第51話 ハンター達の実力

 エレナが瓦礫がれきの壁だと判断していたものは、瓦礫がれきに擬態した大量のヤラタサソリだった。調査済みの通路であったこともあり、エレナはかなり粗い精度で形状情報を取得していたのだ。十分近付いて調べていれば、エレナならすぐに気が付いただろう。


 擬態を見破られたヤラタサソリ達がアキラ達に襲いかかる。その通路を通行不可能と判断させるだけの量の瓦礫がれきに擬態していたヤラタサソリ達は、まだまだ大量に残っている。


 エレナもサラもシカラベも即座に反撃に移る。3人とも事態を把握して驚きはしたものの、硬直した時間などほぼ皆無だ。サラ達は素早く的確に最大火力で、襲いかかってくるヤラタサソリの波を火力で押し返した。


 大量の銃弾がヤラタサソリを蹂躙じゅうりんする。ヤラタサソリの群れという数の暴力は、無数の銃弾という更なる数の暴力の前に完全に屈した。ほんの数分で通路を埋め尽くしていたヤラタサソリは全滅した。擬態を見破ってしまえばサラ達の火力に対抗できるほどヤラタサソリは強靱きょうじんではないのだ。


 殲滅せんめつを確認して一息吐いているエレナ達に、臨戦態勢を解いていないアキラが話す。


「エレナさん。急いで19番防衛地点へ戻りましょう。最低でも防衛地点と連絡が取れるぐらいには近付いておきたいです。最悪既に囲まれているかもしれません。包囲網が厚くなる前に突破しておきたいです。移動速度はお任せします」


 エレナが全体に指示を出す。


「分かったわ。サラとシカラベの2人を先頭にして進むわよ。アキラは後方の警戒をお願い。以前の地形情報と大きな差分がある場所は、ヤラタサソリの群れがいることを想定して進むわ。行きましょう」


 サラが笑って前に出る。


「アキラ。後ろはよろしくね」


 シカラベが面倒めんどうそうに前に出る。


「まあ、地下を彷徨さまようよりはましか」


 アキラ達は速やかに移動を開始した。


 帰り道の通路でアキラ達は、どこに隠れていたのか不思議なほどの大量のヤラタサソリと遭遇することになった。


 エレナが奇襲される可能性が低く短時間で防衛地点に帰還できる経路を選択することで、一行は効率的に防衛地点との距離を稼いでいく。


 サラが重火器の圧倒的な火力をもってヤラタサソリを粉砕する。サラは火力に応じた重火器の重量と発砲時の反動をナノマシンで強化された身体能力で難なく制御していた。無数のヤラタサソリがサラに近付くことすらできずに木っ端微塵みじんにされていく。


 シカラベは精密射撃でヤラタサソリの急所に的確に銃弾をたたき込み続けている。シカラベは最小の弾数で最大の成果を生み出し続けている。一見無傷に見える無数のヤラタサソリのむくろがシカラベの射撃の精密さを物語っていた。


 サラがヤラタサソリの群れを大雑把おおざっぱに処理し、シカラベが残りを片付けていく。アキラは隊の後方を走りながら、ヤラタサソリをすきなく撃破し続けているサラとシカラベの戦いぶりを少し唖然あぜんとしながら見ていた。


すごいな。昨日の俺と違ってヤラタサソリの群れの中に突っ込んでいるのに、2人ともろくに止まりもせずに進んでる。しかもあの量を相手に押し切ってる』


 サラ達の戦い振りを見て驚いているアキラに、アルファが当然のことのように話す。


『装備も実力もアキラとは段違いだからね。当然と言えば当然よ。いずれアキラにも同じことができるようになってもらうわ』


『自力でか?』


勿論もちろん自力でよ。私のサポートがない状態でやってもらうわ』


 アキラが少しいぶかしむように尋ねる。


『……俺にも同じことができるようになると、本当に思うのか?』


 アルファが自信満々に笑って答える。


『当然できるわ。誰がアキラを鍛えていると思っているの? まあ流石さすがに、来月ぐらいにはもうできるようになっているとまでは言えないけれどね』


『そうか。……分かった。じゃあしっかり鍛えてくれ』


 アキラはいぶかしむ表情を消して、軽く笑ってそう答えた。


 本音を言えば、アキラはできないと思っている。しかしアルファはできると言っている。


 既にアキラの中ではアキラ自身の判断よりアルファの判断がより強い説得力を持つようになっていた。アルファがそう言うのならそうなのだろう。その程度の考えだが、アキラの中でその説得力は強烈だった。


 できないと認識しているとできないことは多い。本人がそう認識しているからだ。そしてその認識をできるに切り替えることも難しい。何しろできないと認識していて、その上でできないからだ。予想通りの結果が認識をより強固なものにさせ、その認識が更に結果をできないと固定させるのだ。


 しかしここでアキラの認識は、できない、から、できる、に上書きされた。認識上の上限は取り払われた。いずれアキラは認識だけではなく本当にできるようになるだろう。それを実現させる手段なら既にアルファが持っているのだから。


 アルファが笑ってアキラに話す。


『それなら早速後ろの敵を片付けてもらいましょうか』


 アキラが走りながら振り返り、嫌な顔を浮かべた。


『もうあんなに増えてるのか!』


 アキラの後方には、アキラ達を追っているヤラタサソリの群れが存在していた。アキラ達が通り過ぎた後に、脇道などから追加で現れた個体などが少しずつ集まったのだ。


 アキラが立ち止まってCWH対物突撃銃を構える。増え続けるヤラタサソリの群れにCWH対物突撃銃の専用弾をたたき込む。発射された専用弾がヤラタサソリの群れを縦に引き裂く。その亀裂は後続のヤラタサソリ達によって短時間で修復されていく。


 アキラはヤラタサソリの群れに何度も銃弾をたたき込み続けている。素早く振り返ってヤラタサソリの群れを銃撃した後、エレナ達へ全力で走って追いつき、また振り返って銃弾を放つ。それを繰り返す。


『昨日も似たようなことをやった気がする!』


『それなら同じことをすれば良いだけね。昨日と違って今日は後退もできるわ。昨日に比べてちょっと道幅が広いけれどね』


『難易度は上がっているのか!? 下がっているのか!? どっちなんだ!?』


『アキラはどっちだと思う?』


『分からん!』


『なら大して違いはないのよ。大して違いがないなら大丈夫よ』


『それは良かった!』


 アキラは少し自棄やけになって笑いながら戦っていた。


 後方の様子が気になったシカラベが戦いながら軽く後方を確認する。そのシカラベがアキラの様子を見て思う。


(笑ってやがる。余裕そうだな。これなら後ろを心配する必要はないか。あのとしで大したもんだ)


 別にアキラは余裕だから笑っているわけではない。しかしアルファのサポートを得て戦っているアキラの動きと、そのアキラが作り出したヤラタサソリの死体の量は、シカラベにアキラの笑みが余裕から生み出されたものだと誤解させるだけの説得力を与えていた。


(しかしアキラがあれだけ強いのなら、結構強いガキがいるってうわさが出ても良さそうだがな。……いや、うわさは出ているが、カツヤの話とごっちゃになっているのかもな。アキラとカツヤはとしも同じぐらいだ。そんなに強いガキが2人もいるはずがないって考えれば、カツヤではない別の若手ハンターではなく、カツヤの話と判断されても不思議はないか)


 シカラベはそう結論を出してそれ以上の思考を打ち切った。シカラベも今は戦闘中なのだ。


 アキラが必死に戦いだしてから30分ほど経過した。アキラ達を襲撃してくるヤラタサソリが急激に少なくなる。そして残りを蹴散らすと襲ってくるヤラタサソリの数はゼロになった。ようやくヤラタサソリの包囲網を抜けたのだ。


 アキラ達は既に防衛地点と連絡が取れる距離まで戻ってきていた。エレナが防衛地点と連絡を取る。


「こちら第9探索チーム。19番防衛地点、応答して」


「こちら19番防衛地点。帰還連絡か?」


「そうよ。それと、ついさっきまで大量のヤラタサソリの群れと交戦中だったわ。群れの規模から相当大規模な巣が存在していると考えられるわ。私達が群れを連れてきた可能性もあるから注意して。細かい話は戻ってからね。以上よ」


「了解した。以上だ」


 防衛地点との通信を切ったエレナが軽く息を吐いた。アキラ達も臨戦態勢を解いて通常の状態まで戻した。


 エレナが皆に笑って話す。


「もう大丈夫よ。後はゆっくり歩いて戻りましょうか」


 アキラ達はエレナの言葉に同意して19番防衛地点まで歩いて帰還した。




 防衛地点に帰還したアキラ達は待機状態となった。エレナは収集したデータを本部側に送信しながら今回の探索の詳細を職員に説明している。既にエレナ達の勤務時間は最低経過時間を超えているため、報告とデータ送信が済み次第、エレナが率いている第9探索チームは解散となる。それまでは一応そろって待機することになっていた。


 シカラベがアキラからあの行動の理由を聞き出していた。エレナとサラも気になっていたので一緒に聞いていた。


 アキラはクズスハラ街遺跡の地上部でヤラタサソリの群れと戦った時のことを説明した。


 いつの間にかヤラタサソリの群れに包囲されていたこと。瓦礫がれきだと思っていたら、瓦礫がれきに擬態していたヤラタサソリだったこと。それらのことから急に通路を塞いだ瓦礫がれきは、ヤラタサソリの擬態ではないかと疑ったこと。瓦礫がれきがヤラタサソリの擬態であるならば、既に自分達は包囲されているのではないかと判断したこと。アキラはそれらのことを説明した。


 アキラとしてはアルファの存在を話さずにそれらしい説明をしたつもりだった。しかしシカラベはアキラの話を聞いてある程度は納得したものの、完全に納得はしなかった。シカラベがアキラに尋ねる。


「……まあ、少し後付けな説明にも聞こえたが、一応筋は通っているし、結果的にアキラの判断がある程度正しかったことは事実だ。しかしその判断が間違っていたらどうするつもりだったんだ? 絶対にあっているという確信でもあったのか?」


 アキラには確信はあった。しかしそれはアルファのサポートであり、それをシカラベ達に話すわけにはいかない。アキラは適当に誤魔化ごまかすことにする。


「間違っていた場合は懸念事項がなくなって俺も安心できる。それだけだ」


「しかしアキラに対する評価は間違いなく下がるぞ?」


「だろうな。その時は悪いが本部に文句を言って次は俺を入れないようにしてくれ」


 アキラは普通にそう答えた。アキラの答えを聞いたシカラベが少し意外そうな表情を浮かべる。


 アキラは自分の評価が下がることを全く気にしていない。少なくともシカラベにはそう見えた。


 ハンターの中には自分の能力を他者に認められないことを我慢できないものも多い。実力を軽く見られると報酬の分配等に影響することもある。められることが時には命に関わることもある。


 ドランカムに所属している若手ハンター達はドランカムの方針により徒党内で優遇されている部分がある。その反動や副作用で、ドランカムの若手ハンター達には自分の実力を過信し、自分の実力が不当に低く評価されていると考えて、低い評価を受けることを過度に嫌がる者も多い。


 ドランカムでは若手のハンターを優遇している部分があるためか、その類いのハンターの数が少々多い傾向がある。そのため同じ若手ハンターであるはずのアキラの反応は、シカラベにとって少し新鮮だった。


 シカラベの疑問はまだ解消していない。自分の判断が間違っていてもかまわない。アキラがそう判断した上で行動したことはシカラベも理解した。しかしシカラベにはアキラが半信半疑で行動したようには見えなかった。


 シカラベがアキラを問い詰める。


「……理由は本当にそれだけか? 間違いの可能性を含めて、確認したかっただけなのか? 俺にはそうは見えなかったんだがな」


「そう言われても、後はもう自分の勘に従ったとしか……」


 全部アルファに教えてもらいました、などとシカラベに説明する訳にもいかない。アキラは適当にそう言ってみた。しかしそれは意外にもシカラベの疑問を一応解消させる効果を生み出した。


「……勘か。そう言われたらもうどうしようもないな」


 高ランクのハンターの中には非常に勘が良い者も多い。目視不可能なはずの距離にいる敵の気配に気が付いたり、知覚できない場所にいるはずの相手の視線を感じたり、何の予兆もないのにその場にいるのは不味まずいと察して敵の奇襲を避けたりする者達だ。他にも何となく敵の居場所を理解できたり、予測どころか予知に近い領域で相手の思考や行動を読み取ったりする者もいる。


 彼ら自身すら理解できない認識や行動、判断などの理由を尋ねれば、それは勘と呼ばれるものになるのだ。勘が良く、その勘に従うハンターは、致命的な状況下でも不思議と生き残ることが多い。そのため高ランクのハンターには、勘が良いと自覚している者も多いのだ。


 シカラベも自身の勘に従うことが多いハンターだ。そのため、勘を理由にされると反論ができなかった。


 アキラに隠し事があり別の理由が存在したとしても、アキラの行動が正しかったことは事実だ。シカラベはこれ以上アキラを追求する必要はないだろうと判断した。


 それ以上の興味を失ったシカラベが気を切り替えて話す。


「まあ良いか。組織の運営のためには、結果だけでなく過程も重要だ、なんてごちゃごちゃ言う立場でもないしな。エレナ。悪いが俺だけ先に抜けてもかまわないか? 拠点に戻ってドランカム用の報告書を書かないといけないんだ」


「良いわよ。お疲れ様」


「悪いな。お先に」


 シカラベはアキラ達にそう言い残して去っていった。




 シカラベが戻る準備を済ませて防衛地点から離れようとすると、そこにシオリが現れた。


「シカラベ様。少々伺いたいことが御座います。よろしいでしょうか?」


 シカラベが周囲を確認する。カツヤ達が少し離れた場所でシカラベを見ていた。


 カツヤをこの場に連れてこない程度の配慮はできている。そう判断したシカラベが少し面倒めんどうそうに答える。


「手短に済ませてくれ。拠点に戻って報告書を書いたりと、俺はこれでも結構忙しいんだ」


「では手短に。シカラベ様はアキラ様をどのように評価されましたか?」


「それを聞いてどうする? カツヤ達を連れていかずにアキラを連れていったのは失敗だったとでも言わせたいのか? 悪いが、仮にアキラがどれだけ無能だったとしても、代わりにカツヤ達を連れて行けば良かったとは欠片かけらも思わんぞ?」


「……少なくともわたくしにその意思は御座いません。私は純粋にアキラ様の実力を把握しておきたいだけです」


「なぜそれを知りたがる? そっちに関係があるとは思えないが?」


「念のためです。恥ずかしながら、私は昨日アキラ様とめるという失態を演じました。幸いにも交戦こそ避けられましたが、非常に危険な状態でした。同じ失態を2度と繰り返さないためにも、アキラ様の実力を把握しておきたい。そのためにシカラベ様にお尋ねしております。わたくしはアキラ様の力量を見誤りましたので」


 シカラベが少し意外そうな表情を浮かべる。シカラベはシオリの実力と性格を理解しているつもりだ。そのシオリが失態と呼ぶほどの何かがアキラとあったことになる。レイナの護衛であるシオリがそのような危険を見誤るとは思えなかった。


 シカラベが少し考えてシオリに答える。


「アキラの実力だが、そうだな、俺やエレナ達と同格とは言わないが、俺達の足手まといにはならないだけの実力は持っているな。これは仮定の話だが、俺がカツヤを嫌っていなかったとしても、俺はカツヤ達ではなくアキラを連れて行く」


「カツヤ様よりアキラ様の方が実力があると?」


 シオリにそう問われたシカラベが僅かに言いよどむ。そして真面目な表情で続ける。


「……俺の勘はカツヤの方が強いと言っている。俺もカツヤの実力は認めている。だがカツヤを連れて行くと余計なお荷物まで付いてくるからな。その分を相殺するとアキラ1人の方が良いってだけだ」


 シカラベが言い淀んだ理由は、シカラベの勘がアキラの実力を見誤ったからだ。それでもシカラベは自分の勘を信じている。自身を今まで生かしてきた勘の否定は、シカラベの今後の判断を狂わせかねない。だからシカラベは自身の勘を肯定した上で、それを否定する内容は口にしなかった。


「……質問には答えたぞ。もう良いか?」


「ありがとう御座いました」


 シオリがシカラベに深々と頭を下げる。シカラベはシオリの横を通り過ぎようとして、シオリの横で足を止めた。


 シカラベが前を向いたままシオリを見ずに話す。


「あんたも大変だな」


 シオリが頭を上げて前を向いたままシカラベを見ずに微笑ほほえんで答える。


「それが私の職務ですので」


「職務か。その報酬が幾らかは知らんが、他のガキの子守り代まで含まれてはいないんじゃないか?」


「お気遣いなく。お嬢様にお仕えする。その職務に付随する些事さじに過ぎません」


「……。そうか」


 シカラベが再び歩き出す。そのままシカラベは通路の奥へ消えた。


 シオリはシカラベがいろいろと察していたことに気付いていた。シオリが僅かに息を吐く。そして近付いてくるレイナ達に気付いて、すぐにいつも通りの表情に戻した。


 レイナが僅かに言いよどみながらシオリに尋ねる。


「……えっと、何を聞いてたの?」


「レイナ様達を差し置いて探索チームに加わったアキラ様について尋ねておりました。アキラ様はシカラベ様達の足手まといになるようなこともなく、無難に探査を終えられたようです」


「そうなんだ。……まあ、その前は3人で探索していたのだから不思議はないか」


 そのレイナの認識はかなり甘い。シカラベ達に問題なく同行できる実力がある時点で、アキラの実力はそこらのハンターを明確に超えている。シオリはそれを理解していたが、その説明をここでレイナにするのはえて控えた。


 カツヤが少し不満そうにつぶやく。


「……そうなのか」


 カツヤのつぶやきはシオリの耳に届いていた。シオリは表情を変えないように注意していた。




 アキラはエレナ達と雑談を続けていた。エレナが収集したデータの送信はまだ終わっていない。大量のヤラタサソリとの戦闘データが含まれているため、かなりのデータ量となっていたからだ。


 アキラから今回の探索の感想を聞いたサラが、少し意外そうな表情でアキラに尋ねる。


「そんなに大変だったの? アキラはちゃんとできていたというか、私には少し結構余裕そうに見えたぐらいだったけど。少なくともアキラの働きは十分及第点を超えていたと思うわ。別に謙遜しなくても、生意気だなんて思ったりはしないわよ?」


 アキラが少し必死になって首を横に振る。


「いえ、とんでもない。限界ぎりぎりでした。俺にはまだ探索チームでの活動は厳しいです」


「そう? エレナはどう思う?」


 エレナが少し考えてから話す。


「そうねえ。シカラベも文句を言ったりしていなかったし、私もアキラは十分役に立っていたと思うけど、本人がどう思うかは別の話ってところね。今日の探索を無難にこなした以上、アキラは明日以降も探索チームか討伐チームに回されると思うわ」


「そ、そうですか?」


 エレナがアキラの様子を見る。アキラは謙遜が過ぎているだけのようにも見える。実力を認められて少しだけうれしそうにも見える。


 エレナが悪戯いたずらっぽく微笑ほほえんで話す。


「何なら第9探索チームのリーダーとして、アキラは使い物にならなかったと報告しておいてあげましょうか? そうすればアキラは多分防衛チームに割り当てられると思うわよ?」


 アキラが単に謙遜しているだけなら、これでアキラの態度は困ったようなものに変わるだろう。エレナはそう思いながらアキラを楽しげに見る。度の過ぎる謙遜は交渉事で不利益をもたらす言質を与えかねない。そう思ってのことだった。


 しかしアキラはエレナの予想の逆を行った。


 アキラが真面目な表情でエレナに頼む。


「是非お願いします!」


 エレナとサラが少し驚いて意外そうな表情を浮かべる。エレナがアキラに尋ねる。


「……えっと、そんなに防衛チームが良いなら、どうして探索チームに加わったの? 確かどこに所属されるかは、多少は選べるはずよね?」


「1階の職員に探索か討伐かのどちらかを選べと言われまして。防衛が良いって言ったら駄目だと言われました。どうも昨日の戦闘を変に評価されたようで。あんなの弾薬費が依頼元持ちだからって弾薬費を気にせずにCWH対物突撃銃の専用弾を撃ちまくっただけなのに。弾薬費が自費なら絶対大赤字ですよ」


「ああ、そういえばアキラはそういう契約だったって言ってたわね。普通はヤラタサソリを相手にCWH対物突撃銃の専用弾を使ったら、絶対採算は合わないわ」


 アキラが少しずとエレナに頼む。


「それで、報告の方をお願いしても良いでしょうか?」


 エレナとサラが顔を見合わせる。サラがアキラに尋ねる。


「アキラは本当にそれで良いの? 防衛より探索や討伐に参加した方が絶対稼げるわよ? まあ確かに金の方は弾薬費の兼ね合いで結構引かれるかもしれないけど、ハンターランクは上がると思うし戦歴にもはくが付くわ」


「構いません。すごい報酬も命あっての物種です。俺にはまだ荷が重いです」


 エレナもサラもアキラの態度からアキラが本気で言っていることを理解した。


 アキラの言動はアキラの戦い振りから考えると慎重を通り越して臆病と言っても良いものだ。サラはそれを少し不思議に思いはしたが、特には気にしなかった。エレナはそれを無意識に旧領域接続者の能力と結びつけようとして、意図的に取りやめた。


 エレナが気を切り替えるように微笑ほほえんでアキラに話す。


「分かったわ。報告内容に虚偽を混ぜる訳にはいかないから、アキラが限界を感じていたとか、地下街の探索には実力不足でとても付いていけないと訴えていたと、探索チームや討伐チームに加わるのを非常に嫌がっていたとか、そういう内容になるけど良いかしら?」


「はい。構いません。お願いします」


 エレナとサラが迷いなく答えるアキラを見て苦笑する。サラが話す。


「普通は逆と言うか、評価を上げてほしい人が多いんだけど、アキラは変わってるわね」


 アキラが少し不思議そうに答える。


「そうなんですか? 死にたがりが多いんですね。……まあ、ハンターをしている以上、大して違いはないのかもしれませんが」


 そう言ってアキラが苦笑すると、エレナとサラも似たような笑みを返した。




 その後、エレナとサラも地下街から引き上げていく。アキラは軽く会釈してエレナ達と別れ、エレナ達はアキラに軽く手を振って防衛地点から離れていった。


 アキラへの次の指示は防衛地点の警備だ。アキラは防衛地点の外れで地下街の闇を見ながら敵襲に備えている。


 厳密には敵襲に備えているのはアルファであり、アキラは黙って突っ立っているだけだ。それでも傍目はためには無言で真面目に警備をしているように見えている。何かあればアルファがアキラにすぐに異常を伝えているので、役割自体は問題なく果たしているからだ。


 アキラはアルファと雑談しながら暇を潰している。アキラがサラやエレナ、シカラベの活躍を思い出しながら話す。


『それにしても、サラさん達はやっぱり強かったな。あれが一流のハンターってやつか?』


 アキラはヤラタサソリの包囲網を蹴散らしながら進んでいくエレナ達の姿を見て、一流と呼ばれるハンターの実力を垣間かいま見た気がしていた。


 しかしアルファがそれを否定する。


『残念ながら一流のハンターを名乗るには装備も実力も全く足りていないわね。クガマヤマ都市を活動拠点にしているハンターにしては強いってぐらいよ』


 アキラが驚愕きょうがくする。少なくともあの程度では一流のハンターなど到底名乗れないようだ。それはアキラの想像をはるかに超えていた。


『あの強さでか!?』


『一流と呼ばれるハンターの大部分は東部の最東部、最前線近辺で活動しているわ。そこにいるハンターの装備も実力も、敵対するモンスターの脅威度も狂っているレベルで高い激戦区よ。最前線のハンター達は戦車ぐらい持っていないと駆け出し扱いされるそうよ。そんな場所でハンター稼業を営めるようにならないと一流のハンターとは呼べないわね』


『世界は広いな。……ん? じゃあカツラギ達はそんな場所から帰ってきたのか?』


 カツラギ達とは一緒に戦った仲である。アキラにはカツラギ達がそこまで強いとは思えなかった。


『最前線と言っても結構広い地域なのよ。場所によって危険度は異なるわ。一番安全な場所にたっぷり護衛を付けていったのでしょうね。それでも生きて帰ってこられるかどうかは十分博打ばくちのはずよ。賭に勝ったかどうかは本人に聞かないとね。生きて帰ってきたとはいえ、見合うだけの大金を手に入れられたかどうかは分からないわ』


 生還できただけでは賭に勝ったとは言えない。カツラギ達がリスクに見合う大金を手に入れることができて初めて勝ちなのだ。


 アキラがしみじみと話す。


『そういうのはハンターも同じだな』


『そういうこと。ちゃんと稼げるハンターに成りましょうね。というよりも、成ってもらうからね?』


 アルファが不敵に微笑ほほえんでそう話した。そう成るためにはアキラはこれからも過酷な訓練を山ほど積まなければならない。それだけの訓練が受けられるだけアキラは恵まれているのだが、それはそれとして非常にきついことに違いはないのだ。


 アキラが軽く笑って答える。


『その覚悟はできている。覚悟は俺の担当だからな。それ以外はアルファのサポート次第じゃないか?』


『それなら全く問題ないわ』


『そりゃよかった』


 アキラとアルファは全く違うことを思いながら笑っていた。


 アキラにアルファの考えは分からない。仮にだまされたところでアキラにはどうしようもない。その上で、アキラはアルファを信じると決めていた。


 アルファはアキラに自分の考えなど悟らせない。アルファが情報を出さない限り、アキラがそれに気付くことはない。


 その後、アキラは何事もなく勤務時間を終えることができた。

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