横に振る。


「済まないね。残念ながらそれは私の権限を越えているんだ。だが君の暇つぶしには付き合おうじゃないか。なに、ちょっと楽しくおしゃべりをするだけだ。要は君の取調べだが、楽しく話してはいけないって決まりはないからな」


「話せることは全部話したはずだけど? まあ、話すのは構わないわ。でもそれは取引よ? 話した分だけ減刑してもらわないと」


 そう答えるとネリアは不敵に微笑ほほえんだ。


 ヤナギサワが愛想良く答える。


勿論もちろんだとも。私は悪人にも人権を認める方なんだ。そういう取引の権利もちゃんと保障するさ。取引。重要だ。取引ができること。人と人をつなぐ大切な要素だ。立場上敵対している者同士でも様々なものをり取りできる。それができない対象は、もうモンスターとして扱うしかない。何しろ、取引ができないんだからな」


 ネリアはヤナギサワの態度に少し嫌なものを覚えた。


 ネリアが笑みを消して尋ねる。


「……それで、何を聞きたいの?」


「ケインという人間について詳しく知りたい」


「それは前に話したはずよ? 同じことをもう一度話せば良いの?」


「確かに聞いた。君からも聞いたし、君の仲間達からも聞いた。その情報を基に、君が逃げたと言ったケインと名乗る男の行方を追ったんだが、その結果、そんな男は存在しないことが分かった。ケインという名前は偽名だとか、そういう話ではない。それならそれで、ケインという偽名を名乗る人間が存在する訳だからな」


「そっちの調査の不手際の理由を私に求められても困るんだけど」


 ヤナギサワは黙って笑っている。それはネリアを不安にさせる沈黙と笑みだった。


 ヤナギサワが急に話を変える。


「ところで、君の処遇はどうなると思う?」


「……そうね。管理権限を都市側に握られている義体に詰め込まれて強制労働かしらね。現場は都市が管理する遺跡で、非常に危険な場所のはず。今回の件で私が負った負債を返済するまで、上から捨て駒扱いをされながら旧世界の遺物を回収し続ける日々を送る。こんなところかしら」


 ヤナギサワが楽しげに答える。


「大体正解だ。ただしそれは、君がクガマヤマ都市に所有権がある旧世界の遺物を狙った遺物強奪犯だった場合の話だ。その程度の、東部全体から見ればありふれた小悪党だった場合の話だ」


 ネリアが表情を険しくさせて尋ねる。アキラに銃を突きつけられても、殺される直前であっても、ネリアはこのような表情を浮かべていなかった。


「……どういう意味?」


 ヤナギサワが不安をあおる笑顔で答える。


「我々はそのケインという男を、建国主義者の一員だと考えている。それもそこらの下っ端ではない。幹部クラスの人間だと考えている」


 驚きの表情を浮かべているネリアを見て、ヤナギサワがより楽しげな様子で話を続ける。


「東部で似たような事件を起こす建国主義者は結構いるんだ。そこらの小悪党を唆して、都市が管理する遺物を強奪させた上で、その遺物を強奪する。建国主義者の資金源となっていて、被害額は統企連が無視できないレベルだ。そして周辺で発生する事件を指揮している人間がいる。恐らく存在しているが、その存在を確認できない誰かだ。我々は君達が話したそのケインという男が、その誰かだと疑っている。君達を包囲した防衛隊の装備は結構すごかっただろう? あれはその誰かを、建国主義者の幹部を捕獲するためのものだったんだ」


 ネリアの表情が青ざめていく。ネリアはヤナギサワの話を聞いて自分の状況を理解し直している。


 ヤナギサワが話を続ける。ネリアの心情を悪化させ続ける話を続ける。ネリアに自分が置かれている状況を実感させる話を続けていく。


「君は、今、建国主義者の幹部であるその誰かと、非常に親しいのではないかと思われている。その誰かを識別するための情報を保持しているのではないかと考えられている。たかが一都市ではなく、統企連に敵対している組織の一員だと疑われている。その誤解が解けなかった場合、君の処遇は非常に気の毒なものになる。具体的には、再構築リビルド技研の実験材料になる」


 ネリアが恐怖で声を詰まらせながら話す。


「あ、あれは、解散したって話じゃ……」


勿論もちろん再構築リビルド技研は公表通り解散した。しかし所属していた研究者を皆殺しにしたわけではないし、研究結果を廃棄したわけでもない。彼らは今でも研究を続けている。以前よりは大分倫理的な、研究成果を考慮に入れれば目をつぶることができる程度の実験を続けている。彼らは統企連の管理の下で、極めて少数の人間の人権を消費することで、大きな成果を出している。当然、その少数の人間には大罪を犯した者が選ばれる。例えば、統企連に刃向かって東部に多大な損失を出した人間とかだ」


 ネリアが恐怖のために意思の疎通が困難になりそうな口調で何とか答えようとする。


「わ、わた……、私はちが……」


「そうだろう。きっと君は違うんだろう。建国主義者とは無関係なんだろう。だからそれを今から頑張って証明してくれ。そう信じられる話をしてくれ。さっきも言った通り、私は悪人にも人権があると思っている。ミンチになって死んだり、猛毒を飲んで死んだり、モンスターに生きながら食われて死んだりするような、最低限の人権はあるべきだと常々思っている。だから再構築リビルド技研に実験体として差し出すような非人道的なことには賛成できない。しかし私にも職務があってね。だから君のためにも私に協力してほしい。それと、再構築リビルド技研に送られるとどうなるかは、実は私もよくは知らないんだ。統企連の機密なんでね」


 恐怖で固まっているネリアに、ヤナギサワが笑って話を促す。


「それじゃあ、お話を聞かせてもらえるかな? 大丈夫。時間はたっぷりある。それに、暇だったんだろう? 大丈夫。時間はすぐに過ぎるさ」


 ネリアの運が彼女を生かした。あるいはアキラの運がネリアを生かした。ネリアは生き残ってしまったことを後悔しながら、必死に弁明を続けることになった。


 それが幸運だったのか、不運だったのか、その結論はまだ出ていない。

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