22 終

・【終】


『二〇一九年 三月三日(日曜日)』

佑助「はいどうも、よろしくお願いします」

波留「ショウガのポカポカ効果は一つだけじゃないという研究結果が出たらしいね。従来のヤツだけではなく、別の化合物もあった、と」

佑助「いやもうショウガってすごいね、もう言葉だけでポカポカしてきたし」

波留「すごいレベルでのパブロフの犬だな」

佑助「もう漫才している場合じゃないね、脱ぎ漫才しようか」

波留「いや漫才じゃねぇか、いやでも脱ぎ漫才はちょっと止めて」

佑助「いやでもホント、先っちょだけ脱ぐだけだから」

波留「先っちょだけ脱ぐってどういうことだよ」

佑助「手袋を指先で軽く脱ぐみたいな」

波留「いや手袋してないじゃん」

佑助「足袋の指先だった」

波留「いや靴下は履いてるけど足袋は履いてない」

佑助「あれ? 俺って、江戸時代の飛脚じゃなかったっけ?」

波留「そんな違和感丸出しの勘違いないだろ」

佑助「あらよっと、石を飛び越え、穴に落ちる、でお馴染みの飛脚じゃなかったっけ?」

波留「飛脚にどんなイメージ持ってんだよ、ドジの総本山じゃないから」

佑助「落ちた穴の中にあったボーナスステージで荒稼ぎじゃなかったっけ?」

波留「昔のゲームみたいな展開にはならないから」

佑助「ジャンプする度にコインが手に入るステージで荒稼ぎじゃなかったっけ?」

波留「よく分かんないけど、それだいぶ昔のゲームだな」

佑助「まあとにかく先っちょだけ脱ぐわ」

波留「いや人の家で靴下を脱ごうとするな、結構嫌がる人もいるんだぞ、それ」

佑助「でもショウガのせいでポカポカなんだよ」

波留「すごいパブロフの犬だな、どんだけ今までショウガと寄り添ってきた人生なんだよ」

佑助「もう寝る前は必ず生姜湯」

波留「健康的だな、健康的なおばあちゃんの人生だな」

佑助「枕はデカいショウガ」

波留「いやゴツゴツしてそう、全然眠れなさそうになった」

佑助「いやでも根っこ特有のくぼみに頭をハメて、意外と快適だから」

波留「でも硬さが嫌だわ、根っこ特有の硬さが嫌だわ」

佑助「大丈夫、土の柔らかみがあるから」

波留「寝具に土はキツイ! 寝具に土はかなり嫌でしょ!」

佑助「いやでも毎日野宿気分」

波留「それが嫌だよ! 毎日野宿は嫌だよ!」

佑助「でもショウガの香りするからね!」

波留「そういうアロマキャンドルでいいじゃん、それなら」

佑助「あぁ、豚の生姜焼きのアロマキャンドルね」

波留「いやそんなアロマキャンドルは無いだろうけども」

佑助「クレソン添えたヤツね」

波留「もうそれはただの豚の生姜焼きでしょ」

佑助「掛け布団は白米」

波留「豚の生姜焼き定食になってるじゃん、ショウガから若干離れてるじゃん」

佑助「でも白米は本当にあったかいから」

波留「そこはショウガのポカポカであってほしかった、せめてね」

佑助「炊き立てだからホント粘り気もいいし」

波留「低温やけどするでしょ」

佑助「いやしない、ガッツリ高温やけどする」

波留「高温やけどって何だよ! 普通のやけどねっ! というか危ない! ショウガのポカポカであれ!」

佑助「じゃあ今後はショウガせんべいにするよ」

波留「いやせんべいの時はあんまりポカポカしないでしょ」

佑助「すりおろしたショウガを掛けようかな」

波留「でもショウガって一回熱を通さないと、ポカポカ効果が出ないんだってさ。だから生で使ってもポカポカしないらしいよ」

佑助「でも一回寝るを通すから」

波留「寝るを通すて! 熱を通すみたいに言うな! 寝るは通してもポカポカしないだろ!」

佑助「じゃあショウガの上からアツアツの土でも乗せるよ」

波留「寝具に土はキツイなぁっ!」

佑助「指宿方面のヤツ乗せるわ」

波留「あれは砂風呂だけどね、土じゃなくて」

佑助「やっぱり寝る時は砂のほうがいいのかなぁ」

波留「いやまあ寝具と合わせるのなら、土も砂も嫌だけども、布だけがベストだけども」

佑助「掛け布団を生姜焼きのタレに漬け込もうかな」

波留「寝具に食べ物も良くないんだよなぁ、というかビチャビチャだよ」

佑助「でもおいしくはなるでしょ、ガムみたいになるでしょ」

波留「ガムみたいにはならないでしょ、というかもうホント寝具だけは素材のまま楽しめよ」

佑助「パンツはパンツと称した生姜焼きを履く」

波留「生姜焼きを履くって何だよ!」

佑助「パンツ型にした生姜焼きを履くんだよ」

波留「豚肉を直で肌は狂気すぎるだろ!」

佑助「でも口の中に入れるわけだから。口の中に入れられるヤツはどこにいってもいいでしょ」

波留「赤ちゃん用の保湿クリームならどこに使ってもいいみたいに言われても」

佑助「まあ俺はそれくらいショウガと密接な関係なんだ」

波留「寝具周りだけっ? いやもっとショウガと密接であるべき場所あるだろ!」

佑助「たとえば、どこ?」

波留「食事とか! あとお風呂も結構いいよ! ショウガ風呂みたいなのっ!」

佑助「お風呂にショウガは合うよね」

波留「おっ、ここは話が合うんだっ」

佑助「温めた蜂蜜ショウガが風呂だよね」

波留「いやいやいや、その言い方だとまるで直で、お湯無しみたいなんだけども」

佑助「お湯は無いだろ、蜂蜜たぷんたぷんの中に入るんだよ」

波留「もったいないというか体は綺麗にならないだろ! ベタベタじゃん!」

佑助「でも保湿効果がすごいから」

波留「いやただただベタベタだよ!」

佑助「何か心の奥底からポカポカになってくるよ」

波留「そんなことないだろ! お湯必要だろ!」

佑助「いやもうハァハァ言うわ、すげぇ興奮してくる」

波留「何か別の理由でポカポカしてきてるじゃん!」

佑助「この勢いで、そのまま全裸で外を歩きたいなって思えてくる」

波留「完全に変態のソレになってるじゃん!」

佑助「抱きつきたくなる」

波留「ヤバイヤツになってる!」

佑助「樹木に」

波留「樹木にっ?」

佑助「そう、樹木に抱きつくことにより、そしてカブトムシとかが寄ってくる樹木を作り出して、地域に貢献したい」

波留「だからって間違ってはいるからなっ! というかまたショウガがどっか行っちゃってる!」

佑助「ショウガは薬味だからね、やっぱりメインにはなりづらいですよ」

波留「そんなこと無いわ! ショウガは結構主張強いほうだから!」

佑助「まあ確かにほんの少しでも意外とポカポカにしてくるところあるからなぁ」

波留「そうそう、それがショウガの効果」

佑助「揚げたショウガを毎日五キロ食べるんだけども、意外とその程度でポカポカしてくるし」

波留「いやめちゃくちゃ食べてる!」

佑助「揚げたショウガにショウガソース掛けて、紅ショウガ乗せて食べるんだけども」

波留「ヤバイくらいショウガ摂取してるじゃん! そりゃポカポカなるし、そりゃそんなパブロフの犬になるわ!」

佑助「だからもうこんな話していると本当に脱ぎたくなるんだ」

波留「いやでも急に中三男子に脱がれても」

佑助「最悪、波留が脱ぐでいいや」

波留「それだともう全然違うだろ」

佑助「波留の脱ぐところが見たい」

波留「ほらやっぱり全然違うじゃん!」

佑助「靴下だけでいいから!」

波留「ちょっとした変態めいてきたな!」

佑助「いや! 普通は! 最後まで靴下だけは脱がないのが流儀だからなっ!」

波留「デカい声で変態の流儀を語ってきやがった! いや知らんし、脱がんわ!」

佑助「でも何だかポカポカはしてきただろ?」

波留「何がだよ! ただただデカい声出しちゃってポカポカしてきたわ!」

佑助「ショウガパワーが伝わっているんだよなぁ」

波留「そんなこと無いわ! そんな電波みたいなこと無いわ!」

佑助「まあショウガの香水つけてきたし」

波留「そんなんあるのっ?」

佑助「自作」

波留「じゃあまあありそうだな! 自作ならありそうだな!」

佑助「ここに来る前に生姜焼き食べてきたから」

波留「じゃあただの口臭じゃん! 香水じゃないじゃん!」

佑助「皿に余った生姜焼きのタレを浴びてきたし」

波留「そんなもん浴びてくるな! 何か汚いな! というかじゃあパブロフの犬じゃないじゃん! 実際に生姜焼きを事前に摂取してきただけじゃん!」

佑助「やっぱり脱ぐわ、ちょっとだけ、ちょっとだけ」

波留「いや脱ぐなよ、中三男子が中三女子の家で脱ぐなよ」

佑助「入れ歯脱ぐわ」

波留「いや中三男子が入れ歯なんかい! というかポカポカしてきて入れ歯脱ぐって何だよ! 脱ぐって言わないわ!」

佑助「しゃしゃしゃしゃしゃしゃっ」

波留「いや全然喋れてない! 入れ歯脱ぐな! もういいよっ」


 俺は録音をストップさせた。

 そしてそのまま会話もストップしてしまった。

 決して入れ歯が無くなったからではない。というか入れ歯じゃない。

 いつもならすぐに喋り出す波留はボーっとしていた。

「波留、どうしたの?」

「……いや、あと三回くらいだね」

 明らかに寂しそうに、声を細々とさせながらそう言った。

「明日が四日で、明後日が五日で卒業式だから、もしかしたらそれで終わりかもな」

 その寂しさに便乗するかのごとく声で俺はそう言った。

「終わりじゃないよね」

 夕焼けに照らされた波留は引きつった笑顔を俺に向けた。

 終わりじゃないよね、いや、終わりなんだけどな、それとも終わらせたくないのか、波留も。

 でも終わりだ、終わりなんだ、もう終わってしまうんだ、でも終わらせないために、告白するんだ、俺が、明後日に。

「うん、終わりじゃないよ」

 気持ちがバレないように、今はあえて無責任そうに言い放った。

 すると波留はハハッとかすれた笑い声を上げてから、

「馬鹿、終わりなのに」

 いや終わりじゃないんだ、終わらせられないんだ、まだ。

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