第40話

 私用を済ませた後、俺はビャクヤに連れてこられた場所で呆然と立ち尽くしていた。


 その見上げる程の建物の入り口には冒険者ギルドの看板が掛けられている。

 冒険者の街ウィーヴィルで、それは特別に珍しいことではない。この街にある酒場のいくつかにはギルドの窓口は併設されているため、街のいたる所でギルドの看板が掛けられているからだ。


 だがしかし、ここはそうではない。酒場に窓口が併設されているのではなく、その逆。巨大な冒険者ギルドの建物の中に様々な施設が併設されている。 

 ウィーヴィルの冒険者ギルド総合窓口。言ってしまえば、このウィーヴィルにあるギルドの本部である。

 当然、総合窓口の名前通り一般の依頼を受けることもできる。だが普通の冒険者がここの窓口を使う事は少ない。

 なぜならこのギルド本部を利用するのはゴールド級、低くてもシルバー級の冒険者だという暗黙の了解があるからだ。

 

 先ほどから出入りする冒険者も相当に腕が立ちそうな面々で、その中には俺の姿を見て薄く笑みを浮かべる者もいた。

 彼ら彼女らは俺が勇者一行から追い出されたことを覚えているのだろう。元々この総合窓口を利用していた身としては、非常に肩身が狭かった。

 沈んだ気持ちを振り払うように、隣にいるビャクヤへ問いかける。


「まさかとは思うが、ここにヨミの協力者がいるのか?」


「うむ。 以前にも話したが、ヨミ様の協力者は至る所にいるのだ。 ここの協力者には我輩も世話になったことがある。 心配せずとも良い」


「いや、俺が心配してるのはそういう事じゃなくてだな……。」


 俺の言葉を遮って、ビャクヤは重厚な扉を開け放った。


「頼もう!」


 喧噪と酒の匂いが出迎える一般の窓口とは異なり、格式高い調度品が俺達を出迎えた。

 中にいる職員も冒険者とは違い理知的な面持ちだ。王都の学院を卒業した人々が働いていると聞いたことがあるが、なるほど。俺達とは頭の作りが根本から異なる人種のようだ。

 利用者の冒険者達も俺達が堂々と入ってきたためか、視線を此方に向けていた。品定めするような視線が突き刺さり、今にも逃げ出しそうになる。

 痛いほどの静寂の中を進むビャクヤと、それに続く俺。場違いな二人組の対応をしたのは、短く切り揃えた黒髪が特徴の受付嬢だ。

 彼女は浮かべた微笑を崩さず、俺達を迎えてくれた。


「ウィーヴィル冒険者ギルド総合窓口へようこそ。 今日のご用件をお申し付けください」


「うむ。 パーシヴァル・ヘドウィンを呼んでくれ。 我輩が来たと言えば、奴も顔を出すはずだ」


 その瞬間、俺の中の緊張は消し飛んだ。

 ビャクヤが口に出した名前が、余りに突拍子もない物だったから。

 

「パーシヴァルって、あのギルドマスターのパーシヴァルか!?」


 ギルドマスターとはその名の通り、冒険者ギルドの長だ。一介の冒険者が会おうと思って会える相手ではない。

 しかしビャクヤは自分の冒険者の証を受付嬢に渡すと、満足げにうなずいた。

 受付嬢も、後方へビャクヤの冒険者の証を持って行くと、数分と待たずに戻ってきた。 

 そして隠れるように立っていた俺へと視線を向けた。

 硬質な黒い瞳に射抜かれて、しぶしぶ受付嬢の前へと歩み出る。


「なかなか面白い子ね。 ファルクス、貴方がこんなユーモアあふれる子を連れ回してるなんて、どういった風の吹き回しかしら」


「む? お主、ファルクスと知り合いなのか?」


「始めまして、鬼のお嬢さん。 私はイリスン。 ここの受付をしてるのと同時に、勇者パーティ専属のアドバイザーも請け負っているわ」


 俺がこの場所に来たくなかった要因の一つは、彼女にある。

 一般の窓口より上位に位置するこの総合窓口では、高位冒険者パーティに助言をするアドバイザーが滞在している。

 そのアドバイザーは過去に活躍していた冒険者が殆どで、目の前のイリスンもその美しい姿とは裏腹に、過去にはゴールド級の冒険者だったという経歴を持つ。

 そしてその役職柄、俺の弱みの多くを握っている相手でもあった。


「アドバイザー……相談役ということか」


「そうね。 今後の活動方針や、ギルドに預けている資産の運用などなど。 実践的な物から恋愛相談まで請け負っているわ。 そして、そこにいるファルクスも、私のお世話になっていたひとりなのだけれど、随分な再会ね」


 俺は、蛇に睨まれた蛙か。

 彼女には戦い方や立ち回りのアドバイスから、他人に話せないプライベートな問題まで、全てを掌握されている。そのため強くは出られない。実際に姉がいたら、こんな感じなのだろうか。

 それに負い目も感じている。短くない間、世話になっておきながら無言で街から姿を消したのだ。

 申し訳ない気持ちと、羞恥心がないまぜになり、結果ぶっきらぼうな態度で頭を下げた。


「悪いとは思ってますけど、あの時はイリスンさんに報告する暇がなかったんですよ」


「その余裕もなかったのよね。 えぇ、ことの詳細はアーシェとエレノスから聞いているわ。 勇者一行をクビになった荷物持ちが、やけくそになって姿を消したと」


「お主、ファルクスを責めているのか?」


 声音を固くしたビャクヤが、身を乗り出す。

 そんなビャクヤをイリスンはさらりと躱す。


「アドバイザーの助言を聞きに来るべきだった、と言っているのよ。 私が助言すれば、ナイトハルトも考えを改める可能性があったわ」


「それは、難しいと思いますよ。 原因は全て俺の実力不足でしたから。 遅かれ早かれ、こうなるのは目に見えていました」


 認めたくはない。だがエレノス達の言葉は事実だった。

 強力な魔物が群れを成して襲ってくるダンジョンで、俺の様な低レベルの仲間を守る余裕はとうの昔に無くなっていたのだ。一撃でも貰えば死ぬ。そんな極限の状態で俺も戦い続けられたかは疑問だ。

 それでもパーティに残りたいといってしまえば、それは俺の我がままになる。パーティ内の連携にアーシェの命が掛かっている以上、俺が負担になる事は絶対に避けたかった。

 どう足掻いたとしてもあの頃の俺では、結果は決まっていたのだ。


「それに、イリスンさんは勇者パーティのアドバイザーでしょう。 パーティから追い出された俺が頼れる相手でもないですよ」


「その時は勇者一行のアドバイザーではなく、私個人としての助言を送ろうと思っていたのよ。 どれだけ心配したと思ってるの」


 顔を上げれば、彼女は苦笑を浮かべていた。

 元高位冒険者ということで様々なことを相談したが、結果的に俺の考えまでも筒抜けになってしまっていたのだろう。

 そう考えると無駄な意地を張る事すらバカバカしくなってくる。


「すみません、イリスンさん」


「素直でよろしい。 それで、アーシェがいながらそんな可愛い子を連れ回してるなんて、どういった了見なのかしら」


「どこに行ってもアーシェ、アーシェって……アーシェやビャクヤはそういうんじゃないですよ。 大切な仲間です」


「その貴方の大切なアーシェだけれど、エスカトラへ向かったわよ」


「聞きました。 ですが彼女が無事なら、それでいいです。 今の俺には、関係ないことですから」


「冷たいのね。 いいえ、そういう風に振る舞っているのかしら」


「そういう訳じゃ……ビャクヤ、どうした?」


 詮索するような視線から目を逸らすと、ビャクヤが明後日の方向を向いていた。

 なぜか黙りこくり、ともすれば不機嫌そうにも見える。

 なにか彼女を怒らせるようなことを言ったかと考えるが、そもそもビャクヤが俺との会話で怒っている所を見たことがない。

 イリスンを見ても肩を竦めるだけで、助け舟は出してくれそうにない。

 どうしようかと悩んでいると、窓口の向こう側から一人の男が顔を覗かせた。


「すまない、遅くなったな。 それで、私を呼んだという冒険者は……。」


「おぉ! パーシヴァル! 久しぶりだな!」


 ぱっと表情を明るくしたビャクヤは、その男――パーシヴァルに駆け寄った。

 まさか本当にギルドマスターが出てくるとは思わず、俺は半笑いを浮かべるにとどまった。

 しかし、さすがはギルドマスターと言ったところか。ビャクヤと並んでいた俺を見て、大体の事情を察したらしい。小さくうなずくと、窓口横にある扉を開け放った。


「事情はなんとなく理解できた。 奥で話そう、そちらの彼も一緒に」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る