第71話
「ふむ、ヨミ様からの話によれば、次なる目的地はエルグランドなる街らしいが」
「魔族との戦争を長年続ける最前線の街だな。 俺のパーティメンバーだった聖女ティエレを筆頭とする聖堂教会とはまた別の宗教を持つ街らしい」
個室に詰め込まれた俺達は、テーブルに散らばる資料を読み漁っていた。
次の目的地が決まったため、事前に情報を集めようという算段だったのだ。
ただ痺れを切らしたアリアが、ソファの上に立ち上がり俺達を見下ろして、吠えた。
「らしいらしいって、なにも分かってないじゃない!」
耳が痛い言葉に、思わず苦笑を浮かべる。
見れば情報を収集したパーシヴァルも同じ表情を浮かべていた。
「仕方ないだろ。 直線距離でも滅茶苦茶に離れてるんだ。 いくら冒険者ギルドの情報網を使っても、詳細な情報を手に入れるのが難しいに決まってる」
パーシヴァルをフォローするが、これは仕方がないことだった。
エルグランドは宗教色が強く、他の街と深い関係を持とうとしない。
冒険者には信じられない情報だが、冒険者ギルドすらないと聞いている。
極めつけに辺境に位置する街のため、地理的な意味でも独立した都市なのだ。
そのため出回っている情報はさほど多くない。というより殆どない。
一般の冒険者では名前を知っていれば上々という程度には情報が規制されている。
いくらこの都市の冒険者ギルドの長とはいえ、関りを持たない都市の情報を集めるのは困難を極めるだろう。
「本当にすまない。 まさかエルグランドに黄昏の使徒の反応が出るとは思っていなかったんだ。 あの街はある意味、使徒の概念とは一線を画す地域だからね」
「なにそれ? 善人以外は吊るし首みたいな風習でもあるわけ?」
「エルグランドは非常に厳しい戒律を持つ信仰の街でね。 当然そこに住む人々も信仰深く、破壊をまき散らす使徒に与するような者が出る可能性は低いと考えて油断してたんだ」
「真面目な街だからって、そこに住む人が全員真面目って訳じゃないでしょ。 この街にだってハイゼンノードや私みたいのが出てくるんだから」
皮肉なのか、自虐なのか、そんな言葉を吐くアリア。
そんな彼女に関しての処遇を未だに聞いていないことに気付く。
俺が眠っている間に進展はあったのか、パーシヴァルへ問いかける。
「そう言えば、アリアの処遇はどうなったんですか?」
「色々と手回しをして、どうにか刑罰は免れるように押し切ったよ。 まぁ憲兵団が弱っていたから、そこまで難しい話じゃなかった。 ハイゼンノードの捕獲にも尽力したという事で、晴れて自由の身だ」
ハイゼンノードの反撃で憲兵団は機能不全に陥っているのだという。
しかし詳しい話を聞いて首を突っ込めば、再び面倒なことになるのは目に見えているので、それ以上は聞かないことにした。
ただビャクヤはアリアが憲兵団から逃げ切った経緯より、ハイゼンノードに興味がある様子だった。
「そのハイゼンノードは黄昏の使徒ではなかったのだろう? なぜ魔素を持っていたのだ?」
「彼は完全に自分の研究のために魔素を手に入れていたみたいだね。 今回の事件に使った膨大な魔力も、極大の操作範囲も、魔素を応用したものだった。 その研究結果を回収したから、分析すれば僕達にも有用な情報が出てくるだろうね」
「魔素を使う黄昏の使徒と戦う為に、俺達も魔素を使うか」
理解はできるが、納得はできない。
確かに魔素は強力な力を内包している。
ハイゼンノードの作ったエリスがいい例だが、アレを俺達も使えるようになれば、格段に戦いは有利になるだろう。
あれ程の物が無理でも、ハイゼンノードは魔素を自分の魔力の代わりに使用していた。
その技術が手に入れば、今回の様に魔力切れを恐れる心配は無くなる。
理屈ではわかっている。道理が通っている話だ。
だがそれを安易に使うとなると、どうしても不安が残るのは確かだった。
色の悪い俺の返事に、パーシヴァルが付け加えるように言った。
「そうと決まった訳じゃないけれどね。 とは言え使える物は使ったほうが良い。 これからの戦いは、きっと一筋縄ではいかないからね。 そうそう、その話で思い出したけど、君たちに贈り物があるんだった」
「贈り物?」
なにやら小さな箱を取り出したパーシヴァルは嬉しそうにそれを俺に差し出した。
「きっと君たちの役に立つよ。 それは保証する」
◆
夜明け。まだ街が目覚めるより前。
パーシヴァルが手配してくれた馬車に荷物を積み込み終わった俺は、共に荷造をしていた二人を振り返った。
愛着のある街を再び離れる心寂しさがあるが、それは帰るべき場所があるからこその寂しさだ。
そのありがたさを噛みしめながら名残惜しさを振り払う。
「さて、出発の準備はできたか?」
「我輩は準備万全だ! 流浪の身ゆえに、持ち歩いている荷物は少ないからな!」
「なら問題はアリアだが……。」
「なによ」
「いや、まさかとは思うがその人形を全部持って行く気か?」
「当然でしょ。 残していくなんて、そんなかわいそうな事できないわよ」
宣言通り薙刀と小さな荷物だけのビャクヤに対して、アリアは荷台がいっぱいになるほどの人形達を連れていた。
その人形の大切さは理解しているが、さすがにすべてを連れて歩くには多すぎる。それにそれだけの人形を常に稼働させていては消費魔力も馬鹿にはならないだろう。
ただアリアと人形達は俺を睨みつけて、動こうとしない。
俺が言い聞かせても納得する様子はなさそうだ。
どうしたものかと考えていると不意に声が響いた。
「お嬢さんが、アリアかな」
「だれ?」
反射的にアリアが身構える。
俺も視線を向けるが、相手は初老の男性だった。
上質なコートを身に纏い、手には結晶の埋め込まれた杖を握っている。
だがその杖も戦闘用ではなく、歩行を補助する物のようだった。
上品な初老の老人。それが俺の抱いた印象だ。
とてもではないが戦闘ができるようには思えない。
老人はアリアと並ぶ人形達を見比べて、小さく笑った。
「いやなに、私はナナリアの古い知人だよ。 そう言うお嬢さんは、ナナリアの作る人形に似ているね」
アリアの回答は、沈黙だった。
それどころか、馬車の陰では人形が武装を始めている。
しかし老人は笑みを浮かべたまま、手に持ったバッグをアリアに差し出した。
「詮索はしない。 ただナナリアの最後の注文を届けに来たんだ。 ほら、受け取ってくれないかな」
「これは?」
「人形達の家とでも言おうか。 中は魔法で人形が多く入るようになっている。 ナナリアが今後、必要になると言って注文してきたものだけれどね」
俺は密かに驚いていた。
魔法のバッグは一般人が注文できるような代物ではない。
その利便性による需要から相当な金額で取引をされている。
アリアが従える人形が全て入り切るバッグとなれば、相当な値段になるはずだ。軽く一財産は堅い。
少なくとも見ず知らずの相手に気軽に渡せる代物ではない。
警戒心を強めたアリアは、人形達をいつでも襲い掛かれる位置へと配置した。
「悪いけど手持ちがないの。 受け取れないわ」
「いいや、もう十分に代金は受け取ったよ。 後は君に受け取ってもらうだけなんだ」
そう言うと、老人はゆっくりとアリアへ歩み寄った。
「だからその人形達を一緒に連れて行ってあげて欲しい。 君と一緒にいるのが一番、あの娘も喜ぶはずだ」
弾かれたように、アリアが顔を上げた。
地平線の向こう側から顔を出した朝日が、老人の姿を照らし出す。
壮齢だが金色の髪を持ち、優し気な蒼い瞳は迷いなくアリアを見つめていた。
相対するアリアはその老人の顔を眺めた後、その手からバッグを受け取って踵を返した。
ともすれば不遜な態度だが、そんなアリアの代わりに一体の人形が老人の前へと歩み出る。
少し汚れたそれは、アリアが最初に名付けたひとり。
共に育ち、共に苦難を共にした、唯一の家族と言っていい存在、メリア。
動く人形に驚きもせず、老人はただ人形へ微笑みかける。
そしてアリアは老人に背中を向けたまま、言う。
「その子の名前はメリアというのだけれど、なにか貴方に言いたいことがあるみたいなの。 だから私が代わりに伝えるわ」
小さく震える声で、『メリア』は言う。
「行ってきます」
「あぁ、行っておいで」
老人は、涙を流しながらそう返したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます