第20話 後ろ盾のハンター

 シェリルがスラム街の拠点で険しい表情を浮かべている。苛立いらだっており、それを自覚して抑えようとするが上手うまくいかず、より不機嫌になってしまっている者。傍目はためからはそう見える。


 だがその顔には洞察にけた者ならば分かる僅かな焦りがにじんでいた。シェリル自身もそれを自覚しており、必死に表情を作っていた。分かりやす苛立いらだちと不機嫌さは、焦りと不安で満ちた内心を他者から隠すための仮面だった。


 そのシェリルにエリオという少年が声を掛ける。その顔には軽い疑念が浮かんでいた。


「シェリル。あのアキラっていうハンターはどうなってるんだ? 全然来ないじゃないか」


「黙って待ってなさい。そう言ったでしょう?」


「でもさ、一昨日も昨日もその内に来るって言ってたけど、結局待ちぼうけ……」


 シェリルが激しい剣幕けんまくでエリオの言葉を遮る。


「黙って! 私がボスよ! 私の指示に従う! そういう約束でしょう!?」


 その剣幕けんまくはアキラが現れないことをごまかすための演技のはずだった。だが内心の不安と焦りの所為せいで過度に激しくなっていた。


 エリオも思わず口を閉ざした。そして軽くめ息を吐く。


「……分かったよ。ボス」


 シェリルをボスと認めて徒党に残ったのは事実だ。エリオもそれ以上の追及はめた。しかし疑念と不満が消えていないのは、その顔からも明らかだった。


 シェリルが半分演技で大きく息を吐く。そして相手の疑心を押さえるために、それらしいことを口にする。


「ハンター稼業が忙しくて、ちょっと後回しにされているだけよ。アキラと話を付けたと言っても、私の方からすぐに来いなんて命令できる立場じゃないの。その程度のことも分からないの?」


「そうだな。悪かった」


「分かったら仕事に戻りなさい」


「了解だ。ボス」


 エリオは少し当て付けるような口調で答えながらも、大人しく引き下がった。だが少し離れてから不満げにつぶやく。


「……アキラのお気に入りなんじゃなかったのかよ」


 シェリルはそのつぶやきを聞いていた。顔に思わず内心の不安と焦りをにじませてしまう。だが慌てて元の苛立いらだちの顔に戻した。そして誰も自分を見ていないことを確認してから、苛立いらだちの仮面を外す。シェリルの本心を如実に表した顔には、焦りと不安がこぼれそうなほどに色濃く満ちていた。


(……このままだと不味まずいわ。どうする? もう一度アキラを探しに行く? ……駄目よ。何度もそんなことをしていたら、余計に疑われるわ)


 アキラが拠点に顔を出すと言った日、皆で待っていたがアキラは結局来なかった。その翌日も来なかった。更にその翌日にも来なかった。それにより、シェリルの立場はかなり悪化していた。


 シベアの徒党に所属していた子供達で構成された新たな徒党は、シェリルを新たなボスとして既に活動を再開している。縄張りや近場の荒野などで屑鉄くずてつや金目の物を探したり、スラム街の食糧配給場所に皆で向かったりする様子から、他の徒党にも活動再開を知られている。


 今のところは嫌がらせや暴力沙汰などは受けていない。シェリルの徒党の者達はそれを、アキラが自分達の後ろ盾になったからだと信じている。だがそのアキラが拠点に一度も顔を出さない。皆が不満と不安を覚えるのは仕方が無いことだった。


 シェリルは表面上平静を保ちながら、それらしい説明をして何とか皆をなだめていた。だがそれにも限度がある。隠しきれない焦りがシェリルの顔に浮かび始め、それを見た者達が不信と不安を強くする。


 シェリルがうそいている。うそではないが、アキラに弄ばれただけ。あるいは既に見捨てられた。徒党の者達は裏でいろいろ不満や疑念を漏らしていた。シェリルに向けられる視線にも、既にシェリルへの疑念が大分混ざっていた。まだ表だって刃向かうほどではないが、それも時間の問題だった。


 シェリルも皆の様子に気付いている。しかし打つ手が無い。アキラと連絡を取る方法は無く、宿の周辺などを探しても見付からなかった。状況を好転させる手段も思い付かず、募る焦りに追い詰められていた。


 アキラが現れたのは、まさにそのぎりぎりの時だった。


「シェリルってやつはいるか? あ、いた」


「アキラ!」


 シェリルが思わず出した声は、自身が追い詰められていた分だけ大きくなっていた。その所為せいでその声は拠点の奥まで響き渡っていた。当然注目が集まり、別の部屋からも子供達が様子を見にやってくる。


 シェリルは我に返ると、アキラを急いで自室まで少し強引に案内した。アキラの手を引っ張って一緒に部屋の中に入るとすぐにドアを閉める。そして内心に渦巻くものを何とか抑えつける。なぜ約束の日に来なかった、と激情のままに叫んでしまえば自分は完全に終わりだ。そう自身に必死に言い聞かせて、アキラに笑顔を向けた。


「拠点まで足を運んでいただいて本当にありがとう御座います。お待ちしておりました。その、一応予定だと先日の夜に訪ねてもらえると思っていたのですが、何かあったのですか?」


 遅れたことなど気にしていない。シェリルは笑顔でそれを表した。少なくともその努力はした。


「悪いな。一応行くつもりだったんだけど、ちょっと死にかけてたんだ」


「死にかけてた!?」


 シェリルは思わず声を荒らげた。アキラはシェリルのその驚きように少し驚いた後、気を取り直して平然と答える。


「ハンター稼業なんだ。そういうこともある」


 シェリルが絶句する。何かあったのだろうとは思っていた。だがいきなり死にかけていたとは欠片かけらも思っていなかった。我に返ると本心の慌て振りを表に出す。


「だ、大丈夫なんですか!?」


「ああ。怪我けがや体調は問題ない」


「そ、そうですか……。あの、何があったのか聞いても良いですか?」


「同じ日にモンスターの群れに2度も襲われたんだ。その戦闘の後遺症というか、疲労やら何やらで遅れた。悪かった」


 アキラは平然とした態度で軽く謝った。その約束をすっかり忘れていたことは、態々わざわざ教える必要も無いだろうと自身に言い訳して黙っていた。


 シェリルが安堵あんどの息やらめ息やらいろいろ混ざったものを吐く。そして気を取り直して愛想良く微笑ほほえむ。


「そうですか。それなら仕方ありません。大変だったんですね。無事で何よりです。先に2人だけで少し話をしようと思って自室に案内しましたが、皆もアキラを待っていましたので、やっぱり先にアキラの紹介を済ませようと思います。構いませんか?」


「分かった」


 シェリルがアキラを連れて部屋から出る。そして内心で愚痴を吐く。


(……全く、どんな理由で遅れたのか知らないけど、脅かさないでよ。どうせ武勇伝や苦労話を派手に誇張しているだけなんでしょうけど、そんな下らない冗談はめてほしいわ)


 自分の立場はアキラの後ろ盾あってのもの。それを脅かす話など冗談でも気に障る。だが文句を言える立場ではない。機嫌を損ねないためにも、ここはその与太よた話に合わせておく。シェリルはそう考えて、アキラに見られないように僅かに顔を不満げにゆがめた。アキラが余りにも平然と答えた所為せいで、全て本当の話だとは全く気付けなかった。




 拠点の広間に集められた子供達は、上機嫌のシェリルと、その隣にいるアキラを見て、口々に感想を漏らしていた。


「本当に来た。結構疑ってたけど、本当だったんだ」


「あれがシベアを殺したハンターなのか? 俺達みたいな子供だよな。本当にあいつか?」


「良かった。うそじゃなかったのね。これで一安心だわ」


「話を付けたって言っていたけど、どこまで助けてくれるの? 心配だわ」


「なあ、あんまり強そうに見えないんだけど、大丈夫なのか?」


 いろいろ懐疑的な意見も出ていたが、アキラと一応話を付けたという点に関しての疑惑は晴れていた。


 シェリルが笑顔で自信たっぷりにアキラを紹介する。


「彼がアキラよ。知っていると思うけど、シベア達はアキラを襲って返り討ちにされたわ。その上で私達を助けてくれるのだから、絶対に失礼の無いようにお願いね」


 シェリルに視線で促されたアキラが、少し面倒そうに話し始める。


「アキラだ。俺はシェリル個人に、個人的に協力するだけだ。ここの一員に加わる気はない。シェリルがボスだ。聞きたいことはシェリルに聞け。俺に余計なことを聞くな。俺が、聞くな、と言ったことに関しては二度と聞くな。俺からは以上だ」


 子供達が戸惑いと困惑でざわつき始める。名目上はシェリルがボスだが、徒党の後ろ盾として実質的なボスとなって君臨する。代わりに自分達にいろいろ世話を焼いてくれる。そう思っていた相手が、本気で徒党に興味が無いような態度を見せたからだ。


 シェリルも僅かに表情を引きらせていた。だがアキラは全く気にしていない。


「シェリル。ちょっと用事があるから付いてきてくれ」


「えっ? あ、はい。分かりました」


 そのままシェリルと一緒に出ていこうとするアキラを、我に返ったエリオが慌てた様子で呼び止める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! お前が本当にアキラなのか!?」


 アキラが立ち止まり、振り返って面倒そうに答える。


「そうだ」


「俺達をほったらかしにして、今まで何やってたんだよ! 徒党に加わる気はないってどういうことだ!? 俺達の面倒とかを見てくれるんじゃないのか!?」


「さっき言っただろう。その辺のことはシェリルに聞け。俺に聞くな」


 その面倒だと言わんばかりの態度が、エリオを大きく刺激する。1人でシベア達を返り討ちにしたハンターが自分達の味方になったと聞いて、期待と不安を感じていた。その人物が全く顔を出さないことに不信と不満を募らせていた。ようやく顔を出したと思えば、その人物は武装していても全く強そうに見えない子供で、軽い失望すら覚えていた。


 加えて先ほどの言葉とこの態度だ。エリオの中でシェリルとアキラに対する懐疑が一気に膨れ上がる。


(……下手すると俺よりも弱そうじゃないか。大丈夫なのか? こんなやつに俺達の命を預けるのか?)


 シベア達はいろいろ問題の多いハンター崩れだった。だがそれでも、それに目をつぶるぐらいの実力は持っていた。それこそシベア達の死亡で徒党があっさり崩壊する程度には、重要な武力要員と成り得る者達だった。


 目の前の子供にその代わりが出来るとは、エリオには欠片かけらも思えなかった。


(……俺はシェリルにだまされたのか? いや、シェリルもこいつにだまされてるんじゃないか?)


 この場でアキラに殴りかかり、銃を奪って突き付ければ、簡単に化けの皮を剥がせるかもしれない。思わずそう考えてしまう。


 再び自分に背を向けて外に向かおうとするアキラの姿が、非常にすきだらけに見えた。その面倒そうな態度が、自分を馬鹿にしているように思えた。シベアの徒党が崩壊してからの生活は本当に大変で、折角せっかくその生活から抜け出せたと思っていたのに、ぬか喜びに終わったと感じた。それらが、エリオの行動を後押ししてしまった。


めやがって!」


 エリオが叫びながらアキラに殴りかかる。背後からの奇襲。ほんの数歩の距離。気付かれた様子もない。拳を握り、振りかぶり、アキラの後頭部にたたき付けるまで数秒も掛からない。当たると確信する。


 だがその激情を乗せた拳は、振り返りもせずに身を横に振ったアキラにあっさりとかわされた。


「……なっ!?」


 驚くエリオの顔に、アキラの拳がたたき込まれる。エリオはその一撃で殴り倒され床に転がった。


 アキラの戦闘能力はアルファの訓練と幾度かの実戦経験により、短期間で飛躍的に上昇していた。既にそこらの素人ではアキラに勝つのはほぼ不可能だ。不意をかれれば素人相手でも苦戦する恐れはあるが、そもそもアキラは路地裏生活でその手の警戒にけている。よほどの状況でもなければ不意などかれない。


 加えてアルファの不意をくのはよほどの手練てだれでも不可能だ。今もエリオの攻撃をアキラに事前に全て教えていた。振り返りもせずにエリオの攻撃をかわせたのはそのおかげだ。つまり、初めからエリオに勝機など全く無かった。


 床に倒れながら痛みで顔を押さえていたエリオが、自分を見下ろしているアキラに気付く。不機嫌そうな顔で握っている銃の、その銃口と目が合った。


 エリオの顔が恐怖で強張こわばる。周りの子供達が慌てて距離を取る。アキラは表情を変えずに引き金を引いた。


 床に穴が開く。エリオに穴は開いていない。意図的に外したのだ。だがエリオは撃ち殺されたように身動き一つ出来なくなった。その顔はもうおびえきっていた。シェリルも、他の子供達も、声を出せなかった。


 アキラが不機嫌そうな様子でシェリルに告げる。


「シェリル。俺はお前がどこの誰を徒党に加えようが構わないし、知ったことじゃない。でもお前がボスなんだから、部下のしつけぐらいはちゃんとやっておけ。シェリルの命令で俺を殺そうとした。俺がそんな勘違いをする前にな。行くぞ」


 アキラがそのまま部屋から出ていく。シェリルも慌てて付いていく。部屋にはしばらく起き上がれそうにないエリオと、アキラにおびえる子供達だけが取り残された。




 シェリルがアキラのそばでエリオへの呪詛じゅそを吐いている。一応、声には出していない。アキラに案内されるまま拠点を出て、そのままスラム街を進んでいた。行き先など教えられていないが、それを聞く余裕もない。エリオを無言で罵倒し続けながら、黙って後に続いていた。


 すると、不意にアキラに話し掛けられる。


「あんなので良かったか?」


「…………えっ?」


 シェリルは不意をかれた所為せいろくに返事も出来ず、怪訝けげんな顔を返すので精一杯だった。アキラはシェリルの余裕の無さには気付かずに、単に言葉が足りなかったかと思い、付け足す。


「いや、あんな感じなのを俺にやらせるために呼んだんじゃないのか? 違ったか?」


 シェリルがようや真面まともに回り始めた頭でアキラの様子を確認する。拠点で見せていた不機嫌さはどこにも無い。平然としている。そこから、アキラの拠点での態度は半分演技であり、少なくとも自分に怒りは覚えていないと判断した。それで安堵あんどすると、次に苦笑いを浮かべてアキラの話に乗る。


「確かにそういうことも頼もうと思っていました。でも少しばかりやり過ぎたかもしれません」


「そうか。悪いけど、その辺のフォローはシェリルがやってくれ。俺にそういうのを期待されても困る」


「分かりました。それで、私達はどこに向かっているんですか?」


「もうすぐだ。ああ、そこだ」


 アキラが空き地にまっているトレーラーを指差した。カツラギ達の簡易店舗でもあるトレーラーだ。シェリルを連れてそこまで行くと、店番をしていたダリスがアキラに気付く。


「アキラか。もう大丈夫なのか?」


「ああ。大丈夫だ。気が付いたら3日もってて驚いたけどな」


「そうか。無事で何よりだ」


 アキラとダリスが軽く笑い合う。そこには年齢も立場も実力も異なるが、同じ死線を潜った者同士の気安さがあった。


「それで、何の用だ? 客なら見ていってくれ」


「いや、カツラギにちょっと話があるんだ。呼んでもらえないか?」


「ちょっと待ってろ。カツラギ! アキラが来てるぞ! 何か知らんが話があるってさ!」


 奥からカツラギがやってくる。そしてアキラ達を見て軽く笑う。


「アキラか。昏倒こんとうしてぶっ倒れた後だってのに、女連れで顔を出すとは随分余裕だな。で、話って何だ? 商売人に話を持ちかけるんだ。もうけ話以外はお断りだぞ?」


 アキラが少し挑発気味に笑う。


「それはカツラギの商才次第だな」


「それならもうけ話だ」


 カツラギも余裕の笑みを返した。




 カツラギが真面目な顔でアキラの提案を思案している。自分が遺物をカツラギの店に持ち込む代わりに、シェリルの徒党に便宜を図ってほしい。そのアキラの提案を受け入れた場合の損得勘定を続けていた。


 遺物の買取業者はハンターオフィス直営店以外にも山ほど存在している。それほど遺物の需要は多く、その利益も非常に大きい。カツラギも本業ではないが遺物の買取を行っている。


 シェリル達への便宜も、自身の伝を使えば問題ない。スラム街の者だからとめられて屑鉄くずてつ等を買いたたかれるのを防ぐだけでも、シェリル達への大きな援助となる。信用などまるで無いスラム街の者でも、カツラギのような者が仲介すればちょっとした仕事の斡旋あっせんぐらいは可能だ。


 アキラの実力はよく知っている。その実力なら遺跡から持ち帰れるであろう遺物の質や量を推測し、その売買の利益からシェリル達の世話を焼く手間ひまを引く。その損得勘定はカツラギの頭の中で黒字となった。その上でえていぶかしむような視線をアキラに向ける。


「俺もアキラには借りがある。それに遺物の買取は金になる。確かに、検討に値するもうけ話ではあるな」


「取引成立か?」


「まあ、待てって。それを決める前に、幾つか聞きたいことがある。まずは、お前と彼女の関係からだ」


 カツラギがいろいろと値踏みするような視線をシェリルに向けた。シェリルの緊張が高まる。アキラは少し不思議そうにしていた。


「何でそんなことを聞くんだ?」


「何でって、お前が態々わざわざ俺に手を貸してやれなんて言う相手なんだ。気になるさ。それに世話を焼く過程で、場合によっては長期的な商売相手になるかもしれないからな。それで、どういう関係なんだ? 知人? 友達? 家族? 恋人? 愛人?」


「スラム街のガキ同士のちょっとしたつながりだ。こういう話を持ちかける程度には仲が良い。でも邪魔なら切り捨てる。そんな関係だ」


「そうか」


 カツラギはアキラの態度からシェリルとの関係を見抜こうとして、一度棚上げした。


「次に遺物の買取の方だが、念のために言っておく。俺の店に遺物を持ち込んでも、ハンターランクは上がらねえぞ? 遺物売買に関してハンターオフィスと提携してないからな。それを踏まえての提案だろうな?」


 遺物の売却でハンターランクを上げるには、最低でもハンターオフィスの提携店に持ち込む必要がある。ハンターランクの効率的な上昇を餌にして、遺物を不当に安い額で買い取ろうとする悪質な業者や詐欺も存在する。売るがわが勝手に提携店だと勘違いしてめ事になる場合もある。


 ハンターランクはハンターの格を決める重要な要素だ。相手の無知に付け込んで利益を得るとしても、そのハンターランク絡みのめ事を生み出しては割に合わない。少なくともそう判断する程度には、アキラを有能なハンターだと認めていた。だからこそ、その分だけしっかり確認を取っていた。


 アキラが平然と答える。


「その分高値で買ってくれさえすれば文句は無い。当面はハンターランクより金が欲しい。買取額に不満が出たら、今まで通りハンターオフィスの買取所に持って行く」


「そうか。……よし! 取引成立だ!」


 カツラギは商売人の笑顔でアキラと商談成立の握手を済ませた。続けて同じ笑顔でシェリルにも握手を求める。だがシェリルは妙に戸惑ってしまい、その手をつかめないでいた。


「どうした? 握手ぐらいしないとな」


「す、すみません」


 シェリルが慌ててカツラギの手を握る。すると意外なほどに強い力で握り返された。思わず視線をその手からカツラギに移す。そしてその顔を見た途端、シェリルは固まってしまった。カツラギの笑顔から、目だけ笑みが消えていた。


「裏切るなよ?」


 カツラギはシェリルを明確に脅している。表情で、視線で、声で、握力で、その端的な要求を拒否した場合の末路を伝えていた。


 人は金で狂う。カツラギは商売人としてそれをよく知っている。そして経済的困窮はその額の下限を下げていく。だからこそ、スラム街では命も信用もひどく安い。銃弾1発分のはした金で、他者の命と自身の信用を踏みにじるほどに。


 そのスラム街の住人と真面まともな取引を成立させるには、初めからこれぐらい脅さないと話にならない。カツラギはそう思っていた。


 だが少々やりすぎだった。カツラギの商売相手は荒野でモンスターと殺し合うハンター達だ。普段はそのハンター達に向けている武器商人のすごみは、スラム街のただの子供には少々強すぎた。シェリルは気圧けおされ、震え、返事も出来ない状態になっていた。


 カツラギもやり過ぎたと思い威圧を弱めた。そこにアキラが口を挟んでくる。


「あんまり迷惑を掛けるようなら言ってくれ。こっちでそれなりに処理する」


「具体的にはどの程度までやるんだ?」


「殺して荒野に捨てるぐらいは」


 シェリルが一度大きく震える。カツラギも少し意外に思う。どちらにも冗談には聞こえなかった。


「随分はっきり言うんだな?」


「荒野は荒野で命懸けだけど、スラム街はスラム街で命懸けなんだ。そんな馬鹿なことをするほど馬鹿なやつじゃないよ。多分」


「多分?」


「世の中に絶対なんかない。違うのなら、同じ日に2度もモンスターの群れに襲われるなんてことがあってたまるか」


「違いない!」


 カツラギは楽しげに豪快に笑った。そしてシェリルの手を離すと、今度は愛想の良い笑みを向ける。


「脅かして悪かったな。世の中いろいろあるんだ。これからは仲良くやろうじゃないか」


「は、はい」


 シェリルは頑張って愛想笑いを浮かべようとした。だが辛うじて笑顔と呼んでも差し支えない少々ゆがんだ顔を浮かべるのが限界だった。


 アキラがそのシェリルの様子など気にせずにカツラギに尋ねる。


「ああ、そうだ。情報端末を売ってないか? 安くてすぐに使えるやつ。機能は最低限で良い」


「最低限って言っても、人によって差があるぞ?」


「俺と連絡が取れれば良い。シェリルとの連絡用だ」


「それなら2万オーラムだ」


 アキラは2万オーラム支払って情報端末を買うと、一度自分の情報端末に接続して初期設定を済ませてからシェリルに渡した。


「何かあったらそれで連絡してくれ。長期間連絡が取れなかったら死んだと思ってくれ。お互いにな」


「わ、分かりました。ありがとう御座います」


「あと、定期的に拠点に顔を出してほしいって話だが、やっぱり当面は無しだ。基本的に1人で好き勝手に動いているから、下手に予定を入れるといろいろ面倒なんだ。シェリルが定期的に俺を呼び出すのは構わない。その時に用事が無くて気が乗ったら顔ぐらいは出すよ。だからって毎日呼び出すのもめてくれ。分かったな?」


「は、はい」


「それじゃあ俺は用事があるから帰る。シェリルは……、カツラギと徒党の支援とかの話でもしておいてくれ」


 カツラギが少し不満そうにアキラを呼び止める。


「おいおい、折角せっかく顔を出したんだ。何か買っていけよ」


「悪いな。金が無いんだ。また今度にしてくれ」


 アキラはそう言い残して帰っていった。残ったカツラギとシェリルが顔を見合わせる。


「それじゃあ、アキラにああ言われたことだし、俺達は話を詰めるか。そっちの時間は大丈夫か?」


「え、あ、はい。大丈夫です。よろしくお願いします」


 シェリルは気を取り直して礼儀正しく頭を下げた。


 カツラギは再び値踏みするようにシェリルを見ると、軽く笑いながら尋ねる。


「アキラもいなくなったことだし改めて聞くが、アキラとはどういう関係なんだ?」


「先ほどアキラが話した通りの関係ですけど……」


「なるほど。聞き直そう。お前はアキラとどういう関係になるつもりなんだ? アキラの恋人とか愛人とか、そういうのを狙ってるのか?」


 下手な返事は今後に差し支えると判断して、シェリルが慎重に聞き返す。


「……それは、私の徒党への支援と、何か関係があるんですか?」


 カツラギが商売人の顔で笑う。


「大有りだ。俺はアキラとは良い付き合いを長く続けるつもりだが、お前ともそうなるかどうかは、お前とアキラの関係次第だからな。そうだろう? お前がアキラとより親密な関係になるのか、それともその内に捨てられるのかは知らんが、お前にその意思があるのかどうかぐらいは確認しておかないとな。で、どうなんだ? さっきのアキラの様子だと、難しいか?」


 探られているのは分かった上で、シェリルはえて自信ありげに笑った。


勿論もちろんその意思はあります。それに私はアキラに好かれていると思っていますよ? こうして世話を焼いてくれるのがその証拠です。違いますか? 先ほどのアキラの態度は、スラム街の子供にめられている訳じゃないって、カツラギさんに示していただけだと思います。アキラもハンターですから」


 ここでたじろいでしまえば軽く見られることになる。シェリルはそう考えて、自分でも少し無理があると思いながらも、それを押し通すために必死に表情を作った。


 だがカツラギは再び探るようにシェリルをじっと見た後、軽く吹き出した。


「体でも使ってアキラを誘ってみたが、つれなく断られたって感じだな」


 シェリルの表情が固まる。カツラギが少し不敵に楽しげに笑う。


「何で分かったって顔だな? 景気よく稼いだハンターが、贔屓ひいきの女を連れて店に来るなんて珍しくねえんだ。それぐらいは見れば分かる。その男が連れの女に入れ込んでるのか、逆にそろそろ捨てようと思っているのか、それを見抜けないと商機を逃がすからな。前者なら高い装備を売り付ける良い機会だ。女に良いところを見せようと見栄みえを張ってくれるからな。お前、結構後者側だったぞ?」


 実際にはシェリルの反応を引き出すためのはったりで、そこまでの根拠や確証は無い。だがカツラギはシェリルの反応から、アキラを誘って断られた程度のことはあったと確認した。


「でもまあ、それは仕方無いんじゃないか? 悪いが、お前じゃなぁ……。ああ、別にお前を馬鹿にしている訳じゃない。これはその手の基準の話だ。多分アキラの目が肥えてるんだろう」


「……どういう意味ですか?」


 シェリルは無意識に顔を怪訝けげんそうに不機嫌そうにゆがめていた。徒党の支援者予定の者に向ける態度ではない。普段のシェリルなら問題なく装い、愛嬌を振りまいていた。つまり、それが出来ないほどに動揺していた。


 カツラギはその反応を楽しむように笑っている。


「これは俺の持論なんだが、女のハンターには美人が多いんだ。ここで言うハンターってのは、ハンターとしてちゃんと稼いでいるやつらのことだ。ハンター登録をしただけの自称ハンターは別だ。美人の基準なんてものは人それぞれだろうが、それでもある程度の共通項、一定の基準はあるだろう。俺はそれを健康だと思っている」


「健康……ですか?」


「そうだ。肌の艶、髪の光沢、肉付きの状態など、より健康なほど美しいと判断されるってことだ。そういう点に限って言えば、稼ぐハンターは美人になるんだよ。健康状態が悪いと動きに支障が出るからな。危険な遺跡から生還するために、体調を万全に整えようと自然に気を使うんだ。その上で怪我けがや疲労の回復に高い回復薬とかを多用するから、細胞単位で怪我けがの治療を常にやっている。その時に肌荒れとかも一緒に治るんだよ。肥満もほぼあり得ない。荒野で激しい運動を続けている訳だからな。それに回復薬には余計な脂肪をエネルギーに変えて疲労を急激に回復させる製品もある。自然と健康が、美しい状態が保たれるって訳だ」


 シェリルはその話を興味深く聞いていた。同時に、自分ではどうしようもない内容に少し打ちしおれていた。


「回復薬による細胞単位での治療は、一種のアンチエイジングとも言える。ハンターの中に実年齢とかけ離れた若々しさのやつがいるのは大抵そういう理由だ。まあ、そういうやつらはたっぷり稼いでいる分、美容に使える金も多くなるって話でもあるがな。それで、そういう連中とお前を見比べると、ちょっと、な。アキラの知り合いのハンターも美人だったしな」


 カツラギはエレナ達のことを思い出していた。どちらもかなりの美人だった。あの時にアキラを連れ帰ったのだから、それなりに仲も良いのだろうと思っている。アキラがエレナ達の美貌に見慣れてしまい、美人の基準を引き上げていても不思議はない。そう考えていた。


 シェリルが少し声を震わせる。


「……それで、それを私に話してどうするんですか? そんなことを私に話して何の意味があるんですか?」


 どこか悔しそうなシェリルの様子を見て、カツラギが意味ありげに得意げに笑う。


「これから俺が話すことをお前がよりよく理解するための意味がある。お前に良いものをやろう。ちょっと待ってろ」


 カツラギはそう言い残してトレーラーの奥に戻っていった。奥からカツラギ達の声がする。


「ダリス! この前の試供品はどこに置いたんだ!」


「全然減らねえからっ突っ返すって言って、お前が奥に片付けたんだろうが!」


「そうだった! 分かった!」


 しばらくしてからカツラギが戻ってくる。そして持って来た大きめのバッグをシェリルの前に置く。


「待たせたな。これをお前にやろう。お土産だ。持って帰れ」


 バッグの中には消費期限が切れそうな保存食や、売り物にならない銃などが入っていた。どれもシェリル達には貴重な品だ。シェリルが慌てて頭を下げる。


「あ、ありがとう御座います」


 カツラギがバッグの中からある袋を取り出してシェリルに見せる。


「これには化粧品とか石鹸せっけんとかが入っている。試供品だがな。ハンター向けの回復薬とかを売っている企業が販売しているもので、そこらの安物よりは良い品のはずだ。これを使って、アキラにびを売るにしても、びを売られてうれしいと思われる程度の容姿は保っておけ。言っておくが、これは投資だ。アキラが何でお前を気に掛けているかは知らんが、今のところはお前はアキラが俺に遺物を売りに来る理由なんだ。アキラに捨てられて、その理由が無くなってしまわないように、お前も頑張ってくれ。良いな?」


 シェリルが少し笑顔を崩しながら何とか答える。


「は、はい」


「長い付き合いになることを期待してるぜ?」


 カツラギは不敵に笑っていた。そこには共犯相手に向ける親しみに似たものが混ざっていた。




 アキラは宿に戻る前にシズカの店に寄って弾薬補充を済ませることにした。店に入るとシズカがすぐにアキラに気付いて手招きする。そして態々わざわざカウンターの向かい側から手前側に移った。アキラはそれを少し不思議に思いながらも、素直にシズカのそばまで行き、いつも通りに注文を済ませようとする。


「シズカさん。また弾薬をお願いします。かなり消費したんで、今回は結構多めに……」


 シズカが注文を遮ってアキラをぎゅっと抱き締めた。


 アキラが突然のことに慌て出す。シズカの体温の温かさや柔らかな胸の感触に動揺しながら、困惑や気恥ずかしさなどを理由にシズカの抱擁から抜け出そうと僅かに力を込める。だがシズカはそれを分かった上で、構わずにしっかりとアキラを抱き締め続けた。


 やがてアキラが大人しくなる。するとシズカがそれを待っていたように優しい声で語りかける。


「エレナ達から話を聞いたわ。私もハンター稼業の危険さは知っている。時には無理をしないといけないことも知っている。だから危ない真似まねはするなとも、無理はするなとも言えない。だから代わりにこれだけは言っておくわ。無事で良かった」


 シズカは抱き締める力を最後に少し強めてからアキラを離した。


 アキラは微笑ほほえむシズカを見ながら少し驚きほうけるような表情を浮かべていた。だがすぐにうれしそうに笑って頭を下げた。


「御心配をお掛けしました。もう大丈夫です」


 アキラの返事は数日間昏倒こんとうしていた人間とは思えないほどしっかりしている。無理をしているのではなく本当に大丈夫なのだろう。シズカはそう判断して安心して微笑ほほえんだ。


「アキラが無事で何よりだわ。弾薬の補充ね? すぐに持ってくるわ。ちょっと待っていてね」


 アキラがシズカの戻りを待っていると、店に入ってきたエレナがアキラに気付いて笑ってそばまで来た。


「アキラ。目を覚ましたのね。こんなところにいるなんて、アキラが目を覚ましたら連絡しろってサラに言っておいたのに……」


 エレナが情報端末の通知に気付いて言葉を止める。そして内容を確認して苦笑した。


「今来た。遅い。サラめ。忘れてたわね」


 アキラがエレナに頭を下げる。


「エレナさんにも御迷惑をお掛けしました。いろいろ助けていただいて本当にありがとう御座いました。それとすみません。ベッドを占領していたみたいで」


「気にしないで。私達が一緒に寝ても大丈夫なぐらい大きいからね。それよりも、サラが無意識にアキラを抱き枕代わりにしてたけど、大丈夫? サラは身体能力拡張者だから、ああ見えて怪力なのよね。骨とか折れてない?」


 エレナは楽しげに微笑ほほえんでいた。アキラもぎこちなく笑って返す。


「だ、大丈夫です」


 多分全部冗談だろう。アキラはそう思い込むことにした。




 拠点へ帰るシェリルの足取りは重い。シェリルはいろいろ限界だった。


 アキラが拠点に顔を出さなかった所為せいで、徒党の人員から不信の目で見られていた。死ぬかと思った。やっと顔を出したと思えば、徒党の構成員がアキラに喧嘩けんかを売った。死ぬかと思った。カツラギという武器商人から思いっきり威圧された。死ぬかと思った。アキラから馬鹿なことをしたら殺すとはっきり言われた。死ぬかと思った。


 拠点に戻った後は皆に何もかも上手うまくいっているように装わなくてはならない。そして何もかも上手うまくいくように指示し続けなければならない。自信と余裕にあふれる姿を、徒党の者達にも、他の徒党の者達にも見せ続けなければならない。それが、演技ではなくなる日まで。シェリルはいろいろ限界だった。


 拠点の前に到着すると、ここまでシェリルを送ってきたダリスがバッグを地面に無造作に置いた。


「中までは運ばねえ。後は自分で運べ」


 カツラギの土産は銃器等も詰め込んだ分だけかなり重く、シェリルが運ぶのは少々きつい。加えて帰路で強盗にでも遭えば、折角せっかく土産を渡した意味が無い。そのため、カツラギが気を利かせてダリスを付き添わせていた。


 シェリルが丁寧に頭を下げる。


「分かりました。送っていただいて、ここまで運んでいただいて、ありがとう御座いました」


「まあ、お前も大変だろうが、頑張りな」


 ダリスはスラム街の子供にしては礼儀をわきまえているシェリルに若干の好印象を覚えると、その分の言葉を掛けて帰っていった。


 シェリルが重いバッグを何とか持ち上げて拠点に入ると、徒党の子供達が全員そろって待っていた。ボスを迎える態度としては正しいが、シェリルは表情を不機嫌そうにゆがめた。予想では1人欠けているはずだったからだ。その余計な人物に、内心の感情を乗せたきつい視線を向ける。エリオだ。


「とっくにいなくなっていると思っていたんだけど、まだいたの?」


 エリオはたじろぎながらもシェリルを何とかなだめようとする。


「シェ、シェリル、俺が悪かったよ」


「悪かった? 悪かったと理解できる知能があるのなら、とっとと消えなさい」


「ふ、普通の子供に見えたんだ。銃は持ってたけどそれだけで、すごいハンターには見えなかったし、だからシェリルがだまされてるとか、そんなこともあるかと思って……」


「普通の子供? 普通……ね」


 いろいろ言い訳をして一向に出ていく気配が無いエリオに、いろいろ限界だったシェリルが我慢の限界を超えた。内心の激情を表に出して怒鳴りつける。


「普通の子供!? 武装したハンター崩れ3人をあっさり殺すやつが普通!? そんなことが出来る子供が普通!? あんたの頭の中の普通って何!? 普通ならあんたにも出来るの!? それならあんたもやりなさいよ! 今すぐ遺跡に行って、遺物を取ってきなさい! 帰りに遺物を狙ったやつに襲われても、返り討ちにして戻ってきなさい! 出来るんでしょう!? やりなさいよ! 今すぐ!」


 激昂げっこうしたシェリルがそう叫んで荒い息を繰り返す。エリオはおびえて動かない。他の子供達はシェリルの剣幕けんまくに黙っていた。


 シェリルが皆に怒鳴りつける。


「その馬鹿を追い出しなさい! 早く!」


「ま、待ってくれ!」


「早く追い出しなさい! ボスの私が指示しているでしょう!? 私がボスだって認めたんでしょう!? 違うのなら、お前らも出ていけ!」


 エリオの近くにいた子供達が一度顔を見合わせる。そしてエリオの肩や腕をつかんで引っ張っていく。エリオは項垂うなだれたまま抵抗らしい抵抗を見せずに運ばれていった。


 シェリルがゆっくりと息を整える。冷静さを欠いていることぐらいは分かっている。更なる不手際を抑えるために冷静さを取り戻さなければならない。自分にそう言い聞かせて深呼吸を繰り返した。


 エリオと仲の良いアリシアという少女がシェリルに声を掛ける。


「シェ、シェリル……、エリオなんだけど……」


 シェリルは思いっきり叫び、内心にまっていたものを一緒に吐き出したおかげで、ある程度は冷静さを取り戻していた。今後の対処を落ち着いて考えられる頭に戻っていた。それでも、アリシアに厳しい表情を向ける。


「……分かってる。分かってるけど、今は駄目よ。徒党にエリオを置いておく訳にはいかないわ。アリシアもそれぐらい分かるでしょう? もっと徒党の人数が増えて、エリオが混ざっていてもアキラが気が付かないぐらいになるか、時間がってアキラがエリオのことを忘れるか、そうならないと無理よ」


 別の子供が少し驚いた様子でシェリルに尋ねる。


「徒党の人数を増やすのか? こんな状態で?」


「増やすわ。可能な限り。人数が少ないと出来ることも限られてくるわ。早くいろいろ出来るように、金を稼げるようにならないと不味まずいのよ」


「でも、こんな状態で人を増やして大丈夫なのか?」


「駄目でもやるの。出来るだけ早く何らかの利益を渡せるようにしないと、アキラに見切られるわ。アキラだって慈善事業で私達の手伝いをしている訳じゃないの。アキラに見切られたら、私達は終わりよ」


「で、でもどうやって……」


「アキラのおかげでカツラギという人の伝が手に入ったわ。その人にもある程度協力してもらえることになったの。それらを足掛かりにして、いろいろやってみるしかないわね」


 シェリルが床に置いていたバッグを開く。その中に入っている食料や武器を見て子供達が控えめな歓声を上げる。


「取りあえずアキラとカツラギさんのおかげでいろいろ手に入ったわ。ちゃんと計画を立てて配るから……」


 シェリルが勝手にバッグの中に手を伸ばそうとする者を見て、すごみの利いた声を出す。


「私の許可なく勝手に取ったら殺すわ」


 子供達の手が止まる。そしてバッグに伸ばした手をゆっくりと戻していく。


 シェリルは皆を見渡すと、これから彼らを率いて徒党を発展させなければならない苦労を想像して、深くめ息を吐いた。




 エレナが今日も風呂上がりに頭部装着型の情報端末を操作している。相変わらずの下着も着けずにバスタオルを巻いただけの格好だ。その姿を見て、サラが軽くあきれている。


「エレナ。アキラが帰ったからって、またそんな格好で家を彷徨うろついてるの?」


 アキラを泊めていた時は、エレナも流石さすがに自重していた。年下で眠っているとはいえ異性だ。アキラが急に目を覚ましても大丈夫なように、寝室の近くではちゃんと服を着ていた。だが今はもう家中を今の格好で彷徨うろついている。


 エレナは気にした様子を全く見せず、むしろシャツと下着しか身に付けていないサラの格好にあきれていた。


「別に良いじゃない。いつもその格好のサラに言われたくないわ。もしかして、アキラが起きた時もその格好だったの?」


「そうよ」


「サラ、何やってるのよ。少しは気を使いなさい」


「大丈夫。アキラの反応は悪くなかったわ」


「そういう話じゃないでしょう。全く……」


 あきれて軽く頭を抱えたエレナに、サラが笑って何でもないことのように付け足す。


「まあ良いじゃない。命の恩人へのささやかなサービスよ」


 エレナが少し驚いてサラを見る。サラは表情を少しだけ真面目なものに変えた。


「あの時に私達を助けてくれたのはアキラだったわ」


「……。そう」


 エレナの反応はサラの予想より大分落ち着いたものだった。サラが少し意外そうな表情を浮かべる。


「余り驚かないのね」


「私だって予想ぐらいはしていたわ。サラだってそうでしょう? ただ、私はアキラがそれを隠している以上、自分から確認しようとはしなかっただけよ。アキラが自分から話すとは思えないから、サラの方から聞き出したのね? 大丈夫だったの?」


 サラは軽い苦笑を浮かべながら、少し申し訳なさそうな態度を見せた。


「大丈夫よ。隠していたことを逆に謝ってくれたわ。結構強引に聞き出したのにね」


「それなら良いけど、いや、良くはないけど、無理に聞いたことをちゃんと謝ったんでしょうね?」


「ちゃんと謝ったわ」


「それなら良いわ。命の恩人だって分かった以上、それこそ死ぬほど世話になったのだから、あんまり迷惑を掛けちゃ駄目よ?」


「分かってるわ」


 そこまで話してから、サラが真剣な顔をエレナに向ける。


「それでエレナにお願いがあるんだけど、エレナにもいろいろ疑問とか聞きたいことはあると思うけど、それをアキラに聞くのはめてほしいの。他に人に話すのもめてほしいの。アキラとそう約束したの。お願い。本当にお願い。納得できないかもしれないけど、何も聞かずに約束するって言って」


 そう約束したのだ。だから何としてもうなずいてもらわなければならない。サラは親友に強い覚悟を持って頼んでいた。


 そのサラの意気込みに反して、エレナはあっさりと、だがしっかりとうなずいた。


「分かったわ。約束する。アキラに余計なことを聞いたりしない。誰にも話さない。安心して」


「……良いの?」


 サラは余りにも簡単に話が進んだことに軽く戸惑っていた。エレナが笑って続ける。


「言ったでしょう? 私だって予想ぐらいはしていたって。だからアキラがなぜ隠していたのか、何を聞かれたくないのか、それぐらいは想像できるわ。多分サラはシズカにもいろいろ聞いたんでしょう? 安心して。私も黙ってるわ。さっきも言った通り、私だって命の恩人に迷惑を掛ける気はないわ」


 サラが軽く驚いてから苦笑した。


「……全部お見通しか。私、そんなに分かりやすかった?」


「急に旧領域接続者について私に聞いてきたりもしてきたしね。サラ。本当に隠したかったら、下手なことを聞いたりしたら駄目よ? 何かを聞かれた相手は、それを聞く理由を想像するんだから」


 サラは納得しながらも自分の失態を悟って少しだけへこんだ後、気を取り直すように軽く笑った。


「……やっぱりエレナに私達の交渉役を任せたのは正解だったわ」


「まあ、そっちは任せておきなさい。今度アキラに会ったら、私からもちゃんとお礼を言っておかないとね」


 そこまで言ってから、エレナが不敵に楽しげに笑い出す。


「それでサラ。命の恩人の正体が分かったのだけど、相手が某富豪の御曹司ではなかった感想でも聞かせてもらえる?」


 サラが少し嫌そうに恥ずかしそうに表情をゆがめる。


「ちょっと、勘弁してよ」


 サラはアキラのことで少し悩んでいたが、それが解決したことで吹っ切れた。その我に返ったとも言える心境で少々恥ずかしい空想を指摘されたこともあり、珍しくかなり照れていた。


 エレナは少々気に病む様子を見せていた親友がすっかり立ち直ったのを見て、楽しげに笑っていた。

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