第47話

「まさか、あの時の子供が今回の黒幕だったとはな」


 古くなった絨毯の上に横たわる少女を見て、思わずつぶやいた。

 少女は魔法かなにかで偽装していたのか。

 気絶してからは貴族のような姿から、以前助けた時の素朴な姿へ変わっていた。

 あの冒険者たちに人形を奪われていた少女、そのままである。

 先ほどまでの高圧的な雰囲気からも一転、今ではごく普通の子供に見える。

 そんなまさかの事態に、俺は行動を決めかねていた。


「どうするつもりだ? この事実をギルドに報告すれば、依頼は完遂したことになるのだろうが」


「それでも、この子から話を聞かないことには始まらないだろ。 捕まえてギルドに引き渡して、それで終わりってわけにはいかない。 ギルドは憲兵団に彼女を引き渡し、憲兵団は相応の罰を与える。 こんな子供であってもな」


「だが、お主も分かっているであろう。 その子供は人形を操って、人を殺めている」


「そこがある意味で問題だ。 どんな理由があっても人殺しが正当化されるとは思わない。 だがなぜ人を殺したのか、その理由は聞くべきだと俺は思ってる」


 不満げなビャクヤの気持ちも分かる。

 この少女は人形を操って何人もの犠牲者を出しているのだ。

 それも街の中で、なんの罪もない人々から。

 普通に考えれば許される行為ではない。


 だが、この街での犯罪は憲兵団が取り締まる。権力や利権に屈しない法の守り手。

 どんな理由があろうとも殺人は重罪であり、いくら子供であろうとも相応の罰が下されるだろう。

 良くも悪くも、公平中立だ。

 俺達が手を下さなくても、彼女の未来は決まっている。

 だからこそ話を聞く価値はある。彼女がなぜ手を汚したのかを。

 

 魔力切れで倒れたのなら、魔力を補充すればいい。

 魔法薬を飲ませて数分。少女は目を覚ました。

 そして周囲を見渡し、俺達を見て諦めたように笑った。


「負けたのね、私達は。 それで、これからどうなるの?」


「まずは色々と話を聞かせてもらおうと思ってな。 まずは名前を聞かせてくれ。 なんて呼べばいいのか。 おっと、抵抗しようなんて考えるなよ」


 ビャクヤが周囲を見張っているが、相手の能力が分かっていない以上、油断はできない。

 ただ転移魔法の長所として発動が非常に速いという物がある。咄嗟の対処なら人並み以上に自信があった。

 だが少女は俺の警戒とは裏腹に、素直に口を開いた。


「そんな事しないわ。 私の名前はアリアよ。 私の、とても大切な名前なの」


「ならアリア。 自分が今、どういう状況に置かれているのか理解しているんだよな」


「大人の男性に縄で縛られて、廃墟に監禁されているわ。 この後どうなるか不安で震えてしまうわ、なんて」


 小さな舌を出してふざけるアリア。

 その様子から罪の意識は見て取れなかった。


「冗談を言っていられる場合か? 人形を使って人々を襲い、何人もの犠牲者を出した。 はっきり言って、到底許される行為じゃない」


「元より許してもらおうなんて思ってないわ」


「殺した理由も話せないのか? 憲兵団の追及から逃げ切る事はできないぞ」


「逃げ切る? それは違うわ。 間違っている。 本当に何も知らないのね」


 脅しに近い言葉に対しても、アリアは表情を動かさなかった。

 それどころかけむに巻くような言葉で、目的を隠してしまう。

 ただ俺の言葉に偽りはない。憲兵団の手に渡れば苦痛による自白を強要される。

 すでに何件もの殺人を犯している罪人となれば、向こうも手加減しないだろう。 


「なぜそこまで言いたくないんだ?」


「疲れたの、なにもかも。 すべてがどうでもよくなっちゃった」


「ここで話せば、俺達がギルドへ口添えすることができる。 君を救えるかもしれないんだ」


「それこそ、冗談でしょう? 救えっこないわ。 誰も私を、私達を救ってなんてくれないんだから」


 鼻で笑い、アリアは吐き捨てるように言った。 

 そこには一切の期待や希望と言ったものが無いように思えた。

 廃墟に潜み、人形で街の人々を襲う。そんな彼女の行動原理はいったい何なのか。

 その理由を考えてみても、常人には理解できないだろう。

 だからこそ、知る必要がある。人を殺めた理由を。


 そして何より、彼女の言葉を聞いたとき、唐突に理解した。

 アリアの姿がなにかに似ていると思っていた。

 それは、パーティを追い出された時の俺だ。

 やけになって、自分は誰にも想われていない人間なのだと思い込む。

 確かに彼女は絶対に許されるべきではない。

 重罪人であり、そして罰を受けるべきだろう。

 しかし、話を聞いてみたくもなった。


「わかった、なら考える猶予をやろう」


「ファルクス! その間に被害者が増えたらどうするつもりだ!」


 吠えるビャクヤ。

 確かに彼女のいう事は正しい。

 しかし俺も馬鹿ではない。


「誰も自由に行動させるとは言ってないだろ。 俺達と一緒に行動してもらう。 魔力を制限する道具も着けてな。 それなら大丈夫だろ?」


「それは、そうだが……。」


「それとも人形が怖いか?」


「そ、そうではない! 断じてそうではなからな!」


「なら大丈夫だな。 ほら、アリア。 これを付けろ」


 冒険者ギルドや憲兵団が使用する特殊な道具だが、今回の事件に合わせてギルドから支給されている。

 それを取り出して、アリアの手首に嵌める。折れてしまいそうな華奢な腕だけに少し緩いが、それでも抜け出す可能性はなさそうだ。

 腕輪を付けられたアリアはと言うと、憮然とした表情で俺を見上げている。


「どういうつもり? 私は感謝もしないし、この考えを改めることもしないわ」


「別にそんな事考えてないさ。 とりあえず、うまい飯でも食いに行こう」


 追い詰められた時には、食事が心の余裕を作ってくれる。

 経験者は語るという奴だろう。そんな経験は、しないに越したことはないのだろうが。 

 特に年端もいかない少女にとってそんな経験など、毒にしかならないのだから。

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