第64話
「さすがに、魔法を使い過ぎたか……。」
徐々に迫りくるゴーレム達を前に毒づくが、それは気休めにもならない。
魔素に侵されて以来、思考が攻撃的になりやすい傾向がある。身体能力が向上したことで、戦って物事を解決するという思考が強まったのか、それとも魔素そのものの影響なのかは不明だ。
しかしそのせいで相手を殲滅するという安直な行動に出てしまい、こうして魔力の枯渇に悩まされているのだから、気のせいの一言では済まされない。
どうにか戦闘に騒ぐ血を抑え込み、この場所を切り抜ける方法を模索する。
できれば戦闘をせず、消費する魔力も最低限に抑えて、かつ危険の少ない方法がいい。
そんな奇跡の様な方法があればいいのだが、そうでもなければ逃げ切る事は到底できない。
眼前に迫ったゴーレムの軍勢を睨みつけていると、俺のすぐ隣を金色の影が通り過ぎた。
言わずもがな、先ほどまでナナリアの捜索をしていたアリアである。
彼女は俺の前へ立ち塞がる様に歩み出た。
「お、おいアリア! 下がれ! そいつらはメリアだけでどうにかなる相手じゃない!」
「そうね。 確かにメリアだけじゃあ、敵いそうにないわ」
「わかってるなら、ビャクヤを連れてくるんだ! そうすればもう少し時間を稼げる!」
アリアは俺の言葉を聞いても振り返る事はなかった。
ただじっと、目の前のゴーレム達の方を向いている。
そして表情を隠したまま、彼女は震える声で、言った。
「時間を稼ぐ必要はなくなったのよ。 おかげさまでね」
その言葉の意味は、たった一人で立ち尽くす少女の背中が明確に物語っていた。
「全員、構え!」
アリアの高らかな号令と共に、鋭い金属音が鳴り響く。
振り返れば、数十体にも及ぶ武装した人形が戦列をなしていた。
なかでも特に目を引くのは、最前列の中央に佇む人形だった。
背丈から服装、そして黄金色の髪と蒼い瞳まで、まるでアリアと鏡写しの様な人形だ。
その人形を、ナナリアがどんな気持ちで作ったのか。
ナナリアはなにを思って、その人形を作ったのか。
知る由もなく、その人形は強大な剣を掲げる。
「許さない。 絶対に、貴方達は! 幻想兵姫ティタルニア。 殲滅して! この敵を、全員、破壊して!」
アリアの悲痛な叫びは、開戦の角笛。
主人の命令を遂行すべく、人形の兵団は疾風の如き速度で、敵対者へと襲い掛かった。
人形の軍勢が、同じくゴーレムの軍勢とぶつかり合う。
とは言えメリア程度の人形が集まったところで、ゴーレムに対抗できるとは思えなかった。
だがしかし、その考えはあっさりと覆された。
人形の兵隊は瞬く間にゴーレムを打ち砕いていったのだ。
結晶を切り裂き、核を打ち砕き、人形達は次々とゴーレムを屠っていく。
以前のメリアの力とは比べ物にならない。
それはまるで、急激に魔法が強化されたような――
「この力は、まさか!」
知っている。この現象を、俺は知っている。
見れば、ビャクヤが申し訳なさそうに顔を背けた。
「済まぬ、ファルクス。 我輩に抗うすべはないのだ。 ヨミ様が出てくれば、我輩は無力だ」
俺の時もそうだったが、ビャクヤはヨミの命令に逆らうことができない。
それは仕方がない。他の使徒と比べて、ビャクヤとヨミの距離は非常に近いと言える。
理由は分からないが、ヨミはビャクヤの体を乗っ取ることができるのだ。
そんな状況でビャクヤを責めることはできない。
だが、この状況でアリアが冷静な判断ができる訳もない。
怒りで我を忘れているアリアの前にビャクヤの姿で出てきて、契約を結ばせる。
その行為は到底、許される事ではない。
例え俺に力を与えてくれた存在であろうとも、看過できなかった。
「わかってるのか、アリア! お前が手を取った相手が何者で、自分がこれからどんな戦いに巻き込まれるのか!」
「聞いたわ。 ヨミとかいう高飛車な女の手駒になって、敵対してる組織の人間を殺す。 それだけよ」
「それだけ? お前、それを本気で言ってるのか」
使徒との戦いは、血みどろの戦いになる。
ヴァンクラットと戦ってそれを理解した。
そこに足を踏み入れる事の意味を本当に理解しているのか。そしてその覚悟が本当にあるのか。
目の前の犠牲によって怒りが心を支配している今の状態で、その判断が本当にできているのか。
聞きたいことはいくらでもある。
だがアリアは振り返って、言った。
蒼い瞳から大粒の涙を流しながらも、一切の表情を浮かべない顔で、言った。
「もう戻れないのよ。 すべて遅すぎたの。 だからハイゼンノードに思い知らせる。 絶対に成し遂げる。 ここで、終わらせるの」
「お前の意思は何処にいったんだ! それじゃあまるで……。」
アリアは、復讐に対する復讐をしようとしている。
そこに自身の意思はなく、まるで復讐のために生きているかのようだ。
どうしようもなく口をつぐむと、アリアは確たる意思を感じさせる声音で、言い切った。
「そうね。 私はもう、復讐という名の糸に操られる人形よ」
◆
幸運なことに、商業地区を抜けた後はゴーレムの襲撃はなかった。
もしあったとしても、アリアの兵隊が一瞬で破壊しただろうが。
そしてたどり着いた目的地の酒場では、マスターと何人かの冒険者が近隣の住人を保護していた。
「ファルクス! この状況はいったいなんなの!?」
「道中で説明する。 今はとりあえず周辺の冒険者と住人を集めて、冒険者ギルド総合窓口へ向かおう。 そこが一番安全なはずだ」
「道中の護衛は任せなさい。 私の私兵が街に散らばっているはずだから」
マスターの判断はさすがとしか言いようがない。
一応、近隣に残った住人がいないかをアリアの人形に探させたが、残っている人はいなさそうだった。
そのまま人形達には持たせた手紙を各地の窓口へ持って行くよう、街中へ送り出す。
戦力の分散につながるが、今のアリアなら人形の数体もいれば自衛は簡単だ。
ただアリアを見たマスターは、少し首を傾げた。
「貴女、この前の子よね。 ずいぶんと雰囲気が変わったみたいだけれど」
「そう?」
「良い意味でも悪い意味でも、吹っ切れた顔をしてるわ」
酒場を経営する者の勘だろうか。的確な意見に俺とビャクヤが身を固くする。
しかしアリアは疲れ切った素振りを見せに留まった。
「落ちる所まで落ちたともいえるけれど」
「それならよかったじゃない。 後は登るだけよ」
そう言ってマスターは微笑む。
返す言葉もないのか、アリアが苦笑を浮かべているのが印象的だった。
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