第55話

「本当なのか、今の話は」


 問いただしても、アリアからの返事はない。

 代わりに答えたのは、楽し気に笑う狂気の研究者だった。

 ハイゼンノードは最高に楽しいとでも言うように、非常に饒舌に語った。


「あはは! 覚えているよ、覚えているとも! こんなちっちゃな子供が、入団してきたのだから! 記憶に、脳裏に焼き付いている! 鮮烈に、鮮明に!」


「仕返しがしたかったの! 私を虐めた人に! 私の居場所を奪った人に! でも殺してなんて頼んでない!」


「でも殺してしまった! 君のせいだ! 君が殺した! 殺すと分かっていて僕を頼ったんだろう!? なら君が殺したに違いない! あはは、ははははははははははははははははは!!」


 ハイゼンノードは両手を広げて天を仰ぐ。

 その狂ったような笑い声が、広い室内に反響して、何度も何度も耳を打った。

 アリアは耳を塞ぎ、しゃがみ込む。そうして自分を守っているのだろう。

 もはや引き返せない場所まで来てしまった自分を。


「そうだ! その男の入団の儀として、子供の手足を切り落とすとしよう! 裏切り者には罰を与えないとね! アテネス、男に剣を渡してあげて!」


「……ファルクスって言ったかな。 なるべく、苦痛を与えないようにしてあげて」


 ゆっくりと近づいてきたアテネスは、俺の武器のワイバーンウェポンを手渡してきた。

 耳を塞いでしゃがみ込み、小さな嗚咽を漏らす、幼い少女を見下ろしながら。

 周囲を見渡しても、やはりハイゼンノードに意見をする者はいない。


「銀の翼はこんなことも許される集団なのか。 最低な組織だな」


「本当にそうかな? この組織にもいい面が存在するよ」


「いい面だと? たとえば?」


「貴族への暴動を扇動したのが誰なのか、知ってる? 自由の翼という組織が、なぜ貴族の眼を欺いて暴動を成功させたのか、詳しく聞きたい?」


 アテネスの言葉に、冗談の色はなかった。

 旧貴族街と最も遠い場所に位置する大門の中。銀の翼がそんな場所に本拠地を置いている理由。

 その理由に不思議なほどに納得してしまった。

 溜まりに溜まった貴族への復讐心が生んだ、街を救うための組織。そしてその復讐が終わってもなお、組織は街の暗部に存在し続けていたのだろう。


「なるほどな。 それがお前たちの正体ってわけか」


「世の中、綺麗ごとじゃ周らないの。 だから君も素直に言う事を聞いて。 きっとこの組織が街に必要だと思う日がくるから」


「子供の腕を切り落とすことに、なんの感情も抱かない組織が街に必要なのか?」 


「アリアは私達の構成員や協力者を殺した。 街で起こった連続殺人の理由がそれだよ。 あの中には本当に情報を提供していただけの、殆ど無関係の人もいたっていうのに。 私と仲の良かった、仲間だって。 いくら子供といっても、到底許されることじゃないよ」


 アテネスの言葉には微かな怒りが含まれていた。

 見ればアリアが耳を塞いだまま俺を見上げていた。

 俺の反応を窺っているのか。それとも自分がどうなるのか不安なのか。あるいは、その両方か。 

 あらゆる理由があろうとも、人殺しが正当化されることはない。であればこの組織のしていることと、アリアの行った殺人は同罪であり、絶対に許されることはない。

 なら、それなら。


「確かにアリアは罰を受ける必要がある。 罪を償うことも必要だ。 だが――」


 そっとアリアへ手を差し伸べる。

 おずおずと小さな手を伸ばし、遠慮がちに俺の手を掴んだ。

 周りの人間が注視する中、目の前のアテネス。

 そして奥で笑みを浮かべるハイゼンノードへ、告げる。


「それはお前達の役目じゃない」


 固く握りしめたアリアの手を離さず、大門の外へと転移した。


 ◆


 魔法を封じる手錠をかけられる瞬間、アテネスの持っていた鍵を自分の手の中に転移させていた。

 代わりに宿の鍵をアテネスのポケットに忍ばせておいたのだが、案外気付かれないものだな。

 そのお陰で手錠は難なく外れ、アリアと共に鉄格子の先に見えていた空へと転移した。

 

 流石に裏の組織とはいえども、転移で逃げる相手をすぐさま捕まえる事は出来ないだろう。

 安易に束縛できると考えていたアテネスも、今ごろは慌てふためいているに違いない。


 ただ街中に逃げ込むのは悪手だ。話を聞く限り銀の翼の構成員は街中に散らばっており、容易に居場所が特定されてしまう。それに暗殺や奇襲の可能性も否めない。


 そこで街の外を目指して転移を続けて、街の近辺にある荒野へとたどり着いていた。

 無人の荒野なら人通りも皆無であり、さすがに銀の翼といえども捜索は容易ではないだろう。

 そしてなにより、俺の能力を加味すれば狭い街中で戦うよりも広い空間の方が有利ともいえる。

 だが、腕の中のアリアは不安からか涙を溜めて訴える。


「逃げ場なんてない! どこにいても銀の翼に見張られてるの!」


「いいから、落ち着け」


 暴れるアリアの抱きしめて、そっと頭を撫でる。

 どれだけそうしていただろうか。

 徐々に落ち着きを取り戻したアリアは、俯いたまま動かなくなった。 

 そして細い腕を掴み、魔法を抑止する腕輪を取り外す。

 今の彼女には必要のない物だ。

 

「親友に伝えてくれ。 街の北西、荒野の中に集まってくれとな」


 さすがにこれだけで逃げ切れるとは思えない。せいぜい時間稼ぎがいいところだろう。

 だが俺とアリアだけであの組織を迎え撃つのは厳しい。

 あの場所にいただけでも相当な数だ。

 となれば総数は俺達の予想をはるかに超えているに違いない。

 有利な場所とは言え、少しでも援軍と物資が必要だった。

 

 俺の言葉を聞いたアリアは顔を見せずに、俯いたまま小さく頷く。

 何を考えているのかわからないが、彼女が安心できるのならそれでいい。

 

 幼いアリアが進んでしまった復讐の道。

 もし俺が同じ手段を取っていたとしたら、彼女と同じ運命を辿っていたのだろうか。

 勇者一行から追い出された俺が逆上して、銀の翼の力を借りて復讐をする。

 そんなことが頭を過り、思わず苦笑する。


「復讐か。 俺も考えたことがある。 パーティを追い出されたとき、あの勇者をボコボコにできる力があれば、使ってたかもしれないな。 まぁそんな力が無かったから追い出されたわけなんだが」


 徐々に白みだしている空を見上げる。

 そろそろ夜明けだろうか。


「今になっても夢に見る。 あのくそったれな勇者が地を這う姿をな。 それは痛快で、現実だったらどれだけ気分がいいか。 夢の中なら俺だって勇者に負けてない。 妄想の中ぐらい好きにさせてくれ。 そんなことを思ってるよ。 酷く惨めで、かっこ悪いけどな」


 一向に離れようとしないアリア。

 俺の話を聞いているのか、聞いていないのか。

 ただ聞いてくれていると信じて、言う。


「お前の抱いた感情は醜いものだ。 だが間違ってもいない。 俺とお前は同じだ」


 俺とアリアは、自分の居場所を追い出された者同士だ。

 だが俺が踏みとどまれたのは、俺が弱かったから。そしてアーシェという支えがあったからだ。ビャクヤに救われたことも、大きいだろう。

 だがそれすらない、魔法の素質を持っていた幼いアリアが復讐を行動に移したとして、誰が責められるのか。

 いや、逆だ。責めることなら誰にでもできるのか。


 法規に照らし合わせて、殺人の罪に問い、幼い彼女が抱いた感情など無視して、罰を与える。

 それが憲兵団の仕事なのだから。許されざる殺人を犯した彼女を、散々に追い詰めるだろう。

 そのまま死罪を与え、その心に後悔と罪悪感を焼きつけるに違いない。


 ならば、同じ者同士として、俺にできること。

 俺にしかできないことがある。 


「だから大丈夫。 なんとかなるさ。 この俺がなんとかなったんだからな」


 彼女の行動を受け入れ、そして許すこと。

 それが俺にできる、最大限の慰めなのだろう。

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