第99話
刹那の静寂を切り裂いたのは、鋼の聖女だった。
ミリクシリアは風の如き踏み込みで一気に距離を詰めると、その巨剣を振り下ろす。
ただ安直すぎる一撃は、ガルドニクスを捉えるには至らない。
しかし当たれば確実に致命傷と分かる一撃に、ガルドニクスは冷静に距離を取って対処していた。
以前、ミリクシリアはガルドニクスに苦戦したと語っていた。
つまり正面から戦った場合には、その実力が拮抗していることを意味する。
だが今は状況が違う。
ガルドニクスは剣を失い、そして後方には俺とベルセリオが控えている。
状況では圧倒的に俺達に有利。
後隙の大きい、まったく躊躇のない全力の攻撃を繰り出すミリクシリアの背中には、俺達への信頼が見て取れた。
「空間転移!」
その信頼へ答えるため、俺はベルセリオと共にガルドニクスの後方へと転移する。
身体能力で劣る俺が前に出れば、ミリクシリアの邪魔になる。
ならば俺に出来る事を、最大限に生かすべきだと考えたのだ。
案の定、挟撃の形になった俺達の立ち位置に、ガルドニクスは忌々しそうに舌を鳴らす。
そして目の前のミリクシリアから、即座にベルセリオへと標的を変えた。
「電撃女! 俺達の戦いの邪魔をした、お前から殺すとするか!」
「そう? 殺すならあそこの脳筋聖女がお勧めですが」
「彼女に手は出させません!」
ガルドニクスがベルセリオに気を取られた時間は、ほんの一瞬だ。
いや、それより短いかもしれない。その判断の速さ、潔さがガルドニクスの強さに繋がっているのだろう。
しかし熟練の戦士が俺の転移魔法の一瞬の隙を悠長な隙だと断じるように、その一瞬はミリクシリアにとっては十分すぎる好機となった。
唸りを上げる鉄塊がガルドニクスを捉え、そのまま力任せに振りぬかれる。
おおよそ生物が上げるとは思えない音と共にガルドニクスが吹き飛び、前線基地の防壁にぶち当たる。
しかしそれだけで仕留め切れる相手だとは思えなかった。
それゆえに、瞬時に追撃を選択する。
「追撃するぞ! 空間転移!」
瞬間、防壁への衝突で動きを止めていたガルドニクスが、目の前へと現れる。
強制的に呼び戻されたガルドニクスの瞳が、大きく見開かれる。
ただそれも無理はない。
ガルドニクスのを迎えたのは、剣を振り上げてスキルを発動したミリクシリアと、雷光を纏った槍を構えたベルセリオだったのだから。
「インドラ!」
「グラン・パニッシュメント!」
「き、共鳴転移!」
輝く剣の一撃に加えて、稲妻の奔流がガルドニクスを包み込む。
ささやかながら俺も追撃を加えるが、どちらかと言えば援護に徹していた方がいい気もしなくはない。
本来、俺の攻撃は転移魔法を利用した副次的な攻撃方法だ。
しかしミリクシリアとベルセリオは、本物と言うべき素質と実力を持った剣士と魔導士だ。
その攻撃を目の当たりにして、圧倒される。
もはや次元の違う火力の攻撃を放ったふたりだったが、その視線の先。
そこには全身に傷を負い、大量の出血をしながらも、倒れないガルドニクスの姿があった。
「嘘だろ。こいつ、不死身か?」
「面白くなってきやがった! さぁ来いよ! 次はどんな技を見せてくれるんだ!?」
ガルドニクスはすでに死に体。全身の傷から鼓動と共に鮮血があふれ出している。雷撃を何度も受けた影響か、酷い火傷も負っている。その影響か、生き物の焼ける臭いが周囲に充満していた。
それでも、戦いを続けられるとは思えない傷を負ってなお、戦意はまったく衰えていない。
しかし遠くから響く鐘の音に、ガルドニクスはつまらなそうに舌を鳴らした。
「くそ、時間か。この勝負、預けるぜ」
その言葉を聞いて微かに肩の力が抜けるのを感じた。
安心しているのだ、俺は。
これほど有利に立っていながら、ガルドニクスを仕留め切れなかった。
その恐れが、いつの間にか緊張につながっていたらしい。
ただ背を向けたガルドニクスに、ベルセリオは失笑を浮かべる。
「あれだけ大口を叩いておいて逃げるとは、滑稽ですね」
「勘違いすんじゃねぇぞ? お前達は見逃されただけだ それを、記憶に焼き付けておけ」
言い残すと、ガルドニクスは一回の跳躍で姿を消した。
その姿は到底、瀕死には見えなかった。つまりまだ余力を残していたということだ。
ガルドニクスが消えるその瞬間まで黙っていたミリクシリアが呟く。
「その挑発する癖は直りませんか、ベルセリオ」
「うるさいですね。貴方こそ、その小言を言う癖は直りませんか」
「ふたりとも落ち着けって」
どうやらガルドニクスだけではなく、魔族は先ほどの鐘の音で撤退した様子だ。
気付けば周囲から争いの音は全く聞こえなくなっている。
ただベルセリオは戦果に不満を抱いている様子で、小さく鼻を鳴らした。
「落ち着け? 第三勢力として介入して、硬直状態に持ち込むという作戦は失敗したわけですが」
「それはそうだが、目的の物は確保できただろ」
俺達の作戦が成功したかは、正直に言って微妙なところだった。
予想外にもミリクシリアやエルグランドの軍勢が介入したことで、魔族側は俺やベルセリオもエルグランドの勢力だと判断するだろう。
となれば今後の事を考えてみても、戦争を完全に回避できたとはいいがたい。
魔族が手痛い襲撃への報復を行う可能性もあり、全面的な戦争が起こる可能性はむしろ高まったともいえる。
ただ少しの間、時間を稼げたことはまぎれもない事実だ。
とそのわずかな時間は、俺達にとって有用な時間といえる。
まず魔族の基地から大量の魔素を押収できた。
つまり、使徒が魔族側にいることがこれで証明された。
少なくとも使徒が人間か魔族か判断できれば、次に打つ手も準備できる。
ミリクシリアやベルセリオを信頼できると分かれば、背後を気にする必要は殆どなくなるのだから。
ただ荷台に満載された魔結晶を眺めていると、一人の騎士が駆け込んできた。
疲れ切った馬に乗ったその騎士は、転げ落ちるように馬から降りるとミリクシリアの元へ駆け寄る。
「聖女ミリクシリア様へ伝令! エ、エルグランドが!」
「落ち着きなさい。 ゆっくりと深呼吸を。 エルグランドがどうかしたのですか?」
ただならない気配を感じたのか、ミリクシリアの表情が硬くなる。
騎士は諭されるように息を整えると、周囲へ響き渡る程の声量で、告げた。
「エルグランドが、魔族の侵攻によって陥落しました!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます