第46話


「貴族というのは、ずいぶんと裕福な暮らしをしていたのだな」


 旧貴族街の端。朽ち果てた屋敷を見上げて、ビャクヤがそんなことを呟いた。

 例の幽霊屋敷は酷い有様だったが、それでも見事な建造物であろうことは、否定しようがない。

 廃墟も当然だが、それでもかつての繁栄を思い起こさせるには十分だった。


「十年前までウィーヴィルの統治権を貴族が握っていたからな。 私腹を肥やした貴族に腹を立てた市民の集まり、『自由の翼』が反旗を翻し、統治権を奪還したらしい。 俺達が街に来た時にはもう冒険者の街として栄えていたが、それまではこの街にも悲惨な時代があったと聞いてる」


 アーシェが歴史に興味があったため俺も覚えているが、貴族の統治は凄惨を極めたという。

 以前の魔王が勇者に滅ぼされて百年。

 魔王の復活に備えて力を蓄えることを命じられていた貴族達は、王家より法外な力と統治権を与えられていた。

 だが百年と言う歳月が権力者達を堕落させた。

 結果、魔王の復活を待たずしてウィーヴィルの貴族達は民意の前に姿を消した。 

 

 憎悪の対象だった貴族達がどうなったか、公式な記録は残されていない。

 だが実際にどうなったかは想像するまでもないだろう。

 貴族の呪縛から解放された住人達はウィーヴィルを去り、代わりに冒険者が大量に流入してきた。

 それが冒険者の都市ウィーヴィルの始まりだとされている。 


「栄華を極めた権力者も、こうなっては形無しだな」


 そんな事を言いながら、ビャクヤは好き勝手に荒らされた庭園を眺めていた。  


 ◆


 屋敷の捜索は難航した。

 誰かの邪魔がはいったというわけではない。

 純粋に屋敷が広すぎて、捜索する場所が多いのだ。

 結局、屋敷の主が使っていたであろう部屋へたどり着いたのは、ずいぶんと後の事だった。

 

 当時の当主だった人物の部屋は、意外にも綺麗に残されていた。

 と言うより、誰かが後になって片付けたのだろう。

 貴重品はあらかた持ち出されていたが、いくつかの資料と帳簿が見つかった。


「出資帳簿……相当な額だ」


「なにかわかったか?」


 部屋の奥を探していたビャクヤが顔を覗かせる。

 角にクモの巣が引っかかったのか。

 それを取るのに苦戦している様子だ。

 

 だが問題はクモの巣よりも帳簿の中だ。

 並んでいる金額は俺達では考えられないような桁ばかりだった。

 それも出資先の殆どは非営利の運営団体。特に孤児院への出資額が凄まじい。

 それは事前に聞いていた貴族のイメージとは、かけ離れていた。


「ここのウェブルス家は相当な慈善家だったらしい。 孤児院だけじゃなく、他にも多くの施設へ金を出資してる。 こんな貴族もいたんだな」


「貴族と一括りに言っても、残っていたのだな。 そんな善意の貴族が」


 特に後半へ行くほど、出資額が増えていく。

 中でも孤児院や子供に教育を施す学校関連への出資が多い。 

 室内を見渡しても、子供の肖像画などが多く残されていた。

 ここまでくれば理解できる。ここウェブルス家の貴族は相当な子供好きだったのだろう。

 帳簿を元の場所に戻し、残った最後の一冊へ手を伸ばした、その時。


『……ていけ』


 ふと、顔を上げてビャクヤを見る。

 だが彼女は自分の角の手入れに精一杯の様子だ。

 おかしい。確かに誰かの声が聞こえたはずだ。


「なにか言ったか?」


「我輩は何も言っていないぞ。 そっちこそ、なにか我輩に……。」


 そこで、ビャクヤの顔が凍り付いた。

 視線の先は、俺。いや、俺の背後。

 ゆっくりと振り返ると、そこには――


『出ていけぇぇぇぇええええええ!』


「で、でたぁぁああああああ! ファルクス! どうにかしてくれ!」


 幼い少女の叫びが、幽霊屋敷に反響する。

 黄金色の髪に少し汚れた衣服。瞳は鮮血のような赤。 

 宙に浮いた人形が、襲い掛かってきた。


「ふぁ、ファルクス!」


「任せろ!」


 高速で飛び回り、触れる物を片っ端から破壊する人形。

 捕まれば資料で読んだ通りの結果になるだろう。


 素早く腰から何本かの杭を取り出し、狙いを定める。

 聖銀。聖なる力を宿すとされる銀へ、さらに神聖属性の魔法を付与した品である。

 安くはないがアストラル系の魔物が苦手とする物質だ。 

 

 高速で転移させて聖銀を加速させる。

 そして俺へ襲い掛かってきた人形の胴体へと、転移させる。

 その瞬間。人形が吹き飛び、壁に叩きつけられる。


『痛い! 痛い痛い! 痛いぃぃいいいいい!』


 怨嗟のような叫びをあげる人形だが、その胸には聖銀が突き刺さっている。

 本来ならばアストラル系の魔物は物理攻撃を受け付けない。

 つまり、それが意味することは一つだった。


「こいつ、実態を持った魔物だ! 攻撃を当てれば倒せるぞ!」


 そう言った、次の瞬間。

 まるで獣の如き速度で飛び掛かったビャクヤが、人形を薙ぎ払った。

 周辺の家具を破壊する程の一撃で、人形が吹き飛ぶ。


 ◆


 鬼の剛撃が効いたのだろう。

 当初ほどの速度で飛べなくなった人形は、がむしゃらに周囲の物を破壊し始めた。

 だがそんな大味な攻撃を受けるほど、俺も馬鹿ではない。


 迫りくる人形の一撃を避けて、続けざまに剣を転移させる。

 相手がいくら小さかろうと、何百回、何千回と体が覚えるほどに繰り返した動作だ。

 寸分違わず剣が人形を捉えて、壁を突き破るほどの勢いで弾き飛ばす。

 追うように俺も転移して、そのまま逃げようとする人形に、狙いを定める。


「これで、終いだ!」 

 

 十二分に加速させていたもう一本の剣の狙いを定め、そして――

 

「やめて! それ以上、メリアを虐めないで!」


 それを少女の声が遮った。

 急な少女の声にビャクヤが悲鳴を上げているが、それを気にしている場合ではない。

 見れば薄暗い廊下の奥。さらに上の階へ向かう階段の踊り場から、一人の少女が姿を現した。

 美しい金色の長髪に大きなリボン。死者の様に白い肌。ともすれば人形の様に整った容姿の少女だ。

 闇の中から歩み出た少女はゴシック調の衣服を身に纏い、いかにも貴族の娘という格好だった。

 その少女の意志の強そうな蒼い瞳が、闇の向こう側から俺達を睨みつける。


「君の名前は?」


 子供がこんな場所にいる理由。それを今さら問うつもりはなかった。

 状況証拠からして、彼女は人形を操っていた可能性は高い。

 動けなくなった人形を手元に転移させて、動きを封じる。

 それを見た少女が叫ぶ。


「その子を離してあげて! もう動けないのに、なんでそんな乱暴なことするの!?」


「これで他の人間を襲っているんだろ。 なら返すことはできない」


「確かに、そうね。 でも私達は正しいことをしてる!」


「どういう事だ?」


「話を聞きたいなら、その子を離して! でないと、痛くするから!」


 そう言った少女の背後に現れたのは、向こう側が透けた甲冑だった。

 まるで少女を守る騎士の様に前へ躍り出た甲冑は、半透明の剣を抜き放ち構える。

 魔力で甲冑を作って、それをそのまま操っているのだろう。


「凄まじい能力だな。 物体を動かすだけでなく、作り出すこともできるのか。 だが」


「人形でなければ、恐れる事もない!」


 脆くなった壁を突き破って、ビャクヤが騎士に飛び掛かる。

 魔法で強化された薙刀と、騎士の剣がぶつかり合い、激しい火花を散らす。

 しかし腕力でいえば鬼のビャクヤに軍配が上がった。


「そ、そんな! ゾーイ! 負けないで!」


「悪いが、決着だ!」


 少女の叫びもむなしく、ビャクヤに押し込まれた騎士は薙刀の一撃を胴体に受けて霧散した。 

 慌てて騎士を呼び戻そうとする少女だったが、淡い光は宙を舞うだけで、甲冑を姿を作ることはない。

 そして魔法が生み出した小さな光の束の中で、少女は唐突に地面へと倒れ込んだ。 

 駆け寄ったビャクヤが倒れた少女を抱き上げる。


「ま、まさかとは思うが……。」


「ただの魔力切れだだろう。 あの騎士は相当に魔力を食うらしいな。 だが」


 胸をなでおろすビャクヤをよそに、俺は小さくため息をついた。

 ビャクヤの腕の中で眠る少女は、先ほどとは全く別の姿に変わっていたからだ。

 いかにも貴族といった姿から一転、質素な格好の少女へと変化している。

 そして何より、その姿には見覚えがあった。


「まさかあの時の少女だったとはな」


 宿屋の前でひと悶着を起こしていた少女。

 冒険者に絡まれていた時の少女の姿が、そこにはあった。

 自分がなにか途方もない問題に足を踏み入れているのではないか。

 そんな気がしてならなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る