三章 人形と復讐の行方
第39話
「まさかとは思うけど、また追い出された訳じゃないわよね。 さすがに推薦状を書いた身としては、擁護のしようがないわよ」
「いやまて、俺ってそんな風に見られてるのか?」
酒場のマスターは俺の姿を見るや否や、眉をひそめて批難気な声を上げた。
我らが勇者様のホーム、ウィーヴィルに戻ってきて最初に向かったのは、この酒場だった。
推薦状を書いてもらっただけでなく、以前より世話になっていたため、帰還の知らせをしようと立ち寄ったのだがこのざまである。
慌てて依頼主――村長が亡くなったため、パティアの代筆だが――からの、報告書を取り出す。
しかし俺の様子を見ていた彼女の表情が、少しだけほころぶ。
「冗談よ。 その顔を見ればわかるわ。 無事に問題を解決してきたみたいね。 報告書を貰えるかしら」
「もう少しお手柔らかに頼む、ほんとに」
報告書を受け取ったマスターは書類に目を通し、そして感嘆の声を上げた。
「へぇ、やるじゃない。 貴方を称賛する言葉がこれでもかと並んでるわよ。 ずいぶんと上手く問題を解決したみたいね」
「手放しで称賛されるほど上手くやった覚えはないんだけどな。 少なくとも、完璧じゃなかった」
ワイバーンの襲来に加えて、盗賊団の襲撃。
二度にわたる災害で村の被害は拡大し、今でも復興作業が続けられていることだろう。
それを想えば称賛されるほど綺麗に事を終わらせたとは思えなかった。
確かに問題は解決したのだろうが、やりようによってはもっと被害を減らすことはできた。
それを考えると、悔いは残っていた。
だがマスターは苦笑を浮かべて、報告書を指ではじいた。
「それでいいのよ。 自分がどう思おうと、向こうの期待に応えられたなら。 正直に言うと、あの時の貴方じゃあ依頼をやり遂げられるか不安だったのよね」
「そんなに落ち込んでたか? 自分ではそこまでではなかったと思うんだが」
「いいえ、今にも死にそうな顔をしてたわよ。 でも今は、なんか元気に見えるわ。 それも空元気だけれど」
完全に立ち直ったとは、到底言えない。街中を歩くときには周囲の視線が気になるし、この街の看板が見えた時には吐き気が込み上げてきた。
だが少なくとも、街に戻ってくることができた。あの時は、二度と街には戻ってこないと考えていたのだから、マスターの言う通り、少しは傷が癒えたのかもしれなかった。
時間は心の万能薬だと聞いたことがあるが、まさしくその通りだった。
「まぁ、少なくともあの時よりは気は楽になったよ。 今じゃあ、心強い相棒もできたことだしな」
そう言って酒場の一角で待たせてあるビャクヤに視線を向ける。
「あの角、極東の種族でしょ? 少し前に噂になっていたけれど、あんな可愛い子だったなんてね」
「確かに、ビャクヤは目立つから噂になりやすいのかもしれないな」
この大陸ではめったに見ない極東の種族という事もあるが、それ以上にビャクヤの容姿が人目を引いていた。
真っ白な長髪に側頭部から延びる一対の角。整った美しい容姿も相まって、現実離れした印象を相手に与える。
ただ本人はいたって自然体で、先ほど頼んだ骨付き肉を一心不乱に頬張っているのだが。
「へぇ、なるほど」
「なんだ、その眼は」
「いえ、アーシェ一筋だと思っていたのに、ずいぶんと手が早いのね」
「ビャクヤとはそういうのじゃない。 互いに背中を預ける相棒だ」
冒険者の中でも、いわゆる二人組(バディ)と呼ばれる関係は、恋人に発展しやすい。と言うより、恋人同士がバディになると言った方が正しいか。それ故に俺とアーシェも間違われたが、行く先々でそれを否定するのはもはやお馴染みの流れと言えた。
そして今回も咄嗟に否定するが、マスターは口角をさらに上げた。
「アーシェ一筋なのは否定しないのね」
「……。」
「そのアーシェだけれど、今はエルカトラの街に向かっているわよ。 貴方が抜けてから結果が散々だったみたいで、確実に攻略できるダンジョンに潜って、連携の感を取り戻すんだとか。 相も変わらず四人で頑張ってるわ」
エルカトラと言えば、ダンジョンで栄えたとして有名な街だ。
このウィーヴィルと同じく冒険者によって経済が回っており、この地域の冒険者なら名前を知らない者はいないだろう。街を上げて冒険者を支援しているお陰で、多くの冒険者がホームとしている街でもある。
だがそれほど冒険者が集まるという事は、それだけダンジョンの適性レベルが高くないという事だ。
勇者のパーティメンバーだった頃、俺も一度は潜ったが優秀過ぎる四人のおかげで苦戦もせずに一度で踏破した記憶がある。
さすがに俺が抜けたからと言って、あの面々がダンジョンで苦戦するとは思えないが、それ以前に気になる部分があった。
「なぜ四人で? 俺を追い出した理由って、新しい仲間を入れるためじゃないのか? 確か、もっと有用な仲間を引き入れたい、とかエレノスは言ってたが」
早く忘れたいと願うほど、記憶は鮮明に残るのだ。そのおかげで今でも思い出せるが、俺を追い出した理由に、新しい仲間を引き入れたい、という物があった。
だが実際には四人で行動している。矛盾している。いや、俺を追い出すための口実だったのか?
しかしマスターは予想外の言葉を口にした。
「それが、貴方を無理やり追い出したせいで、新しい仲間が見つからなかったみたいなのよね。 普通のジョブじゃ追い出される。 そのイメージが付いたみたいなのよ。 今頃、貴方を追い出して後悔しているかもしれないわね。 もしかすると、連れ戻しに来るかも」
「まさか、冗談だろ」
それこそ、まさかだった。
あのメンバーは俺が新しい力を手に入れたことを知らないはずだ。
つまり俺がまだ追い出された時のままだと思っているに違いない。
実力不足で、レベルも足りないお荷物メンバー。
そんな男を引き戻すために戻ってくるとは、到底思えない。
「それに俺が戻ってきたことも知らないんだろ、アイツらは」
これ以上話してもあの記憶を思い起こすだけだ。
踵を返してビャクヤの元へ向かう。
だが、マスターはふと思い出したように、俺を呼び止めた。
「あぁ、そうね。 ひとつ言い忘れていたことがあったわ」
「悪い知らせじゃなければいいんだけどな」
するとマスターは屈託のない笑みを浮かべて、言った。
「おかえりなさい。 また貴方の顔を見られてうれしいわ」
「そういうことか。 あぁ、ただいま」
不思議な安心感と共に、俺はそう返したのだった。
勇者一行のホームタウン。ウィーヴィル。
一時は二度と戻ってくることはないと思っていたのだが、意外と早い帰還になったのだった。
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