第60話 潮時

 ケインはビルの周囲の警戒を続けていた。重装強化服に内蔵されている情報収集機器で周囲の状況を逐一確認している。ケインの拡張視界には周囲の状況の変化が表示されている。そこに表示されている探知内容が一帯の色無しの霧の濃度が大分下がっていることを示していた。


 色無しの霧はじきに晴れるだろう。それはケイン達には都合が悪い。地下街と仮設基地の通信を阻害している色無しの霧が晴れれば、ケイン達の存在が仮設基地にいる防衛隊に露見する。その前に撤収しなければならない。


「遅い。ネリアは何をしている? 彼女の実力なら何の問題もないはずだが……」


 ケインはネリアの実力を高く評価している。特に接近戦でネリアに勝てる者はそうはいないと考えている。重装強化服が使用できない状況での近距離戦闘ならば、ネリア1人でケイン達を皆殺しすることも可能だろう。ネリアの実力ならば、すぐにアキラを殺して戻ってくるだろう。ケインはそう考えていた。


 しかしそのネリアが狭いビル内の戦闘から帰ってこない。ケインにとって異常事態と呼んでも良い状況だ。


 その内に連絡が来るだろう。戦闘中に連絡しても邪魔になる。ケインはそう判断して自分からネリアに連絡することは避けていた。しかしここに来て状況を不審に思い始め、その考えを取り下げた。


 ケインがネリアに連絡を入れる。


『ネリア! いつまで掛かってるんだ!』


 機嫌の良さそうなネリアの声が戻ってくる。


『ケイン。今良いところなの。急ぎじゃないなら後にしてもらえる?』


『急ぎに決まってるだろうが! 色無しの霧が晴れ始めている! 施設の設備にもるが、最悪、既に通信が回復している可能性もある! なぶってないでとっとと片付けろ! それとも死体のバラし具合の所為で認証に手間取ってるのか?』


なぶってなんかいないわ。そういう趣味は持ってないの』


『じゃあ認証に問題でも出たのか? ヤジマの野郎が絶対に認証を通さないように設定をいじってやがったのか?』


『そっちでもないわ』


 ケインがネリア側の状況を察して、それを信じられずに小さく声を出す。


『……まさか』


『そういうことよ。こんな場所に近距離戦闘で私とほぼ互角にやり合えるやつがいるなんてね。道理でヤジマが殺される訳だわ。彼も私ほどじゃないけど結構強かったのに。だから地下街の担当になっていたのに。ヤジマもついてなかったわね。それじゃあ、気が散るからこれぐらいで切るわよ。じゃあね』


 ネリアがケインとの通信を切った。


 ケインがネリアとの会話で得た情報を精査する。


「……ヤジマが殺されただけでも計算違い。その上でこの状況。同志からの情報に誤りが? それとも不測の事態が重なり合った結果なのか? どちらにしろ、計画に修正が必要だ」


 ケインの独り言を聞く者はいない。その口調は、ネリア達と話す時のものとはまるで違うものだった。




 ケインとの通信を切ったネリアがアキラとの距離を素早く詰めて斬りかかる。


「お待たせ。ごめんなさい。ちょっと仲間から催促があって少し話をしていただけなの。待たせちゃった?」


 ケインと話している間のネリアはアキラと距離を取っていた。動きも僅かだが鈍らせていた。


 ネリアにも何らかの限界が近付いてきたので、距離を取って様子を見ようとしていたのではないか。この戦闘は割に合わないと考えて撤退を考えているのではないか。アキラはネリアの様子を見てそのような淡い期待を抱いていたのだが、その期待はあっさり打ち砕かれた。


 アキラが必死の形相で応戦しながら答える。


「遠慮せずにいつまでも話していてくれ!」


 ネリアが誘うような表情で話す。


「つれないわね。冷たいわ。そんな態度じゃモテないわよ?」


「恋人と殺し合う趣味を持ってるやつにモテたくはない!」


「私にそんな趣味はないわ。言ったでしょう? それは人生の彩りだって。無味乾燥な人生なんて詰まらないわよ?」


生憎あいにく波瀾万丈はらんばんじょうな人生を送っている最中だよ!」


「そう? それなら尚更なおさら、楽しみましょう!」


 ネリアが心底楽しそうな表情でアキラに斬りかかる。防御力よりも機動力を重視した戦闘用の義体が美しくしなり、機能美と女体美を併せ持った四肢が液体金属の刃を加速させる。向こう側が透けて見えそうな程に薄い刃が、硬い瓦礫がれきをその存在を疑いたくなるほどにあっさりと通過してアキラに迫る。


 アキラが回復薬の鎮痛作用以外の理由で痛みを感じなくなった四肢を、強化服で強引に動かしてネリアの刃をかわす。強化服のエネルギーがなくなれば、もう指一本動かせないだろう。アキラの脳は戦闘中であるにもかかわらずアキラに気絶を勧め続けている。その本能的な防衛反応に、アキラは死に物狂いで逆らい続けていた。


 アキラの限界は近い。対してネリアにはまだ余裕が残っている。このまま同じ状況が推移すれば、アキラはほぼ確実に死ぬことになる。


 その状況をアキラよりも先に限界を迎えたものが変えた。それはアキラ達が戦っているこの場所そのものだった。


 天井は既にネリアによって何度も切り刻まれており、その上でアキラとネリアが同時に蹴りつけたことにより一部が破壊されている。床も2人が互い交戦中に何度も斬りつけており強度が大幅に下がっていた。


 先に天井が崩壊した。崩れた天井が大小様々な瓦礫がれきとなってアキラとネリアに降り注ぐ。本来ならば、2人の実力なら降り注ぐ瓦礫がれきかわすことはそこまで難しいことではない。


 しかし瓦礫がれきに対処するすきを互いにうかがっている状況では別だ。どちらもそのすきが致命傷になることを理解している。2人は相手より優位に立つために、降り注ぐ瓦礫がれきへの対応を捨て去った。


 天井から床に降り注いだ瓦礫がれきの衝撃が、既に大分もろくなっていた床を道連れにした。アキラとネリアはお互いに相手を見ながら、相手を警戒したまま、天井と床の崩壊に巻き込まれた。


 階下の床に降り積もった瓦礫がれきの一部が動く。ネリアが瓦礫がれき退かして立ち上がっていた。


「全く、私達の逢瀬おうせを邪魔するなんて、無粋な瓦礫がれきね」


 ネリアが右手に握っている柄を見る。刀身がなくなっていた。柄を再度操作して刀身を再生させようとしたが、銀色の刃が成型されることはなかった。衝撃で壊れたか、刀身を成型する液体金属がなくなったか、エネルギーがなくなったかのいずれかだ。


 ネリアは柄を投げ捨てて周囲の状況を確認する。アキラの姿はない。恐らく瓦礫がれきに埋もれているのだろう。あの状況で瓦礫がれきを回避して奇襲の準備をすることは、お互いにできないはずだ。そう判断した。


 周囲を見渡すネリアの視界にアルファの姿が映る。胴体を両断されて全く動かないアルファが瓦礫がれきの上に横たわっている。クズスハラ街遺跡のマップから得た情報を視界に追加しているネリアはアルファの姿を視認できていた。


(あれは、恐らく彼の仲間、あの時に殺したやつね。高い遺物を潰して殺した甲斐かいはあった訳か。どの程度の実力があったかは分からないけど、もし彼と同程度の実力者なら、2対1なら負けていたわね)


 ネリアがアルファを注視する。ネリアの視界から一瞬だけアルファの姿が消え、再び元に戻った。視覚情報の入力元を一瞬だけ義体の機能のみに変更したためだ。


(私の義体の感覚器では彼女を知覚できないってことは、相当高度な迷彩機能を積んでいるわね。周囲の血も見えなくなっているわ。単純な光学迷彩とは異なる高度な迷彩機能。恐らく旧世界の技術。相手に探知されないって油断が私の攻撃を真面まともに受けたすきを生んだのかしら?)


 ネリアはアルファがそこに実在していると判断している。自分の攻撃を受けて両断された姿を見たからだ。流れ出た血の跡も自然で、視覚だけならば疑う余地はなかった。


 状況の確認を終えたネリアが最優先項目の対象に視線を向ける。アキラだ。アキラは瓦礫がれきの影からよろよろと立ち上がり、崩れ落ちた。


 ネリアがふらつきながらアキラに近寄る。瓦礫がれきの崩落を受けて、ネリアの義体にも大きな負荷が発生していた。


「……まあ、いろいろ考えるのは後にしましょう。まずは……」


 ネリアが薄笑いを浮かべる。アキラは剣を持っていなかった。代わりにCWH対物突撃銃をつえ代わりにして立とうとしていた。


「……まずは、貴方あなたを殺さないとね!」


 ネリアがアキラへ向けて走り出す。その動きが少し崩れた。義体に損傷が出ている所為だ。それでも今のアキラを殺すことは可能だと判断して、戦闘の続行を、決着を求めて笑って走り出した。




 瓦礫がれきからい出たアキラが自分の意思とは無関係に崩れ落ちた。急いで起き上がろうとしたが体が上手うまく動かなかった。ネリアの攻撃に対処するために、アキラの身体にも強化服にも、多大な負荷がかかっていた。


『アルファ。体が上手うまく動かない。アルファの方で強化服を操作できないか?』


『残念だけれど無理よ。今までの無茶むちゃとさっきの攻撃で、強化服の機能の一部と制御装置の一部が破壊されたわ。その所為で強化服が私の操作を完全には受け付けないのよ』


 アキラの強化服に対するアルファのサポートが大幅に失われている。つまり、アキラの戦闘能力は激減している。それを理解したアキラが苦笑して歯を食いしばる。


『こんな時にか。動かないわけじゃないんだよな?』


『アキラが動かすのは可能なはずよ。私の操作とは操作の入力系統が異なるからね。強化服のエネルギーもまだ残っているわ。動こうとする意思さえあれば動くはずよ』


『そうなのか? 倒れたのは動こうとする俺のやる気が足りないだけか?』


『いろいろなダメージの所為で強化服を動かしにくくなったことは事実よ。私の方でも強化服を操作できないかいろいろやってみるわ。反撃のすきは私が作るから、それまで何としても時間を稼ぎなさい』


『了解。急いでくれよ』


 CWH対物突撃銃をつえ代わりにして、アキラが何とか立ち上がる。全身に走る激痛がアキラの動きを阻害し続けている。その激痛に歯を食いしばって耐えながら、近付いてくる敵を凝視する。


 ネリアの義体は大幅に出力を落としていた。しかしそれでも常人を超えた速度でアキラとの距離を詰めてくる。


 アキラがCWH対物突撃銃を構えて引き金を引く。しかし激痛に耐えながらアルファのサポート無しで銃を構えるその動きは、ネリアのブレードを回避していた時に比べて余りにも遅い。


 アキラが引き金を引く動作よりも早く、ネリアがCWH対物突撃銃に蹴りを入れる。射線をずらされた銃から発射された銃弾は、ネリアにかすりもせずに見当違いの場所に飛んでいく。CWH対物突撃銃がアキラの手から蹴り飛ばされて、少し離れた床に転がった。


 ネリアが更にアキラに連撃をたたき込む。アキラはそれを辛うじて防ぎ続けていた。アルファとの訓練でアキラの格闘技術はかなり向上していた。しかしネリアに反撃できるほど高い練度ではない。アキラは必死になって防御を続けていた。


 ネリアの攻撃を防ぐたびにアキラの骨がきしみ筋肉繊維が損傷していく。完全に防戦一方となっているアキラの様子を見て、ネリアは勢いづいてより苛烈に攻め続ける。


 先ほどの戦闘時と比べると別人と思えるほどに動きの精細を欠いているアキラを見て、ネリアはアキラの負傷の度合いを過剰に見積もった。


 単にアルファのサポートを失ったためであり、今の動きがアキラの本来の実力なのだが、そこまではネリアには分からない。ネリアが薄笑いを浮かべる。


(私のブレードをかわしていた時の動きが見る影もないわね! 体勢を立て直される前に殺すわ!)


 アキラはその場でネリアの猛攻をしのぎ続けている。その場から逃げ出せないのは、単にネリアに背後から襲われるのを警戒しているためだけではなく、CWH対物突撃銃が近くに転がっているからだ。


 アキラがその場から逃げ出せば、ネリアにCWH対物突撃銃を奪われる。その時点で有効な攻撃手段を失ったアキラの勝機は完全に消えてなくなる。ビルの外にはCWH対物突撃銃の攻撃に耐える重装強化服を装備したケインがいるのだ。AAH突撃銃で戦える相手ではない。アキラに有効な攻撃手段がないと知れば、ケインは被弾を気にせずにアキラを殺しに来るだろう。


 アキラの目と意識はネリアの攻撃に反応することができていた。しかし身体はそうではなかった。疲労と激痛が動きを鈍らせ、甘くなった防御にネリアの攻撃が突き刺さり、更にアキラを痛めつける。アキラの強化服自体も度重なる負荷で徐々に壊れ始めていた。


 身体と強化服のどちらかが限界を迎えた時、アキラはネリアにあっさり殺されるだろう。


『アルファ! 俺はそろそろ限界が近いんだけど、アルファが作るって言ってた反撃の隙の方はどうなってるんだ!?』


『チャンスはそう何度もあるわけではないの。もう少しよ。彼女の背後を見なさい』


 アキラがネリアの背後を見る。ネリアから少し離れた場所にアルファが立っていた。


 アキラが怪訝けげんな表情を浮かべる。ネリアはアルファに気付いていないため、アルファがネリアの背後にいても注意をらすこともできない。そもそも実体のないアルファがネリアの背後から襲いかかっても、ネリアを負傷させることはできない。アキラにはアルファの行動の意味が分からなかった。


 ネリアがアキラの視線から自分の背後に誰かがいると判断する。しかし義体の感覚器はその場に誰もいないことを示している。だがネリアはアルファを斬ったことから、義体の感覚器では捉えられない高度な迷彩機能を持つ誰かがいると判断してしまった。


 ネリアはクズスハラ街遺跡のマップから背後にいるアルファの動きを取得した。更にアルファの動きから、相手は自分の存在をネリアに気付かれたことに気付いていない、と一瞬で判断した。


 ネリアが一瞬で身を反転させ、同時に回し蹴りを放つ。背後から自分に襲いかかる相手の不意を突いた完全なカウンター。ネリアはそう思っていた。


 ネリアは3度驚愕きょうがくした。背後から襲いかかってきた相手が、自分が死んだと判断していた人物だったこと。その人物にたたき込もうとしたネリアの蹴りが、相手の体を何の抵抗もなく通り抜けたこと。そして何もない空中を蹴ってネリアが体勢を崩した瞬間に、アキラがその動きに完全に合わせてネリアを蹴り飛ばしたこと。全てがネリアの予想外だった。


 アキラが全力で放った蹴りは、大きく体勢を崩していたネリアを吹き飛ばした。ネリアの義体はアキラの蹴り程度で損傷するような柔な構造ではない。しかし状況を覆す一撃だった。


 ネリアは混乱の極みにあった。驚愕きょうがくに対する無数の疑問が脳内を駆け巡り、冷静な思考力を奪い続けていた。その混乱はネリアが瓦礫がれきたたき付けられても治まらなかったが、ネリアに向けて銃口を向けるアキラと目が合ったことにより中断された。


 アキラはネリアを蹴り飛ばした後、素早くCWH対物突撃銃に駆け寄ってつかんでいた。そして機敏な動きでCWH対物突撃銃を構え、ネリアを狙って引き金を引いた。


 発射されたCWH対物突撃銃の専用弾がネリアの胴体に直撃する。ネリアの腹部が吹き飛ばされて機械部品が周囲に飛び散る。ネリアの分断された上半身と下半身が着弾の衝撃で吹き飛ばされて別々に床に転がった。


 アキラが更にネリアを銃撃する。弾倉が空になるまで撃ち尽くしたが、ネリアの下半身と両腕を破壊できただけで、頭部には1発も命中しなかった。それは意図的なものではなかった。アキラは全てネリアの頭部を狙っていたのだが、全て外したのだ。


 アキラが舌打ちする。ネリアが義体であることぐらいは見れば分かる。ならば最低でも頭部を破壊しなければ安心などできない。


 アキラがネリアに蹴りを入れた時、アキラの体を動かしたのはアルファだった。その時既にアルファはアキラの強化服の操作を取り戻していた。


 アルファがすぐにアキラのサポートを開始しなかったのは、ネリアの油断を誘うためだ。たとえアルファのサポートがあっても、ネリアの油断がなければ、あの状況でアキラが勝つことは不可能だった。


 そしてアルファの予想以上にアキラがネリアに食い下がったため、アルファは限界までネリアのすきを探ることができた。その苦労が実りアルファの策は成功した。アキラは死地から逆転することができたのだ。


 既にアルファはアキラの強化服に対する制御を取り戻している。アキラはそれに気付いていた。そのため射撃に関するサポートも戻っていると考えていた。


 しかしアキラが何度撃っても一向にネリアの頭部に命中する気配がない。焦りと困惑がアキラの顔に浮かぶ。


『……当たらない! どうなってるんだ!?』


『強化服の性能が低下していて発砲時に狙いがぶれているのよ。専用弾を使っているから更に反動が強くなっているのよ。壊れかけの強化服ではその反動を制御するのは無理よ。相手の胴体に命中したのも、私のサポートがなければ不可能だったはずよ?』


 アルファの説明を聞きながらアキラが弾倉を交換する。


『どうすれば良い?』


『もっと近付いて撃つしかないわ。放置はお勧めしないわ。あの状態でも外で着ていた重装強化服をまた着れば、まだまだ十分戦えるはずよ』


『できれば、あいつを殺せば、残りの1人は逃げたりしてくれないかな』


『そうなると良いわね』


 アキラとアルファが希望的観測を述べた。2人ともそうはならないだろうと考えていた。




 ケインがビルの外で周囲の警戒を続けている。既に色無しの霧の濃度は通常値まで低下している。


 既に仮設基地と地下街の通信は回復しているだろう。ネリアから追加の連絡は来ていない。それらの状況から、ケインが結論を出した。


「潮時だな」


 ケインの重装強化服の背中が開いていく。重装強化服を着用するというより、制御装置として組み込まれているような状態のケインがそこから飛び出てくる。両手足が折り畳まれていた状態だったが、空中で手足を伸ばしてしっかり着地した。


 重装強化服の外見とは対照的に、ケインの姿は非常に細身だった。細い手足は昆虫のようで、胴体も同様に細長い。髪や肌など人間的なものがない頭部は、人型警備ロボットのような機械的な外見だ。外見を生身の人に似せた義体ではなく、明確な戦闘用サイボーグであることが分かる。最も生身の人間に近い箇所は五本指の両手だが、それもむき出しの金属骨格だ。


 ケインの重装強化服の後部から重機関銃と狙撃銃が飛び出てくる。両方とも生身での使用を前提としていない大型の銃だ。ケインは飛んできた銃を細身の腕で1ちょうずつつかんだ。


 両方とも相当の重量があるにもかかわらず、ケインは全く体勢を崩していない。ケインの体が細身の外見からは考えつかないほど高出力、高性能である証拠だ。


 ネリアの重装強化服が独りでに歩き出す。それを見たケインはネリアがビル内から操作しているのだと判断して、自分の予想が正しいことを確信した。


 ケインが重装強化服を遠隔操作する。ケインの重装強化服が握っている巨大な銃の銃口が、ネリアの重装強化服に向けられる。巨大な銃から放たれた無数の弾丸がネリアの強化服を僅かな時間で粉砕した。


「悪いな。念のためだ。跡をつけられては困るんだ」


 ケインは自分の重装強化服をその場に残して1人でビルから離れていった。




 ネリアは胴から下と両腕を失いながらも生きていた。ネリアの義体は頭部のみになっても数日は持つ種類の義体だ。この程度で死ぬことはない。


 しかしこの場を生き残れるかという意味では、ネリアの生存は絶望的だった。なぜならCWH対物突撃銃を持ったアキラがネリアに近付いてきているからだ。


 アキラはネリアを確実に殺すつもりだ。ネリアがまだ生きているのは、アキラがネリアをなぶり殺しにするつもりだからではない。疲労や怪我けが、装備の損傷などの理由で、ネリアの頭部を狙っても外し続けているだけだ。ネリアにもその程度のことは理解できた。


 アキラはネリアに銃を向けて、恐らくネリアの頭部を狙って引き金を引き、外して表情を険しくさせて、警戒しながらネリアに近付く。アキラはそれを繰り返している。


 アキラがネリアまで一気に近付いて、ネリアの額に銃口を密着させて引き金を引けば、それでネリアは終わりだ。そうしない理由は、単純にネリアをひどく警戒しているからだ。


 アキラにとってネリアが明確に格上であること。アキラがネリアに気圧けおされていたこと。アキラにはネリアがこの状態でも戦闘能力を確実に失ったとは断言できないこと。それらがネリアの死を遅らせていた。


 ネリアはこの状態でも笑っている。アキラにはそれがこの状態でもまだ勝ち目を残しているが故の余裕に見えた。アキラは更に警戒を高め、ネリアに近付く歩みを鈍らせた。


 ネリアは別に勝機があるから笑っている訳ではない。ネリアの笑みはどちらかと言えば、自身の死を別段特別なものとは考えていないためのものだ。死んだらそれまで。たかがその程度のこと。その認識から生まれる余裕だった。


 しかしネリアも死にたいわけではない。取りあえず最善を尽くすつもりだ。だからネリアは一応ビルの外に置いてきた重装強化服を、間に合うとは思っていないが呼び寄せていた。


 しかしその重装強化服との通信が切れた。


(……私の強化服が破壊された? 外で何が?)


 ケインからネリアに通信が入る。完全な内部通信なので外には聞こえない。


『ネリア。そっちはどうなった?』


『ケイン? 実はちょっと手こずってるの。悪いけどこっちに来て手伝ってくれない?』


 ネリアが何でもないことのように答えた。状況を改善できる可能性は僅かでも上げなければならないからだ。


 しかしケインがあっさり見抜いて答える。


『そうか。負けたか』


 現状を正確に伝えれば、ケインがネリアを助けに来ることはない。ネリアが何でもないことのように話す。


『手こずってるだけよ。急いでもらえると助かるけどね』


 しかしケインは続ける。


『最低でも真面まともに動けなくなる程度にはやられたんだろ? それもお前の十八番の接近戦でだ。違うなら室内戦で邪魔になる重装強化服をそっちに向かわせるはずがない。ああ、お前の強化服は俺が破壊した。だからお前の強化服の到着を待っても無駄だぞ』


『あらひどい。勝手にいじらないでって言ったはずよ?』


『悪いな。こっちにも事情があってな』


 ネリアはごく普通にそう話し、ケインもごく普通にそう答えた。そこには他者どころか自らの命も軽んじるある種の異常が存在していた。


 ケインが続けて話す。


『まあ、お前の強化服を勝手に壊したのは悪かった。だから代わりに俺の強化服を送ってやろう』


『それは助かるわ。……送る?』


『そうだ。俺の重装強化服だけを送る。自動運転でな。俺は逃げる。接近戦でお前に勝つ相手と戦うのは御免だ。ついでに無差別に派手に暴れるように設定してある。色無しの霧はもう晴れた。連絡を受けた都市の防衛隊が近くまで来ているかもしれない。俺の強化服が派手に暴れれば、都市の防衛隊とかをおびき寄せるおとりぐらいにはなるだろう。じゃあ、元気でな』


 それでケインとの通信が切れた。ケインとの再接続を試すが全く反応がない。ネリアがつぶやく。


「……全く、強化服を寄こすなら一緒にアクセスコードぐらい寄こしなさいよ」


 ネリアは死のふちで冷静に思考を続けていた。生き残るための最善の手段を模索し続けていた。アキラの弾丸がネリアのそばに着弾し、その衝撃で少し吹き飛ばされても、欠片かけらも慌てずに全くおびえずに考え続けていた。


「まあ、やるだけやってみますか」


 思いついた策に希望を乗せて、ネリアは楽しげに微笑ほほえんだ。

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