第19話 おままごと

 さて。

「あおいちゃん! おままごと!!」

 俺、日向蒼は、いま幼稚園の授業が終わったところだ。

 とはいえ、授業といっても簡単なお絵かきやとんでもなく基礎的な算数くらいで、頭を使うようなことは全くなく、現在だいたい二時半くらい。

 ……1+1を「さん!」とか「いや――むげんだいッ!」なんて割と本気で答えてた子にはちょっと笑っちゃったなぁ。

 閑話休題はこの辺にしておいて。

「ねーねー、あおいちゃんってばー!」

 さっきからずっと、なのちゃんに袖を引っ張られている。そういえば、朝の授業が始まる前に「おままごとで遊んであげる」って約束したんだっけ。

 正直、少し面倒だけど、仕方ない。というか、可愛い幼女と遊べるなんてまたとない機会を逃すわけには……いや、なんでもない。

「わかった。一緒に準備しよ」

「うんっ!」

 そんな会話をしたその時。

「ちょっとまった!!」

 聞こえた声に顔を上げてみると、そこにはこれまた元気そうな角刈りの男の子が。

「その子とはおれがあそぶってきめてたんだ!」

 うーん。全然身に覚えがないぞ。

「ちがうわ!」

 後ろから聞こえた声に振り向いてみると、そこにはいかにもお嬢様って感じのくるくるツインテールの女の子が、俺――いや、その後ろにいる男の子を指さしていて。

「あおいちゃんはあたしとあそぶってやくそくしたのよ!」

 いや、そっちも心当たりはないかなぁ。

 どっちも忘れてただけならすごく申し訳ないけど、少なくとも全然覚えてない。少し話したかもしれないけど、約束とかがあればちゃんと覚えてるはずだ。

 一方、なのちゃんはというと……意外なことに、二人に突っかからずに、俺の腕にしがみついている。肩に濡れた感じがするのは――涙?

「おれとあそぶの!」

「いや、あたしよ!」

「あおいちゃんはおれとあそびたいよね! そうだよね!」

「ちがう! あれはどうみてもあたしとあそびたがってるかおだわ! まちがいない!」

 バチバチと火花を散らす男の子と女の子。置いてけぼりになる俺に、ふたりは詰め寄って、選択を迫った。横から、息の詰まる声が聞こえ。

「ねぇ、おれとあそぼうよ。そんなおむつ女なんかほっといて、さ」

「いや、あたしとあそぼう。おむつのとれないあかちゃんとなんて、あなたもいやでしょ?」

 小さな泣き声。肩が濡れる。

 ……ああ、もう。

「うるさい!」

 俺は怒鳴った。

「なのちゃんのことを悪く言うな。おむつ女だとか、赤ちゃんだとか……言われたほうはどう思うのか、考えたことはあるか?」

『……』

 二人は押し黙った。それどころか、子供たちの騒ぎ声で埋め尽くされていたその教室が、一瞬で静まり返った。

 …………幼い彼らには、まだ少し難しかったのかもしれない。

 語調を柔らかくして、俺はつづけた。

「君たちにとっては当たり前のことかもしれないし、本当のことだから仕方ないというのかもしれない。でも、そんな些細な一部分だけを悪く言ってからかうのは、ひどすぎると思うんだ。……なのちゃんは、おむつで赤ちゃんなだけの子じゃないだろう?」

「………………」

 長く、黙ったままのふたり。その目に涙が浮かんでいるのが見えて。

「……ごめん、言いすぎた。偉そうに言っちゃって、怒鳴っちゃって、ごめん」

 そんなことだけ言って、俺は思わず逃げてしまった。


「あおいちゃん、どうしてあんなこと言ったの?」

「すみません。初めて仲の良くなった友達を悪く言われて、感情的になってしまい……」

「……うーん」

 別室にて。

 幼稚園の先生は、俺のしっかりとした受け答えを見て首をひねらせた。

 うんうんと呻き声をあげて考える彼女は、やがて立ち上がり、叫ぶように。

「あーもうっ! 単刀直入に聞くわ! あなたは何者なの!?」

 なにものもなにも。

「お、じゃなかった。わたしはただの六歳児ですが」

「こんなしっかりしすぎた六歳児ねんちょうさんがいてたまるかっ!」

 ……もっと子供らしく振舞ったほうがよかったかなぁ。

 ――だけど、彼らには一度こういう風に言っておくのが正解だったのかもしれないなんて、柄でもないのに思ってしまった。

 こんこんとノックの音。ゆっくりと開けられるドア。そこにはさっきの男の子と女の子が立っていた。

「……あおい、ちゃん。さっきは、なのちゃんのことバカにして、ごめんなさい!」

「ごめんなさい! もう、しないから……」

『いっしょにあそんでください!』

 頭を下げる二人に、俺は内心面食らった。

 そこまでしてか……。というか、完全に俺を年長者としてみてないか?

 ……まぁ、いいけどさ。気持ちは全然わかるし。

「なのちゃんには謝ったのかい?」

「うん! なのちゃんにもちゃんとごめんなさいしたよ」

「なら、よし」

 ちょっと偉そうにすましてみてから、俺は笑顔で言った。

「じゃあ、一緒に遊ぼうか」


 それからしばらくして、教室に戻って。

「おれとあそぶのー!」

「いやあたしがあそびたいの。じゃましないで」

 結局、俺の取り合いに逆戻り。でも。

「……だけど、きょうはいいや。あかね、さき、ゆずってやる」

「……こっちこそいいわよ。ろく、さきにあそんでいいよ」

 あれ? 流れが変わったぞ?

 どうやら、順番を譲り合ってるみたいだ。

 だけど、こういうことなら。

「順番こもいいけどさ、みんな一緒に遊んでみない?」

 提案してみると、二人は顔を見合わせ――

「あっ、あおいちゃん!」

 別室に行った時から離れてたなのちゃんがすり寄ってきて。

「あおいちゃん、さっきはありがと! ……ろくくんとあかねちゃんも、あやまってくれてありがとう」

「お、おう……」

「……」

 多少ぎくしゃくはしてるし、まだいい雰囲気とはいいがたいけど……さっきよりちょっとはよくなったのかな。

 そうだ。

「ねえ、いま二人と一緒に遊ばないかってこと話してたんだけど……どう?」

 すると、なのちゃんはもじもじしながら。

「……い、いいよ」

 これをきっかけに、なのちゃんにも『ともだち』って言える人が増えてくれればいいな、なんて。

 そんなことを考えてると、不意になのちゃんが俺のスカートをめくってきた。

「ひゃっ!? なに!?」

「おむつきもちわるいから……もしかしたらちーなのかなって。ついでにあおいちゃんもしちゃってたのかなって」

「……ちなみに結果は?」

「でてた!」

「よし、先生に言って替えてもらおうか!」

「あおいちゃんもだよ?」

「ふぇ!?」

 いつの間に出てたの。いやマジで。まったくそんな感覚なかったよ……。

 目の前の二人があっけにとられてる。……さっき「ろく」って呼ばれてた男の子が近づいてくる。下から何かをつかみ上げるような手で……おい、やめろ!

 防ぐのも間に合わず、ついにめくられてしまうスカート。おとこのこに……同性おんなのこならまだしも異性おとこのこに……っ!

「へんたいっ!」

 男の子の背後から叩く音。ろくくんの手が離れる。どうやらさっきの女の子――「あかね」って呼ばれてた子――に助けられたようだ。

 スカートを直しながら、俺は彼女にお礼を言った。

「あ、ありがと……」

「いいの。こいつ、どへんたいなんだから」

「だってぇ……おむつって……」

「かんけーないでしょ! ……どうだった?」

「ばっちりおむつだった。しかもちょっとくさかった」

 さっきまでのおよそ半日間秘密にしていたことが、続々とバレていく。

「けがされた……もうおよめさんにいけない……」

 俺はちょっと泣きたくなった。


 ……でも、あれ? 俺ってもともと男の子だったはずじゃ……ん?

 あとから冷静になって頭がこんがらがったのは、別の話。

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