第6話 謎の女子高生が店番で、僕はこき使われに行くん?
「え?ぼく?」
博崇が振り返ると、雅勝は博崇をぐいっと引き寄せて黒ずくめ美女の前に引き出した。博崇の頭を上から押さえて、頭を下げさせる。
(老人のくせに、腕の力、めっちゃ強!!)
博崇は逆らえないまま、ぐいぐい頭を押さえつけられていた。
「兄と違って何の役にも立ちませんから、どうぞお好きなように」
「ちょ、ちょ、なんなん?!」
頭を押さえられているので床しか見えない体勢から、博崇は声を上げた。
「こちらは岩根先生と仰って、K大学の文学部の先生で」
「あ、大学院生なので”先生”ではないです」
黒ずくめ美女がすかさず訂正した。
「健一が、新しい菓子を作るために、いろいろ御相談させてもろてた酒葉先生のお弟子さんで」
「そうなんです。それで、吉戸さん―――健一さんには、研究の手伝いもしてもらっていて、今度のオープンキャンパスでは実地でお菓子を出していただく予定だったんですが」
黒ずくめ美女の岩根先生が続けた。ようやく雅勝が手を離してくれたので、博崇も顔を上げることができた。
「岩根先生、ほんまにすみません。健一がご迷惑を」
「あ、先生はほんとうにやめてください。で、オープンキャンパスまで1カ月ですので、ご相談させてもらおうとお伺いした、という経緯なのですが」
岩根さんは続けて話した。博崇は、目の前で話している女性をぼけっと見つめていた。いつもの得意の笑顔を作ることなどすっかり忘れていた。
岩根さんが美しいからではなく、自分に全く関心を払わない女性というものにほとんど初めて出会ったからである。博崇にとって、自分の顔や外見はいつも見つめられたり、盗み見られたりするものだった。そこらへんの柱と同じように無関心にふるまわれることに、博崇は慣れていなかった。
「―――で、こちらの弟さんをお貸し頂くとしても、和菓子の実演は……」
岩根さんが自分のことを話題にしていることに気付いて、博崇は注意を会話に向けた。
「和菓子の実演は、私が行かせていただきます。ただ、普段は店を離れられへんよって、お詫びにこの不肖の弟をなんぼでもこき使ってもうて結構ですから。このボンクラは、和菓子屋に生まれながら、餡子のひとつも炊かれへんのです。申し訳ありまへん」
雅勝は再び、博崇に頭を下げさせた。
「そ、そんなん、言うたかって、オレ―――僕、別に何の役にも立たれへんし」
博崇はこれから起こることを予想して逃げようとした。
(なんやそれ、何するんか知らんけど、1カ月こき使われるだけ、力仕事とかさせられる嫌な予感しかせえへんわ)
「僕、ほんま出来の悪いアホ坊やし……店番かて、しなあかんし」
「それなら!店番は私がしますよ!」
元気よく声が割り込んできた。
(え?)
「私、幻の和菓子を探していて、どうしても和菓子屋さんで働かせてもらいたいんです!だから、私がここでアルバイトさせてもらえば、店番もできますし、そこのお兄さんがいなくても大丈夫ですよ!」
女子高生は立ち上がって、にこにこしながら外の張り紙を指さしていた。指の先には「売り子さん募集」の紙が、初夏の風にはためいていた。
(ええ?そんな、突然やってきた得体の知れない女子高生を雇ったりせえへんて)
博崇は半笑いになりながら、女子高生をなだめようとした。
「それはありがたいお話や。それで決まりですな」
そこへ、祖父の雅勝が満面の笑みで答えた。
(ええ?!そんなん、あり?)
博崇は、三人の真ん中でおろおろしながら、三人の顔を交互に見つめていた。
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