第5話 自由行動




「うぐぐぐぐぐぐ……そんな……そんな……私が迷惑に思われているだなんて」


「ご理解頂けたようで何よりですわ」


 保奈美はファミレスのテーブルに顔を突っ伏して項垂れる。まさか、アプローチをかけている男性にそんな風に思われているとは彼女は、微塵も思っていなかったのだ。


(私の、私のどこが間違っていたのかしら。落ち度は……落ち度はどこにもなかったはず……!)


 彼女は、精神を安定させるために、彼の家からこっそり押収したワイシャツを鼻に押しつけて恍惚とする。


 それはどこからどう見ても変態の行動だったので、梓は誰かに通報される前にそれをひったくるのだった。


「はい、ストップ。だから、そういう行動が自分の首を締めているということを貴方は学習した方がよろしくてよ? これは没収ですわ。ボッシュー。私が責任を持って幸彦様にお返ししておきます」


「あぁ、私の貴重なコレクションが……ううぅ」


 精神安定剤がなくなった彼女は藍色の鞄から追加のシャツをキメようとするが、取り出すのをやめる。なぜならば、梓がじっとこちらの挙動を見張っていたからだ。


「保奈美……まさか貴方、幸彦様のお召し物を複数隠し持って……」


「ふっ……! いくら私でも何着も持ってるわけがないでしょう? 正真正銘それが最後よ。最後……」


 ――じぃぃぃぃ、じぃーーーー……


 しかし、梓は注意深く保奈美を観察する。彼女の直感は嘘をついていると言っていた。長年行動を共にしてきた幼なじみなのだ。その程度の嘘は、簡単に見破れた。



「ふぅん……怪しいですね。それは本当のことですの? 保奈美……」


「"疑わしきは罰せず"ってね。それが真実かどうか判断する手段を貴方は持ち合わせていないじゃない。失礼しちゃうわ」


 そうして、鼻息を荒くしながら、堂々と梓に向き合う保奈美。それを見た対面の彼女は頭に手を当てるのだった。


「はぁ……それは真実と言っているようなものではございませんか。つくのならもう少し上等な嘘をお付きになっては? そんなことでは恋の駆け引きは成り立ちようがないですわよ?」


 梓は幼なじみとして、保奈美に幸彦と確実に付き合えるよう忠告をする。この悪趣味な保奈美と付き合えるのは、やはり幸彦しかいないようである。五年も経ってから再び再会するなど奇跡としか言いようがなかった。


 このチャンスを逃しては、保奈美は一生独り身であり、梓はお目付け役の仕事から一生解放されない。


 なので是が非でも、二人を交際させるよう邁進する梓であった。


「駆け引き? ふっ……そんなもの私には必要ないわ。駆け引きなんて妙な物を使ったから幸彦君も戸惑って手を出してこなかったのよ。好きや愛してるで充分だわ」


 保奈美は不敵に笑う。それは確かに半分あっていたのだが、半分間違っていた。梓は保奈美に憐憫の眼差しを向ける。


「幸彦様の仰っていた通りですわね。折角貴方を受け入れようとしていたのに、貴方自身がそれを潰してしまうなんて、なんて勿体無いのでしょうか……うぅ」


 保奈美は崖っぷちに立たされているというのに、焦った顔を全くしない。そのことに梓はそっとハンカチで、涙を拭き取るのであった。


「待ちなさい。貴方幸彦君に具体的にどう言われたの⁉︎ その言い方すごく腹が立つのだけど! 私の恋路を私が邪魔してるってどういうわけなのよ!」


 保奈美は声を荒げるが、梓はあらかじめ術を出していたのだろうか。彼女は植物の蔓で保奈美の口を封じると周りの客にペコリと頭を下げるのだった。


「ふがぁ⁉︎ ふっちょ、ふれひゃずしなさいひょ!ひゃやく!」


「(ちょっと! これ外しないよ! 早く!)」


 多分このようなことを言っているのだろう。梓は保奈美の蔓を説いた後、ゆっくり含ませるように彼女に説明するのだった。


「その通りだから、問題大アリなんです。見たところ、脈はありそうなのだから少し控えめにアプローチなさってはどうですの? 一週か二週間行動を共にしてみるとかは」


 それとない意見であるが、それとない意見で充分だった。見たところ幸彦の方も保奈美に惹かれているのだから、このまま行動を共にするだけで、水が流れるように付き合うに決まっている。


「そんなことじゃパンチが足りないんじゃないの? もっとこう、私をプレゼントとかしないと……」


 どうにも保奈美は、普通のアプローチをしようとしない。どこの世の中に、不正、セクハラ、真夜中訪問、無理やり登下校、で恋に落ちる男性がいるのだろうか。愛が過剰すぎる。


 梓は彼女が暴走しないようになんとか舵を取るのだった。


「先程申し上げましたように,保奈美は幸彦様に対して愛が重すぎます。それはよろしくありません。まずは貴方の愛を分散させましょう。小分けに……思わず手に取ってしまうような控えめな恋心に」


「むぅぅ。私は一部じゃなくて全部をあげたいのだけれど……」


「いいですか? 一部ですよ? 一部。小分けにして毎日恋心を食べさせるのです。そうすれば、保奈美の醜悪な趣味を知ったとしても幸彦様は、離れないはずです。多分……」


「そうね。なら最初は合鍵をもらもうかしら? そうすればいつでも一緒にいることができるし、これなら問題ないわよね! 梓!」


「いいですか? そういうお願いの時はもっとこうして……」


 そうして保奈美と梓のテーブルには頼んだケーキと飲み物が、ブラックホールのように次々となくなるのだった。

 




「しまったな……学校に鞄置いてきちまった」


 白百合に逃してもらった幸彦であったが、財布やスマホ、自転車の鍵以外は全て学校に置いてきてしまったのであった。


 それに気づいたのは、駅にたどり着いた後であり幸彦はため息をつく。


(じゃあない。明日は鞄なしで登校するか)


 体操服も置きっぱなしであるが、また教室に帰ってしまえば保奈美に延々と話しかけられるのは目に見えていた。


 白百合さんに助け舟を出してもらって本当に助かった。彼女がいなければ、保奈美にキツくあたってしまいクラス中から恨まれる危険性が十二分にあったのである。


「幸彦様にも少しぐらい休憩が必要でしょう? 保奈美には私がお灸を据えますので、本日はごゆるりとお過ごし下さい」


 どうやら白百合さんは程度を分かってくれていたようだ。ありがたい。そうしてまっすぐ帰るつもりだったのだが、幸彦は、引き寄せられるように裏路地に入るのだった。


(気のせいかも知れないけど……なーんかこっちから、声が聞こえてくんだよな〜。多分痴話喧嘩だろうけど、ほっとくのもちょっとなぁ〜)


 そうして裏路地の奥深く、奥深くへと歩を進めていくのだった。





「あーれま……本当に事件だったのか。俺の直感もたまには当てになるんだな」


 路地裏では大勢の男性が、一人の女性を取り囲んで、言い争っていた。彼らは激しく罵り合い、一触即発の雰囲気が流れる。


「あんたたちが悪いんでしょ!! 騙されるようなバカだったんだから!」


「なにおぅ! 俺たちの男の純情を弄んでおきながら、お前と言う奴は!! 女だからっていい気になりやがって!」


「そうだ、そうだ! 俺たちのピュアな気持ちを返しやがれ!!」


 路地裏からは空き缶の潰される音や、ビール瓶の割れるような音が聞こえる。どうやら女性は他勢に無勢であったようだ。


(どうゆう状況なんだよ……男の純情って。なんだ? 女の方が騙したのか?)


 状況はどうやら、トラブルのようであった。男性たちには可哀想であるが、相手は普通の人間だ。どんなトチ狂った感覚で妖怪に喧嘩売ってるのか分からないが、彼らを殺人者にしないよう、守る使命が幸彦にはあった。


「お前、俺たちに謝らないとどうなるのか分かってるのか? これが最後通告だ。もしお前がその態度のままなら、俺は容赦なくお前を殴る。妖気を全開で込めた力で……」


「はん。誰があんた達なんかに謝罪するもんですか。騙されるようなバカが悪いのよ。バカが……」


「そうか……それがお前の答えか……残念だ」


 女の返答に男の筋肉が隆起し、拳が振り下ろされた。その時、幸彦の鋭敏な妖気感知が、邪悪な妖気を感じ取った。


(はぁっ⁉︎ なんで普通の人間があんなもん持ってんだ⁉︎ とにかくアレはやばい……!)


 そうして幸彦は男たちの命を救うため、彼女と拳の間に体を滑り込ませるのだった。



 


(なんだ⁉︎ こいつはどこから現れた?)

 

 ナイトフォックスのリーダー新井清隆は突然身長2mの自分の拳を止めたのが、170cmの小柄な男だったことに驚いた。


「おい、あんた……どっから現れて……! それよりも離せ! あんたがどかないとその女が殴れないだろ!」


 清隆は、突然割り込んだ学生をどかそうとするが全く拳が動かない。それどころか男は、自分をズンズンと押すのだった。


「そんなことよりこの女に構うな。お前ら特例憲法三条知ってるだろ! "術士ではない人間に直接、関節的に危害を加えようとするべからず"。騙されて悔しい気持ちなのは分かるが、ここは堪えろ!」


 彼の言うことは至極道理であり、それは清隆も散々仲間たちに言い聞かせたことだった。しかし、彼は仲間の純情な気持ちを守るために動くと決めたのだ。今更止まるわけにはいかなかった。


「くっ! そんなことは分かってる。それでも警察にしょっ引かれたとしても、俺にはボスとしてこいつらの純情の仇をとらなければいけないんだ!」


 それに青年は激昂する。


「はぁ⁉︎ そんな下らない理由なら、もっとやめとけ! お前アイツに殴りかかってたら、返り討ちにされてたぞ!」


「なっ⁉︎ あんた言っていいことと、悪いことが!」


 そうして青年と口論をしていたからなのだろうか。女は突然踵を返し、なぜか円陣が崩れたポイントから、逃げるのであった。



「お前ら、アイツを追え! 俺たちの無念を体に教え込んでやれ!!」


 コケにされたまま、終わるわけにはいかなかった。女には、言葉で尽くし、誠意で尽くした。それを投げ捨てたのは女の方だ。


 清隆は、部下に女を追うよう指示するが、それは小柄な男に妨害されるのだった。


「お前ら、いかせねーよ。あの女は危険人物だ。お前らが手を下すまでもねぇ。一般人の妖、霊道具、所持で逮捕されるだろ。諦めろ」


 それを聞いて清隆はやりきれない気持ちが溢れてくるのだった。


「そんなのに納得できるかよ! 俺らのメンツが潰されたんだ! 俺たちはあんたを殴り飛ばしてでも、追いかけるぜ!」

 

「やれやれ、俺はお前らが、捕まらないように言ってるんだけどな!」


 そうして部下が殴りかかるが、小柄な男には攻撃が擦りもしない。男は、襲いかかる3人の部下の攻撃をいなし、逸らし、返しの一撃で動けなくされるのだった。


 それは流麗なダンスを踊るような身のこなしであり、小柄な男は次々と部下をなぎ倒していく。


(なっなんだ……こいつは!!)


 部下たちは、中等部の陣容術学校を落第したドロップアウト組だったがそんじょそこらの喧嘩では負けなしだった。それなのに、その彼らが紙のように一人の男に蹂躙されていく。


 一人、また一人と彼らは棒倒しのように倒れていき、気づいた時には15人全員が地面に転がされていた。


「さて、全員倒れたけど、あんたもやるかい? 俺としたら諦めてくれるのが一番楽なんだけど……」


 彼は制服に着いた埃をはたきながら、何気ない調子で言う。それは勝利を確信している圧倒的強者の立ち振る舞いだった。


 彼はガクガクと震え出す。


「俺はあんたには勝てねぇかも知れねぇ。それでも俺も男だ。部下全員やられてオメオメと引き下がってられるか」


 清隆は拳を握りしめる。それは兎がライオンに立ち向かうような、馬鹿馬鹿しい行為だった。


 しかし、その行為は男には響いたようだ。彼は笑うと、


「あんた……年と所属と名前は?」


 男は清隆を見据えたと思うと、名前を聞いてくる。それは決戦の前の神聖な儀式のようにも思えた。


「新井清隆、歳は16で妖怪だ。ナイトフォックスってチームでリーダーやってる。あんたは?」


 男はにやりと笑うと、清隆に名前を告げる。


「俺の名前は天田幸彦。歳は17で俺も妖怪だ。人妖術学校で、術士の卵っていや分かるかな? まぁ、お互いの名前もわかったところで喧嘩しようか」


 そうして、俺は天田幸彦さん……いや、ボスに完膚なきまでに打ち倒されるのであった。





「それで新井、お前なんであんな奴に突っかかってたんだ? いや恥ずかしいなら、聞かないが……」


 幸彦は倒れている清隆にわけを聞く。すると彼は顔を逸らしながら、ポツリと呟くのだった。


「いえ、バスの言うことなら……その……出会い系で騙されちゃいました。アルバイトで稼いだお金も全部使っちゃって……へへ……面目ございません」


「よし、俺が悪かった! 今から全員に謝るから遊んで全部忘れよう! みんな今日は俺の奢りだぞ!!」


 そうして幸彦は、ナイトフォックスのメンバーに土下座し、仲良くなった彼らと繁華街で遊び倒すのだった。

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