第50話 地下街の探索

 エレナ達がアキラを先頭にして地下街の探索を進めていく。


 アキラは全体の移動速度をシカラベが先頭だった時と変わらないように調整して進んでいた。それはアキラの索敵能力を完全に超えている速度だ。


 そのためアキラは周囲の警戒を完全にアルファに任していた。アキラは情報端末と連携済みの銃の照準器を、アルファの指示に従って地下街の通路に向ける程度のことしかしていない。


 一応アキラの視界には照準器の映像が拡張表示されてはいるが、アキラがその映像を見てモンスターを探している訳ではなかった。照準器が取得した映像情報等の解析はアルファが実施している。


 傍目はためからは、アキラはろくに索敵もせずに進んでいるようにも見える。エレナ達がそのことを気にせずにいられるのは、エレナも索敵を実施していることに加えて、シカラベの質問にアキラがしっかり答えたからだ。


 仮にアキラの能力に不備があったとしても致命的な状況にはならないだろう。エレナ達は全員そう判断してアキラを先頭に立たせていた。


 アルファがアキラに指示を出す。


『アキラ。通路の先にヤラタサソリが3体いるわ。気付かれる前に倒して』


 アキラの視界がアルファによって拡張される。地下街の真っ暗な通路の先にいるヤラタサソリの姿がはっきりと浮かび上がる。通路の瓦礫がれきなど射線を塞ぎかねない遮蔽物も、アキラが認識しやすいように強調表示される。


 ヤラタサソリ達までの距離は少々遠い。自力で命中させる自信などアキラにはないが、アルファのサポートがあれば全く問題ない距離だ。そしてアルファがこの場で指示を出したということは、この距離で倒すのが最善なのだろう。アキラはそう判断した。


『了解』


 アキラがヤラタサソリへ向けてAAH突撃銃を構える。視界に拡張表示されている弾道予測線をヤラタサソリの頭部に合わせて、落ち着いて引き金を引いた。


 発射された強装弾はアルファの命中補正の恩恵を十分に受けて着弾予測位置に狂いなく命中した。ヤラタサソリは頭部を破壊されて絶命した。


 仲間の死に反応したヤラタサソリ達が慌ただしく動き出す。敵を探す動きを見せるヤラタサソリにアキラは続けて強装弾をたたき込む。強装弾がヤラタサソリの硬い殻を突き破り、敵の動きを鈍らせる。


 致命的に動きが鈍ったヤラタサソリ達にアキラが止めの弾丸を放つ。痙攣けいれんに似た動きを見せていたヤラタサソリの動きが完全に止まった。


 アキラが銃を下ろし息を吐く。


『ちゃんと倒せた。これが強装弾の威力か。通常弾とは違うな』


 アキラは通常弾をはじき返しながら迫ってくるヤラタサソリの群れの光景を覚えていた。そのためCWH対物突撃銃を使用せずに倒しきれるのか少し不安だった。しかしこれなら問題ないだろう。アキラは安心した。


 アルファが微笑ほほえんで話す。


『ヤラタサソリ程度なら強装弾で問題ないようね。しばらくはこれで進みましょう』


『分かった』


 アルファはアキラの様子からアキラの不安が取り除かれたことを確認した。これでアキラの緊張も大分和らぐだろう。過度な緊張による余計な疲労も防げるはずだ。アルファはそう判断した。


 サラは索敵を基本的にエレナに任せている。エレナの情報収集機器の性能はサラが一応装備しているものとは段違いに高性能だからだ。何かあった場合はエレナが収集した情報をサラに送信することで、サラは的確に敵を把握していた。


 アキラが撃破したヤラタサソリの情報はサラに送られていない。サラがエレナに頼む。


「エレナ。そっちの情報を送ってくれない?」


「分かったわ」


 エレナがサラに前方の詳細情報を送信する。サラの視界にエレナの情報収集機器によって収集された情報が加わる。


「ありがとう。……見えた。あれか。ヤラタサソリが3体いて、撃破済みね。なかなかやるわね」


 サラは撃破済みのヤラタサソリを見て軽く感嘆の声を上げた。


 シカラベも自前の情報収集機器でアキラが倒したヤラタサソリを把握する。


「あの距離の敵を倒しておく必要があったか? 俺ならもう少し距離を詰めてから判断するが……」


 シカラベの疑問にエレナが答える。


「対象まで一本道。通路に遮蔽物となる瓦礫がれきが多少ある。対象は私達の進行方向にいる。遮蔽物に身を隠しながら近付かれる前に、倒せる時に倒しておくって判断も間違いではないわ。もっと引きつけてから倒してもいいけど、その辺の判断は個人差ね」


「まあ確かに敵との間合いの管理には個人差があるからな。外した訳でもないし、問題ないか」


 交戦する確率が高い敵を少々早めに倒した。交戦を避けられそうなモンスターをわざわざ攻撃して不要な戦闘を増やしたわけではない。シカラベはそう判断してそれ以上気にするのを止めた。


 エレナの判断もシカラベと大体同じだが、エレナにはに落ちない点があった。アキラがどうやってヤラタサソリを発見したか。その一点だ。


 アキラが使用している情報収集機器は、以前エレナがアキラに売ったものだ。エレナはその情報収集機器の性能をかなり正確に把握している。


 エレナが考える。自分はその情報収集機器であの距離にいるヤラタサソリを察知できるか。できない。エレナは自身へそう即答した。


(あの距離のヤラタサソリを私が売った情報収集機器で察知することは極めて困難なはず。あの程度の性能しかない情報収集機器で、地上の開けた荒野ならも角、この地下街で、情報収集を阻害する要因だらけなこの地下で、闇に紛れたヤラタサソリを察知するなんて私でも難しいわ。一体どうやって……)


 アキラがどうやってヤラタサソリを察知したのか。エレナには一応心当たりがあった。


(アキラは恐らく旧領域接続者。その能力の一端かもしれないわね。アキラの索敵方法に興味はあるけど、もし本当にそうだとすると、下手に質問はできないか)


 アキラに余計なことを聞かない。エレナはそうアキラと約束している。エレナもチームの索敵役としてより良い索敵技術に強い興味を抱いたが、それは命の恩人との約束を反故ほごにするほどではない。


 そしてそれ以上に、アキラの高い索敵能力は旧領域接続者の能力によるものか、などとエレナがアキラに尋ねた瞬間、アキラと殺し合いになる可能性は否定できないのだ。


 アキラが本当に旧領域接続者で、エレナとサラにそのことを薄々気付かれていることに、アキラも気付いているかもしれない。その上でエレナやサラが余計なことを口にすれば、アキラとの関係は致命的に悪化するだろう。


 サラはエレナほど情報収集機器に詳しい訳ではない。シカラベはアキラが高性能な情報収集機器を使用していると判断するだけだ。自分が黙っていれば問題ないだろう。エレナはそう判断して、湧き出た興味に蓋をした。


 アキラ達はアキラを先頭に配置したまま地下街の探索を進めていく。


 そこそこの頻度でモンスターと遭遇したが、アキラ1人で問題なく対処できるものばかりだった。少なくともエレナ達の足手まといになることは避けられていた。地下街の構造や通路の瓦礫がれきのために、かなりの近距離での交戦を強いられたこともあったが、アキラは問題なくモンスターを処理することができていた。


 真っ暗な地下街をアキラ達は進んでいく。高度な文明の廃墟はいきょと、そこに眠る高度な技術の面影、かつての栄華の残骸は地下街の闇に飲まれている。アキラ達がその場を照らしているほんの僅かな時間だけ、栄光の残骸を、旧世界の遺跡の姿を見ることができる。


 そこでアキラは商店の廃墟はいきょらしき場所を見つけた。アキラが索敵のために店内を軽く調べると、そこにはまだ旧世界の遺物が大量に残っていた。そのことに気が付いたアキラが驚く。


「おっ! 旧世界の遺物がこんなに残ってる。すごいな」


 この遺物を持って帰れば幾らになるか。アキラが思わずそう考えていると、サラが苦笑しながらアキラにくぎを刺す。


「気持ちは分かるけど、持って帰っちゃ駄目よ。依頼中に見つかった遺物はクガマヤマ都市に所有権がある契約だからね。気持ちはよく分かるわ。本当に気持ちはよく分かるけど、手を付けちゃ駄目よ」


 今が依頼の最中でなければどんなに良かったか。サラはその内心がにじみ出た表情で、悪魔のささやきに耐えていた。サラがアキラと自身を止めるために、悪魔のささやきを否定する。


「少しぐらいならバレないだろうとか。予備の弾薬の中に紛れ込ませれば見つからないだろうとか。そんなことを考えちゃ駄目よ。駄目なのよ。そう、駄目なの」


 サラはアキラにそう言い聞かせることで、より強く自身に言い聞かせていた。


 エレナが苦笑しながら続ける。


「その通りよ。アキラ。別に全員の身体検査とかはしていないけど、勝手に持って帰ろうとすると、どうしても挙動に出る部分があって、大抵見つかるのよ。見つかったら遺物を没収された上に、3回ぐらい人生を台無しにできる違約金を支払うことになるわ。だから我慢してね」


 エレナは少しだけ子供をたしなめるような口調でアキラにそう話した。


 アキラも聞き分けのない子供になるつもりはない。素直に返事をする。


「分かりました」


 アキラの返事から不満や不服などは感じられない。これなら後でこっそり持って帰ろうなどとは思わないだろう。サラとエレナはそう考えて安心して微笑ほほえんだ。


 シカラベが続ける。


「この遺物で都市がどれだけもうけるかは分からんが、都市側ももうけになると判断しているから、高い金を出して前線基地を作ったり、瓦礫がれきをどかして道を舗装したり、大量のハンターを雇ってモンスターを駆除したりしているわけだ。そのもうけから俺らへの報酬を支払ってるわけだから、不満は報酬額の方にぶつけておけ。まあ、嫌なら自力でここを探し出して、ここまで来いってだけの話だ。採算が合うかどうかまでは知らん。もし採算が合うんなら、そいつは一流のハンターだな」


 アキラは自力でここまで来られるか考えてみた。一瞬で結論が出た。無理だ。


『俺には無理だな。つまり、あの遺物は俺が手に入れられるものじゃないって訳だ』


 アルファが少し挑発的に笑いながら話す。


『いずれアキラにもそれぐらいできるようになってもらうわ。大丈夫よ。私もサポートするから、そんなに先の話ではないわ』


『そうか。それならまずはその日のために当面の依頼を無事に片付けよう。その日まで生き残れるように、しっかりサポートしてくれ』


『任せなさい』


 アルファの心強い返事を聞きながら、その日までに自身に降りかかるであろう大量の苦難から、アキラは取りあえず目をらした。まずは今日を生き延びなければ、その日にたどり着くことはできないのだ。


 シカラベがほこりの被った旧世界の遺物を見てあることを思い出す。


「……ああそうだ。そうかもな。そういうことも考えられるか」


 何かを思い出して一人で納得しているシカラベがアキラ達の視線に気付く。遺物を持ち帰る算段をしていると勘違いされては困るので、少し慌てながら誤魔化ごまかすように話す。


「……いや、違うぞ? ちょっと思い出しただけだ。少し前に子供が高値の遺物をハンターオフィスの買い取り所に持ち込んだってうわさがあったんだ。それでクズスハラ街遺跡の外周部に未発掘領域があるって噂が広まって、それなりの数のハンターが探しに出かけたことがあったんだ。知らないか? ん?」


 シカラベの話を聞いたアキラ達の表情が変わる。好ましくない出来事を思い出した表情だ。


 サラとエレナはそのうわさを聞いてクズスハラ街遺跡に行き、盗賊に襲われて死ぬところだったのだ。アキラは遺跡の中で跡をつけられて殺されるところだったのだ。アキラ達はそれを思い出して少し表情に出てしまった。


 シカラベがエレナ達の表情に気付いて少し不思議そうに尋ねる。


「どうかしたか?」


 エレナがシカラベに続きを促す。


「気にしないで。それで?」


「ああ、だからその子供が見つけたのって、この地下街のどこかかもしれないと思ってな。場所的にここは外周部の地下だろ? どこかに入り口があって、残っていた遺物を見つけたんじゃないか? まだその頃はヤラタサソリの数が少なくて地上に出る個体もごく僅かだったから、その子供は死なずに済んだんだ。どうだ? あり得そうな話だろう」


 その話が間違っていると知っているアキラは素知らぬ顔をしている。下手に反論してぼろを出す気はない。


 エレナが少し考えて答える。


「まあ、可能性はあるわね。……他の出入口を探し出せば、バレずに遺物を持ち出せるなんて考えてないでしょうね? 先に言っておくけど、協力する気はないわ」


 エレナがシカラベに釘を刺した。エレナは収集した地形データから地下街の見取図を作成している。地上でその地下街の見取図と照らし合わせれば、エレナなら他の出入口を探し出せる可能性は高い。


「分かってるって。俺も都市に喧嘩けんかを売るような馬鹿な真似まねをする気はない。ちょっとした疑問が解決したかもしれないってだけだよ。落ち着けよ。そんな不機嫌になる話題でもないだろ?」


 エレナが不機嫌の理由をシカラベに伝える。


「気にしないで。私達もそのうわさに振り回されたハンターってだけよ」


 シカラベはサラとエレナの不機嫌の理由を聞いて納得する。


「そりゃ悪かった。アキラもか?」


「似たようなものです」


 むしろアキラは振り回したがわなのだが、ろくな装備もない状況でハンターに襲われたり、都市に戻ったら遺物目当てのハンター崩れに襲われたりしている。うわさで迷惑を被ったのは同じだ。


 シカラベはサラとエレナの実力を認めている。うわさが出回っていた頃のクズスハラ街遺跡外周部ならば、エレナ達の実力で苦戦などしないだろう。そのためエレナ達を不機嫌にさせた何かが少し気になった。


「そこまで不機嫌になるとはな。そんなに嫌なことでもあったのか? それなりに稼げそうな仕事を捨ててうわさの遺物を探しに行ったのに空振りに終わって、物すごく損した気分になったとかか?」


 サラが少し考えた後で、笑って答える。


「うーん。いろいろあったけど最終的な損益はプラスになったし、良い出会いもあったし、良い経験も積めたし、自分の未熟とか見直す良い切っ掛けになったわ。結果論だけど、行って良かった、私はそう思うわ。今だから言えることも含めてね。エレナは?」


 エレナも微笑ほほえんで答える。


「……そうね。結果的には良かったのかしら。そうしましょう。その方が精神的にも良いわ。行って良かった。私もそう思うわ」


 サラがうれしそうに笑って続ける。


「そうでしょ? それにあの後から私達の運気が良くなったというか、いろいろ調子が良い気がするのよね」


「……言われてみればそうね。いろいろ上手うまく行くようになったのはあの後かしら?」


 エレナとサラはその頃のことを思い出していた。経済的な事情、心情的な事情、いろいろ問題のあった時期だった。今思えばそれが好転した切っ掛けは、エレナとサラがアキラに助けられたことだ。


 あの日のあの時がエレナ達の運勢の底であり、あの最悪の状況をアキラに助けられて乗り越えてからは、エレナ達はずっと上手うまく行っている。


 シカラベは急に機嫌の良くなったサラとエレナを不思議そうに見ていた。シカラベがアキラに尋ねる。


「……アキラはどうなんだ?」


「そうですね。まあ、結果論ですが、最終的には良い出来事でした」


 あの時アキラがサラとエレナを助けなければ、アキラはカツラギ達とともにモンスターの群れに殺されていただろう。動機はどうであれ、あの時のアキラの行動が、未来のアキラを生かしたのだ。


 機嫌の良くなったエレナとサラ、機嫌を戻したアキラとは対照的に、今度はシカラベの機嫌が悪くなった。


「なんだ、つまり結局骨折り損のくたびれもうけは俺だけか。あの時ドランカムも遺物探しに参加したんだ。若手のハンターの訓練を兼ねてな。俺も引率に借り出されて……、あの馬鹿ども勝手に動き回って……、俺がフォローするのにどれだけ苦労したか……、思い出したら腹立ってきた。この話は終わりだ。進もう。この苛立いらだちは全部モンスターにぶつけてやる。アキラ。交代だ。また先頭は俺がやる」


 再びシカラベを先頭にして一行は地下街を進む。モンスターの襲撃は定期的に起こり、シカラベは存分に鬱憤を晴らすことができた。




 地下街の探索を続けているアキラ達は幾度となくヤラタサソリと遭遇していた。


 アキラが5メートルほど先にいるヤラタサソリに強装弾をたたき込む。頭部に強装弾を被弾した至近距離でヤラタサソリが絶命する。続けて放たれた強装弾がヤラタサソリの強固な殻を突き破り致命傷を与えて行動不能に陥らせる。


 ヤラタサソリの群れは逃げ帰る暇もなく殲滅せんめつされた。30体ほどの群れだったがアキラ達は余裕で勝利した。全員かすり傷一つ負っていない。しかし表情まで余裕とはいかなかった。


 シカラベが辺りに散乱しているヤラタサソリの死体の一体を蹴飛ばして話す。


「だんだん群れの規模が大きくなっているな。これだけ倒しても一向に減る気配がない。大規模な巣でも近くにあるのか?」


 エレナが思案する。本当に大規模な巣があるなら巣の殲滅せんめつは討伐チームに任せるべきだろう。エレナ達は既に簡易拠点からかなり離れている。ここからでは簡易拠点と連絡も取れないため、万一の場合に応援を呼ぶこともできない。


 エレナが帰還の判断をしてアキラ達に指示を出す。


「一度戻りましょう。収集した地下街のデータも結構まってきたわ。最低経過時間も近いし、頃合いよ」


 アキラ達はそのまま簡易拠点でもある19番防衛地点に向けて移動を開始した。真っ暗な地下街をエレナが構築した地下街の見取図を頼りに進んでいく。


 アキラ達は何事もなく進むことができた。少なくともアキラはそう思っていた。しかし急にエレナが立ち止まり首をかしげる。


「……変ね」


 エレナの言葉にはどことなく不穏な雰囲気が有った。それに気付いたアキラがエレナに尋ねる。


「何かあったんですか?」


「通路が瓦礫がれきで塞がれているのよ。来た時にはなかった瓦礫がれきにね」


 エレナは情報収集機器で広範囲の地形情報を取得しながら進んでいる。そこそこ距離がある場所の情報も取得可能であり、それは索敵にも使用されているのだ。


 情報収集機器から新たに取得した地形情報は、エレナ達が進もうとしている通路が、大量の何かで塞がれていることを示していた。エレナはそれを瓦礫がれきや土砂だと判断した。


 シカラベが推測を話す。


「他の探索チームがもろい場所で交戦して爆発物でも使ったのかもな。そんなにもろい遺跡じゃないはずだが、ヤラタサソリが壁に穴を開けた場所もある。一部はもろくなっているかもしれない」


 サラが少し慌てながらエレナに尋ねる。


「エレナ。迂回うかい路はあるのよね?」


 簡易拠点への戻り道が塞がれて、出口を探してこの地下街を彷徨さまよう羽目になるのは御免だ。エレナがサラの質問を肯定する。しかしサラの不安を解消させる回答ではない。


「それは大丈夫よ。他にも幾つか迂回うかい路はあるわ。……ただね、もう3回も迂回うかいしているのよ」


 エレナの発言に他の3人の表情が一気に険しくなる。既に偶然では片付けられない回数だ。


 シカラベが落ち着いて話す。


「地上、若しくは地下街の上層階で大規模な戦闘があって、もろい部分が一気に崩れたか? 生き埋めは御免だぞ? 早めに帰ろうとしたのは正解だったな。新たな迂回うかい路を探すにしても、体力も弾薬も残っている間に見つけないとな」


 無意味に慌てることが非常に危険なことぐらいこの場にいる者は全員理解している。落ち着きを保ってエレナが話す。


「そうね。行きましょう。別の迂回うかい路は少し遠回りになるけれど、落ち着いて戻りましょう」


 エレナ達が移動を再開しようとする。アキラもエレナ達に続こうとした時、アルファがアキラを止める。


『アキラ。エレナ達を止めて最短ルートでの移動を促して』


『言うまでもなくそうしているだろう?』


『そういう話ではないのよ』


 不思議そうな表情をしているアキラに、アルファが説明を付け加える。その説明には仮定が多く含まれていたが、それが事実であった場合は早めに対策をしないと状況がかなり悪化することになるだろう。アキラの表情が一気に険しくなった。


 アキラが険しい表情でエレナを呼び止める。


「エレナさん。ちょっと良いですか?」


 エレナがアキラの真剣な表情を見て警戒を高める。アキラに対しての警戒ではない。現在の状況に対する警戒だ。


「アキラ。どうかしたの?」


「ここから19番防衛地点への最短ルートを塞いでいる瓦礫がれきを調べたいんです。ここに来る時にはなかった瓦礫がれきです。なるべく急いでです。駄目でしょうか?」


 アルファにそう教えられたから、などとアキラがエレナに説明することはできない。アキラはエレナに理由を聞かれたらどうしようかと悩みながら、そうする理由を全て省いてエレナに尋ねた。


 エレナがアキラをじっと見る。アキラの発言の真意を探すようにアキラの目を深く見つめる。エレナは決断した。


「いいわ。行きましょう。かなり急ぐのよね。多分アキラからそうする理由を聞いている暇がないぐらいに」


「はい」


「こっちよ」


 エレナはそれだけ言って走り出した。アキラとサラがすぐにそれに続き、少し遅れてシカラベが続く。


 エレナの先導でアキラ達はかなりの速度で地下街を走る。急いだ分だけ索敵はおろそかになり、モンスターに奇襲される危険が増す。場合によっては致命的な状況を招くこともあるだろう。それを理解した上でエレナは先を急いだ。


 シカラベがアキラの提案を怪訝けげんに思いながら、そしてアキラの提案を理由も聞かずに受け入れたエレナの判断に驚きながら、最後尾として後方を警戒しながら話す。


「おい! 何だか分からんが理由ぐらい話せ!」


 シカラベの当然の疑問と要求をエレナが握り潰す。


「後にして。リーダーの指示に従う約束よ? 嫌なら残っても良いわ」


「……後で聞かせてもらうからな!」


 シカラベは舌打ちしてそう言った後、黙って走り続けた。


 索敵を軽んじたほど急いだ甲斐かいもあって、アキラ達はすぐに目的の通路に到着した。通路を塞いでいる瓦礫がれきから少し離れた場所で、既にエレナより先行していたアキラが立ち止まった。それを見てエレナ達も立ち止まった。


 アルファがアキラに少し険しい表情で指示を出す。


『アキラ。CWH対物突撃銃に持ち替えて。今日も依頼元が弾薬費を持つ恩恵にたっぷり感謝することになるわ』


 アキラも険しい表情を浮かべる。


『予感的中か?』


『そういうこと』


 アキラが銃をAAH突撃銃からCWH対物突撃銃に持ち替える。そして通路を塞ぐ瓦礫がれきに向かって銃を構えた。


 エレナがアキラに尋ねる。


「アキラ。何をする気?」


「あれは、瓦礫がれきじゃない!」


 アキラがそう答えると同時に引き金を引いた。


 発射されたCWH対物突撃銃の専用弾が通路を塞ぐ何かに直撃する。着弾の衝撃で粉砕され吹き飛ばされ大量の肉片と化したヤラタサソリが通路に飛び散った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る