第14話

 半壊した宿の陰に隠れて、上空を窺う。しかし何度見ても、事実は変わらない。

 無傷のワイバーンが、獲物を探すように巡回を繰り返していた。

 

「これだけの数を相手にするには手に余る。 どうするのだ?」


 手に余る。その表現ですら生温いように感じられた。

 一頭を相手にするだけ精一杯だった俺達が、三頭を相手に勝てるとは思えなかった。

 しかしこの状況で逃げるという事もできない。

 俺達が逃げれば、村がどうなるかは想像に難くない。

 そうなれば、過去に憧れたあの冒険者の後を継ぐことなと、一生できなくなる。

 アーシェと掲げた夢をも裏切ることになるだろう。

 それは死ぬことよりも恐ろしいことだと感じられた。


「分からない。 だが打開策は必ずあるはずだ。 一頭はどうにかなったんだ。 どうにか有利な状況に持ち込んで、各個撃破を狙えれば……。」


「諦めぬのか? 飛竜は本来、上位冒険者の獲物だと聞く。 我々では荷が重いのではないか?」


 なぜだろうか。ビャクヤの言葉に熱がなくなったように感じられた。

 だが、この状況ではそれも無理はないだろう。

 いくら楽観主義者の彼女でも、ワイバーンを三頭同時に相手に出来るとは考えられないはずだ。


 だからこそ、ここからは俺の個人的な理由での戦いになる。

 それを聞いてもらい、彼女には俺と共に戦うかどうかを、見定めてもらおうと考えていた。


 生き物と地面の焼ける臭いに包まれた戦場で、俺は過去を思い返しビャクヤに聞かせた。

 俺が生まれ育った村の事。

 近隣に魔物が住み着き、村が危機に瀕していたこと。

 そしてそれを救ってくれた、黒い剣を携えた冒険者の事。

 見返りや名声を求めない、ただ困った人々を助けるだけの戦いを続けるその冒険者に、焦がれるほどに憧れたこと。

 だからこそ、俺もあの冒険者の様になろうと、誓ったこと。

 彼女は黙って、俺の話を聞いていた。

 そして話が終わると、ビャクヤは納得したように、頷いて見せた。


「なるほど。 其方の心にある『輝き』はそれが理由か」


 その時、致命的な違和感に襲われる。

 目の前にいる女性は、ビャクヤで間違いはない。

 白い髪に頭部から延びる一対の角。

 それらは間違いなくビャクヤの物だ。

 だが、灰色の瞳の中に、青い揺らめきが見えた。

 それで確信する。

 目の前の人物はビャクヤではない。


「お前、誰だ?」


「くく、流石に気付きよるか。 まぁよい。 我が名は、そうだな……ヨミとでも名乗っておこうか。 最弱の魔術師よ。 其方に、またとない機会を授けようと思ってな」


 ビャクヤの顔で怪しく笑う女性――ヨミは、俺の顔を覗き込み、一つの問いを投げかけた。


「その冒険者とやらの後を継ぐのは容易なことではない。 脅威に対抗する中で、見返りを求めず、博愛の心だけで戦うなど自己犠牲の極みよ。 狂人と言っても過言ではないぞ?」


 彼女はくつくつと笑う。

 ビャクヤの顔で、ヨミが笑う。 


「考えてもみよ。 其方が今、戦っているのはその『幼馴染(アーシェ)』とやらと掲げた理想の為であろう? その時点で其方は失格よ。 ただ人を助けたい、その感情のみで戦わなければ、其方の理想には近づけぬ。 理想を求めているその行為そのものが、そもそも理想として破綻しておる」


 どこからビャクヤではなく、ヨミに代わっていたのかは分からない。

 そもそもビャクヤという人格が本当に存在したのかさえ、分からない。

 だが確かに俺はビャクヤを信じていた。だからこそ、俺の話を打ち明けたのだ。

 そこに、一切の迷いはない。


 確かに、彼女の言うことは理解していた。

 俺が求めている物は、継ごうとしている物はまがい物だ。

 あの冒険者が俺達に見せてくれた生き様を、そのまま真似ているだけの偽物だろう。

 だが、俺を見た人々が同じように希望を抱けるのであれば、それは受け継がれていく。

 俺達に希望と夢を与えてくれた、あの冒険者の残した生き様は、いつまでも人々の中で生き続ける。

 そのためにも、この場所では死ねない。


「確かに俺は彼の偽物かもしれない。 だが、人々を救いたいという思いだけは絶対に偽物なんかじゃない。 俺の掲げる理想が受け売りだろうと、偽物だろうと、救った人々が抱く希望は本物だ。 それだけは、断言できる」


 ただ微笑を浮かべるヨミは、俺の言葉を聞いて大きくうなずいた。


「よろしい、気に入った。 貴様に力を授けよう。 この状況を打開できる力をな。 だが、条件もある。 お主には今後、ビャクヤと共に私の手駒として動いてもらう」


 力。

 俺がパーティから追い出された理由。それは戦う力がなかったからだ。

 心のどこかでは望んでいた。

 圧倒的な力を。

 俺を追い出した勇者を超える力を。 

 だが、ヨミという存在は理解不能だ。俺に与えてくれるという力の詳細も分からない。

 それでも、俺に力を与えてくれる。それも、この状況を切り抜けられるほどの力を。

 その力があれば、あの冒険者の後を継ぐことも、夢ではなくなる。

 そしていずれ、あの勇者にも――。


「その条件、飲もう。 新たな力を手に入れられるのであれば、俺の願いを叶えられるのであれば、お前の手足となって動くことを約束する」


 気付けば、返事を返していた。

 それを聞いたヨミは、右手に光を纏わせると、俺の胸に押し当てた。

 仄かに温かいその光は、次第に輝きを増して行く。


「その返事、忘れるな?」


 ただ一言、耳元でヨミは、囁いた。

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