第4話 えっ?散らばったどら焼きの間で何してんの?
「えっ?」
大きな声が店の方でした。イライラした気持ちを鎮められないまま、厨房の椅子に腰かけてスマートフォンを取り出そうとしていた博崇の耳に飛び込んできた。強い感情の乗った声は、注意を無理やり引き付ける。
(ジイさんが店に出るって、めっちゃ珍しくないか?そもそも―――)
博崇が聞き耳を立てようと仕切り戸に近づいたところで、
ガシャン!ガシャン!
と何かをひっくり返すような音が激しく響いた。
「ひゃあああ!」という甲高い声が同時に響く。重なるように「あああああ!」とハスキーな強い声が聞こえた。二つとも女性の声だった。
(え?女の人が増えた?まさかジイさんの声?)
博崇は先ほどまでのわだかまりはすっかり忘れて、仕切り戸を勢いよく開けた。
「え?」
「え?」
「えっ?」
博崇の呟きに、他の人間もつられたように「え?」と続けた。
そこには、ひっくり返った小机―――発送伝票などをお客さんが記入するための机だ―――、磨きこまれた木の床に散らばる干菓子とどら焼き、四つん這いになっている黒髪の女性、救いの手を差し伸べる騎士のような体勢で膝をついた祖父、入り口の扉を開けた状態でたくさんのどら焼きの間に尻もちをついて座り込んでいる制服の女子高生が、それぞれの態勢で固まっていた。
「え……?」
状況が全く理解できない博崇は、もう一度、同じ音を口にした。
「健一は」
祖父が唐突に口を開いた。あまりに状況にそぐわない言葉で、博崇は「健一」が何を意味するのか理解するのに、2秒くらいかかったように感じた。
「え?」
博崇は三回目の「え?」を口に出した。
「失踪した」
祖父の雅勝は、四つん這いの女性の手を西洋の騎士のように支えながら、顔だけは博崇の方に向けて言った。
(こんなに真剣な目がぼくに向けられたことって、あったやろうか)
などと博崇は全然関係ないことを考えていた。
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