この世界で戦う理由
視界が回復する。
その時に見た光景は、壮絶の一言だった。
空は赤黒く染まり、赤い月が出ている。
その月の光に照らされた黒い影が無数にぶつかりあっている。
地上では鎧を着た人達が一丸となって人型狼のような何かに突撃していき、無惨にその命を散らすという行為が繰り返されている。
人型狼の様な、いや、魔物としておこう。
魔物の足元には原型を留めない死体が無数に転がり、地面は異様に赤く染まっていた。
それ全てが死んだ人の血だと気づくのに時間はかからなかった。
そして、理解したと同時、新たな鎧の一軍が
魔物に向けて突進し始めた。
見るに堪えない。
気づけば、私は走り出していた。
坂道を最高速で駆け下り、魔物に向かって突撃していく。
「来い、氷魔剣 アルマ!」
自慢の愛剣を虚空より呼び出し、
魔法で氷のシルクロードを創り出す。
それに飛び乗り、更に加速していく。
狙うのは首。
標的との距離が秒で縮まっていく。
「
腰に氷魔剣を構える。
「
首から落ちる鮮血と中空に描かれた軌跡の輪が綺麗に混ざり、儚く消えていく。
それと同時に地が震え、魔物の足元に張っていた氷が濡れていく。
人々の方から歓声が聞こえる。
が、無視して空を仰ぐ。
空では未だに戦闘が続いている。
剣先を宙に向ける。
「術式展開 」
剣先に水色の魔法陣が無数に展開され、
「アイシクルランス」
掛け声によって音速を超えて飛翔していく。
それらは狙い違わず上空の的に当たり一部の場所に血の雨を降らせる。
「ふぅ」
今のは結構な無茶だったな。
一人反省する。
「き、君!」
すぐ傍から声がかかる。
そちらを向けば、鉛色の甲冑を身にまとった、いかにもな体格の男が立っていた。
「なんですか?」
冷たく突き放すように声を返す。
「礼を言いたい」
「礼など不要です」
そうは言ったもののこの男には諦めの色が見えなかった。
「はあ、わかりました。その申し出、ありがたく受けさせていただきましょう」
そう言うと男はガッツポーズを取り、
今、足を用意します。そう言って馬を引いてきた。
「撤退!」
男は大声でそう言って俺の横に馬を並べた。
今から王都セルベンティスに戻るらしい。
「儂はセルベンティス王国騎士団団長のバレスだ。今回は本当に助かった。ありがとう」
そう帰り道にバレスは頭を下げた。
「私はヒルベリ...」
こちらも名乗ろうとして思い出した。
その座は解雇されたのだと...。
「私は、異界の旅人のルークスと申します」
代わりにそう言って答える。
その返答に、バレスは目を細め。
「そうかルークスというのか」
何事も無かったかのように笑った。
そのあとはお互いに沈黙した。
話す話題が無かったわけではない。
むしろ有り余るほどにそれらはあった。
が、それはバレスの放つ空気に圧倒され口には出せなかった。
バレスは考え事でもしているのか、ずっと下を向いていた。
やがて、歓声が聞こえ始める。
顔を上げたその先。そこには手を叩く人々の姿があった。
「わかるか、あれの為に、俺らはいつもいつも、戦ってるんだ。あいつらはいつも笑って俺らを影から助けてくれた。だから俺らはあいつらを守る為に戦う。例え、勝ち目の無い戦いだろうと、な。」
バレスがカッコイイだろ?と目線で訴えてくる。
手を上げて喜ぶ人々の姿が、一瞬他の誰かに写り変わる。
「女王...陛下...」
知らず知らずの内に声が漏れていた。
「女王陛下、か。それが、お前が護りたいものだな?」
隣からそう言われる。
「はい。私は、彼女の全てを護る剣になりたかった。だが、それは彼女が許さなかった。」
彼女は、私を解雇した。つまり、私には護られたくないという意思に相違ない。
「あのよ、たった一回断られた位でなんだ?」
バレスが睨んでいる。
「護りたいんだろ?」
小さく頷く。
「だったら護ればいいじゃねえか」
「でもそれは──」
「断られた...か?」
グサリと心に剣が突き立てられる。
「だからなんだ?断られたからなんだ?
お高くとまってんじゃねえぞ?
護りたいなら護れ、そこに相手の意思は関係ねえ。お前がどう思うか、それが大事なんだよ」
「私の...意思」
心に残った。
「だ、団長が...あんな真面目なこと言ってる!?」
「誰だ!?団長の飯に毒入れたの!?」
「早く医者よんで──」
今の心に残るような発言は、これが初めてだったらしい。
団員達は見るまに慌てだし、それをバレスが殴っていく。
戦場帰りということも忘れて、騎士団に笑顔が灯った。
私の、意思か...
彼の言葉を反芻する。
「ならば私は、この世界を救わなければならないな」
そう馬上でつぶやく。
「いい顔だ」
前で暴れていたはずのバレスが目の前にいた。
「さっきまでの不安げな
彼が笑いかけてくる。
「ああ」
こちらも笑顔で返す。
いきなり、この世界を救う理由を得てしまったな。
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