第9話 計画通り

 喫煙所に着いた幸彦は豊田にお悩み相談、もとい恋愛相談をしていた。


「つまりですね。俺はどういう意図で彼女に近づかれたのか気になる訳ですよ」


「心機一転ってことだろう。新しいクラスになったから、キャラでも変えて恋人でも作ろうとしてるんじゃないのか?」


 静葉は煙をうまそうに吸ってから肺の中で止める。そして吸い込んだ煙をゆっくり吐き出した。


「脈あるんですかね?」


 普段は気にしたそぶりを見せなくても、そこは健全な高校生。幸彦も、彼女の一人や二人欲しかったのである。


「なるほど……つまり天田は彼女が欲しい訳だ」


「まぁ、一応……」


「でも、惚れられてはいないんじゃないのか?」


「そうなんでしょうか……」


 確かに積極性はあるが、以前手痛い騙され方をされた幸彦は覚りの癖に心を覗きたがらない妙な癖を持っていた。


「あぁ、見たところお前の反応を楽しんでいるんだろう。彼女は」


「まぁ、はい。それは確かに……」


 すると豊田は、なんとなく幸彦の種族を思い出したのか。途端にしらけた顔をして空を見上げる。


「ふっ……そういやお前、覚だったなぁ。心覗けば一発だろ。私相談されても意味ないじゃん。張り切ったのが馬鹿みたいだ……うぅ」


 豊田は残念そうに肩を下ろしてベンチに座るのだった。

 申し訳なくなった幸彦は、豊田の肩を叩いた後不慣れなフォローを試みる。

 その時に彼女の柔らかい胸にブラ越しに指が触れたのに他意はないのだった。もう一度言う。他意は決してないのであった。なんとなく触れてしまっただけで……


「まぁまぁ、心覗いてないし。まだ分かりませんよ。プライベートな問題だし、不用意に使えるもんじゃないですよ? コレって……」


 豊田は幸彦の肩の手を離すと少し顔を逸らしながら、幸彦を諭す。


「ぷは、じゃあ、告白して玉砕してこいよ。振られた数だけ、男は磨かれるもんさ。あれだ、あれ。確定の十連ガチャたいなもんだ。お前らの世代はゲームなんて当たり前だろ? とりあえず回せ、とりあえず当たって砕けろ。性能が悪くても文句を言うな……だ。ぷふ……」


 それは投げやりな発言だった。飽きてきたのだろうか。胸をあからさまに組むのはやめて欲しい。そろそろズボンの膨らみが気づかれるのではないかと、冷や冷やして気が気でなかった。


「じゃあ、無理なんですかね?」


 幸彦はそう決断しようとしたが、彼女は手を上げて、待ったをかける。その時大きく揺れた胸に幸彦は感動を覚え、お祈りを捧げてしまった。


 この人の乳はなんと神々しい乳なのだろうか。この先生が担任で良かった。幸彦は天にも昇る気持ちで無心に彼女に祈る。


「何やってんだ、天田? 先生はお祈りされても加護なんて高尚なもんは渡せんぞ? 渡せるのはオカズぐらいだよ。まぁ、無理と決めつけなくてもいいだろ。一連でURが出る時もあるし300連しても好みのキャラが出ない時もある。とりあえず行動一緒にしろよ。それで彼女が好意めいた物を持っているならまぁ、あっちが勝手にアクション起こすだろ」


「それならまぁ、出来なくはないですが……」


 結局、具体的なアドバイスとやらは存在しないのだろう。煙に巻かれたような釈然としない気持ちで、幸彦は足早に教室に戻ろうとする。 

 保奈美に黙って教室を出てきたのだ。付き合っているわけではないというのに、なんとなく後ろめたい気持ちに陥る自分を不思議に思いながら。


「おう、上手くやれよ、あぁそれとだ。。私も見過ごしてたんだが、ちょっと数の増え方がおかしい。見つけ次第すぐさま解散させろ。終末論なんてバカバカしいが真に受ける奴がいるかもしれない。奴らは数の暴力だ。路上に注意深く目を見張っておけ。以上」


「注意しときます」


「あぁ、ちゃんと『能力診断書』持って帰れよ。先生の机の上に置いてあるから」


「言われなくてもちゃんと持って帰りますよ。ちょっとは信用して下さい」


「それじゃあな。先生はもう少し嗜んでおくよ」


 ありがたい言葉を頂いた後、幸彦は喫煙きつえん所から下駄箱に向かっていく。その背中を見送りつつ豊田は、電話をかけようとした。


(やれやれ、先生ってのは大変だな)


 しかし、豊田は電話をかける前に誰かに背中を叩かれる。

 誰かと思って振り返ると、それは物陰からこっそり幸彦を見守っていた妖怪であった。

 

 彼女は豊田に向かって手を大きく振りかぶる。それに対して豊田も手を上げると彼女たちは――


 乾いた小君良い音を立てて盛大にハイタッチをするのだった。


「ちゃんとやったんだから報酬は奮発しろよ?」


「えぇ、先生。貴方を抱え込んでいて良かった。お陰で計画は着実に進行しています。ふふふ」


 どうやら待ちきれなかったらしい。黒髪つややかな女生徒豊田は物陰からじっと見つめており、どうやらずっと機会をうかがっていたようだった。





「鈴木。お前来てたのか。例の件上手くいったぞ。いま、告白したら即オッケーもらえるんじゃないのか?」


「ふふふ、それは重畳。幸彦君は貴方に相談しにいくと確信していたので。彼は年上に敬意と尊敬を持っていますので」


「あぁ、そこらのマセガキと違ってあいつは珍しく生徒として先生を見ているからな。扱いやすいよ。ちょっとスケベ心を隠さなすぎだけど……ぷくく、あんな立派なテント張られたら、もう面白くて面白くて、笑い堪えるのが大変だったよ……くっくっくっく。天田は性欲旺盛だなぁ。おい。誰かに寝取られないように注意しろよ。お嬢様」


 豊田はスーツでパツパツになった胸を腕で揉みしだくと、楽しそうに幸彦をエロガキ認定するのだった。

 

 保奈美はその余裕そうな態度に、悔しそうに歯がみすると爪を口に持っていく。


「先生の体に欲情されたのは悔しいですが……まぁ、それは別にいいでしょう。あぁ、楽しみです。忘れている気持ちを、女の体を味わう楽しみを二度も幸彦君に教えてあげられるなんて」


 保奈美はうっとりとした表情を浮かべると悩ましげなため息を漏らし、内腿を大袈裟に擦り合わせる。


 保奈美は前々から、幸彦に並々ならぬ好意を持っていた。それは彼の予想通りだったのだが、一つ違う点がある。それは、彼の予想の範疇を明らかに超えて好かれていた点だ。


 保奈美は自分の体を強く抱きしめると幸彦を抱きしめた感覚を思い出す。それだけで発情した彼女は、己の体が軋み、爪が肌に食い込んだとしても、より強く体を痛めつけるのだった。


 そうでもしないと、幸彦を組み締めてクラス中の皆が見ている中、営みをしてしまいそうなほど彼女の欲望は、抑えきれなかったからだ。


 彼女は、この一年と四ヶ月ずっと耐えて来た。ずっと耐えてきたのである。幸彦の愛が自分に注がれる日々を夢見て……


(幸彦君のあの目を堪えるのは大変だったわ。誘うように、いやらしくこちらを見つめてくるんだもの……夜道で何度襲ってしまおうかと考えたことか……あぁ、幸彦君。貴方の全てが私は欲しい。貴方の全てを私で満たしてあげたい……)


 それは焦らされるような、全てをぶちまけ頭から爪先まで徹底的に快楽で彼を溺れさせてしまう衝動だった。彼女はそれを恐るべき執念と、情愛でひたすら一年と四ヶ月絶え続けるのだった。


 理性が蕩けそうな、蒸発しそうな、甘く熱い体が燃えるような激しい恋心だった。それでも彼女は我慢した。その理由は幸彦の真意が分からなかったからでもあり、幸彦に獣のように蹂躙されたかった自分の願望を叶えたいというエゴも関係していた。

 

 五限目、放課後、自宅でも手を出さなかったのは一重に彼を尊重したから。トラウマを植え付けたくなかったからに過ぎない。彼女にもそこら辺の情緒はあった。


 しかし、その気遣いは保奈美の勘違いだったようだ。



 担任の前で発情を隠さないぐらいの、煮えたぎった性欲ならば、保奈美にはいくらでも手籠にする手段があった。もっと早く襲えば良かった。そうすれば、こんなに日々を無為に過ごすこともなかったであろう。


「さて、報酬の確認をしようか。へへ、早く聞かせてくれよ。こちとら体が干上がってきてんだよ」


 静葉はおそるおそる聞いてくる。保奈美はその発言に対し彼女に報酬ほうしゅうを受け渡すのだった。


「えぇ分かっています。報酬はイケメン男子との合コンのセッティング。年齢は二十歳以上三十歳以下、将来有望株の何人か。適当に見つくろっておきますので、後日、所定の場所と時間にお越し下さい。招待状と場所の詳細につきましては近日中に送付致しますので到着次第お確認下さい。それではいい出会いがありますよう。私も陰ながら応援させて頂きます」


「あぁ待て待て。高身長が抜けてる」


 保奈美は急いでいたのか、抜けがあったようだ。彼女は慌てて条件を付け足す。 


「あぁ、抜けがあったようですね。後で修正させていただきます。それではありがとうございました。これで私も計画を最終段階まで進められます」


「あぁ上手くやれよ。先生もイケメンゲットするから」


 そして豊田は、ゆっくりと下駄箱に向かうのだった。



 教室に戻った彼女は幸彦だけに見えるようあえてボタンを一つ外す。すると幸彦の目は彼女の胸元から一切目を離さなかったのである。

 他にもスカートの裾を、あえて直さなかったり、胸を押し当てたりしても同様に興奮が確認できた。


(これならアレを飲ませれば100%成功するわね。明日が待ち遠しくてたまらないわ。明日は誰も邪魔が入らない二人っきりの個室で蜜月の時を過ごしましょうね。幸彦君)


 保奈美は目をさらに細める。すると幸彦は、急に細かく体を震わせるのだった。それを見て、彼女は舌舐めずりをする。


 これで保奈美の特殊作戦αは最終段階を迎える。彼女は醜悪な笑みで幸彦の背中を見つめながら、明日を心待ちにするのであった。

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