第67話

 双方の陣営が激突した瞬間、多くの冒険者が弾き飛ばされた。

 それも無理はない。ゴーレムの質量は巨大な岩石と変わらない。

 その一撃を受けられる冒険者がごく少数であり、その少数の熟練の冒険者はすでにここにはいない。


 一気に防衛線を突き崩された冒険者達は魔法でどうにか押し返そうとしているが、間に合わない。

 後方で構えていた魔導士がゴーレムの一撃を受けそうになった、その時。


「空間転移!」


 そのゴーレムを転移させて、他のゴーレムへと叩きつける。

 砕け散ったゴーレムを踏みつぶして、そのまま次のゴーレムの元へと駆け寄る。

 どうにか最前線で耐えているのは重装備の高位冒険者と、大勢の魔導士から援護(バフ)を受けた冒険者、そしてアリアの人形兵団、ビャクヤぐらいか。

 簡単に見積もっても、総力戦では冒険者が一歩劣っている。

 負傷者は増えていく一方で、じりじりと押されているのが感覚で理解できる。

  

 だがここを突破されれば後方の総合窓口も容易に破られるだろう。

 そうなれば避難している市民の運命は決まったようなものだ。

  

 苦し紛れに目の前のゴーレムへ剣を転移させて、核に突き刺さったそれを引き抜く。

 確実に、一体ずつ。そんな戦い方では、いずれ押しつぶされてしまう。

 他のゴーレムに狙いを定めて剣を転移させようとした時、そのゴーレムを鮮やかな一撃が貫いた。

 見れば狙いを定めたビャクヤの一撃が、ゴーレムの核を寸分たがわず破壊していた。


「ファルクス、無理はするな!」


「ここで無理をしないで、いつするって言うんだよ!」


「周りのゴーレムは私の兵団とビャクヤに任せなさい! 貴方はハイゼンノードを! あの男を倒せば、全て終わるんだから!」


 アリアが言わんとすることは理解できる。

 全てのゴーレムを操っているのはハイゼンノードだ。ならばその元凶を潰せばこの戦いもすぐに終わる。

 だがハイゼンノードは膨大なゴーレムの壁に囲まれており、いまや何処にいるのかさえ不明だ。

 

 そしてなにより、前線が保たれているのはビャクヤと人形達による所が大きい。

 ハイゼンノードを探すためにその戦力を相手の陣営へ突っ込ませるのは愚策だ。

 下手をすれば前線が崩れてしまい、後方へとゴーレムがなだれ込んでしまう。

  

 ゴーレムの進入を許さずに、かつハイゼンノードを見つけ出す方法。

 その方法を実現するには、前線自体を押し上げる必要があった。


「いいや、ここで一気に片を付ける!」

 

 乱戦の中での使用には不安が残る。

 しかし前方のゴーレムのみが密集した空間であれば、無駄な計算や座標設定は必要ない。

 滅茶苦茶に座標を固定し、そしてありったけの魔力を絞り出して、魔法を起動させる。

 ビャクヤが何かを叫んだが、すでに魔法は解き放たれた。


「反響転移! 御剣天翔!」


 それは、ガラスが砕ける音に似ていた。

 目の前のゴーレム達が一瞬にして、ただの結晶の破片へと姿を変える。

 その異様な光景に一瞬だけ、周囲に静寂が走る。

 呆然とする者や苦笑いを浮かべる者。俺を驚愕の眼で見る者もいる。

 ただその一瞬の静寂は、俺にとっては絶好の機会だった。 


「全員、突っ込め! ハイゼンノードを討てば、この戦いは終わる!」


 叫んだ瞬間、ガクンと視界が揺れる。

 気付けば、両手を突いて地面に倒れ込んでいた。

 魔力枯渇。その一歩手前だ。

 これ以上魔法を使えば意識を失う。

 そうなれば確実に命はない。


 だが冒険者達は攻勢へ転じて、一気に敵陣へと斬り込んだ。

 ここで下がっても後がないと理解しているのだ。

 防衛線は確かに守る側が有利だが、相手は無尽蔵に生み出されるゴーレムだ。

 疲労もなければ食事も必要ない。ハイゼンノードの様子を見るに魔力が枯渇するのかさえ不明だ。

 消耗戦となれば確実に押しつぶされる未来が待っている。

 であればこの一瞬の勝機を逃すはずがない。


 ただビャクヤとアリアは前へは出ずに、俺の傍へと駆け寄ってきた。 


「ファルクス! お主、無理をし過ぎだ!」


「そうよ、この馬鹿! 少しは力を残しておきなさいよ!」


「はは、散々な言われようだな。 だが、見てみろ」


 冒険者達が切り開いた先には、ハイゼンノードの姿があった。

 飛び交う魔法や攻撃を周囲のゴーレムを使って躱している。

 その姿は、ハイゼンノード自体が優れた戦士という訳ではないことを証明していた。

 接近できれば、勝機は十分にある。


 しかし問題もあった。

 ハイゼンノードの周囲を固めるのは、アテネスが率いていたあのゴーレムだ。

 金属の輝きを纏い、一撃ごとに周囲の冒険者を沈めるその性能は、普通のゴーレムとは別格の性能と言える。

 そして魔法が使えない状況では、俺は足手まといだ。

 

 ハイゼンノードは混戦の中で俺を見つけると、ゆっくりと金属のゴーレムと共に歩み寄ってきた。

 

「残念だったね! 非常に残念だ! 君の様な逸材を殺すことになるなんて! 君の転移魔法はもっと様々な研究に使えただろうに! 殺さないといけないなんて!」


「させる訳がなかろう! 貴様はここで、我輩が討つ! ファルクスが作った、絶好の機会だ!」


「合わせなさい、ビャクヤ! この男を殺すわ!」


「あははは! 無駄だよ! 無駄!  君達に僕は絶対に止められない!  出ておいで、エリス!」


 両手を天へと掲げ、ハイゼンノードが叫ぶ。

 その瞬間、周囲の冒険者達が一切の抵抗なく、糸が切れたかのように倒れる。

 見れば喉元が切り裂かれ、止めどなく鮮血が流れ出ていた。

 

 容易に分かる。

 即死だった。


 ◆


 エリス。そう呼ばれた個体は、いつの間にかそこにいた。

 そう、一瞬前まではいなかったはずのその個体は、ハイゼンノードに寄り添うように、ただそこに立ち尽くしている。

 少女の様な細身のフォルムで、全身は金属で覆われており、金属のゴーレムの発展型だと推測できた。

 名前からしてハイゼンノードの妻を元に作っているのだろうが、中途半端に存在する顔が金属で覆われているため、えも言えぬ不気味さを醸し出している。 

 そして何より、胸にはまった濁った結晶が注意を引いた。


「あれが、同じゴーレムだっていうのか? それにあの胴体の結晶は、まさか」


「そうであろうな。 ヨミ様も間違いないとおっしゃっている。 あのゴーレムは魔素を使って動いているようだ」

 

「あれが噂の魔素って奴ね。 どこから手に入れてきたかは知らないけれど、少しは楽しめそうじゃない! 行きなさい、ティタルニア!」


 アリアと瓜二つの人形が、巨剣を抱ええてエリスへ肉薄する。

 その速度は並みの冒険者よりもはるかに早く、そして人形ゆえに動きを読ませない。

 しかしエリスは片腕で前へ突き出す。

 たったそれだけで人形の一撃を受け止めた。

 恐るべき強度と反応速度だ。


「『豪撃』!」


 だが不意の一撃が、エリスを襲う。

 戦っているのはアリアだけではない。

 人形の陰から飛び出したビャクヤが、渾身の一撃を頭部へ見舞う。

 しかしエリスは、棒立ちのままビャクヤの一撃を受け止めた。


「あははは! 無駄だよ! 無駄だ! エリス、殺していいよ!」


 ハイゼンノードの声で、エリスは豹変した。

 全身の金属が蠢き、腕や足を鋭い刃物へと変えると、即座にビャクヤへ襲い掛かった。


「『残影』!」


 ただビャクヤも熟練の戦士だ。

 スキルでエリスの攻撃を避けて、即座に反撃へと転じる。

 そのはずだった。


 気付けば、ビャクヤは吹き飛ばされ、家屋の壁を突き破って姿を消していた。

 ビャクヤはスキルを使って、かつ完璧なタイミングで回避をおこなったはずだ。

 だがエリスの速度はそれを上回っていた。

  

「言ったはずだよ、無駄だって! エリスには、誰も敵わないのさ!」


 まるで勝利宣言のように、ハイゼンノードは言い放った。

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