第63話

「空間転移!」


 座標を定めて、一対の剣を転移させる。

 その瞬間、拳を振り上げていた二体のゴーレムは動きを停止させて、ぐらりと揺れる。

 だが核を失ったゴーレムが倒れる前に、他のゴーレムが襲い掛かってきた。


「このっ!」


 破壊音。続く衝撃。

 地面が一撃で砕かれ、その威力を物語っていた。

 その無慈悲な一撃をどうにか回避して、手元に剣を戻す。

 しかし安易に攻撃することはできなかった。


 魔素で身体能力が強化されたおかげで回避はどうにかなっている。

 だが普通に戦っても勝てる相手ではない。

 ゴーレムを対処できているのは転移魔法のお陰だ。

 逆を言えば転移魔法ありきの戦い方しかできない。

 俺の剣の腕前では、結晶で守られた核を砕くことはできない。


 加えて、転移魔法を使っても一度に倒せるゴーレムは二体までだ。

 それ以上の数を捌ききるには、武器の数が圧倒的に足りない。

 相手は無尽蔵に湧き出てくるのだ。

 残っている魔力の量にも気を配る必要があった。


「あははは! そんな抵抗なんて意味ないんだよ! この数の前にはね!」


 大通りを埋め尽くすほどの、ゴーレムの壁。

 その向こう側で、嬉しそうな笑い声が上がった。


 アテネスは俺と直接戦おうとはせず、安全な場所からゴーレムに指示を飛ばしていた。

 休む暇を与えず攻撃を続けることで、物量で圧倒しようという考えのようだった。

 そしてその作戦は、大いに効果を発揮している。


 俺の魔力量は普通の魔導士に比べて多いことは間違いない。

 それに加えて転移魔法は消費魔力が少なかったこともあり、俺は魔力の枯渇を一度も経験したことがなかったほどだ。

 ただ、ヨミによる魔法の強化によって魔力の消費量が少なからず上昇した。

 大きな物質の転移や大規模な魔法を使えるようになったことで、消費する速度が上がったのだろう。

 

 連戦と大技の多様で、俺の魔力の底が見えてきていた。

 膨大であっても、無尽蔵ではないのだから、当然か。

 かといって時間を掛けて戦っていては消耗戦に持ち込まれる。

 そうなれば俺に勝機はない。


「なめるなよ! 空間転移!」


 転移する空間を大幅に設定。

 瞬間、周囲のゴーレム達が姿を消す。

 そして数舜後、空から降ってきたゴーレムによって、地上にいたゴーレム達が破壊される。

 耳をつんざく甲高い破砕音が響き渡り、結晶の破片が幻想的に光を反射する。


 これでアテネスの周囲を固めていたゴーレムを片付けることができた。

 しかしゴーレム達をなぎ倒されても、アテネスの表所は余裕のままだ。 


「頑張るね。 でも無駄だよ。 今のボスに魔力の限界はないの。 どれだけ壊しても、ゴーレムはまた作れるんだから」


「ならお前を狙えばいいだけだろ! 共鳴転移!」


 両手の剣を加速させて、アテネスへと射出する。

 風を切り裂く音と共に穿たれる剣だが、それが標的を貫くことはなかった。

 驚くべき身のこなしで初撃を避けるアテネス。だがその行動は前にも見た。


 俺が座標を決めてから射出するまでのタイムラグで回避行動をおこなうのだ。 

 その一瞬が、近接戦闘をする者達にとっては悠長な一瞬に感じるのだろう。

 ならば、その一瞬を埋める必要がある。

 

「空間転移!」


「あ、あれ!?」


 その時、アテネスが困惑の声音を上げた。

 唐突に上空へ転移させたのだから、無理もない。


 身のこなしから見て、アテネスも相当にレベルが高い。

 そんな相手を、高所から落としたところで大したダメージは与えられない。

 そもそも数階建ての建物から飛び降りても無傷の女だ。

 この程度の落下ではなんとも思わないだろう。


 だが、それが狙いではない。


「空中なら避けることもできないだろ!」


 いくら凄まじい身のこなしでも、それも自由に動ければの話だ。

 空中にいれば著しく動きが制限される。 

 地面を蹴ることができなければ回避もできない。

 武器を構えて防御することさえままならない。


 座標を固定し、魔法を起動。

 一対の剣が亜音速で女暗殺者を貫く。 

 その、はずだった。 


 無傷のまま地面に着地したアテネスは、微笑を浮かべている。

 その左右には、俺の剣を受け止めた、二体のゴーレム。

 だがそのゴーレム達は、普通の姿をしていなかった。


「ボスからもらった取って置きなんだけど、驚いてくれたかな」


 アテネスを守る様に立つ影。

 見上げるほどの巨大さ。体を覆うのは金属の輝き。

 不思議な光彩を放つ金属を纏った、巨人の様なゴーレムが俺を見下していた。

 ゴーレムは俺の剣を何ともないように、胴体で受け止めている。


「く、空間転移!」


 剣を取り戻し、そしてその異色のゴーレムの核へ剣を転移させようとする。

 しかし、上手くいかない。魔法は発動している。だがゴーレムの体内への転移ができない。

 あの金属が魔法を弾く性質を持っているのか、座標を固定しても転移が無効化されるのだ。

 

 二体が振り上げた拳から逃げるように距離を置く。

 だが周囲を見渡せば普通のゴーレムが俺を囲い込むように、列をなしていた。

 徐々に自由に動ける範囲が狭まっていた。

 

 一対の剣を構える俺を見て、アテネスが手を打った。


「すごいすごい! ここまで追い詰められたのに、まだ戦う気なんだ!」


「生憎と、仲間を見捨てられる性分じゃあないんでね。 だが敵なら容赦なく始末する。 それはお前も見たはずだが」


「そだね。 君は私達の仲間を何人、何十人と殺した。 だからボスが凄く怒ってたよ。 君は絶対に殺すんだってさ」


「それはご苦労な事だ。 転移魔導士の俺なんかに、戦力を割くなんてな」


「最大の障害には最大の戦力を。 君さえいなければ、ボスが恐れる相手も居なくなる。 だから、ここで潰れちゃえ!」


 アテネスの声と共に、ゴーレムの軍勢が起動した。

 何十体という数のゴーレムが雪崩れのように詰め寄せる。

 攻撃ではなく、その質量で俺を圧し潰すつもりだ。

 

 ゴーレムも元は巨大な岩と同じ質量だ。

 下敷きになるだけで致命傷になり得る。

 だからこそ、近寄らせる前に、全てを終わらせる。


「残響転移! 御剣天翔みつるぎてんしょう!」


 ◆ 


「ま、まさか、そんな! 一瞬で全滅なんて!」


 悲鳴にも似た声を上げるアテネス。

 周囲を見渡せば、ありったけの魔力を使った大技のお陰で、殆どのゴーレムが砕け散っている。

 残っているのは金属で覆われた二体のゴーレムと、それに守られたアテネスだ。


 だが、体から、力が抜ける。思わず片膝を突くが、視界が揺れて平衡感覚が保てない。 

 そしてアテネスは先ほどの見え透いた演技を中断して、ゆっくりと俺に近づいてきた。

 もちろん、あの金属のゴーレムを伴って。


「……なーんてね。 さっきの話、聞いてなかった? ボスがいる限り、ゴーレムは無尽蔵に生まれてくるんだよ? それに、まだこの子が残ってる」


「そう、みたいだな。 ずいぶんと頑丈だ。 俺の技を受けても、耐えるなんてな」


「ボスの最高傑作、の余り物で作ったゴーレムだからね。 それでも君を殺すには十分だったみたいだけれど」


 勝ちを確信したのだろう。

 目の前までやってきたアテネスは、袖口から長い刀剣を取り出した。 

 ゴーレムではなく、自分の手で俺を殺すと決めていたのか。

 口元の微笑は残酷な笑みへと変わっていた。

 ただ、易々と殺されるつもりもない。


「いいや、そいつもお終いだ。 共鳴転移!」


 加速した剣が唸りを上げて、ゴーレムを襲う。

 俺の魔法の起動と共に、ゴーレムはアテネスを守る様に構える。

 だがそれはある意味、俺にとって最も望んだ展開でもある。


「その程度の攻撃でこのゴーレムが――」


 アテネスの言葉を遮り、金属の砕ける音が鳴り響いた。

 周囲には金属で覆われた結晶が散らばり、胴体部分を失ったゴーレムが地面に崩れ落ちる。

 それを見て、アテネスは言葉を失っていた。


「その程度の攻撃で、なんだと? 一点に攻撃を集中させれば、どんな物体だっていずれは砕ける。 ただ固いだけの木偶の坊を貫くなんて、造作もない」


 何度も俺の攻撃を胴体で受け止めたのだ。

 ワイバーンの鱗を貫く一撃であり、今回は刺突に特化した剣も使っていた。

 たかだか強化された金属と結晶では、そう何度も受け止められるはずがない。

 最後の一撃を受けた有様は、言うまでもなかった。


 そしてゴーレムを破壊した一対の剣は、そのままアテネスの胴体をも貫いていた。

 致命傷であり、最高位の回復魔法でも使えなければ助からないだろう。

 当然、結晶魔導士のアテネスにそんな魔法がつかえるわけもない。 

 口元から鮮血を零しながら、彼女は俺を睨みつけた。


「ボスならきっと、君を……。」


 それが彼女の最後の言葉となった。

 美しい顔は怨嗟に歪み、化粧ではなく憎しみに彩られて地面に倒れた。

 さすがに立ち上がる様子はない。


「そんな安い復讐を最後に望むのか。 もっと善良な生き方をすれば、そんな最後にはならなかっただろうに」


 どうにか彼女の元まで歩いてゆき、剣を回収する。

 転移魔法を気軽に使えるほど魔力は残っていないのだ。 

 だが周囲を見渡せば、先ほど破壊したはずのゴーレム達が復活しつつあった。

 核を破壊した個体は復活に時間がかかっている様子だが、体の一部分を破壊しただけのゴーレムは、すでに無傷の状態まで回復している。

 

 徐々に出来上がる無機質な結晶の軍隊は、少しずつだが確実に俺達を追い詰めつつある。


「はは、これは、まずいかもな……。」


 俺に残された魔力は、殆どない。

 三人だけでも転移魔法で逃げるという最後の逃げ道さえ、塞がれてしまった。

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