第15話

 どこか冷たい印象を受ける光は、徐々に収まっていった。

 光が収束し、気が付けばビャクヤの瞳の中にあった青い揺らめきが消えていた。

 残ったのは温かな光をたたえる灰色の瞳。そして悲し気な笑みだけだ。

 なんと言葉を掛ければいいのか迷っていると、ビャクヤは申し訳なさそうに顔を背ける。


「分かっている。 ヨミ様に会ったのだな。 朧気だが、記憶は残っているのでな」


 その言葉を聞いて安心する。

 彼女という人格は残っていることに。

 だが疑念も残る。


「知っていたんだな。 ヨミが俺をこうして、手駒にしようとしていたことを」


「彼女は我らのように、力を求める者に力を与え、とある勢力との闘いの駒として使っているのだ。 それに巻き込むと知りつつ、我輩はお主に近づいた」


 我らのように。ビャクヤは間違いなくそういった。

 それはつまり、過去にビャクヤは俺と同じように力を欲していたという事になる。

 ビャクヤは俺の心情を知ったうえでヨミの命令の通りに近づき、まんまと俺は術中にはまったわけだ。

 確かに見ず知らずの相手と強引にもパーティを組みたいと言う冒険者なんているわけがない。それも転移魔導士と。

 最初の時点でおかしいと気付けなかった俺の落ち度と言えるだろう。いや、もしかすると以前のパーティから追い出された影響で、無意識の内に仲間を欲していたのかもしれない。

 考え込む俺の沈黙を怒りととらえたのか、ビャクヤは深く頭を下げた。


「済まなかった。 お主には、怒る権利がある」


「ビャクヤに怒りをぶつけるつもりはない。 ただ一つ、聞きたい。 あの髪を切ったのは、ヨミの命令なのか?」


 鮮明に覚えている。

 そしてこれから、忘れることはないだろう出来事。

 目の前で白い髪が舞い散るあの光景を。


「いいや。 あれは我輩が選んだことだ。 鬼は戦いを好むと同時に、一対一の戦いを名誉とする一族だ。 戦いで死ぬことは名誉とされているほどだ。 ゆえに誰かに助けられるという経験は、初めてだった。 そんな相手にならば、髪を預けても良いと思ったのだ」


 信じてはもらえないだろうが、とビャクヤは苦笑する。

 だがその言葉を聞けただけで、俺の答えは固まっていた。


「俺はヨミを信用していない。 この断れない状況で出てきて、お前の顔で俺に選択を迫る。 そんな卑怯者を信頼するほど、俺はお人よしじゃない」


 だが、しかし。

 仲間に捨てられ、もっとも信頼していた幼馴染に見限られた俺を、必要としてくれた。

 そんな彼女を、俺は信じたかった。


「ビャクヤ。 お前がヨミの言う通り戦うというなら、俺はそれを助けたい。 人々を助けるために手に入れた力だ。 その中に、お前だって含まれているんだからな」


 ◆


 小さく息を整えて、まぶたを閉ざす。

 ゆっくりと自分の中を巡る魔力へ意識を集中させ、自分に何ができるのかを探る。

 そしてヨミの言う通り、新しい力が備わったのを理解する。

 攻撃魔法や回復魔法、物理攻撃系のスキルを覚えた訳ではない。

 ヨミの言っていた力とは、新しいなにかではなく、俺の元々持っている能力。

 俺のジョブの能力が、飛躍的に強化されている。それが分かるのだ。

  

 崩壊しかけている宿屋の陰から飛び出すと、瞬時に魔法を起動させる。

 俺が唯一覚えている、嫌と言うほど繰り返した、その魔法を。

 体の中で魔力が活性化し、そして次の瞬間。



「空間転移!」



 瞬間、轟音と共に大地が砕ける。

 天空を舞っていたワイバーンが、勢いをそのままに大地へと激突したのだ。

 なんてことはない。

 ワイバーンをそのまま、地面へと転移させただけだ。

 空を飛ぶ速度をそのままに、頭から地面へ突っ込んだワイバーンは、声を上げることもせず絶命した。

 その光景を見ていた二頭のワイバーンが急旋回をして此方へ向かってくる。

 それを迎え撃つのは、独特な構えをしたビャクヤだった。


「『桜花一閃』!」


 夜闇の中で朱色に染まった薙刀が、ワイバーンと交差する。

 その刃はワイバーンの腹部を見事にとらえて、振りぬかれた。

 飛竜が鮮血をまき散らしながら地面へと失墜し、もがき苦しむ。

 

「ファルクス!」


 ビャクヤの視線の先。

 続けてもう一体のワイバーンも迫っていた。

 口元にはチロチロと業火が漏れ出している。


「任せろ!」


 瞬時に瀕死のワイバーンの付近まで転移し、その個体を再び転移させる。

 その瞬間、ワイバーンのブレスを、瀕死の個体が受け止めた。

 いや、ブレスの直線上に、ワイバーンを転移させたのだ。

 流石に切り裂かれた傷口にはブレスも有効らしく、腹部を炭化させて息絶えた。

 そして最後の一頭は、凄まじい速度のまま上空を飛び回っている。


 だがもはや、その程度の距離で悩むことはない。

 腰の剣を引き抜き、地面へと落とす。


「共鳴転移」


 手から離れた剣は地面に触れることなく、別の場所へと転移する。

 徐々に落下の速度を増しながら、再び別の場所へ。

 転移、転移、転移。

 幾度も転移を繰り返し、その速度がもはや目では追えなくなる。 

 そして、転移の標的を、上空に定める。


 標的は遥か彼方。

 手を伸ばしたって届きはしない。

 空の上を自由に飛ぶ、最上級の魔物。

 だから、どうした?


「砕け散れ!」


 瞬間。

 ワイバーンの頭部が砕け散る。

 亜音速に迫る速度の剣が直撃したのだから、無理もなかった。

 きりもみしながら落下する死体を再び転移させ、村の外れへと移動させる。

 流石に戦い終わった後に、犠牲者が出るのは避けたかったからだ。

 そう、終わりだ。

 周囲の空を見渡しても新たなワイバーンの姿は見えない。

 これで本当に、終わったのだ。


「なんとか、なったな」


 見ればビャクヤも満面の笑みを浮かべていた。

 周囲に村人が集まってきているが、そんなことを気にせずビャクヤは薙刀を振り上げた。


「我輩達の勝利だ! 勝どきを上げよう! おぉーっ!」


「まったく、変な奴だな」


 村人からの歓声を受けて、周囲に手を振るビャクヤ。

 それを見てふと、笑いがこぼれる。

 そしてそれが、久しぶりの笑顔だったことに、気付くのだった。

 確かにヨミと呼ばれる存在の正体は分からない。ビャクヤや俺を操って何をさせる気なのか。

 だがこうして人々を助けることができた。そして何より、ビャクヤと出会えることができた。

 この瞬間だけは、あのヨミに感謝をしよう。

 村人たちの笑顔を見て、そう思うのだった。


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