第70話

 その瞬間、総合窓口の喧噪が大きくなった。

 見れば少しぎこちない動きで歩くパーシヴァルの姿が、そこにはあった。

 最後に見た時とは違い、誰の助けも借りずに歩く所まで回復した様子だ。


 駆け寄ったイリスンを手で制すると、パーシヴァルはひとりで俺達の元まで歩いてきた。

 重い後遺症もなく、まだ仕事が続けられそうで何よりだ。

 そんな彼は周囲の冒険者を見渡して声を張り上げる。


「よく来てくれた、三人とも。 いいや、ウィーヴィルのもっとも新しい英雄達」


 仰々しい紹介の仕方に苦笑いが浮かぶ。

 ただ、パーシヴァルはこの街の発展に全てを掛けている。

 その街を守った俺達は、彼から見れば英雄(そういう)風に見えているのだろう。

 

「お主も無事でなによりだ、パーシヴァル」


「おかげさまでね。 あの時、引き戻してくれてありがとう。 今ではあの時の判断が間違っていたと後悔できる。 それもこれも、君達のお陰だ」


「いえ、ギルドマスターは絶対にこの街には必要だと思ったので」

 

 世辞ではなく、本心からの言葉だった。

 この街の発展は冒険者に多大な恩恵を与えている。

 そしてそこには当然、俺達も含まれている。

 であればその恩を返すのは当然だろう。


 しかしパーシヴァルは、俺の言葉を余計に気にしたのか。

 律義に頭を下げて礼を述べた。


「それでも礼を言わせてほしい。 今回の件に関していえば、僕は無力に等しかった。 君たちがいなければこの街は致命的な被害を受けていたことだろう。 下手をすれば壊滅していたことも考えられる。 そこで君達には、今回の功績としてゴールド級への昇格と称号の授与を考えている」


 パーシヴァルの宣言に異を唱える者は誰もいなかった。

 それどころか各所で拍手が巻き起こっていた。

 称号というのは冒険者が大きな功績を残した際に、ギルドが与える勲章のようなものだ。

 とは言え本当に名前だけであり、称号があるからと言って有利になる事はなにもない。

 ただ冒険者の中での知名度が格段に飛躍するとは聞いたことがあった。


「あの規模のゴーレムをなぎ倒せるのだから、私はプラチナ級でも良いと思ったのだけれどね。 それには王都の中央議会での採決が必要になるので、今回はゴールド級で我慢してくれ。 君たちが不服というのであれば、私の方から議会への昇格申請を通しておくが」


「そんな贅沢は言いませんよ。 ゴールド級でも俺には過ぎた階級だと思っているところです」


 ゴールド級。それは冒険者の中でも選りすぐりのエリートが所属する階級だ。

 もっとも端的に言えば、勇者一行が所属している階級帯と言えばわかりやすいか。

 選ばれたジョブを持つか、天性の戦闘能力を有する者、そして命懸けの努力を続けてきた者だけが、足を踏み入れることができる階級。


 そこに自分達の名前が並ぶとは、今でも考えられなかった。


 一時は俺も割り当てられていたが、それは勇者一行のパーティメンバーとしてだ。

 俺自身もあの階級が正当に割り当てられたものだとは思っていない。だから降格させられてもなにも思わなかった。

 だが今回は違う。俺達の能力が認められて、ゴールド級へと昇格するのだ。

 あの勇者達と同じ階級に、転移魔導士の俺が。

 

「まさか勇者達に気を使っているのかい? それなら遠慮はいらない。 君は自分の能力にもっと自信を持つべきだ。 街を一つ救って見せるという、勇者よりも勇者らしいおこないをした自分にね」


「そうよ。 ファルクス、貴方はいい加減に自分の能力を認めるべきよ。 いつまで追い出された時の自分でいるつもり?」


「ファルクス。 お主が自分の能力を認められないのであれば、我輩が代わりに認めよう。 お主は間違いなく、評価される功績を残した。 それは間違いない。 大丈夫だ、胸を張れ!」


 気付けば、パーシヴァルだけでなくアリアやビャクヤ、そして周囲の冒険者達までもが俺の返事を待っていた。 

 俺は、覚悟を決めたはずだ。この能力を恥じることなく、胸を張って転移魔導士であることを公言すると。


 顔を上げれば、満面の笑みを浮かべたビャクヤと視線が合った。

 呆れたようにため息をつくアリアも俺を待っている。

 そして最後に、じっと俺の返事を待っているパーシヴァルへ、告げる。 


「わかりました。 階級にふさわしい活躍ができるよう、善処したいと思います」


「では、よろしく頼むよ。 転移魔導士史上初のゴールド級冒険者。 おっと、そうだった。 君への称号を含めて、こう呼んだ方がいいのかもしれないね」

 

 一呼吸おいたパーシヴァルは、声高らかにその名を呼んだ。

 

「虚空の支配者、ファルクス・ローレント」

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