第12話 殺しの理由
アキラが遺跡の
「アルファ。あと何人だ?」
『3人死んだわ。残りは5人よ。
「あの状況で、自力で2人も何とかしたのか。
『そうね』
アルファの反応に、アキラは表情を少し硬くしていた。アルファは不機嫌な態度を隠しもせずに、その不機嫌さに応じた表情と口調で話していた。
「……えっと、彼女達を助けるのがそんなに嫌だったのか?」
アキラは珍しく、相手の機嫌をこれ以上損ねないように、どこか下手に出ているような態度を取っていた。それに対し、アルファは
『そんなことはないわよ? 私も人助けは良いことだと思うわ。ただ、私からの依頼を引き受けたアキラが、大して強い訳でもないのに、私の依頼を完遂するまで死ぬ訳にはいかないのに、会ったことも話したこともない赤の他人の
アルファのサポートは無償ではない。アルファの依頼の報酬、その前払分だ。自分がその依頼とは無関係なことで死んでしまえば、アルファにとっては前金だけ持ち逃げされたのと変わらない。それが不機嫌な理由だろう。そう判断したアキラは少し負い目を感じてたじろぐと、軽く言い訳する。
「いや、それはほら、アルファの
『私のサポートをそこまで信頼してもらえるなんて、本当に
アキラはアルファの力強い
男達に誘導されていたモンスターがまだ大分離れた場所にいた頃、アルファは既にその存在を探知していた。また、そのモンスターがアキラには手に負えないことも把握していた。その
そしてその状況をアキラにも伝えていた。事前に知らせておくことで、戦闘発生時に速やかに移動させて、アキラを巻き込ませないようにする
だがそこでアキラはアルファには予想外の行動を取った。早めに避難するどころか、エレナ達との距離を縮めてまで様子を探り始めたのだ。
そしてエレナ達の状況が致命的に悪化した時、アキラはかなり不機嫌な様子で、どこか思い詰めた表情で、アルファには更に予想外なことを言い始めた。
「アルファ。アルファのサポートがあれば、俺があの連中を皆殺しにすることは可能か?」
『彼女達を助けるつもりなの?』
「無理か?」
可能ならば実行する。アルファがその意図を読み取って少し
『可能か不可能かという話なら、可能よ。でも危険なことに変わりはないわ。無理に関わる必要はないと思うわよ?』
「アルファの
『状況にも
「つまり、何とかなるんだな?」
否定に類する答えを返せばサポートの質を疑われる。それは差し障るので肯定するしかない。アルファはそう判断した上で、アキラがやけに固執する理由を推測できず、
『なるわ。でもそうする理由ぐらいは話してもらえる? その理由に適した具体的な行動指針を決める必要があるの』
アキラが黙る。その理由を口に出すのを
アルファはアキラの表情などからその不機嫌、
しかもその負の感情は、以前にアキラが遺跡で襲撃された時よりも強い。前回のようにアキラ自身が襲われている訳でもない。襲われている者も別に知人でもない。それにも
だが現在のアキラの精神状態を、そこまで強い負の感情を誘発する理由としては弱い。アルファはそう結論付けた。
沈黙が流れる。アキラはそれを、答えない限り手伝わないという意味に捉えると、少し考えてそれらしい理由を口にする。
「……ああいうやつらが遺跡にいたら、また俺が襲われるかもしれないだろう。これから何度もここに来るんだ。ああいう連中は今のうちに殺しておいた方が良いじゃないか。……それに、ほら、俺に幸運はもう残ってないって言ってただろう? 彼女達を助ければちょっとは運が良くなるかもしれない。運っていうのは日頃の行いで良くなったりするものなんだろう? ちょうど良いじゃないか」
アルファがその返答を聞いて思案する。
アキラが述べた理由は建前だ。男達の皆殺しが前提として存在し、それを実行する
恐らくアキラの中には自分でもよく分かっていない何らかの基準が存在している。そしてその基準で判断した結果、彼らは殺すべき人間に分類されたのだ。アルファはそこまで推測したが、やはりその基準までは推測できなかった。
また
「アルファの物
これ以上問答を続けると、今アキラが抱いている感情が、僅かとはいえ自分にも向けられる恐れがある。更に自分のサポートに対する信頼を大いに損ねる危険性もある。アルファはそう判断した。
アルファにとって、彼らの命など全く重要ではない。アキラへの御機嫌取りの
『何を言っているのよ。私のサポートがあれば余裕よ。簡単だわ』
「そうか。それなら頼むよ」
『良いわよ。さっさと済ませましょう。まずは移動するわ。こっちよ』
アルファはアキラの頼みを引き受けた。これにより本来エレナ達ともブバハ達とも何の関係もないところでブバハ達の命運は尽きた。
アキラはアルファのサポートを十全に受けてブバハ達を奇襲した。安全な狙撃位置からブバハの眉間に弾道予測の線を合わせ、何の
『アキラ。移動よ』
「了解」
指示通りに遺跡の路地を抜け、ビルを通り抜けて、
撃ち出された弾丸が男の頭部に命中する。
『アキラ。移動よ』
「了解」
アキラは他の男達に自身の位置を割り出される前に次の狙撃位置に移動し続ける。アルファの指示は絶妙で、男達にアキラの位置を
「……それにしても、結構近い距離から狙っているのに、気付かれないものなんだな」
『見付かり
「色無しの霧の
『全然違うわ。クズスハラ街遺跡での私の索敵能力は、彼らの安物の情報収集機器とは雲泥の差があるの。向こうだけ目隠しして戦っているようなものよ。それぐらいの差がないとアキラの実力で彼らに勝つのは不可能よ。だからこの状況を自分の実力だと勘違いしないでね。彼らは別に弱い訳ではないの。あの程度の相手なら楽勝だ。そんな勘違いは絶対に
「分かってる」
アルファが力強く
『それなら良いわ。……本当に、
「わ、分かってる」
アキラは少し焦りながら答えた。本心で答えたのだが、調子に乗っているとでも思われたかもしれないと思い直して、気を引き締めて先を急いだ。
アルファはそれを分かった上で
男は恐怖で震えていた。既に生き残りは彼だけになっていた。仲間達は全員死体となって遺跡に転がっている。このままだと自分もそれに加わることになる。その理解が、男の恐怖を
「……ち、畜生……、どうなってやがる。この色無しの霧の中で、何であんなに的確に狙えるんだ? そんな
クズスハラ街遺跡は既に寂れている遺跡のはずだった。外周部は粗方遺物を収集され、奥部はモンスターの強さから割に合わないと判断されて、今回の
「ブバハの野郎、ここにいるのは落ち目のハンターぐらいだ、だと? 適当なことを言いやがって。あいつの
ブバハの誘いに乗って他のハンターの襲撃に荷担したのは彼自身の意思だ。それを棚に上げて
色無しの霧は大分晴れ始めている。だが男にはそれが自分の状況を好転させるものには思えなかった。自分達を狙う誰かは、あの色無しの霧の影響下でもあれだけの腕前を見せたのだ。霧が晴れれば、より精密に的確に自分を狙うだろう。そうとしか考えられなかった。
色無しの霧の影響が薄れた
このままだと殺される。男もそれぐらいは分かっていた。男は悩みに悩み、生き残る
「俺の負けだ! 降伏する! だから助けてくれ!」
男は遮蔽物のない路上に出て、両手を挙げたまま周囲を見渡す。
「お、俺はあいつに、ブバハの野郎に無理
男は落ち着かない様子で周囲を見渡している。
「わ、悪かった! もう二度とこんな
男が恐怖で引きつった表情を浮かべながら相手の反応を待つ。声も姿も銃弾も、反応は何も返ってこなかった。
「本当だ!
男が安価な強化服を脱ぐ。すると路地の影からアキラが出てきた。
男がアキラを見て驚く。相手が子供だとは思っていなかったのだ。そして同時に
(た、助かった。取り
次の瞬間、男はアキラに撃たれた。弾丸は男の胴体の真ん中に命中していた。
訳が分からず混乱している男の頭に、少し前に見た似たような光景が浮かんだ。ブバハに撃たれたサラの姿だ。自分もナノマシン系の身体能力強化拡張者だと勘違いされたのだろうか。消えかける意識の中で浮かんだその考えが、その意識と命ごと消えていく。
「お……、俺は……、違……う……」
男は最後に見当違いなことを
アキラが男を見ながらアルファに確認する。
「これで全員だよな?」
『そうよ。これでお
アキラが不思議そうな表情を浮かべたので、アルファが質問の補足をする。
『殺す気ならもっと早く撃てばよかったでしょう? でもアキラがなかなか撃たなかったから、彼を助ける気でもあったのかと思ったのよ。それを
「ああ。そういうことか。初めから殺す気だった。でも黙って待っていればもっと安全に殺せそうだったから待っていただけだ。あいつらは弱い訳じゃない。勘違いするな。そう言ったのはアルファだろう?」
『確かにそう言ったわ。なるほど。納得したわ。慎重なのは良いことよ。でも、相手に時間を与えると危険なこともあるから、その点は注意してね』
「分かった」
アキラは素直に
アキラ。エレナ達。ブバハ達。この場には運の悪い者が集まっていた。
そして賭けに負け、無理が
エレナ達がビルに立て籠もって
サラが警戒を僅かに緩める。
「終わった……のかしら?」
エレナが情報収集機器の反応を確認する。
「周辺の反応はほぼ消えたわ。残っている反応は、私達以外は一つだけ。多分あいつらと戦っていた誰かの反応よ」
情報収集機器は色無しの霧の影響から大分回復している。この状態ならば自分達を襲った者達とそれ以外の反応を見間違えることはない。しかし、残りの反応が味方である保証はない。
「エレナ。その誰かの反応は、こっちに来そう?」
「その様子はないみたいだけど……。結局何だったと思う?」
「楽観的に考えるなら、偶然近くにいた誰かが私達を助けてくれたってことになるわね。8対3、いや、私達を除けば8対1なのにも
サラは希望的観測の方を口に出し、懸念の方は口に出さずに
(お人
エレナは情報収集機器に表示されている誰かの反応を確認していた。そしてその反応が遠ざかっていくことに気が付いた。
(こっちに来る気はなしか。……助けた報酬を求めるつもりなら、すぐにこっちに来ても良いはず。助けた相手の様子を確認しようとする様子もないのは、余計な
考えている間にも反応は遠ざかっていく。エレナは少し迷ったが、その反応を追いかけることにした。
「ちょっと行ってくる。サラはここで待ってて」
「大丈夫なの?」
「色無しの霧は大分晴れたし、反応からは敵対する様子もないし、大丈夫よ。無理はしないわ。助けてもらった礼ぐらいは言っておかないとね」
エレナは少し心配そうなサラを笑って安心させると、手早く準備を済ませて1人でビルから出ていった。既に情報収集機器による索敵は済ませている。敵もいないので走ってアキラを追った。
エレナがアキラにある程度近付くと、情報収集機器に表示されている反応の移動速度が急に上がった。アキラが急いで離れようとしているのだ。
エレナはアキラの位置を既に
「ちょっと待って! 助けてくれた人でしょう!? お礼も言いたいし、ちょっと話したいこともあるの! こっちに来てくれない?」
するとアキラの方向から何かが飛んできた。それは丸められた紙で、空中に放物線を描いてエレナの足下に転がった。
エレナがそれを拾って紙を広げると、中には弾丸が入っていた。紙には汚い文字で、こっちに来るな、と簡潔に書かれていた。
紙に包まれた弾丸は、単に紙を投げやすくする
「仲間が撃たれて動けないの! 外周部の近くに車を
すると再び何かが飛んできた。今度は何かの箱だった。拾って確認すると、箱には紙が挟まっていた。箱は表面の印刷内容から回復薬だと分かる。紙には汚い字で使用方法が書かれていた。
この回復薬で仲間の負傷を治せ。そういう意味だろうとエレナは判断した。同時に相手には自分達の護衛を引き受けるつもりは無いことも理解した。
エレナはサラの
「分かったわ! 回復薬をありがとう! 私は戻るわ! 私のハンターコードを紙に書いておいたから、良かったら連絡してね!」
エレナはアキラがいる方向へ軽く頭を下げた。そしてサラの
アキラはエレナが十分離れるのを待ってからエレナが残した紙を拾いにいった。紙には何らかの文字列が追記されていた。それはエレナのハンターコードなのだが、アキラにはよく分からなかった。
「……ハンターコードって何だ?」
『アキラが情報端末を持ち歩くようになるまでは余り関係ないものよ。今は相手のハンターコードを知っているとハンター同士で連絡を取る時にいろいろ便利だってぐらいに考えて』
「そういうのがあるんだ。俺にもそんなのあったりするのか?」
『ないわ。確か情報端末を買った後にハンターオフィスで手続きをすれば手に入るはずよ。それよりもアキラ、本当にあれで良かったの?』
「ああ。良いんだ。別に
『あいつらの装備を持って帰ったりはしないの?』
「放っとくよ。あいつらは別に俺を襲った訳じゃないからな」
『そう』
アキラは以前自分を襲った2人組の所持品をしっかり持ち帰っていた。アルファには前回の者達と今回の者達の違いなど分からない。だがアキラなりの基準があるのだろうと判断した。
報酬も無しに
アキラ達はそのまま足早にクズスハラ街遺跡を出た。
サラは戻ってきたエレナから話を聞くと、微妙な笑顔を浮かべた。
「関係ないのに助けてくれて、命の恩人で、回復薬までくれて、報酬も要求せずに、名も名乗らずに去っていく。良い部分だけ抜き出すと、
そこまでならとても好感の持てる人物像だ。サラが苦笑を浮かべて続ける。
「……姿を見せない。声も聞かせない。近付かせない。書かれている文字も汚い。これは筆跡等を調べられないように意図的に汚く書いたのかしら。……急に不審者になったわね」
途端に怪しくなった人物像に、エレナも苦笑を浮かべる。
「
エレナも命の恩人を悪く捉えたくはないが、実際に使用するのはサラだ。無理強いする気はなかった。
サラが軽く首を横に振る。
「いえ、使うわ。負傷したままだと
実際に使うのは自分でエレナではない。サラは口には出さなかったがそう考えて使用を決めた。回復薬の箱からカプセル剤を取り出して
サラは
緊急を要する場合、又は効能の即時性を求める場合、服用せずに内容物を直接患部に投与すること。激痛注意。紙には汚い字でそう書かれていた。本来の使い方ではない。最悪、治療どころか傷が悪化する危険性も考えられる。サラはかなり迷ったが、紙に書かれている使用方法を採ることにした。
複数のカプセル剤を開き、内容物を両脚の負傷部位に直接投与する。事前の警告通り、かなりの傷みがサラを襲った。何かが傷口を強引に修復している感覚が痛みと一緒に伝わってくる。
次第に傷みが引いていく。1分ほど
「サラ、立ち上がっても大丈夫なの?」
「大丈夫。よく効いたみたいね。問題なく戦える程度には治ったわ。エレナも少し使っておいたら?」
サラが追加のカプセル剤を口に含む。緊急を要する場合、又は効能の即時性を求める場合ではなくなったので、正式な使用方法を選択した。
サラの勧めに従ってエレナも回復薬を使用する。エレナにも大きな
回復薬の効果により、エレナ達のアキラに対する評価は、命の恩人である不審者から、何らかの事情がある命の恩人にまで上昇した。お互いの顔を見て、必要なこととはいえ恩人を疑ったことに苦笑いを浮かべる。
サラが気を切り替えるように笑う。
「取り
「私のハンターコードを書いておいたけど、そもそも読んでくれたかどうかも分からないし、向こうが私達と連絡を取る気があるかどうか……」
「そこは向こう次第でしょうけど、私達は連絡が取れたら恩返しが出来るように、これからも頑張りましょうか」
エレナも気を切り替えるように笑う。
「それもそうね。今は気にしても仕方無いか。じゃあ早速、その恩返しの下準備としてこれから頑張る
「全く、名前も知らない相手に今日は世話になりっぱなしね」
「全くだわ」
エレナとサラはそう言って笑い合った。
その後、エレナ達は男達の所持品を根こそぎ回収して無事に都市に帰還した。今回の遺跡探索は、不明確な
エレナ達は賭けに勝ったのだ。
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