幕間

第74話

 耳を傾ければ、川のせせらぎと人々の楽し気な笑い声が響いてきた。

 窓から吹き込む頬を撫でる心地よい風の中には、微かに華の匂いが混じっている。

 危険と隣り合わせの冒険者にとっては、まどろむには持ってこいの環境だ。

 事実、太陽の光を浴びていると抗いがたい睡魔が襲ってきた。


「風流、っていうのか。 こういうのは」


 椅子に腰かけたまま窓の外へと視線を向けれると、広がる美しい街並み

 ここは観光都市カセン。その名の通り観光地として発展を遂げた街である。 

 ウィーヴィルが冒険者を支援する街なら、ここは産業や観光を徹底して支援して発展した街だ。

 通りをひっきりなしに行き来している人々を見れば、この街がどれほどにぎわっているのかが窺える。 


 統一感のある建物は規則正しく通りに並び、その前には人々を楽しませる店が並んでいる。

 その中でも特に目立っているのは、遠くに見える巨大な煙突だ。

 

 なんでも魔鉄鉱を扱う工房の物なのだという。

 一歩間違えれば毒性物質へ変わる魔鉄鉱は、非常に扱いが難しい。

 だが正しく加工できれば一般の鉄鉱よりも強度が高く、魔法への耐性もある金属へと変わる。

 眼下の通りを見れば冒険者がちらほらと見て取れるのも、この街の工房を目当てに来ているのだろう。


 とは言え、俺達がこの街に滞在しているのはそう言った理由ではない。

 もちろん観光のためでもない。

 こうしてだらだらと時間を潰しているのにも、正当な理由があるのだ。

 あるのだが――


「見よ、ファルクス! 我輩の故郷のユカタに似た衣服が置いてあったのだ!」


「はしゃぎ過ぎよ、ビャクヤ。 それにわざわざ見せるために戻ってこなくてもいいじゃない」


 ビャクヤとアリアは、しっかりとこの状況を楽しんでいた。

 扉を開け放ったふたりは、この街特有の衣服に身を包んでいる。

 というより、ビャクヤの言葉を聞く限り、極東の衣服を真似て作ったのだろう。

 

 ゆったりとした作りの独特な衣服だが、ビャクヤは見事に着こなしている。

 真白な生地に赤い華の模様が描かれたそれは、肌も髪も、瞳さえも白色に近いビャクヤの美しさを際立たせる。

 一方のアリアはシンプルな黒い生地の衣服だ。

 ただ黄金色の髪を持つアリアが着ると、いっそう異国情緒を感じさせる。


 堂々としているビャクヤに対してアリアはまだ着慣れていないのか、人形のメリアがしきりに衣服の端を引っ張って整えようとしていた。

 ただ、いつもと趣の違った衣服は、見事にふたりの魅力を引き出している。


「ふたりとも似合ってるな。 綺麗だ」


「そうであろう! 特にアリアはお主に見せたいと言って、念入りに選んでいたからな!」


「ちょ、ちょっと!」


 子供らしく着飾った姿を誰かに見てほしかったらしい。

 大人びたアリアであっても、そう言った子供っぽい一面を見て微笑ましくも思う。

 

「我輩達はこれから温泉に向かうが、ファルクスはどうする?」


「俺は少し考え事があるから、遠慮しておくよ。 ふたりで楽しんでくると良い」


「お湯に浸かりながらでも考えられるであろう?」


「よけいな詮索はやめたほうが良いわよ。 どうせ私達の裸とか考えるだけだろうし」


「お前が俺をどう思ってるのかは、考えるまでもなくわかったけどな」


 俺の考え事というのは、あながち嘘でもない。

 この状況。このカセンに足止めをされている状況でやるべきことを洗い出したい。

 今後の激しい戦いに備えて、十分な準備を進めなければならないのだ。


 ◆


 猶予は三日。この三日で、カセンを出発する予定になっている。

 というのも、エルグランドへの道のりにある大橋が現在、修理のために通行止めになっているのだ。

 ギルドで情報を集めた限り、残り三日で修理が終了することが分かったため、カセンで一休みしていこうと決まった次第だった。

 

 観光都市とはいえ発展した都市だ。旅に必要な物資の補給や、装備のメンテナンスなどを任せられる施設は揃っている。

 そしてこれから向かうのは魔族との戦争の最前線に位置するエルグランド。加えて使途がいる可能性が非常に高い。それを加味しても、十二分に準備をしてから向かべきだと考えていた。

 

 ただ一つ不安要素が残っている。

 それは、俺の左目だ。


「本格的にまずいな。 どうにか痛みを抑える方法があればいいんだが……。」


 魔法を使う度に違和感が強くなり、今では痛みが出始めていた。

 我慢できない程ではないが、慢性的に続けば集中力が低下する。

 戦闘の中で一瞬でも痛みに気を取られれば、それが命取りになることも考えられた。


 治癒魔法を試したが、今のところ効果は出ていない。

 となれば薬品でどうにか誤魔化すしかない。

 適度に街中をぶらつきながら、アイテムの物色をしていると、古い建物が目に入った。

 周囲の建物に比べて年季が入っており、いかにも昔から続いていると言った趣だ。

 店内に足を踏み入れると、幼げな少女が出迎えた。


「いらっしゃいませ! カセンの街で一番の歴史を誇る、メイリアの茶屋へようこそ! なにかお探しですか?」


「少し目の調子が悪くてな。 それを改善できる商品がないかと立ち寄ったんだが」


「それなら、こちらの薬膳茶がおすすめです! 主に関節や目の痛みに効くと評判なんです!」


 ぱたぱたと少女が持ってきたのは、乾燥した薬草が一杯に詰まった瓶だった。

 どうやらお湯で煮込み、煎じて飲むらしい。


「なにかの薬草か」


「はい! ヒマル草という薬草です! 山の高いところでしか取れない希少な薬草なんですけど、その分効果も高くて、古くから愛されてる一品なんです!」


 味のほどは不明だが、効果のほうは歴史ある店で評判になっている商品だ。

 少なくとも全く効果を期待できない、という訳でもないだろう。

   

「丁度いいな。 一本貰えるか?」


「はい! ありがとうございます!」


 会計を済ませるために、店の奥へと向かう。

 ただ店の前面とは違い、奥の棚に商品は並べられず、その殆どが空いている。 

 並べられている商品の数の方が少ないほどだ。


「繁盛してるんだな」


「あ、えっと……。」


「違うのか? これだけ商品が売り切れてるってことは、そう言う事なんじゃないのか?」


 この店も人通りが激しい通りに面して建てられている。

 俺がこの店に立ち寄ったのも、それが理由だ。

 つまり一等地ともいえる場所に店を構え、そして商品の殆どが売り切れている。

 繁盛していると考えるのが普通だ。


 しかし少女は答えることなく、せわしなく視線を泳がせている。

 どう考えても俺の考えが外れていることを証明していた。

 ただ言いよどむという事は、彼女も話せない理由があるのだろう。

 

「悪い、野暮なことを聞いたな。 この薬膳茶が効いたら、また買いに来る」


「ま、待ってください! お兄さん!」


 踵を返した時、背中から声が上がった。

 振り返ると先ほどの少女が、必死な相貌で俺を見つめていた。


「初対面の人にこんなことを頼むのは失礼だってわかっているんですけど、少しだけでもお話を聞いてくれませんか?」 


 少女の、まるで縋るような物言いに、俺はいつの間にか頷いていた。

 

「そうだな。 偶然にも、時間ならあるからな」


 ◆


 少女はサリーと名乗った。

 このメイリアの茶屋の自称看板娘で、事故で亡くなった両親から受け継いだらしい。

 茶葉の生成は祖父母に頼っているため、サリーは販売と店番を任されているのだという。

 涙ぐましい努力のお陰で店を守ってこれたが、どうやらこの瞬間にも非常に危険な状況に追い込まれているらしかった。


「商品の材料が届かない?」


「はい。 以前からお世話になっていた冒険者の方がどこかへ行ってしまって。 他の冒険者の方々に依頼を持ち掛けても、すげなく断られてしまうんです」


 時折訪れるお客の相手をしながら、サリーはそう話を続けた。

 商売に疎い俺でもそれが致命的な問題なのだと即座に理解した。 


「それは、死活問題じゃないのか? 例え店の立地が良いとしても、商品が無ければやっていけないだろ」


「そうなんです! だから、他の場所から来た冒険者さんなら、依頼を受けてくれるんじゃないかと思って……。」


「なるほどな」


「ダメ、ですか?」


 涙を溜めた瞳で見上げてくるサリー。

 ここで依頼を受けることは簡単だ。

 ただ、一度だけ俺が依頼を成功させても、その場しのぎにしかならない。

 問題を本当に解決するには、根本的な原因を究明する必要がある。


「そうじゃないが、なぜ急に冒険者達が依頼を受けなくなったのかが気がかりだ」


 冒険者が依頼を受けない、もしくは受けなくなる理由はいくつかある。

 もっとも代表的な理由は、依頼の危険度と報酬額が見合っていない、もしくは見合わなくなったという物だ。ただ最近まで依頼を受けていたとなれば、その線は薄く感じる。

 他には原材料の価格が高騰したため支払いの良い他の依頼に乗り換えた、冒険者ギルドが希少素材に認定したため合法的な取引ができなくなった、という例もある。

 ただサリーはそれらを聞いても、首を横に振るだけだった。 


「カセンの冒険者ギルドを通して依頼の発行申請を出しているので、依頼におかしな部分があったらギルドから通達が来るはずなんです」


 つまりこの店は、報酬額や危険度の審査などを冒険者ギルドに一任して依頼を発行しているのだ。

 逆を言えば、この店が発行した依頼は危険度と報酬が見合った依頼として発行されていることになる。

 俺の考えた理由の殆どは否定された形だ。

 であればこの場所で考えていても謎は解明できない。


「依頼を受けていたという冒険者の名前を教えてくれ。 一度会って、確かめてくる」


 ◆


 湯煙の酒場。それがサリーに告げられた名前だった。

 聞けばメイリアの茶屋から依頼を受け続けていた冒険者リデルのお気に入りの店なのだという。

 湯煙の酒場は街の中心部にあり、冒険者向けに作られてはいるが、さすがは観光都市。店内には冒険者以外の客も多く見て取れた。


 ただ冒険者のことを聞くなら冒険者と相場は決まっている。

 見回すとカウンターで一人、酒を飲んでいる冒険者が目に入る。

 

「すまない。 少し聞きたいことがあるんだが」


「あぁ?」


「リデルという冒険者を探しているんだが、知らないか?」


「最近は顔を見てねぇな。 アイツになんのようだ?」


 そう言って振り返った冒険者の装備に目を取られる。

 なぜかと言えば、希少な魔鉄鉱の胸当てと剣を装備していたからだ。


 ただ手元から覗く冒険者の証は、鉄の輝きだ。

 冒険者としての腕前と階級が完璧に比例するとは考えていないが、それでもちぐはぐな印象を受ける冒険者だ。

 アイアン級でワイバーンウェポンを持っていた俺が言えたことではないが。


「近隣で取れる素材について聞きたかったんだ。 ヒマル草というらしいんだが、その依頼を受けてそれっきりだと聞いてな」


「そうか、あの馬鹿。 まだあの依頼を受けてやがったのか」


 呟くように冒険者が唸る。


「あの依頼っていうのは、ヒマル草の採集依頼か?」


 俺の問いかけに、冒険者は酒のジョッキを置いて向き直った。

 そして推し量るような視線で頭の天辺から足の先まで俺を眺めると、小さく肩を落とす。

 

「悪いことは言わねぇよ。 その話はさっさと忘れたほうが良い」


「なぜだ? 誰もヒマル草関連の依頼を受けなくなったことと、リデルが失踪したことに関係があるのか?」


「関係があるのかって? そりゃあるにきまってる。 この街はデカくなり過ぎちまったのさ。 自然と共に生きるのがカセンの掟だ。 それを破ったらどうなるか、ここに住む住人なら誰でも知ってる」

 

「どうなるんだ?」


 冒険者は、傷だらけの指で窓の外を指示した。

 そこには自然の雄大さを示すかのように山脈が佇んでいた。


「山の怒りが人間に向くのさ。 だから山へは近づかないこったな」

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