第66話

 異様な沈黙を切り裂いだのは、ハイゼンノードだった。 


「簡単な話をしようよ! パーシヴァルを、僕に渡してくれないかな! 断れば殺すとしよう! 黙っていても殺すよ! 引き渡せば、殺さない! すごく簡単だよね! すごく簡単さ!」


 誰もが分かっているのだ。彼がパーシヴァルをあそこまで追い詰めたのだと。

 元とは言えプラチナ級冒険者を死の寸前まで追いやった狂人。そんな相手とまともにやり合って、勝てるのか。

 そんな不安が頭をよぎる。それに加えて、周囲には数えきれないほどのゴーレムが集結している。

 混戦になれば、建物の中にいる住人にも被害が出る可能性もあった。


 その時、後方から声が上がった。

 

「道をあけてくれないか。 頼む」


「ギルドマスター! その傷で動けば死ぬぞ! わかってるのか!?」


「死ぬなら、この街のために死ぬよ。 それが私の、最後の役目だからね」


 俺が呼び止めた所で、パーシヴァルは聞く耳を持たなかった。

 ひとりの神官に支えられて、パーシヴァルはハイゼンノードの前まで向かった。

 他の冒険者は、そんな彼の背中を見送る事しかできずにいた。


「あぁ、出てきたね! パーシヴァル! さっきは勝手に逃げていくから、こうして探す手間がかかってしまったよ!」


「それは悪かった。 少し急ぎの用事があったんでね。 それで、メイヤード。 私がお前に殺されれば、この街から手を引いてくれるのか?」


「それはわからないよ! わからない! だって君を殺したことがないからね、僕は! 殺したいと願っていたけれどね、僕は!」


 そこで初めて、ハイゼンノードが人間らしい感情を覗かせた。

 今まではなにを言っても狂ったような笑顔しか浮かべなかったハイゼンノードが、明確な怒りを表したのだ。

 一方のパーシヴァルは力なく笑っていた。まるですべてを諦めたかのように。


「恨んでいるんだな、エリスのことを」


「当然だよ! 当然さ! 君は約束を破ったんだ! 僕との約束を! 彼女との約束を! 僕の愛する妻を殺したのは、君なんだからね!」


 その言葉に、全員の視線が集まった。

 ハイゼンノードの言葉はそのままの意味で狂言なのか、それとも真実なのか。それを見極めるためだ。そしてパーシヴァルの沈黙が、全てを物語っていた。

 ゴーレムの軍勢が、足を踏み鳴らす。

 その音は街中に響き渡り、ハイゼンノードの怒りを代弁しているかのようだった。


「言ったはずだよ! 君は彼女を守り抜くと! 彼女は言っていたよ! 君が守ってくれると! その結果はどうだい!?」


「それは申し訳なく思ってる。 私の力不足だった」


「力不足!? 違うよ! まったく違う! 君は危険だと知っていて、彼女を呼んだんだろう!? 貴族との交渉の場にエリスを呼んだのは、君の判断だ! ただの学者だった彼女を、争いごとに巻き込んだのは君だろう!?」


「彼女の話術が必要だったんだ! 貴族との交渉を有利に進めるためには! 上手くいけば、争いをせずに和解の道を歩めたはずだった!」


「それで? エリスはどうなったんだい?」


 ハイゼンノードの問いに、パーシヴァルは言葉を詰まらせる。

 場は完全にハイゼンノードに支配されていた。


「あはははははは! 言えないのか!? 言えないんだね!? なら僕が代わりに答えよう! 貴族に弄ばれて、四肢は切り落とされ、生きたまま大広場に吊るされたんだ! 苦しかったろう! 悲しかったろう! 寒かったろう! 痛かったろう! 君に騙され、憎かっただろうに!」


 ただ叫ぶ。

 ハイゼンノードは怒りを吐き出していた。


「自由の為だとふざけた理由を掲げて解放戦線に参加して、君はさぞ優越感に浸っていたんだろうね! 自分が英雄にでもなった気分だったんじゃないかい? いいや、そうだったはずだ! パーシヴァル・エドウィン!」


 ハイゼンノードの咆哮と共に、周囲の建物が倒壊する。

 見ればゴーレムが見境なく街を破壊し始めていた。


「決めたよ! いま決めた! ここで君を殺して、そして君の大切な物を全て壊すとしよう! それがいい! それがいいよ! いいや、そうであるべきだ」


 瞬間、ハイゼンノードの背後にいたゴーレムが、パーシヴァルへと襲い掛かった。

 それまでのゴーレムとは比べ物にならない速度で、拳が振るわれる。

 冒険者達が声を上げるが、到底間に合う距離ではない。

 そしてなにより、パーシヴァルから避けようという意思を感じなかった。


 ◆


 地面を削り取り、そしてその腕が壊れることさえ厭わない一撃はしかし、目標を捕らえることはなかった。

 ゴーレムが殴った個所に血痕が無いことに気付いたのか、笑い声が収まり、ハイゼンノードが周囲を見渡した。


「あれ? 死体がない! 死体がないよ! 僕の親友の死体が!」


 ハイゼンノードという男が、少しだけわかってきた気がする。

 同情はする。理解もできる。

 だが見過ごすことはできなかった。


「させると思ったか?」


 パーシヴァルと神官が、驚きの表情で俺を見た。

 いや、ふたりだけではない。

 周囲の視線が集まってくるのを感じる。

 

 普通の転移魔導士は人間を転移させられない。

 そのため俺の能力に驚いているのかもしれない。

 無駄に注意を引くことは避けたかったが、そうも言っていられない状況だった。

 ハイゼンノードが俺と俺の後ろに転移したパーシヴァルを見つけて、笑い声を上げる。 


「あははははは! また君か! なんど僕の邪魔をすれば気が済むんだい?」


「なんどでも、だ。 お前がこんなバカげたことをやめるまでは、なんどでもお前の邪魔をする」


「話を聞いていなかったのかい?  その男は死ぬべき人間なんだ!  自己満足の為に他人を殺す最低の男なんだからね! そうだろう!? そのはずだ!」


「確かにパーシヴァルは愚かなことをした。 だが今はギルドマスターとして、この街の発展に全てを掛けている。 その結果は評価されるべきだし、冒険者なら誰でも彼を評価している。 いまやパーシヴァル・エドウィンはこの街には必要不可欠な存在なんだ」

 

 貴族からの解放で救われた人々は大勢いる。

 その後の都市の発展により恩恵を受けた者も大勢いる。

 冒険者などその最たる例だろう。

 ギルドマスターが凄腕の冒険者だったということもあり、この街の中では驚くほど冒険者に融通が利くようになっている。冒険者ならば誰もが、パーシヴァルへ感謝の念を抱いているはずだ。

  

 もちろん、大きな功績で過去の罪が洗い流されるとは言わない。

 しかしパーシヴァルはこの都市を発展させる事で、仲間を巻き込んだことの責任を取ろうとしているのだ。

 犠牲を払ったことを後悔しながら、都市の発展を仲間への手向けにしているのだ。


「だからここで死なれちゃ困るんですよ、ギルドマスター」


「ファルクス君。 いいんだ、もう。 メイヤードの言う通り、私は――」


 その時だった。

 乾いた音がパーシヴァルの言葉を遮った。

 見れば、アリアが張り手でパーシヴァルを黙らせていた。


 膝を突くパーシヴァルは、驚きの表情でアリアを見つめている。

 一方のアリアは、腰に手を当てて怒鳴りつける。


「なに甘えたこと言ってるの? 貴方は自分の行動の責任を、この街を発展させるという形で取ろうとしたのでしょう? なら最後までそれを貫き通しなさい。 今さら逃げるなんて、絶対に許さない」


 それだけを言い切ると、アリアは踵を返して俺達の前へと歩み出る。

 気付けば、周囲には人形の兵隊が武器を構えて整列していた。

 ゴーレムを従がえるハイゼンノードと相対するように、アリアは人形を率いて立ちはだかる。


「それに、狂った復讐者の相手は、同じ復讐者に任せなさい」


「君にその魔法を教えたのは誰なのか、忘れたのかい? 君如きに僕のゴーレムは止められないよ!」


「やってみる? 私の人形達は貴方の軍勢を粉砕し、破壊し、殲滅し、蹂躙するでしょうね。 無慈悲に、冷酷に」


「なるほど! なら最初に君達を殺して、街を破壊し尽くそう! きっとパーシヴァルも面白い顔を見せてくれるはずだからね!」

 

 破壊音が鳴りやむ。見れば無差別に破壊を繰り返していたゴーレムが、ピタリと行動を止めていた。

 そして一斉に、俺達へと視線を向ける。

 大通りだけではなく、総合窓口の前の大広間さえも埋め尽くすほどのゴーレムが一様に足を踏み鳴らし、距離を詰める。

 

 熟練の冒険者達を葬った軍勢だ。

 一筋縄ではいかないだろう。


 だが、ゴーレムの足音と同時に甲高い金属音が鳴り響いた。 

 剣を引き抜く音。盾を打ち鳴らす音。魔法を起動させる音。

 背を向ける者はいない。

 徐々に音に雄叫びが混じり始める。

 ひとり、またひとりと声は重なり、そして街を揺るがす咆哮へと変わる。


「ずいぶんと簡単に言ってくれるな、ハイゼンノード。 この街がなんて呼ばれてるか、知りながら言ってるのか?」


 無機質なゴーレムの中、ただ一人立ち尽くすハイゼンノードへ剣の切っ先を向ける。


「ここは冒険者の街、ウィーヴィルだ。 ウィーヴィルの冒険者をあまりなめるなよ」


 瞬間。

 二つの陣営が激突した。

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