第19話 感謝と負い目
気が付けば、アキラはどこまでも真っ白な世界に立っていた。世界の作成を放棄したように果てなく白く、何もない。自身がそのような場所にいることに不安も不自然さも覚えない
近くにアルファが立っている。無表情で、視線はただ前に向けられていて、アキラに気付いている様子もない。動かす者のいない人形。アキラはアルファの横顔からそんな雰囲気を感じていた。
そのアルファが何かを話している。
「1回目。失敗。未到達。対象死亡による継続不能。支援方法を要検証」
記録をただ読み上げるような口調で話し続けている。
「2回目。失敗。未到達。対象死亡による継続不能。戦闘支援を要検証」
興味のない報告を続けるように話し続けている。
「15回目。失敗。未到達。依頼破棄による継続不能。対象は生存。負傷による依頼取り下げ。誘導方法を要調整」
「16回目。失敗。エリア1に到達。対象死亡による継続不能。戦闘支援方法を再検討」
ひたすらに話し続けている。
「87回目。失敗。エリア7に到達。対象死亡による継続不能。戦闘支援方法を再検討」
「88回目。失敗。エリア4に到達。依頼破棄による継続不能。対象は生存。続行意思喪失による依頼取り下げ。誘導方法を要調整」
延々と話し続けている。
「497回目。失敗。エリア9に到達。対象死亡による継続不能。戦闘支援方法を再検討」
「498回目。失敗。最終エリアに到達。依頼破棄による継続不能。対象と完全敵対。処理済み。消息不明。全般的な誘導方法を再検討」
「499回目。実行中。未到達。経緯確認中。以上」
アルファが話を終えた。すると世界から白さすら失われ、真っ暗になった。完全な闇の中にアルファの姿だけがくっきりと浮かんでいるが、その姿もすぐに薄れ、ぼやけ、消えていく。
一緒にアキラの意識も薄れていく。やがて全てが完全に消え去り、夢が終わった。
アキラが目を覚ました。妙な夢を見たという感覚は残っていたが、夢の内容は既に忘れていた。続けて自分が見覚えのない部屋のベッドで横になっていることに気付くと、その驚きで夢のことなど意識から完全に押し流された。
以前のアキラならば、見覚えのない場所で目を覚ましたことを自覚した瞬間、すぐに飛び起きて周囲を必死に警戒していた。しかし今は驚いてはいるもののその警戒心は薄く、寝起きで意識を少し鈍らせたままだ。
そのかつてなら致命的でさえある緩みの原因は、危険な路地裏以外の場所で目覚めることに慣れてきた日々の生活であり、普段使用している宿よりも安全で上質な部屋の雰囲気でもある。だが一番の理由は、そろそろ見慣れてきた人物が危険など無いと知らせるように
『お早う。アキラ。よく眠れたみたいね』
アキラが身を起こして状況を把握しようとする。部屋には生活感があり、どこかのホテルなどではない。戦闘で体に付着した血や泥が
『お早う。アルファ。ここはどこだ?』
アルファはその問いに答えるように部屋のドアを指差した。するとそこからサラが入ってくる。そしてアキラを見て少し驚いた様子を見せた。
「アキラ。目を覚ましたのね」
サラは大きめのシャツに下着だけという、いろいろと隙の多い格好だ。その随分と気を抜いた姿は、ここがそれだけ安全な場所であると自然に示し、見知らぬ部屋にいるという警戒をアキラからほぼ完全に取り去った。ただしアキラの中で、別の意味での困惑と戸惑いは大きくなった。
「気分はどう? まだ起きるのが
「えっと、大丈夫です」
いろいろな意味で戸惑いはしているが、体調自体は申し分の無い状態だ。それを示す意味を含めて、アキラはしっかりと答えた。この様子なら大丈夫だろうと、サラも安心して笑って返す。
「そう。良かったわ。ここは私とエレナの部屋よ。アキラの荷物は向こうに置いてあるから安心して。服も洗って一緒に置いてあるわ。着替えるなら持ってくるけど、どうする?」
「あ、自分で取ってきます」
「いいのよ。お客さんなんだからゆっくりしていて。持ってくるわ。ちょっと待っててね」
アキラは状況に流されていた。だがサラが部屋から出ていきドアが閉まると、途端に慌てだした。
『アルファ。どうなってるんだ!?』
『取り
『いや、そう言われても……』
『私から聞いたとは答えられない以上、急に知らない場所で目を覚ました人間が事情を詳しく知っていたら不自然でしょう? まずはサラに聞きなさい。私からの説明は、その後。分かった?』
『あ、ああ』
アキラはそのまま落ち着かない様子でサラの戻りを待つ。安全な場所にいるのに落ち着けないという経験に戸惑いを覚え、それを自覚して更に戸惑い、もっと落ち着けなくなるという状態だった。その
それらの要因に加えて、サラに見られながらということもあり、少しぎこちない手付きで着替えていると、それを病み上がりの
「アキラ。手伝った方が良い?」
「だ、大丈夫です」
「そう? 病み上がりなんだから、無理をしちゃ駄目よ?」
優しく気遣われることに不慣れな
その後、サラが現在の状況をアキラに話し始める。
「先に言っておくわね。アキラが倒れてから、もう3日
サラは驚くアキラの
アキラが意識を失った後、エレナ達はすぐにアキラの容態を確認した。致命的な外傷無し。回復薬を短時間で大量に使用して負傷箇所を急速に強引に治療した結果、自然治癒とは少々異なる古傷のような
最悪でも小康状態。致命傷にはほど遠い。エレナ達はアキラの容態をそう判断すると、まずは
その後、エレナ達は一向に目を覚まさないアキラを自宅に連れ帰ると、目を覚ますまでベッドに寝かせておくことにした。命に別状はないが、恐らく数日は目を覚まさない。原因は回復薬の過剰摂取によるもの。そう判断してのことだ。
東部で広く出回っている回復薬の中身は、基本的に治療用ナノマシンと各種薬剤の混合物であり、要は壁の穴を塞ぐ材料と道具のセットだ。高級品はナノマシンが細胞そのものの代用品となり、負傷箇所を塞ぐこともある。
便利だが弊害や副作用もある。負傷による細胞の破壊と、治療による再生。それが短時間で大量に繰り返された結果、使用者が急激に老化することもある。ナノマシンが負傷した状態を正常な状態だと誤認して回復を阻害することもある。
アキラの
そしてエレナ達の予想通り、アキラは3日間眠り続け、
話を聞き終えたアキラが丁寧に頭を下げる。
「命を助けてもらった上にいろいろ面倒を見ていただいて、本当にありがとう御座いました」
「良いのよ。気にしないで」
アキラはサラの気遣いを
「えっと、一応俺も緊急依頼で助けてもらった……ってことになるんですよね? 助けてもらった身でこんなことは言い
支払いたいとは思う。だがその意思はあっても、無い袖は振れない。近日中に金が入る予定も無い。事実を言っているだけなのだが、ある意味で、取り立てようとしても無駄だと言わんばかりのことを言っていると自覚して、アキラは自分でも厚かましいと思い、軽く
だがサラはあっさりと軽く首を横に振った。
「さっきも言ったけど、私達が勝手にやったことだから気にしないで。私もエレナもアキラに緊急依頼の代金を請求するつもりはないわ」
「良いんですか? ……いや、でも、それは……、うーん……」
有り難いとは思うが、それもどうかとも思い、アキラが渋る。しかし渋ったところで、支払い能力が無い事実に変わりはない。その
「……じゃあ、報酬の代わりに、一つ頼んでも良いかしら。聞きたいことがあるから、正直に話してもらってもいい?」
「そんなことなら、はい。何ですか?」
その程度のことならばと、軽く笑って答えたアキラが僅かにたじろぐ。サラは非常に真剣な表情でアキラをじっと見詰めていた。そして僅かに
「クズスハラ街遺跡で私とエレナを助けてくれたのは、アキラよね?」
アキラが固まった。
サラはアキラが眠っている間に、1人でシズカの店を訪れていた。雑談の中でアキラの話を聞いたシズカが苦笑を浮かべている。
「モンスターの群れと交戦するなんて、アキラも大変だったようね」
「しかも日に2度もよ?
「それでも大きな
「エレナなら近くでカツラギの護衛と監視をしているわ。私はちょっと抜けてきたの」
「そう。……それで、本題は?」
談笑を続けていたシズカが、気を切り替えるように少し真面目な様子を見せる。シズカはサラの本当の用件を何となく察していた。
察せられ、促されたことに、サラが軽い驚きと僅かな苦笑を見せた。そして少し真面目な態度になる。
「以前にクズスハラ街遺跡で私達が誰かに助けられたって話はしたわよね?」
「ええ。サラが何度も話してくれたから、細かい内容までちゃんと覚えてるわ」
「シズカは、それが誰か知ってるんじゃない?」
サラはシズカをじっと見ている。シズカはその強い視線にも目立った反応を見せずに、サラの様子を見て、少し思案してから聞き返す。
「何でそれを私に聞くの?」
「シズカは勘が良いから」
「そう。そういうことなら私の返事は、知らない、よ」
「シズカ」
サラは少し強い口調でシズカの名を呼び、真剣な表情で相手の目をじっと見ていた。無意識にハンターとしての威圧を
しかしシズカは動じない。ハンターを相手に商売をしているのだ。その手の耐性は付いていた。何よりも、目の前の友人を、良い意味でよく知っている。慌てる必要は全くなかった。落ち着いた口調で少し言い聞かせるように答える。
「私が本当に知らないし、心当たりもないのなら、知らない。私が勘でそれが誰なのか何となく気付いていたとしたのなら、それが間違いだった時に相手にもサラにも迷惑が掛かるから、知らない。知っているけれど、当人から黙っていてくれと頼まれていたら、話したらその人からの信頼を踏みにじることになるから、知らない。相手から口止めはされていないけれど、知られたくないと思っているようなら、私が口を出す問題ではないし、客が嫌がる話を
サラは黙ったまま僅かに表情を
「それに、本当の本題はそんなことじゃないんでしょう? サラはその人物が誰なのか、明確に予想している。そして、サラの直感はそれが正しいと判断している。でも理性的な経験はそれが誤りだと判断している。だから否定する判断材料を、私に消してほしかった。たとえそれが私の勘でも。そうでしょう?」
図星だった。正確には、そう指摘されて、サラは
紙に書かれていた子供が書いたような汚い字。ペンダントに加工した弾丸を見た時のアキラの反応。そしてアキラが所持していた回復薬。アキラの所持品を整理した時に見付けたものは、遺跡で譲ってもらったものと同じものだった。それらがサラに遺跡で自分達を助けてくれたのはアキラだと判断させた。
しかしいずれも決定的な証拠ではない。そして何よりもサラのハンターとしての経験が、アキラの実力では、あの状況で、あの戦力差を覆して自分達を助けるのは不可能だと判断していた。
判断に迷ったサラはシズカの勘に頼ろうとした。シズカの勘の鋭さは自分もエレナも認めている。そして鋭い勘は時に理性的な判断を覆す納得できる理由になり得る。サラはシズカに自分達を助けた人物はアキラだと、その勘で肯定してほしかったのだ。
それに気付いて僅かに戸惑っているサラに、シズカが更に続ける。
「ところで、サラは何をどこまで知りたいの? 単に命の恩人が誰か知りたいだけ? それともそれに付随するいろいろな疑問を隅々まできっちりはっきり納得するまで知りたいの?」
「そ、それは……」
サラは答えられなかった。聞きたいこと、知りたいことは幾らでもある。しかし聞かなければならないことは、知らなければならないことは、その極一部だ。
「よく考えて聞きなさい。聞きたいことと聞かなくてもいいことを、しっかり伝えてから聞きなさい。誠意を持って聞きなさい。それで
知らないと言われ、本当ならば別人だ。
本来ならアキラが目覚めた後に聞けば済むだけの話だ。しかし自分はそれをなぜか
尋ねて、それを否定されるのが嫌だった。理由はそれだけだ。サラはそれを
いろいろと自覚したサラがシズカを見て思う。恐らくシズカは自分が
それをシズカに尋ねるのは
「分かったわ。その時になったら自分で聞いてみる。ありがとう。シズカ」
シズカも安心したように笑って返す。そして、笑みの種類を少しだけ別の意味で楽しげなものに変える。
「どう致しまして。それじゃあ、参考までに私の勘をちょっと話しておきますか。サラは旧領域接続者って知ってる?」
「旧領域接続者? 聞いたことがあるような……」
「詳しいことはエレナに聞いてみなさい。彼女ならよく知っているはずだから。簡単に説明すると、旧世界のネットワークによく分からない方法で接続できる人間のことよ。その場の遺跡の構造や、そこにいる人間やモンスターの位置を正確に把握できる人もいるらしいわ。便利な反面、その便利さの
サラがシズカの話をアキラに当て
サラがじと目でシズカを見る。
「……良い勘をしているわね。初めからそれを話す訳にはいかなかったの?」
シズカが少し楽しげに笑う。
「いろいろと決めていない人に話したら大変でしょう? 頑張りなさい」
サラはシズカの返事に納得してしまい、少し悔しそうに
シズカから旧領域接続者の話を聞いた日の夜、サラが風呂上がりのエレナに少し唐突に質問する。
「エレナ。旧領域接続者って知ってる?」
エレナは体を拭くのもほどほどにして、頭部装着型の情報端末を操作していた。下着も着けずにバスタオルを巻いただけの、いろいろとだらしない格好だ。サラが以前にそれを指摘すると、防水だから、という返事が返ってきたので、以降は何も言わないことにしている。
エレナが少し意外そうな態度を返す。
「旧領域接続者? サラがそんなことを聞くのは珍しいわね」
「ちょっとね。シズカがエレナなら詳しく知ってるって言ってたから」
「具体的には何が知りたいの? わざわざ私に聞くってことは、ちょっとネットで調べれば分かるようなことを知りたい訳じゃないんでしょう?」
サラとしてはその基礎的な知識から知りたかったのだが、正直にそう話すとエレナが怒りそうだったので言い方を変える。
「有効性と危険性。本人と周辺の両方で」
「面白いこと聞くのね。じゃあ、本人の有効性から」
エレナは少し楽しげに話し始めた。
旧領域接続者の有効性は多岐に
しかし旧領域接続者はそういった機器を一切使用せずに旧領域に接続できる。接続方法は不明で、企業の研究班の努力にも
「それ、そんなに
少し不思議そうに口を挟んできたサラに、エレナはあからさまに分かっていないと言いたげな表情を浮かべた。
「これは物
「エレナの情報端末とかの通信も? でもあれは色無しの霧が濃いと駄目になるんでしょう?」
「あれは別の通信機能で動いているのよ。都市を中継局にした短距離通信とかでね。だから色無しの霧の影響で使えなくなったりするの。情報端末レベルで色無しの霧を無視した通信が出来れば、一体どれだけ便利になるか。常に高濃度の霧が懸かっている遺跡の調査とか
旧領域は現存する多数の遺跡、特に現在でも正常稼働している貴重な施設の通信網で構築されている。その施設の
ただし人間の脳を介して接続する
「脳死って、そんな可能性があるの? 私達も危なかったりする?」
少し慌てだしたサラを見て、エレナが笑って安心させる。
「遺跡に行っただけでそんな目に遭う確率は極めて低いから大丈夫よ。少なくとも、モンスターに襲われて死ぬ確率の方が
「まあ、そうだけど……」
「それに旧領域接続者は旧領域に接続して遺跡の場所や構造を把握できるって話もあるわ。非常に高精度な遺跡の地図を売る地図屋は、旧領域接続者だと疑われて大企業に
「……そうか。そうよね」
サラが軽い
「……旧領域接続者って、良いことばかりじゃないのね」
「正確には、極めて良いことばかりなので、寄ってたかって食い物にされるってとこね。統治企業とかに確保されたのなら、自由と引き替えに良い生活が出来るんでしょうけど。そこらの裏稼業の連中に捕まったら、それこそ
エレナはサラが自分の得意分野の話に興味を持つのを珍しく思いながらも
それは旧領域接続者から信用を得るのがどれほど困難なのか理解したという意味でもある。サラはアキラが目覚めたら、それを本当に尋ねるべきなのか、少しだけ、迷った。
アキラは軽く頭を抱えていた。エレナ達を助けた人物が自分だとサラに知られてしまったからだ。ただそれをそこまで深刻な問題とは考えていなかった。エレナ達を助けたのを隠していたのは、その動機や手段などを説明するのが面倒だから。アキラの認識はその程度だ。
アキラは旧領域接続者だ。しかしその自覚はない。旧領域接続者という単語自体知らない。アルファを認識できるのも、
アルファのことは話せない。どうやってごまかそうか。そう悩み始めた時、アキラはサラが自分を驚くほど真剣な目で見詰めていることに気が付いた。そしてそのサラの真剣な態度に
サラはそのアキラの態度を自分達に対する不信だと捉えた。それを払拭する
「アキラにもいろいろ事情があると思う。だから余計な詮索はしない。知りたいのは、私達を助けてくれた人がアキラかどうか。それだけ。私達を助けた理由も、方法も、他の事情も聞かない。聞いたことを誰かに話すような
サラに
「どうしても話したくないのなら、私も諦める。二度と聞かない。だから最後にもう一回だけ聞くわ。……クズスハラ街遺跡で、私とエレナを助けてくれたのは、アキラよね?」
サラの言葉はもう懇願に近い。命の恩人がここまで必死になって尋ねている。アキラはそれを感じて観念した。
「はい。そうです。俺です」
それで場の雰囲気が一気に
「黙っていてすみませんでした。その、俺にもいろいろありまして」
「いいのよ。約束した通り深くは聞かないわ。それよりも……」
サラは軽く首を横に振った後、アキラの手を握った。
「エレナを助けてくれて、私を助けてくれて、本当にありがとう。……やっと、ちゃんとお礼が言えたわ。ごめんね。無理
サラは笑顔で礼を言った後、申し訳なさそうにそう続けた。アキラが動揺しながら慌てて答える。
「気にしないでください。俺も命を助けてもらいました。お互い運が良かった。それで良いじゃないですか」
「そう? ……そうね。アキラがそう言うのなら、そういうことにしましょうか。ありがとう。本当に感謝しているわ」
「……いえ、どう致しまして」
サラはいろいろと気が晴れて、とても
サラの感謝の言葉を聞いたアキラの心には、痛みを伴う何かが奥まで
アキラがサラと一緒に食事を取りながら談笑している。先ほどの会話の後、眠っていて数日食事を取っていないアキラの腹が少し大きめに鳴った。それを聞いたサラが軽く笑いながら食事を勧めたのだ。命の恩人の勧めでもあり、アキラには断れなかった。
テーブルの上には最近のアキラの主食である冷凍食品とは格の違う料理が並んでいる。調理時間が随分と短く、聞き覚えのある音も聞いたが、アキラは気にしないことにした。とても
談笑の中で、サラがアキラに助けられた時のことを話題に出す。襲撃者達の所持品の売却金が予想以上に高額になったことも伝える。ホテル暮らしなどで特定の住居を持たないハンターには、ほぼ全財産を常に持ち歩いている者もいる。金を預金口座に預けておくと債務回収などの理由で合法的に引き出されてしまう者に多く、彼らもその類いだった。
サラ達の金銭問題はその大金のおかげでほぼ解決した。装備を調え直した後はハンター稼業も順調で、稼ぎも増え、更に装備を調えて遺跡探索の成果も上がった。その好循環が続いたおかげで、落ち目のハンターからは完全に抜け出して、以前よりも稼げるようになっていた。サラはそれを感謝の言葉と一緒に伝えた後で、アキラにその分の金を渡すと言ったのだが、断られた。意外そうな表情で一応確認を取る。
「あいつらを倒したのはアキラなのに、本当に要らないの? 結構な額よ?」
「はい。俺は拾わずに帰った訳ですから、今更どうこう言うつもりはありません」
「うーん。そう言われてもね。命を助けられて、私達の資金難も解決してもらって、それで何にも返せないってのも心苦しいのよね」
アキラの態度を見る限り受け取りそうにない。恩返しに無理強いしては本末転倒だ。しかし少しぐらいは恩を返しておきたい。サラがそう思って
「そういうことなら、今回助けてもらった緊急依頼の代金をそれで先払いしたってことにしてください。代金の相場とか知らないんで、それで足りるのかどうかはよく分かりませんけど。俺も世話になったのに何も出せないのは心苦しいので、それで相殺ってことでお願いします」
「そう言われたら仕方無いわね。分かったわ」
サラとアキラはお互いに恩人の顔を立てて軽く苦笑した。
その後の話題で、サラ達が資金難を解消した後、エレナが真っ先にサラのナノマシン補給を強行した話が出てきた。その流れでサラの体、ナノマシンによる身体拡張者の話に話題が移る。
「それでね? ナノマシン系の身体拡張者は、予備のナノマシンを体の一部に確保していることがあるの。私の場合は胸よ。外付けのカートリッジにする人もいるけれど、カートリッジをなくしたりしたら大変だから私は
サラが自身の胸を指差す。予備のナノマシンの保管庫にもなっている胸は、ナノマシンの保有量としても、女性的な魅力としても、十分な豊満さを取り戻していた。
「その手の身体拡張者はナノマシンの消費量の具合で体型が変わることが多いの。服のサイズが大幅に変わるのよ。その都合でちょっと見苦しい格好なのは勘弁してね?」
サラの格好は
その良い意味でも悪い意味でも魅力的な体の持ち主の前で、アキラは平静を装っている。
「いえ、俺は別に構いませんが……」
だがサラはアキラの視線の微妙な動きに気付いていた。そして少し誘うように
「……興味があるなら、命の恩人だし、ちょっとぐらいサービスするけど?」
「
僅かに顔を赤くしたアキラを見て、サラは楽しげに笑っていた。
アルファが不満げな態度を隠さずに文句を言う。
『何か私と態度が随分違うわね。体型とかなら私が勝っているはずよ? 何なの? 着エロなの? それがアキラの趣味なの?』
『黙ってろ』
アキラは表情を変えないように注意しながらアルファの文句を切り捨てた。そして話題の切り替えを試みる。
「体格が変わるなら、遺跡に行く時の戦闘服とかはどうするんですか? 強化服とかは個人用に調整とかが必要なものもあるんですよね? 毎回調整するんですか?」
「私は可能な限り伸縮性が高くて着
「まあ、一応は」
アキラはシズカからその服を
東部に生息するモンスターは、基本的に西側ほど弱く、東側ほど強い。最前線とも呼ばれる東端では、戦車や人型兵器でなければ交戦が困難なほどに強力なモンスターが
アキラがサラから聞いたモンスターの話に半信半疑の表情を浮かべる。
「……本当にそんなやつがいるんですか? ポリタンクに脚が生えた機械なんて……、いや、そもそもそれはモンスターなんですか?」
「本当よ。ポリタンクの中に可燃性の液体燃料が入っていて、人や車を見付けると近付いて爆発するの。だからモンスターとして扱われているわ。
サラはその当時を思い出してしみじみと話していた。それがアキラに対象の実在を実感させ驚かせていた。
「何でそんなやつがいるんでしょうね」
「年月が
その後もハンター稼業関連の雑談が続く。興味深く話を聞く駆け出しハンターと、自身の経験を少し
帰宅の準備を終えたアキラが玄関でサラに頭を下げている。
「いろいろありがとう御座いました。では、これで失礼します」
「病み上がりなんだから、気を付けてね」
「はい」
帰ろうとするアキラに、サラが少し迷ってから尋ねる。
「アキラ、その、今日のことをエレナにも話して良い?
「下手に広めたりしなければ構いません。シズカさんも知っていますしね」
「……やっぱりシズカは知ってたか」
「ちょっと鎌をかけられて、バレました」
苦笑を浮かべたサラに、アキラも苦笑を返した。
「そう。教えてあげる。シズカは
「分かりました。サラさん。お世話になりました。エレナさんにも
アキラは軽く会釈してサラ達の家を後にした。
宿まで戻ったアキラは、自室で少し
アルファが少し心配そうな表情で尋ねる。
『大丈夫?』
「…………ああ」
アキラは表情も口調も返事とは逆の様子で答えた。するとアルファが少し強めの口調で続ける。
『言っておくけれど、私に隠し事をしようとしても無駄よ? 私はずっとアキラの
アキラは黙ってアルファを見ている。アルファは優しく
「……礼を言われるのが
アキラにはエレナ達を助けたつもりなどない。エレナ達を襲った連中を殺す口実にしただけだ。そのエレナ達に命を救われた。自分などを助けてくれたことを深く感謝している。
その命の恩人から身に覚えのない礼を、相手を利用さえしていたことに対して感謝を告げられたことが、アキラに心を
アルファが思案する。アキラの中には何らかの基準が存在している。だがその基準の内容は分からない。少なくともその何らかの判断基準では、今回の件は借り貸しの相殺にはならず、
アルファは誰よりもアキラを理解しようとしている。誰よりも、アルファ自身の
アルファが優しく
『そう。それなら次はちゃんと助けてあげなさい。それで良いと思うわ』
「……そうか?」
『そうよ。そうすればそれで今回の件はアキラの中で相殺されるのよね? それでアキラは気が楽になるし、エレナ達は助かる。私はそれで問題ないと思うけれど、違うの?』
アキラは
「……。そうだな。確かにそうだ。その通りだ」
アキラは自身に言い聞かせるように強く
「ありがとう。大分気が楽になった」
元気を取り戻したアキラに、アルファが不敵に
『それは良かったわ。それならアキラはその次の機会にエレナ達をちゃんと助けられるぐらいに強くなっておかないといけないわね。それぐらい分かって言ったのよね?』
「あ、ああ」
『良い意気込みだわ。大丈夫よ。これからも訓練はどんどん厳しくなっていくから、アキラもすぐにそれぐらい強くなれるわ。これからも頑張ってね』
「も、
アキラは
意気を取り戻したアキラが、ふと何かを忘れていることに気付く。
「アルファ。俺は何かを忘れてないか?」
『日々アキラをサポートする私への感謝とか?』
「いつもありがとう御座います。で、何か知らないか?」
『そういえば、あれから3日
「……あっ!」
アキラはシェリルに拠点に来てほしいと頼まれて、一応顔を出すと約束していた。いろいろと不可抗力があって行けなかったが、随分と必死に頼んでいたので、一応行くつもりではあったのだ。
大分遅れてしまったが、いろいろあったのだ。仕方無いだろう。アキラはそう言い訳して、今更ながらシェリルの拠点に向かった。
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