第28話 真実を知るモノ
そんなこんなで、ただただ意味もなく喋っていることしかやることがなくなっていた。そんなとき。
「おーい、るりー」
「日向、いるか?」
インターホンからそんな声が聞こえた。
この声は……瑠璃の友達の珊瑚ちゃん、あとは……知らないけどどこかで聞き覚えがあったような気がする。
俺は一回深呼吸して。
「はーい」
幼女みたいな声を出してドアを開け――「おお、君が幼女化したお兄さんか」
出会いざまにそんなことを言われて、一瞬頭が真っ白になった。
「ふむふむ。完全に幼児化しているようだな」
「……ちょ、待ってください。どういうことです?」
平然と話を続ける目の前のおばさんに俺は戸惑って、敬語を使って聞く。
「……ちなみに、君は日向 瑠璃のお兄さんでまちがいないんだな?」
「は、はあ」
「私は九条 双葉。君の妹さんの通う中学校で養護教諭をして」
「ちょ、くじょーせんせーまくしたてすぎだって。あおいちゃん……というかお兄さん戸惑ってるよ?」
「……おお、すまん」
いや、今更謝られても。というかなにがなんやら最初からもうわけがわかりません。
「えっと……とりあえず立ち話もなんなんで、どうぞ上がってください」
俺は白い眼をしながら、二人を家に上げた。
「で、あなたたちは無断欠席した瑠璃ちゃんの様子を見にここまで……」
「ああ、はい。……こちらの方は?」
「ベビーシッターで」
「姉です」
「さりげなく家族関係改変しないで」
そんなこんなでリビング。俺たちは二人の話を聞いていた。
ちなみに、俺がこの体になった経緯は瑠璃に聞かされているらしい。秘密がどんどん知られていく……。
……そういえば、九条さんと名乗った目の前のおばさん、会ったことあるはずなんだよな。出身中学の保健室の先生のことを忘れてたのかよ、俺。道理で声に聞き覚えがあるはずだ。
保健室なんて行かずに三年間過ごしたから忘れてるのも仕方ないけどね。
閑話休題。
「じゃあ、本題に入ろうか」
その九条先生は、急に口調を真剣なものに変え。
「なあ、お兄さん。
「あおいって、俺がいま名乗ってる名前……――ッ!?」
そのとき、急に頭が軋むように痛み出した。
「そうちゃん!?」
意識が急に朦朧として――。
「――
自分の口が、勝手に名乗る。制御ができない。
「……君は何者だ。そして私はおばさんではない」
「蒼にぃ……“シュジンカク”のお兄ちゃんから分かれた、女の子の部分だよ。おばさん」
「多重人格か。そしておばさんじゃないといっているだろう」
「うん、それだよ。おばさん」
「なるほど。いい加減おばさんというのはやめろ。それで――」
自分じゃない自分が目を覚まして、目の前のおば――女教師と激しく言い争っている。その五割ほどが呼称に関することだったのはおいておくとして、それ以外の半分についてはあまり理解が及ばない。
俺が二重人格? はは、そんなわけは。
しかし、いまの状況はそうとしか思えない。なにしろ、自分の口が、主であるはずの自分の意思を無視して、しかしハッキリと言葉を紡いで、あまつさえ初対面の相手と会話までしているのだ。これはもう自分の中に誰か別の人間がいるとしか考えられない。
そんな困惑を誰も知ることなく、会話は続いていく。
「あおいちゃん。君はいつ生まれたんだい?」
「だいたい一週間前、蒼にぃが女の子になったときに、一緒に……でも、不思議だったんだよ。おばさん」
「だからおばさんと言うな。まだ四十一だぞ」
「十分おばさんじゃん」
「なんだとこのやろう」
あ、論点がずれた。
ちなみに、それをそばで聞いていた翡翠さんと珊瑚ちゃんは、ぽかんとしている。話についていけていないようだった。そりゃそうだ。
俺たちを置いてけぼりにする二人。だが、それもすぐに終わりを告げる。
「……ごめんね、おばさん。もう時間切れみたい」
「だからおばさんはやめ……時間切れ、とは?」
「わたしがわたしでいられるのはちょっとだけなんだ。今日はいつにもまして早いけど」
「待て、待ってくれ。私はまだ聞きたいことが――」
そのとき、まだ頭が痛くなって。というより、感覚が戻ってきたというべきか。
体中の血液が巡る感覚が、心臓の鼓動が、鮮明に駆け巡る。
「ッ……すう、はぁ、はぁ……戻って、きた……」
深呼吸。それと、水の勢いよく流れる音が聞こえて。
「おい、おい!」
俺は脱力した。どうやら、この現象は著しく体力を消費するものだったらしい。
それからしばらくは、ぼうっと空中を見つめること以外は何もできないのであった。
――幻覚を見た。
空中、天井の前に、うっすらと少女の姿が見える。
少女、というよりも幼女か。幼稚園児くらいの幼い女の子が二人、それより少しだけ大きな男の子が一人。そして――外国に行ったはずの父と母。
三人の子供たち。そのうち二人には見覚えがあった。
……幼いころの俺、そして瑠璃だった。
じゃあ、あとの一人は……誰だ。
疑問を置き去りにして、子供たちは遊ぶ。
ビデオの早回しのように少しだけ早く動く彼ら彼女らの姿は、とても幸せそうに見えて。
うっすらとしか見えなかった姿がだんだん鮮明に映る。そして、ついには音まで聞こえるようになって。
知らない女の子――今の俺の姿が、こっちを向いて口角を上げ、微笑んだ。
『あおいちゃん、どうしたの?』
瞬間、ぶちりと、これまたビデオの電源を抜いたかのように、目の前の幻覚は消滅した。
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