第75話

 さすがは、観光都市カセン。

 冒険者ギルドの総合窓口へ入ると、俺の想像をはるかに超える光景が広がっていた。


 冒険者向けの窓口はもちろんのこと、物販所や酒場、そして驚くべきことに広い温泉施設までが併設されていた。

 体を酷使する冒険者としては、窓口で依頼の報告を済ませて、すぐに温泉や酒場へ向かえるのは確かに魅力的だ。

 窓口で報酬を受け取り、温泉で汚れと疲れを流し、そのまま酒場で冷えた酒や温かな料理を堪能する。

 ウィーヴィルにも同じ施設を作ってくれないか、パーシヴァルに進言してみよう。


「ようこそ! カセン冒険者ギルド総合窓口へ! この窓口のご利用が初めての場合は、冒険者の証の提出をお願いします!」


 言われて、胸元に掛けてあった証を提出する。

 ウィーヴィルで発行されたばかりの、ゴールド級冒険者の証だ。

 それを確認した受付嬢は少しだけ目を見開いて、俺と証を見比べてた。

 転移魔導士がゴールド級。その事に驚いているのかもしれない。

 ただ流石は総合窓口の受付嬢。すぐに営業スマイルを取り戻した。


「それでは、ファルクス様。 本日はどういったご用向きですか?」


「唐突で悪いんだが、ヒマル草の採取依頼はまだ有効なのかを調べて欲しいんだ」


「というと?」


「街の商人から聞くと、どうやらヒマル草の流通量が減ってるらしい。 商品の為に必要な量が行き届いててない」


 一応、マリー以外の店にも立ち寄って確認を取ってきていた。

 マリーには悪いが、店側になにか問題があるのではないかという可能性を疑ったのだ。

 しかし周囲の店は同じように、この地域では一般的な薬草であるヒマル草の品薄に喘いていた。

 つまり店の問題ではなく、その採取するギルド側になにか問題があるという事だ。


「実を言うと、ヒマル草の件はこちらでも把握してします。 ですが、ここの街の冒険者達が――」


「待ちなよ、そこの冒険者。 僕の方が先に来ていたのに、後からきて先に依頼を受けようっていうのかい?」

 

 そんな声が背中で上がり、受付嬢の言葉を断ち切った。

 振り返ってみれば、銀色の防具が目に入る。

 いや、正確には街中だというのに、重装甲の全身鎧を身に纏った冒険者が目に入った。

 どう見ても、余り関わらないほうが良い部類の相手である。


「少し確認しているだけだ。 終わればすぐに退く」


「いいや、嘘だね。 この僕、アルステットが狙っていた依頼を横取りしにきたんだろう。 だが、そうはいかない!」

 

 やたらと芝居がかった言い回しをするな、この冒険者。

 ただ、横取りと言われても答えようがなかった。

 最初にギルドにいたからといって、依頼への優先権が発生するわけではない。

 そもそもなぜ最初にギルドへ来ていたのに、窓口を使っていなかったのか。

 

 そんな疑問を抱いたが、彼の近くには三人組の少女が困り顔で立ち尽くしていた。

 駆け出しなのか、彼女達の装備は十分に整っていなかった。

 それでは初心者ですと書かれた板を首から下げているようなものだ。

 恐らく彼女達に声をかけていたせいで、俺に先を越されたのだろう。

 

「悪いな、続けてくれ」


「あ、こら! 話を聞け!」


 ナンパをしていて依頼を横取りされる。

 それで平然としている冒険者とやり取りをするつもりはそれ以上なかった。

 受付嬢に話の先を促す。どう考えても後方の鎧より、こっちの方が重要だ。


「そ、そうですね。 えっと、依頼が受けられない理由としては、ここの街の冒険者達が少し慎重になってるからなんです。 ヒマル草の生息域はご存知ですか?」


「山奥、それも標高の高い場所だと聞いてるが」


「その通りです。 ここから半日の場所にある山の頂上付近で採取するのが一般的だったんですが、現在その付近が進入禁止区域に指定されていまして」


「理由は?」


「近隣に獰猛な魔物が出没し、冒険者が襲われる事件が相次いだからです。 ヒマル草の採取場所は区域外にもあるのですが、冒険者達はその魔物を恐れて山へ入ることをためらっている状態です」

 

 今回の様に、採取系の依頼は比較的安価だが危険が少なく稼げるという特徴がある。

 そこに正体不明の、それも強力な魔物が出現したとなれば採取系の依頼を受ける者が避けるのも頷けた。

 ただ疑問は、その正体不明の魔物をギルドが放置していることだ。


「獰猛な魔物って、ずいぶんと曖昧な表現だな。 まさか完全な新種の魔物ってわけでもないだろう。 なんの部類の魔物かもわからないのか?」


「報告では地竜の一種ではないかと言われていますが、詳細は不明のままなんです。 対峙した冒険者は全滅しているので、遠目に目撃した情報しか集まっていなくて」


「なるほど、地竜か。 厄介だな」


 地竜とは飛竜(ワイバーン)と対を成す存在だ。

 大空を舞うワイバーンと違い地竜は翼を持たない。

 その代わり頑強な鱗を全身に纏い、強靭な四足で大地を駆ける。

 純粋な大きさも飛竜を上回り、その分生命力も高いのが特徴だ。


 本来ならば縄張り意識が強いため、山奥に生息しているのであれば危険性はない。

 だがこうして依頼が上がってくるという事は、少なくとも冒険者や一般人の行動範囲内でその地竜と思われる魔物が目撃されたということに他ならない。

 そして、酒場にいた冒険者の山の怒りという言葉が頭をよぎる。

  

「いかがなさいますか? ファルクス様なら、安心して任せられるのですが」

 

「そうだな。 その依頼――」


「その依頼! この僕、アルステットが受けよう! まさか横取りとは言わないよね? 君が先に割り込んだのだから、自業自得さ!」

 

 俺の言葉を遮ったのは案の定、あの全身鎧の冒険者だった。

 というかアルステットという名前だったのか。


「いえ、できれば腕の立つ階級の高い冒険者に依頼を回すよう、ギルドマスターに言われていまして」


「なら、なおさら問題ないじゃないか! そこの冒険者! 君のジョブは何だい? 僕のジョブ? そんなに聞きたいなら仕方ないな! 僕は聖騎士のジョブを授かった、選ばれし者なのさ!」


「聖騎士か、そいつはすごい。 俺は転移魔導士だ」


 聖騎士は前衛職の中でも優れた防御性能を誇る、希少なジョブだ。

 選ばれし者という触れ込みもあながち間違いでもない。

 普通、それを自分で言うかは別としても。

 

 ただ案の定、俺のジョブを聞いたアルステットは、ヘルムの中に籠る声で笑った。


「あははははは! 聞いたかい!? よりにもよってあの! 最弱の! 転移魔導士! このぱっとしない雑魚冒険者と違い、たった一年でシルバー級まで上り詰めた僕なら、その依頼を完璧にこなして見せるよ!」


「いえ、ここは称号を持つゴールド級冒険者の、ファルクス様にお願いしようかと考えています」


「そうだろうとも! 転移魔導士如きがゴールド……え?」


 受付嬢のそんな言葉で、笑っていたアルステットの動きがピタリと止まる。

 周囲の視線も、自ずと俺へと集まってきているように感じた。

 ゴールド級といえば、冒険者の中でもエースと呼ばれる者達の階級だ。

 俺のような流れ者の冒険者と言えども、その階級にもなれば注目を集めて当然という事なのだろう。


 しかしだからと言って、俺の気恥ずかしさがなくなる訳ではない。

 知らない土地の、見ず知らずの冒険者達の視線を集めているのだ。

 そして極めつけは不気味な全身鎧の冒険者に絡まれている。


 動きを止めたアルステットに短く告げて、受付嬢から依頼書を受け取る。


「まぁ、俺の評価はそっちに任せる。 ただこの依頼は俺が受けさせてもらう」


 そうして、足早に冒険者ギルドを後にしたのだった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る